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解説記事2022年01月31日 未公開判決事例紹介 無予告調査における無予告要件を巡る判決(2022年1月31日号・№916)

未公開判決事例紹介
無予告調査における無予告要件を巡る判決
東京地裁、結果的に売上除外がなくとも要件充足

 本誌906号40頁で紹介した法人税および消費税等更正処分取消請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

○無予告調査における無予告要件及びその説明義務について争われた事件。東京地裁(市原義孝裁判長)は令和3年10月6日、課税庁の保有情報の内容から同調査は無予告要件を満たしており、たとえ税務調査の結果として想定された売上除外がなかったとしても、無予告要件の判断は左右されないとして、納税者(原告)の請求を棄却した(令和2年(行ウ)第183号)。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
1
 N税務署長が平成30年12月17日付けで原告に対してした平成29年5月1日から平成30年4月30日までの事業年度分の法人税の更正処分のうち、欠損金額695万2200円、翌期に繰り越すべき欠損金又は災害損失金3001万5981円を超える部分を取り消す。
2 N税務署長が平成30年12月17日付けで原告に対してした平成29年5月1日から平成30年4月30日までの課税期間分の消費税及び地方消費税の更正処分のうち、消費税について課税標準額8118万4000円、納付すべき消費税額95万200円、地方消費税について地方消費税の課税標準となる消費税額95万200円、譲渡割額納税額25万6500円を超える部分をいずれも取り消す。
第2 事案の概要等
1
 本件は、折箱類一式の製造・販売等を目的とする法人である原告が、N税務署長により国税通則法(以下「通則法」という。)74条の10に基づく無予告調査を受けた結果、N税務署長から、平成29年5月1日から平成30年4月30日までの事業年度(以下「平成30年4月期」といい、他の事業年度についても同様の表現とする。)に係る法人税の更正処分並びに平成29年5月1日から平成30年4月30日までの課税期間(以下「平成30年4月課税期間」をいう。)に係る消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)の更正処分(以下、これらの更正処分を併せて「本件各更正処分」という。)をそれぞれ受けたところ、本件各更正処分はいずれも通則法74条の10に反する違法な手続に基づくものであるなどとして、本件各更正処分の取消しを求める事案である。
2 関係法令等の定め
(1)通則法74条の9第1項(平成30年法律第16号による改正前のもの。以下、同条について同じ。)及び国税通則法施行令30条の4は、税務署長等(国税庁長官、国税局長若しくは税務署長又は税関長をいう。以下同じ。)が、実地の調査として、税務署等職員(国税庁、国税局若しくは税務署又は税関の職員をいう。)により、納税義務者に対し質問し、当該納税義務者の事業に関する帳簿書類その他の物を検査し、又は当該物件(その写しを含む。)の提示若しくは提出の要求を行わせる場合には、納税義務者に対し、その旨、調査を開始する日時、調査を行う場所、調査の目的、調査の対象となる税目、調査の対象となる期間、調査の対象となる帳簿書類その他の物件、調査の相手方である納税義務者の氏名及び住所又は居所、調査を行う当該職員の氏名及び所属官署等について、原則として事前に通知すること(以下「事前通知」という。)とする旨を定めている。
(2)通則法74条の10は、通則法74条の9の例外として、税務署長等が調査の相手方である納税義務者の申告若しくは過去の調査結果の内容又はその営む事業内容に関する情報その他課税庁側が保有する情報(以下「課税庁保有情報」という。)に鑑み、違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれその他国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合(以下「無予告要件」という。)には、事前通知を要しない旨を定めている(以下、通則法74条の10に基づき事前通知をしないで行われた実地の調査を「無予告調査」という。)。
(3)国税庁長官の発する「国税通則法第7章の2(国税の調査)関係通達の制定について(法令解釈通達)」(令和元年12月5日改正前のもの)(以下「手続通達」という。)は、以下のとおり定めている(乙11)。
