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解説記事2022年02月28日 未公開判決事例紹介 第二次納税義務を巡る控訴審で会社が逆転勝訴(2022年2月28日号・№920)

未公開判決事例紹介
第二次納税義務を巡る控訴審で会社が逆転勝訴
東京高裁、債務免除で会社が受けた利益は存在せず

 本誌912号40頁で紹介した納付告知処分取消請求控訴事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する(原審の判決文は877号参照)。

○中小企業再生支援協議会による再生計画に基づき金融機関からの債権放棄を含む金融支援を受けるため、取締役らが会社(控訴人)に対する債務免除を行ったことにより、会社に取締役らの滞納国税についての第二次納税義務が生じるか争われた事件。一審の東京地裁では会社側が敗訴していたが(本誌872号4頁参照)、東京高裁(鹿子木康裁判長)は令和3年12月9日、本件各債務免除は国税徴収法39条の「債務の免除」に当たるとの原判決を支持したものの、債務免除の時における各求償債権の価額が0円を超えるとは認められず、債務免除により控訴人の受けた利益は現に存しないとして、第二次納税義務に係る納付通知書による各告知処分を取り消した(令和2年(行コ)第241号)。

主  文

1 原判決を取り消す。
2 K国税局長が平成29年9月22日付けで控訴人に対してしたAの原判決別紙租税債権目録1記載の各国税及びBの同目録2記載の各国税の第二次納税義務に係る納付通知書による各告知処分をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨
 主文第1項及び第2項同旨

第2 事案の概要等
 (以下において略称を用いるときは、別途定めるほか、原判決に同じ。)
1 本件事案の概要は、原判決2頁13行目末尾に行を改めて次のとおり加えるほかは、原判決「事実及び理由」第2の柱書に記載のとおりであるから、これを引用する。
  「原審が、控訴人の請求を棄却したところ、控訴人が、これを不服として控訴した。」
2 「徴収法39条の定め」、「前提事実」及び「争点に対する当事者の主張の要旨」は、後記3を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第21ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 当審における当事者の追加的主張
(1)被控訴人の主張

ア 本件各債務免除は、徴収法39条の「債務の免除」に該当する。
(ア)債務の免除は、反対給付なしに債務を消滅させる行為であり、その性質上、当然に無償の経済価値移転を伴う典型的な法律行為そのものであるから、「債務の免除」への該当性とは別個に、「必要かつ合理的な理由」の有無をあえて問題とする余地はない。
(イ)(ア)の点を措くとしても、本件各債務免除は、Aらが控訴人に対する損害賠償責任を負っていたとはいえず、控訴人がAらに対して具体的な損害賠償請求をした事実も認められない状況下で、Aらの債権者であるきょうだいからの差押えを防ぐという観点から行ったという側面が強い、実質的な対価性もない、控訴人に一方的に利益を与えるものである。このような場合に納税上の責任を負わせないことは、かえって納税者間の公平を失することになるから、本件各債務免除には「必要かつ合理的な理由」は認められない。
イ 本件各債務免除により、控訴人の受けた利益は現存した。
(ア)主位的主張
  「債務の免除」により債務者が利益を受けた場合において、その利益の額は、債務者の支払能力、弁済期等を考慮して算定した債務免除時における債権の価額とすべきであり、その債権の価額は、当該債権の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると認められるような特別な事情がない限り、当該債権の額面上の金額と同額と解すべきである。本件においては、①手形交換所における取引停止処分、②更生手続開始決定、再生手続開始決定、特別清算開始命令、破産手続開始決定、③事業の廃止又は休業の事実が発生しているときその他その債権金額の全部または一部の回収が困難な事情も存しないのであるから、本件各求償債権の全部又は一部の回収が著しく困難であったと認められる特別な事情があるとは認められない。
