解説記事2023年02月13日 未公開判決事例紹介 買収防衛策廃止議案を巡り監査役に解任請求も棄却(2023年2月13日号・№966)
未公開判決事例紹介
買収防衛策廃止議案を巡り監査役に解任請求も棄却
監査役と異なる裁判所決定も善管注意義務違反なし
本誌933号12頁で紹介した監査役解任請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。
〇買収防衛策廃止議案を巡り、株主(原告)が上場会社の監査役ら(被告)に対し解任請求を行った事件。東京地方裁判所(内林尚久裁判官)は令和4年5月20日、臨時株主総会で買収防衛策の廃止議案を取り上げなかった後、裁判所による買収防衛策の廃止を目的事項とした臨時株主総会招集許可決定が行われたものの、監査役らが買収防衛策の廃止議案を取り上げなかった判断過程に照らせば、重大な善管注意義務違反があったということはできないとし、原告の請求を棄却した(令和2年(ワ)第18033号)。
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
被告B及び被告Cをいずれも被告会社の監査役から解任する。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、被告会社の総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主である原告が、被告らに対し、被告会社の監査役である被告B及び被告C(以下、両名を併せて「被告監査役ら」という。)において、被告会社の取締役会が買収防衛策の廃止を株主総会の目的事項としないことに異議を述べなかったことなどから、被告会社の監査役の職務の執行に関し法令若しくは定款に違反する重大な事実があったにもかかわらず、被告監査役らをいずれも監査役から解任する旨の議案が令和2年6月19日に行われた被告会社の定時株主総会において否決されたと主張して、会社法854条1項1号に基づき、被告監査役らの各解任を請求する事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等。書証は、特に断らない限り、枝番号のものを含む。以下同じ。)
(1)当事者
ア 原告
原告は、有価証券、不動産、知的財産権その他の財産の取得、保有、賃貸及び売買等を目的とする合同会社である(弁論の全趣旨)。
原告は、本件訴えを提起する6か月前から、被告会社の総株主の議決権のうち100分の3以上を引き続き有する株主である(甲1、13、弁論の全趣旨)。
イ 被告会社
被告会社は、倉庫業、貨物自動車運送事業、貨物利用運送事業等を目的とする株式会社(取締役会設置会社、監査役会設置会社、会計監査人設置会社)である(弁論の全趣旨)。
ウ 被告B
被告Bは、昭和57年に被告会社に入社し、平成30年6月22日に被告会社の監査役に就任した(丙3、弁論の全趣旨)。
エ 被告C
被告Cは、公認会計士であり、令和元年6月21に被告会社の監査役(社外監査役)に就任した(乙15、丙4)。
(2)被告会社の定款の規定
被告会社の定款(以下「本件定款」という。)には、以下の定めがある(甲7)。
ア 被告会社の監査役の任期は、選任後4年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会終結の時までとする(34条1項)。
イ 被告会社は、企業価値及び株主共同の利益が不当に毀損されることを未然に防ぐために、買収防衛策を導入することができる(49条1項)。買収防衛策にかかる新株予約権無償割当に関する事項については、取締役会の決議によるほか、株主総会の決議による委任に基づく取締役会の決議により定める(同条2項)。
ウ 被告会社は、上記イに規定する買収防衛策の導入には、株主総会の決議を得なければならない(50条1項)。被告会社は、いつでも取締役会の決議に基づいて買収防衛策を廃止することができる(同条2項)。
エ 本件定款50条に基づき導入された買収防衛策は、株主総会の決議を得た後、3年以内に終了する最終の事業年度に関する定時株主総会において、その継続の決議を得なければならないものとし、以後も同様とする(51条1項)。買収防衛策の導入後において、定時株主総会での継続の決議が得られなかった場合、当該買収防衛策は当該定時株主総会の終結の時点をもってその効力を失う(同条2項)。
(3)令和元年定時株主総会
ア 被告会社は、令和元年6月5日、株主に対し、第99回定時株主総会(以下「令和元年総会」という。)に関する招集通知、株主総会参考書類、事業報告、連結計算書類、計算書類、監査役会の監査報告書等を併せた書類一式を発送した(甲4、弁論の全趣旨)。
