解説記事2022年08月08日 特別解説 米国及び欧州(英国及び欧州大陸)に上場する主要な企業の2021年度の監査報告書に記載されたCAMとKAM①(2022年8月8日号・№942)
特別解説
米国及び欧州(英国及び欧州大陸)に上場する主要な企業の2021年度の監査報告書に記載されたCAMとKAM①
はじめに
コロナウイルス感染症(Covid-19)の感染は相変わらず終息したとは言えない状況であるが、当初のパニック的な状況(都市のロックダウンや経済活動の停止など)は沈静化しつつある。そのような中で、米国及び欧州(英国及び欧州大陸)に上場する企業の2021年度の決算書が出揃ってきた。世界中の主要な企業の監査報告書には、どのようなCAM(監査上の重要な事項)やKAM(監査上の主要な検討事項)が記載されたのであろうか。また、1年前と比べてどのような変化があったのであろうか。本稿では2回に分けて、米国及び欧州に上場する主要な企業の2021年度の監査報告書に記載されたCAM及びKAMの調査分析を行うこととしたい。
今回の調査の対象とした企業
まず、米国に上場する主要な企業については、米国ニューヨークの証券取引所に株式を上場し、S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)株価指数100(S&P500中、時価総額の特に大きい、超大型株100銘柄で構成)に選定されている各社を中心に100社を選定し、選定した各社について、直近期のForm10-K(SECに提出される年次報告書)に掲載されている監査報告書を調査した。決算期が異なる企業も一部にあるが、2021年12月期決算に係るForm10-Kに織り込まれた監査報告書が今回の調査対象の大部分を占めている。今回調査対象とした主要な米国企業の中には、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード、マクドナルド、バンク・オブ・アメリカ、ウォルト・ディズニーといった歴史や伝統ある老舗企業を始め、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に代表される、新興のIT企業も多数含まれている。
次に、主要な欧州(英国及び欧州大陸)に上場する企業であるが、ロンドン証券取引所に上場し、FTSE100の構成銘柄に選ばれている企業を中心に英国の主要な企業100社を選ぶとともに、欧州大陸の企業については、ストックス(STOXX)欧州600指数(注)の構成銘柄に選ばれている銘柄の中から、主要な企業100社を選定した。なお、各社のCAMやKAMの内容に関する記述等は、各社のウェブサイトに掲載されている英文のアニュアル・レポート(連結財務諸表)に対する監査報告書に記載されていたものを筆者が仮訳したものである。
(注)ストックス(STOXX)欧州600指数とは、STOXX社(スイス・チューリヒに本拠を置くインデックス・プロバイダー。ドイツ取引所のグループ企業)が算出する、ヨーロッパ17か国における欧州証券取引所上場の上位600銘柄により構成される株価指数。流動性の高い600銘柄の株価を基に算出される、時価総額加重平均型指数である。
監査上の重要な事項(CAM)の定義
まず、監査上の重要な事項(CAM)とは何か、という点から説明を始めることとしたい。PCAOB(公開会社会計監査委員会)監査基準(AS)3101「無限定適正意見の監査報告書及び関連する他の監査基準の適合修正」の第11項において、監査上の重要な事項(CAM)は次のように定義されている。
監査上の重要な事項とは、財務諸表監査において生じ監査委員会にコミュニケーションが行われた又は行うことが要求される事項で、かつ、以下の双方に該当する事項である。
(1)財務諸表の重要な勘定又は開示に関連していること
(2)特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うこと
上記の定義に関連して、PCAOBは以下を説明している。
① 監査委員会にコミュニケーションが行われた又は行うことが要求される事項
監査上の重要な事項は、PCAOB監査基準や法令において、監査委員会に対してコミュニケーションを行うことが要求される事項(実際にはコミュニケーションが行われていない事項を含む。)、及びコミュニケーションを行うことが要求されていないが、実際にコミュニケーションが行われた事項の中から選択される。すなわち、コミュニケーションを行うことが求められている事項に加えて、コミュニケーションを行うことが求められているかどうかにかかわらず、監査人が監査委員会とコミュニケーションを行った事項を、監査上の重要な事項の候補として広く含めるアプローチがとられている。
ただし、PCAOBは、通常は、監査上の重要な事項の定義を満たす事項は、監査委員会に対してコミュニケーションを行うことが要求されている領域に関連するだろうと想定している。
② 財務諸表の重要な勘定又は開示に関連していること
「関連している」は、監査上の重要な事項は、財務諸表の特定の勘定又は開示の全体である必要はなく、それらを構成する一部でもよいことを示している。例えば、のれんが財務諸表にとって重要な場合、減損が計上されていない場合でも、のれんの減損評価は監査上の重要な事項となることがある。これは、のれんの減損評価は、貸借対照表に計上されているのれん及び財務諸表注記(減損の会計方針及びのれんに関する注記)に関連するためである。また、監査上の重要な事項は、財務諸表の複数の勘定又は開示に関連していることもある。例えば、個々の監査の状況によっては、継続企業の前提に関する監査人の評価は、監査上の重要な事項となることがある。一方で、財務諸表の重要な勘定又は開示に関連していない事項は、監査上の重要な事項の定義に該当しない。例えば、偶発損失に関して、監査委員会に対しコミュニケーションが行われたが、発生の可能性が低く、適用される財務報告の枠組みに照らして開示することは求められないと最終的に経営者が判断し、監査人も当該経営者の判断を適切と結論付けた場合、当該事項は、財務諸表に含まれる重要な勘定又は開示に関連しないため、特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴ったとしても、監査上の重要な事項には該当しない。また、違法行為の疑いに関しても、財務諸表に開示することが求められないと経営者が判断し、監査人も当該経営者の判断を適切と結論付けた場合、財務諸表の重要な勘定又は開示に関連しないため、監査上の重要な事項には該当しない。