 ア 手続通達4−7は、通則法74条の10に規定する「その営む事業内容に関する情報」の範囲等について、事業の規模又は取引内容若しくは決済手段などの具体的な営業形態も含まれるが、単に不特定多数の取引先との間において現金決済による取引をしているということのみをもって事前通知を要しない場合に該当するとはいえないことに留意すべきである旨を定める。
 イ 手続通達4−9は通則法74条の10に規定する「違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれ」がある場合の例示として、事前通知をすることにより、納税義務者において、調査に必要な帳簿書類その他の物件を破棄し、移動し、隠匿し、改ざんし、変造し、又は偽造することが合理的に推認される場合を挙げる。
(4)通則法74条の9、74条の10を含む通則法第7章の2(国税の調査)は、平成23年法律第114号による改正によって通則法に新設された章であるところ、同改正後の通則法が施行される以前においても、国税庁長官の発する事務運営指針(乙12。以下「旧事務運営指針」という。)は、税務調査に際し、原則として、納税者に対し調査日時をあらかじめ通知することとしつつ、業種・業態、資料情報及び過去の調査状況等からみて、帳簿書類等による申告内容等の適否の確認が困難であると想定されるため、調査日時の事前通知を行わない調査により在りのままの事業実態等を確認しなければ、申告内容に係る事実の把握が困難であると想定される場合、調査日時の事前通知をすることにより、調査に対する忌避・妨害、あるいは帳簿書類等の破棄・隠ぺい等が予想される場合のように、調査日時の事前通知を行うことが適当でないと認められる場合には、例外的に調査日時の事前通知を行わないものとしていた。
3 前提事実(争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)原告の概要

 原告は、昭和31年5月14日に設立された、折箱類一式の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、長野市(以下省略)××××番地を本店所在地とする法人である。原告の役員及び株主は、いずれも原告代表者と親族関係にある者であって、原告は、いわゆる家族経営の中小企業である。(甲9、乙1)
(2)課税の経緯等について
ア 確定申告
 (ア)原告は、平成30年4月期の法人税について、法定申告期限までに、別表1の「確定申告」欄のとおり、確定申告をした(乙2の1)。
 (イ)原告は、平成30年4月課税期間の消費税等について、法定申告期限までに、別表2の「確定申告」欄のとおり、確定申告をした(乙3)。
イ 原告の平成30年4月期の法人税及び平成30年4月課税期間の消費税等を調査対象とする税務調査(以下「本件税務調査」という。)の中で行われた後記ウの無予告調査に際し、N税務署長が原告について保有していた情報
 (ア)原告は、取引先から売上代金の一部を原告代表者名義の△△△△銀行N支店の普通預金口座(口座番号※※※※※。以下「本件預金口座」という。甲7の5)で受け入れていた。
 (イ)平成28年4月期から平成30年4月期までの原告の法人税の確定申告書(乙2の1ないし2の3)の「預貯金等の内訳書」の欄外には、いずれも、注書き「3」として、「預貯金等の名義人が代表者になっているなど法人名と異なる場合には、『摘要』欄に「名義人○○○○」のようにその名義人を記入してください。」との記載があるが、いずれの事業年度の「預貯金等の内訳書」にも、本件預金口座は記載されていなかった。
 (ウ)平成28年4月期から平成30年4月期までの原告の法人税の確定申告書(乙2の1ないし2の3)の「借入金及び支払利子の内訳書」によると、原告には原告代表者からの借入金があり、その残高は、平成28年4月期末においては4313万3234円、平成29年4月期末においては4739万5401円、平成30年4月期においては5018万6308円であり、平成29年4月期末の同借入金残高の前年度末からの増加額は、426万2167円、平成30年4月期末の同借入金残高の前年度末からの増加額は、279万907円であった。
 (エ)平成27年分から平成29年分までの原告代表者の所得税及び復興特別所得税の確定申告書(乙4の1ないし4の3)によると、原告代表者には、給与収入と公的年金等による収入があり、平成27年分から平成29年分に至るまで、給与収入はいずれも60万円であり、公的年金等による収入はいずれも約190万円であった。
ウ 本件において原告に対してされた無予告調査
