資料2022年05月19日 【税制改正関連資料】 税制調査会 第9回 議事録
税制調査会 2022年度
第9回 外部有識者からのヒアリング 議事録 (PDF形式:567KB)
税制調査会(第9回総会)議事録
日 時:令和4年4月15日(金)12時00分
場 所:WEB会議(財務省第3特別会議室を含む)
○中里会長
それでは、ただいまから第9回税制調査会を開会します。
本日の出席者一覧は、お手元にお配りさせていただいており、オンラインでの御出
席の方についても、現在、全員の皆様との接続が確認できております。
オンラインで御出席いただいております方におかれましては、会議の途中でパソコ
ン操作などに支障が生じましたら、あらかじめお伝えしております事務局の電話番号
に御連絡をいただければと思います。
それから、プレスの皆様には、密回避のため別室にてリアルタイムで会議の模様を
御覧いただくこととしております。
加えて、インターネットでのリアルタイム中継も行っておりますので、その点もお
含みおきください。
それでは、議事を進めてまいります。
前回から引き続き、経済社会の構造変化等について、有識者の方々へのヒアリング
を行いたいと思います。本日は、第2回目のヒアリングとして、「企業の成長や起業」
をテーマに有識者の方から御説明を頂戴したいと思います。
本日は、Mistletoe創業者の孫泰蔵様、学習院大学経済学部教授の滝澤美帆先生、東
京大学大学院経済学研究科教授の星岳雄先生からお話を伺います。
先生方、本日は本当にお忙しい中御出席いただきましてありがとうございました。
なお、星先生におかれましては、所用により後ほど御参加いただくことになってお
ります。
それでは、ここでカメラの皆様は御退室をお願いいたします。
(報道関係者退室)
○中里会長
それでは、有識者のヒアリングに入りたいと思います。
孫様、滝澤先生、星先生の順で御説明をいただき、その後、委員の皆様から御意見等
をいただきたいと思います。
まず、孫様から御説明をお願いします。
○孫Mistletoe創業者
それでは、プレゼンテーションをさせていただきます。私が大学生の頃、インターネ
ットが登場しました。その出会いがきっかけとなって、学生時代にヤフー・ジャパンの
立ち上げに参画しました。それ以降、自分自身でも起業し、株式上場などの経験も積ん
だ後、若い後進の起業家たちのことも応援したいと思い、起業支援家・投資家として、
インターネット関連技術の分野を中心にスタートアップのサポートを始めました。サ
ポートをやっていくなか、シリコンバレーなどでは次々に新しいスタートアップが生
まれてくるわけですが日本はそうでもない。彼我の差はどういう違いなのだろうとい
うことを深く研究したところ、いわゆるスタートアップを取り巻く環境、成長を支え
る環境となるスタートアップ・エコシステムが非常に重要であることに気がつきまし
た。現在は日本及びアジアにおけるスタートアップ・エコシステムの構築に注力して
います。
私は、たった一人の、最初はみんなから「何だ、これは」と言われるようなアイデア
であっても、起業家の力を非常に信じています。少しでも世界を良くしていきたい、課
題を解決したいという起業家を支援するエコシシテムを構築することで、ソーシャル・
インパクトを生み出していこうと精力的に取り組んでいる状況です。
最近ではインターネット関連だけでなく、人工知能やディープテックと呼ばれる大
学や研究所などで基礎研究がなされたものを社会実装するスタートアップもたくさん
出てきています。私は、私自身が起業家として幸運にも得ることができた資産は社会
に還元するべきだと思っているので、ほぼ全額をそういった分野の企業も含め、初期
の段階からエンジェル投資家として再投資をすることによって還元しているつもりで
す。支援先は日本を中心に始めましたので、日本が多いのですが、世界14か国200社以
上のスタートアップやベンチャーファンドを支援しています。
また私は現在、シンガポール在住ですが、実はこれにも理由があります。日本の企業
に投資をする際は、私どもの日本法人から投資をしているのですが、グローバルに投
資をしようとすると、日本からだといろいろなハードルがあります。日本はグローバ
ルへの投資環境としては悪くはないのですが、最高ではないということでシンガポー
ルに在住し、シンガポールを拠点にグローバルな投資をやっています。
では、これからの時代の変化として皆様にぜひ今日御紹介したい内容をお話させて
頂きます。私は、30年弱ぐらい前のインターネットの黎明期、1995年か1996年頃に今後
さまざまなイノベーションが起こるだろうと大興奮していました。当時のインターネ
ットは一部の人しか使っていない状況でしたが、私は将来絶対にあらゆる人が使うよ
うになるだろうと考え、インターネットを、より便利に、より高機能でいろいろな用途
に使えるようにするため、自分自身も技術開発に参画してきました。
私はこれからの10年ぐらいの間、インターネットが普及してきた当時のような大き
な変化が起こると既に確信しましたし、現在、多くの人も同じことを言い始めていま
す。それが何なのかと言いますと、「Web3」という言い方を多くの人々が最近し始めて
いる動きです。
私がインターネットに携わった頃は「Web1」だったのです。それから、ソーシャル・
ネットワークやウィキペディアみたいに、多くの人たちがみんなでコンテンツをつく
り合って、一つの大きなものをつくっていく「Web2」みたいなものが始まっていきまし
た。この辺りからインターネットビジネスが非常に大きく育っていき、ベンチャーキ
ャピタルなどがどんどんサポートしていったことによって、いわゆるシリコンバレー
の大きなベンチャー、例えばアマゾン、グーグル、フェイスブックなどグローバルなプ
ラットフォームを提供する会社が出てきました。
しかし昨今ではプライバシーの問題などから、中央集権的に一つの会社に全部のプ
ラットフォームや情報インフラを運営してもらうことは本当に良いのか、という話題
も上がってきています。インターネットが中央集権的になりかけていることに対して、
ブロックチェーンやクリプトと言われる技術を用いることで、再度、自律分散的な形
で、政治・経済・社会のシステムが動くようにしようという動きが出てきており、この
動きのことを「Web3」と人々は言い始めています。
実際、「Web3」関連のスタートアップだと名乗り、そういった技術を活用して新しい
ものを生み出し始めているようなスタートアップがここ3~4年の間に爆発的に生まれ
てきています。私は30年近くずっとインターネットを定点観測してきましたが、これ
らの中には、考え方や技術の使い方が全く違うような、もっと言うと組織の在り方す
らも違うようなスタートアップがたくさん出てきています。
今非常に有名になりつつある存在として、その中でも代表的なスタートアップ創業
者を紹介すると、暗号通貨のイーサリアムの考案者であるヴィタリック・ブテリン、ア
マゾンウェブサービスというクラウドがありますが、そのクラウドの在り方を根本か
ら変えてしまうようなIPFSという分散型のインターネットファイルシステムを考案し
たホアン・ベネット、それから取引所を運営しているサム・バンクマン・フリードなど
がいます。彼らはみんな1990年代前後生まれで非常に若いですが、彼らの会社やシス
テムは急成長を遂げ、ユーザー数も何千万、何億単位の人たちが使うようになってき
ていますし、ビジネス的にも産業に対して大きなインパクトを与えるぐらいの規模に
なりつつあります。
この流れはここ3年ぐらいの話なので、ほとんどの方がまだ知らない動きですが、
これまでのインターネットの蓄積がありますので、一回生まれ始めると成長のスピー
ドが爆発的に速く、誰もWeb3の全貌が分からないと言われるぐらい、毎日新しい動き
がどんどん生まれてきている分野になっています。
もちろんそれだけだったら今まで同様、新しいジャンルのテクノロジーが生まれて、
新しい産業が生まれるというだけですが、今回のWeb3は、私が思うに、単なる新しい産
業分野、新産業分野が生まれたというだけではないインパクトをもたらしそうだとい
う気がしてなりません。
それはどうしてなのかと言いますと、共同して大きなことをやる仕組みは、今まで
合資会社、株式会社、クラウドファンディングなどと変遷してきたわけですが、Web3以
降、DAOと呼ばれている新しい富の創出の仕組みが次々に生まれてきています。DAOは
Decentralized Autonomous Organizationと言いまして、直訳すると自律分散組織とな
るのですが、昨今みんなDAO(ダオ)と呼んでいます。組合というとちょっと古めかし
い感じですが、本質的には組合に近く、クリプトやトークンと言われるものを使った
エコノミーを持つ新しい組織体です。
このDAOが2020年までは全世界で100ないし200しかないと言われたのが、昨年だけで
4,000も誕生し、その総資産は昨年末で約1兆円弱ぐらいまで成長しました。参加者も
昨年末で160万人でしたが、4か月ほど経った現在は恐らく200万人を超えており、総資
産も1兆円は優に超えていると言われています。正確な統計が取れるような状況ではな
く、もう少し数字は大きいだろうとも言われているのですが、とはいえ、いかに急速に
生まれ大きくなり始めているかということは分かっていただけるかと思います。
我が国のスタートアップを支援していくときに直面する課題としては、優秀な起業
家をいかに世界から自国に集めてくるかという、エコシステム間の獲得競争になりま
す。そしてエコシステムの充実度を測る指標で統計を取っている格付機関も生まれて
きており、そのランキングによると日本は21位です。インターネットでいろいろな国
の人たちがつながり、新しいことを始めようという際、法人は取り巻く環境の良い国
で設立しようとなるので、そういった意味で言うと、日本が創業の地として選ばれる
ような状況にはないというのが正直なところです。
今後はWeb3が大きな流れの中心になるわけですが、実際日本でWeb3関連のことをや
りたいと言っていたり、実際に立ち上げたりしている人たちから生の声を聞いてみま
した。そうすると日本はいろいろやりにくいとか、社会的な理解がなさ過ぎて運営す
るのがしんどいという声がたくさん上がってまいりました。
日本はこの分野で世界に遅れてしまうと、私は致命的だと思っています。自分自身
がインターネットをずっと見てきて、これまでの20数年間はWeb3という新しい動きの
ための前哨戦というか、前さばきでしかなかった。これこそが本来のインターネット
革命と呼ばれる内容の本番だという感じがしてならないです。
この分野で起業しようとしている若者たちが日本にもたくさんいるのですが、なか
なかやりにくいという声を上げているということがあり、私はこのやりにくさなどを
改善していきたいと考えています。
では、どうやったら日本人もどんどん起業し、優秀な起業家も海外から来るように
なるのか。有識者の多くの方も指摘されていますが、日本はいわゆるオプトイン社会
と呼ばれており、法整備や改正が追いついていない領域、未整備領域というのは未整
備なので駄目とも良いとも書いていないが、やってはいけないのではないかという空
気があります。つまり、良いですよといわれたもの、ホワイトリストだけが良いという
形になり、それ以外のものは、どうなるか分からないし、社会に混乱が生じてはまずい
ので、やるべきではないのではないかいう空気が流れるのです。
それに対してアメリカなどの場合は、オプトアウト社会だと言われています。法が
整備されていないのであれば基本的にはやってよくて、その状況を見たときに、明ら
かにこれはまずいということがあったら、すぐさま禁止事項が追加されていく。それ
以降はもう絶対にやっては駄目となっていく。
Web3の分野は、グレーゾーンというべきなのか、未整備領域になります。先ほどの日
本の子たちがやりにくいといっているのは、やって良いのだろうかという不安、もし
くは応援されていないという感覚を持っていて手が出せない。その間によその国の人
たちは次々やっているという状況があります。
そこで私が申し上げたいことはシンプルで「未整備領域でもやってみていいよ」と
背中を押したり、応援したり、そういう社会をつくっていこうということです。そのと
き、もし何か実際に問題が発生しそうな場合には議論すべきですが、その議論は実際
にやっている当事者と規制の担当部局の方々でお話をする。今はそういう議論をする
場もないし、彼ら彼女らは自分たちの声が届かないといっているのです。
この場もそうなのかもしれないですが、当事者の人たちが入れないことが多いと思
います。若い子たちが当事者なので、彼ら彼女らが呼ばれることがなかなかないので
はないかと。ですので、現場の人たちを入れて議論をするような場をつくる。このやり
方は今までとは違うかもしれませんが、少なくともイノベーションが起ころうとする
分野においては、こういう気風をつくることがすごく重要だと考えます。
私は経済産業省がやっているJ-Startupというプログラムにも関わらせていただい
ていますが、そこではスタートアップの人たちを巻き込んだとても良いコミュニティ
ができていて、すごく良いディスカッションが頻繁に行われています。
ですから、できないはずはないと思います。Web3の分野の未整備領域は、特に税制が
関わっています。金融の領域にも関わっています。それからDAOが法人格として現時点
では認められていないので、どうやってつくればいいかということも問題があります。
会社法の関係もあります。
アメリカの幾つかの州では、昨年の暮れ頃からDAO法という法律が出来始めています。
私たちも今、Web3に取り組めば後れを取ることはないと思いますので、こういう議論
が活発になることへの期待も込めて提言をさせて頂きました。
○中里会長
続きまして、滝澤先生、御説明をお願います。
○滝澤学習院大学経済学部教授
私はマクロ経済学に関連する研究を行っており、企業行動に関する実証分析や生産
性に関する研究に取り組んでおります。本日、私が取り組んでいる研究で、日本の生産
性の向上にとって重要と思われる無形資産、人的資本投資と働き方に関する研究を御
紹介できればと思います。
日本経済の低成長が続いていることは御承知のとおりだと思いますが、国民経済計
算によると、95年から2020年までの実質GDP成長率の平均値は0.7パーセント。バブル
崩壊以前は80年代の実質GDP成長率は平均で4パーセントを超えていたのに比べて、非
常に成長率の低さが際立っていると思います。
2ページ目に長期統計に基づく研究を引用しておりますが、それによると、マクロ
経済の成長会計の結果、近年の経済成長率停滞の要因は、少子高齢化による労働投入
の減少によるものではなく、労働生産性の上昇の低迷によるものであったと指摘され
ています。
なぜ労働生産性が伸びなかったのかということで、3ページ目の図です。こちらの
図は、1995年以降の労働生産性成長率を労働の質の向上、資本装備率、労働時間当たり
の資本投入の上昇、それから、全要素生産性の上昇を内容とする3種類の寄与に分類
した結果を示したものです。
まず、労働生産性成長率ですが、95年から2000年は平均1.9パーセント程度で、2015
年以降はマイナス0.15パーセントと低下しています。この内訳を御覧いただきますと、
第1に資本装備率上昇の寄与が鈍化していることが分かります。第2に、労働の質の
向上の寄与も低下しており、近年はマイナスの寄与となっております。第3に、TFP、
全要素生産性ですが、こちらは期間によってまちまちの寄与の貢献が見られます。で
すから、労働生産性の成長に対する寄与・貢献が、傾向的に低下している資本装備率と
労働の質というのが労働生産性の低迷の問題を解く鍵になりそうであると思います。
4ページ目は参考までに、労働生産性水準、レベルを産業別にアメリカと比較した
結果です。産業それぞれで、おおむねアメリカと労働生産性格差があることが分かり
ます。
先ほど、労働生産性の低迷について、資本装備率と労働の質が関係していると申し
上げました。前者の資本装備率、つまり資本蓄積の乏しさを解明することは非常に重
要な研究対象ですが、本日は特に労働の質の向上に関連する人的投資、人材投資を含
む無形資産に注目した議論を行いたいと思います。
人への投資を強化するために、政府も3年間で4000億円規模の政策支援を行うこと
を明らかにされていますが、労働の質向上は一丁目一番地になりつつあると思います。
では、そもそも日本の無形資産の水準はほかの先進国と比べてどの程度かというこ
とですが、5ページ目は日本及び諸先進国の最新のデータを基に作成した無形資産投
資のGDPに対する比率で、ソフトウェア、R&D、人的資本投資、そして無形資産投資全体
について示したものです。
これを見ると分かりますが、ソフトウェアやR&D投資は他国と比べてもGDPに対する
比率は遜色ない水準にあります。また、97年からの10年間、2008年間から10年間で見て
も水準がやや上がっておりますので、投資の伸び率もプラスであったということが推
測されます。
一方で、人的資本投資ですが、こちらは非常に水準が低いレベルにあり、特に近年に
かけて低下傾向にあることが分かります。もちろん、この人的資本投資の計測方法が
完全に諸外国と一致しているわけではないため、水準の比較には注意を要しますが、
時系列で見ると低下傾向にあることが分かります。
R&D投資やICT投資が国際比較をしても少ないわけではないのに、なぜ労働生産性は
上昇しないのでしょうか。日本において、ICT化を進める動きが見られた一方で、労働
生産性の向上が達成できていないということは、単純な労働の代替すらも生じていな
いことを意味する結果とも言えます。つまり、R&D投資やICT投資を行っても、それを有
効活用できていない現状があるといった推測ができます。
7ページ目は、IT化と労働生産性の関係を見たものです。IT化率変化率と労働生産
性変化率の間には相関がないように見えます。
8ページ目は、私どもが実施したICTと人的資本投資に関する企業アンケート調査の
結果で、ICT導入時に人材投資を行ったかどうかに関する集計結果を示しています。ど
ういった人材投資をICT導入と同時に行ったのかということですが、54パーセントの企
業がICT活用とともに従業員の社内研修を充実させていると回答しております。しかし
ながら、従業員の社内研修と回答した企業であっても、年間平均研修時間については
10時間未満にとどまる企業が75パーセントで、30時間以上の研修を行っている企業に
至っては4パーセント程度でした。それから、人事評価項目へのICT関連の能力・姿勢
等の人事評価項目への組込みを実施している企業は6パーセント程度と、低位にとど
まっています。
9ページ目は、昨年行った人的資本投資に関する労働者アンケート調査の結果の一
部です。総労働時間のうち、新しい設備やシステムを導入した場合に、その修得のため
の研修の時間を聞いています。全体では「実施なし」と回答した割合が7割弱です。そ
れから、配置転換があったかどうか、あった場合は配置転換先の業務をこなすための
研修の時間割合ですが、「実施なし」が45パーセント、非正社員については6割超が
「実施なし」と回答しています。つまり、新しい設備やシステムを導入したとしても、
それをうまく使いこなすための訓練が十分に行われていない現状がうかがえます。
以上、ごく簡単ですが、無形資産と生産性に関するデータを御紹介しました。この問
題点を指摘するとすれば、一つは、人的資本投資の少なさ、特に何か新しい設備やシス
テムを導入するときに、その訓練の少なさが挙げられるかと思います。それと同時に、
冒頭に成長会計でもお示ししましたが、資本装備率の伸びの低さから、新しい技術を
体化した有形資産投資も少ないことが想像されます。日本は、資本の年齢、資本のビン
テージの上昇が観測されておりますが、新しい設備に投資をしていくこと、それに伴
う人的資本投資を行うことが重要で、訓練費用に対する補助のみでなく、それらに対
する包括的支援が重要と思われます。
もう一つ、データを基にこうした投資がどういった効果をもたらすのかを正確に把
握するためには、人的資本投資を定量的に把握する必要があります。ただ、残念なが
ら、現状は十分な統計がありません。人的資本投資の開示に向けた動きは、例えばダイ
バーシティに関する指標の開示も見込まれているようですが、十分ではないように思
われますので、人的資本投資に関する定量的データの公開が望まれます。
後半では、生産性との関係で、働き方に関する研究を紹介したいと思います。11ペー
ジ目は、御承知のとおり新型コロナ感染症への対応で、在宅勤務が一気に行われるよ
うになったというもので、これは上場企業に関するデータです。
そして、12ページ目の図は、労働者への調査の回答結果がまとめられているもので
す。こちらは業種別に在宅勤務率の推移が示されていますが、第1回の緊急事態宣言
直後の在宅勤務のレベルを時間が経過しても維持している産業と、そうではない産業
があるということです。新しい働き方を実施することは、人との接触を抑えて感染を
抑制するという意味で、ある程度有効であったように思いますが、一方で、今後感染が
落ち着いた後も新しい働き方、特に在宅勤務を継続すべきかどうかについては、それ
を行うことで企業パフォーマンス、特に生産性がどうなるのかが気になるところです。
新しい働き方と生産性の関係について、先行研究では、上がったり下がったり、いろい
ろな研究結果があり、まだどちらという確たる結果は得られていないように思います。
14ページ目ですが私どもは上場企業データを使い、今後、新しい働き方を維持すべ
きかどうかということを判断するために、新しい働き方、特に人材に関するいろいろ
な取組と企業の利益率や生産性を分析いたしました。この結果、○がついているのは
統計的に有意な結果が得られた施策です。結果をまとめると、多様で柔軟な働き方の
導入は労働生産性向上に寄与している。ワークライフバランスに関する施策、人材の
流動性を高める施策は、利益率を高める効果があるということが分かりました。今後、
データがリッチになることで、さらに分析を進めていきたいと思いますが、まとめる
と、上場企業データですが、多様で柔軟な働き方が生産性に寄与しているという結果
がありますので、生産性向上の手段として働き方改革を捉えることが大事ではないで
しょうか。
また、先ほど孫様の発表にもありましたように、人口が減って人材の獲得競争が激
しくなってきていると思いますが、ウィズコロナ、アフターコロナに多様で柔軟な働
き方を提供できているかどうかがスキルの高い人材を集めるポイントになるかと思い
ます。同時に、新しい働き方の実施を行うとともに、ハード・ソフト両面で新しいテク
ノロジーも導入していく必要があろうかと思います。
このほか、私が最近、生産性に関係して取り組んでいることとしては、ビジネスダイ
ナミズム関連指標の国際比較を行っており、これと生産性の関係を分析することを行
っております。例えば、17ページ目はその一つですが、ハーフィンダール指数で測った
市場集中度(競争度)の国際比較です。ヨーロッパとの比較を行っておりますが、日本
はハーフィンダール・インデックスが低下している。つまり、市場集中度が低下、競争
度が上昇していることがユニークな特徴として挙げられています。それから、例えば
アロケーション、配分効率性に関する国際比較も行っていて、日本は配分効率性の指
標が低下傾向にあります。
以上まとめですが、生産性を向上させるためには、何はともあれ、データに基づく分
析が重要かと思います。日本はたくさん統計があるのですが、これらを結びつけるこ
とで活用できる分析のためのデータセットの整備状況は不十分であるので、今後はこ
れらの整備を期待したいと思います。
最後に、税制調査会ということで、私と税の関係についてです。データ利用の一層の
拡大に関係して、今月下旬頃から税務大学校との共同研究に取り組ませていただく予
定です。税務大学校の客員教授に委嘱していただく予定ですが、関係者の皆様、こちら
に土居先生もいらっしゃいますが、審査などいろいろと手続をしていただき大変あり
がとうございました。私どもは2015年以降の「成長志向の法人税改革」が企業成長に与
えた影響を分析する予定でおります。法人税申告書から、日本の母集団に近い企業レ
ベルパネルデータを構築します。この法人税改革が日本企業のダイナミクスに与えた
因果効果の推定を行いたいと思います。望ましい税制改革の検討も行えればと思いま
す。
○中里会長
ありがとうございました。有識者のプレゼンの途中ですが、お時間の関係で途中退
席される石井委員と梅澤委員から事前に御発言の希望をいただいております。星先生
におかれましてはお待たせして申し訳ございませんが、ここでまず両委員から御発言
を頂戴したく存じます。
まず、石井特別委員、お願いします。
○石井特別委員
孫様に幾つか御質問させていただきます。一点目は、今シンガポールにいらっしゃ
るということで、日本と比べてシンガポールはグローバルな投資がしやすいというお
話がありましたが、どのような理由によってその違いがあるのかをお聞きできればと
思います。
二点目は、Web3の時代が既に来ているということで、GAFAが強い状況ですが、また世
界地図も変わってくるといいますか、事業の在り方も大きく変わってくるところだろ
うと思います。新しい事業者がビジネスを展開する上で、日本はビジネスを展開しや
すい環境ではないという御説明がありまして、北米のようなオプトアウト社会という
風土があれば、ビジネス展開のしやすさがあるという点は理解しました。それに加え
て、ヨーロッパや中国、オセアニアなど、制度も違えば風土も違う地域も、日本より投
資しやすい、ビジネスを展開しやすいということがあるようですが、ほかの地域につ
いてはどのように評価されているかをお聞きできればと思います。例えば、データ保
護法制を見ると、ヨーロッパは厳格な法制を敷いていますし、中国はまた違ったアプ
ローチで、データを利活用したビジネスを展開しようとしており、制度面で大きく違
う地域も日本よりかなり上位につけていることの背景となる事情があれば教えていた
だければと思います。
また、日本の現状の制度を踏まえてWeb3の事業者が展開してくるときに、税制面で
どういうアプローチを取れば、若手がより活躍しやすい社会が到来するのかというこ