イ 上記アの事業報告には「当社は、2019年5月14日開催の取締役会において、「当社株式の大量取得行為に対する対応策(買収防衛策)」(以下、「本プラン」という。)の導入について決議し、発効いたしました。この際、本プランの重要性に鑑み、2019年6月21日開催の当社第99回定時株主総会の議案にすることといたしました。」と記載されている(甲4・54頁。以下、上記記載に沿って、上記買収防衛策を「本プラン」という。)。
上記アの株主総会参考書類には「本プランは、本定時株主総会でのご承認をもって同日より発行する」と記載され(甲4・25頁)、また、「本プラン導入後、有効期間の満了前であっても、株主総会において、本プランの変更または廃止の決議がなされた場合には、本プランはその時点で変更または廃止されることになり、株主の皆様の合理的意思に依拠したものとなっております。」と記載されている(甲4・27頁)。
ウ 被告Bは、令和元年5月22日付けの上記アの監査役会の監査報告書(以下「令和元年総会の監査報告書」という。)において、事業報告に記載されている会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針については、指摘すべき事項は認められないとの監査意見を述べた(甲4・66頁)。
エ 令和元年6月21日、被告会社の令和元年総会が開催された。
令和元年総会において、買収防衛策(本プラン)導入についての承認議案、被告Cを監査役に選任する議案を含む各議案を可決する旨の決議がされた(乙15)。
(4)臨時株主総会招集通知
ア 原告は、会社法297条1項に基づき、令和元年9月6日付けで臨時株主総会招集通知を被告会社に対して送付した(以下「本件招集通知書」といい、当該招集請求を「本件招集請求」という。)。
原告は、本件招集通知書において、株主総会の目的である事項として、以下の5事項を挙げた。
① 取締役の報酬総額(年額)の引下げの件
② 剰余金の配当の件
③ 取締役1名の解任の件
④ 自己株式取得の件
⑤ 被告会社株式の大規模買付行為等への対応策(買収防衛策)廃止の件(令和元年総会にて決議された本プランの廃止。以下「本件議案」という。)
イ 本件招集通知書は、同年9月9日、被告会社に到達した(以上、甲2)。
(5)本件招集請求に対する取締役会決議
ア 令和元年10月7日付けで取締役会の書面決議がなされ、本件議案については、被告会社の定款上、買収防衛策について、取締役会の決議に基づいて廃止することができると定められており、株主総会の決議事項としては定められていないことなどから、その議案としての適法性に疑義があることを理由として、臨時総会における議案として取り上げないことが決議された。
上記決議では、被告会社の代表取締役であるAが、本件議案は、取締役会の決議による必要があるため、適法でないとして、臨時株主総会の議案として取り上げないことを提案したことに対し、被告監査役らは、監査役として異議がない旨の意見を令和元年10月7日付けで表明した(被告監査役らが当該意見を表明したことを、以下、「本件判断」という。以上、甲5)。
イ 上記アの決議に先立ち、令和元年9月26日付けで、被告会社の顧問弁護士が作成した、別紙の論点整理メモ(以下「本件論点整理メモ」という。)が存在しており、被告監査役らは、上記アの意見を表明するに際し、本件論点整理メモを参照にした。本件論点整理メモには、①結論として、本件議案は不適法であると解するのが合理的であること、②会社法上、取締役会設置会社の株主総会は、会社法及び定款で定めた事項に限り決議ができるとされているが、会社法上は買収防衛策の廃止に関する定めは存在しないこと、本件定款上は、買収防衛策については、取締役会の決議に基づいて廃止することができると定められており、株主総会の決議事項としては定められていないこと、③買収防衛策の廃止に係る株主提案権の行使を認めなかった裁判例として、ヨロズ事件決定(東京高等裁判所令和元年5月27日決定。資料版商事法務424号118頁。以下「別件事件決定」という。)が存在すること、もっとも、同決定に全面的に依拠することが安全であるかは議論の余地があること、④被告会社が自主的に買収防衛策の廃止に関する議案を取り上げることは可能であることなどが記載されている(以上、乙19、丙3、4、被告B本人、被告C本人)。
(6)臨時株主総会
被告会社は、令和元年11月4日、臨時株主総会(以下「本件臨時総会」という。)を開催した。
本件臨時総会においては、被告会社は、本件議案については、その議案としての適法性に疑義があることを理由として、本件臨時総会における議案として取り上げなかった(以上、甲3、乙13、弁論の全趣旨)。