 (ア)N税務署の法人課税第3部門に所属していたY上席国税調査官及びW国税調査官(以下、両名を併せて「本件担当職員」という。)は、平成30年7月24日、原告に対する事前通知をすることなく、長野市(以下省略)××××番地所在の原告の本店事務所に臨場し、原告代表者に対し、同所において実地の調査を実施する旨を通知して同人の了承を得た上で、同日から翌25日にかけて、原告の平成30年4月期の法人税及び平成30年4月課税期間の消費税等を対象とする実地の調査(以下「本件無予告調査」という。)を行った(甲6の3、乙5)。
 (イ)原告の顧問税理士であるK税理士(以下「本件税理士」という。)は、本件無予告調査の開始日において、調査の実施自体は了承したものの、本件担当職員に対し、本件無予告調査が無予告要件を満たしているか否か及び満たしていると判断した理由(以下「無予告理由」という。)について説明を求めた。これに対し、本件担当職員は、本件税理士に対し、無予告要件を満たしている旨の回答をする一方で、無予告理由については説明することができないと回答した(甲6の3、乙5)。
 (ウ)本件担当職員は、本件無予告調査により、原告には、平成30年4月期及び平成30年4月課税期間において計上されるべき売上げについて、合計15万7297円(消費税等相当額を含まない金額)の計上漏れ(以下「本件計上漏れ」という。甲12乙6の1ないし7の2)があることを発見したため、原告及び本件税理士にその旨を通知した(甲6の3、乙5)。
 (エ)本件担当職員は、平成30年9月3日、本件税理士と面談し、本件税理士に対し、税務署長等が把握している資料、申告状況及び過去の調査の事績等を基に、事前通知を行って実地の調査をした場合には書類の破棄や隠匿等のおそれがあると判断されるときは、無予告調査を行う場合があることを説明したが、本件税理士は、同説明では納得せず、本件無予告調査は違法な調査であるから、本件計上漏れに基づく修正申告はしない旨述べ(甲6の4、乙8)、同年11月26日にN税務署職員から本件税務調査の結果説明及び終了報告を受けた後も、原告のために同修正申告の手続をしなかった(甲6の3、6の5、乙5)。
エ 本件各更正処分
 (ア)N税務署長は、本件計上漏れがあったことに基づき、平成30年12月17日付けで、原告の平成30年4月期の法人税について、別表1の「更正処分」欄のとおり、更正処分をした(甲1)。
 (イ)N税務署長は、本件計上漏れがあったことに基づき、平成30年12月17日付けで、原告の平成30年4月課税期間の消費税等について、別表2の「更正処分」欄のとおり、更正処分をした(甲2)。
オ 審査請求
  原告は、平成30年12月19日付けで、本件各更正処分に不服があるとして、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ(甲3)、国税不服審判所長は、令和元年12月4日付けで、同審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした(甲4)。
カ 本件訴えの提起
  原告は、令和2年5月11日、本件各更正処分の取消しを求めて、本件訴えを提起した(顕著な事実)。
4 本件各更正処分の根拠
 被告が主張する本件各更正処分の根拠及び適法性は、別紙2のとおりであり、原告は、後記5の争点に関する部分を除き、その計算の基礎となる金額及び計算方法を明らかに争わない。
5 争点及び当事者の主張
 本件の争点は、本件各更正処分の適法性であり、具体的には、①本件各更正処分の前提としてされた本件無予告調査は無予告要件を満たすか(以下「争点1」という。)、②本件税務調査において、N税務署長が本件無予告調査につき無予告理由を原告に説明しなかったことには通則法74の10に反する違法があるか(以下「争点2」という。)及び③仮に争点1又は争点2が肯定された場合には、それらの違法が本件各更正処分の取消事由になるか(以下「争点3」という。)である。
(1)争点1について
(被告の主張)

ア 課税庁保有情報に鑑み、事前通知をすることにより、納税義務者において、調査に必要な帳簿書類その他の物件を破棄し、移動し、隠匿し、改ざんし、変造し、又は偽造することが合理的に推認される場合には、無予告要件を満たすというべきである。
イ 以下の事情に照らし、本件無予告調査の着手前の時点では、原告において、売上金の一部を現金で回収し、これを売上げから除外して確定申告をし(以下「売上除外」という。)、売上除外に係る売上金(以下「除外売上金」という。)を本件預金口座等に受け入れ、その後、原告代表者による原告への貸付けという形で、原告代表者から原告に除外売上金と同額の金員を還流させていること(以下「除外売上金の還流」という。)が想定された。
(ア)原告は、昭和31年5月14日に設立された法人であり、設立から相当期間が経過していたのであるから、原告において、本件預金口座を原告の取引のために使用することに合理的な理由は想定することができない。それにもかかわらず、原告は本件預金口座を原告の取引のために使用していたのであるから、本件預金口座は、売上除外等に使用されていることがうかがわれた。
