解説記事2021年06月14日 特別解説 ロールスロイス社の監査報告書に記載された監査上の主要な検討事項(KAM)(2021年6月14日号・№886)
特別解説
ロールスロイス社の監査報告書に記載された監査上の主要な検討事項(KAM)
はじめに
高級車メーカーとしてわが国でも知名度が高い英国のロールスロイス社であるが、自動車部門はこれまでにすでに切り離されており、事業構成は、航空用エンジンの製造が中心となっている。現在はアメリカのゼネラル・エレクトリック傘下のGE・アビエーションに次いで世界で2番目に大きい航空用エンジン製造会社であり、GE・アビエーション及びプラット・アンド・ホイットニー(アメリカ)とともに、航空機用エンジンのビッグ3の一つに数えられている。そして、エンジンのほかに防衛航空宇宙、艦船、発電等も手がける総合重電メーカーとして、ロンドン証券取引所に株式を上場している。
なお、ロールスロイス社の2019年度及び2020年度の会計監査人は、いずれもPwC(プライスウォーターハウスクーパース)である。
ロールスロイス社の監査報告書では、当年度の監査上の主要な検討事項(KAM)の説明がなされるだけではなく、前年度のKAMやその他の監査上のリスクからの変動とその理由も併せて記載されているところが興味深い。本稿では、このリスクの変動に関する説明とともに、他の英国の企業の監査報告書でも多く記載が見られるコロナウイルス感染症による影響(Impact of the Covid-19 pandemic)に関するKAMの記載を紹介することとしたい。なお、引用しているKAMの内容はすべて仮訳である。詳細かつ正確な情報を入手されたい方は、ロールスロイス社のウェブサイトで原文のアニュアルレポート及び監査報告書をご覧いただきたい。
ロールスロイス社の直近の業績
英国を代表する大手製造業企業の一つではあるが、ロールスロイス社の業績は、表1にも記載したとおり、ここ数年は非常に厳しい。当期純利益は大幅な赤字が続き、純資産の部もマイナス(債務超過)が続いている。構造的な業績不振が続いていたところに、英国によるEUからの離脱(Brexit)や新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の蔓延といった事態が追い打ちをかけるかたちで、業績の低迷に歯止めがかからず、苦境がさらに深まっている状況にあると言えよう。

2019年度の監査報告書に記載された監査上の主要な検討事項(KAM)及びその他の監査リスク
PwCが、ロールスロイス社の2019年度のアニュアルレポートの監査報告書に記載した、監査上の主要な検討事項(KAM)は、次の7項目(うち、連結グループに係るものが6項目、親会社に係るものが1項目)であった。
連結グループ全体に係るKAM【6項目】
① 長期契約及び関連する引当金の会計処理
② 繰延税金資産の認識
③ 一過性の項目の表示と開示(例外的項目を含む)
④ 外貨建の取引及び残高の換算
⑤ 海外市場における贈賄と汚職の疑いに関連して、延期された告発及びリーニエンシーの合意に対するグループの対応
⑥ IFRS第16号「リース」の適用
親会社に係るKAM【1項目】
① 子会社に対する投資の回復可能性
ロールスロイス社の監査報告書の場合、特徴的なのが、KAMとして選定された項目に関する説明に加えて、虚偽表示の発生の可能性や虚偽表示の重要性の観点から、KAMとしては選定されなかったその他の監査リスクについてもリスクマップ付きで説明されている点である。KAMとして選定されるには至らなかったその他の監査リスクとして列挙されている項目は、以下の5項目であった(すべて連結グループ全体に対するリスク)。
・複雑な債券の会計処理
・退職後給付の測定
・プログラム資産の回復可能性
・連結プロセスとジョイントベンチャーの会計処理
・不確実な税務ポジション
2020年度の監査報告書に記載されたKAM及びその他の監査リスクと2019年度からの変化
「はじめに」にも記載したとおり、ロールスロイス社の2020年度の監査報告書では、2020年度に選定されたKAMや監査上のリスクを提示して説明するのみならず、前年度のKAMからのリスクの変化とその変遷(比較)に関する分析も記載されている。
まず、2020年度にKAMとして選定されたリスク、及びその他の監査上のリスクは次のとおりであった。
連結グループ全体に係るKAM【8項目】
1 長期契約及び関連する引当金の会計処理(2019年度より継続)
2 繰延税金資産の認識と回復可能性(2019年度より継続)
3 一過性の項目の表示と開示の正確性(例外的項目を含む)(2019年度より継続)
4 外貨建の取引及び残高の換算(2019年度より継続)
5 無形のプログラム資産の回復可能性(新規に選定)
6 売掛金と契約資産の回復可能性(新規に選定)
7 当グループと親会社が継続企業として存続する能力(新規に選定)
8 新型コロナウイルス感染症の影響(新規に選定)
親会社に係るKAM【1項目】
9 子会社に対する投資の回復可能性(2019年度より継続)
その他に、KAMとして選定されるには至らなかったその他の監査リスクとして列挙されている項目は、以下の3項目であった(すべて連結グループ全体に対するリスク)。