(7)東京地方裁判所による株主総会招集許可決定
ア 東京地方裁判所は、令和2年3月6日、原告の申立てを受けて、会社法297条4項に基づき、本プランの廃止を目的事項として、同年4月17日までの日(なお、同裁判所は、その後、同年5月7日までの日に変更する決定をした。)を会日とする被告会社の株主総会招集許可決定をした(東京地方裁判所令和元年(ヒ)第302号株主総会招集許可申立事件。以下「本件招集許可決定」という。甲6、乙25)。
イ 本件招集許可決定に基づき、令和2年5月7日、被告会社の臨時株主総会が開催され、目的事項である本プランの廃止は否決された(乙17、26)。
(8)令和2年定時株主総会
ア 被告会社は、令和2年6月4日、株主に対し、第100回定時株主総会(以下「令和2年総会」という。)に関する招集通知、株主総会参考書類、事業報告、連結計算書類、計算書類、監査役会の監査報告書等を併せた書類一式を発送した(甲18、33、弁論の全趣旨)。
イ 被告監査役らは、令和2年5月20日付けの上記アの監査役会の監査報告書(以下「令和2年総会の監査報告書」という。)において、取締役の職務の執行に関する不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実は認められず、事業報告に記載されている会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針については、指摘すべき事項は認められないとの監査意見を述べた(甲18・58頁)。
ウ 令和2年6月19日、被告会社の令和2年総会が開催された。
令和2年総会において、被告監査役らを監査役から解任する決議は否決された(以上、甲8、丙1)。
(9)本件訴えの提起
原告は、令和2年7月17日、被告らを相手に本件訴えを提起した(顕著な事実)。
3 争点
被告Bについて、以下の(1)ないし(3)の事由が、被告Cについて、以下の(1)及び(2)の事由が、会社法854条1項にいう「役員の職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があった」場合(以下、単に「会社法854条1項の解任事由」ということがある。)に当たるか否か。
(1)本件判断及びこれに関連する義務を怠ったこと(争点1)
(2)令和2年総会の監査報告書への虚偽記載等(争点2)
(3)令和元年総会の監査報告書への虚偽記載等(争点3)
4 争点に対する当事者の主張
(1)争点1(本件判断及びこれに関連する義務を怠ったことが会社法854条1項の解任事由に当たるか否か)
(原告の主張)
ア 本件招集許可決定がなされているから、被告監査役らによる本件判断は、会社法に違反し、また、定款に違反することが確定した(以下「解任事由①−1」という。)。
イ また、本件判断に関連して、被告監査役らは、本プランの廃止の議案を取り上げるよう取締役に助言・勧告する義務や、被告会社の顧問弁護士ではない弁護士や学者から、法律意見書を取得すべきことを助言・勧告する義務があったのにこれを怠った(以下「解任事由①−2」という。)。
(被告らの主張)
ア 解任事由①−1について、被告監査役らが本件判断を行ったこと、本件招集許可決定がなされたことは認める。
しかし、本件招集許可決定がなされたからといって、当該決定には既判力はなく、本プランの廃止が被告会社の株主総会の適法な議案であることは確定したとはいえない。そして、定款による株主総会権限の留保の範囲は厳格に解すべきであるところ、本件定款は、買収防衛策の廃止を株主総会の権限の範囲に属する事項として定めていないことは合理的であるから、本プランの廃止は、株主総会の権限の範囲に属する事項とはいえない。また、少数株主の株主総会招集請求権に係る規定は、あくまで招集株主に株主総会の招集請求権を認めるものであり、取締役に株主からの請求に応じて株主総会を招集し、招集に係る全議案を上程する義務を課すものではなく、取締役会には一定の裁量が認められる。以上によれば、被告会社の取締役が、本プランの廃止を株主総会の目的事項とした臨時株主総会を招集しなかったことは、法令若しくは定款違反とはならないから、被告監査役らにも法令若しくは定款違反はない。さらに、本件招集請求は、実益がなく、申立人に害意があるから、権利の濫用に当たるため、被告会社の取締役はこれに応じて株主総会を招集する義務を負わないというべきである。
また、被告監査役らは、本件論点整理メモや別件事件決定の内容を踏まえて、監査役間で協議して本件判断に至ったものであり、本件判断をしたことに善管注意義務違反は認められない。