とについても、お考えがあればお聞かせいただければと思います。
○中里会長
お二人の御質問・御意見をまとめて伺いたいと思いますので、梅澤特別委員、お願い
します。
○梅澤特別委員
今、ちょうど税制面の話が出たので、私の理解を申し上げて、孫さんにそれで合って
いるかどうか御意見をいただきたいと思います。Web3やトークン経済を発展させるた
めにということです。
一点目が、トークンの評価益課税を見直して、実現益に課税をする仕組みに改める
ことです。そうでないと、暗号資産の期末時価評価で法人税課税がかかってしまい、そ
れが大変重たい負担になっていると理解しています。
二点目が、会計基準を明確化することです。暗号資産における会計基準、コインや
NFTの含み益の扱い、あるいは売上げのPL上の処理が不明確で、かつ、監査法人も監査
を請けてくれない、こういう不満を関係者から伺いますので、ここをクリアする必要
があるのではないかと思います。
三点目が、コインやトークンの上場の規制緩和、あるいは審査の加速化です。現状で
は、新規の暗号通貨を発行するときに、半年から1年の審査がかかると理解していま
す。進行状況も非公開なので、新しい通貨を発行しようとする人は長らく待たされて、
その後で駄目が出るみたいなことも起こっています。
この三点が特に重要な論点であると理解をしているので、孫さんに教えていただけ
ればと思います。
もう一点、滝澤先生の関連で質問があります。人材の流動化、多様な働き方というお
話で、特にスタートアップの育成という観点で申し上げると、一つ私が提案したいの
は、大企業とスタートアップの間で本気の兼業を促進する。具体的に言うと、例えば大
企業の財務や法務、あるいは知財の専門家が週に1日か2日は兼業でスタートアップ
の幹部を務める。こういう姿ができると、多様な働き方はもちろんですが、大企業側で
スタートアップに対しての理解が深まり、働く人材にとっては将来のキャリアの選択
肢が増えるということで、Win-Winになり、結果的にはいろいろなイノベーションが進
むと考えています。こういう仕組みをどうつくっていったらいいのでしょうか。これ
は企業側の行動の変容を促すということでもあるので、スタートアップ側はウェルカ
ムだと思いますが、大企業側をどう動かしていくかということが最大の論点になると
思います。このアプローチに関しての効用と動かし方に関して御意見があればお願い
します。
○中里会長
それでは、孫様、滝澤先生の順番でお願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、シンガポールから投資するメリットは、細かいことはいろいろとありますが、
端的に申し上げると、私どものようなベンチャー投資をする人間からすると、投資フ
ァンドをつくって投資をしてリターンがあったときに、個人や法人の収入としてしま
えばもちろん課税されますが、リターンを戻さずそのまま置いておけば課税はありま
せん。つまり全額を再投資に回せるのです。
ベンチャー投資をどんどんやりたいときには、リターンが返ってくれば、それを全
額再投資していけるということで、その間においては法人の課税がないのです。そう
いった意味で、より多くの資本をベンチャー投資に回していけるということが最大の
メリットです。
またスピードの速さが違います。例えばグローバルに1億円以上の投資をするとき
に、日本からだと銀行を通じて送金をするわけですが、マネーロンダリング対策など
もあり、提出を求められる書類も多く、一週間以上の時間がかかります。
資金調達をするスタートアップ側のスピードは非常に速く、数日で意思決定し送金
をしなければいけないようなスピードで動いていることが多くあります。それに対し
て日本からだと間に合わないのですが、シンガポールからだと、瞬時に送金ができ、し
かもスマートフォンからでもできるので、スピードだけでなく機動性という点でもシ
ンガポールの方が動きやすいです。
ただし租税回避としてやっているわけではないので、少なくとも日本のスタートア
ップに対しては、日本にある資本で投資をしていて、きちんと税金も払っております
し、もちろん遵法でやっているのですが、グローバルに得た資金で、それをさらにグロ
ーバルに投資するという部分に関しては、シンガポールからおこなっています。
それから、エコシステム間の競争になっているという観点でいうと、完全に同じ状
況で比較できない部分もあると思いますが、日本は21位でした。この状況を打開すべ
く日本でも産業振興やスタートアップ支援で特区をつくろうという取組みなどがあり
ますが、圧倒的にスピードが遅い印象があります。北欧の国やシンガポールなどでは、
そのような法案はその年のうちに施行されるくらいのスピードで動いています。
ベンチャーキャピタルなどが出資をするお金は、日本も随分増えてきたと思います
が、スタートアップしやすい環境、特にイノベーティブなものは法の未整備領域にぶ
つかることが多いので、そういった部分に関する壁の解消などが必要であると感じま
す。
それから北欧の話が出ましたが、私はエストニアやフィンランドのエコシステムに
も投資をしており、それなりの知見があるのですが、北欧はデジタル化が非常に進ん
でいてリテラシーも高いので、物事がスムーズに進むしスピードも速いと感じます。
次にWeb3、クリプト、トークン経済に関する税制上の問題点に関しては、まさに梅澤
特別委員がおっしゃったような観点から、私も全く同じ意識でおります。ここが一刻
も早く変わることが重要で、既に日本のスタートアップの中には、評価益で課税され
ると、実際に払える原資がないことが分かっているので、国外に出ていっているケー
スを何例も見ています。ですので、そこは評価益課税から実現益課税に至急見直すべ
きだと思います。
トークンは、暗号資産・暗号通貨というように翻訳されており、一面ではその通りで
すが、実はそれを超えた部分があると思っています。通貨、資産、証券のような側面も
ありますし、NFTなどは会員権のような側面もあります。それらがどれか一つにはっき
り区別されない形のままだからこそ、トークンエコノミーが非常にダイナミックに動
いているところがあります。ただ、それを特に税制面からどのように評価するかとい
うのは、監査法人と当該企業との間でディスカッションした上で、この使い方であれ
ばこうだというような見解を社会全体として知見をためて、通説をつくっていく必要
があると思います。現在、監査法人が請けてくれないというのは非常にネックになっ
ていると思います。
それから、トークンの上場に関しても、スピードが遅いと思います。どうにかしてス
ピードアップする方法を考えなければいけないという点についても、梅沢特別委員と
全く同意見です。
一つだけ付け加えるとするならば、先ほど申し上げたDAOの法人格に関する部分にな
ります。DAOの法人格を規則する。DAOの法人格を認める取組みを、例えば今年中にでき
れば世界に先駆けることになりますので、恐らく非常に先進的なDAOが日本に集まって
くると思います。今年中には難しいとしても、とにかく一刻も早くそういった法整備
をしていけば、日本はこの分野で先手が取れると確信しております。
○中里会長
滝澤先生、お願いします。
○滝澤学習院大学経済学部教授
スタートアップの成長という意味で、大企業とスタートアップの間で兼業を促進す
ると、梅澤特別委員に御指摘いただいた点は私も非常に重要であると考えています。
大企業のデータで申し上げると、スマートワークの昨年の調査では、正社員に副業・
兼業を認める企業の比率は41.9パーセントで、2年間で10パーセント以上上昇してお
りますし、原則禁止とする一方で個別に認めたケースもあるが18.3パーセントですの
で、6割ぐらいの上場企業は副業・兼業を認める方向に動いているかと思います。
ただ、大企業で埋もれてしまっている人材や企業内で余分に人材があれば、資源配
分の観点から、そうした優秀な人材をスタートアップや中小に配分すべきと思います
ので、例えば政府も人材シェアマッチング等を行っていると思いますが、そうした動
きが重要になってくるのではないかと思います。
○中里会長
それでは、星先生から御説明をお願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
今日は、「日本経済成長のための課題」ということで、その中で企業の成長の問題も
出てくると思いますが、どんなことが経済学で分かっているかということを話したい
と思います。
今日話すことのほとんどは、今、科研費をもらって、「日本経済長期停滞のメカニズ
ムの解明」ということで、滝澤先生にも入っていただいて、かれこれ2年間共同研究を
やっていますが、その研究結果によります。日本企業のダイナミクスや生産性の変化
について研究してきた第一人者のほとんどが、滝澤先生をはじめとして、深尾先生、森
川先生など、この研究グループに入っています。ですので、日本の経済成長について知
るには我々研究グループの話を聞いていただくのが一番良いかなと思いました。その
中でも、日本の経済成長の特徴として、特に最近の経済成長が思わしくない理由とし
て、どんなことが分かっているのかということを私なりにまとめてみたのが今日の話
です。3ページ目に要約が書いてあり、こういったことがデータを見ると出てくると
いう話をしたいと思います。
最初は、経済成長の低下の要因です。よく言われるのが、日本は少子高齢化で人口が
減少し、成長率が落ちている、ということです。それもあるのですが、日本経済の成長
率を人口減少による部分と、生産性上昇率の低下による部分の2つに分けると、成長
率が下落した主な理由は、人口減少ではなく、生産性上昇率が低下したことにあるた
め、生産性上昇率の低下を見なければいけない。逆に言うと、日本の経済成長を取り戻
すためには、生産性の上昇率を上げていかなければいけないということです。これは
滝澤先生や孫さんの話にもあったのではないかと思います。
生産性上昇は二つの要因に分解することができ、一つは、内部効果と我々経済学者
は呼びますが、個々の企業あるいは個々の事業所、個々の生産主体が生産性を上げる
ことによって全体の生産性が上昇するというものです。もう一つは再配分効果という
もので、比較的生産性が高い企業あるいは事業所が大きくなって、比較的生産性が低
い事業所あるいは企業が小さくなる。極端な場合、生産性が高い企業が新たに参入し
て、生産性の低いところが退出する、そういう再配分効果に分解することができる。そ
うすると、内部効果が低下したことと再配分効果が低下したことの両方が問題なので
すが、特に再配分効果の低下が問題です。それは、内部効果、個々の企業の生産性の上
昇が、経済が発展するにつれて、あるいは企業が大きくなるにつれて、その上昇率が小
さくなるというのは、経済学的に理解しやすいところです。限界的生産が逓減してい
くということです。
それで、経済全体が成熟してくると再配分の効果の方が重要になってきます。これ
は先進国に共通なところで、再配分による生産性上昇がより重要になります。新しい
生産性の高い企業が参入して、生産性の低い企業が退出する。そういう経済の新陳代
謝、創造的破壊によって生産性が上昇していくことが重要になってくるわけですが、
その再配分の効果・機能が日本は低く、それがさらに低下しつつあることが問題だと
いうことです。
再配分の効果もさらに分けることができ、存続する企業の間の生産要素の再配分の
効果に加えて、新しい企業が参入する効果と退出していく企業の効果との3つに分解
できます。日本の場合は、参入効果は正、すなわち新しく参入してくる企業は生産性が
高く、全体の生産性を引き上げる傾向があるのですが、退出効果が負になります。これ
は、深尾先生たちの計算結果で昔から分かっていることです。退出効果が負であると
はどういうことを意味しているかというと、比較的生産性の高い企業が退出してしま
っている。逆に言うと、生産性の低い企業が退出しないで市場に残っているというこ
とを意味しています。これは、ゾンビ企業の問題につながることになります。
そうすると、一つ気が付かなければいけないのは、退出効果が負である状況で退出
が増えれば生産性上昇率はかえって低下してしまうということです。簡単に数字的に
言うとそういうことで、しかも、退出ということは雇用が失われるわけです。我々がゾ
ンビ企業の問題と言うとき、一般的にすごく誤解されていると思うのですが、ゾンビ
企業を退出させれば良いと言っているわけではないのです。ゾンビ企業を退出させて
も今のような状態では生産性はかえって低下し、雇用が失われるので、望ましい政策
とは言えないということです。結局、再配分効果を押し上げるには、退出の質を上げる
ことが重要になります。ゾンビ企業だけしか退出しないということができれば、それ
が理想的になるわけです。ですから、退出の量ではなく、質を上げることが必要です。
それから、当然退出があれば、そこでは雇用が失われるわけですので、それと同時
に、労働者が生産性の高い企業に移動するのを助けるような、あるいは労働者の生産
性を上げるようなこと、リスキリングを支援するような政策があれば助かります。そ
れで、今まで雇用されていた生産性の低い企業よりも生産性の高い企業で、しかも賃
金が高ければもっといいと思いますが、そういったところで働けるようになれば、そ
れは労働者にとっても望ましいことになります。
最後に、参入の方は生産性を極めて上昇させる効果があるため、新規参入を促す政
策が重要になります。
4ページ目ですが、成長率を2つの要因に分けることができます。一つは、赤と緑を
足した部分で、人口要因による部分です。人口増加の影響と、人口のうちどのくらいが
働いているかという労働参加率上昇の影響です。これが両方とも上昇すれば、経済の
成長率も上昇し成長率に貢献します。これに対して、青の部分は労働生産性の上昇率
です。10年単位で描いていますが、青の部分が小さくなったということが重要です。も
ちろん赤と緑の部分も小さくなったわけですが、量的に見れば、青の労働生産性の変
化が重要です。生産性の上昇率が低下したことが日本経済の成長率下落の主な理由で
あるということです。
生産性の上昇はどのようにして起こるのか。5ページ目は数式で書いてありますが、
企業あるいは事業所それぞれが生産性を上げるという内部効果と、生産性の低い企業
から生産性の高い企業に資源が移動するという再配分効果の二つに分けることができ
る、ということを示しています。そうすると、古い計算結果になりますが、80年代と90
年代について、TFP(Total Factor Productivity)、全要素生産性上昇率を年率で測っ
たものを内部効果と再配分効果に分けるとこの表のようになります。内部効果・再配
分効果の両方とも減少しています。内部効果の減少は大きいですが、経済が成熟した
ことを考えるとこの部分はそれほど不思議ではない。再配分効果の方は比較的重要に
なるはずなのに、ここが伸びずにむしろ落ちてしまったことが日本経済の問題になっ
ているということです。
6ページ目ですが、再配分効果をさらに三つの要因に分解することができます。一
つは、期間の最初にも最後にも存在した事業所の中での再配分。それから、期間の最初
にはなかったが、新規参入したといった新規参入企業の生産性が平均生産性に比べて
どうだったかという参入効果。最後は、期間の最初にはあったのだが、退出してしまっ
た企業の生産性が平均生産性に比べてどうなっていたかということを表す退出効果で
す。
ここで、比較的生産性の高い企業に比較的生産性の低い企業から資源が再配分され
ることが継続事業所間で起こっているとすれば、継続事業所間の再配分はプラスにな
るはずです。それから、新規参入した企業が平均的に高い生産性を持っていれば、参入
効果はプラスになります。最後に、退出した企業が平均的に低い生産性を持っていれ
ば、退出効果もプラスになります。ですから、生産性の低いところが退出して生産性の
高いところが参入するという望ましい状態では、全部プラスになるはずだということ
です。その分解を示したのが下の表で、先ほど再配分効果としてまとめられていた部
分が事業所間再配分、参入、退出の三つの効果に分けられています。すると、80年代も
90年代も、参入効果はプラスで大きく、新しい企業が参入することは全体の生産性を
上昇するのに役に立ったということがわかります。孫泰蔵さんをはじめとしてスター
トアップを支援している方々の貢献というのは非常に大きいということはこれからも
見えるわけです。
ここで注目したいのは逆のほうで、退出効果がマイナスだということです。生産性
の低い企業が退出しているのであればプラスになるはずのところがマイナスになって
います。これはどういうことかというと、一番生産性の低い企業が退出しているので
はないということを意味します。生産性の低い企業が実は生き残り、生産性がある程
度高い企業が退出しているということで、創造的破壊のプロセスが働いていないとい
うことになります。これは我々がゾンビ企業の問題と言っていることと非常に深く関
連していて、ゾンビ企業は収益性が低く、本来ならば退出すべきなのだが、何らかの支
援によって支えられている企業と定義されますが、それが必要以上に、財市場、労働市
場、資金市場、といったところで混雑現象を起こして、新規参入や比較的収益性の高い
企業の拡大を妨げてしまいます。これがゾンビ企業の問題です。補足すると、ゾンビ企
業の問題は、生産性あるいは収益性の低い企業を支えてしまうという問題もあります
が、それは小さい部分で、もっと重要な問題は、ゾンビ企業が多く生き長らえている
と、新しい企業の参入を妨げたり、新しい企業にとっての市場の魅力をなくしてしま
うというところです。
もう一つ指摘したいのは、ゾンビ企業で働く人たちの潜在的生産性は低いわけでは
ないということです。人的資本は高い人が多いかもしれず、ただ、高い人的資本を生か
すことができない企業にとらわれてしまっているかもしれないのです。
退出効果が負だというのは、退出の質が問題で、量ではないということです。退出も参
入も比率が低い、量が小さいということは日本について指摘されているわけですが、
退出に関して言うと、問題は量が少ないことではなく、質だということです。退出すべ
き企業が退出せずに、退出すべきでない企業が退出していることが問題なのです。
退出効果が負のままで退出率が高くなると、問題はかえって深刻になります。生産
性上昇率にとって助けにならないだけでなく、雇用も失われてしまいます。ですから、
質を高めることが重要です。
先ほどは80年代と90年代の数字でしたが、深尾先生、権先生、金先生、池内先生が最
近のデータを使った研究をされており、退出効果がマイナスの状態が2000年代もずっ
と続いていたということがわかります。2週間ぐらい前の研究会で権さんが発表され
た、2011年から15年のデータを使った分解が9ページ目になりますが、ここで言うExit
effectは退出効果、 Entry effectは参入効果に当たります。ほかの Switch-outや
switch-in、Covarianceも、それをどこに持っていくかというのはいろいろ議論がある
ところですが、ここで出てくることも今までの話と大体同じで、退出効果がずっとマ
イナスであるという結果です。それから最近分かってきたことは、内部効果が特に低
くなってきたということだと思います。これは先ほど滝澤先生がおっしゃった人的投
資にも関わってくる可能性がありますが、この辺りがどうして起こっているかを調べ
ることはこれからの課題だと思います。
9ページ目は「企業活動基本調査」という大きいデータを使ってやった計算で、10ペ
ージ目は「工業統計調査」を使って同じようなことを、権さん、金さん、深尾さんがや
られたものですが、大体同じような結果で、退出効果が負だというのは変わりません。
そうすると、次は、成長を回復するのにどんな政策が必要かということですが、一言
で言えば、経済の新陳代謝を高めていくこと、特に日本で問題になっているのは退出
の質が悪いことですから、退出の質をよくしていくことが重要であるということです。
それから、もちろん新規参入は重要で、そこで雇用が生み出され、生産性も上昇しま
す。退出の質を高めるのは良いことですが、質を高めても退出は退出ですので職が失
われるという問題はあります。したがって、職を失った労働者ができるだけスムーズ
に新たに生み出されてくる職に移動する手助けができれば望ましいということになり
ます。
要約すると、質の高い企業の退出・参入を容易にするような制度、それから、雇用の
移動を助ける政策、この二つを組み合わせることが重要だということです。雇用の移
動を助ける政策は、Active Labor Market Policiesと呼ばれるものと似ています。公
的な職業紹介・企業支援・職業訓練などのプログラムで、こういった労働者を新しい産
業、新しい企業に移動することを助けるような政策はいろいろあるわけですが、疑問
の多い雇用調整助成金を含めた場合でも、日本のALMP(Active Labor Market Policies)
支出は国際的に比べると低いというのが問題です。
13ページ目は2001年のデータですが、アメリカはActive Labor Market Policies支
出で見るとOECDで最下位ですが、日本もそんなに良くはなく、下から4番目でし
た。14ページ目は2017年のデータですが、あまり変わらないどころか、最下位のアメリ
カに近づいている状態です。アメリカの労働政策も最近変わってきているので、もし
かするとこのまま放っておくとアメリカよりも悪くなるといった危機的状況にあるの
ではないかと思います。
3ページ目の要約に戻りますが、経済の成長率を上げるためにどんなことが必要か
というと、参入・退出を促進して、特に退出の質を上げること、参入・退出があれば労
働者にコストがかかるため、そのコストを少なくするような政策が重要だ、というこ
とになります。
○中里会長
それでは、ただいまの御説明について、委員の皆様から御質問等があればお願いし
たいと思います。御質問等がある方は、会場に御出席の方も含め、画面上の「挙手ボタ
ン」を押してください。発言順については私の方から指名させていただきますので、指
名された方は会場に御出席の方は卓上マイクをオンにしていただき、オンラインで御
出席の方はミュートボタンを解除して御発言ください。挙手をいただいた順に指名さ
せていただきますが、委員の出席時間の関係等で前後することがございますので、そ
の点、あらかじめ御了承をお願いします。
なお、円滑な進行の観点から、3名程度の委員からまとめて質問を頂戴した後に、ま
とめて有識者の皆様から御回答を頂戴できればと思います。
また、御質問される際は、どの有識者の方に伺いたいかを特定した上で、できる限り
簡潔にお願いします。
それでは、翁特別委員、お願いします。
○翁特別委員
まず、孫さんへの御質問ですが、シンガポールなどほかの国ではエコシステムが随
分盛んにつくられていて、日本は21位という御説明がありましたが、政府がこのエコ
システムの形成に何らかの大きな役割を果たせるのでしょうか。また、マネロンにつ
いて先ほどのWeb3ではいろいろ議論がございますが、シンガポールはどのようにマネ
ロン対策をしながらスピーディーにこれだけの対応ができているのか教えていただき
たいと思います。
滝澤先生の資料の3ページ目で、労働の質が最近さらに下がっているとありました
が、何を測って労働の質と考えているのでしょうか。これは非正規と正規といったこ
とも関係があるかと思います。この辺りとこれからの人的投資は、リカレント、画期的
な人材育成、それから、先ほど星先生がお話しになったような非正規から正規へと、い
ろいろな教育がありますが、マクロ経済的に見て特にこういったことが大事だという
ところがありましたら教えてください。
星先生については全く共感するお話でございました。積極的労働政策を入れていく
ために日本で必要と考えておられることがありましたら、予算なのかそれとも考え方
なのか、何かコメントがございましたらお願いいたします。
○中里会長
続いて、中空委員、お願いします。
○中空委員
まず、孫さんに質問が三つあります。
一点目は、日本にスタートアップがあまり育っていないことの理由の一つに、日本
にお金持ちがいないということがあると思います。それこそソフトバンク・ビジョン・
ファンドぐらいしかお金を持っていないのではないかとさえ思うのですが、そういう
状況の中で何を変えていけばいいかというと、例えば賃金のもらい方、賃金の渡し方、
それに関する税制は大いに問題ではないかと思います。その辺りについてどのように
お考えでしょうか。
二点目は、日本はどうしても石橋をたたいて石橋が割れるみたいなことが多いわけ
です。今の状況からキャッチアップしていくことが必要かと考えるとなかなか難しい
な、と思って聞いていたのですが、DAOであればできるかも、という言葉に勇気をいた
だいた次第です。そこに質問なのですが、DAOは例えば海外の人たちから資金が混在し
て出されてくる場合、トークンだからあまり税制上の問題は起きてこないのでしょう
か。実際に今、あるDAOがどういう資金の調達の仕方をしていて、税制上の支払いに問
題がないのかについて、もし分かれば教えてください。
三点目は、同じDAOですが、もしそのDAOが失敗した場合にトークンの持ち主が損を
すれば良いだけなのでしょうか。
また、先ほど星先生の御説明の中で、退出すべき者が退出しないで、退出しなくてい
い者が退出しているというお話がありましたが、これはなぜなのでしょうか。日本で
公的におかしなサポートがあるせいなのでしょうか。同じ流れで持続化給付金などが
あり、これがいわゆるゾンビ企業を生き延びさせているとは思うのですが、どういう
ときであれば有事としてこういった政策が可能か、どういうときにやめたらいいか、
その辺りを教えてください。
○中里会長
続いて、清家委員、お願いします。
○清家委員
滝澤先生に、人的資本投資について二点伺います。
一点目は、雇用の流動化と人的資本投資ということで言えば、雇用が流動化すれば
するほど、投資は回収できなくなるため企業にとってはコストを負担するモチベーシ
ョンが下がると思います。したがって、その中で両者を両立させるためには、企業に人
的資本投資の補助金を出すか、あるいは労働者が投資をしてもらっている間安い賃金
