カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2023年03月27日 未公開判決事例紹介 住宅ローン控除を巡り税理士に損害賠償責任(2023年3月27日号・№972)

未公開判決事例紹介
住宅ローン控除を巡り税理士に損害賠償責任
東京地裁、債務不履行がなければ物件購入はなし

 本誌956号4頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

○弁護士である原告が、修正申告すれば、居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例と住宅ローン控除の適用が可能であるとして新居を購入したものの、修正申告が認められず、住宅ローン控除の適用を受けることができなかったため、委任契約を締結した税理士(被告)に対し損害賠償請求を行った事件。東京地方裁判所(品田幸男裁判長)は令和4年5月16日、税理士の委任契約に係る債務不履行がなければ、原告は住宅ローン控除満額の適用を受けるため、物件の購入を見送ったなどとし、税理士側に対して235万3,280円の損害賠償請求を認めた(令和2年(ワ)第11869号)。

主  文

1 被告らは、原告に対し、それぞれ、117万6640円及びこれに対する令和元年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その3を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。 
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
 被告らは、原告に対し、それぞれ、200万8664円及びこれに対する令和元年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、新居の購入に当たり、税理士であるA(令和2年1月23日死亡。以下「A税理士」という。)から、過去の所得税等の確定申告について修正申告をすれば、新居の購入のための住宅ローンに係る特別控除の適用を受けることができる旨の助言を受けたことから、A税理士との間で当該修正申告業務について委任契約を締結し、新居を購入したものの、当該修正申告は認められず、上記住宅ローンに係る特別控除の適用を受けることができなかったため、同特別控除額相当の損害を被った旨主張して、債務不履行に基づく損害賠償請求として、A税理士の相続人(夫と子)である被告らに対し、それぞれ200万8664円及びこれに対する令和元年11月27日(履行の請求をした日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(書証番号の表示については、明示のない限り枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1)当事者等

