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解説記事2022年11月14日 特別解説 我が国の主要な企業の監査報告書において開示された監査上の主要な検討事項(KAM)②(2022年11月14日号・№954)

特別解説
我が国の主要な企業の監査報告書において開示された監査上の主要な検討事項(KAM)②

はじめに

 前回は、IFRSに基づいて連結財務諸表を作成する日本企業(以下「IFRS任意適用日本企業」という。)のうち主要な100社と我が国の会計基準を適用する主要な企業100社について、各社の有価証券報告書の監査報告書に記載されたKAMの個数やKAMの内容の分類・集計を行い、見られた傾向や全体的な特徴などについて、欧米の主要な企業との比較も交えつつ、全般的な分析を行った。
 本稿ではまず、調査対象としたIFRS任意適用企業の全社(240社)について、KAMの記載個数や記載項目等についての全般的な分析を行った後、特徴的な個別の記載事例(IFRS任意適用日本企業及び日本の会計基準を適用する主要な日本企業)やKAMとして記載された項目の業種別の傾向や特徴等を見ていくこととしたい。

今回の調査の対象とした企業

 本稿の前段において全般的な調査分析の対象としたのは、2022年3月期までにIFRSを任意に適用して有価証券報告書を作成・提出したIFRS任意適用日本企業240社である。前回の調査分析と同様に、後述するKAMは、IFRS任意適用日本企業の連結財務諸表に対する監査報告書に記載されたもののみを対象にしており、個別財務諸表に対する監査報告書に記載されたKAMは分析の対象とはしていない。

IFRS任意適用日本企業の監査報告書に記載されたKAMの分析

 IFRS任意適用日本企業の2021年度の監査報告書に記載されていた監査上の主要な検討事項(KAM)について、記載数別に企業を集計すると、表1のとおりとなった。

 調査対象の240社のうち、KAMの数が3個以上であった会社はわずかに14社のみであり、5個以上のKAMが監査報告書に記載された企業はなかった。
 なお、監査報告書にKAMが4個記載された会社とKAMの項目は次の通りであった。
1. 日医工(2022年3月期:有限責任あずさ監査法人)
・Sagent Pharmaceuticals, Inc.に関するのれんの減損損失の認識の要否に関する判断の妥当性
・米国で上市予定のインフリキシマブ・バイオシミラーの開発費の減損損失計上額の妥当性
・日本市場及び現在導出準備を進めている海外市場で販売するインフリキシマブ・バイオシミラーに関する棚卸資産の評価の合理性
・国内事業に属する非金融資産の減損の検討における将来キャッシュ・フローの見積りの妥当性
2. 日本工営(2021年6月期:PwCあらた有限責任監査法人)
・連結財務諸表の訂正に係る対応
・請負契約等における収益認識
・連結子会社PT CIKAENGAN TIRTA ENERGI
の固定資産の減損
・連結子会社BDP Holdings Limitedグループに帰属するのれん及び商標権の評価
3. 野村総合研究所(2022年3月期:EY新日本有限責任監査法人)
・Core BTS Inc.の持株会社であるConver-gence Technologies Inc.の株式取得に関連した取得対価の配分における無形資産の公正価値の算定及び耐用年数の決定
・豪州子会社に係るのれんの評価
・コンサルティングサービス及びシステム開発に係る進捗度に基づく売上収益の測定
・共同利用型サービス等の提供に係るソフトウェアの資産計上と評価
4. RIZAPグループ(2022年3月期:太陽有限責任監査法人)
・内部統制の重要な不備が連結財務諸表に及ぼす影響
・RIZAP株式会社における繰延税金資産の回収可能性
・有形固定資産及び使用権資産の減損
・継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況の解消に関する経営者の判断の合理性
 次に、KAMの項目別に、監査報告書に記載された個数が多かった項目を示すと、表2のとおりであった。

 のれんの評価・減損と、有形・無形資産の評価・減損の2項目で全体の6割を超え、収益認識、引当金及び繰延税金資産の回収可能性の判断を合わせた5項目で、全体の86%を占めていた。
 IFRS任意適用日本企業の場合には、監査報告書に記載されるKAMの数が全体的に減少傾向にあることに加えて、会計処理上非償却とされるのれんや耐用年数を確定できない商標権等の評価や減損など、KAMとして記載される項目がかなり限定され、集中してきている傾向にあった。

監査報告書に記載されたKAMの事例(IFRS任意適用企業)

 以後は、各社の連結財務諸表に対する監査報告書に記載されたKAMの記載事例のうち、特徴的なものを紹介することとしたい。
 コロナウイルス感染症(Covid-19)がある程度の落ち着きを見せている中で、2022年の大きなトピックは、ロシアによるウクライナへの侵攻であったといえよう。
 これについて触れているKAMは少ないが、ロシアに拠点や権益を持つ企業の監査報告書に記載された事例が2件見られた(下記参照)。本稿ではこのうち、三井物産の連結財務諸表に対する監査報告書(2022年3月期。会計監査人:有限責任監査法人トーマツ)に記載されたKAMを紹介することとする。