(イ)平成28年4月期から平成30年4月期までの原告の法人税の確定申告書(乙2の1ないし2の3)並びに平成27年分から平成29年分までの原告代表者の所得税及び復興特別所得税の確定申告書B(乙4の1ないし4の3)によれば、原告の原告代表者に対する平成29年4月期の借入金残高が平成28年4月期のそれより増加しており、しかも、その増加額が原告代表者の平成27年分から平成29年分までのいずれの年の給与収入及び年金収入の年額の合計よりも多いこと、原告の原告代表者に対する平成30年4月期の借入金残高が平成29年4月期のそれより増加しており、しかも、その増加額が原告代表者の平成27年分から平成29年分までのいずれの年の給与収入及び年金収入の年額の合計よりも多いことがそれぞれ認められたところ、こうした資金の流れは不自然なものといえる。
ウ N税務署長は、上記イで想定された取引の全容を解明するためには、原告に対する調査開始時に、本件預金口座に係る預金通帳や本件預金口座の入出金に係る取引に関する帳簿書類等を確実に収集することが必要であると考えたが、本件預金口座が簿外口座である可能性が高いことなどからすると、原告に事前通知をすることにより、原告において、調査に必要な帳簿書類その他の物件の破棄、隠匿等をするおそれがあると判断した。N税務署長のかかる判断は合理的なものである。
エ この点につき、原告は、本件税務調査では、売上除外や除外売上金の還流は発見されず、結果的に調査の実効性は全くなかったとか、そもそも本件税務調査で見込んでいた課税標準279万円余(平成30年4月期における原告の原告代表者に対する借入金残高が平成29年4月期におけるそれよりも増加した額)の計上漏れというのも、約3000万円の繰越欠損金のある原告においては僅少な額であるなどと主張し、これらの事情からも、無予告要件は認められないと主張する。
  しかし、無予告要件の有無は調査の着手前の事情によって判断されるべきであって、その後の事情である調査結果によって左右されるものではないし、課税の公平性の観点からすれば、本件で見込まれていた計上漏れの額を僅少であるとしてあえて不問に付すべき理由はないから、原告の主張は失当である。
オ 以上より、本件無予告調査は、無予告要件を満たすといえる。
(原告の主張)
ア 通則法74条の10は、平成23年法律第114号による通則法の改正により新設された税務調査に関する手続規定であるところ、同改正の趣旨は、租税法律主義の要請する手続保障原則に基づき、調査手続の透明性と納税者の予測可能性を高めることにある。この観点からは、通則法74条の9に定める事前通知制度は重要な意義を有するから、その例外に当たる通則法74条の10に規定する無予告要件の解釈は、当然に厳格であることが要請される。
イ 被告の主張する事情からは、本件無予告調査が無予告要件を満たすものということはできない。
 (ア)まず、被告は、本件預金口座が原告の取引に使用されていたことをもって、本件預金口座が原告による売上除外に使用されていることがうかがわれると主張する(被告の主張イ(ア))。
  しかし、原告が本件預金口座を原告の取引に使用しているのは、以前、原告が本件預金口座の預入先である△△△△銀行において、法人名義での預金口座を開設することができなかったため、便宜上、本件預金口座を使用し続けているだけのことである。同行は、小切手の換金の取扱手数料が無料であり、入金時期も他行より一、二日早く、同行の支店が原告の本店事務所の近隣であるため、原告としては、本件預金口座を取引に使用し続ける必要があったものである。
   なお、原告の取引に用いている原告代表者名義の預金口座は本件預金口座だけであり、原告では、毎月10日に小切手で回収した売掛金を取立てに回し、毎月13日から同月15日頃までに取り立てられた売掛金を本件預金口座で受け入れ、これを原資として、本件預金口座から原告の事業のための種々の経費等を支出しているため、本件預金口座の月末残高は二、三万円であった。また、本件預金口座を用いた売掛金の回収については正しく経理されているし、代表者の個人名義の預金口座を取引に使用することは中小企業においては珍しくないことである。
  これらのことからすると、被告の指摘する事情をもって、本件預金口座が原告による売上除外に使用されていることがうかがわれるということはできない。
 (イ)次に、被告は、原告の原告代表者に対する平成28年4月期から平成30年4月期までの借入金残高の増加額が原告代表者の給与収入等の年額よりも多額であったことをもって、原告の資金の流れが不自然なものであると主張する(被告の主張イ(イ))。
