カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2021年12月06日 特別解説 のれんの計上額と減損に関する調査(2021年12月6日号・№909)

特別解説
のれんの計上額と減損に関する調査

はじめに

 2020年3月19日、国際財務報告基準(IFRS)を開発する国際会計基準審議会(IASB)は、投資者が企業に買収の説明責任を求める方法及びのれんの会計処理について公開協議を行うため、ディスカッション・ペーパー(DP)を公表した。ここでは、企業がのれんを会計処理する方法を変更すべきかどうかについても検討している。DPによると、「企業はのれんの減損テストを毎年行わなければならないが、このテストが有効かどうかに関して利害関係者の意見は分かれている。減損テストは投資者に取得の業績に関する情報を与えているという意見がある一方で、このテストは高コストで複雑であり、のれんの減損損失が報告されるのが遅すぎることが多いという意見もある。のれんの償却を再導入すべきであるという提案もあったが、償却の長所と短所を検討した上で、IASBは、減損のみのアプローチを維持すべきという予備的見解を出した。その理由は、のれんを償却することが、企業が投資者に報告する情報を著しく改善するという明確な証拠がないからである。」とされている。
 DPに対する意見募集は2020年12月31日で締め切られ、合計で182件のコメントが寄せられた。「減損か、償却か」という点に関して、のれんの償却再導入を求めるコメントは日本のみならずドイツや香港などからも寄せられた一方で、IASBの予備的見解である減損のみモデルを支持するものや、両論を併記したものなど、様々な見解が寄せられた。
 本稿では、2020年度のデータに基づいて、主要な米国、欧州(欧州大陸及び英国)及び日本企業(IFRS任意適用日本企業及び米国会計基準適用日本企業)について、のれんの残高、連結純資産に対する比率、減損処理額(費用化率)等を比較分析してみたい。

調査の対象とした企業

 今回の調査の対象とした各国の企業は、表1のとおりである。

 欧米の企業各社ののれん残高や連結純資産に対する比率等のデータは、各社のウェブサイトに掲載されている英文のアニュアル・レポートにおける連結財務諸表(日本企業の場合には、有価証券報告書に含まれる連結財務諸表)でのものであり、欧米企業のデータは2020年12月期、日本企業は2021年3月期のものが大半を占める。なお、欧米企業ののれんの計上額等は、米ドル、欧ユーロ、英ポンド等の外貨建ての金額を、各社の決算期月末の為替レートで円貨に換算している。
(注)ストックス(STOXX)欧州600指数と は、STOXX社(スイス・チューリヒに本拠 を置くインデックス・プロバイダー。ドイツ取引所のグループ企業)が算出する、ヨーロッパ17か国における欧州証券取引所上場の上位600銘柄により構成される株価指数。流動性の高い600銘柄の株価を基に算出される、時価総額加重平均型指数である。

のれんの計上額

 分析対象とした各社が2020年度末時点で計上したのれんの金額の単純合計額、及び1社あたりの平均計上額を示すと、表2のとおりであった。なお、今後掲載する表においては、比較のために2019年度のデータも掲載している。

 2020年度は、米国会計基準を適用する日本企業を除き、米国、英国、欧州大陸、IFRS任意適用日本企業のすべてで1社当たりのれんの平均計上額が減少する結果となった。
 後述するように、コロナウイルス感染症(Covid-19)等による経済活動や企業業績の低迷を受けて多くの企業で多額ののれんの減損損失が計上されたことに加え、事業の売却が行われたこと、及び新規の企業や事業の取得等のペースが大幅に低下したこと等が理由として考えられる。