  本件各債務免除の当時(平成27年4月27日)において、Aらは、控訴人に対して本件各求償債権を有しており、仮に控訴人が破産した場合、本件各求償債権全額を破産債権として配当を受けることも可能であったのだから、単に再生計画の成立を目指している段階で、これを無価値と評価することは、恣意的かつ安易に控訴人の支払不能を容認し、納税者間の衡平を失するものとして許されない。
  独立行政法人中小企業基盤整備機構中小企業再生支援本部作成の調査嘱託に対する回答書(以下「本件回答書」という。)が本件各求償債権を原則無価値であるとする事情は、控訴人が本件要領に基づく再生計画による企業再生を企図していたこととの関係上、Aらが本件各求償債権の行使を事実上控えざるを得なかったということを意味するにとどまる。
(イ)予備的主張
  仮に、本件各求償債権の一部が回収不能又は著しく困難であると認められる特別な事情があるとしても、本件各債務免除の時の債権の価額は、控訴人が破産した場合に予想される回収額(清算価値)であり、その価額は、少なくともAにつき223万4363円、Bにつき231万4182円であるから、その範囲において控訴人は第二次納税義務を負う。
 a 売上債権について
  平成27年10月26日付け財務調査報告書(甲25、以下「本件調査報告書」という。)では、売上債権の清算価値を「清算に伴う回収不能リスクを勘案し」、調整後実態BS(500万7000円)の50パーセント評価と想定している。しかし、回収が滞っている顧客については、調整後実態BSの金額を算出する段階で既に評価減されていることからすると、他の顧客についてはそのような事情がなかったと考えられ、控訴人の顧客の大半が問屋、小売店及び商社であることからしても、回収不能がそこまで生じるとは一般的に想定し得ない。また、本件調査報告書では、売上債権、貸付金等の貸倒損失に備え、一般債権については、個別に回収可能性を検討し、回収不能見込み額を貸倒引当金として計上しているが、基準日簿価は4万3000円、修正後残高は4万円となっており、回収不能となった実績や回収不能見込み額を計算しなければならないような債権はほとんどない。
  したがって、債権については、調整後実態BSの金額である500万7000円と評価すべきである。
 b たな卸資産について
  本件調査報告書では、たな卸資産の清算価値を、調整後実態BSの30パーセントと想定している。
  控訴人のたな卸資産の基準時簿価(修正前)4645万円は、最終仕入原価法により求められた額であり、顧客への販売額より低額と考えられる。また、調整後実態BS(2653万8000円)は、製品別に「ほとんど出庫が少ない」という理由で基準日簿価を全額あるいは50パーセント評価減した後の合計額である。
  そうすると、調整後実態BSは、売れ残りや売買代金が減額される可能性を反映した後の価額といえ、集合動産譲渡担保権等が設定されているような証拠は見当たらないことからすれば、さらにその30パーセントと評価することは不合理であり、調整後実態BSの金額である2653万8000円と評価すべきである。
 c 上記の清算価値評価を前提として清算配当見込率を算出すると、別紙清算価値算定表の被控訴人主張額欄記載のとおり、配当率は15.3パーセントとなる。
  したがって、Aの配当見込額は、1460万3683円に15.3パーセントを乗じた223万4363円となり、Bの配当見込額は、1512万5375円に15.3パーセントを乗じた231万4182円となる。
 d 事業譲渡の可能性について
  酒造会社について破産手続が開始された場合、製造免許、製造設備及び杜氏等の物的・人的設備を求めて他の酒造会社や一般事業会社から事業譲受の申し出がされ、破産手続の中で事業譲渡が行われるケースがあり、控訴人の破産手続において事業譲渡が行われた場合には、たな卸資産については譲受人が継続して使用し、販売することができ、売掛債権も事業の継続を前提として回収することができ、さらに、控訴人が有する商標権についても相当額の評価が可能と考えられるから、被控訴人の主張に係る回収見込額以上の評価も十分に可能となる。
(ウ)控訴人は、本件求償債権が一般債権に劣ることからすれば、債務超過状態における求償債権の評価が0円となることは当然である旨主張するが、「法的整理に至った後に代位弁済がなされ求償債権を取得した場合」に限るものであり、本件各求償債権が他の一般債権に劣後するものではない。
ウ 本件各債務免除と徴収不足との間には基因関係が認められる。
  被控訴人は、本件各債務免除が徴収法39条の徴収不足に基因すると認められる無償譲渡等と主張しているもので、被控訴人が国税徴収の引当てとした財産は本件各求償債権であって、本件各不動産そのものではないから、本件各不動産に担保権が付着していることは基因関係に何ら影響を及ぼすものではない。