同様に、財務報告に係る内部統制の重要な不備があると判断された場合、重要な不備自体は、監査上の重要な事項には該当しない。これは、当該決定について財務諸表に開示することは求められておらず、よって、財務諸表の重要な勘定又は開示に関連しないためである。ただし、重要な不備が、「監査上の重要な事項であるとの判断に監査人が至る際の主要な考慮事項」に該当することはある。
③ 特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うこと
投資家は、監査人の観点からの情報を知りたいと考えている。そこで、監査上の重要な事項の決定を、監査人の知識や判断に基づくものとするため、「特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うこと」が定義に含まれている。
PCAOBが公開した再公開草案に対して、例えば、以下のコメントが寄せられた。
・「特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うこと」の範囲は広範かつ主観的であり、適用の一貫性が確保されない。例えば、同じ状況においても、監査人の経験や能力によって監査上の重要な事項が異なる結果となる可能性がある。
・重要な関連当事者との取引に関する監査人の見解は常に記載することを求めるべきである。
・監査基準の注書きに、ほとんどの監査において、経営者の重要な判断又は見積りが伴う財務諸表項目は、特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断が伴うことを記載してはどうか。
これらのコメントに対して、PCAOBは次のように回答している。
・監査上の重要な事項の決定は原則主義に基づいて行われるべきである。よって、監査基準において、全ての場合において監査上の重要な事項に該当する特定の事項は規定しない。
・監査人は、個々の監査の状況に照らして、特に困難、主観的、又は複雑な監査人の判断を伴うものを判断すべきである。監査上の重要な事項の記述に、監査人の経験や能力の相違が表れているのであれば、そのこと自体、投資家にとって情報価値がある。
特に、最後に紹介したPCAOBのコメントは、監査事務所にとって重いものであると考えられる。これまで、監査の品質は、監査報告書という最終成果物でしか示されず、監査報告書の文言も画一的であった。そのために監査手続等の監査の過程は実質的にブラックボックスであり、外部の投資家からは評価ができなかったということがよく言われる。欧州のKAM、米国のCAM及び我が国の「監査上の主要な検討事項」は、監査人に覚悟をもって、説明責任を果たすように求める制度改革であると言えよう。
監査上の主要な検討事項(KAM)の定義と決定のプロセス
監査上の主要な検討事項(KAM)は、国際監査基準(ISA)701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な事項のコミュニケーション」において、「当年度の財務諸表監査において、監査人が職業的専門家として最も重要であると判断した事項。監査上の主要な検討事項は、監査人が統治責任者(わが国では「監査役等」に相当する)とコミュニケーションを行った事項から選択する。」と定義されている(第8項)。また、KAMの決定にあたり、監査人は、次の3点を考慮しなければならないとされている(第9項)。
(a)ISA315「企業とその環境の理解及び重要な虚偽表示リスクの評価」(改訂)にしたがって、重要な虚偽表示リスクが高いと評価された領域、又は特別な検討を必要とするリスクが識別された領域。
(b)見積りの不確実性が高いと識別された会計上の見積りを含む、経営者の重要な判断が伴う財務諸表の領域に関連する監査人の重要な判断。
(c)当年度において発生した重要な事象又は取引が監査に与える影響。
これらの点を考慮しつつ、監査人は統治責任者(監査役等)にコミュニケーションを行った事項の中から、監査の実施において特に注意を払った事項(matters that required Significant attention)を決定し、さらに、「監査の実施において特に注意を払った事項」から、「当期の監査において最も重要な事項」をKAMとして絞り込むことになる。監査人は、リスク・アプローチに基づく監査計画の策定段階から、監査の過程を通じて監査役等と協議を行うなど、適切な連携を図ることが求められており、KAMはそのような協議(コミュニケーション)を行った事項の中から、監査人が職業的専門家としての判断を行使して絞り込みを行い、決定されるものである。個々の監査上の主要な検討事項の記載内容については、ISA701に次のように定められている(第13項)。
監査報告書の監査上の主要な検討事項区分における、各監査上の主要な検討事項(KAM)は、財務諸表に記載がある場合には財務諸表における関連する開示へ参照を付した上で、以下を記載しなければならない。
(a)当該事項が財務諸表監査における最も重要な事項の1つであると考えられ、そのため監査上の主要な検討事項であると決定された理由。
(b)当該事項が監査においてどのように対処されたか。
表現の方法等に若干の相違点はあるものの、基本的な内容や制度の趣旨・目的等は、米国のCAMと欧州のKAMはほぼ同様と見てよいと考えられる。
米国に上場する主要な企業の監査報告書に記載されたCAMの全体的な分析
米国に上場する主要な企業の監査報告書におけるCAMの記載数別に企業を集計すると、表1のとおりとなった。今回調査の対象とした100社において、監査報告書にCAMの記載がなかったという企業はなく、記載されたCAMの個数は、100社合計でのべ173個、1社平均で1.73個であった。