   しかし、これは、単に、近年の原告の売上げが逓減しているため、原告代表者が自己の収入や貯蓄を原告に対する貸付けという形で原告の事業に投じてきたことによるものであって、同様のことは金融機関の融資を受けにくい中小企業では頻繁に行われていることであるから、何ら不自然な資金の流れではない。
   なお、原告代表者は、現在、原告から受ける役員給与を年60万円に引き下げているものの、最近までその約3倍の役員給与を得ていたし、毎年190万円以上の年金収入を得ているから、原告に貸付けを行う原資を十分に有している。
 (ウ)したがって、被告の主張する事情からは、本件無予告調査が無予告要件を満たすものとはいうことはできない。
ウ なお、本件税務調査の結果、本件預金口座を用いた売上除外も除外売上金の還流もないことが明らかになり、本件計上漏れも、額、件数ともに僅かな単純な計上漏れにすぎなかった。また、課税庁の想定を前提としても、平成30年4月期の売上げの計上漏れは279万円余(平成30年4月期における原告の原告代表者に対する借入金残高が平成29年4月期におけるそれよりも増加した額)であり、これは繰越欠損金が約3000万円ある原告の規模に照らし、僅少な額といえる。
  こうしたことからしても、本件無予告調査が無予告要件を満たすものではなかったことが裏付けられる。
(2)争点2について
(原告の主張)

 平成23年法律第114号による通則法の改正は、租税法律主義の要請する手続保障に由来するものであり、税務調査における透明性の向上と予測可能性の充足を目的としており、同改正後の事務運営指針においても、課税庁の説明責任を強化する観点から同改正が行われたものと説明されているのであるから、同改正により新設された通則法74条の10の解釈として、無予告調査を行った税務署長等は、税務調査の過程において無予告理由について、調査の相手方である納税義務者に対して説明する義務を負うものというべきである。
 しかるに、N税務署長は、本件税務調査において、本件無予告調査に係る無予告理由について、原告に対して十分な説明をしなかった。
 したがって、N税務署長が本件税務調査の過程で本件無予告調査につき無予告理由を原告に説明しなかったことには、通則法74条の10に反する違法がある。
(被告の主張)
 通則法74条の10は、無予告要件を満たす場合には、通則法74条の9第1項の事前通知を要しない旨を規定しているのみであり、税務署長等が無予告理由を無予告調査の相手方である納税義務者に説明しなければならないとする旨の法律の規定はない。
 また、通則法74条の10は、平成23年法律第114号による通則法の改正により新設された税務調査の手続に関する規定であるところ、これらの規定が新設された趣旨は、税務調査に先立ち、課税庁が原則として事前通知を行うという従来の運用上の取扱いを法律上明確化するとともに、悪質な納税者の課税逃れを助長するなど調査の適正な遂行に支障を及ぼすことのないよう、課税の衡平確保の観点を踏まえ、一定の場合には事前通知を行わないとする従来に運用上の取扱いについても、法律上明確化するというものであって、かかる趣旨に照らしても、同条に基づき、税務署長等が無予告調査の相手方である納税義務者に無予告理由を説明する義務を負うことになるとは解されない。
 したがって、N税務署長が本件税務調査の過程で本件無予告調査につき無予告理由を原告に説明しなかったことについて、通則法74条の10に反する違法はない。
(3)争点3について
(被告の主張)

 調査手続の単なる瑕疵は更正処分に影響を及ぼさないものと解すべきであり、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなど重大な違法を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り、その処分に取消原因があるものと解すべきである。仮に、本件無予告調査が無予告要件を満たしていなかったり、本件税務調査の過程において原告の主張するような説明義務違反があったりしたとしても、そうした手続的瑕疵は、上記の重大な違法とはいえないから、これらが本件各更正処分の取消事由になることはない。
(原告の主張)
 更正処分は税務調査に基づき行われるところ、税務調査は適法なものでなければならず、税務調査の過程において看過することができない重大な手続的瑕疵がある場合には、そのような手続瑕疵も更正処分の取消事由になるというべきである。