  また、私的整理において、第三者機関が関与する方法であれば、本件協議会による再生支援手続のみならず、事業再生ADR手続、地域経済活性化支援機構手続、私的整理に係る特定調停によっても、日本政策金融公庫が懸念した課税リスクは払拭することはできたのであるから、本件再生計画書に係る再生計画以外の手段を採ることができなかったとは認められない。
(2)控訴人の主張
ア 本件各債務免除は、徴収法39条の「債務免除」に該当しない。
  徴収法39条の無償譲渡等の処分に該当するか否かは、①第三者に「異常な利益」を与え、②実質的にみてそれが「必要かつ合理的な理由」に基づくものとはいえないと評価することができるものを意味するところ、①の判断に当たり、実質的対価関係があるか否かを基準とすることは、②の要件の基準を有名無実化するものであって相当ではなく、第二次納税義務の制度が、実質的に詐害行為の取消しをしたのと同様の効果を得るために設けたものと解されることからして、「異常な利益」とは、必要性も合理的理由もなく第三者に利益を与える処分行為というべきであるから、「必要かつ合理的な理由」に基づく処分行為は、第三者に「異常な利益」を与えたとは評価し得ない。そうすると、本件各債務免除は、事業再生による雇用の維持と中小企業再生と公益を目的とした視点から最善とされた再生計画の実行の前提としてされた「必要かつ合理的な理由」に基づくものであるから、「異常な利益」ではなく、同条における債務免除には該当しない。
イ 本件各債務免除により、控訴人の受けた利益は現存しない。
(ア)控訴人は、本件各債務免除の当時、資金繰りに窮しており、支払能力を欠き、求償債権の全部又は一部が回収不能であった。
  控訴人は、会社再生のために最大の債権者である日本政策投資銀行の指摘に従い、本件協議会の支援を受ける以外に方策はなく、同協議会の支援を受けるためには未納税金を完済することが条件とされていたため、資金繰りが苦しい中で、平成25年2月26日、平成27年4月28日にそれぞれ新商品の開発保証金名目で実質的に借り入れた600万円及び300万円を未納税金の支払に充て、他にも控訴人元代表者等が借入れにより調達した金員等により支払うなどしていたほどであった。
  原判決が指摘する控訴人の平成26年6月期の純利益約303万円は、平成25年に約9000リットルの酒が酒税担保解除となったことにより、その分の製造に要する原材料費や資材費等の支出が抑えられ、売上原価が低下したことが大きく寄与している。前年までの3期は、平成25年6月期約1301万円、平成24年6月期約354万円、平成23年6月期約1184万円の赤字となっており、これを払拭できるほどの純利益は生じていない。また、平成27年6月期の純利益は、本件求償債権の債務免除益(約2770万円)、平成29年6月期の純利益は、再生計画実行による各金融機関などからの債務免除益(約2807万円)を計上していることが寄与しているにすぎず、実際のキャッシュが増えているものではない。債務免除益が支払能力の原資を構成するものではないという実質に着目して判断されるべきである。平成28年6月期以降の純利益が計上されることは、それを目標にした本件再生計画実行後の決算結果であって自然な内容である。
  本件調査報告書によれば、平成27年6月期以前の3期の平均値をベースとしたCF資産額に基づいて要償還債務の債務償還年数を試算すると994年になり、年間必要な最低限の設備投資を考慮した場合は算定不能となる旨の試算、清算価値の仮算定において担保・相殺後残高は純資産が合計約−9956万円となる旨の試算がされているなど、控訴人は大幅な債務超過に陥っていた。
(イ)本件各求償債権は、無価値と評価すべきである。
  債権放棄を伴う再生計画を策定する私的整理における一般的な実務として、債務者企業が対象債権者である金融債権者に対して債権放棄等の金融支援を要請する場合、債務者企業が経営困難な状況に陥ったことについて責任のある債務者企業の取締役等の経営者又は経営者であった者が債務者企業に対して有する貸付金、連帯保証又は物上保証に基づく求償債権などの債権については、再生計画において放棄を約することが通常であるところ、これは、外部者である金融債権者に対し債権放棄等を要請するのであれば、内部者であり経営に責任のある経営者らの自助努力として権利を行使せず放棄すべきであるという考え方によるもので、経営者責任の明確化の手法として、社会通念上も妥当として受け入れられているものである。
