カートの中身空

解説記事2022年02月07日 論考 改正公益通報者保護法の課題と限界(2022年2月7日号・№917)

論 考
改正公益通報者保護法の課題と限界
 神奈川大学法学部教授 葭田英人

1 公益通報者保護法改正の経緯

 公益通報者保護法は、2004年に公布され2006年に施行された。内部通報制度の整備は進んだものの、組織の不祥事の隠蔽は後を絶たず、内部通報者に対する不利益な取扱いが行われる多くの事例が発生し、この制度の機能向上が問題となっていた。そこで、公益通報者保護法の抜本的な改正が行われることとなった。
 2020年6月8日、「公益通報者保護法の一部を改正する法律」 が第201回国会で可決され6月12日に公布された。改正公益通報者保護法(以下、改正法という。)は2022年6月1日に施行される予定である。さらに、2021年8月20日、「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」が公表され、同年10月13日、消費者庁は、その解説となる「公益通報者保護法に基づく指針の解説」を公表した。
 改正法は、事業者に対し、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備その他必要な措置を義務付け、違反者に対する行政処分、刑事罰、行政罰などを定めるなど大幅な見直しがされている。

2 改正公益通報者保護法の概要

 今回改正された内容は次の通りである。
(1)公益通報者の範囲の拡大(改正法2条1項)
 現行法において保護の対象となる公益通報者は、労働者に限られている。しかし、現職として従事している期間に公益通報を行うことは難しいことである。そこで、改正法では、退職後1年以内の退職者も保護の対象とした。
 また、役員も公益通報者として保護されることになった。役員は、事業者の違法行為を知り得る立場にあるが、公益通報を理由に解任、再任拒否、損害賠償請求などの不利益な取扱いを受ける可能性があるので、公益通報者として保護の対象に加えられた。なお、会計監査人は、独立的であることから対象外となった。
(2)通報対象事実の範囲の拡大(改正法2条3項)
 現行法においては、通報対象事実の範囲は、公益通報により是正を図る必要性が高いものに限定するということから犯罪行為の事実に限定されていた。しかし、通報対象事実を拡大して通報者の保護を図るべきであるとする意識が高まったことから、改正法では、国民の生命、身体、財産の保護を目的とする法令のうち、刑事罰だけでなく行政罰(過料)をもって事業者を規制している事実についても通報対象事実に加えることとなった。
(3)行政機関への通報の要件緩和(改正法3条2号)
 現行法は、行政機関に公益通報を行う場合には、「通報対象事実が生じ、または生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があること(真実相当性の要件)」を要求している。しかし、通報者が、通報の時点において、真実相当性の要件に該当するかを判断することは困難である。
 そこで、改正法は、真実相当性の要件を求めず、通報者が氏名、住所、通報対象事実の内容、思料する理由など一定の事実を記載した書面を提出することで足りることとした。この改正により、公益通報者としての保護要件が緩和されることとなり、行政機関への通報が容易になった。ただし、行政機関は、真実相当性の要件について厳格な調査を行う必要がある。
(4)報道機関など第三者への通報の要件緩和(改正法3条3号)
 現行法は、報道機関など第三者への通報要件を「個人の生命または身体に危害が発生し、または発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当な理由がある場合」としていたが、改正法では、現行法が定める真実性の要件と特定事由に該当する場合という保護要件を維持したまま、2つの特定事由を加え特定事由該当性の要件を緩和している。
 2つの特定事由とは、「財産に対する損害(回復することができない損害または著しく多数の個人における多額の損害に限る)が発生し、または発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当な理由がある場合」(改正法3条3号へ)と、これまで規定がなかった「役務提供先への公益通報をすれば、役務提供先が公益通報者を特定させる情報を漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合」(改正法3条3号ハ)であり、報道機関などへの通報が可能となり、公益通報者の保護が期待できない法人・組織においても通報が容認されることになった。
(5)退職者・役員の不利益取扱いから保護(改正法5条1項・3項・6条)
 退職後1年以内の退職者が、公益通報を理由に退職金の不支給等の不利益な取扱いを受けることは許されない(改正法5条1項)。また、役員に対し、公益通報を理由に報酬の減額等の不利益な取扱いをしてはならない(改正法5条3項)。ただし、役員による外部通報(行政機関、報道機関などへの通報)については、通報の前に、社内で調査是正措置をとることが保護されるための要件となっている(改正法6条2号イ・3号イ)。なお、役員が公益通報を理由に解任され、損害が発生した場合には、事業者に損害賠償請求をすることができることとなった(改正法6条)。
(6)公益通報者の損害賠償責任の免除(改正法7条)
 公益通報を行ったことにより、事業者から損害賠償請求を受けることが散見され、現行法においても、「不利益な取扱い」の内容に損害賠償請求は含まれると解されている。公益通報者が損害賠償義務を負うことになれば委縮し、適切な公益通報が行われないおそれがある。そこで、改正法では、事業者は、公益通報により損害を受けたことを理由に、公益通報者に対して、損害賠償請求をすることができないこととなった。
(7)事業者に対する内部通報体制の整備義務(改正法11条1項・2項・3項)
 現行法においては、内部通報体制の整備義務の規定は設けられていない。しかし、2016年12月9日に消費者庁が公表した「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」を参照して、個々の事業者にとって適切な仕組みを構築することが求められている。
 改正法では、常時雇用する労働者の数が300人を超える事業者に対して、内部通報を受け、通報対象事実の調査をし、その是正に必要な措置をとる業務に従事する者を公益通報対応業務従事者として定めることを義務付けた(改正法11条1項)。また、事業者に対し、内部通報に適切に対応するために必要な体制を整備しなければならないとした(改正法11条2項)。
 ただし、常時雇用する労働者の数が300人以下の事業者に対しては、内部通報体制の整備は努力義務とされた(改正法11条3項)。なお、事業者には、企業のほか、国、地方自治体、病院、学校なども含まれる。
(8)公益通報対応業務従事者の守秘義務(改正法12条・21条)
 現行法においては、公益通報窓口の担当者には、公益通報者を特定させる事項についての守秘義務の定めはない。そこで、改正法は、公益通報対応業務従事者には、正当な理由がなく公益通報対応業務に関して知りえた事項であって公益通報者を特定させる事項を漏らしてはならないとする守秘義務を課した(改正法12条)。また、守秘義務に違反した者には、刑事罰を課し、30万円以下の罰金が科されることになった(改正法21条)。なお、「正当な理由」とは、公益通報者の同意がある場合である。そして、公益通報対応業務従事者であった者も、引き続き守秘義務を負うことになる。
(9)行政機関に対する通報対応体制の整備義務(改正法13条1項・2項)
 現行法においては、公益通報を受けた行政機関は、必要な調査を行い、通報対象事実があるときは、法令に基づく措置その他適当な措置をとらなければならないとされている(現行法10条1項)。改正法は、現行法の定めに加えて、行政機関に対して、公益通報に応じて適切な対応をするために必要な体制の整備その他必要な措置をとらなければならないとしている(改正法13条1項・2項)。
(10)事業者が義務を履行するための行政措置(改正法15条・16条・19条・22条)
 現行法においては、内部通報体制の整備義務を履行しない事業者に対する行政措置の規定は設けられていない。そこで、事業者が義務を履行するための実効性確保の観点から、改正法では、内閣総理大臣またはその委任を受けた消費者庁長官が、内部通報体制の整備義務を履行しない事業者に対して、報告を求め、または助言、指導もしくは勧告をすることができる(改正法15条・19条)。さらに、勧告に従わない事業者に対しては、その旨を公表することができるものとした(改正法16条・19条)。
 また、行政機関からの報告要請に対して報告せず、または虚偽の報告をした事業者に対しては20万円以下の過料が科される(改正法22条)。

