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解説記事2023年02月27日 特別解説 英国で上場する企業に対する監査報告書(2023年2月27日号・№968)

特別解説
英国で上場する企業に対する監査報告書

はじめに

 従来は定型的かつ形式的な記載しかなく、情報提供機能に乏しいと言われてきた我が国の企業に対する監査報告書であるが、監査上の主要な検討事項(KAM)やその他の記載事項が追加され、監査報告書に記載すべき事項の順番等も変更されるなど(例えば、監査意見やその根拠を最初に記載し、取締役の責任や監査人の責任は後述する形式)、ここ数年でたびたび改訂が加えられて大きく様変わりすることとなった。
 この監査報告書の長文化への流れは、いずれも英国における監査制度改革をその発端としている。これまでの監査上の改革は、英国で始まり、そこから欧州大陸の諸国や米国、あるいは我が国へと波及してゆくことが多かったと考えられる。2022年3月期から適用が始まった「その他の事項」に関する記載を最後に、我が国における監査報告書の様式の変更は一区切りついたように思われるが、「監査改革の最先端」である、英国で上場する英国企業の連結財務諸表に対して発行される監査報告書には、今現在どのような内容が記載されているのであろうか。我が国の企業に対する監査報告書と比較しながら、特に我が国の監査報告書では記載されていない項目を中心に紹介することとしたい。

今回の調査の対象とした企業

 ロンドン証券取引所に上場する英国企業のうち、大手百貨店のM&S(マークス&スペンサー。以下、M&S社という。)が作成・公表したアニュアルレポートに含められている監査報告書(会計監査人:Deloitte)を題材に、会計監査人の監査報告書に記載されている項目について、我が国の監査報告書との比較を交えながら検討することとしたい。

M&S社に対する監査人の監査報告書の構成

 M&S社は、プライベートブランド(PB)の衣料品・靴・ギフト商品・家庭用雑貨・食品などを販売する英国の小売事業者である。英国内に300店以上を展開するほか、約30か国にフランチャイズ店を持つ。百貨店等の小売業者によく見られるが、M&S社の決算期は、3月31日前後の一定の日をもって終了する52週間(あるいは53週間)という決まり方をしている。M&S社の2020年度は、「2021年4月3日をもって終了する53週間」であり、2021年度は「2022年4月2日をもって終了する52週間」となっている。
 会計監査人であるDeloitteがM&S社の2022年4月2日をもって終了する52週間の年度の連結財務諸表に対して表明した監査報告書の構成は次のとおりであった。
 なお、我が国の企業に対して発行される監査報告書では見られない項目については下線を付している。

1.監査意見
2.監査意見の根拠
3.監査アプローチの要約(監査上の主要な検討事項(KAM)、重要性、アプローチの重要な変更)
4.継続企業に関連する結論
5.監査上の主要な検討事項(KAM)
6.重要性の適用
 6.1 重要性の基準値
 6.2 手続実施上の重要性(Performance materiality)
 6.3 誤謬を報告するための閾値(Error reporting threshold)
7.監査範囲の概要
 7.1 構成単位の識別とスコーピング
 7.2 統制環境に関する検討
 7.3 気候変動リスクの検討
 7.4 他の監査人との協働
8.その他の情報
9.取締役の責任
10.財務諸表監査に対する監査人の責任
11.監査が粉飾決算を含む不正行為を検出できると考えられた範囲
 11.1 不正行為に関連する潜在的なリスクの識別と評価
 11.2 識別したリスクへの監査上の対応
12.2006年会社法で規定されたその他の事項に関する意見
13.コーポレートガバナンス・ステートメント
14.例外的に報告しなければならない事項
 14.1 我々が受けた説明と会計記録の適切性
 14.2 取締役の報酬
15.検討しなければならないその他の事項
 15.1 監査人の任期
 15.2 監査報告書と監査委員会による追加的な報告書との間の整合性
16.監査報告書の利用