  そして、経営者らによる上記債権の放棄がされなければ、これを前提とする再生計画自体が破綻し、再生計画が成立しない場合、控訴人の借入れに係る返済期限の延長はされず、早晩支払不能となるため、法的整理に移行することになることは必至であり、その場合の控訴人における清算価値は0円と評価されることは、本件調査報告書等(甲23、25)から明らかである。
  本件各求償債権の額面上の金額を控訴人の受けた利益の額とする被控訴人の主張は、民事再生実務を度外視し、本件協議会の全面的な支援の下に策定された本件再生計画を信頼して担保権を行使せずに債権放棄に同意した金融機関に対する経営者らの信義則違反の結果をもたらすことを看過するものであり、法律の根拠なしに私法秩序を課税により乱すことになるものとして、排斥されるべきである。
(ウ)控訴人における平成27年6月期の流動資産については、次のとおり評価すべきである。
 a 売上債権について
  破産会社の地酒は通常の販売が困難となることを前提とし、得意先業者からの返品リスクを考慮する必要があり、得意先業者との契約も、破産手続開始等の状況になった場合、即時に契約解除され、損害賠償も請求される内容となっている。また、破産の場合には早期回収による債権の減額や、破産会社の酒は販売できないとして返品と同時に製品撤去費用を請求されるリスクもある。
  これらの事情を考慮すると、回収率50パーセント評価は合理的かつ妥当である。
 b たな卸資産について
  たな卸資産は、おおむね製品70パーセントと貯蔵品30パーセントで構成されており、製品のうち約61パーセントがタンク内で貯蔵されている製品(以下「タンク在庫」という。)、約39パーセントが瓶詰されて保管されている製品(以下「瓶詰在庫」という。)であり、貯蔵品の約79パーセントはラベルと化粧箱で占められている。
 (a)製品は、瓶詰在庫、タンク在庫のいずれも地酒であるため、その蔵の個性があるからこそ存在価値がある物で、同業他社が好んで他社製品を引き受ける可能性は極めて低く、破産後に換価価値は大きく低下する。
  タンク在庫は①瓶詰品にするまでに、ろ過及び火入れの行程が必要で、それまで継続して冷蔵管理することも必要となるが、破産となれば人手がなくなり、適切な冷蔵機能が失われるために、製品価値は著しく毀損されること、②10℃以上の貯蔵温度となった場合、特に密閉状況が保ちづらいタンク在庫は火落ち菌による汚染リスクも高まり、処分価値はなくなることから、実質的に換価処分は困難で、評価は0円である。
  瓶詰在庫は、冷蔵管理された特殊貯蔵品であり、ラベル添付や化粧箱が付属していないため、そのままでは販売できないものがほとんどで、破産した酒造会社の特定銘柄については、一般小売販売店は信用維持のために陳列販売棚から即座に撤去されるのが通例であるから、消費者への販売も現実的にはかなり困難であるといえ、その評価は10パーセントを超えることはない。
 (b)貯蔵品については、特にラベルや化粧箱などの資材は使いまわしが効かないため、無価値であり、他についても、収入印紙3000円を除き、換価価値は0円である。
(エ)なお、本件各求償債権は、1億0164万円の一般債権に劣ることからすれば、被控訴人の主張を前提としたとしても、その評価は0円となる。
ウ 本件滞納国税の徴収不足は、本件各債務免除に基因しない。
  本件各代位弁済を行うために売却した不動産(以下「本件各不動産」という。)には、本件各滞納国税に優先する担保権(被担保債権約1億9810万円)が付着していたところ、本件各不動産の平成27年当時の評価額が約7700万円であったのであるから、本件各債務免除の当時、既に本件各滞納国税を回収できる見込みはなかった。
  控訴人は、多額の債権を有する日本政策投資銀行の意向から中小企業再生支援協議会指導の下での会社再建以外に方法はなく、当時の厳しい資金繰りの状況からすれば、当該方法による再生計画が成立しなかったときは支払不能に陥っていたことは明らかである。

第3 当裁判所の判断
1
 当裁判所は、本件各債務免除は徴収法39条の「債務免除」に当たるが、本件各債務免除の時における本件各求償債権の価額が0円を超えるとは認められず、本件各債務免除により控訴人の受けた利益は現に存しないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 認定事実
  次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第31に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)11頁19行目の「原告は、」の次に「平成24年には、滞納酒税の保全のため、N税務署から、納税の担保として原価約692万円相当の製造酒を保存するよう命ぜられるなど、」を加える。