で働いてコストを負担するとすれば、その労働者に賃金補助を与えるといったことが
考えられるかと思いますけれども、その辺りについて何か具体的なイメージをお持ち
でしたら教えていただきたいと思います。
二点目は、メジャーメントの問題ですが、人的資本投資のコストの多くの部分はオ
ポチュニティコストだと思います。訓練を受ける人のオポチュニティコストもありま
すし、上司による教育や同僚が互いに訓練する場合の教える側のオポチュニティコス
トもあります。その場合、例えば研修のコストなどは研修時間に賃金を乗じる形でオ
ポチュニティコストを計算できると思いますけれども、OJTのように仕事をしながら職
場でお互いに教え合う形の人的資本投資のコストはなかなか測定しにくいと思います。
それらは具体的な実証分析の際にどのように測定できるのか、ということについてお
考えを伺えればと思います。
○中里会長
それでは、孫様、お願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、シンガポールのエコシステムに政府はどういう役割を果たしているかという
ことですが、すごく多岐にわたっています。エンタープライズ・シンガポールという政
府機関で、スタートアップを支援するためのあらゆる政策を立案・実行する組織があ
り、日本で言うと省庁レベルの権限を持っていると思います。それ以外にも外郭団体
が幾つかあります。そういったところがやっているのは、海外から優秀な起業家を招
聘するために、アントレパスというビザを発行しています。実際にどういうスタート
アップをやろうとして立ち上げたのか、本社をシンガポールに移したいのかというこ
となどをきちんと審査・面談のうえ、すぐさまビザを発行し、設立におけるいろいろな
優遇策をやることで、世界中から優秀な起業家が来られるような体制を整えています。
それから、ESG関連のスタートアップ、もしくはファンドを組成する場合は、例えば
50ミリオンダラーのファンドを民間で組成した場合、同じ額の50ミリオンを入れるこ
とで倍になるというようなマッチングの制度などがあります。
それから、スタートアップ・アクセラレーターと呼ばれているのですが、若いスター
トアップの人たちが集まり、交流をしながらどんどんやれるよう、ビル1戸ではなく
地区を政府が格安で提供し、起業ができる取組みなどをしています。一つ一つに助成
金を出すというよりは、エコシステムを整備するところに対して、シンガポール政府
が積極的に取り組んでいるのが見受けられます。ちなみに、私たちMistletoeもグロー
バルインベスタービザというものをいただいております。このビザはいろいろ便宜を
図ってもらったり、意見を聞いていただき私たちの意見が政策に反映されるというス
テータスがあったりします。海外から起業家が来る場合に認定企業が推薦するとすぐ
さまビザが発行されるアントレパスという仕組みもあります。
続いて、マネーロンダリング対策です。シンガポールの場合、日本でいうとマイナン
バーに近いシングパスというものが付与されています。本人であることを政府が承認
するデジタル認証の仕組みで、スマートフォンのアプリにもなっております。この仕
組みは民間にも開放されていまして、民間企業がクリプトに関連したサービスをつく
る、もしくはDAOを組成するときには、シングパスでコネクトしないといけません。
いわゆるKYC(Know Your Customer)という本人確認の仕組みがきちんとつくられて
おりデジタル管理されています。何かおかしいことがあるとすぐにそこでストップさ
せられますし、違反的なことをするとシングパスが剥奪されます。そうなるとほとん
ど何も活動が行えなくなりますので、そういったものがマネーロンダリングには効い
ていると感じます。
日本のクリプトの取引所などでもKYCはやっているのですが、私が聞いたところでは、
マイナンバーの書類を郵送等で提出し、顔写真を撮って送るので何週間もかかるそう
です。シンガポールの場合、シングパスはデジタルのシステムなので、シングパスで承
認手続をやると、わずか10分か20分ぐらいで終わってしまうくらいのスピード感です。
続いて、日本にはお金持ちが少ないので、スタートアップに最初にお金を出してく
れる人がいないのではないかという話でしたが、それは国によって在り方はいろいろ
あると思いますし、貧富の差が拡大してしまっている社会もあります。
例えばアメリカなどは貧富の差が拡大していますし、東南アジアではスタートアッ
プのエンジェル投資の担い手は、いわゆるファミリーオフィスと呼ばれる財閥の人た
ちが出し手になっています。これは良い点でもありますが、その人たちが富を集中的
に独占しているという見方もできます。逆に言うと、日本はその辺りの格差は非常に
少ないと言えると思いますが、大事なのは、お金を持っているかいないかというより
も、新しい価値を生み出そうという若い人たちを応援しようとする日本社会の気風づ
くりなのだろうと思います。
世界中どこでもそうですが、300万円とか500万円の金額を、まだ何もできていない、
アイデアしかない人に、頑張ってみなさいとお金を出すのがエンジェル投資家なので
す。
よく私が申し上げるのは、もし自分の家に子供が生まれ、大学まで行かせ社会人に
なるまで育てたら何百万・何千万とかかると思います。たった一人でいいから良いな
と思う若者がいたとき、血がつながっていなくても、もう一人子供ができたと思い応
援したら、ものすごい数のエンジェル投資家が生まれると思います。そういう気持ち
を持てばいいと思います。
そのようにしてらっしゃる日本人の方もたくさんいますが、まだまだ数が足りてい
ません。アメリカと日本ではベンチャーキャピタルの数が1桁以上違うと言われてい
ますが、それよりもエンジェル投資の額が圧倒的に違います。
みんながもう一人子供を育ててやろうと思って支援すれば、あっという間にアメリ
カ並みの金額になってもおかしくないですし、少なくとも人口比ぐらいにはなれるは
ずだと思っています。この話をみんなに申し上げると、確かにそうだなとおっしゃっ
ていただける方も多くいらっしゃるので、この文化を広げられたらと思います。
DAOにおける税制面や、失敗した場合にどうなるのかという話ですが、この辺りは、
DAOが出来始めたのが去年からですので全く整備されていません。考え方としては、DAO
は組合というかコミュニティなのです。受ける側と投資する側ということではなく、
みんなで自分たちの持っている財産を少しずつ持ち寄って、それを一つのトレジャリ
ーと呼ばれているDAOの口座に持ち寄って、それを民主的に、このお金をどのように使
うかみんなで投票しながら意思決定をするという集まりで、デジタル技術を使って記
録を残しながらきちんと進められるという仕組みです。
もちろんDAOが解散するときには、自分が持ち寄った分がなくなるというのが最大の
リスクですが、自分たちでコミュニティをつくって持ち寄ってやろうと言っていたな
ら、うまくいかなかったから一旦残余財産を分配して解散となればそれはそれでしよ
うがないという話なので、財テクのようなものではないということは強調しておきた
いと思います。
そのときの税制については、DAO法をきちんと定義し、正しい運用はこうあるべきだ
とか、こういうものをちゃんと整備しなければいけないとか、こういう税制を適用し
ますというものを一刻も早くつくるべきだと思います。現状、まだその辺りはできて
なく、あらゆる社会実験が行われ集合値をみんなでためようとしているフェーズです。
○中里会長
星先生、お願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
最初に、なぜ退出すべき企業が退出しないのかという話からしたいと思います。こ
れは重要なところで、まだまだリサーチが必要だと思いますが、私の暫定的な結論と
しては、一番重要なのは雇用を守るために退出すべき企業を守っていることだと思い
ます。退出すべき企業・ゾンビ企業と言ってしまうと、それはもう退出すべきなのでな
ぜ退出しないのだろうかと不思議になりますが、具体的な名前を出した途端に、なぜ
その企業は退出してもらっては困るかという話が出てくると思います。一番重要なこ
とは、退出したらそこに働いている人はどうなるのかという話だと思います。
それで、翁特別委員の質問につながるのですが、ALMPが重要になります。企業を守る
のではなく、雇用が失われる労働者を守ることができるなら、少なくともコストを下
げることができるなら、そちらの方が、収益性が低くなってどうしようもなくなった
企業を延命させるよりはいいだろうということです。ALMPにもっと力を入れるべきだ
ということになります。
重要なのは労働者を守ることなので、ALMPを日本で高めていくにはどうするかとい
う翁特別委員の質問への回答は二つあると思います。一つは、今やられているいろい
ろな労働者のための政策の効果を確認することです。最近いろいろなところで、職業
訓練の効果をきちんと測るようになりましたが、そういった作業をもっと続けて、効
果のあるところ、本当に労働者のためになっているような政策にもっとお金を出して
いくということかと思います。
今まで足りなかったので、政府がALMPを高めていくことは重要で、収益性の低い企
業に支援を続けるよりも良いと思いますが、最終的には政府の役割はそんなに大きく
なくて、政策で労働者を守ることよりも、労働者の職がなくなったときに比較的スム
ーズにもっといい職に移れるようなシステムをつくることです。そういったシステム
の成長を後押しするというのが回答の2番目です。先ほど孫さんが、政府の役割はエコ
システムを整備することのほうが大きいとおっしゃいましたが、私もそのとおりだと
思っています。
アメリカは統計で見ると、ALMPは全くないような状態です。しかし、今アメリカで起
こっていることの一つに、コロナ禍で職を失った人たちが、ITスキルを新たに身に
つけてデジタル産業・IT産業に移っていくという話があります。これは政府がやって
いるわけではなく、民間の無料のプログラミングコースを取って技術を身につけると
いうようなことです。いろいろな新しい人種が生まれているという最近のオリバー・
ワイマンのリポートの中の一つで、ブルーカラーでもホワイトカラーでもない、ニュ
ーカラーズと呼ばれるグループです。コロナで職を失ったブルーカラーワーカーが、
その間にプログラミングのスキルを身につけてコーディングのジョブを取るようにな
っているというような話ですが、そういった形で雇用調整が起こっても良いと思いま
す。
○中里会長
滝澤先生、お願いします。
○滝澤学習院大学経済学部教授
翁特別委員の御質問について、労働の質が下がっているということで、この労働の
質ですが、ここでは学歴や習熟度を反映した変数ということで、細かく言うと、学歴、
正社員・非正社員、年齢、性別、産業などを考慮して労働の質変数が作成されていま
す。ややこしいので、大ざっぱに学歴や習熟度と御理解いただくのがよろしいかと思
います。非正規が増えたこと、あるいは賃金の低い層が労働市場に参入したことが労
働の質の低下に影響していると思います。
次に、リカレント、人材育成の中で、特にどういったことが大事かということで、非
常に難しい御質問かと思います。私は、あの手この手でやっていく必要があろうと思
います。統計を見るとOFF-JTが少なめですので、企業は新規設備をより積極的に導入
していくべきだと思います。高度成長期のときに旺盛な設備投資があって、労働者の
スキルが向上したという例がありますので、新しい技術を体化した資本投資と人材育
成の両方を行っていく必要があろうと思います。
中空委員の御質問については星先生に御回答いただきましたが、Outward FDI、対外
直接投資が増えている影響もあるかと思います。
清家委員の御質問について、雇用の流動化と人的資本投資は、おっしゃるとおり負
の相関があり得るかと思いますし、非正規化が進んで、人材投資が少なくなった可能
性があります。一方で、これを増やしていこうとすると、企業のプライベートのリター
ンと経済全体の社会的リターンに乖離が生じますので、それを政府が埋めて過少投資
を是正できる可能性があるかと思います。また、雇用されている人に支援をする体制
というのは現状でもあると思いますが、個人ベースでの補助をより進めていくべきで
すし、企業がやらない代わりに労働者各自がやるというのはいいことだと思います。
一方で、日本政府からすると、企業を通じた支援策のほうがやりやすいのだと思いま
すが、個人への支援を増やしていく必要があろうと思います。
最後に計測の問題ですが、私どもが資料でお見せしている一国全体の人的資本投資
は、OFF-JTとOFF-JTの際の機会費用を含んでおりますので、OJTは含んでおりません。
OFF-JTをどのように測ったかというと、企業の研修費の1.51倍という数字を測ってお
り、これはいろいろな先行研究による数字を使っています。ですから、機会費用の計測
については、いろいろな議論があろうと思いますし、OJTが測れていません。内閣府の
アンケート調査の結果によると、日本はOJTの方がOFF-JTよりも11倍程度あると言われ
ていますので、この部分を各国が把握できれば、人材投資の国際比較の結果も変わっ
てくる可能性はあるかと思います。
○中里会長
それでは、質問に参ります。田近特別委員、お願いします。
○田近特別委員
私からは星さんに一点質問させていただきたいと思います。
日本の生産性を考える上で、退出効果が負であることが重要だという御説明で、私
も大変重要な御指摘だと伺いました。退出すべきでないのに退出してしまう、退出す
べきなのに退出しない、この2つのケースがあります。それぞれについて具体的に何
をイメージしていいのか、何を対象として考えたらいいのか御説明いただきたいと思
います。それが産業別、規模、地域、あるいは高齢化要因が関係しているのか、それに
よって必要な政策も違ってくると思います。したがって、退出すべきでないのに退出
してしまう、退出すべきなのに退出しない、それを具体的にどう我々が把握していい
のか御説明いただきたいと思います。
○中里会長
続いて、土居委員、お願いします。
○土居委員
孫さんと星先生に1問ずつ質問させていただきたいと思います。
孫さんのDAOの話は、私も大変重要な御指摘だと思います。他の資金調達手段よりも
不利になるような形でDAOが取り扱われるということは、できるだけそういう時期を短
くしてそうならないようにする必要があると思います。もちろん、企業会計基準がま
だ決まっていないのは、税制にとっても痛手だと思いますが、仮にほかの金融調達手
段と中立的な形でトークンなどが取り扱われることになったとしても、評価益をどう
するかというところは、今のところ課税しないということが日本ではできない可能性
がありますが、仮に、例えば日本で特区のような時限的な措置が設けられて、課税され
た分を補助金で穴埋めしてプラスマイナスゼロにすることが政策として施されたとき
に、起業家の方々はそれを良しとするのか、一回税金を支払わなければいけないこと
がそもそも嫌だと思われるのか、その辺りをどのように捉えておられるのかお聞かせ
いただきたいと思います。
星先生の退出効果の点は私も非常に重要な御指摘だと思います。確かに、黒字企業
が事業承継できずに退出することになると、まさにこのようなことが起こるというの
は分かるのですが、M&A、合併して新会社を創って旧会社を畳んだというところで、実
は旧会社の方が生産性が高くて、新会社にしたが実はあまり生産性が上がらなかった
というような、ある種の日本におけるM&Aの非効率性というか、M&Aが新陳代謝をより
良くできていないという効果もこの中に入っているのかどうなのかというところをお
聞かせいただきたいと思います。
以上です。
○中里会長
続いて、吉村委員、お願いします。
○吉村委員
私からは孫様の御報告に対して質問を1つ、コメントを1つさせていただきます。
エコシステム間で優秀な起業家の獲得競争が繰り広げられているという御紹介があ
りました。起業家の才能について、かつては金が逃げる、資本の逃避があるといったこ
とを言われていましたが、現在、そういった才能あふれた起業家が逃げてしまうとい
ったことから各国が様々な制度改正を行っているところかと思います。これについて
は、ビザにとどまらず、所得税でも人材獲得のために様々な優遇措置を導入する国・地
域が出てきている状況かと思います。その上で感触としてお伺いしたいのですが、そ
ういった国際的にモビリティが非常に高い起業家が開業地を決めるときに、税がどれ
くらいのウエイトを占めているのかをお教えいただければと思います。ビジネス環境
や公的なサポート、言語といったこともあるかと思いますが、税の要因がどのくらい
重みを持っているかということです。
もう一つはコメントですが、DAOについては私も興味を持っているところです。アメ
リカは州レベルでDAO法についての整備が見られるということでしたが、税の世界、連
邦所得税の扱いでは、そもそもDAOが何者なのか、パートナーシップなのか、コーポレ
ーションなのか、単なる契約上の地位なのかといったところから争いがある状況です。
日本においても、もちろん同じような論点があるわけですが、私のような研究者を含
めて、執行のレベルでどういった取扱いになるかということを一足早く出せれば、非
常にインパクトがあるだろうというところについては賛成です。
○中里会長
それでは、星先生、お願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
田近先生の御質問について、退出すべきでない企業が退出したり、退出すべき企業
が退出しなかったり、どういう企業が当てはまるのかというのをもう少し細かく見な
いと政策的なインプリケーションはないだろうという話だと思いますが、それはその
とおりかと思います。
ただ最終的には、個別の企業について退出すべきかどうか、それが退出しているか
どうかを見るのは難しいと思います。常に退出すべき企業だけが退出するようなシス
テムは多分ないだろうと思います。日本の問題は、平均的に退出すべきでない企業が
退出して、退出すべき企業が退出しないということが起こっていることです。それが
負の退出効果ということで、それをせめてゼロに近づけ、できれば正にする。そのよう
に全体の新陳代謝を正常なものにしていくためには何をすればいいかを考えることは
できますが、細かいところまで最適化することはできないと思っております。
土居委員がおっしゃった、例えば黒字企業が収益に関係がない理由で、事業を引き
継ぐ人がいないであったり、そういったところで破綻したりするということがあれば、
それは当然破綻しない場合が多くなるように、政策あるいは何か慣習かもしれません
が、そういったものが変わっていくことが重要だと思います。その一つの例としては、
数年前になりますが、経営者の個人保証が事業承継の妨げになっているという話があ
り、他のところでデータを見ているのですが、保証なしの借入れをすると事業承継の
確率が増えるといった結果も出ているため、そういったところから退出の在り方を正
常化していくことはできるかと思います。
最後にM&Aの効果について、M&Aで新会社にしたときの効果が実はマイナスではない
かといったような話が見つかる可能性はあります。私が知っている結果は、M&Aなどを
見ると、合併した企業の生産性は少し大きくなります。ただ、それをプラスの効果とし
て退出効果から引いたとしても、退出効果はマイナスのままという結果を、宮川大介
先生たちは発見されているので、M&Aによってかえって悪くなることはないみたいです
が、それでも負の退出効果は残るというのが私の理解です。
○中里会長
孫様、お願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、土居委員の御質問について、特区をつくって課税はされたとしても補助金で
穴埋めするのはどうかというお話でしたが、よろしいと思います。大事なのは、きちん
と正しくやろうと思っているという政府からのメッセージが出ていて、応援したいか
ら特区をつくってでもこういうふうにやるというメッセージが届くと、彼ら彼女らは
勇気づけられると思います。ただ、これをやるのに3年かかりますとなると、スピード
が遅過ぎます。きちんとした税制をつくるには議論が必要で時間がかかるからまずは
こうしよう、というメッセージがすぐさま発信されることが重要だと思います。
次の質問にも関わりますが、起業家が開業地の選定をすることにそんなにロジカルな
理由はないのです。全てをApple to Appleで厳正に考えてここにしようとしているわ
けではないので、そういうメッセージが出て、応援している、どんどんやってほしいと
いうようになれば随分変わります。
それから吉村委員の御質問にもありましたが、税は開業地選定にあまり影響しませ
ん。ほとんどのスタートアップは最初の頃、ほぼ赤字です。先行投資をどんどんやって
成長させて、プルーフ・オブ・コンセプト、つまり、自分たちが新しくイノベーション
を起こそうと思っているプロダクトやサービスが、世に受け入れられるかどうかとい
う試行錯誤をしていきますので赤字なのです。ですから税の優遇があると言われても、
もともと赤字なのであまり影響がありません。
それよりもエコシステムが整備されていることが大変重要です。エコシステムとは
何かというと、結局は人であり、設備ではありません。もちろん、設備がしっかりして
いるから人が来るというところもありますが、その分野のことをやろうとしている先
駆的な人たちが集まると、みんなますますそこに集まってくるので、最初はコミュニ
ティをつくるためにそういった人たちをどう連れてくるかということだと思います。
これは分野によっていろいろ違います。例えば医療関係の最先端研究であれば、すば
らしい研究者の先生が日本にいらっしゃって、その周りにはいろいろな知見がたまっ
ており、そこを政府も応援すると、その分野の研究者たちやスタートアップの人たち
はどんどん集まるでしょう。
Web3の場合は、DAOを法人でいち早く認めるであったり、設立しやすいであったり、
そういう法的な部分の整備かもしれません。そして外国の人たちは基本的に日本に魅
力を感じており、日本に来たいと思っているのです。しかし、なかなかビザが取れなか
ったり、外国人にとって住みにくい環境だったり、そういうところでためらっている
という状況なので、その部分を解消していく地区がつくられれば随分変わるだろうと
思います。スタートアップのエコシステムの特に黎明期においては、税というよりそ
ういう施策の部分の方が重要だと思います。
○中里会長
それでは、質問に参ります。熊谷特別委員、お願いします。
○熊谷特別委員
まず孫先生に対してですが、お話の中でスピードという点を強調されていましたが、
これは恐らく根底では「無謬性」というものがネックになっているのではないかと思
います。ある種の社会のエートスの様なものがあり、これを変えるためには恐らくト
ップダウンで、何らかのボウリングのセンターピンもしくはブレークスルーみたいな
ものを発見して、それを一気に変えることがショック療法として重要であると考えま
す。先ほどDAOの法人格という話がありましたが、これも日本ですぐにはできそうな感
じがしないので、もし日本がブレークスルーとしてこれをやれば大きく変わっていく
という、ボウリングのセンターピンのようなものがあれば是非とも教えていただきた
いと思います。
滝澤先生に関しては、先ほど清家委員の御質問でお答えいただいておりますが、例
えば新しい資本主義の柱である無形資産投資や人的資本投資を税で優遇するときにど
ういう方策が考えられるのかという点を教えていただきたいと思います。
星先生には、コメントということで簡単に申し上げますと、恐らく本質的に言えば、
日本は今まで企業を救ってきましたが、中長期的な方向性として、産業と企業の新陳
代謝を前提にした上で、本当に困っている個人をきめ細かく救うような、そういうイ
ンクルーシブな政策に変わっていくべきです。ただ、そのためには前提としてデジタ
ル化が必要ですし、また、税と給付の一体改革、税と社会保障の一体改革が必要で、こ
こは非常にハードルが高いと感じます。もし星先生がお考えになる、ここがブレーク
スルーだというような点などがあれば、ぜひ一言いただきたいと思います。
○中里会長
足立委員、お願いします。
○足立特別委員
私のほうから二つ質問がございます。一つ目は孫先生に、二つ目は滝沢先生、星先生に
ご質問がございます。
一つ目は DAO への社会的信用を高めるための日本ならではの法整備についてです。たし
かに、DAOはブロックチェーン上で設立でき、スピーディーな資金調達が可能であ
る反面、従来の会社組織のように最低資本金が義務付けられず、やはりDAO法で登
録された企業体に法的責任をどこまでで課するかが課題かと思います。たとえばハッキン
グで資産が無くなった場合へのリスクもありますし、社会的信用を高めるため自主的に準
備金や保険制度の導入なども考えられるかと思いますが、まだまだ新しい DAO 法において、
孫先生は日本では特にどの点に留意して法整備が必要であるとお考えでしょうか。
二つ目は人的投資の質問です。デジタル化の潮流のなかで、各企業の経営成長には、労
働者の生産性を上げていくことが要となります。この労働生産性向上に対して、各企業が
人的資本投資を強化していくにあたって、税制からはどのようなアプローチができるとお
考えでしょうか。この点につきましては、たとえば、個人の学び直しとして、給与所得者
は特定支出控除として研修費・資格取得費が認められます。しかしながら、会社を辞め学
び直す者には、所得がないことから控除対象になりません。そのような場合、転職後の収
入から学び直しの費用を控除できる制度なども検討できるかと思います。また、高齢化を
背景に、令和 3 年の高齢者雇用安定法改正では創業支援等措置も加わるなかで、近年では
シニア起業が活発になっています。実際に、日本政策金融公庫総合研究所の新規開業実態
調査では、開業者に占める 50 歳以上の比率が 2020 年度に 26.3%に達しています。この
ような個人事業者として退職後に起業する場合には、現行の青色申告者の繰越欠損金の制
度を援用することなども考えられるかと思います。したがいまして,人的資本投資へのイ