 3.の「監査アプローチの要約」は次のとおりであった(以下の和訳は、いずれも筆者による仮訳である)。

監査上の主要な検討事項(KAM)

 当年度で我々が識別したKAMは、次のとおりであった。
・英国の店舗資産の減損と減損損失の戻入
・英国における店舗不動産プログラムの会計処理
・英国における衣服・家庭用品の棚卸資産引当金
・代替業績指標の一部である調整項目の開示

重要性の基準値(注)

 連結財務諸表について我々が利用した重要性の基準値は、25百万ポンド(約40億円)であった(前年度は16百万ポンド)。この基準値は、投資家や財務諸表の読者が利用する多くの異なる測定基準の検討に基づいて決定された。それらの測定基準は次のとおりである。
・調整後税引前利益
・利息、税金及び減価償却費控除前利益
 (EBITDA)
・収益
(注)重要性の基準値とは、監査計画の策定時に決定した、財務諸表全体において重要であると判断する虚偽表示の金額(監査計画の策定後改訂した金額を含む。)をいう。
(監査基準報告書320「監査の計画及び実施における重要性」第8項(1))

スコーピング

 我々は、英国事業の構成単位にはフルスコープの監査を実施した。フルスコープ監査の対象とした項目の残高は、当社グループの収益の95%(2021年は96%)、調整後税引前利益の88%(2021年は95%)、税引前利益の93%(2021年は税引前損失の93%)、総資産の80%(2021年は80%)及び総負債の88%(2021年は88%)を占めていた。残余の残高については、我々は分析的手続を実施した。

我々のアプローチの重要な変更

 我々は、Per una事業に係るのれんの減損及び継続企業の前提の会計処理は、当期においてはもはや監査上の主要な検討事項(KAM)ではないと決定した。これらの検討についてはセクション5を参照のこと。
 また、「7.3 気候変動リスクの検討」に関する記載内容は、次のとおりであった。

 当社グループは、気候変動の潜在的影響の評価を継続して行い、経営者がパリ協定に沿っていると考える目標を設定している。経営者は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の報告書72~77ページで説明されているように、2040年までに炭素排出量を正味ゼロにするという目標を含む、多くのマイルストーンを特定した。当該評価は、資産及びグループの重要なリソースのうちの2つ、すなわち動物性タンパク質と綿花に着目したものであった。経営者は、財務諸表に最も影響を与える可能性が高いものは、3年間のキャッシュに関連するものであると考えている。これには、セクション5で監査上の主要な検討事項(KAM)の一部として説明されているものを含み、必要に応じてこれらの予測に影響を含めている。この段階では、気候変動イニシアチブの長期的な影響がどのようなものになるかについてかなりの不確実性があるが、予測は、注記1で説明されているように、経営者による財務諸表への影響の最善の見積りを反映している。経営者による気候関連のリスク評価を入手し、気候関連リスクを特定するプロセス、緩和措置の決定、及びグループの財務諸表への影響を理解するために経営者と協議した。グループの勘定残高及び取引の種類に対する気候変動の潜在的な影響について、独自の定性的なリスク評価を実施したが、合理的に考えられる重要な虚偽表示リスクは識別されなかった。
 我々の監査手続は気候変動の専門家の関与を得て実施され、戦略報告書に含まれる開示を通読し、それらが財務諸表及び監査で得られた我々の知見と実質的に一致しているかどうかを検討することが含まれていた。グループの業務の内容及びリスク評価手続と監査手続中に重要な会計上の見積りと判断に与える影響について得られた知見を考慮して、我々は監査において、気候関連リスクを個別の監査上の主要な検討事項(KAM)として特定しなかった。我々は、これらの開示の正確性について保証を提供することに関与していない。

監査報告書の後段(11.以降)に記載された事項


 以後では、「11.監査が粉飾決算を含む不正行為を検出できると考えられた範囲(Extent to which the audit was considered capable of detecting irregularities including fraud)」から最後の「16.監査報告書の利用」までの監査報告書に記載された事項の内容について説明することとしたい。