(2)12頁9行目の「各不動産」の次に「(以下「本件各不動産」という。)」を、同15行目の「原告は、」の次に「平成27年5月から元本返済猶予を受けるようになり(甲25)、同年6月9日、本件協議会から再生計画策定の支援決定を受け、」を、同18行目の「本件再生計画書には、」の次に「DCF法による事業価値が1800万円であり、今後10年間の返済能力も勘案して、」をそれぞれ加え、同19行目の「借入金、」から21行目の「内容」までを「借入金3795万6000円、未払利息及び未払損害金4202万3000円の合計7997万9000円のうち6197万9000円について債務の免除を求め、1800万円を金融機関からの新規融資により弁済する内容」に改める。
3 争点(1)(本件各債務免除は徴収法39条の「債務の免除」に当たるか。)
  原判決「事実及び理由」第32に記載のとおりであるから、これを引用する。
4 争点(2)(本件各債務免除により控訴人の受けた利益が現に存するか。)
(1)債務の免除を受けた場合における受けた利益の額の判断基準について

 控訴人は、Aらによる本件各代位弁済により本件各求償債権の支払義務を負担したものの、本件各債務免除によりこれを免れた者であるところ、徴収法39条にいう無償譲渡等の処分により、滞納者から受けた利益が債務の免除である場合には、債務者の支払能力、弁済期等を考慮し、その債権を換価する場合と同様に、その債務が免除された時におけるその債権の価額を算定し、その額が受けた利益の額に当たると解するのが相当であるから(徴収法基本通達第39条関係の14参照)、以下、本件各債務免除の時における本件各求償債権の価額について検討する。
(2)本件各求償債権の価額は額面上の金額と同額との主張について
ア 被控訴人は、債務免除時における債権の価額は、当該債権の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると認められるような特別な事情がない限り、当該債権の額面上の金額と同額と解すべきであり、本件においては、本件各債務免除の時において、控訴人につき、①手形交換所における取引停止処分、法的整理の開始等の事実はないこと、②本件各債務免除の前後を含む平成25年6月期から平成29年6月期までの各事業年度における控訴人の売上高は約4500万円から約5500万円の間で推移しており、大きな売上減少が生じるような事情は認められないこと、③本件各債務免除の直前の事業年度(平成26年6月期)には、純利益(302万8316円)があったこと、④本件各求償債権の金額を上回る流動資産(5298万3251円)を有していたこと、⑤再生計画の策定に当たりDCF法により算定された原告の事業価値は1800万円であり、当該事業の収益性や将来性が見込まれていたといえることからすると、本件各債務免除の時において、本件各求償債権の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるような特別の事情は認められないから、控訴人の受けた利益の額は、本件各求償債権の額面上の金額である、Aの債務免除につき1460万3683円、Bの債務免除につき1512万5375円であり、これらの利益は現に存する旨主張する。
イ しかし、本件各債務免除に至るまでの控訴人の状況をみると、控訴人は、平成24年には酒税を滞納し、納税の担保として商品である製造酒の保全を命じられ、平成25年6月期には、短期借入金が約538万円、固定負債が1億0400万円を超え、1672万5497円の債務超過となるなど(乙19の1)、経営状況が悪化しており、事業再生を図るため、本件協議会に支援を相談し、その指導に基づき、同年以降、再生計画についての金融機関等への説明を開始し、平成26年4月頃には、K国税局に対し、第1段階として、本件各不動産につきAら及び控訴人を債務者とする各担保権の抹消及び滞納処分による差押えの解除を受けて同不動産を売却し、その売却代金を担保権者に対する債務及び未納消費税の支払に充当し、第2段階として本件協議会の関与の下で再生計画を作成し、金融支援を受けて事業再生を目指すというスキームの通知を行っているのであるから、少なくとも、その時点において、控訴人は、債務超過に陥って自力による事業継続が困難な状態にあり、金融機関による債権放棄等の支援が不可欠の状況にあったといえる。