ンセンティブを上げるために、税制からはどのようにアプローチができるとお考えでしょ
うか。
○中里会長
寺井委員、お願いします。
○寺井委員
私からは滝澤先生と星先生に、職業訓練の促進がどのような側面について有効であ
るかもう少し明確に知りたいと思い、質問させていただきます。
成長のための人的資本投資となるという点と、企業の新陳代謝を促しつつ、生産性
の低い企業から高い企業に労働者の移動を促そうとするとき、労働者の新技術の習得
を支え、厚生の低下を防ぐという二つの側面があることを教わり、非常に勉強になり
ました。伺いたいのは、様々なレベルの企業データを使っていらっしゃるということ
で、生産性の低い産業から高い産業に労働力を再配分するために政府にできることは
あるのかという点で、起業支援はその一つの方法だと思います。
もう一つは、職業訓練に産業間の労働力移動を促す力はあるのか。職業訓練へのイ
ンセンティブを政府が与えたとして産業間の労働力再配分は可能か。この点について
お教えいだたけたらと思います。どうぞよろしくお願いします。
○中里会長
それでは、滝澤先生、お願いします。
○滝澤学習院大学経済学部教授
お三方とも税制等に関連する質問をいただいたと思いますが、正直申し上げると、
データが十分でなく、私の方で実証分析ができているわけではないので、以下お答え
することは推測になりますが、まず熊谷特別委員からいただいた無形資産投資に関す
る御質問で、税で優遇するときの方策ということですが、企業と一口に言っても異質
性が非常に大きいので、十分に人材投資を行えているところもあれば、そうでないと
ころもあるということかと思います。そういった意味では、生産性を測ってみると、や
はり中小企業は労働生産性が低いですし、もちろん中小企業の中でも良いところはあ
りますが、中小企業は相対的に人材投資が少ないとも言われています。ですから、既に
やられていると思いますが、教育訓練費に係る法人税や所得税の特別控除を中小企業
向けにやっていくというのは方策としては一つあり得るかと思いますが、効果検証は
まだできていなかったのではないかと思います。
足立特別委員からは、労働生産性を上げるための人材投資・人的支援税制というこ
とで、中小企業に支援していくことは、実際政府もそういう方向でやっていると思い
ますが、正しい方向ではないかと思います。
寺井委員からは、職業訓練の促進と労働生産性ということで、例えばRIETI所長の森
川先生の御研究で、研究開発投資などいろいろな投資よりも人材投資のリターンが高
いと言われており、人材投資と労働生産性の間にはプラスの相関があると言われてい
ますので、そこを増やしていくことは間違いではないと思っています。それから、リア
ロケーションです。私は資源配分の研究をしていますが、日本はこういう負のショッ
ク、コロナや過去に金融危機等がありましたが、そういうショックの後のアロケーシ
ョンのメカニズムが悪くなるという結果が得られています。他国と比べて労働市場の
流動性が低いことに起因している可能性もありますので、そこを何らか促進する方法
が必要かと思いますが、あまり具体的に良い方法を思い浮かびませんが、例えばマッ
チング等余っているところから足りないところに適材適所で人が動くように、マッチ
ングの市場を政府がつくってやるということは考えられるかと思います。
○中里会長
孫様、お願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、熊谷特別委員からセンターピン、ショック療法は何だと思うかという御質問
だったと思います。私はいろいろな国の行政や政府の方々、政策立案者の方々とお話
をする機会が多いのですが、日本との圧倒的な違いを感じるのは女性と若者が多いと
いうことです。日本は恐らく女性と若者が少ないと思います。
そこで御提案したいことは、政策立案や意思決定をする全ての場にジュニアボード
のようなものをつくられてはどうかと思います。そこは女性と若者だけで構成し議論
します。そしてジュニアボードにおいて全会一致で決まったものは、正式な意思決定
機関でも絶対に取り入れるような権限を付与するみたいなことが行われると、随分違
うのではないかと思います。
これさえやればがらりと変わるというものはないですが、外から見ていて一番足り
ないと思うのは、意思決定における女性と若者の参画が圧倒的に少ないことだと思い
ます。
それから、足立特別委員からの御質問ですが、普通にそういう議論をしていくと、普
通の会社と同じになってしまうと思います。DAOは実際に参加してみないとピンとこな
いところが正直あります。うまく話せる議論のプロトコルがないのでこういう言い方
になってしまうのですが、一つの例をお話ししますと、先日ウクライナDAOというもの
が組成されました。これはウクライナで医療物資が足りず困っている医療機関があり、
そこに対してサポートをしたい人たちがいて、3日間だけDAOを組成してファンドレイ
ズが行われたものです。3日間で日本円にてして7億円ほど集まりました。
発起人はロシア人の女性アーティストで、モスクワの赤の広場でもろに政権を批判
する曲を演奏したりするパンクバンドです。今はニューヨークにいますが、彼女たち
が発起人になったのです。それに対して、彼女たちをよく知っているさらなる社会的
信用を持った人たちが、彼女たちがやっているのは本気だというエンドースメントが
ネット上で行われ、それに対してトークンを発行するという議論がされていきました。
このやり取りがリアルタイムで全て透明に公開されていて、我々はみんな見ているの
です。そしてDAOはその日に組成されました。とにかく急ぎでやらなければいけない、
明日にでも届けたい、3日間で組成して実行する、という感じで、すぐにトークンが購
入されて実際に本当に届いたのです。
これを実際に銀行経由で送金しようとすると、まずウクライナの銀行システムに全
銀システムを通じて送るとかになると思いますし、信用がおける慈善団体を通じてと
なると、いつ届くか分かりません。東日本大震災のときもそうでしたが、すごく後にし
か届かないのです。しかも、これらは目的通りに本当に使われたかどうかのトレーサ
ビリティーがないのに対し、ウクライナDAOはきちんと全てが透明に行われます。ブロ
ックチェーンであるメリットは全てがトレースできるところにあります。こういった
ものが整っているからこそ、DAOをすぐにつくってやろうということが成り立ち得ると
いうカルチャーなのです。ウクライナDAOがどこで組成されて、それが所属する法人格
はどこの国なのかなどは宙ぶらりのままですが、実際には大変機能しているわけです。
今の法人格のフレームワークでは通じないことは幾らでもありますが、DAOはそういう
世界なので、それらを踏まえたDAO法をこれから考えて頂きたいと思います。
○中里会長
星先生、お願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
日本は今まで企業を救ってきましたが、もっとインクルーシブな、そのシステムで
は救われていないような労働者も救うようなシステムに移っていかなければいけない
と思います。ただし、これは中長期的な問題ではなく、短期的にやらなければいけない
ことで、やれることではないかと思います。
それはどうやってやるのかというのが寺井委員からの質問の一つで、職業訓練など
をどうやって促進するのかという話だと思いますが、いろいろなことができるのでは
ないかと思います。最終的にはやってみないと分からないことが多いので、いろいろ
な政策をやってみて、うまくいくものを使っていくことが必要かと思います。具体的
な話を一つすると、コロナで特に被害を受けた労働者の方々がいらっしゃり、パート
タイムの女性が一つのくくりですが、そういった人たちが今までとは違い、コロナ後
の経済で需要が増える産業に就職できるようにリスキリングをしていくこと。例えば、
そういう人のためのコーディングのカリキュラムみたいなものをつくって、それでサ
ーティフィケートをあげたり、就職を斡旋したりすることができるかと思います。例
えばデジタルスキルは現在特に不足しているところで、同時にプログラミングやコー
ディングの知識は昔よりも非常に簡単に習得できるようになっていますから、大学の
ディグリーがあってもなくても習得できる形になっているかも知れません。今まで特
に人的資本投資や職業訓練が行き届いていなかった人たちに、スキルの向上の機会を
届けてることはやってみる価値があるのではないかと思います。
○中里会長
辻󠄀委員、お願いします。
○辻󠄀委員
私から端的に二点お伺いしたいと思います。
一点目は、星先生に対して、退出の質を高めるというのは非常によく分かりました。
この中で、ゾンビ企業が特定の産業に集中していたり、産業ごとに多寡があると、これ
までの伝統的な産業政策、産業内調整を一方で図ると同時に、マクロで産業間調整を
図っていくような伝統的な手法を使いながら質の高い退出を図っていくことも可能性
が出てくるのですが、産業横断的にゾンビ企業が見られていて、しかも、企業間で垣根
を越えて移動していかなければならないとなると、今までの産業政策と全く異なる発
想からいろいろな商品を組み立てていかなければならないということになるのではな
いかと思います。もちろん後者の方が理想的ですが、産業育成の仕方も根本的に改め
ていかなければならないので困難も伴うと思います。現実的には、ゾンビ企業の話、産
業内調整や産業間調整、アンチ産業政策の発想でもいいと思いますが、その延長線上
で組み立てられるものかどうかをお伺いしたいと思います
二点目は、星先生、滝澤先生に共通しますが、経済学で成長のモデルを考えると、人
とそれ以外の労働生産性の話になり、人口減少か労働生産性かという話になると思い
ますが、実態的に考えると、労働者の高齢化が結果的には低生産性や低成長率に結び
ついている実感を多くの人は持っているのではないかと思います。今日のお話の中で、
ALMPや研修に金を使うという、これも割と伝統的に経済学的に認められる手法を御提
言されたのですが、果たして本当に私に金を使ってICT研修をしてもらって生産性が上
がるのかと言われると、甚だ自信がないところがあります。加齢が進んでいる中で退
出の質を高めていく施策をもう少し骨太にといいますか、理論的にでもいいので、経
済学的に考えたらどのようなことがあり得るのかを星先生にお伺いしたいと思います。
あわせて、滝澤先生から、ICT投資がなかなか労働生産性の改善に結びついていない
ということで、研修時間に着目したマクロの分析をされましたが、果たして研修時間
の多寡によって本当に上がるのかどうなのかということ。それから、在宅勤務が上が
ったという話と意外に下がるという話の両方を例示されていましたが、これが加齢と
いう要素を除くと制度的には良い方向に行っているのかどうかということ。その点に
ついての感触をお伺いしたいと思います。
○中里会長
沼尾委員、お願いします。
○沼尾委員
手短に、一点目は孫さんに、二点目は星先生にお伺いします。
まず孫さんに質問しますが、DAOについて大変勉強になりましたが、DAOが例えば特
定の地域の環境やコミュニティづくりみたいなことを目標にしていった場合に、恐ら
く地方政府と似たような形で地域づくりみたいなことに関わっていくことが十分あり
得るだろうと思いますし、こういうふうに資金調達をしてパブリックグッズを整えて
いくという形で、理念に共感した方々が地方政府のようなことをやるということが出
てくると思います。そのときに、地方政府とのすみ分け、競合あるいは連携になるの
か、あるいは地方税の形がどのようになり得るだろうということについて、何かイメ
ージしておられるものがあれば今後のDAOの可能性との絡みでぜひ教えていただきた
いと思います。
次に星先生に質問しますが、先ほど退出効果が負ということを考えたときに、私は
地方のローカル企業などをイメージしてしまうのですが、そのときに、例えばある企
業が抜けることで、そこで働いている人の雇用の問題もあると思いますが、そこに例
えば地域の産業連関があったときに、川上・川下企業への影響や、その地域経済全体で
の経済循環に対する影響も出てくるのではないでしょうか。そういったことを考えた
ときに、労働者を守るという視点も大事だと思いますが、ある種の地域の中での経済
循環や持続可能性をどう考えるかということがもう一つの視座としてあり得るかと思
います。そういったところも含めた政策について、そこの地域はその産業自体がもう
無理だということになるのか、ぜひ何かお考えがありましたらお聞かせいただければ
と思います。
○中里会長
田中特別委員、お願いします。
○田中特別委員
孫さんのお話はすごく魅力的で、中小企業や地域が参加できる訓練にならないかと
私も思いました。特にクリエイティブクラスが集まってくると良いような、工場の集
積や、そういう技術集積があるような地域の再生は、何か手を打たないと企業どうこ
うという話だけでは済まない気がしますので、その点についてお考えをお聞きしたい
と思います。
それから、労働生産性の話は、マクロの話としてはすごく納得できますし、よく整理
された話だと思いますが、いつもゾンビ企業というと中小企業というふうに言われる
ので、中小企業の概念について、例えばデータに使われている中小企業はどんな中小
企業なのかということも意識する必要があると思いますが、中小企業の85パーセント
は小規模企業で、せいぜい社員が3人ぐらいの企業です。このデータを全部ひとまと
めに中小企業として使って判断をすること、それから、業種別によっても全然違うの
で、この辺りはマクロの話から踏み込むときにはもっと細かく考える必要があると思
います。こういった中で、中小企業、地域、地方をどうしていくのかといったことにつ
いて、御意見を伺いたいと思います。
○中里会長
武田委員、お願いします。
○武田委員
一点目は、孫さんへの質問です。人の集積、エコシステムが大事というご主張は、本
当にそのとおりと共感いたします。一方で、DAOが広がる場はサイバー空間、メタバー
ス上で広がっていく中で、物理的な線引きそのものがなくなっていく中では、国ごと
の法整備も必要になってくると思いますが、同時に国際的なルール形成の動きもある
のか、伺えればと思います。
二点目は滝澤先生への質問です。労働の質の重要性、企業パフォーマンスと人材関
連施策について御提示いただきました。先程も若者と女性という御指摘がございまし
たが、労働の質を考えるときの多様性をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。
14ページの結果にもその辺りが垣間見られている気がしますが、ぜひ教えていただき
たいと思います。また、労働の質と言ったときに経営の質は御考慮されないのかどう
かについても教えていただきたいと思います。
三点目は、星先生への質問です。退出の質の重要性が労働市場の流動性とも絡んで
おり、かつ、積極的労働市場が必要という点に共感いたします。同時に、流動性を高め
るには積極的労働政策だけでなく、働き方に中立な税制にしていくことも重要なので
はないかと考えておりますが、その点についてお考えをお聞かせいただければと思い
ます。
○中里会長
それでは、滝澤先生、お願いします。
○滝澤学習院大学経済学部教授
辻󠄀委員から御質問いただきましたが、私も当初、高齢化と低成長率が関係あるので
はないか、あと、有名な労働経済学者のラジアーという人がいますが、彼がクロスカン
トリーの分析で、日本はすごく高齢化が進み、そのせいでイノベーションが起きてい
ないという研究成果がありましたので、私どもも労働経済学者と協力して、企業内の
年齢の構成と、プロダクトのイノベーション、製品の追加や、既存製品の入替えなどと
の関係を分析しました。特に、早期希望退職制度との関係で、その後イノベーションが
起きているのかどうかを分析したのですが、必ずしも高齢化がそうした製品や新製品
の追加、イノベーションにマイナスの影響を与えているかというと、今回の分析では
そういった結果がありませんでしたので、必ずしもお年寄りの方が増えていくことが
ダイレクトにマイナスにということではないというのが、私どもの研究ではあります。
それから、在宅勤務ですが、私が今後続けていったほうが良いと思っている理由の
一つは、もちろん生産性とどんどんつながっていくと良いと思いますが、これから高
齢化が進んで介助が必要な方や、震災等が起きる可能性が高いので、そういった状況
でも仕事が続けられるようにという意味で、在宅勤務を進めていくべきだと思ってお
ります。
それから、武田委員からの御質問について、労働の質の重要性は私もお話しさせて
いただきましたし、若年と女性は非常に重要だと思います。特に女性の労働参加が低
賃金の職種に増えてきているのですが、そうした方々はパフォーマンスが最大限発揮
できるところに労働参加できているのかというと、必ずしもそうではないように思い
ますので、先ほどの星先生のお話とも関係しますが、適切なところに配置をすること
が重要だと思います。
それから、コロナのアンケート調査から、20代以下の若年への人材投資がコロナ前
と比べるとやや減っているという結果が出ておりますので、長期的にも、若い段階、20
代に知識を蓄積したことで、それ以降の例えばイノベーションの創発に関係が出てく
るかと思いますので、特に若者や女性に支援をしていくことは重要だと思います。
それから、経営の質について、今回、成長会計の中には入っていないですが、無形資
産の中で組織資本も私どもは計測しており、それが一番近い概念かと思います。オー
ガナイゼーショナル・キャピタルです。これの蓄積も無形資産を国際比較すると日本
は少ないと言われていますので、マネジメントと関係あると思われる組織資本への投
資も今後増やしていく必要があろうと思います。
○中里会長
星先生、お願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
武田委員の御質問で、積極的な労働政策だけでなく、中立な税制も必要ではないか
というのは、全くそのとおりだと思います。
それから、田中特別委員の御質問ですが、中小企業はいろいろなところがあるので、
もう少し詳しく見なければいけないというお話は、それはそうだと思います。一つ誤
解があるのは、ゾンビ企業は中小企業に多いという仮定です。中小企業がゾンビ企業
だということを言う人もいるのかもしれませんが、これは関係なくて、むしろゾンビ
企業は大企業に多いです。もともと私達が最初にゾンビ企業の論文を書いたときは上
場企業だけが分析対象でした。大企業の中でも比較的小さい大企業にゾンビ企業が多
いということはありますが、全部大企業には変わりありません。中小企業と比べても、
最近、生産性上昇率が低下したのは大企業の方だということを深尾先生たちが発見さ
れていて、大企業の方が問題だというのはいまだに続いているかと思います。中小企
業のゾンビ化もあるようで、最近私もデータを見始めたのですが、1990年代に始まっ
たというよりは、2000年代の後半ぐらいから中小企業の方も問題になってきたという
ところかと思います。中小企業は割と新陳代謝が最近までは激しかったので、ゾンビ
企業の問題イコール中小企業の問題というのは誤解だと思います。
それから、沼尾委員の御質問で、雇用だけでなく、地方の産業を支えている企業を守
ることが重要なのではないかという話だったと思いますが、本当にそういう重要な企
業だったら、今ある企業が潰れたとしても他の企業が入ってくるのではないか、ある
いは周りの川上・川下の企業がサポートするのではないかという議論はできると思い
ます。あとは、地方の産業全部が駄目だという話があるのかもしれませんが、それをサ
ポートするかどうかというのはまた別の話かと思います。
最後に、辻󠄀委員の高齢化の話ですが、滝澤先生がおっしゃった結果はある程度納得
ができて、これを理解するために役に立つ一つの考え方は、スキルというのはマルチ
ディメンションだというものです。その中には若い人が習得しやすいスキルもあれば、
年を取ってきて初めて分かることもあるのではないかということです。たとえば、チ
ームをまとめていく調整能力は年を取ってからの方がついてくると思います。そのた
め、そういういろいろな能力を組み合わせて、チームとして生産性を上げることが重
要かと思いますし、そうすると、我々年寄りの役割もまだあるように思います。
○中里会長
孫様、お願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、DAOが特定の地域やコミュニティに関わるパブリックグッズやコモンズをうま
くマネージする可能性があるのではないかという沼尾委員からのご質問ですが、まさ
にそうだと思います。私も今いろいろなDAOに注目をしているのですが、新しいDAOの
動きとして一つ例を挙げると、フォレストDAOというものがあります。私有地として分
散所有され、所有者の高齢化が進み引き継ぐ人もおらず山が荒れてしまった大きな森
林地帯がありました。そこでみんなでお金を出し合ってDAOをつくり、みんなで買い取
ってまとめようという試みがフォレストDAOです。そして、そこに森林トークンを発行
します。トークンを持っている人のメリットは、山の幸みたいなものを採って販売し
たした際、トークンを持っている人が優先的に買えるとか、木材を切り出し販売した
際に配当が入ってくるとかになります。例えば住宅メーカーとダイレクトに取引をし
て、中間を排して従来の森林の木材資源のサプライチェーンを飛ばしてイノベーティ
ブな取引をすることで、その収入がきちんとDAOに入ってくるようにすれば、その配当
が4~5パーセントぐらいの利回りになるかと思います。長期債権を持っているぐら
いの利回りにはなりますが、普通の債権よりも、具体的に森を守りながらきちんとや
っていこうという社会的な意義があるので、この森が好きだからぜひトークンを買い
たいということでお金が集まるDAOも生まれています。
この例はあらゆる自然資源に適応できると思います。特に高齢化が進む日本では、
漁業権を持つ漁師さんが高齢化し漁に出られないであったり、過疎化と高齢化で耕作
放棄地がどんどん増えていったりしていることがありますので、こういったところで
DAOをつくれば、参入と退出がDAOによって起こるという可能性が十分あり得ると思い
ます。
そういった意味で、地方政府とは競合では全くなく、今までのやり方だとどうして
もしがらみがあってできないとか、議会のコンセンサスが取れないとか、そもそも資
金調達ができない、税収だけでは賄い切れないような場合に、民間でDAOをつくって、
パブリックグッズもしくはコモンズと呼ばれるものをきちんとマネージしていくとい
う動きが出てくるだろうと思います。
私は本日、こういった主体をどう法的に整備・促進してあげられるようにするかと
いうことで、DAO法の整備が必要だと申し上げてきました。Web3、インターネットがリ
アルの社会の行き詰まっている部分を解消できる可能性があると思うからこそ興奮し
ているわけであります。
田中特別委員がおっしゃったこととも非常に親和性が高く、DAO自体は非常に民主的
に投票で行われますので、公的なミッションを持った用途に向いていますが、先ほど
の森林DAOでいえば、木材を実際に加工したり、販売したりという活動をやること自体
はDAOでは難しいので、企業体の人たちがその実務を担うことで、DAOとそれをうまく
できる中小企業の人たちとのコラボレーションが起こると思います。このようなコラ
ボレーションは、その地に根づいている中小企業のほうが非常にうまく機能します。
また、その分野の課題を一番よく分かっている中小企業の人たちが、自分の会社だ
けではどうにも解決できない領域でDAOをつくることで、営利的な経済活動をする企業
体とDAOが双子のような存在でミッションを推進していけるのではということが世界
中で語られています。
武田委員の御質問にも関わるのですが、この可能性を語っているのが先ほどのよう
な若者たちであるということに私は感動しています。もともとインターネット自体、
サーバーを持ち寄って、バケツリレーでつないで出来上がったグローバルネットワー
クでしたので、みんなで運用しているコモンズだという感覚がとてもありました。そ
れがどんどんとビジネス用・産業用のプラットフォームに成長し、Web2の世界では一
部の企業が独占的にプラットフォームを牛耳るようになってきました。
これが今、お金も含めて価値のやり取りができるテクノロジー、ブロックチェーン
やクリプトを使ってDAOなどが運営主体となり、実際の活動をインターネット的に、つ
まりWeb1のときのコモンズをつくるような形で、トレーサビリティー機能を持ったト
ランスペアレントなインフラストラクチャーができつつあります。Web1世代の私から
すると、大好きだったインターネットが戻ってきているという感覚が大変あります。
インターネットの30年の歴史を振り返ると、最終的にはそれぞれ受益者がその地域
地域でローカルな使い方をしているのが今でも多いと思われます。もちろんグローバ
ルなものについては国際的な取決めをしていくことが必要ですが、Web3は当面、ロー
カルなものの新陳代謝を促進する形で発達していくのではと考えています。
かつてWeb1がそうでした。Web1のときも、グローバルなネットワークがいきなりで
きたのではなく、ローカルなインターネットが生まれて育ちグローバルになったので、
Web3もこれからローカルな動きを促進してくれるだろうと考えています。
○中里会長
ありがとうございました。
活発な御議論をいただき、大変有意義な総会となりました。改めまして、孫様、滝澤
先生、星先生におかれましては、貴重なお時間を頂戴し、心より感謝申し上げます。
なお、委員の方の中には時間の関係もあって御発言を遠慮なさった方も随分いらっ
しゃるのだろうと思いますが、その委員の方々の御意見については今後じっくりとお
伺いさせていただきたいと思います。
それでは、これで本日の議題は終了となります。次回以降も引き続き、経済社会の構
造変化等について有識者からのヒアリングを行いたいと考えております。具体的な日
程等については、決まり次第、事務局から御連絡いたします。
また、本日の会議の内容は、この後、私の方から記者会見で御紹介したいと思いま
す。
お忙しい中御参加いただき、ありがとうございました。