・複雑な債券の会計処理
・退職後給付の測定
・連結プロセスとジョイントベンチャーの会計処理
したがって、2019年度と2020年度のKAMとその他の監査リスクを比較すると、2年続けてKAMとして選定されたものが以下の5項目であり
1 長期契約及び関連する引当金の会計処理
2 繰延税金資産の認識と回復可能性
3 一過性の項目の表示と開示の正確性(例外的項目を含む)
4 外貨建の取引及び残高の換算
5 子会社に対する投資の回復可能性
2020年度に新たにKAMとして選定された項目が、以下の4項目であった。
1 無形のプログラム資産の回復可能性
2 売掛金と契約資産の回復可能性
3 当グループと親会社が継続企業として存続する能力
4 新型コロナウイルス感染症の影響
そして、2020年度にKAMではなくなったもの(その他の監査リスクにも該当しなくなったもの)が、以下の2項目であった。
・海外市場における贈賄と汚職の疑いに関連して、延期された告発及びリーニエンシーの合意に対するグループの対応
・IFRS第16号「リース」の適用
さらに、2019年度にはその他の監査上のリスクとして挙げられていた「不確実な税務ポジション」は、重要度が下がったために、2020年度は記載対象から外れた。
これらの項目の変動が生じた理由について、ロールスロイス社の監査報告書では、PwCは次のように説明をしている。
2020年度の監査上の主要な検討事項、又はその他の監査リスクではなくなった昨年の項目を除いて、監査上の主要な検討事項及び監査の焦点となるその他のリスクを以下のチャート及び表に示した。これは、監査アプローチの計画に使用される監査サイクルの開始時点でのリスク評価に基づいている。無形のプログラム資産の回収可能性、売掛金及び契約資産の回収可能性、及び継続企業として存続するグループ及び企業の能力は、今年の新たな監査上の主要な検討事項である。また、Covid-19の影響は、上記に記載されたリスクの多く及び我々の監査の他の領域にも影響を与えるため、監査上の主要な検討事項としても報告されている。
昨年の監査上の主要な検討事項であった、海外市場での贈収賄及び汚職の申し立てに関連する、延期された訴追及びリーニエンシー合意への対応及びIFRS第16号「リース」の適用は、今年度の監査上の主要な検討事項とはされていない。
昨年度、IFRS第16号の適用が監査上の主要な検討事項とされたのは、2019年度がこの会計基準が適用される初年度であったことに関連している。我々は、現在は、IFRS第16号に関連するリスクは正常であると考えている。
また、既知の不確実な税務ポジションへの潜在的なエクスポージャーは減少しているため、我々は現在、これを通常のリスクと見なしている。
さらに、2020年に、法務省との間で締結された、起訴合意の延期措置は期限切れとなって失効し、英国における、延期された訴追合意の正式な報告義務は終了した。これらの点と会社グループのコンプライアンス環境の前向きな進化とを考慮した結果、我々はリスクが高まっているとは評価しなかった。それ以外の点では、以下の監査上の主要な検討事項は昨年と一致している。
次に、PwCが2020年度のKAMとして監査報告書に記載した項目のうち、コロナウイルス感染症の影響(Impact of the Covid-19 pandemic)に関する記載を引用して紹介することとしたい。
コロナウイルス感染症の影響
(監査上の主要な検討事項の概要)
新型コロナウイルス感染症(Covid-19)は、2021年にまで引き続き蔓延し、その間にグループの取引実績とキャッシュの生成に大きな影響を及ぼした。感染症は、特に民間航空宇宙事業の将来の業績について、重大な見積りの不確実性をもたらした。とりわけ、その形態と回復の速度は、特にウイルスの新しい亜種では不確実である。さらに、これは短期的及び長期的に消費者の行動に影響を与える可能性がある。
経営者は、特に長期契約に関する会計処理、繰延税金資産の認識、及び有形及び無形固定資産の回復可能性、グループのデリバティブ金融商品の取扱い、会社による子会社への投資、並びに取締役による継続企業の前提と実行可能性の評価に関連して、Covid-19が連結財務諸表及び会社の財務諸表に与える影響を考慮した。
経営者による財務上の影響の評価が不適切である可能性があるというリスクがあるため、当法人は財務上の影響が財務諸表に現れる可能性が高い分野に焦点を合わせてきた。これらのものの多くは、上記の個別の監査上の主要な検討事項の対象となるリスクである。さらに、我々は次のことを確認した。
− ロールスロイスグループ(当社グループ)は、今年中に根本的なリストラクチャリングプログラムを発表した。これにより、関連する退職費用の経営者の最善の見積りを表す3億7,300万ポンドの引当金が発生した。
さらに、当社グループは特定の地域から撤退することを決定したため、それらの地域の関連資産を、公正価値から処分費用を差し引いた金額に評価減した。これにより、2億8,800万ポンドの減損費用が発生した。