 この点につき、事前通知制度は納税者の予測可能性の毀損の防止、質問検査権行使による幸福追求権の侵害の防止のために重要な意義を有する制度であるから、その例外に当たる無予告調査が通則法74条の10所定の要件を満たさずに行われたり、無予告調査が行われたにもかかわらず、税務調査の過程で無予告理由が調査の相手方である納税義務者に十分に説明されなかったりした場合には、事前通知制度に係る看過することができない重大な手続的瑕疵があるというべきである。
 そうすると、本件では、前記(1)(2)の(原告の主張)で述べたように、事前通知制度に係る看過することができない重大な手続的瑕疵があるから、これらは本件各更正処分の取消事由となる。
第3 当裁判所の判断
1 争点1について

(1)通則法74条の10に規定する無予告要件は、税務署長等が課税庁保有情報に鑑み、調査の相手方である納税義務者による違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれその他国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合を指すところ、課税庁保有情報に鑑み、事前通知をすることにより、納税義務者において、調査に必要な帳簿書類その他の物件を破棄し、移動し、隠匿し、改ざんし、変造し、又は偽造することが合理的に推認される場合には、無予告要件を満たすものというべきである。
(2)そこで検討するに、N税務署長が本件無予告調査に際して保有していた情報(以下「本件課税庁保有情報」という。)によれば、原告は、取引先からの売上代金の一部を原告代表者名義の本件預金口座で受け入れていながら(前記第2の3(2)イ(ア))、平成28年4月期から平成30年4月期までの原告の法人税の確定申告書(乙2の1ないし2の3)の「預貯金等の内訳書」において、本件預金口座を記載していなかったこと(前記第2の3(2)イ(イ))が認められるところ、一般に、設立から相当期間が経過した法人において、法人の売上代金を、法人名義の預金口座ではなく、あえて代表者個人名義の預金口座により受け入れなければならない事情があるとはいえない。
  また、本件課税庁保有情報によれば、平成28年4月期から平成30年4月期までの原告の法人税の確定申告書(乙2の1ないし2の3)の「借入金及び支払利子の内訳書」に計上されている原告の原告代表者に対する借入金残高が、平成28年4月期末においては4313万3234円、平成29年4月期末においては4739万5401円、平成30年4月期においては5018万6308円に上っており、平成29年4月期末の同借入金残高の前年度末からの増加額は、426万2167円、平成30年4月期末の同借入金残高の前年度末からの増加額は、279万907円になるのに対し(前記第2の3(2)イ(ウ))、平成27年分から平成29年分までの原告代表者の所得税及び復興特別所得税の確定申告書(乙4の1ないし4の3)上の同人の収入合計は約250万円にとどまること(前記第2の3(2)イ(エ))が認められる。このような原告及び原告代表者の申告内容を前提とすると、平成29年4月期及び平成30年4月期において、原告代表者から原告に対し、原告代表者の年収を超える額の資金が移動していることになるところ、法人の代表者の年収を超える額の資金が複数年にわたり継続して法人の代表者から法人に流入しているというのは法人の経営上の資金の流れとして、一般的に不自然なものといえる。
(3)上記(2)の諸事情は中小企業一般に広くみられるものとはいえないところ、仮に、原告において、原告の売上げの一部を申告せずに本件預金口座で受け入れ、これを原告代表者からの借入れという形で原告に還流させていたのであれば、いずれの事情も合理的に説明することができる一方で、この点に関する原告の反論(前記第2の5(1))において指摘されている事情は必ずしも外部からは明らかではないことなどからすると、N税務署長において、上記(2)の諸事情から、原告が本件預金口座を利用した売上除外及び除外売上金の還流を行っていることを想定したことは不合理なものということはできない。
  そして、N税務署長において、上記のような売上除外や除外売上金の還流の有無・内容を把握するには、実地の調査を行い、原告から売上取引や売上金の流れに関する帳簿類その他の物件の提出を受けて、これを仔細に検討するなどしなければならないといえるところ、一般に、原告のような家族経営の中小企業では、帳簿類等の改ざんを防ぐための内部統制が不十分であることが多いことなども踏まえると、仮に、実地の調査に当たり、事前通知をした場合には、原告において、調査に必要な帳簿書類その他の物件を破棄し、移動し、隠匿し、改ざんし、変造し、又は偽造することが合理的に推認されるといえるから、本件無予告調査に際しては、本件課税庁保有情報に鑑み、調査の相手方である納税義務者による違法又は不当な行為を容易にし、正確な課税標準等又は税額等の把握を困難にするおそれその他国税に関する調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合にあったといえる。