[閉会]
PDFファイルを表示(20220519_4zen9kaigiji.pdf)
第9回 外部有識者からのヒアリング 議事録 (PDF形式:567KB)
税制調査会(第9回総会)議事録
日 時:令和4年4月15日(金)12時00分
場 所:WEB会議(財務省第3特別会議室を含む)
○中里会長
それでは、ただいまから第9回税制調査会を開会します。
本日の出席者一覧は、お手元にお配りさせていただいており、オンラインでの御出
席の方についても、現在、全員の皆様との接続が確認できております。
オンラインで御出席いただいております方におかれましては、会議の途中でパソコ
ン操作などに支障が生じましたら、あらかじめお伝えしております事務局の電話番号
に御連絡をいただければと思います。
それから、プレスの皆様には、密回避のため別室にてリアルタイムで会議の模様を
御覧いただくこととしております。
加えて、インターネットでのリアルタイム中継も行っておりますので、その点もお
含みおきください。
それでは、議事を進めてまいります。
前回から引き続き、経済社会の構造変化等について、有識者の方々へのヒアリング
を行いたいと思います。本日は、第2回目のヒアリングとして、「企業の成長や起業」
をテーマに有識者の方から御説明を頂戴したいと思います。
本日は、Mistletoe創業者の孫泰蔵様、学習院大学経済学部教授の滝澤美帆先生、東
京大学大学院経済学研究科教授の星岳雄先生からお話を伺います。
先生方、本日は本当にお忙しい中御出席いただきましてありがとうございました。
なお、星先生におかれましては、所用により後ほど御参加いただくことになってお
ります。
それでは、ここでカメラの皆様は御退室をお願いいたします。
(報道関係者退室)
○中里会長
それでは、有識者のヒアリングに入りたいと思います。
孫様、滝澤先生、星先生の順で御説明をいただき、その後、委員の皆様から御意見等
をいただきたいと思います。
まず、孫様から御説明をお願いします。
○孫Mistletoe創業者
それでは、プレゼンテーションをさせていただきます。私が大学生の頃、インターネ
ットが登場しました。その出会いがきっかけとなって、学生時代にヤフー・ジャパンの
立ち上げに参画しました。それ以降、自分自身でも起業し、株式上場などの経験も積ん
だ後、若い後進の起業家たちのことも応援したいと思い、起業支援家・投資家として、
インターネット関連技術の分野を中心にスタートアップのサポートを始めました。サ
ポートをやっていくなか、シリコンバレーなどでは次々に新しいスタートアップが生
まれてくるわけですが日本はそうでもない。彼我の差はどういう違いなのだろうとい
うことを深く研究したところ、いわゆるスタートアップを取り巻く環境、成長を支え
る環境となるスタートアップ・エコシステムが非常に重要であることに気がつきまし
た。現在は日本及びアジアにおけるスタートアップ・エコシステムの構築に注力して
います。
私は、たった一人の、最初はみんなから「何だ、これは」と言われるようなアイデア
であっても、起業家の力を非常に信じています。少しでも世界を良くしていきたい、課
題を解決したいという起業家を支援するエコシシテムを構築することで、ソーシャル・
インパクトを生み出していこうと精力的に取り組んでいる状況です。
最近ではインターネット関連だけでなく、人工知能やディープテックと呼ばれる大
学や研究所などで基礎研究がなされたものを社会実装するスタートアップもたくさん
出てきています。私は、私自身が起業家として幸運にも得ることができた資産は社会
に還元するべきだと思っているので、ほぼ全額をそういった分野の企業も含め、初期
の段階からエンジェル投資家として再投資をすることによって還元しているつもりで
す。支援先は日本を中心に始めましたので、日本が多いのですが、世界14か国200社以
上のスタートアップやベンチャーファンドを支援しています。
また私は現在、シンガポール在住ですが、実はこれにも理由があります。日本の企業
に投資をする際は、私どもの日本法人から投資をしているのですが、グローバルに投
資をしようとすると、日本からだといろいろなハードルがあります。日本はグローバ
ルへの投資環境としては悪くはないのですが、最高ではないということでシンガポー
ルに在住し、シンガポールを拠点にグローバルな投資をやっています。
では、これからの時代の変化として皆様にぜひ今日御紹介したい内容をお話させて
頂きます。私は、30年弱ぐらい前のインターネットの黎明期、1995年か1996年頃に今後
さまざまなイノベーションが起こるだろうと大興奮していました。当時のインターネ
ットは一部の人しか使っていない状況でしたが、私は将来絶対にあらゆる人が使うよ
うになるだろうと考え、インターネットを、より便利に、より高機能でいろいろな用途
に使えるようにするため、自分自身も技術開発に参画してきました。
私はこれからの10年ぐらいの間、インターネットが普及してきた当時のような大き
な変化が起こると既に確信しましたし、現在、多くの人も同じことを言い始めていま
す。それが何なのかと言いますと、「Web3」という言い方を多くの人々が最近し始めて
いる動きです。
私がインターネットに携わった頃は「Web1」だったのです。それから、ソーシャル・
ネットワークやウィキペディアみたいに、多くの人たちがみんなでコンテンツをつく
り合って、一つの大きなものをつくっていく「Web2」みたいなものが始まっていきまし
た。この辺りからインターネットビジネスが非常に大きく育っていき、ベンチャーキ
ャピタルなどがどんどんサポートしていったことによって、いわゆるシリコンバレー
の大きなベンチャー、例えばアマゾン、グーグル、フェイスブックなどグローバルなプ
ラットフォームを提供する会社が出てきました。
しかし昨今ではプライバシーの問題などから、中央集権的に一つの会社に全部のプ
ラットフォームや情報インフラを運営してもらうことは本当に良いのか、という話題
も上がってきています。インターネットが中央集権的になりかけていることに対して、
ブロックチェーンやクリプトと言われる技術を用いることで、再度、自律分散的な形
で、政治・経済・社会のシステムが動くようにしようという動きが出てきており、この
動きのことを「Web3」と人々は言い始めています。
実際、「Web3」関連のスタートアップだと名乗り、そういった技術を活用して新しい
ものを生み出し始めているようなスタートアップがここ3~4年の間に爆発的に生まれ
てきています。私は30年近くずっとインターネットを定点観測してきましたが、これ
らの中には、考え方や技術の使い方が全く違うような、もっと言うと組織の在り方す
らも違うようなスタートアップがたくさん出てきています。
今非常に有名になりつつある存在として、その中でも代表的なスタートアップ創業
者を紹介すると、暗号通貨のイーサリアムの考案者であるヴィタリック・ブテリン、ア
マゾンウェブサービスというクラウドがありますが、そのクラウドの在り方を根本か
ら変えてしまうようなIPFSという分散型のインターネットファイルシステムを考案し
たホアン・ベネット、それから取引所を運営しているサム・バンクマン・フリードなど
がいます。彼らはみんな1990年代前後生まれで非常に若いですが、彼らの会社やシス
テムは急成長を遂げ、ユーザー数も何千万、何億単位の人たちが使うようになってき
ていますし、ビジネス的にも産業に対して大きなインパクトを与えるぐらいの規模に
なりつつあります。
この流れはここ3年ぐらいの話なので、ほとんどの方がまだ知らない動きですが、
これまでのインターネットの蓄積がありますので、一回生まれ始めると成長のスピー
ドが爆発的に速く、誰もWeb3の全貌が分からないと言われるぐらい、毎日新しい動き
がどんどん生まれてきている分野になっています。
もちろんそれだけだったら今まで同様、新しいジャンルのテクノロジーが生まれて、
新しい産業が生まれるというだけですが、今回のWeb3は、私が思うに、単なる新しい産
業分野、新産業分野が生まれたというだけではないインパクトをもたらしそうだとい
う気がしてなりません。
それはどうしてなのかと言いますと、共同して大きなことをやる仕組みは、今まで
合資会社、株式会社、クラウドファンディングなどと変遷してきたわけですが、Web3以
降、DAOと呼ばれている新しい富の創出の仕組みが次々に生まれてきています。DAOは
Decentralized Autonomous Organizationと言いまして、直訳すると自律分散組織とな
るのですが、昨今みんなDAO(ダオ)と呼んでいます。組合というとちょっと古めかし
い感じですが、本質的には組合に近く、クリプトやトークンと言われるものを使った
エコノミーを持つ新しい組織体です。
このDAOが2020年までは全世界で100ないし200しかないと言われたのが、昨年だけで
4,000も誕生し、その総資産は昨年末で約1兆円弱ぐらいまで成長しました。参加者も
昨年末で160万人でしたが、4か月ほど経った現在は恐らく200万人を超えており、総資
産も1兆円は優に超えていると言われています。正確な統計が取れるような状況ではな
く、もう少し数字は大きいだろうとも言われているのですが、とはいえ、いかに急速に
生まれ大きくなり始めているかということは分かっていただけるかと思います。
我が国のスタートアップを支援していくときに直面する課題としては、優秀な起業
家をいかに世界から自国に集めてくるかという、エコシステム間の獲得競争になりま
す。そしてエコシステムの充実度を測る指標で統計を取っている格付機関も生まれて
きており、そのランキングによると日本は21位です。インターネットでいろいろな国
の人たちがつながり、新しいことを始めようという際、法人は取り巻く環境の良い国
で設立しようとなるので、そういった意味で言うと、日本が創業の地として選ばれる
ような状況にはないというのが正直なところです。
今後はWeb3が大きな流れの中心になるわけですが、実際日本でWeb3関連のことをや
りたいと言っていたり、実際に立ち上げたりしている人たちから生の声を聞いてみま
した。そうすると日本はいろいろやりにくいとか、社会的な理解がなさ過ぎて運営す
るのがしんどいという声がたくさん上がってまいりました。
日本はこの分野で世界に遅れてしまうと、私は致命的だと思っています。自分自身
がインターネットをずっと見てきて、これまでの20数年間はWeb3という新しい動きの
ための前哨戦というか、前さばきでしかなかった。これこそが本来のインターネット
革命と呼ばれる内容の本番だという感じがしてならないです。
この分野で起業しようとしている若者たちが日本にもたくさんいるのですが、なか
なかやりにくいという声を上げているということがあり、私はこのやりにくさなどを
改善していきたいと考えています。
では、どうやったら日本人もどんどん起業し、優秀な起業家も海外から来るように
なるのか。有識者の多くの方も指摘されていますが、日本はいわゆるオプトイン社会
と呼ばれており、法整備や改正が追いついていない領域、未整備領域というのは未整
備なので駄目とも良いとも書いていないが、やってはいけないのではないかという空
気があります。つまり、良いですよといわれたもの、ホワイトリストだけが良いという
形になり、それ以外のものは、どうなるか分からないし、社会に混乱が生じてはまずい
ので、やるべきではないのではないかいう空気が流れるのです。
それに対してアメリカなどの場合は、オプトアウト社会だと言われています。法が
整備されていないのであれば基本的にはやってよくて、その状況を見たときに、明ら
かにこれはまずいということがあったら、すぐさま禁止事項が追加されていく。それ
以降はもう絶対にやっては駄目となっていく。
Web3の分野は、グレーゾーンというべきなのか、未整備領域になります。先ほどの日
本の子たちがやりにくいといっているのは、やって良いのだろうかという不安、もし
くは応援されていないという感覚を持っていて手が出せない。その間によその国の人
たちは次々やっているという状況があります。
そこで私が申し上げたいことはシンプルで「未整備領域でもやってみていいよ」と
背中を押したり、応援したり、そういう社会をつくっていこうということです。そのと
き、もし何か実際に問題が発生しそうな場合には議論すべきですが、その議論は実際
にやっている当事者と規制の担当部局の方々でお話をする。今はそういう議論をする
場もないし、彼ら彼女らは自分たちの声が届かないといっているのです。
この場もそうなのかもしれないですが、当事者の人たちが入れないことが多いと思
います。若い子たちが当事者なので、彼ら彼女らが呼ばれることがなかなかないので
はないかと。ですので、現場の人たちを入れて議論をするような場をつくる。このやり
方は今までとは違うかもしれませんが、少なくともイノベーションが起ころうとする
分野においては、こういう気風をつくることがすごく重要だと考えます。
私は経済産業省がやっているJ-Startupというプログラムにも関わらせていただい
ていますが、そこではスタートアップの人たちを巻き込んだとても良いコミュニティ
ができていて、すごく良いディスカッションが頻繁に行われています。
ですから、できないはずはないと思います。Web3の分野の未整備領域は、特に税制が
関わっています。金融の領域にも関わっています。それからDAOが法人格として現時点
では認められていないので、どうやってつくればいいかということも問題があります。
会社法の関係もあります。
アメリカの幾つかの州では、昨年の暮れ頃からDAO法という法律が出来始めています。
私たちも今、Web3に取り組めば後れを取ることはないと思いますので、こういう議論
が活発になることへの期待も込めて提言をさせて頂きました。
○中里会長
続きまして、滝澤先生、御説明をお願います。
○滝澤学習院大学経済学部教授
私はマクロ経済学に関連する研究を行っており、企業行動に関する実証分析や生産
性に関する研究に取り組んでおります。本日、私が取り組んでいる研究で、日本の生産
性の向上にとって重要と思われる無形資産、人的資本投資と働き方に関する研究を御
紹介できればと思います。
日本経済の低成長が続いていることは御承知のとおりだと思いますが、国民経済計
算によると、95年から2020年までの実質GDP成長率の平均値は0.7パーセント。バブル
崩壊以前は80年代の実質GDP成長率は平均で4パーセントを超えていたのに比べて、非
常に成長率の低さが際立っていると思います。
2ページ目に長期統計に基づく研究を引用しておりますが、それによると、マクロ
経済の成長会計の結果、近年の経済成長率停滞の要因は、少子高齢化による労働投入
の減少によるものではなく、労働生産性の上昇の低迷によるものであったと指摘され
ています。
なぜ労働生産性が伸びなかったのかということで、3ページ目の図です。こちらの
図は、1995年以降の労働生産性成長率を労働の質の向上、資本装備率、労働時間当たり
の資本投入の上昇、それから、全要素生産性の上昇を内容とする3種類の寄与に分類
した結果を示したものです。
まず、労働生産性成長率ですが、95年から2000年は平均1.9パーセント程度で、2015
年以降はマイナス0.15パーセントと低下しています。この内訳を御覧いただきますと、
第1に資本装備率上昇の寄与が鈍化していることが分かります。第2に、労働の質の
向上の寄与も低下しており、近年はマイナスの寄与となっております。第3に、TFP、
全要素生産性ですが、こちらは期間によってまちまちの寄与の貢献が見られます。で
すから、労働生産性の成長に対する寄与・貢献が、傾向的に低下している資本装備率と
労働の質というのが労働生産性の低迷の問題を解く鍵になりそうであると思います。
4ページ目は参考までに、労働生産性水準、レベルを産業別にアメリカと比較した
結果です。産業それぞれで、おおむねアメリカと労働生産性格差があることが分かり
ます。
先ほど、労働生産性の低迷について、資本装備率と労働の質が関係していると申し
上げました。前者の資本装備率、つまり資本蓄積の乏しさを解明することは非常に重
要な研究対象ですが、本日は特に労働の質の向上に関連する人的投資、人材投資を含
む無形資産に注目した議論を行いたいと思います。
人への投資を強化するために、政府も3年間で4000億円規模の政策支援を行うこと
を明らかにされていますが、労働の質向上は一丁目一番地になりつつあると思います。
では、そもそも日本の無形資産の水準はほかの先進国と比べてどの程度かというこ
とですが、5ページ目は日本及び諸先進国の最新のデータを基に作成した無形資産投
資のGDPに対する比率で、ソフトウェア、R&D、人的資本投資、そして無形資産投資全体
について示したものです。
これを見ると分かりますが、ソフトウェアやR&D投資は他国と比べてもGDPに対する
比率は遜色ない水準にあります。また、97年からの10年間、2008年間から10年間で見て
も水準がやや上がっておりますので、投資の伸び率もプラスであったということが推
測されます。
一方で、人的資本投資ですが、こちらは非常に水準が低いレベルにあり、特に近年に
かけて低下傾向にあることが分かります。もちろん、この人的資本投資の計測方法が
完全に諸外国と一致しているわけではないため、水準の比較には注意を要しますが、
時系列で見ると低下傾向にあることが分かります。
R&D投資やICT投資が国際比較をしても少ないわけではないのに、なぜ労働生産性は
上昇しないのでしょうか。日本において、ICT化を進める動きが見られた一方で、労働
生産性の向上が達成できていないということは、単純な労働の代替すらも生じていな
いことを意味する結果とも言えます。つまり、R&D投資やICT投資を行っても、それを有
効活用できていない現状があるといった推測ができます。
7ページ目は、IT化と労働生産性の関係を見たものです。IT化率変化率と労働生産
性変化率の間には相関がないように見えます。
8ページ目は、私どもが実施したICTと人的資本投資に関する企業アンケート調査の
結果で、ICT導入時に人材投資を行ったかどうかに関する集計結果を示しています。ど
ういった人材投資をICT導入と同時に行ったのかということですが、54パーセントの企
業がICT活用とともに従業員の社内研修を充実させていると回答しております。しかし
ながら、従業員の社内研修と回答した企業であっても、年間平均研修時間については
10時間未満にとどまる企業が75パーセントで、30時間以上の研修を行っている企業に
至っては4パーセント程度でした。それから、人事評価項目へのICT関連の能力・姿勢
等の人事評価項目への組込みを実施している企業は6パーセント程度と、低位にとど
まっています。
9ページ目は、昨年行った人的資本投資に関する労働者アンケート調査の結果の一
部です。総労働時間のうち、新しい設備やシステムを導入した場合に、その修得のため
の研修の時間を聞いています。全体では「実施なし」と回答した割合が7割弱です。そ
れから、配置転換があったかどうか、あった場合は配置転換先の業務をこなすための
研修の時間割合ですが、「実施なし」が45パーセント、非正社員については6割超が
「実施なし」と回答しています。つまり、新しい設備やシステムを導入したとしても、
それをうまく使いこなすための訓練が十分に行われていない現状がうかがえます。
以上、ごく簡単ですが、無形資産と生産性に関するデータを御紹介しました。この問
題点を指摘するとすれば、一つは、人的資本投資の少なさ、特に何か新しい設備やシス
テムを導入するときに、その訓練の少なさが挙げられるかと思います。それと同時に、
冒頭に成長会計でもお示ししましたが、資本装備率の伸びの低さから、新しい技術を
体化した有形資産投資も少ないことが想像されます。日本は、資本の年齢、資本のビン
テージの上昇が観測されておりますが、新しい設備に投資をしていくこと、それに伴
う人的資本投資を行うことが重要で、訓練費用に対する補助のみでなく、それらに対
する包括的支援が重要と思われます。
もう一つ、データを基にこうした投資がどういった効果をもたらすのかを正確に把
握するためには、人的資本投資を定量的に把握する必要があります。ただ、残念なが
ら、現状は十分な統計がありません。人的資本投資の開示に向けた動きは、例えばダイ
バーシティに関する指標の開示も見込まれているようですが、十分ではないように思
われますので、人的資本投資に関する定量的データの公開が望まれます。
後半では、生産性との関係で、働き方に関する研究を紹介したいと思います。11ペー
ジ目は、御承知のとおり新型コロナ感染症への対応で、在宅勤務が一気に行われるよ
うになったというもので、これは上場企業に関するデータです。
そして、12ページ目の図は、労働者への調査の回答結果がまとめられているもので
す。こちらは業種別に在宅勤務率の推移が示されていますが、第1回の緊急事態宣言
直後の在宅勤務のレベルを時間が経過しても維持している産業と、そうではない産業
があるということです。新しい働き方を実施することは、人との接触を抑えて感染を
抑制するという意味で、ある程度有効であったように思いますが、一方で、今後感染が
落ち着いた後も新しい働き方、特に在宅勤務を継続すべきかどうかについては、それ
を行うことで企業パフォーマンス、特に生産性がどうなるのかが気になるところです。
新しい働き方と生産性の関係について、先行研究では、上がったり下がったり、いろい
ろな研究結果があり、まだどちらという確たる結果は得られていないように思います。
14ページ目ですが私どもは上場企業データを使い、今後、新しい働き方を維持すべ
きかどうかということを判断するために、新しい働き方、特に人材に関するいろいろ
な取組と企業の利益率や生産性を分析いたしました。この結果、○がついているのは
統計的に有意な結果が得られた施策です。結果をまとめると、多様で柔軟な働き方の
導入は労働生産性向上に寄与している。ワークライフバランスに関する施策、人材の
流動性を高める施策は、利益率を高める効果があるということが分かりました。今後、
データがリッチになることで、さらに分析を進めていきたいと思いますが、まとめる
と、上場企業データですが、多様で柔軟な働き方が生産性に寄与しているという結果
がありますので、生産性向上の手段として働き方改革を捉えることが大事ではないで
しょうか。
また、先ほど孫様の発表にもありましたように、人口が減って人材の獲得競争が激
しくなってきていると思いますが、ウィズコロナ、アフターコロナに多様で柔軟な働
き方を提供できているかどうかがスキルの高い人材を集めるポイントになるかと思い
ます。同時に、新しい働き方の実施を行うとともに、ハード・ソフト両面で新しいテク
ノロジーも導入していく必要があろうかと思います。
このほか、私が最近、生産性に関係して取り組んでいることとしては、ビジネスダイ
ナミズム関連指標の国際比較を行っており、これと生産性の関係を分析することを行
っております。例えば、17ページ目はその一つですが、ハーフィンダール指数で測った
市場集中度(競争度)の国際比較です。ヨーロッパとの比較を行っておりますが、日本
はハーフィンダール・インデックスが低下している。つまり、市場集中度が低下、競争
度が上昇していることがユニークな特徴として挙げられています。それから、例えば
アロケーション、配分効率性に関する国際比較も行っていて、日本は配分効率性の指
標が低下傾向にあります。
以上まとめですが、生産性を向上させるためには、何はともあれ、データに基づく分
析が重要かと思います。日本はたくさん統計があるのですが、これらを結びつけるこ
とで活用できる分析のためのデータセットの整備状況は不十分であるので、今後はこ
れらの整備を期待したいと思います。
最後に、税制調査会ということで、私と税の関係についてです。データ利用の一層の
拡大に関係して、今月下旬頃から税務大学校との共同研究に取り組ませていただく予
定です。税務大学校の客員教授に委嘱していただく予定ですが、関係者の皆様、こちら
に土居先生もいらっしゃいますが、審査などいろいろと手続をしていただき大変あり
がとうございました。私どもは2015年以降の「成長志向の法人税改革」が企業成長に与
えた影響を分析する予定でおります。法人税申告書から、日本の母集団に近い企業レ
ベルパネルデータを構築します。この法人税改革が日本企業のダイナミクスに与えた
因果効果の推定を行いたいと思います。望ましい税制改革の検討も行えればと思いま
す。
○中里会長
ありがとうございました。有識者のプレゼンの途中ですが、お時間の関係で途中退
席される石井委員と梅澤委員から事前に御発言の希望をいただいております。星先生
におかれましてはお待たせして申し訳ございませんが、ここでまず両委員から御発言
を頂戴したく存じます。
まず、石井特別委員、お願いします。
○石井特別委員
孫様に幾つか御質問させていただきます。一点目は、今シンガポールにいらっしゃ
るということで、日本と比べてシンガポールはグローバルな投資がしやすいというお
話がありましたが、どのような理由によってその違いがあるのかをお聞きできればと
思います。
二点目は、Web3の時代が既に来ているということで、GAFAが強い状況ですが、また世
界地図も変わってくるといいますか、事業の在り方も大きく変わってくるところだろ
うと思います。新しい事業者がビジネスを展開する上で、日本はビジネスを展開しや
すい環境ではないという御説明がありまして、北米のようなオプトアウト社会という
風土があれば、ビジネス展開のしやすさがあるという点は理解しました。それに加え
て、ヨーロッパや中国、オセアニアなど、制度も違えば風土も違う地域も、日本より投
資しやすい、ビジネスを展開しやすいということがあるようですが、ほかの地域につ
いてはどのように評価されているかをお聞きできればと思います。例えば、データ保
護法制を見ると、ヨーロッパは厳格な法制を敷いていますし、中国はまた違ったアプ
ローチで、データを利活用したビジネスを展開しようとしており、制度面で大きく違
う地域も日本よりかなり上位につけていることの背景となる事情があれば教えていた
だければと思います。
また、日本の現状の制度を踏まえてWeb3の事業者が展開してくるときに、税制面で
どういうアプローチを取れば、若手がより活躍しやすい社会が到来するのかというこ