また、当社グループは、コロナウイルス・ジョブリテンションスキーム(CJRS)の一環として、英国政府から4,700万ポンドを受け取り、Covid Corporate Financing Facility(CCFF)の下で3億ポンドのコマーシャルペーパーを発行した。さらに、英国輸出金融庁が80%保証する20億ポンドのタームローンを取得した。
そして多数のスタッフがリモートで作業した結果、内部統制の運用を含む、経営者の作業の方法がCovid-19の影響を受けた。ITシステムへのリモートアクセスとサイバーリスクが潜在的に高まるため、必然的にリスクが増大することになる。
(リスクに対して監査人が対応した方法)
Covid-19は、上記の監査上の主要な検討事項に記載されている、財務諸表上の多くの領域に影響を与えている。感染症が事業に与える影響と、それが連結財務諸表及び会社の財務諸表の作成に使用された重要な見積り及び判断にどのように影響したかを理解するために、我々は、当年度中に経営者と定期的に会合を開催した。
また、当社グループのリストラ引当金に対して監査手続を実施するために、当社グループが外部及び内部で行ったコミュニケーションと2020年12月31日までに行った行動を参照して、リストラを実施する法的又は推定的な義務が存在するかどうかを評価した。そして、経営者が予想コストを定量化するために使用した仮定を検証した。この手続には、それらのコストを過去のリストラ実施の実績や年度内の離職者と比較することが含まれる。
CJRS(コロナウイルス・ジョブリテンションスキーム)に関しては、我々は請求が提出された従業員のサンプルに対して監査手続を実施し、給与データとスキームのルールに基づいて請求額を再計算した。また、我々は、影響を受ける従業員に書面で通知する要件など、スキームの他の条件が満たされていることも確認した。
我々は、CCFFに基づく3億ポンドの資金調達と、20億ポンドのUKEFローンの会計処理を評価し、政府の関与なしにグループが調達する可能性のある、同等の債務に価格と条件が十分に近いかどうかを検討した。また、我々は問題のタイミングやUKEFローンの条件を検討し、この債務に対して支払われる金利を、他の資金調達オプションから受け取った指標となる見積りと比較した。そしてその結果として生じる会計処理が、適切であることを確認した。
我々の監査では、当社グループのIT及び統制環境への依存度は限定されている。ただし、在宅勤務によるリスクの増加に対応して、監査リスクの評価の一環として、当社グループのIT統制とプロセスに対する重要な変更を理解し、追加的に監査手続を実施することが必要になる可能性がある場所を検討した。
我々はまた、サイバーセキュリティを担当する上級経営者と面談し、その年に追加的な手続を実施する必要が生じるような進展があったかどうかを検討した。さらに我々は、Covid-19の影響について説明する連結財務諸表の開示の妥当性を評価し、その開示において、経営者が主要な判断と見積りの不確実性の源泉について説明及び定量化を行っていることを確認し、それらが適切であると判断した。
終わりに
ロールスロイス社の監査報告書に記載されるKAMをはじめとする情報は、きわめて詳細で分かりやすいことで知られており、KAMの本場英国でも、投資家の団体等から表彰をされるような模範的な事例と位置付けられている。
しかしながら、ロールスロイス社の場合には、肝心の本業の業績が振るわない。貸借対照表上は債務超過が継続しており、KAMにも記載されているように、英国政府から様々な保護や恩典を受けて、何とか命を繋いでいる状況である。コロナウイルス感染症に加え、Brexitやその他の複合的な要因が絡み合っており、今後自力で業績を回復させるまでには、まだかなりの困難が伴うものと予想される。
KAMの定義は、「当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項をいう。監査上の主要な検討事項は、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項から選択される(監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」第7項)」とされているため、何をもって、監査人が「特に重要であると判断したのか」という点が最大のポイントとなる。
その意味で、ロールスロイス社の会計監査人であるPwCが、それぞれの年度ごとのリスク認識の変動及びその理由について監査報告書において言及している事例は大変興味深い。
KAMの開示は一過性のものではなく、毎期継続して行われるものである。世界経済の状況や個々の会社が置かれた事業環境の変化に加えて、BrexitやCovid-19のような不測の事態、前例のない事態も起こりうる。それらを踏まえて監査上のリスクも当然変化していかざるを得ないであろう。会計監査人としては、それぞれの年度で選定したKAMに対する説明とともに、リスク認識の年度ごとの変動に関する時系列的な説明を行うことも必要ではないかと思われる。
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