解説記事2022年02月28日 ニュース特集 詳報・国外中古建物特例の確定申告(2022年2月28日号・№920)
ニュース特集
課税当局、土地建物一体貸付けなら収入金額も按分計算するよう指導
詳報・国外中古建物特例の確定申告
令和2年度税制改正で導入された「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」が令和3年分の所得税確定申告から適用されているが、今回が適用初年度となるだけに、税理士等の実務家の間では様々な疑問が生じている。
例えば、土地建物が一体で賃貸されている場合、収入金額を土地と建物に配分すべきとする法令の規定や通達などは存在しないが、本誌取材によると、課税当局は「土地と建物の購入価格」で按分するよう指導していることなどが判明している。
本特集では、課税当局への徹底取材に基づき、同特例の確定申告を巡る実務家の疑問を解消する。
国外中古建物の損失、簡便法による減価償却費分は損益通算不可に
まずは、国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の内容をおさらいしよう。
周知のとおり、令和2年度税制改正では、国外中古建物を貸し付け、中古の減価償却資産に適用される「簡便法」により算出した“短い”耐用年数を適用することにより早期に多額の減価償却費を計上して不動産所得に損失を生じさせ、給与所得等と損益通算するという節税スキームが封じ込められた。このスキームを使えば、売却時には取得価額は減価償却後の金額となり低額となるため譲渡所得は高額となるものの、20%の分離課税の適用を受けることが可能であり、海外の中古建物の価値の下がりにくさを利用した事実上の“租税回避行為”として問題視されていた。
そこで令和2年度税制改正により、「耐用年数を簡便法(見積法であってもその見積年数が適切であることを証する一定の書類の添付がない場合を含む)により計算した国外にある中古の建物(国外中古建物)から生ずる不動産所得を有する場合において、国外不動産所得の損失の金額(国外中古建物の貸付けによる損失の金額のうち国外中古建物の償却費に相当する部分の金額)は生じなかったものとみなす」という「国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例」(措法41条の4の3、以下「国外中古建物特例」)が創設され、他の所得との損益通算等はできなくなった。
また、この特例の適用を受けた国外中古建物を譲渡する場合には、「生じなかったものとみなされた損失」は、譲渡所得の計算上、取得費から控除する減価償却累計額には含まれないこととなった。つまり、「生じなかったものとみなされた」損失分だけ、譲渡所得は小さくなる。
なお、「国外不動産所得の損失の金額」とは、「当該損失の金額を当該国外不動産等(国外中古建物以外の国外不動産等)の貸付けによる不動産所得の金額の計算上控除してもなお控除しきれない金額」(措法41条の4の3②二)とされており、他の国外不動産等の所得と通算することは可能である。
国外中古建物特例に係る「付表」で国外中古建物ごとに計算
この特例が適用される場合には、国税庁から公表されている「付表」(表1及び2参照)を使用して確定申告を行うことになる(国税庁HP
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/pdf/0021012-103_02.pdf)。
【表2】
青色申告決算書又は収支内訳書(不動産所得用)付表 この付表は、令和3年分以後の各年において、国外中古建物による不動産所得を有する方が、租税特別措置法(以下「措法」といいます。)41条の4の3(国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例)に規定する国外不動産所得の損失の金額がある場合において、その金額を計算するために使用します。 |
まず留意すべき点は、国外中古建物を複数保有している場合には、国外中古建物ごとに区分して、それぞれ不動産所得の金額を計算する必要があるということだ(措令26条の6の3③一)。まとめて計算してしまうと、損益通算対象外の金額を誤ることになるので注意したい。
実務家の間では、この場合「国外中古建物ごとに青色申告決算書(白色申告の場合は収支内訳書。以下同じ。)を作成しなければならないのか」との疑問の声があったが、本誌が課税当局に確認したところ、国外中古建物を複数保有している場合であっても、国外中古建物ごとに青色申告決算書を複数作成する必要はないことが確認された。付表に「資産の名称」という欄が設けられているが、ここに一行につき一つの国外中古建物に係る収入および経費を記入し、国外中古建物特例により否認対象とされる損失金額を計算していくことになる。