・三井物産 ウクライナ情勢のロシアLNG事業への影響
・日立建機 在ロシアの連結子会社が保有する売上債権の評価

三井物産:ウクライナ情勢のロシアLNG事業への影響 
(KAMの内容及び決定理由)

 2022年2月以降のウクライナ情勢及びそれに伴いロシアに対して国際社会が協調し制裁措置を取る中、関連する国における企業活動にはサプライチェーンの混乱、外資系企業の撤退、ロシアへの投資に対する制限、ロシアの一部銀行の国際銀行間通信協会(以下「SWIFT」からの排除に伴う資金決済の困難化、コモディティ価格のボラティリティの高まり等、広範囲な影響が生じている。
 そのような中、従来よりロシアで様々な事業を営む会社及び連結子会社は、ロシア向けに多額の投資、融資・保証等残高を有している。ロシア向けの投資・融資・保証の残高は主にサハリンⅡ事業及びArctic LNG2事業の2つのLNG事業に対する残高により構成され、それぞれが有する投資・融資・保証は以下の通りである。
サハリンⅡ事業:
・連結子会社であるMitsui Sahalin Holdings B.Vを経由し保有する評価差額をその他の包括利益に認識する(FVTOCI)金融資産Arctic LNG2事業
・持分法適用会社であるJapan Arctic LNG B.V.
への投資・融資
・Japan Arctic LNG B.V.を経由し保有する投資・融資、及び会社から差し入れている保証
 これらの投資・融資・保証の評価は主にロシアに対する国際社会の制裁措置、サハリンⅡ事業、Arctic LNG事業におけるパートナー企業の撤退方針、及び油価・天然ガス価の市況等により重要な影響を受ける可能性がある。
 当連結会計年度において、ウクライナ情勢に伴うLNG事業に係る投資・融資・保証の評価への影響は、ロシア国の格付けの低下等に伴う割引率の見直し及び投資先保有資産の評価の見直し等を主因として以下のようになっている(連結財務諸表注記29 ウクライナ情勢のロシアLNG事業への影響参照)。
サハリンⅡ事業:
・FVTOCIの金融資産の公正価値の減少:連結包括利益計算書の「FVTOCIの金融資産」として44,143百万円の減少
Arctic LNG2事業:
・Japan Arctic LNG B.V.への投資の帳簿価額の減額:連結損益計算書の「持分法による投資損益」として4,626百万円の減少、連結包括利益計算書の「持分法適用会社におけるその他の包括利益に対する持分」として36,415百万円の減少
・Japan Arctic LNG B.V.への融資及び会社から差し入れている保証に対する予想信用損失の見積り:連結損益計算書の「販売費及び一般管理費」として4,081百万円、及び「雑損益」として12,171百万円の融資・保証についての追加的な損失の計上
 上記を踏まえ、連結財務諸表注記29.ウクライナ情勢のロシアLNG事業への影響に記載の通り、当連結会計年度末におけるロシアLNG事業に関連する投資・融資の残高として、連結財政状態計算書の「その他の投資」、「持分法適用会社に対する投資」、「営業債権及びその他の債権」に含まれる貸付金(損失評価引当金控除後)の合計は222,528百万円であり、偶発債務に含まれる保証の残高は182,160百万円となっている。また、保証に対する損失評価引当金は「その他金融負債」に18,097百万円計上している。
 このように、関連する投資・融資・保証の評価の影響は連結財務諸表上重要性があり、中でも評価の際に用いるロシア国の格付けの決定はその感応度の金額的重要性が連結財務諸表に対して高いことから、重要な判断である。
 さらに、LNG事業の投資・融資・保証残高の評価及びその評価の際に用いるロシア国の格付けの決定に見積りや複雑な判断を要するが、その見積り及び判断は経営者による恣意性が介入する可能性がある。以上より、当監査法人は、ウクライナ情勢のロシアLNG事業への影響を監査上の主要な検討事項に該当すると判断した。
(監査上の対応)
 当監査法人は、ロシア向けLNG事業における投資・融資・保証残高の評価の妥当性を検討するため、主に以下の監査手続を実施した。
・ロシアに対する制裁措置の事業活動及び開発活動、並びに会社及び連結子会社による投資活動への影響を把握するため、複数の会社担当者や役職者に質問を実施し、関連する資料の閲覧を実施した。
・パートナー企業の撤退について、その時期や事業活動及び開発活動、並びに会社及び連結子会社による投資活動への影響を把握するため、複数の会社担当者や役職者に質問を実施し、関連する資料の閲覧を実施した。
・公正価値評価における評価技法、将来キャッシュ・フロー、及び割引率の合理性について検討するために、以下のそれぞれについて内部専門家との協議を実施するとともに、適切に評価モデルに反映されていること及びその計算の妥当性を検証した。
評価技法:公正価値の見積りにおける出口価格の評価において、インカム・アプローチの現在価値技法を採用することの妥当性
 将来キャッシュ・フロー及び割引率:将来キャッシュ・フロー又は割引率への不確実性の反映については、ロシアの一部銀行のSWIFTからの排除、パートナー企業の撤退方針、諸国によるロシア産の原油・天然ガス等の禁輸措置等に伴う事業活動及び開発活動への影響等が適切に考慮され、ロシア国の格付けの低下等の影響として、割引率に適切に反映されていること。
・融資及び保証に対する予想信用損失の見積りの合理性について検討するため、予想信用損失の評価技法の適切性及び見積りに上記の不確実性が適切に反映されていることを検証した。
・投資・融資・保証残高の評価の際に用いるロシア国の格付けの決定の妥当性を検討するため、内部専門家との協議を実施した。また、経営者の判断の前提となった情報の適切性、目的適合性及び信頼性を客観的に検討するため、外部公表情報との整合性の検証や関連する情報が網羅的に考慮されていることの検証を実施した。
・持分法投資の測定の妥当性及び持分法の適用により認識する損失の取り込み方法の妥当性の検討のため、関連する国際会計基準への準拠性の検証を実施した。
・なお、当連結会計年度末以後に発生した後発事象について、役職者に質問を実施し、関連する資料の閲覧を実施することで、連結財務諸表における修正又は開示の要否を検証した。
・連結財務諸表における、ロシアLNG事業のウクライナ情勢の影響に関する開示の妥当性及び十分性を検討した。