  その後、K国税局は、同年6月、通知にあった本件各不動産についての参加差押えを解除し、平成27年3月30日の本件各不動産の売却代金を原資として本件各代位弁済がされ、これにより発生した本件各求償債権につき、同年4月27日に本件各債務免除がされたが、同年6月30日時点においても、控訴人の償還債務は約8898万円(金融機関に対する有利子負債約3795万円、未払利息及び未払損害金約4202万円等)、滞納税金は約166万円、未払給料は約758万円に上り、控訴人は、同年5月より金融機関に対する元本の返済猶予を受けている状態にあり、同年6月期以前の3期(平成25年6月期から平成27年6月期)の平均値をベースとしたCF試算額に基づき上記償還債務の返還年数を試算すると994年となるなど(甲25の8、14、42、49頁)、資金繰りの厳しい状態が継続していた。
  上記認定の各事情によれば、控訴人が、本件各債務免除の時において、本件各求償債権の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると認められるような状況にあったことは明らかというべきである。そして、このことは、①本件協議会の支援手続を含む私的整理の実務においては、債務者企業が債権放棄等の金融支援の要請を含む再生計画案を金融債権者に提案する場合には、経営者責任や衡平性の観点から、内部者であり経営困難な状況に陥ったことに責任のある経営者が債務者企業に対して有する求償権等の権利を行使せず放棄することが求められ、放棄等がなされなければ、当該再生計画案につき金融債権者から同意を得ることはできず、再生計画は成立しないこと、この場合、債務者企業の金融債権者に対する金融債務については返済期限の延長等はなされず、金融債権者において個別に権利行使がなされることとなり、債務者企業は、早晩支払不能に陥るため、法的整理に移行せざるを得なくなると見込まれること(本件回答書)、②本件において、控訴人から金融支援の要請を受けた金融機関は、合計7997万9000円の債権のうち6197万9000円の債務の免除に同意しており、平成28年9月30日に本件再生計画書に係る再生計画が成立したことによっても裏付けられるといえる。
ウ 被控訴人は、控訴人には本件各債務免除の前後にわたり約5000万円の売上高があり、本件各債務免除の当時それが減少する事情がなかったこと、直前の事業年度(平成26年6月期)においては純利益(302万8316円)があったことを指摘する。しかし、上記のとおり、本件各債務免除後の平成27年6月30日時点においても、控訴人が多額の負債を負担して資金繰りに窮していた状況は変わらず、多少の純利益が生じていたとしても、債務の分割弁済を可能とするような状況はなかったといえる上、平成26年6月期において302万8316円の純利益を計上したことについては、納税の担保として製造酒の保存を命ぜられていたところ、平成25年に酒税担保解除されたことによる売上原価の低下が寄与したもので、一時的な状況にすぎないといえる(甲17)。
  また、被控訴人は、本件各債務免除の時に、控訴人が本件各求償債権の金額を上回る流動資産(5298万3251円)を有していたことを指摘する。しかし、財務調査による実態を反映させた修正後貸借対照表(基準日平成27年6月30日)における流動資産額は約3268万円、資産合計額は約3369万円であり、負債総額1億1090万円(本件各求償債権を含まない。)を控除すると、純資産額は約−7721万円の状態にあり(甲25の32頁)、控訴人は、金融機関に対する債務を長期間遅滞し、元本弁済の猶予を受けていたのであるから、本件各求償債権の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると認められるような状況にあったというほかない。
  さらに、被控訴人は、DCF法により算定された控訴人の事業価値は1800万円であり、当該事業の収益性や将来性が見込まれていた旨主張する。しかし、上記金額は、本件各債務免除の後に金融機関から債務の一部免除を受けることにより事業継続が可能となることを前提に、将来的に期待される収益に基づいて控訴人が返済可能な金額を算定したものであるから、本件各債務免除時における控訴人の支払能力を示すものではない。
エ したがって、本件各求償債権の額面上の金額が、本件各債務免除により控訴人の受けた利益の額であるとする被控訴人の主張は、採用することができない。
(3)本件各求償債権の価額は控訴人が破産した場合に予想される回収額との主張について
ア 被控訴人は、仮に、本件各求償債権の一部が回収不能又は著しく困難であると認められる特別な事情があるとしても、本件各債務免除の時の本件各求償債権の価額は、控訴人が破産した場合に予想される回収額(清算価値)であり、資産のうち、売上債権及びたな卸資産については、本件調査報告書における調整後実態BSの金額のとおり算定することが相当であるから、本件各求償債権の価額は、少なくともAにつき223万4363円、Bにつき231万4182円である旨主張する。