そして、付表2ページ目の記載要領にあるとおり、付表N欄の「損益通算ができない国外不動産所得の損失の金額」を減価償却費の総額から差し引いた金額を青色申告決算書の⑧欄の減価償却費の欄に記入し、その結果、同特例により損益通算対象外となる損失の金額が申告書上考慮されるという仕組みとなっている。
否認された累積額は備忘のために記載
また、記載要領では、国外中古建物ごとに、損益通算ができない国外不動産所得の損失額の累積額を青色申告決算書の3ページ目にある減価償却費の計算欄の摘要欄に記入することが求められている。これは、国外中古建物特例の適用によって損益通算の対象外とされた損失額は、将来国外中古建物を譲渡した際の譲渡所得の計算上、取得費に“足し戻す”ことが可能とされているため(措法41条の4の3③)、その金額を把握することを目的としている。
この点について実務家からは、例えば上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除の規定(措法37条の12の2⑦)では、申告書への明細書の添付やその後の連続申告が繰越控除の要件とされていることから、国外中古建物特例の適用を受ける場合も、記載要領に沿った記載が行われなければ“足し戻し”ができなくなるといったような不利益が生じるのではないかとの懸念の声が聞かれる。
しかし、本誌の取材により、このような懸念は杞憂であることが確認されている。措置法41条の4の3第3項には、上場株式等の譲渡損失の繰越控除規定にあるような要件は規定されておらず、仮に損益通算対象外とされた損失額を青色申告決算書の摘要欄に記載することを失念した場合や、記載額に間違いがあったとしても、それを理由に、譲渡時において“足し戻し”ができなくなるというようなことはない。課税当局によると、この摘要欄への累積額の記載は、納税者が海外中古建物を譲渡する際に、過去にさかのぼって“足し戻す”額を計算しなければならないという煩雑な作業を回避することを目的としており、あくまで納税者の便宜に資するためのものとのことだ。
共通経費だけでなく収入金額も按分計算必要
また、土地建物が一体で賃貸されているケースにおける所得計算についても注意が必要だ。国外中古建物を貸付の用に供する場合、その敷地と一体で賃貸されるのが一般的だが、国外中古建物特例は、あくまで「建物」部分の損失を否認の対象としている。このため、土地建物を一体で貸し付けている場合、建物部分と土地部分に区分して計算をしなければならない。
条文上、建物自体は措置法41条4の3第2項1号の「国外中古建物」に該当する一方、その敷地は同2号かっこ書きの「国外不動産等」(国外中古建物以外の国外にある不動産等)に該当することが、課税当局への取材でも確認されている。そして、措置法施行令26条の6の3第3項2号では、国外中古建物と国外不動産等は「区分して、それぞれ不動産所得の金額を計算するものとする」とされているため、土地建物が一体で賃貸されている場合であっても、建物部分と土地部分に区分した上での所得計算が必要となる。
土地建物を区分して所得計算する場合、両者に共通する経費については、「資産の貸付けに係る収入金額その他の財務省令で定める基準によりこれらの資産の貸付けに係る必要経費の額に配分」するとされている(措令26条の6の3③三)が、収入金額の按分についての規定はない。按分計算で申告実務が煩雑になることを懸念する実務家からは、消費税の取扱いについては、消費税法基本通達6−1−5で土地付建物等の貸付けの対価をすべて建物の貸付対価として扱うとされていることから、賃料収入をすべて国外中古建物に係る収入とした上で、その収入金額を基礎として国外中古建物とその敷地に共通で生じた経費を按分すれば、敷地にのみ紐づく費用以外はすべて国外中古建物に係る必要経費となり、実質的に土地と建物への按分計算が不要となるのではないかとの意見も聞かれる。
しかし、課税当局は本誌の取材に対し、収入金額については、必要経費のように土地と建物に配分すべきとする法令の規定や通達などは存在しないものの、「土地と建物に分けて計算するように指導しており、按分する方法は、購入価格で按分してもらえばよいと考えている」と回答している。国外中古建物が2以上ある場合、必要経費に算入されなかった減価償却費を各建物ごとに管理するためには、収入金額を土地と建物に按分する必要があるというのが理由のようだ。