とについても、お考えがあればお聞かせいただければと思います。
○中里会長
お二人の御質問・御意見をまとめて伺いたいと思いますので、梅澤特別委員、お願い
します。
○梅澤特別委員
今、ちょうど税制面の話が出たので、私の理解を申し上げて、孫さんにそれで合って
いるかどうか御意見をいただきたいと思います。Web3やトークン経済を発展させるた
めにということです。
一点目が、トークンの評価益課税を見直して、実現益に課税をする仕組みに改める
ことです。そうでないと、暗号資産の期末時価評価で法人税課税がかかってしまい、そ
れが大変重たい負担になっていると理解しています。
二点目が、会計基準を明確化することです。暗号資産における会計基準、コインや
NFTの含み益の扱い、あるいは売上げのPL上の処理が不明確で、かつ、監査法人も監査
を請けてくれない、こういう不満を関係者から伺いますので、ここをクリアする必要
があるのではないかと思います。
三点目が、コインやトークンの上場の規制緩和、あるいは審査の加速化です。現状で
は、新規の暗号通貨を発行するときに、半年から1年の審査がかかると理解していま
す。進行状況も非公開なので、新しい通貨を発行しようとする人は長らく待たされて、
その後で駄目が出るみたいなことも起こっています。
この三点が特に重要な論点であると理解をしているので、孫さんに教えていただけ
ればと思います。
もう一点、滝澤先生の関連で質問があります。人材の流動化、多様な働き方というお
話で、特にスタートアップの育成という観点で申し上げると、一つ私が提案したいの
は、大企業とスタートアップの間で本気の兼業を促進する。具体的に言うと、例えば大
企業の財務や法務、あるいは知財の専門家が週に1日か2日は兼業でスタートアップ
の幹部を務める。こういう姿ができると、多様な働き方はもちろんですが、大企業側で
スタートアップに対しての理解が深まり、働く人材にとっては将来のキャリアの選択
肢が増えるということで、Win-Winになり、結果的にはいろいろなイノベーションが進
むと考えています。こういう仕組みをどうつくっていったらいいのでしょうか。これ
は企業側の行動の変容を促すということでもあるので、スタートアップ側はウェルカ
ムだと思いますが、大企業側をどう動かしていくかということが最大の論点になると
思います。このアプローチに関しての効用と動かし方に関して御意見があればお願い
します。
○中里会長
それでは、孫様、滝澤先生の順番でお願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、シンガポールから投資するメリットは、細かいことはいろいろとありますが、
端的に申し上げると、私どものようなベンチャー投資をする人間からすると、投資フ
ァンドをつくって投資をしてリターンがあったときに、個人や法人の収入としてしま
えばもちろん課税されますが、リターンを戻さずそのまま置いておけば課税はありま
せん。つまり全額を再投資に回せるのです。
ベンチャー投資をどんどんやりたいときには、リターンが返ってくれば、それを全
額再投資していけるということで、その間においては法人の課税がないのです。そう
いった意味で、より多くの資本をベンチャー投資に回していけるということが最大の
メリットです。
またスピードの速さが違います。例えばグローバルに1億円以上の投資をするとき
に、日本からだと銀行を通じて送金をするわけですが、マネーロンダリング対策など
もあり、提出を求められる書類も多く、一週間以上の時間がかかります。
資金調達をするスタートアップ側のスピードは非常に速く、数日で意思決定し送金
をしなければいけないようなスピードで動いていることが多くあります。それに対し
て日本からだと間に合わないのですが、シンガポールからだと、瞬時に送金ができ、し
かもスマートフォンからでもできるので、スピードだけでなく機動性という点でもシ
ンガポールの方が動きやすいです。
ただし租税回避としてやっているわけではないので、少なくとも日本のスタートア
ップに対しては、日本にある資本で投資をしていて、きちんと税金も払っております
し、もちろん遵法でやっているのですが、グローバルに得た資金で、それをさらにグロ
ーバルに投資するという部分に関しては、シンガポールからおこなっています。
それから、エコシステム間の競争になっているという観点でいうと、完全に同じ状
況で比較できない部分もあると思いますが、日本は21位でした。この状況を打開すべ
く日本でも産業振興やスタートアップ支援で特区をつくろうという取組みなどがあり
ますが、圧倒的にスピードが遅い印象があります。北欧の国やシンガポールなどでは、
そのような法案はその年のうちに施行されるくらいのスピードで動いています。
ベンチャーキャピタルなどが出資をするお金は、日本も随分増えてきたと思います
が、スタートアップしやすい環境、特にイノベーティブなものは法の未整備領域にぶ
つかることが多いので、そういった部分に関する壁の解消などが必要であると感じま
す。
それから北欧の話が出ましたが、私はエストニアやフィンランドのエコシステムに
も投資をしており、それなりの知見があるのですが、北欧はデジタル化が非常に進ん
でいてリテラシーも高いので、物事がスムーズに進むしスピードも速いと感じます。
次にWeb3、クリプト、トークン経済に関する税制上の問題点に関しては、まさに梅澤
特別委員がおっしゃったような観点から、私も全く同じ意識でおります。ここが一刻
も早く変わることが重要で、既に日本のスタートアップの中には、評価益で課税され
ると、実際に払える原資がないことが分かっているので、国外に出ていっているケー
スを何例も見ています。ですので、そこは評価益課税から実現益課税に至急見直すべ
きだと思います。
トークンは、暗号資産・暗号通貨というように翻訳されており、一面ではその通りで
すが、実はそれを超えた部分があると思っています。通貨、資産、証券のような側面も
ありますし、NFTなどは会員権のような側面もあります。それらがどれか一つにはっき
り区別されない形のままだからこそ、トークンエコノミーが非常にダイナミックに動
いているところがあります。ただ、それを特に税制面からどのように評価するかとい
うのは、監査法人と当該企業との間でディスカッションした上で、この使い方であれ
ばこうだというような見解を社会全体として知見をためて、通説をつくっていく必要
があると思います。現在、監査法人が請けてくれないというのは非常にネックになっ
ていると思います。
それから、トークンの上場に関しても、スピードが遅いと思います。どうにかしてス
ピードアップする方法を考えなければいけないという点についても、梅沢特別委員と
全く同意見です。
一つだけ付け加えるとするならば、先ほど申し上げたDAOの法人格に関する部分にな
ります。DAOの法人格を規則する。DAOの法人格を認める取組みを、例えば今年中にでき
れば世界に先駆けることになりますので、恐らく非常に先進的なDAOが日本に集まって
くると思います。今年中には難しいとしても、とにかく一刻も早くそういった法整備
をしていけば、日本はこの分野で先手が取れると確信しております。
○中里会長
滝澤先生、お願いします。
○滝澤学習院大学経済学部教授
スタートアップの成長という意味で、大企業とスタートアップの間で兼業を促進す
ると、梅澤特別委員に御指摘いただいた点は私も非常に重要であると考えています。
大企業のデータで申し上げると、スマートワークの昨年の調査では、正社員に副業・
兼業を認める企業の比率は41.9パーセントで、2年間で10パーセント以上上昇してお
りますし、原則禁止とする一方で個別に認めたケースもあるが18.3パーセントですの
で、6割ぐらいの上場企業は副業・兼業を認める方向に動いているかと思います。
ただ、大企業で埋もれてしまっている人材や企業内で余分に人材があれば、資源配
分の観点から、そうした優秀な人材をスタートアップや中小に配分すべきと思います
ので、例えば政府も人材シェアマッチング等を行っていると思いますが、そうした動
きが重要になってくるのではないかと思います。
○中里会長
それでは、星先生から御説明をお願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
今日は、「日本経済成長のための課題」ということで、その中で企業の成長の問題も
出てくると思いますが、どんなことが経済学で分かっているかということを話したい
と思います。
今日話すことのほとんどは、今、科研費をもらって、「日本経済長期停滞のメカニズ
ムの解明」ということで、滝澤先生にも入っていただいて、かれこれ2年間共同研究を
やっていますが、その研究結果によります。日本企業のダイナミクスや生産性の変化
について研究してきた第一人者のほとんどが、滝澤先生をはじめとして、深尾先生、森
川先生など、この研究グループに入っています。ですので、日本の経済成長について知
るには我々研究グループの話を聞いていただくのが一番良いかなと思いました。その
中でも、日本の経済成長の特徴として、特に最近の経済成長が思わしくない理由とし
て、どんなことが分かっているのかということを私なりにまとめてみたのが今日の話
です。3ページ目に要約が書いてあり、こういったことがデータを見ると出てくると
いう話をしたいと思います。
最初は、経済成長の低下の要因です。よく言われるのが、日本は少子高齢化で人口が
減少し、成長率が落ちている、ということです。それもあるのですが、日本経済の成長
率を人口減少による部分と、生産性上昇率の低下による部分の2つに分けると、成長
率が下落した主な理由は、人口減少ではなく、生産性上昇率が低下したことにあるた
め、生産性上昇率の低下を見なければいけない。逆に言うと、日本の経済成長を取り戻
すためには、生産性の上昇率を上げていかなければいけないということです。これは
滝澤先生や孫さんの話にもあったのではないかと思います。
生産性上昇は二つの要因に分解することができ、一つは、内部効果と我々経済学者
は呼びますが、個々の企業あるいは個々の事業所、個々の生産主体が生産性を上げる
ことによって全体の生産性が上昇するというものです。もう一つは再配分効果という
もので、比較的生産性が高い企業あるいは事業所が大きくなって、比較的生産性が低
い事業所あるいは企業が小さくなる。極端な場合、生産性が高い企業が新たに参入し
て、生産性の低いところが退出する、そういう再配分効果に分解することができる。そ
うすると、内部効果が低下したことと再配分効果が低下したことの両方が問題なので
すが、特に再配分効果の低下が問題です。それは、内部効果、個々の企業の生産性の上
昇が、経済が発展するにつれて、あるいは企業が大きくなるにつれて、その上昇率が小
さくなるというのは、経済学的に理解しやすいところです。限界的生産が逓減してい
くということです。
それで、経済全体が成熟してくると再配分の効果の方が重要になってきます。これ
は先進国に共通なところで、再配分による生産性上昇がより重要になります。新しい
生産性の高い企業が参入して、生産性の低い企業が退出する。そういう経済の新陳代
謝、創造的破壊によって生産性が上昇していくことが重要になってくるわけですが、
その再配分の効果・機能が日本は低く、それがさらに低下しつつあることが問題だと
いうことです。
再配分の効果もさらに分けることができ、存続する企業の間の生産要素の再配分の
効果に加えて、新しい企業が参入する効果と退出していく企業の効果との3つに分解
できます。日本の場合は、参入効果は正、すなわち新しく参入してくる企業は生産性が
高く、全体の生産性を引き上げる傾向があるのですが、退出効果が負になります。これ
は、深尾先生たちの計算結果で昔から分かっていることです。退出効果が負であると
はどういうことを意味しているかというと、比較的生産性の高い企業が退出してしま
っている。逆に言うと、生産性の低い企業が退出しないで市場に残っているというこ
とを意味しています。これは、ゾンビ企業の問題につながることになります。
そうすると、一つ気が付かなければいけないのは、退出効果が負である状況で退出
が増えれば生産性上昇率はかえって低下してしまうということです。簡単に数字的に
言うとそういうことで、しかも、退出ということは雇用が失われるわけです。我々がゾ
ンビ企業の問題と言うとき、一般的にすごく誤解されていると思うのですが、ゾンビ
企業を退出させれば良いと言っているわけではないのです。ゾンビ企業を退出させて
も今のような状態では生産性はかえって低下し、雇用が失われるので、望ましい政策
とは言えないということです。結局、再配分効果を押し上げるには、退出の質を上げる
ことが重要になります。ゾンビ企業だけしか退出しないということができれば、それ
が理想的になるわけです。ですから、退出の量ではなく、質を上げることが必要です。
それから、当然退出があれば、そこでは雇用が失われるわけですので、それと同時
に、労働者が生産性の高い企業に移動するのを助けるような、あるいは労働者の生産
性を上げるようなこと、リスキリングを支援するような政策があれば助かります。そ
れで、今まで雇用されていた生産性の低い企業よりも生産性の高い企業で、しかも賃
金が高ければもっといいと思いますが、そういったところで働けるようになれば、そ
れは労働者にとっても望ましいことになります。
最後に、参入の方は生産性を極めて上昇させる効果があるため、新規参入を促す政
策が重要になります。
4ページ目ですが、成長率を2つの要因に分けることができます。一つは、赤と緑を
足した部分で、人口要因による部分です。人口増加の影響と、人口のうちどのくらいが
働いているかという労働参加率上昇の影響です。これが両方とも上昇すれば、経済の
成長率も上昇し成長率に貢献します。これに対して、青の部分は労働生産性の上昇率
です。10年単位で描いていますが、青の部分が小さくなったということが重要です。も
ちろん赤と緑の部分も小さくなったわけですが、量的に見れば、青の労働生産性の変
化が重要です。生産性の上昇率が低下したことが日本経済の成長率下落の主な理由で
あるということです。
生産性の上昇はどのようにして起こるのか。5ページ目は数式で書いてありますが、
企業あるいは事業所それぞれが生産性を上げるという内部効果と、生産性の低い企業
から生産性の高い企業に資源が移動するという再配分効果の二つに分けることができ
る、ということを示しています。そうすると、古い計算結果になりますが、80年代と90
年代について、TFP(Total Factor Productivity)、全要素生産性上昇率を年率で測っ
たものを内部効果と再配分効果に分けるとこの表のようになります。内部効果・再配
分効果の両方とも減少しています。内部効果の減少は大きいですが、経済が成熟した
ことを考えるとこの部分はそれほど不思議ではない。再配分効果の方は比較的重要に
なるはずなのに、ここが伸びずにむしろ落ちてしまったことが日本経済の問題になっ
ているということです。
6ページ目ですが、再配分効果をさらに三つの要因に分解することができます。一
つは、期間の最初にも最後にも存在した事業所の中での再配分。それから、期間の最初
にはなかったが、新規参入したといった新規参入企業の生産性が平均生産性に比べて
どうだったかという参入効果。最後は、期間の最初にはあったのだが、退出してしまっ
た企業の生産性が平均生産性に比べてどうなっていたかということを表す退出効果で
す。
ここで、比較的生産性の高い企業に比較的生産性の低い企業から資源が再配分され
ることが継続事業所間で起こっているとすれば、継続事業所間の再配分はプラスにな
るはずです。それから、新規参入した企業が平均的に高い生産性を持っていれば、参入
効果はプラスになります。最後に、退出した企業が平均的に低い生産性を持っていれ
ば、退出効果もプラスになります。ですから、生産性の低いところが退出して生産性の
高いところが参入するという望ましい状態では、全部プラスになるはずだということ
です。その分解を示したのが下の表で、先ほど再配分効果としてまとめられていた部
分が事業所間再配分、参入、退出の三つの効果に分けられています。すると、80年代も
90年代も、参入効果はプラスで大きく、新しい企業が参入することは全体の生産性を
上昇するのに役に立ったということがわかります。孫泰蔵さんをはじめとしてスター
トアップを支援している方々の貢献というのは非常に大きいということはこれからも
見えるわけです。
ここで注目したいのは逆のほうで、退出効果がマイナスだということです。生産性
の低い企業が退出しているのであればプラスになるはずのところがマイナスになって
います。これはどういうことかというと、一番生産性の低い企業が退出しているので
はないということを意味します。生産性の低い企業が実は生き残り、生産性がある程
度高い企業が退出しているということで、創造的破壊のプロセスが働いていないとい
うことになります。これは我々がゾンビ企業の問題と言っていることと非常に深く関
連していて、ゾンビ企業は収益性が低く、本来ならば退出すべきなのだが、何らかの支
援によって支えられている企業と定義されますが、それが必要以上に、財市場、労働市
場、資金市場、といったところで混雑現象を起こして、新規参入や比較的収益性の高い
企業の拡大を妨げてしまいます。これがゾンビ企業の問題です。補足すると、ゾンビ企
業の問題は、生産性あるいは収益性の低い企業を支えてしまうという問題もあります
が、それは小さい部分で、もっと重要な問題は、ゾンビ企業が多く生き長らえている
と、新しい企業の参入を妨げたり、新しい企業にとっての市場の魅力をなくしてしま
うというところです。
もう一つ指摘したいのは、ゾンビ企業で働く人たちの潜在的生産性は低いわけでは
ないということです。人的資本は高い人が多いかもしれず、ただ、高い人的資本を生か
すことができない企業にとらわれてしまっているかもしれないのです。
退出効果が負だというのは、退出の質が問題で、量ではないということです。退出も参
入も比率が低い、量が小さいということは日本について指摘されているわけですが、
退出に関して言うと、問題は量が少ないことではなく、質だということです。退出すべ
き企業が退出せずに、退出すべきでない企業が退出していることが問題なのです。
退出効果が負のままで退出率が高くなると、問題はかえって深刻になります。生産
性上昇率にとって助けにならないだけでなく、雇用も失われてしまいます。ですから、
質を高めることが重要です。
先ほどは80年代と90年代の数字でしたが、深尾先生、権先生、金先生、池内先生が最
近のデータを使った研究をされており、退出効果がマイナスの状態が2000年代もずっ
と続いていたということがわかります。2週間ぐらい前の研究会で権さんが発表され
た、2011年から15年のデータを使った分解が9ページ目になりますが、ここで言うExit
effectは退出効果、 Entry effectは参入効果に当たります。ほかの Switch-outや
switch-in、Covarianceも、それをどこに持っていくかというのはいろいろ議論がある
ところですが、ここで出てくることも今までの話と大体同じで、退出効果がずっとマ
イナスであるという結果です。それから最近分かってきたことは、内部効果が特に低
くなってきたということだと思います。これは先ほど滝澤先生がおっしゃった人的投
資にも関わってくる可能性がありますが、この辺りがどうして起こっているかを調べ
ることはこれからの課題だと思います。
9ページ目は「企業活動基本調査」という大きいデータを使ってやった計算で、10ペ
ージ目は「工業統計調査」を使って同じようなことを、権さん、金さん、深尾さんがや
られたものですが、大体同じような結果で、退出効果が負だというのは変わりません。
そうすると、次は、成長を回復するのにどんな政策が必要かということですが、一言
で言えば、経済の新陳代謝を高めていくこと、特に日本で問題になっているのは退出
の質が悪いことですから、退出の質をよくしていくことが重要であるということです。
それから、もちろん新規参入は重要で、そこで雇用が生み出され、生産性も上昇しま
す。退出の質を高めるのは良いことですが、質を高めても退出は退出ですので職が失
われるという問題はあります。したがって、職を失った労働者ができるだけスムーズ
に新たに生み出されてくる職に移動する手助けができれば望ましいということになり
ます。
要約すると、質の高い企業の退出・参入を容易にするような制度、それから、雇用の
移動を助ける政策、この二つを組み合わせることが重要だということです。雇用の移
動を助ける政策は、Active Labor Market Policiesと呼ばれるものと似ています。公
的な職業紹介・企業支援・職業訓練などのプログラムで、こういった労働者を新しい産
業、新しい企業に移動することを助けるような政策はいろいろあるわけですが、疑問
の多い雇用調整助成金を含めた場合でも、日本のALMP(Active Labor Market Policies)
支出は国際的に比べると低いというのが問題です。
13ページ目は2001年のデータですが、アメリカはActive Labor Market Policies支
出で見るとOECDで最下位ですが、日本もそんなに良くはなく、下から4番目でし
た。14ページ目は2017年のデータですが、あまり変わらないどころか、最下位のアメリ
カに近づいている状態です。アメリカの労働政策も最近変わってきているので、もし
かするとこのまま放っておくとアメリカよりも悪くなるといった危機的状況にあるの
ではないかと思います。
3ページ目の要約に戻りますが、経済の成長率を上げるためにどんなことが必要か
というと、参入・退出を促進して、特に退出の質を上げること、参入・退出があれば労
働者にコストがかかるため、そのコストを少なくするような政策が重要だ、というこ
とになります。
○中里会長
それでは、ただいまの御説明について、委員の皆様から御質問等があればお願いし
たいと思います。御質問等がある方は、会場に御出席の方も含め、画面上の「挙手ボタ
ン」を押してください。発言順については私の方から指名させていただきますので、指
名された方は会場に御出席の方は卓上マイクをオンにしていただき、オンラインで御
出席の方はミュートボタンを解除して御発言ください。挙手をいただいた順に指名さ
せていただきますが、委員の出席時間の関係等で前後することがございますので、そ
の点、あらかじめ御了承をお願いします。
なお、円滑な進行の観点から、3名程度の委員からまとめて質問を頂戴した後に、ま
とめて有識者の皆様から御回答を頂戴できればと思います。
また、御質問される際は、どの有識者の方に伺いたいかを特定した上で、できる限り
簡潔にお願いします。
それでは、翁特別委員、お願いします。
○翁特別委員
まず、孫さんへの御質問ですが、シンガポールなどほかの国ではエコシステムが随
分盛んにつくられていて、日本は21位という御説明がありましたが、政府がこのエコ
システムの形成に何らかの大きな役割を果たせるのでしょうか。また、マネロンにつ
いて先ほどのWeb3ではいろいろ議論がございますが、シンガポールはどのようにマネ
ロン対策をしながらスピーディーにこれだけの対応ができているのか教えていただき
たいと思います。
滝澤先生の資料の3ページ目で、労働の質が最近さらに下がっているとありました
が、何を測って労働の質と考えているのでしょうか。これは非正規と正規といったこ
とも関係があるかと思います。この辺りとこれからの人的投資は、リカレント、画期的
な人材育成、それから、先ほど星先生がお話しになったような非正規から正規へと、い
ろいろな教育がありますが、マクロ経済的に見て特にこういったことが大事だという
ところがありましたら教えてください。
星先生については全く共感するお話でございました。積極的労働政策を入れていく
ために日本で必要と考えておられることがありましたら、予算なのかそれとも考え方
なのか、何かコメントがございましたらお願いいたします。
○中里会長
続いて、中空委員、お願いします。
○中空委員
まず、孫さんに質問が三つあります。
一点目は、日本にスタートアップがあまり育っていないことの理由の一つに、日本
にお金持ちがいないということがあると思います。それこそソフトバンク・ビジョン・
ファンドぐらいしかお金を持っていないのではないかとさえ思うのですが、そういう
状況の中で何を変えていけばいいかというと、例えば賃金のもらい方、賃金の渡し方、
それに関する税制は大いに問題ではないかと思います。その辺りについてどのように
お考えでしょうか。
二点目は、日本はどうしても石橋をたたいて石橋が割れるみたいなことが多いわけ
です。今の状況からキャッチアップしていくことが必要かと考えるとなかなか難しい
な、と思って聞いていたのですが、DAOであればできるかも、という言葉に勇気をいた
だいた次第です。そこに質問なのですが、DAOは例えば海外の人たちから資金が混在し
て出されてくる場合、トークンだからあまり税制上の問題は起きてこないのでしょう
か。実際に今、あるDAOがどういう資金の調達の仕方をしていて、税制上の支払いに問
題がないのかについて、もし分かれば教えてください。
三点目は、同じDAOですが、もしそのDAOが失敗した場合にトークンの持ち主が損を
すれば良いだけなのでしょうか。
また、先ほど星先生の御説明の中で、退出すべき者が退出しないで、退出しなくてい
い者が退出しているというお話がありましたが、これはなぜなのでしょうか。日本で
公的におかしなサポートがあるせいなのでしょうか。同じ流れで持続化給付金などが
あり、これがいわゆるゾンビ企業を生き延びさせているとは思うのですが、どういう
ときであれば有事としてこういった政策が可能か、どういうときにやめたらいいか、
その辺りを教えてください。
○中里会長
続いて、清家委員、お願いします。
○清家委員
滝澤先生に、人的資本投資について二点伺います。
一点目は、雇用の流動化と人的資本投資ということで言えば、雇用が流動化すれば
するほど、投資は回収できなくなるため企業にとってはコストを負担するモチベーシ
ョンが下がると思います。したがって、その中で両者を両立させるためには、企業に人
的資本投資の補助金を出すか、あるいは労働者が投資をしてもらっている間安い賃金