11.監査が粉飾決算を含む不正行為を検出できると考えられた範囲

 まず、11は、「11.1不正に関連する潜在的なリスクの識別と評価」及び「11.2識別したリスクに対する監査上の対応」の2つのパートに分かれている。
 11.1では、監査人が様々な監査手続を実施した結果、組織内に存在する可能性のある不正の機会と動機とを検討し、経営者が重要な判断を下す必要がある分野(代替業績指標内の調整項目の開示など)で不正の可能性が最大であると識別したとしている。そして監査人は、ISA(英国)に基づくすべての監査と同様に、経営者による内部統制の無効化リスクに対応するための特定の手続を実施することも求められたと記載されている。
 そして、このリスクの識別と評価に対応して、監査人であるDeloitteは、不正の潜在的なリスクに関連する監査上の主要な検討事項(KAM)として、「代替業績指標の一部である調整項目の開示」を識別した。
 そしてさらに、KAMとして記載された事項のほかに、次のような監査手続を実施したと記載されていた。
・財務諸表の開示を検討し、財務諸表に直接影響を与えると説明されている関連法規の要求事項への準拠を評価するために、裏付け文書に対して監査手続を実施した。
・経営者、監査委員会、及び社内の法律専門家に、実際の訴訟及び係争の可能性について質問した。
・不正による重大な虚偽表示のリスクを示す可能性のある異常または予期しない関係を識別するために分析的手続を実施した。
・統治責任者の会議の議事録を通読し、内部監査報告書をレビューし、HMRC(Her Majesty’s
Revenue and Customs)とのやりとりをレビューした。
・経営者による内部統制の無効化に対応するため、仕訳入力及びその他の調整の適切性を検討するために監査手続を実施して、会計上の見積りを行う際に下された判断が潜在的な偏向を示しているかどうかを評価した。
・また、関連する識別した法令等、及び潜在的な不正リスクについて監査チームメンバー全員に通知するとともに、社内の専門家や構成単位の監査チームを含め、監査全体を通じて、不正行為又は法令等の違反の兆候に留意した。

12.2006年会社法で規定されたその他の事項に関する意見

 監査報告書のこのパートに記載された内容は次のとおりであった。
 我々の意見では、監査対象の取締役報告書の部分は、2006年会社法に従って適切に作成されていた。監査の過程で行われた作業に基づき、我々の意見は次のとおりであった。
・財務諸表が作成された会計年度の戦略報告書及び取締役報告書に記載されている情報が、財務諸表と一致していた。
・戦略報告書と取締役報告書は、適用される要求事項に従って作成されていた。
・監査の過程で得られたグループと会社、及びそれらの環境に関する知識と理解に照らして、戦略報告書または取締役報告書において重大な虚偽記載を識別することはなかった。

13.コーポレートガバナンス・ステートメント

 監査報告書のこのパートに記載された内容は次のとおりであった。
 上場規則により、当法人は継続企業、長期的な存続可能性に関する取締役の声明、及び当法人のレビュー対象として指定された英国のコーポレートガバナンスコードの条項への当社グループの準拠に関するコーポレートガバナンスステートメントの一部をレビューしなければならない。
 我々の監査の一環として行われた作業に基づいて、我々は、M&S社のコーポレート・ガバナンス・ステートメントの次の要素のそれぞれについて、財務諸表および監査中に得られた当法人の知見と実質的に一致していたと結論を下した。
・継続企業の会計基準を採用することの適切性に関する取締役の声明、及び111ページに記載されている、識別した重大な不確実性。
・グループの見通しの評価、この評価が対象とする期間、及びその期間が適切である理由についての取締役の説明(55ページに記載)。
・112ページに記載されている、公平で、バランスが取れており、理解しやすいという取締役の声明。
・取締役会が、112ページに記載されている新たなリスクと主要なリスクの確固たる評価を実施したことの確認。
・リスク管理および内部統制システムの有効性のレビューを説明する年次報告書のセクション(45~55ページ)。及び
・監査委員会の作業を説明するセクション(78~84ページ)。