土地建物への按分計算をした場合としなかった場合とで結果が同じであれば実害はないと思われるが、課税当局が上記のように考えている以上、申告実務は煩雑となるものの、按分計算をしておいた方が無難といえよう。この点については、今後、付表の記載要領などに明記される可能性もありそうだ。
国外中古建物の損失否認は組合・信託財産損失、土地借入利子否認に優先
将来の譲渡所得の金額に影響
不動産所得の損益通算制限規定としては、国外中古建物特例のほかに、「土地等の取得に要した負債の利子の額に関する特例」(以下「土地借入利子特例」)(措法41条の4)、特定組合員等の不動産所得に係る損益通算等の特例(以下「組合・信託財産特例」)(措法41条の4の2)があり、3つの制度が並存する状態となっている。そのため、これらの適用順序はどうなるのかという問題がある。
特に、国外中古建物については、借入れにより土地建物一体で物件を取得するケースもよくあることから、国外中古建物特例と土地借入利子特例のいずれを先に適用するべきかとの疑問が生じている。なぜ適用順序が問題になるのかと言うと、周知のとおり、国外中古建物特例により生じなかったものとみなされた損失額は、将来国外中古建物を売却した場合の譲渡所得の計算上、取得費に足し戻すことができる一方で、土地借入利子特例により生じなかったものとみなされた利子相当額は切り捨てられるため、同じ損失否認規定であっても、どちらの規定により否認されたかで、将来の譲渡所得の金額に影響を及ぼすケースがあるからだ。
この点について本誌が課税当局に取材したところ、まず国外中古建物特例を適用し、次いで土地借入利子特例を適用することが確認された。
国外中古建物特例については、国外中古建物ごとの償却費の額と、その国外中古建物の貸付けによる損失の金額のいずれか少ない方の金額が否認対象となる(措令26条の6の3①)が、土地借入利子特例については、土地等を取得するために要した負債の利子の額と不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額とのいずれか少ない方の金額が否認対象となる(措令26条の6①)。つまり、土地借入利子特例は、他の所得との損益通算が問題になる一方、国外中古建物特例は、不動産所得を計算する段階で必要経費として認められるか否かが問題になるということだ。
この適用順序に関する考え方は、国外中古建物特例の付表(表1及び2)及び青色申告決算書の計算構造とも合致している。当該付表の記載要領によれば、付表で計算した「損益通算ができない国外不動産所得の損失の金額」を減価償却費の総額から差し引いた金額を、青色申告決算書の⑧欄の減価償却費の欄に記入することにより、先に国外中古建物特例を適用する計算構造となっている。一方、土地借入利子については、最終的に不動産所得の金額が赤字の場合に青色申告決算書の末尾に記載する形式となっている。当該付表等を用いて申告作業を行えば、適用順序を誤ることはなさそうだ。
組合・信託財産特例否認額の一部が繰越可能
国外中古建物特例と土地借入利子特例の適用順序については上述のとおりだが、国外中古建物特例と組合・信託財産特例の適用順序についても同様の考え方となる。
そして、組合・信託財産特例と土地借入利子特例の適用順序については、措置法通達41の4−4において、「措置法第27条の2又は第41条の4の2の適用がある場合には、これらの規定により計算した金額に基づいて同法第41条の4を適用する」と、先に組合・信託財産特例を適用する旨が規定されている。
以上により、3つの特例の適用順序は、国外中古建物特例、組合・信託財産特例、土地借入利子特例の順となる。
周知のとおり、組合・信託財産特例とは、不動産所得を生ずべき任意組合等の事業に係る個人組合員の組合損失や信託から生じた不動産所得の損失をないものとみなす制度であり、平成17年度の税制改正で同特例が創設されてから既にかなりの期間が経過している。このため、現状、同特例の存在を知ったうえで国外中古建物を組合や信託の財産としているケースは稀であると推測されるが、令和3年分以降の所得税申告は、これまで組合・信託財産特例によりその全額が切捨てられていた損失も、減価償却費部分については国外中古建物特例が優先して適用されるため、将来に繰り越して譲渡時に控除することが可能となる。
【参考】
租税特別措置法 租税特別措置法施行令 |
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