イ 解任事由①−2は、否認し争う。
(2)争点2(令和2年総会の監査報告書への虚偽記載等が会社法854条1項の解任事由に当たるか否か)
(原告の主張)
ア 本件招集許可決定により、被告会社の取締役会の判断は、会社法及び本件定款に違反することが確定した。それにもかかわらず、被告監査役らは、令和2年総会の監査報告書において、①取締役の職務の執行に関する不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実は認められないこと、②事業報告に記載されている会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針については、指摘すべき事項は認められないと事実に反する虚偽の監査意見を述べたから、法令違反となる(以下「解任事由②−1」という。)。
イ 被告監査役らは、本件招集許可決定を令和2年総会の監査報告書に記載すべき義務があったのにこれを怠った(以下「解任事由②−2」という。)。
ウ 被告監査役らは、買収防衛策の妥当性を監査し、監査役報告書に記載する義務(会社法施行規則129条)、特に、取締役に対し、独立委員会の委員に監査役を加えるべきことを助言・勧告する義務があり、監査報告書において、「独立委員が全員取締役であり、当社取締役会の恣意的判断を排するためという独立委員会設置の目的が達成できるか疑義がある」旨を具体的に記載すべき義務を怠った(以下「解任事由②−3」という。)。
エ 被告監査役らは、監査役会が令和2年総会の監査報告書を作成する際には、監査役会は1回以上、会議の開催(又は同時に意見を交換できる情報の送受信の方法)により、監査役会監査報告の内容を審議する義務(会社法施行規則130条3項)があったのにこれを怠った(以下「解任事由②−4」という。)。
(被告らの主張)
解任事由②−1について、被告監査役らが上記監査意見を述べたことは認めるが、その内容が虚偽であることは否認する。その余の原告の主張する解任事由は否認し争う。
(3)争点3(令和元年総会の監査報告書への虚偽記載等が会社法854条1項の解任事由に当たるか否か)
(原告の主張)
ア 令和元年総会の事業報告では、「当社は、2019年5月14日開催の取締役会において、「当社株式の大量取得行為に対する対応策(買収防衛策)」(以下、「本プラン」という。)の導入について決議し、発効いたしました。」と記載されている一方(甲4・54頁)、令和元年総会の株主総会参考書類では、「本プランは、本定時株主総会でのご承認をもって同日より発行する」と記載されており(甲4・25頁)、発効日及び効力発生決定機関が齟齬している。それにもかかわらず、被告Bは、令和元年総会の監査報告書において、事業報告に記載されている会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針については、指摘すべき事項は認められないと事実に反する虚偽の監査意見を述べたから、会社法436条等に違反している(以下「解任事由③−1」という。)。
イ 令和元年総会の株主総会参考書類では、「本プラン導入後、有効期間の満了前であっても、株主総会において、本プランの変更または廃止の決議がなされた場合には、本プランはその時点で変更または廃止されることになり、株主の皆様の合理的意思に依拠したものとなっております。」と記載されており(甲4・27頁)、株主総会の決議によって本プランの変更又は廃止の決議が可能である旨が記載されている。被告Bの主張を前提とすると、被告Bは、上記の株主総会による買収防衛策の廃止又は変更は、本件定款50条2項に照らして、株主総会の適法な議案でないと認識していたことになるから、その点を株主総会に報告すべき義務(会社法384条)があったのに、これを怠ったか、又は、そもそも株主総会の適法な議案であるか否かの調査を怠ったというべきである(以下「解任事由③−2」という。)。
ウ 被告Bは、買収防衛策の妥当性を監査し、監査役報告書に記載する義務(会社法施行規則129条)、特に、取締役に対し、独立委員会の委員に監査役を加えるべきことを助言・勧告する義務があり、監査報告書において、「独立委員が全員取締役であり、当社取締役会の恣意的判断を排するためという独立委員会設置の目的が達成できるか疑義がある」旨を具体的に記載すべき義務を怠った(以下「解任事由③−3」という。)。
エ 被告Bは、監査役会が令和元年総会の監査報告書を作成する際には、監査役会は1回以上、会議の開催(又は同時に意見を交換できる情報の送受信の方法)により、監査役会監査報告の内容を審議する義務(会社法施行規則130条3項)があったのにこれを怠った(以下「解任事由③−4」という。)。