で働いてコストを負担するとすれば、その労働者に賃金補助を与えるといったことが
考えられるかと思いますけれども、その辺りについて何か具体的なイメージをお持ち
でしたら教えていただきたいと思います。
二点目は、メジャーメントの問題ですが、人的資本投資のコストの多くの部分はオ
ポチュニティコストだと思います。訓練を受ける人のオポチュニティコストもありま
すし、上司による教育や同僚が互いに訓練する場合の教える側のオポチュニティコス
トもあります。その場合、例えば研修のコストなどは研修時間に賃金を乗じる形でオ
ポチュニティコストを計算できると思いますけれども、OJTのように仕事をしながら職
場でお互いに教え合う形の人的資本投資のコストはなかなか測定しにくいと思います。
それらは具体的な実証分析の際にどのように測定できるのか、ということについてお
考えを伺えればと思います。
○中里会長
それでは、孫様、お願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、シンガポールのエコシステムに政府はどういう役割を果たしているかという
ことですが、すごく多岐にわたっています。エンタープライズ・シンガポールという政
府機関で、スタートアップを支援するためのあらゆる政策を立案・実行する組織があ
り、日本で言うと省庁レベルの権限を持っていると思います。それ以外にも外郭団体
が幾つかあります。そういったところがやっているのは、海外から優秀な起業家を招
聘するために、アントレパスというビザを発行しています。実際にどういうスタート
アップをやろうとして立ち上げたのか、本社をシンガポールに移したいのかというこ
となどをきちんと審査・面談のうえ、すぐさまビザを発行し、設立におけるいろいろな
優遇策をやることで、世界中から優秀な起業家が来られるような体制を整えています。
それから、ESG関連のスタートアップ、もしくはファンドを組成する場合は、例えば
50ミリオンダラーのファンドを民間で組成した場合、同じ額の50ミリオンを入れるこ
とで倍になるというようなマッチングの制度などがあります。
それから、スタートアップ・アクセラレーターと呼ばれているのですが、若いスター
トアップの人たちが集まり、交流をしながらどんどんやれるよう、ビル1戸ではなく
地区を政府が格安で提供し、起業ができる取組みなどをしています。一つ一つに助成
金を出すというよりは、エコシステムを整備するところに対して、シンガポール政府
が積極的に取り組んでいるのが見受けられます。ちなみに、私たちMistletoeもグロー
バルインベスタービザというものをいただいております。このビザはいろいろ便宜を
図ってもらったり、意見を聞いていただき私たちの意見が政策に反映されるというス
テータスがあったりします。海外から起業家が来る場合に認定企業が推薦するとすぐ
さまビザが発行されるアントレパスという仕組みもあります。
続いて、マネーロンダリング対策です。シンガポールの場合、日本でいうとマイナン
バーに近いシングパスというものが付与されています。本人であることを政府が承認
するデジタル認証の仕組みで、スマートフォンのアプリにもなっております。この仕
組みは民間にも開放されていまして、民間企業がクリプトに関連したサービスをつく
る、もしくはDAOを組成するときには、シングパスでコネクトしないといけません。
いわゆるKYC(Know Your Customer)という本人確認の仕組みがきちんとつくられて
おりデジタル管理されています。何かおかしいことがあるとすぐにそこでストップさ
せられますし、違反的なことをするとシングパスが剥奪されます。そうなるとほとん
ど何も活動が行えなくなりますので、そういったものがマネーロンダリングには効い
ていると感じます。
日本のクリプトの取引所などでもKYCはやっているのですが、私が聞いたところでは、
マイナンバーの書類を郵送等で提出し、顔写真を撮って送るので何週間もかかるそう
です。シンガポールの場合、シングパスはデジタルのシステムなので、シングパスで承
認手続をやると、わずか10分か20分ぐらいで終わってしまうくらいのスピード感です。
続いて、日本にはお金持ちが少ないので、スタートアップに最初にお金を出してく
れる人がいないのではないかという話でしたが、それは国によって在り方はいろいろ
あると思いますし、貧富の差が拡大してしまっている社会もあります。
例えばアメリカなどは貧富の差が拡大していますし、東南アジアではスタートアッ
プのエンジェル投資の担い手は、いわゆるファミリーオフィスと呼ばれる財閥の人た
ちが出し手になっています。これは良い点でもありますが、その人たちが富を集中的
に独占しているという見方もできます。逆に言うと、日本はその辺りの格差は非常に
少ないと言えると思いますが、大事なのは、お金を持っているかいないかというより
も、新しい価値を生み出そうという若い人たちを応援しようとする日本社会の気風づ
くりなのだろうと思います。
世界中どこでもそうですが、300万円とか500万円の金額を、まだ何もできていない、
アイデアしかない人に、頑張ってみなさいとお金を出すのがエンジェル投資家なので
す。
よく私が申し上げるのは、もし自分の家に子供が生まれ、大学まで行かせ社会人に
なるまで育てたら何百万・何千万とかかると思います。たった一人でいいから良いな
と思う若者がいたとき、血がつながっていなくても、もう一人子供ができたと思い応
援したら、ものすごい数のエンジェル投資家が生まれると思います。そういう気持ち
を持てばいいと思います。
そのようにしてらっしゃる日本人の方もたくさんいますが、まだまだ数が足りてい
ません。アメリカと日本ではベンチャーキャピタルの数が1桁以上違うと言われてい
ますが、それよりもエンジェル投資の額が圧倒的に違います。
みんながもう一人子供を育ててやろうと思って支援すれば、あっという間にアメリ
カ並みの金額になってもおかしくないですし、少なくとも人口比ぐらいにはなれるは
ずだと思っています。この話をみんなに申し上げると、確かにそうだなとおっしゃっ
ていただける方も多くいらっしゃるので、この文化を広げられたらと思います。
DAOにおける税制面や、失敗した場合にどうなるのかという話ですが、この辺りは、
DAOが出来始めたのが去年からですので全く整備されていません。考え方としては、DAO
は組合というかコミュニティなのです。受ける側と投資する側ということではなく、
みんなで自分たちの持っている財産を少しずつ持ち寄って、それを一つのトレジャリ
ーと呼ばれているDAOの口座に持ち寄って、それを民主的に、このお金をどのように使
うかみんなで投票しながら意思決定をするという集まりで、デジタル技術を使って記
録を残しながらきちんと進められるという仕組みです。
もちろんDAOが解散するときには、自分が持ち寄った分がなくなるというのが最大の
リスクですが、自分たちでコミュニティをつくって持ち寄ってやろうと言っていたな
ら、うまくいかなかったから一旦残余財産を分配して解散となればそれはそれでしよ
うがないという話なので、財テクのようなものではないということは強調しておきた
いと思います。
そのときの税制については、DAO法をきちんと定義し、正しい運用はこうあるべきだ
とか、こういうものをちゃんと整備しなければいけないとか、こういう税制を適用し
ますというものを一刻も早くつくるべきだと思います。現状、まだその辺りはできて
なく、あらゆる社会実験が行われ集合値をみんなでためようとしているフェーズです。
○中里会長
星先生、お願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
最初に、なぜ退出すべき企業が退出しないのかという話からしたいと思います。こ
れは重要なところで、まだまだリサーチが必要だと思いますが、私の暫定的な結論と
しては、一番重要なのは雇用を守るために退出すべき企業を守っていることだと思い
ます。退出すべき企業・ゾンビ企業と言ってしまうと、それはもう退出すべきなのでな
ぜ退出しないのだろうかと不思議になりますが、具体的な名前を出した途端に、なぜ
その企業は退出してもらっては困るかという話が出てくると思います。一番重要なこ
とは、退出したらそこに働いている人はどうなるのかという話だと思います。
それで、翁特別委員の質問につながるのですが、ALMPが重要になります。企業を守る
のではなく、雇用が失われる労働者を守ることができるなら、少なくともコストを下
げることができるなら、そちらの方が、収益性が低くなってどうしようもなくなった
企業を延命させるよりはいいだろうということです。ALMPにもっと力を入れるべきだ
ということになります。
重要なのは労働者を守ることなので、ALMPを日本で高めていくにはどうするかとい
う翁特別委員の質問への回答は二つあると思います。一つは、今やられているいろい
ろな労働者のための政策の効果を確認することです。最近いろいろなところで、職業
訓練の効果をきちんと測るようになりましたが、そういった作業をもっと続けて、効
果のあるところ、本当に労働者のためになっているような政策にもっとお金を出して
いくということかと思います。
今まで足りなかったので、政府がALMPを高めていくことは重要で、収益性の低い企
業に支援を続けるよりも良いと思いますが、最終的には政府の役割はそんなに大きく
なくて、政策で労働者を守ることよりも、労働者の職がなくなったときに比較的スム
ーズにもっといい職に移れるようなシステムをつくることです。そういったシステム
の成長を後押しするというのが回答の2番目です。先ほど孫さんが、政府の役割はエコ
システムを整備することのほうが大きいとおっしゃいましたが、私もそのとおりだと
思っています。
アメリカは統計で見ると、ALMPは全くないような状態です。しかし、今アメリカで起
こっていることの一つに、コロナ禍で職を失った人たちが、ITスキルを新たに身に
つけてデジタル産業・IT産業に移っていくという話があります。これは政府がやって
いるわけではなく、民間の無料のプログラミングコースを取って技術を身につけると
いうようなことです。いろいろな新しい人種が生まれているという最近のオリバー・
ワイマンのリポートの中の一つで、ブルーカラーでもホワイトカラーでもない、ニュ
ーカラーズと呼ばれるグループです。コロナで職を失ったブルーカラーワーカーが、
その間にプログラミングのスキルを身につけてコーディングのジョブを取るようにな
っているというような話ですが、そういった形で雇用調整が起こっても良いと思いま
す。
○中里会長
滝澤先生、お願いします。
○滝澤学習院大学経済学部教授
翁特別委員の御質問について、労働の質が下がっているということで、この労働の
質ですが、ここでは学歴や習熟度を反映した変数ということで、細かく言うと、学歴、
正社員・非正社員、年齢、性別、産業などを考慮して労働の質変数が作成されていま
す。ややこしいので、大ざっぱに学歴や習熟度と御理解いただくのがよろしいかと思
います。非正規が増えたこと、あるいは賃金の低い層が労働市場に参入したことが労
働の質の低下に影響していると思います。
次に、リカレント、人材育成の中で、特にどういったことが大事かということで、非
常に難しい御質問かと思います。私は、あの手この手でやっていく必要があろうと思
います。統計を見るとOFF-JTが少なめですので、企業は新規設備をより積極的に導入
していくべきだと思います。高度成長期のときに旺盛な設備投資があって、労働者の
スキルが向上したという例がありますので、新しい技術を体化した資本投資と人材育
成の両方を行っていく必要があろうと思います。
中空委員の御質問については星先生に御回答いただきましたが、Outward FDI、対外
直接投資が増えている影響もあるかと思います。
清家委員の御質問について、雇用の流動化と人的資本投資は、おっしゃるとおり負
の相関があり得るかと思いますし、非正規化が進んで、人材投資が少なくなった可能
性があります。一方で、これを増やしていこうとすると、企業のプライベートのリター
ンと経済全体の社会的リターンに乖離が生じますので、それを政府が埋めて過少投資
を是正できる可能性があるかと思います。また、雇用されている人に支援をする体制
というのは現状でもあると思いますが、個人ベースでの補助をより進めていくべきで
すし、企業がやらない代わりに労働者各自がやるというのはいいことだと思います。
一方で、日本政府からすると、企業を通じた支援策のほうがやりやすいのだと思いま
すが、個人への支援を増やしていく必要があろうと思います。
最後に計測の問題ですが、私どもが資料でお見せしている一国全体の人的資本投資
は、OFF-JTとOFF-JTの際の機会費用を含んでおりますので、OJTは含んでおりません。
OFF-JTをどのように測ったかというと、企業の研修費の1.51倍という数字を測ってお
り、これはいろいろな先行研究による数字を使っています。ですから、機会費用の計測
については、いろいろな議論があろうと思いますし、OJTが測れていません。内閣府の
アンケート調査の結果によると、日本はOJTの方がOFF-JTよりも11倍程度あると言われ
ていますので、この部分を各国が把握できれば、人材投資の国際比較の結果も変わっ
てくる可能性はあるかと思います。
○中里会長
それでは、質問に参ります。田近特別委員、お願いします。
○田近特別委員
私からは星さんに一点質問させていただきたいと思います。
日本の生産性を考える上で、退出効果が負であることが重要だという御説明で、私
も大変重要な御指摘だと伺いました。退出すべきでないのに退出してしまう、退出す
べきなのに退出しない、この2つのケースがあります。それぞれについて具体的に何
をイメージしていいのか、何を対象として考えたらいいのか御説明いただきたいと思
います。それが産業別、規模、地域、あるいは高齢化要因が関係しているのか、それに
よって必要な政策も違ってくると思います。したがって、退出すべきでないのに退出
してしまう、退出すべきなのに退出しない、それを具体的にどう我々が把握していい
のか御説明いただきたいと思います。
○中里会長
続いて、土居委員、お願いします。
○土居委員
孫さんと星先生に1問ずつ質問させていただきたいと思います。
孫さんのDAOの話は、私も大変重要な御指摘だと思います。他の資金調達手段よりも
不利になるような形でDAOが取り扱われるということは、できるだけそういう時期を短
くしてそうならないようにする必要があると思います。もちろん、企業会計基準がま
だ決まっていないのは、税制にとっても痛手だと思いますが、仮にほかの金融調達手
段と中立的な形でトークンなどが取り扱われることになったとしても、評価益をどう
するかというところは、今のところ課税しないということが日本ではできない可能性
がありますが、仮に、例えば日本で特区のような時限的な措置が設けられて、課税され
た分を補助金で穴埋めしてプラスマイナスゼロにすることが政策として施されたとき
に、起業家の方々はそれを良しとするのか、一回税金を支払わなければいけないこと
がそもそも嫌だと思われるのか、その辺りをどのように捉えておられるのかお聞かせ
いただきたいと思います。
星先生の退出効果の点は私も非常に重要な御指摘だと思います。確かに、黒字企業
が事業承継できずに退出することになると、まさにこのようなことが起こるというの
は分かるのですが、M&A、合併して新会社を創って旧会社を畳んだというところで、実
は旧会社の方が生産性が高くて、新会社にしたが実はあまり生産性が上がらなかった
というような、ある種の日本におけるM&Aの非効率性というか、M&Aが新陳代謝をより
良くできていないという効果もこの中に入っているのかどうなのかというところをお
聞かせいただきたいと思います。
以上です。
○中里会長
続いて、吉村委員、お願いします。
○吉村委員
私からは孫様の御報告に対して質問を1つ、コメントを1つさせていただきます。
エコシステム間で優秀な起業家の獲得競争が繰り広げられているという御紹介があ
りました。起業家の才能について、かつては金が逃げる、資本の逃避があるといったこ
とを言われていましたが、現在、そういった才能あふれた起業家が逃げてしまうとい
ったことから各国が様々な制度改正を行っているところかと思います。これについて
は、ビザにとどまらず、所得税でも人材獲得のために様々な優遇措置を導入する国・地
域が出てきている状況かと思います。その上で感触としてお伺いしたいのですが、そ
ういった国際的にモビリティが非常に高い起業家が開業地を決めるときに、税がどれ
くらいのウエイトを占めているのかをお教えいただければと思います。ビジネス環境
や公的なサポート、言語といったこともあるかと思いますが、税の要因がどのくらい
重みを持っているかということです。
もう一つはコメントですが、DAOについては私も興味を持っているところです。アメ
リカは州レベルでDAO法についての整備が見られるということでしたが、税の世界、連
邦所得税の扱いでは、そもそもDAOが何者なのか、パートナーシップなのか、コーポレ
ーションなのか、単なる契約上の地位なのかといったところから争いがある状況です。
日本においても、もちろん同じような論点があるわけですが、私のような研究者を含
めて、執行のレベルでどういった取扱いになるかということを一足早く出せれば、非
常にインパクトがあるだろうというところについては賛成です。
○中里会長
それでは、星先生、お願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
田近先生の御質問について、退出すべきでない企業が退出したり、退出すべき企業
が退出しなかったり、どういう企業が当てはまるのかというのをもう少し細かく見な
いと政策的なインプリケーションはないだろうという話だと思いますが、それはその
とおりかと思います。
ただ最終的には、個別の企業について退出すべきかどうか、それが退出しているか
どうかを見るのは難しいと思います。常に退出すべき企業だけが退出するようなシス
テムは多分ないだろうと思います。日本の問題は、平均的に退出すべきでない企業が
退出して、退出すべき企業が退出しないということが起こっていることです。それが
負の退出効果ということで、それをせめてゼロに近づけ、できれば正にする。そのよう
に全体の新陳代謝を正常なものにしていくためには何をすればいいかを考えることは
できますが、細かいところまで最適化することはできないと思っております。
土居委員がおっしゃった、例えば黒字企業が収益に関係がない理由で、事業を引き
継ぐ人がいないであったり、そういったところで破綻したりするということがあれば、
それは当然破綻しない場合が多くなるように、政策あるいは何か慣習かもしれません
が、そういったものが変わっていくことが重要だと思います。その一つの例としては、
数年前になりますが、経営者の個人保証が事業承継の妨げになっているという話があ
り、他のところでデータを見ているのですが、保証なしの借入れをすると事業承継の
確率が増えるといった結果も出ているため、そういったところから退出の在り方を正
常化していくことはできるかと思います。
最後にM&Aの効果について、M&Aで新会社にしたときの効果が実はマイナスではない
かといったような話が見つかる可能性はあります。私が知っている結果は、M&Aなどを
見ると、合併した企業の生産性は少し大きくなります。ただ、それをプラスの効果とし
て退出効果から引いたとしても、退出効果はマイナスのままという結果を、宮川大介
先生たちは発見されているので、M&Aによってかえって悪くなることはないみたいです
が、それでも負の退出効果は残るというのが私の理解です。
○中里会長
孫様、お願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、土居委員の御質問について、特区をつくって課税はされたとしても補助金で
穴埋めするのはどうかというお話でしたが、よろしいと思います。大事なのは、きちん
と正しくやろうと思っているという政府からのメッセージが出ていて、応援したいか
ら特区をつくってでもこういうふうにやるというメッセージが届くと、彼ら彼女らは
勇気づけられると思います。ただ、これをやるのに3年かかりますとなると、スピード
が遅過ぎます。きちんとした税制をつくるには議論が必要で時間がかかるからまずは
こうしよう、というメッセージがすぐさま発信されることが重要だと思います。
次の質問にも関わりますが、起業家が開業地の選定をすることにそんなにロジカルな
理由はないのです。全てをApple to Appleで厳正に考えてここにしようとしているわ
けではないので、そういうメッセージが出て、応援している、どんどんやってほしいと
いうようになれば随分変わります。
それから吉村委員の御質問にもありましたが、税は開業地選定にあまり影響しませ
ん。ほとんどのスタートアップは最初の頃、ほぼ赤字です。先行投資をどんどんやって
成長させて、プルーフ・オブ・コンセプト、つまり、自分たちが新しくイノベーション
を起こそうと思っているプロダクトやサービスが、世に受け入れられるかどうかとい
う試行錯誤をしていきますので赤字なのです。ですから税の優遇があると言われても、
もともと赤字なのであまり影響がありません。
それよりもエコシステムが整備されていることが大変重要です。エコシステムとは
何かというと、結局は人であり、設備ではありません。もちろん、設備がしっかりして
いるから人が来るというところもありますが、その分野のことをやろうとしている先
駆的な人たちが集まると、みんなますますそこに集まってくるので、最初はコミュニ
ティをつくるためにそういった人たちをどう連れてくるかということだと思います。
これは分野によっていろいろ違います。例えば医療関係の最先端研究であれば、すば
らしい研究者の先生が日本にいらっしゃって、その周りにはいろいろな知見がたまっ
ており、そこを政府も応援すると、その分野の研究者たちやスタートアップの人たち
はどんどん集まるでしょう。
Web3の場合は、DAOを法人でいち早く認めるであったり、設立しやすいであったり、
そういう法的な部分の整備かもしれません。そして外国の人たちは基本的に日本に魅
力を感じており、日本に来たいと思っているのです。しかし、なかなかビザが取れなか
ったり、外国人にとって住みにくい環境だったり、そういうところでためらっている
という状況なので、その部分を解消していく地区がつくられれば随分変わるだろうと
思います。スタートアップのエコシステムの特に黎明期においては、税というよりそ
ういう施策の部分の方が重要だと思います。
○中里会長
それでは、質問に参ります。熊谷特別委員、お願いします。
○熊谷特別委員
まず孫先生に対してですが、お話の中でスピードという点を強調されていましたが、
これは恐らく根底では「無謬性」というものがネックになっているのではないかと思
います。ある種の社会のエートスの様なものがあり、これを変えるためには恐らくト
ップダウンで、何らかのボウリングのセンターピンもしくはブレークスルーみたいな
ものを発見して、それを一気に変えることがショック療法として重要であると考えま
す。先ほどDAOの法人格という話がありましたが、これも日本ですぐにはできそうな感
じがしないので、もし日本がブレークスルーとしてこれをやれば大きく変わっていく
という、ボウリングのセンターピンのようなものがあれば是非とも教えていただきた
いと思います。
滝澤先生に関しては、先ほど清家委員の御質問でお答えいただいておりますが、例
えば新しい資本主義の柱である無形資産投資や人的資本投資を税で優遇するときにど
ういう方策が考えられるのかという点を教えていただきたいと思います。
星先生には、コメントということで簡単に申し上げますと、恐らく本質的に言えば、
日本は今まで企業を救ってきましたが、中長期的な方向性として、産業と企業の新陳
代謝を前提にした上で、本当に困っている個人をきめ細かく救うような、そういうイ
ンクルーシブな政策に変わっていくべきです。ただ、そのためには前提としてデジタ
ル化が必要ですし、また、税と給付の一体改革、税と社会保障の一体改革が必要で、こ
こは非常にハードルが高いと感じます。もし星先生がお考えになる、ここがブレーク
スルーだというような点などがあれば、ぜひ一言いただきたいと思います。
○中里会長
足立委員、お願いします。
○足立特別委員
私のほうから二つ質問がございます。一つ目は孫先生に、二つ目は滝沢先生、星先生に
ご質問がございます。
一つ目は DAO への社会的信用を高めるための日本ならではの法整備についてです。たし
かに、DAOはブロックチェーン上で設立でき、スピーディーな資金調達が可能であ
る反面、従来の会社組織のように最低資本金が義務付けられず、やはりDAO法で登
録された企業体に法的責任をどこまでで課するかが課題かと思います。たとえばハッキン
グで資産が無くなった場合へのリスクもありますし、社会的信用を高めるため自主的に準
備金や保険制度の導入なども考えられるかと思いますが、まだまだ新しい DAO 法において、
孫先生は日本では特にどの点に留意して法整備が必要であるとお考えでしょうか。
二つ目は人的投資の質問です。デジタル化の潮流のなかで、各企業の経営成長には、労
働者の生産性を上げていくことが要となります。この労働生産性向上に対して、各企業が
人的資本投資を強化していくにあたって、税制からはどのようなアプローチができるとお
考えでしょうか。この点につきましては、たとえば、個人の学び直しとして、給与所得者
は特定支出控除として研修費・資格取得費が認められます。しかしながら、会社を辞め学
び直す者には、所得がないことから控除対象になりません。そのような場合、転職後の収
入から学び直しの費用を控除できる制度なども検討できるかと思います。また、高齢化を
背景に、令和 3 年の高齢者雇用安定法改正では創業支援等措置も加わるなかで、近年では
シニア起業が活発になっています。実際に、日本政策金融公庫総合研究所の新規開業実態
調査では、開業者に占める 50 歳以上の比率が 2020 年度に 26.3%に達しています。この
ような個人事業者として退職後に起業する場合には、現行の青色申告者の繰越欠損金の制
度を援用することなども考えられるかと思います。したがいまして,人的資本投資へのイ