14.例外的に報告が求められる事項

 「例外的に報告が求められる事項(Matters On Which We Are Required To Report By Exception)」は、「我々が受けた説明と会計記録の適切性(Adequacy of explanations received and accounting records)」及び「役員報酬(Directors’ remuneration)」の2つのパートに分かれており、それぞれで記載された内容は次のとおりであった。

14.1 我々が受けた説明と会計記録の適切性

 2006年会社法に基づき、我々は次のような場合に報告しなければならない。
・監査に必要なすべての情報と説明を受け取っていない場合。また
・被監査会社が適切な会計記録を保持していない、または当法人が監査をするのに十分な報告書が提出されていない場合。
・我々が訪問していない支店から資料を受け取った場合。及び
・被監査会社の財務諸表が会計記録および報告書と一致していない場合。
 これらの問題に関して、報告すべき事項はなかった。

14.2 役員報酬

 2006年会社法に基づき、役員報酬の特定の開示が行われていない場合、又は役員報酬の一部が開示されていないと当法人が判断した場合も、報告をしなければならない。また、監査対象の報告書が会計記録および報告書と一致していない場合も報告が必要である。
 これらの問題に関して、報告すべき事項はなかった。

15.検討しなければならないその他の事項

 「検討しなければならないその他の事項(Other Matters Which We Are Required To Address)」は2つのパートに分かれており、それぞれで記載された内容は次のとおりであった。

15.1 監査人の任期

 監査委員会の勧告に従い、株主から、2014年7月8日に、2015年3月28日に終了する期間およびその後の会計期間の財務諸表を監査するように当法人は任命された。過去の契約更新と再任を含めて中断のない総関与期間は8会計期間であり、これらの期間をカバーしている。

15.2 監査報告書と監査委員会による追加的な報告書との間の整合性

 我々の監査意見は、ISA(英国)に従って提供する必要がある監査委員会への追加報告書と一致している。
 我が国の監査報告書では、最後に守秘義務に関する記載があるが、英国で上場する企業に対して発行される監査報告書にはそのような記載はなく、最後のパートは「監査報告書の利用」である。M&S社の監査報告書では次のような記載がなされていた。

16.監査報告書の利用

 この報告書は、2006年会社法パート16の第3章に従って、組織としての会社の構成員に対してのみ作成される。我々の監査業務は、要求されている事項を会社の構成員に表明することができるようにするために行われており、監査報告書については、それ以外の目的はない。法律で許可されている最大限の範囲で、我々は、監査業務、及びこの報告書について、組織としての会社および会社の構成員以外の誰に対しても責任を負うものではない。
 金融行為監督機構(FCA)開示ガイダンス及び透明性規則(DTR)4.1.14Rの要求に従い、これらの財務諸表はESEF規制技術基準(「ESEF RTS」)に準拠した英国FCAの国家保管メカニズムである、欧州単一電子形式(ESEF)で作成された年次財務報告書の一部を構成する。この監査報告書は、年次財務報告書がESEF RTSで指定された単一の電子形式を使用して作成されているかどうかを保証するものではない。

終わりに

 本稿で紹介した項目のうち、監査上の重要性の適用や重要な構成単位の識別とスコーピングに関する開示等は、かなり専門的で「マニアックな」領域でもあり、我が国の企業に対して発行される監査報告書において、英国と同様に今後開示が要求されるかどうかは不透明であるが、例えば気候変動に関する記載等は、近い将来、有価証券報告書における開示に続いて、我が国の企業に対して発行される監査報告書においても何らかの言及が求められる可能性がないとは言えないであろう。監査報告書において、投資家にとって有用な情報を会計監査人からも提供するという大きな流れは今後も変わらないと考えられることから、海外における監査制度や監査報告書改革の動きからは引き続き目が離せないと思われる。

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