監査報告書に記載されたKAMの事例(日本の会計基準を適用する日本企業)

 企業の規模や業種を問わず、有形固定資産やのれんを含む無形資産の減損(判定の妥当性や計上額の妥当性等)などの汎用的な項目に集中しているIFRS任意適用日本企業のKAMに比べると、日本の会計基準を適用する日本企業のKAMについては収益認識や棚卸資産の評価等、当該企業の個別的な事情を反映したものが相対的に多く、業種による特徴的なKAMも散見される。ここでは、業種ごとに見られる特徴的なKAMの項目を中心に紹介することとしたい(下記の表3を参照)。

 IFRS任意適用企業についても、特徴的なKAMを挙げると表4のとおりである。

 なお、三菱UFJフィナンシャル・グループ(会計監査人:有限責任監査法人トーマツ)の連結財務諸表に対する監査報告書に記載されたKAMは、大きな区分では、①貸出業務における貸倒引当金の算定と②固定資産の減損会計の適用方法の変更の2つであるが、それぞれの項目を3つに区分し、それぞれについて「監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由」と「監査上の対応」とが記載されていた。

1. 貸出業務における貸倒引当金の算定
(1)特定の取引先の内部信用格付の決定
(2)過去実績を基に算定した損失率への将来見込等による調整
(3)在外子会社における貸倒引当金の算定
2. 固定資産の減損会計の適用方法の変更
(1)減損会計の適用方法を変更することについての経営者の判断の合理性及び判断の適時性
(2)共用資産の各部門への配分比率の決定
(3)共用資産の正味売却価額の基礎となる市場価格のない固定資産の時価評価

 日本の会計基準を適用する主要な日本企業の場合、事業会社よりも三菱UFJフィナンシャル・グループに代表される銀行や生命保険会社、損害保険会社等のいわゆる金融機関の監査報告書に記載されたKAMが、全体的に、質量ともに充実していた印象を受けた。

終わりに

 監査報告書へのKAMの記載もいよいよ2年目に入った。本稿では、欧米の事例も合わせて監査報告書に記載されたKAMの個数や項目の時系列的な分析を行ったが、言うまでもなく、KAMの個数やボリュームが多ければ多いほど投資家にとって有用というわけではない。量よりも質が重要である。
 日本証券アナリスト協会は、日本公認会計士協会の協力を得て、2022年2月2日に、「証券アナリストに役立つ監査上の主要な検討事項(KAM)の好事例集」を公表した。
 ここでは、KAMの好事例(ベストプラクティス)として26社(特別枠の3社を含む)が選定されており、好事例として選定された理由も詳しく丁寧に説明されている。この事例集を参考にしながら、2021年12月期や2022年3月期の監査報告書に記載するKAMの内容を検討した会計監査人も少なくないと思われる。
 投資のプロである証券アナリストから見て、KAMの利用価値は大きく分けて以下の3点であるとされている。
1. 監査の品質について一定の判断材料が得られること
2. 会社のリスクをよりよく理解できること。
3. 会計上の見積り等について、証券アナリストとは別の観点から監査人がチェックすることにより、重要な参考意見となること。
 KAMの好事例集は、今後も事例の追加や更新が行われていくものと思われる。定型的・画一的な開示ではなく、投資家の目線から有用と考えられるKAMが記載されていくためには、監査報告書において分かりやすく、かつ詳細なKAMの記載を行った会計監査人が市場から前向きに評価されるような仕組みを作ることが必要であろう。

参考文献
証券アナリストに役立つ監査上の主要な検討事項(KAM)の好事例集 日本証券アナリスト協会 2022年2月2日

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