  これに対し、控訴人は、Aらによる本件各求償債権の放棄がされなければ、これを前提とする再生計画自体は破綻し、控訴人の借入れに係る返済期限の延長はされず、早晩支払不能となるため、法的整理に移行することになることは必至であるから、本件各求償債権の清算価値は原則として0円であるとし、売上債権については、調整後実態BSの50パーセント、たな卸資産については、①タンク在庫は0円、②瓶詰在庫は調整後実態BSの金額の10パーセント、③貯蔵品は収入印紙を除き0円と評価すべきである旨主張する。
  そこで検討すると、私的整理の実務においては、債務者企業が債権放棄等の金融支援の要請を含む再生計画案を金融債権者に提案する場合、経営困難な状況に陥ったことに責任のある経営者による求償権等の放棄等がなされなければ、当該再生計画案につき金融債権者から同意を得ることはできず、再生計画は成立しないこと、この場合、金融債権者において個別に権利行使がなされることとなり、債務者企業は、早晩支払不能に陥るため、法的整理に移行せざるを得なくなると見込まれることは、前記(2)イに判示のとおりである。そうであれば、控訴人についても、本件各債務免除がされなければ、本件再生計画書に係る再生計画は成立せず、早晩法的整理に移行せざるを得なかったといえるから、本件各債務免除の時の本件各求償債権の価額については、控訴人が破産した場合に予想される回収額(清算価値)によって評価することが相当である。
  そこで、以下、本件各債務免除の時において控訴人が破産した場合に予想される回収額について、検討する。
イ 売上債権について
  被控訴人は、回収が滞っている顧客については、調整後実態BSの金額を算出する段階で既に評価減されていること、控訴人の顧客の大半が問屋、小売店及び商社であり、回収不能は一般的に想定し得ないこと、本件調査報告書においても回収不能見込み額はわずかにとどまることから、売上債権については、調整後実態BSの金額である500万7000円と評価すべきであると主張する。
  なるほど、証拠(甲25の35頁)によれば、控訴人の売上債権先には、問屋、商社が多いこと、その中で回収が滞っている取引先2社に対する債権については調整後実態BSの金額を算出する段階で既に評価減されていることが認められるが、他方、調整後実態BSの残高500万7000円のうち347万円は残高が5万円を下回る小口の取引先であることも認められ、これに加えて、一般に、破産会社の在庫商品については従来どおりの販売が困難となることから、売上債権の回収に当たっては、返品を理由として減額を求められる可能性が高いこと、取引が正常に継続されている時期と異なり、破産手続が開始された後では、任意での弁済は必ずしも期待できず、売上債権の回収には相応のコストを要し、小口の債権であるほどその割合は高まることを併せ考えれば、被控訴人の主張する点を考慮しても、控訴人が破産した場合に予想される売上債権の回収額については、調整後実態BS(500万7000円)の50パーセントを超えるものと認めることはできず、250万4000円(千円未満は四捨五入。以下同じ。)と評価するのが相当である。
ウ たな卸資産について
  たな卸資産は、①タンク在庫、②瓶詰在庫、③貯蔵品で構成されるところ、被控訴人は、たな卸資産の基準時簿価(修正前)4645万円は、顧客への販売額より低額と考えられること、調整後実態BSの金額を算出する段階で、出庫が少ない瓶詰在庫は全額又は50パーセント評価減され、タンク在庫は50パーセント評価減されており、売れ残りや売買代金が減額される可能性を反映した後の価額といえるから、調整後実態BSの金額である2653万8000円と評価すべきであると主張する。
(ア)タンク在庫
  証拠(甲31)によれば、タンク在庫は、ろ過及び火入れの作業後にタンク内で冷蔵保管されており、瓶詰品にするには再度ろ過及び火入れの行程が必要であるが、それまでは継続して冷蔵管理することが必要であること、冷蔵管理されない場合、熟成速度が加速し、飲みづらい酒質となる上、貯蔵温度が10℃以上となった場合には、火落ち菌による汚染リスクが高まり、製品価値が失われること、控訴人の製造する酒は、いずれも地酒であって、製造した蔵の個性に製品価値があるため、同業他社がタンク在庫を引き受ける可能性は低いことが認められる。これに加えて、控訴人について破産手続が開始された場合には、弁済資力の面から電力の継続的な受給が困難となり、タンクの適切な冷蔵管理を維持できなくなるため、製品価値を失わないようにするには、速やかにろ過及び火入れ並びに瓶詰の作業を行うことが必要となるところ、控訴人は多額の未払給料を抱え、財団も乏しく、かかる作業を行うための従業員の確保が困難な状況にあることを併せ考えれば、被控訴人の主張する点を考慮しても、控訴人が破産した場合にタンク在庫を換価することは著しく困難とみるほかなく(かえって、在庫の処分費用の支出を要する可能性も否定できない。)、予想されるタンク在庫の回収額については、0円を超えるものと認めることはできず、0円と評価するのが相当である。