オ 被告Bは、平成31年3月末時点で存在しない経営会議に出席したと令和元年総会の監査報告書に虚偽の記載をした(甲4・65頁。以下「解任事由③−5」という。)。
(被告会社及び被告Bの主張)
解任事由③−1について、被告Bが上記監査意見を述べたことは認めるが、その内容が虚偽であることは否認する。その余の原告の主張する解任事由は否認し争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件判断及びこれに関連する義務を怠ったことが会社法854条1項の解任事由に当たるか否か)
(1)解任事由①−1
ア 原告は、本件招集許可決定がなされているから、被告監査役らによる本件判断は、会社法に違反し、また、定款に違反することが確定したと主張する。
イ 証拠(乙2、19、丙3、4、被告B本人、被告C本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告監査役らが本件判断を行った過程について、以下の事実が認められる。
(ア)被告監査役らは、令和元年9月12日開催の経営会議において、被告会社の代表取締役であるAから、本件招集請求の内容について説明を受けた。なお、同日には取締役らから本件招集請求への対応方針は示されなかった。
(イ)被告監査役らは、令和元年9月26日開催の経営会議において、被告会社の代表取締役であるAから、被告会社の顧問弁護士が作成した本件論点整理メモの配布を受けた上で、①会社法上、取締役会設置会社の株主総会では、会社法及び定款所定の事項に限り決議できる旨が定められていること、②会社法及び本件定款には、本プランの廃止が株主総会決議事項として定められていないこと、③買収防衛策の廃止に係る株主提案権の行使を認めない裁判例(別件事件決定)が存在していることから、本プランの廃止議案(本件議案)は、被告会社の株主総会の権限の範囲に属する事項とはいえないと考えられることについて説明を受けた。
(ウ)さらに、被告監査役らは、本件論点整理メモの内容を確認し、被告Bにおいては別件事件決定の決定書(乙2)を読んでその内容を確認し、被告Cにおいてはヨロズ株式会社のプレスリリースを通じて上記決定の内容を確認し、監査役間でも協議を行い、上記(イ)の説明内容に特段問題がないとの結論に至った。
(エ)以上を踏まえて、被告監査役らは、令和元年10月7日、本件議案は不適法であるとして臨時株主総会の議案として取り扱わないことについて、監査役として異議がないとの意見を述べた(本件判断)。
ウ 以上の経緯に照らせば、結果的には本件判断とは異なる内容の本件招集許可決定がなされているものの、被告監査役らは、被告会社の代表取締役から上記説明を受け、法律の専門家である弁護士の意見を確認し、別件事件決定の内容も加味した上で、監査役間で協議し、本件判断を行ったのであり、その判断過程に照らせば、本件判断を行ったことについて、重大な善管注意義務違反があったということはできず、ひいては、法令若しくは定款に違反する重大な事実があったということはできない。
エ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
(2)解任事由①−2
ア 原告は、本件判断に関連して、被告監査役らは、本プランの廃止の議案を取り上げるよう取締役に助言・勧告する義務や、被告会社の顧問弁護士ではない弁護士や学者から、法律意見書を取得すべきことを助言・勧告する義務があったのにこれを怠ったと主張する。
イ しかし、上記(1)イで認定した被告監査役らの検討状況に照らせば、被告監査役らが、原告が上記アで主張する義務を負っていたとは認められない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
2 争点2(令和2年総会の監査報告書への虚偽記載等が会社法854条1項の解任事由に当たるか否か)
(1)解任事由②−1
ア 原告は、本件招集許可決定により、被告会社の取締役会の判断は、会社法及び定款に違反することが確定したにもかかわらず、被告監査役らが、令和2年総会の監査報告書において、①取締役の職務の執行に関する不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実は認められないこと、②事業報告に記載されている会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針については、指摘すべき事項は認められないと事実に反する虚偽の監査意見を述べたから、法令違反となると主張する。