3 改正公益通報者保護法の課題と限界

 今回の改正では見送られた課題は多数ある。改正法においては、事業者に対して、新たに行政罰の対象となる行為にまで拡張されたが、公益通報者は、報復人事(解雇・降格・異動)などの不利益な扱いがなされた場合、事業者に対して、行政機関による指導、勧告、公表、さらには刑事罰を科すなどの制度は見送られた。
 また、公益通報は、裏付け資料がなければ取り合ってもらえないことから、内部資料の持ち出し行為の責任減免の規定も設けられなかった。
 さらに、保護される公益通報者に取引先を含めることが検討された。しかし、公益通報による取引停止が不利益取扱いに該当するか、判断が難しいことから見送られた。
 なお、公益通報者に対する不利益な取扱いの是正に関する事業者への行政措置や刑事罰などの制裁は、事業者の信用やイメージの毀損を招くおそれがあり、今回は見送られたが、改正法附則5条で、施行後3年を目途に改めて検討することが盛り込まれている。
 内部通報制度を整備したとしても、公益通報者が事業者から不利益な取扱いを受けないことが保証されない限り、実質的には機能しない。なお、日本では、アメリカのように公益通報者に多額の報奨金(罰金の1割〜3割)を支払う制度はない。公益通報者を補償する仕組みも併せて検討する必要がある。

葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。専門分野は、会社法・税法・信託法。近著は『コーポレートガバナンスと社外取締役・社外監査役』(三省堂・2020)、『会社法入門(第六版)』(同文舘出版・2020)、『合同会社の法制度と税制(第三版)』(税務経理協会・2019)など。

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索