(イ)瓶詰在庫
  証拠(甲31)によれば、瓶詰在庫のうち、普通酒以外の特定名称酒である製品は、冷蔵管理された特殊貯蔵品であり、ラベル添付や化粧箱が付属していないため、そのままでは販売できない状態となっていること、その他の普通酒の製品は、地酒として製造した蔵の個性に商品価値があるため、同業他社が引き受ける可能性は低く、また、破産した酒造会社の製品については、小売店によっては取り扱わない場合もあることが認められ、破産手続開始後は、製品価値は大きく低下することを考えれば、調整後実態BSの金額を算出する段階で、出庫が少ない瓶詰在庫の一部は評価減されているとの被控訴人の主張を考慮しても、控訴人が破産した場合に予想される瓶詰在庫の回収額については、全体として調整後実態BS(634万5000円)の30パーセント(本件調査報告書における清算価値の評価額)を超えるものと認めることはできず、190万4000円と評価するのが相当である。
(ウ)貯蔵品
  貯蔵品は、ラベル、化粧箱、キャップ、パンフレット及び空ビン等の瓶詰製品の包装等に用いる資材、段ボール箱、包装紙、しおり、菰縄及びP箱等の梱包・運搬のための資材のほか、薬品、収入印紙であるところ(甲25の37頁)、ラベル、化粧箱、キャップ、パンフレット、段ボール箱、包装紙、しおりについては、他社製品に転用することができないものであり、他の梱包・運搬のための資材や薬品等についても、収入印紙3000円を除き、破産手続開始後に換価できるものとは認められないから、控訴人が破産した場合に予想される貯蔵品の回収額については、収入印紙分3000円を超えるものと認めることはできず、3000円と評価するのが相当である。
エ 事業譲渡の可能性について
  被控訴人は、控訴人の破産手続において事業譲渡が行われた場合には、事業継続を前提として、たな卸資産、売掛債権及び控訴人が有する商標権の評価が可能となるから、被控訴人の主張に係る回収見込額以上の回収が可能となると主張する。
  なるほど、酒造会社の破産手続において、事業会社に対する酒造事業の譲渡が行われた事例があることは、被控訴人の主張するとおりである(乙29、30)。しかし、控訴人が破産した場合に同様の事業譲渡が実現するか否かについては、可能性として指摘されるにとどまり、実現確実な譲渡計画が検討されているものではないから、控訴人が破産した場合に予想される回収額(清算価値)について、事業譲渡が実現することを前提に評価することはできない。
オ 上記イ及びウの評価を前提とすると、別紙清算価値算定表の裁判所評価額欄記載のとおり、流動資産合計は558万1000円、固定資産61万2000円を含めた資産合計(配当原資)は619万3000円となり、預金相殺、租税債権、労働債権及び清算費用の金額を考慮すると、本件各求償債権を含む一般債務に対する配当の原資は存在しないこととなるため、控訴人が破産した場合に予想される本件各求償債権の回収額(清算価値)が、0円を超えるとは認められない。
  したがって、本件各求償債権の価額が、Aにつき223万4363円、Bにつき231万4182円である旨の被控訴人の予備的主張も、採用することができない。
(4)小括
 以上によれば、本件各債務免除の時における本件各求償債権の価額が0円を超えるとは認められず、本件各債務免除により控訴人の受けた利益は現に存しないというほかないから、その余の点について判断するまでもなく、本件各債務免除は徴収法39条の要件を満たすものではなく、本件各告知処分は違法であって、取消しを免れない。

第4 結論
 そうすると、控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第4民事部
裁判長裁判官 鹿子木 康
裁判官 田原美奈子
裁判官鈴木正紀は、転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官 鹿子木 康

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