のれんの計上額が連結純資産に占める比率

 表2で示したのれんの計上額が、分析対象企業全体の連結純資産(資本の部合計)に占める比率を示すと、表3のとおりであった。

 主要な米国企業の場合、株主に対する還元策として、多額の自己株式の取得を行っている場合が多い。自己株式を取得すると、会計処理上は連結純資産から控除することになるが、のれんが連結純資産に対して占める割合を算出するにあたっては、自己株式取得による影響を除外するために、自己株式取得分を連結純資産に加算し直したうえで算定した比率と、調整を行わない比率の両方を掲載している。ちなみに、今回の調査対象とした主要な米国企業100社が2020年度末時点で保有する自己株式の総額は、2兆1,584億ドルと、のれんの残高(2兆403億ドル)を上回っている。調査対象の企業の中では、フィリップ・モリス、マクドナルド、ボーイングといった米国を代表する企業の連結純資産が、多額の自己株式を取得したためにマイナス(債務超過)となっている。英国を含む欧州や我が国の企業では、多額の自己株式の取得はあまり見られない。連結貸借対照表を債務超過の状態にしてまで、自己株式の取得を積極的に行おうとするような経営者は、我が国ではまず現れないであろう。企業文化の違いかもしれない。
 なお、主要な米国企業について、自己株式取得額を加算しない(無調整の)連結純資産額を簿価としてのれんが占める割合を計算すると、表3の比率は39.3%となり、表4の数値は、比率が100%超の企業数が16社、比率が50%超の企業数が47社となった。また、本稿で調査対象とした主要な米国企業は、のれんの計上額、自己株式の取得額、いずれも巨額であるが、連結純資産の部が格段に分厚いため、全体としてみるとのれんの計上額の連結純資産に対する比率がそれほど高くはなっていなかった。

のれんの計上額が連結純資産に占める比率が高い企業の数

 次に、のれんの計上額が連結純資産に占める比率が高い(100%超、50%超)企業の数を示すと、表4のとおりであった。
 今回の調査の対象としたIFRS任意適用日本企業の場合、いずれも株式時価総額で上位300社以内にランクインする、連結純資産も高水準の優良会社であることもあって、のれんの計上額が連結純資産を上回る会社はわずか1社、比率が50%超の会社でも僅か10社と欧米の企業に比べるとまだまだ低い水準であった。

各国の主要な企業が計上したのれんの減損損失の合計金額等

 分析対象とした各国の主要な企業が、2020年度に計上したのれんの減損損失の合計額は表5のとおりであった。また、のれんの減損損失の合計金額を、減損損失を計上した企業数で除すことにより、1社当たりの平均計上額も併せて算出している。

 2019年度の実績と比較すると一目瞭然であるが、Covid-19による人やモノの流れの停滞、企業業績の低迷を受けて、2020年度には多額ののれんの減損損失を計上する企業が世界中で相次いだ。一足早く2019年度にのれんの減損損失が計上された英国企業を別にすると、米国企業では前年度の3.4倍、欧州大陸の企業やIFRS任意適用日本企業では前年度比5割増ののれんの減損損失が計上された。
 米国企業のAT&T(1兆831億円)とバークシャー・ハサウェイ(1兆384億円)の2社が1兆円を超えるのれんの減損損失を計上した。米国企業の場合には、のれんの減損損失を計上する会社数は日欧の各社に比べると少ないが、減損損失を計上する場合には金額が巨額になるのに対し、日欧の企業は、少ない金額であっても比較的「こまめに」のれんの減損損失を計上する傾向にあるといえる。

のれんの費用化率

 2020年度ののれんの費用化率(2019年度末ののれんの残高に対して、2020年度に減損損失を計上した程度)を各国の企業別に示すと、表6のとおりであった。

 例年、のれんの費用化率は1%から1.5%程度で、特に主要な米国企業の割合が低いが、2020年度に関しては、米国、英国、欧州大陸及びIFRS任意適用日本企業のすべてが2%台前半から半ばの水準で並ぶ結果となった。

我が国の主要な団体がIASBのDPに対して提出した主なコメント

 冒頭の「はじめに」に記載したように、IASBが公表したディスカッション・ペーパー「企業結合−開示、のれん及び減損」に対するコメントは2020年末までで締め切られ、企業会計基準委員会(ASBJ)や日本経団連をはじめ、我が国の利害関係者からも多数のコメントが提出された。のれんとリサイクリングの会計処理については従前から我が国の利害関係者の関心が極めて高く、我が国からもASBJを中心に、IASBに対して様々なインプットを行ってきた。本稿の最後に、我が国の主要な団体がIASBに対して提出したコメントを、のれんの償却の是非の問題に絞って要約して紹介することとしたい。
① 企業会計基準委員会(ASBJ)の主なコメント