1社当たりのCAM平均記載数を3年分時系列にしたものが表2である。2019年度と2020年度はほぼ同数であったが、2021年度になって大きく減少したことが分かる。

次に、CAMの項目別に、監査報告書に記載された個数が多かったもの(10個以上)を示すと、表3のとおりであった。

英国に上場する主要な企業の監査報告書に記載されたKAMの全体的な分析
英国に上場する主要な企業の監査報告書におけるKAMの記載数別に企業を集計すると、表4のとおりとなった。今回調査の対象とした100社において、監査報告書に記載されたKAMの個数は、100社合計でのべ374個、1社平均で3.74個であった。

1社当たりのKAM平均記載数を3年分時系列にしたものが表5である。コロナウイルス感染症(Covid-19)の影響などもあり、2020年度は1社当たりのKAMの平均記載数が大幅に増えたが、2021年度は大きく減り、2019年度の水準も大きく下回った。

次に、KAMの項目別に、監査報告書に記載された個数が多かったもの(10個以上)を示すと、表6のとおりであった。

Covid-19の影響及び継続企業の前提に関するKAMは、2020年度は調査対象企業(100社)の実に半数の50社の企業の監査報告書に記載されていたが、今期は17件にとどまった。しかも、これらの17社はすべて1月、2月、3月といった、比較的早い時期に決算期末を迎えた企業であり、2021年12月期の企業では1社も該当がなかった。
欧州大陸に上場する主要な企業の監査報告書に記載されたKAMの全体的な分析
欧州大陸に上場する主要な企業の監査報告書におけるKAMの記載数別に企業数を集計すると、表7のとおりとなった。今回調査の対象とした100社において、監査報告書にKAMの記載がなかったという企業はなく、記載されたKAMの個数は、100社合計でのべ275個、1社平均で2.75個であった。

1社当たりのKAM平均記載数を3年分時系列にしたものが表8である。欧州大陸に上場する企業の場合、1社当たりのKAMの記載数は一貫して減少が続いていることが分かる。

次に、KAMの項目別に、監査報告書に記載された個数が多かったもの(10個以上)を示すと、表9のとおりであった。

次回は、米国、英国及び欧州大陸に上場する主要な企業のそれぞれについて、監査報告書に記載された特徴的なKAMの事例を紹介することとしたい。
当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。
週刊T&Amaster 年間購読
新日本法規WEB会員
試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。
人気記事
人気商品
-
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.