ンセンティブを上げるために、税制からはどのようにアプローチができるとお考えでしょ
うか。
○中里会長
寺井委員、お願いします。
○寺井委員
私からは滝澤先生と星先生に、職業訓練の促進がどのような側面について有効であ
るかもう少し明確に知りたいと思い、質問させていただきます。
成長のための人的資本投資となるという点と、企業の新陳代謝を促しつつ、生産性
の低い企業から高い企業に労働者の移動を促そうとするとき、労働者の新技術の習得
を支え、厚生の低下を防ぐという二つの側面があることを教わり、非常に勉強になり
ました。伺いたいのは、様々なレベルの企業データを使っていらっしゃるということ
で、生産性の低い産業から高い産業に労働力を再配分するために政府にできることは
あるのかという点で、起業支援はその一つの方法だと思います。
もう一つは、職業訓練に産業間の労働力移動を促す力はあるのか。職業訓練へのイ
ンセンティブを政府が与えたとして産業間の労働力再配分は可能か。この点について
お教えいだたけたらと思います。どうぞよろしくお願いします。
○中里会長
それでは、滝澤先生、お願いします。
○滝澤学習院大学経済学部教授
お三方とも税制等に関連する質問をいただいたと思いますが、正直申し上げると、
データが十分でなく、私の方で実証分析ができているわけではないので、以下お答え
することは推測になりますが、まず熊谷特別委員からいただいた無形資産投資に関す
る御質問で、税で優遇するときの方策ということですが、企業と一口に言っても異質
性が非常に大きいので、十分に人材投資を行えているところもあれば、そうでないと
ころもあるということかと思います。そういった意味では、生産性を測ってみると、や
はり中小企業は労働生産性が低いですし、もちろん中小企業の中でも良いところはあ
りますが、中小企業は相対的に人材投資が少ないとも言われています。ですから、既に
やられていると思いますが、教育訓練費に係る法人税や所得税の特別控除を中小企業
向けにやっていくというのは方策としては一つあり得るかと思いますが、効果検証は
まだできていなかったのではないかと思います。
足立特別委員からは、労働生産性を上げるための人材投資・人的支援税制というこ
とで、中小企業に支援していくことは、実際政府もそういう方向でやっていると思い
ますが、正しい方向ではないかと思います。
寺井委員からは、職業訓練の促進と労働生産性ということで、例えばRIETI所長の森
川先生の御研究で、研究開発投資などいろいろな投資よりも人材投資のリターンが高
いと言われており、人材投資と労働生産性の間にはプラスの相関があると言われてい
ますので、そこを増やしていくことは間違いではないと思っています。それから、リア
ロケーションです。私は資源配分の研究をしていますが、日本はこういう負のショッ
ク、コロナや過去に金融危機等がありましたが、そういうショックの後のアロケーシ
ョンのメカニズムが悪くなるという結果が得られています。他国と比べて労働市場の
流動性が低いことに起因している可能性もありますので、そこを何らか促進する方法
が必要かと思いますが、あまり具体的に良い方法を思い浮かびませんが、例えばマッ
チング等余っているところから足りないところに適材適所で人が動くように、マッチ
ングの市場を政府がつくってやるということは考えられるかと思います。
○中里会長
孫様、お願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、熊谷特別委員からセンターピン、ショック療法は何だと思うかという御質問
だったと思います。私はいろいろな国の行政や政府の方々、政策立案者の方々とお話
をする機会が多いのですが、日本との圧倒的な違いを感じるのは女性と若者が多いと
いうことです。日本は恐らく女性と若者が少ないと思います。
そこで御提案したいことは、政策立案や意思決定をする全ての場にジュニアボード
のようなものをつくられてはどうかと思います。そこは女性と若者だけで構成し議論
します。そしてジュニアボードにおいて全会一致で決まったものは、正式な意思決定
機関でも絶対に取り入れるような権限を付与するみたいなことが行われると、随分違
うのではないかと思います。
これさえやればがらりと変わるというものはないですが、外から見ていて一番足り
ないと思うのは、意思決定における女性と若者の参画が圧倒的に少ないことだと思い
ます。
それから、足立特別委員からの御質問ですが、普通にそういう議論をしていくと、普
通の会社と同じになってしまうと思います。DAOは実際に参加してみないとピンとこな
いところが正直あります。うまく話せる議論のプロトコルがないのでこういう言い方
になってしまうのですが、一つの例をお話ししますと、先日ウクライナDAOというもの
が組成されました。これはウクライナで医療物資が足りず困っている医療機関があり、
そこに対してサポートをしたい人たちがいて、3日間だけDAOを組成してファンドレイ
ズが行われたものです。3日間で日本円にてして7億円ほど集まりました。
発起人はロシア人の女性アーティストで、モスクワの赤の広場でもろに政権を批判
する曲を演奏したりするパンクバンドです。今はニューヨークにいますが、彼女たち
が発起人になったのです。それに対して、彼女たちをよく知っているさらなる社会的
信用を持った人たちが、彼女たちがやっているのは本気だというエンドースメントが
ネット上で行われ、それに対してトークンを発行するという議論がされていきました。
このやり取りがリアルタイムで全て透明に公開されていて、我々はみんな見ているの
です。そしてDAOはその日に組成されました。とにかく急ぎでやらなければいけない、
明日にでも届けたい、3日間で組成して実行する、という感じで、すぐにトークンが購
入されて実際に本当に届いたのです。
これを実際に銀行経由で送金しようとすると、まずウクライナの銀行システムに全
銀システムを通じて送るとかになると思いますし、信用がおける慈善団体を通じてと
なると、いつ届くか分かりません。東日本大震災のときもそうでしたが、すごく後にし
か届かないのです。しかも、これらは目的通りに本当に使われたかどうかのトレーサ
ビリティーがないのに対し、ウクライナDAOはきちんと全てが透明に行われます。ブロ
ックチェーンであるメリットは全てがトレースできるところにあります。こういった
ものが整っているからこそ、DAOをすぐにつくってやろうということが成り立ち得ると
いうカルチャーなのです。ウクライナDAOがどこで組成されて、それが所属する法人格
はどこの国なのかなどは宙ぶらりのままですが、実際には大変機能しているわけです。
今の法人格のフレームワークでは通じないことは幾らでもありますが、DAOはそういう
世界なので、それらを踏まえたDAO法をこれから考えて頂きたいと思います。
○中里会長
星先生、お願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
日本は今まで企業を救ってきましたが、もっとインクルーシブな、そのシステムで
は救われていないような労働者も救うようなシステムに移っていかなければいけない
と思います。ただし、これは中長期的な問題ではなく、短期的にやらなければいけない
ことで、やれることではないかと思います。
それはどうやってやるのかというのが寺井委員からの質問の一つで、職業訓練など
をどうやって促進するのかという話だと思いますが、いろいろなことができるのでは
ないかと思います。最終的にはやってみないと分からないことが多いので、いろいろ
な政策をやってみて、うまくいくものを使っていくことが必要かと思います。具体的
な話を一つすると、コロナで特に被害を受けた労働者の方々がいらっしゃり、パート
タイムの女性が一つのくくりですが、そういった人たちが今までとは違い、コロナ後
の経済で需要が増える産業に就職できるようにリスキリングをしていくこと。例えば、
そういう人のためのコーディングのカリキュラムみたいなものをつくって、それでサ
ーティフィケートをあげたり、就職を斡旋したりすることができるかと思います。例
えばデジタルスキルは現在特に不足しているところで、同時にプログラミングやコー
ディングの知識は昔よりも非常に簡単に習得できるようになっていますから、大学の
ディグリーがあってもなくても習得できる形になっているかも知れません。今まで特
に人的資本投資や職業訓練が行き届いていなかった人たちに、スキルの向上の機会を
届けてることはやってみる価値があるのではないかと思います。
○中里会長
辻󠄀委員、お願いします。
○辻󠄀委員
私から端的に二点お伺いしたいと思います。
一点目は、星先生に対して、退出の質を高めるというのは非常によく分かりました。
この中で、ゾンビ企業が特定の産業に集中していたり、産業ごとに多寡があると、これ
までの伝統的な産業政策、産業内調整を一方で図ると同時に、マクロで産業間調整を
図っていくような伝統的な手法を使いながら質の高い退出を図っていくことも可能性
が出てくるのですが、産業横断的にゾンビ企業が見られていて、しかも、企業間で垣根
を越えて移動していかなければならないとなると、今までの産業政策と全く異なる発
想からいろいろな商品を組み立てていかなければならないということになるのではな
いかと思います。もちろん後者の方が理想的ですが、産業育成の仕方も根本的に改め
ていかなければならないので困難も伴うと思います。現実的には、ゾンビ企業の話、産
業内調整や産業間調整、アンチ産業政策の発想でもいいと思いますが、その延長線上
で組み立てられるものかどうかをお伺いしたいと思います
二点目は、星先生、滝澤先生に共通しますが、経済学で成長のモデルを考えると、人
とそれ以外の労働生産性の話になり、人口減少か労働生産性かという話になると思い
ますが、実態的に考えると、労働者の高齢化が結果的には低生産性や低成長率に結び
ついている実感を多くの人は持っているのではないかと思います。今日のお話の中で、
ALMPや研修に金を使うという、これも割と伝統的に経済学的に認められる手法を御提
言されたのですが、果たして本当に私に金を使ってICT研修をしてもらって生産性が上
がるのかと言われると、甚だ自信がないところがあります。加齢が進んでいる中で退
出の質を高めていく施策をもう少し骨太にといいますか、理論的にでもいいので、経
済学的に考えたらどのようなことがあり得るのかを星先生にお伺いしたいと思います。
あわせて、滝澤先生から、ICT投資がなかなか労働生産性の改善に結びついていない
ということで、研修時間に着目したマクロの分析をされましたが、果たして研修時間
の多寡によって本当に上がるのかどうなのかということ。それから、在宅勤務が上が
ったという話と意外に下がるという話の両方を例示されていましたが、これが加齢と
いう要素を除くと制度的には良い方向に行っているのかどうかということ。その点に
ついての感触をお伺いしたいと思います。
○中里会長
沼尾委員、お願いします。
○沼尾委員
手短に、一点目は孫さんに、二点目は星先生にお伺いします。
まず孫さんに質問しますが、DAOについて大変勉強になりましたが、DAOが例えば特
定の地域の環境やコミュニティづくりみたいなことを目標にしていった場合に、恐ら
く地方政府と似たような形で地域づくりみたいなことに関わっていくことが十分あり
得るだろうと思いますし、こういうふうに資金調達をしてパブリックグッズを整えて
いくという形で、理念に共感した方々が地方政府のようなことをやるということが出
てくると思います。そのときに、地方政府とのすみ分け、競合あるいは連携になるの
か、あるいは地方税の形がどのようになり得るだろうということについて、何かイメ
ージしておられるものがあれば今後のDAOの可能性との絡みでぜひ教えていただきた
いと思います。
次に星先生に質問しますが、先ほど退出効果が負ということを考えたときに、私は
地方のローカル企業などをイメージしてしまうのですが、そのときに、例えばある企
業が抜けることで、そこで働いている人の雇用の問題もあると思いますが、そこに例
えば地域の産業連関があったときに、川上・川下企業への影響や、その地域経済全体で
の経済循環に対する影響も出てくるのではないでしょうか。そういったことを考えた
ときに、労働者を守るという視点も大事だと思いますが、ある種の地域の中での経済
循環や持続可能性をどう考えるかということがもう一つの視座としてあり得るかと思
います。そういったところも含めた政策について、そこの地域はその産業自体がもう
無理だということになるのか、ぜひ何かお考えがありましたらお聞かせいただければ
と思います。
○中里会長
田中特別委員、お願いします。
○田中特別委員
孫さんのお話はすごく魅力的で、中小企業や地域が参加できる訓練にならないかと
私も思いました。特にクリエイティブクラスが集まってくると良いような、工場の集
積や、そういう技術集積があるような地域の再生は、何か手を打たないと企業どうこ
うという話だけでは済まない気がしますので、その点についてお考えをお聞きしたい
と思います。
それから、労働生産性の話は、マクロの話としてはすごく納得できますし、よく整理
された話だと思いますが、いつもゾンビ企業というと中小企業というふうに言われる
ので、中小企業の概念について、例えばデータに使われている中小企業はどんな中小
企業なのかということも意識する必要があると思いますが、中小企業の85パーセント
は小規模企業で、せいぜい社員が3人ぐらいの企業です。このデータを全部ひとまと
めに中小企業として使って判断をすること、それから、業種別によっても全然違うの
で、この辺りはマクロの話から踏み込むときにはもっと細かく考える必要があると思
います。こういった中で、中小企業、地域、地方をどうしていくのかといったことにつ
いて、御意見を伺いたいと思います。
○中里会長
武田委員、お願いします。
○武田委員
一点目は、孫さんへの質問です。人の集積、エコシステムが大事というご主張は、本
当にそのとおりと共感いたします。一方で、DAOが広がる場はサイバー空間、メタバー
ス上で広がっていく中で、物理的な線引きそのものがなくなっていく中では、国ごと
の法整備も必要になってくると思いますが、同時に国際的なルール形成の動きもある
のか、伺えればと思います。
二点目は滝澤先生への質問です。労働の質の重要性、企業パフォーマンスと人材関
連施策について御提示いただきました。先程も若者と女性という御指摘がございまし
たが、労働の質を考えるときの多様性をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。
14ページの結果にもその辺りが垣間見られている気がしますが、ぜひ教えていただき
たいと思います。また、労働の質と言ったときに経営の質は御考慮されないのかどう
かについても教えていただきたいと思います。
三点目は、星先生への質問です。退出の質の重要性が労働市場の流動性とも絡んで
おり、かつ、積極的労働市場が必要という点に共感いたします。同時に、流動性を高め
るには積極的労働政策だけでなく、働き方に中立な税制にしていくことも重要なので
はないかと考えておりますが、その点についてお考えをお聞かせいただければと思い
ます。
○中里会長
それでは、滝澤先生、お願いします。
○滝澤学習院大学経済学部教授
辻󠄀委員から御質問いただきましたが、私も当初、高齢化と低成長率が関係あるので
はないか、あと、有名な労働経済学者のラジアーという人がいますが、彼がクロスカン
トリーの分析で、日本はすごく高齢化が進み、そのせいでイノベーションが起きてい
ないという研究成果がありましたので、私どもも労働経済学者と協力して、企業内の
年齢の構成と、プロダクトのイノベーション、製品の追加や、既存製品の入替えなどと
の関係を分析しました。特に、早期希望退職制度との関係で、その後イノベーションが
起きているのかどうかを分析したのですが、必ずしも高齢化がそうした製品や新製品
の追加、イノベーションにマイナスの影響を与えているかというと、今回の分析では
そういった結果がありませんでしたので、必ずしもお年寄りの方が増えていくことが
ダイレクトにマイナスにということではないというのが、私どもの研究ではあります。
それから、在宅勤務ですが、私が今後続けていったほうが良いと思っている理由の
一つは、もちろん生産性とどんどんつながっていくと良いと思いますが、これから高
齢化が進んで介助が必要な方や、震災等が起きる可能性が高いので、そういった状況
でも仕事が続けられるようにという意味で、在宅勤務を進めていくべきだと思ってお
ります。
それから、武田委員からの御質問について、労働の質の重要性は私もお話しさせて
いただきましたし、若年と女性は非常に重要だと思います。特に女性の労働参加が低
賃金の職種に増えてきているのですが、そうした方々はパフォーマンスが最大限発揮
できるところに労働参加できているのかというと、必ずしもそうではないように思い
ますので、先ほどの星先生のお話とも関係しますが、適切なところに配置をすること
が重要だと思います。
それから、コロナのアンケート調査から、20代以下の若年への人材投資がコロナ前
と比べるとやや減っているという結果が出ておりますので、長期的にも、若い段階、20
代に知識を蓄積したことで、それ以降の例えばイノベーションの創発に関係が出てく
るかと思いますので、特に若者や女性に支援をしていくことは重要だと思います。
それから、経営の質について、今回、成長会計の中には入っていないですが、無形資
産の中で組織資本も私どもは計測しており、それが一番近い概念かと思います。オー
ガナイゼーショナル・キャピタルです。これの蓄積も無形資産を国際比較すると日本
は少ないと言われていますので、マネジメントと関係あると思われる組織資本への投
資も今後増やしていく必要があろうと思います。
○中里会長
星先生、お願いします。
○星東京大学大学院経済学研究科教授
武田委員の御質問で、積極的な労働政策だけでなく、中立な税制も必要ではないか
というのは、全くそのとおりだと思います。
それから、田中特別委員の御質問ですが、中小企業はいろいろなところがあるので、
もう少し詳しく見なければいけないというお話は、それはそうだと思います。一つ誤
解があるのは、ゾンビ企業は中小企業に多いという仮定です。中小企業がゾンビ企業
だということを言う人もいるのかもしれませんが、これは関係なくて、むしろゾンビ
企業は大企業に多いです。もともと私達が最初にゾンビ企業の論文を書いたときは上
場企業だけが分析対象でした。大企業の中でも比較的小さい大企業にゾンビ企業が多
いということはありますが、全部大企業には変わりありません。中小企業と比べても、
最近、生産性上昇率が低下したのは大企業の方だということを深尾先生たちが発見さ
れていて、大企業の方が問題だというのはいまだに続いているかと思います。中小企
業のゾンビ化もあるようで、最近私もデータを見始めたのですが、1990年代に始まっ
たというよりは、2000年代の後半ぐらいから中小企業の方も問題になってきたという
ところかと思います。中小企業は割と新陳代謝が最近までは激しかったので、ゾンビ
企業の問題イコール中小企業の問題というのは誤解だと思います。
それから、沼尾委員の御質問で、雇用だけでなく、地方の産業を支えている企業を守
ることが重要なのではないかという話だったと思いますが、本当にそういう重要な企
業だったら、今ある企業が潰れたとしても他の企業が入ってくるのではないか、ある
いは周りの川上・川下の企業がサポートするのではないかという議論はできると思い
ます。あとは、地方の産業全部が駄目だという話があるのかもしれませんが、それをサ
ポートするかどうかというのはまた別の話かと思います。
最後に、辻󠄀委員の高齢化の話ですが、滝澤先生がおっしゃった結果はある程度納得
ができて、これを理解するために役に立つ一つの考え方は、スキルというのはマルチ
ディメンションだというものです。その中には若い人が習得しやすいスキルもあれば、
年を取ってきて初めて分かることもあるのではないかということです。たとえば、チ
ームをまとめていく調整能力は年を取ってからの方がついてくると思います。そのた
め、そういういろいろな能力を組み合わせて、チームとして生産性を上げることが重
要かと思いますし、そうすると、我々年寄りの役割もまだあるように思います。
○中里会長
孫様、お願いします。
○孫Mistletoe創業者
まず、DAOが特定の地域やコミュニティに関わるパブリックグッズやコモンズをうま
くマネージする可能性があるのではないかという沼尾委員からのご質問ですが、まさ
にそうだと思います。私も今いろいろなDAOに注目をしているのですが、新しいDAOの
動きとして一つ例を挙げると、フォレストDAOというものがあります。私有地として分
散所有され、所有者の高齢化が進み引き継ぐ人もおらず山が荒れてしまった大きな森
林地帯がありました。そこでみんなでお金を出し合ってDAOをつくり、みんなで買い取
ってまとめようという試みがフォレストDAOです。そして、そこに森林トークンを発行
します。トークンを持っている人のメリットは、山の幸みたいなものを採って販売し
たした際、トークンを持っている人が優先的に買えるとか、木材を切り出し販売した
際に配当が入ってくるとかになります。例えば住宅メーカーとダイレクトに取引をし
て、中間を排して従来の森林の木材資源のサプライチェーンを飛ばしてイノベーティ
ブな取引をすることで、その収入がきちんとDAOに入ってくるようにすれば、その配当
が4~5パーセントぐらいの利回りになるかと思います。長期債権を持っているぐら
いの利回りにはなりますが、普通の債権よりも、具体的に森を守りながらきちんとや
っていこうという社会的な意義があるので、この森が好きだからぜひトークンを買い
たいということでお金が集まるDAOも生まれています。
この例はあらゆる自然資源に適応できると思います。特に高齢化が進む日本では、
漁業権を持つ漁師さんが高齢化し漁に出られないであったり、過疎化と高齢化で耕作
放棄地がどんどん増えていったりしていることがありますので、こういったところで
DAOをつくれば、参入と退出がDAOによって起こるという可能性が十分あり得ると思い
ます。
そういった意味で、地方政府とは競合では全くなく、今までのやり方だとどうして
もしがらみがあってできないとか、議会のコンセンサスが取れないとか、そもそも資
金調達ができない、税収だけでは賄い切れないような場合に、民間でDAOをつくって、
パブリックグッズもしくはコモンズと呼ばれるものをきちんとマネージしていくとい
う動きが出てくるだろうと思います。
私は本日、こういった主体をどう法的に整備・促進してあげられるようにするかと
いうことで、DAO法の整備が必要だと申し上げてきました。Web3、インターネットがリ
アルの社会の行き詰まっている部分を解消できる可能性があると思うからこそ興奮し
ているわけであります。
田中特別委員がおっしゃったこととも非常に親和性が高く、DAO自体は非常に民主的
に投票で行われますので、公的なミッションを持った用途に向いていますが、先ほど
の森林DAOでいえば、木材を実際に加工したり、販売したりという活動をやること自体
はDAOでは難しいので、企業体の人たちがその実務を担うことで、DAOとそれをうまく
できる中小企業の人たちとのコラボレーションが起こると思います。このようなコラ
ボレーションは、その地に根づいている中小企業のほうが非常にうまく機能します。
また、その分野の課題を一番よく分かっている中小企業の人たちが、自分の会社だ
けではどうにも解決できない領域でDAOをつくることで、営利的な経済活動をする企業
体とDAOが双子のような存在でミッションを推進していけるのではということが世界
中で語られています。
武田委員の御質問にも関わるのですが、この可能性を語っているのが先ほどのよう
な若者たちであるということに私は感動しています。もともとインターネット自体、
サーバーを持ち寄って、バケツリレーでつないで出来上がったグローバルネットワー
クでしたので、みんなで運用しているコモンズだという感覚がとてもありました。そ
れがどんどんとビジネス用・産業用のプラットフォームに成長し、Web2の世界では一
部の企業が独占的にプラットフォームを牛耳るようになってきました。
これが今、お金も含めて価値のやり取りができるテクノロジー、ブロックチェーン
やクリプトを使ってDAOなどが運営主体となり、実際の活動をインターネット的に、つ
まりWeb1のときのコモンズをつくるような形で、トレーサビリティー機能を持ったト
ランスペアレントなインフラストラクチャーができつつあります。Web1世代の私から
すると、大好きだったインターネットが戻ってきているという感覚が大変あります。
インターネットの30年の歴史を振り返ると、最終的にはそれぞれ受益者がその地域
地域でローカルな使い方をしているのが今でも多いと思われます。もちろんグローバ
ルなものについては国際的な取決めをしていくことが必要ですが、Web3は当面、ロー
カルなものの新陳代謝を促進する形で発達していくのではと考えています。
かつてWeb1がそうでした。Web1のときも、グローバルなネットワークがいきなりで
きたのではなく、ローカルなインターネットが生まれて育ちグローバルになったので、
Web3もこれからローカルな動きを促進してくれるだろうと考えています。
○中里会長
ありがとうございました。
活発な御議論をいただき、大変有意義な総会となりました。改めまして、孫様、滝澤
先生、星先生におかれましては、貴重なお時間を頂戴し、心より感謝申し上げます。
なお、委員の方の中には時間の関係もあって御発言を遠慮なさった方も随分いらっ
しゃるのだろうと思いますが、その委員の方々の御意見については今後じっくりとお
伺いさせていただきたいと思います。
それでは、これで本日の議題は終了となります。次回以降も引き続き、経済社会の構
造変化等について有識者からのヒアリングを行いたいと考えております。具体的な日
程等については、決まり次第、事務局から御連絡いたします。
また、本日の会議の内容は、この後、私の方から記者会見で御紹介したいと思いま
す。
お忙しい中御参加いただき、ありがとうございました。
[閉会]
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