イ しかし、前記1で述べたとおり、被告監査役らが、本件判断を行ったことについて重大な善管注意義務違反があったということはできないから、本件判断を踏まえて、令和2年総会の監査報告書において、①取締役の職務の執行に関する不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実は認められないと記載し、また、②事業報告に記載されている会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針については、指摘すべき事項は認められないと記載したとしても、法令に違反する重大な事実があったということはできない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
(2)解任事由②−2
ア 原告は、被告監査役らは、本件招集許可決定を令和2年総会の監査報告書に記載すべき義務があったのにこれを怠ったと主張する。
イ しかし、被告監査役らが上記の記載をしなかったとしても、その内容に照らし、法令に違反する重大な事実があったということはできない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
(3)解任事由②−3
ア 原告は、被告監査役らは、買収防衛策の妥当性を監査し、監査役報告書に記載する義務(会社法施行規則129条)、特に、取締役に対し、独立委員会の委員に監査役を加えるべきことを助言・勧告する義務があり、監査報告書において、「独立委員が全員取締役であり、当社取締役会の恣意的判断を排するためという独立委員会設置の目的が達成できるか疑義がある」旨を具体的に記載すべき義務を怠ったと主張する。
イ しかし、被告監査役らが上記アのような具体的な記載をすべき義務を負っていたことを基礎付ける事実関係を認めるに足りる証拠はなく、原告の主張する監査報告書の記載内容に関し、法令に違反する重大な事実があったということはできない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
(4)解任事由②−4
ア 原告は、被告監査役らにおいて、監査役会が令和2年総会の監査報告書を作成する際には、監査役会は1回以上、会議の開催(又は同時に意見を交換できる情報の送受信の方法)により、監査役会監査報告の内容を審議する義務(会社法施行規則130条3項)があったのにこれを怠ったと主張する。
イ しかし、証拠(乙24、丙3、4、被告B本人、被告C本人)によれば、被告会社の監査役会は、令和2年5月20日、会議の開催により、令和2年総会の監査報告書の内容を審議したと認められる。
したがって、被告監査役らが、上記アの審議する義務を怠ったとはいえない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
3 争点3(令和元年総会の監査報告書への虚偽記載等が会社法854条1項の解任事由に当たるか否か)
(1)解任事由③−1
ア 原告は、令和元年総会の事業報告と株主総会参考書類では、本プランの発効日及び効力発生決定機関が齟齬しているにもかかわらず、被告Bは、令和元年総会の監査報告書において、事業報告に記載されている会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針については、指摘すべき事項は認められないと事実に反する虚偽の監査意見を述べたから、会社法436条等に違反すると主張する。
イ そこで検討すると、令和元年総会の事業報告では「当社は、2019年5月14日開催の取締役会において、「当社株式の大量取得行為に対する対応策(買収防衛策)」(以下、「本プラン」という。)の導入について決議し、発効いたしました。この際、本プランの重要性に鑑み、2019年6月21日開催の当社第99回定時株主総会の議案にすることといたしました。」と記載されていること、令和元年総会の株主総会参考書類では「本プランは、本定時株主総会でのご承認をもって同日より発行する」と記載されていることが認められる(前提事実(3)イ)。
ウ 上記イの記載内容を全体としてみれば、被告会社の取締役会は本プランの導入を決定したものの、その重要性に鑑み、買収防衛策は、株主総会の決議事項とすることも併せて決定し、当該決議があってから正式に発効するものとしたと理解することができ、事業報告と株主総会参考書類の内容が実質的に齟齬しているということはできない。証拠(丙3、被告B本人)によれば、被告Bもそのような理解をしていたと認められる。