(4)したがって、本件無予告調査は無予告要件を満たしており、本件無予告調査を行ったことに通則法74条の10に反する違法はない。
(5)なお、原告は、本件無予告調査では、結果として、本件預金口座を用いた売上除外も、原告代表者の原告に対する貸付けを用いた売上除外金の還流もないことが明らかになったのであるから、調査の実効性は全くなかったとか、本件無予告調査に際してはN税務署長としても課税標準279万円余の計上漏れ程度しか想定されていないところ、これは約3000万円の繰越欠損金のある原告においてはそもそも僅少な額であるなどと主張し、これらの事情からも、本件無予告調査が無予告要件を満たしてなかったことが裏付けられるなどと主張する。
  しかし、無予告要件の有無は無予告調査に際して税務署長等が保有している情報に鑑みて判断されるべきものであるから、結果として本件無予告調査の際に想定されていた売上除外や除外売上金の還流が認められなかったとしても、そのことは無予告要件を満たすか否かの判断を左右しないというべきである。また、N税務署長は、本件無予告調査に際して、原告の法人税の確定申告書上、平成30年4月期における原告の原告代表者に対する借入金残高が平成29年4月期のそれよりも279万円余増額している事実に着目してはいるものの、そうであるからといって、調査対象とする税目、期間において、売上除外や除外売上金の還流が同額を超えて発見されることをおよそ想定していなかったということにはならないし、仮に同額程度の売上除外又は除外売上金の還流しか想定していなかったとしても、そのことによって調査の必要性がなくなるわけでもないから、この点も無予告要件を満たすか否かの判断を左右しないというべきである。
  したがって、原告の上記主張はいずれも採用することができない。
2 争点2について
(1)原告は、平成23年法律第114号による通則法の改正により通則法74条の10が新設された趣旨等からすれば、同条の解釈として、無予告調査を行った税務署長等は、税務調査の過程において、調査の相手方である納税義務者に無予告理由を説明すべき義務を負うことになる旨主張する。
(2)しかし、通則法74条の10は、通則法74条の9の例外として、無予告要件を満たす場合には、実地の調査に当たり、事前通知を要しない旨を規定するのみであり、その文言上、無予告調査がされた場合に、税務署長等に対し、税務調査の過程で、無予告理由を調査の相手方である納税義務者に説明すべき義務を負わせるものとは解されない。
  また、旧事務運営指針においても、税務調査に際し、原則として、納税者に対し調査日時をあらかじめ通知することとされており、例外的に、業種・業態、資料情報及び過去の調査状況等からみて、帳簿書類等による申告内容等の適否の確認が困難であると想定されるため、調査日時の事前通知を行わない調査により在りのままの事業実態等を確認しなければ、申告内容に係る事実の把握が困難であると想定される場合、調査日時を事前に通知することにより、調査に対する忌避・妨害、あるいは帳簿書類等の破棄・隠ぺい等が予想される場合のように、調査日時を事前に通知することが適当でないと認められる場合には調査日時を事前に通知しないものとしていたことからすると、平成23年法律第114号による通則法の改正により通則法74条の10が新設された趣旨は、基本的に、従来の運用上の取扱いを法律上明確化することによって調査手続の透明性と納税者の予見可能性を高めることにあったというべきである。かかる趣旨に照らせば、同条について、無予告調査を行った税務署長等に対し、税務調査の過程で調査の相手方である納税義務者に無予告理由を説明する義務を新たに負わせるものと解釈することはできない。
(3)したがって、無予告調査を行った税務署長等が原告の主張するような説明義務を負うことはないから、N税務署長が本件税務調査の過程で本件無予告調査に係る無予告理由を原告に説明しなかったことについて、通則法74条の10に反する違法はない。
3 結論
 以上によれば、争点3について判断するまでもなく、本件各更正処分を取り消すべき手続上の違法はなく、原告の平成30年4月期の法人税及び平成30年4月課税期間の消費税等の金額は、いずれも本件各更正処分における金額と同額となるから、本件各更正処分はいずれも適法である。
 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 市原義孝
裁判官 依田吉人
裁判官 伊藤嘉恵

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