・適用後レビュー(PIR)では、特に現行のIAS第36号「資産の減損」の減損のみアプローチの下で、減損損失の認識が遅すぎることが課題であるとされている。我々はまた、減損損失の認識が十分ではないことも課題であると考えている。
・我々は、のれんの償却が「Too little, Too late」の課題の解決に役立つと考える。IASBはこれまでに様々な検討を行ったが、合理的なコストでこの課題を解決するアプローチを開発するに至っていないと考える。
・DPでは、「Too little, Too late」の課題が生じる原因として、経営者の過度の楽観性とシールディング効果を識別している。この点、IFRS第3号が適用されてから概ね15年が経過するが、その間のれんの残高が概ね増加傾向にあることについて、企業結合の増加も一因であると思われるが、のれんの減損損失に係るシールディング効果による原因が大きいと考える。減損モデルのシールディング効果は、IFRS第3号を開発する際に認識されていたが、長年の適用を経て当該効果の影響が当初の想定よりも深刻であったことが明らかになってきたと考える。
・この点、IFRS第3号の開発時には、厳格で実用的な減損テストを開発できればのれんを償却しなくても財務諸表利用者に有用な情報を提供できるとしていたが、「Too little, Too late」の課題の存在は、当初想定したような減損テストの効果が十分でないことを示していると考えられる。
・このため、現行の減損テストのみアプローチを維持することはもはや不適切であり、償却を再導入するほか、この問題を解決することは出来ないと考える。

② 日本公認会計士協会(JICPA)の主なコメント
・のれんに係る減損損失の適時な合理的なコストでの認識における有効性を著しく高める減損テストの設計が実行可能でないことに同意する。しかし、のれんの償却を再導入すべきではないとする予備的見解に反対する。のれんの償却の再導入(償却及び減損アプローチ)は、のれんの減損テストの構造的な欠陥に直接対処するものではないものの、減損損失が適時に認識されないことに起因して生じる問題を緩和する、現実的かつ効果的なアプローチであると考える。
・我々は、現行IAS第36号に基づくのれんの減損テストを通じてのれんの減損損失が適時に認識されない問題が、開示の改善のみを通じて解決できるとは考えていない。
③ 日本経団連の主なコメント
・IASBは、本プロジェクトの最優先課題は「Too little, Too late」問題の解決であると再度認識し、償却処理の再導入を含めた「のれんの事後の会計処理」の抜本的な改善の検討を最優先で行うよう、プロジェクトの軌道修正を図るべきである。
・我々は、「Too little, Too late」問題を解決する唯一合理的な方法は「償却+減損アプローチ」であると考えており、IASBの予備的見解に反対するとともに、のれん償却の再導入を強く求めたい。
・「減損テストの簡素化」については、重要なテーマと認識しているものの、減損認識の遅れにつながる懸念もあることから、検討は慎重に進めるべきである。
④ 日本証券アナリスト協会の主なコメント
・のれんの減損損失の認識が「Too little, Too late」という問題は、IFRSがのれんを非償却へ変更した2004年以降に顕在化したものである。減損の遅延認識によって期間損益の変動リスクが高まるとともに、のれんの多額な残高が長期間にわたって貸借対照表に滞留する企業が増えて、財務諸表の有用性が低下しているように思われる。
・減損テストの簡素化という提案は問題の解決につながらず不適切であろう。Too lateという問題への対応策として、のれんの償却を再導入し、「規則的償却+減損処理」アプローチの新しいIFRSの開発に、IASBが正面から本気で取り組むことを期待している。

終わりに

 我が国においては、会計基準の作成者、会計監査人、財務諸表の作成者及び財務諸表の利用者といった立場を問わず、のれんの非償却(減損テストのみ)アプローチに対しては、従来から反対論がほとんどである。
 金融商品の減損損失計上の場合には、リーマンショックとその後の金融危機を契機として、それまでの発生損失アプローチが「Too little,
Too late」で有用な情報を提供していないと批判され、予想損失アプローチに変更された歴史がある。
 Covid-19に端を発する未曽有の危機に対応し、2020年度はのれんの減損損失計上額が全世界的に大幅に増加した。しかし、これで減損処理額が本当に充分なのかどうかは不明であり、過大なのれん残高が計上され続けている企業も少なくないと予想する声が多いことも事実である。今後、多額の減損未処理ののれんを抱えた大企業が相次いで破綻したりすると、現在IASBで行われているのれんの償却の是非を巡る議論も一気に風向きが変わることもあり得るかもしれない。

(参考)
IASBディスカッション・ペーパー(DP)「企業結合−開示、のれん及び減損」和訳2020年5月8日 企業会計基準委員会(ASBJ)
週刊経営財務 No.3490(2021年1月18日号)
IASBが公表したDPに対するコメント(ASBJ、JICPA、日本経団連及び日本証券アナリスト協会)

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索