したがって、上記イの記載内容に関し、被告Bが、令和元年総会の監査報告書において、事業報告に記載されている会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針については、指摘すべき事項は認められないと事実に反する虚偽の監査意見を述べたということはいえず、法令に違反する重大な事実があったということはできない。
エ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
(2)解任事由③−2
ア 原告は、令和元年総会の株主総会参考書類では、「本プラン導入後、有効期間の満了前であっても、株主総会において、本プランの変更または廃止の決議がなされた場合には、本プランはその時点で変更または廃止されることになり、株主の皆様の合理的意思に依拠したものとなっております。」と記載されており、株主総会の決議によって本プランの変更又は廃止の決議が可能である旨が記載されているが、被告Bの主張を前提とすると、被告Bは、上記の株主総会による買収防衛策の廃止又は変更は、本件定款50条2項に照らして、株主総会の適法な議案でないと認識していたことになるから、その点を株主総会に報告すべき義務(会社法384条)があったのに、これを怠ったか、又は、そもそも株主総会の適法な議案であるか否かの調査を怠ったと主張する。
イ しかし、証拠(被告B本人)によれば、被告Bは、買収防衛策の廃止は、取締役会で決定されるものであるが、その重要性に鑑み、取締役会の決定に基づき株主総会の決議事項とすることができるものと理解していたと認められることに照らせば、上記アの報告をしなかったことをもって、直ちに法令に違反する重大な事実があったということはできない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
(3)解任事由③−3
ア 原告は、被告Bにおいて、買収防衛策の妥当性を監査し、監査役報告書に記載する義務(会社法施行規則129条)、特に、取締役に対し、独立委員会の委員に監査役を加えるべきことを助言・勧告する義務があり、監査報告書において、「独立委員が全員取締役であり、当社取締役会の恣意的判断を排するためという独立委員会設置の目的が達成できるか疑義がある」旨を具体的に記載すべき義務を怠ったと主張する。
イ しかし、被告Bが上記アのような具体的な記載をすべき義務を負っていたことを基礎付ける事実関係を認めるに足りる証拠はなく、原告の主張する監査報告書の記載内容に関し、法令に違反する重大な事実があったということはできない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
(4)解任事由③−4
ア 原告は、被告Bにおいて、監査役会が令和元年総会の監査報告書を作成する際には、監査役会は1回以上、会議の開催(又は同時に意見を交換できる情報の送受信の方法)により、監査役会監査報告の内容を審議する義務(会社法施行規則130条3項)があったのにこれを怠ったと主張する。
イ しかし、証拠(乙23、丙3、被告B本人)によれば、被告会社の監査役会は、令和元年5月22日、会議の開催により、令和2年総会の監査報告書の内容を審議したと認められる。
したがって、被告Bが、上記アの審議する義務を怠ったとはいえない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
(5)解任事由③−5
ア 原告は、被告Bが、平成31年3月末時点で存在しない経営会議に出席したと令和元年総会の監査報告書(甲4・65頁)に虚偽の記載をしたと主張する。
イ しかし、証拠(乙20、丙3、被告B本人)によれば、被告会社の経営会議規定は平成31年4月1日に制定されているものの、これは従前の実務を社内規定の形で明文化したにとどまり、被告会社の経営会議は、平成30年以前から存在して開催されていたこと、被告Bは、平成31年3月末時点で、被告会社の経営会議に出席していたことが認められる。
したがって、原告が上記アで主張する虚偽の記載があったとはいえない。
ウ よって、原告の上記アの主張は採用することができない。
4 まとめ
その余の原告の主張も前記認定判断を左右するに足りず、いずれも採用することができず、以上によれば、原告の主張する解任事由は、被告監査役らについて、会社法854条1項にいう「役員の職務の執行に関し不正の行為又は法令に違反する重大な事実があった」場合に当たるとはいえない。
第4 結論
以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第8部
裁判官 内林尚久
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