ア 原告は、第一東京弁護士会所属の弁護士である。原告が勤務する法律事務所は、東京及び大阪に事務所を有している。(甲27、当事者間に争いのない事実)
イ A税理士は、東京税理士会所属の税理士であったが、令和2年1月23日に死亡した。被告BはA税理士の夫であり、被告CはA税理士の子である。(甲1、2、弁論の全趣旨)
(2)確定申告に係る委任契約の締結
 原告は、平成29年12月頃、A税理士との間で、平成29年分以降の所得税等に係る確定申告業務を年間10万円の費用で継続的に委任する旨の委任契約を締結した(当事者間に争いのない事実)。
(3)原告の自宅の売却等
ア 原告は、前記(2)の委任契約締結に先立つ平成29年9月20日、当時大阪に自宅として所有していたマンションの一室(以下、単に「自宅」という。)を、購入価額を上回る金額で第三者に売却し、平成30年1月30日に買主への引渡しを行ったところ、同売却に係る譲渡所得について、売買契約の効力発生の日の属する平成29年分の所得としてではなく、物件を引き渡した日の属する平成30年分の所得として確定申告をし、上記譲渡所得全額の1366万3371円について、居住用財産を譲渡した場合の3000万円の特別控除の特例(租税特別措置法35条等。以下「売却時控除」という。)の適用を受けた(甲5、8~11、弁論の全趣旨)。
  確定申告において、譲渡所得は、資産を譲渡した日の属する年の所得として扱われるところ、資産を譲渡した日とは、原則として、売買などの譲渡契約に基づいて資産を買主等に引き渡した日をいうが、同契約の効力発生の日に譲渡があったものと扱うこともできるとされており、上記平成30年分の確定申告(上記売却に係る譲渡所得の申告及び売却時控除の適用申請)は、これに沿って行われた適正なものであった(甲5、10)。
イ 令和元年11月当時(後記(5)アの本件契約締結当時)、取得した住宅を居住の用に供した年及びその前後各2年ずつの合計5年間に売却時控除の適用を受けている場合には、住宅借入金等特別控除(租税特別措置法41条等。以下「住宅ローン控除」という。)の適用を受けることはできないとされていた(甲3)。
(4)原告からA税理士への税務相談
 原告が、令和元年10月29日、A税理士に対し、新居の購入を検討するに当たり、住宅ローン控除の適用を受けることが可能か(前記(3)アの売却時控除との併用の可否)といった税務上の疑問点についてメールで問合せをしたところ、A税理士は、翌30日、原告に対し、要旨、①売却時控除の適用を受けた年から2年以内に新居の引渡しを受ける場合には住宅ローン控除の適用は受けられない、②原告は自宅の売却に係る譲渡所得について平成30年分の所得として売却時控除の適用を受けているものの、同譲渡所得については平成29年分の所得としても申告が可能であったため、平成30年分の所得としてした税務申告を平成29年分の所得として申告し直すこと(以下「本件修正申告」という。)が可能である、③本件修正申告をすることにより、令和2年に新居の引渡しを受けるのであれば、住宅ローン控除と売却時控除の両方の適用を受けることができると回答した(以下、この回答を「本件助言」という。)(甲4)。
(5)本件修正申告に係る委任契約の締結等
ア 原告は、令和元年11月8日、A税理士との間で、本件修正申告に係る申告業務を報酬3万円で委任する旨の委任契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲4、当事者間に争いのない事実)。
イ A税理士は、令和元年11月11日、I税務署に対し、原告の平成29年分の所得及び平成30年分の所得の各確定申告について、自宅の売却に係る譲渡所得の申告及び売却時控除の適用申請を平成30年分の所得としては行わず、平成29年分の所得として確定申告をする旨の申告(本件修正申告)をした(甲12)。
(6)原告の新居購入等
 原告は、令和元年11月13日、S株式会社(以下「S社」という。)に手付金として513万円を支払った上で、同月16日、S社から、肩書地所在の土地付き建物(以下「本件物件」という。)を代金1億0636万円(うち建物価格(税抜き)は3567万円)で購入した。原告は、本件物件の代金のうち自己資金1006万円を除いた9630万円について住宅ローン(月々の返済額を約26万円とするもの。以下「本件住宅ローン」という。)を利用した。なお、本件物件のうち、建物は認定長期優良住宅(長期優良住宅の普及の促進に関する法律に規定する認定長期優良住宅に該当する家屋)であった。(甲6、7、13、23、27、弁論の全趣旨)
(7)税務署の対応等
ア I税務署は、令和元年11月20日、A税理士に対し、国税通則法19条1項各号所定の修正申告の要件(確定申告書に記載した税額に不足額があること等)を満たしていないため(前記(3)ア)、本件修正申告は認められないとの判断をした旨を伝えた(弁論の全趣旨)。
イ A税理士は、令和元年11月22日、原告に対し、I税務署から本件修正申告は受理できないと告げられた旨をメールで連絡した(甲4)。
ウ 原告は、本件修正申告が認められなかったため、本件住宅ローンに係る住宅ローン控除の適用を受けることができなかった(甲3、弁論の全趣旨)。
(8)原告のA税理士に対する履行の請求
 原告は、令和元年11月26日、被告Bを通じ、A税理士に対し、本件修正申告が認められなかったため住宅ローン控除の適用を受けることができなかったことに関し、損害賠償債務の履行を請求した(当事者間に争いのない事実)。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
 本件の争点は、①A税理士の本件契約に係る債務不履行責任の有無、②原告の損害の有無及び額並びに相当因果関係の有無、③過失相殺の可否である。
(1)争点①(A税理士の本件契約に係る債務不履行責任の有無)について
(原告の主張)

ア 原告は、A税理士による本件助言の内容を信じ、住宅ローン控除と売却時控除の両方の適用を受けることを目的として、A税理士との間で本件契約を締結し、本件物件を購入したものである。
イ A税理士は、税務の専門家として高度の注意義務を負っているところ、本件契約の締結経緯に照らせば、本件契約に基づく税務申告業務(本件修正申告)を行うに当たり、①本件修正申告が認められない可能性に備え、本件物件の購入を本件修正申告の受理まで待つべきことを原告に助言するか、②本件契約締結後、直ちに法令・通達等を調査し、又は管轄の税務署に問い合わせた上で、本件修正申告が認められるか否かについて確認し、その結果を原告に対して報告する義務を負っていた。それにもかかわらず、A税理士は、原告に何の注意喚起もせず、また、法令・通達等を誤認して本件修正申告が認められると考えたまま、上記義務を尽くすことなく漫然と本件修正申告をし、税務署からの連絡を受けてから、原告に対し、本件修正申告が受理されなかった旨の連絡をしてきたものである。
  そのため、原告は、本件修正申告が認められなかったという連絡を受けるよりも前に本件物件を購入してしまい、本件住宅ローンに係る住宅ローン控除の適用を受けることができなかった。
ウ したがって、A税理士は、本件契約に係る債務不履行責任を負う。
(被告らの主張)
 原告においてA税理士に不履行があったと主張する債務は、いずれも本件契約の内容に含まれるものではない。すなわち、①本件修正申告が認められない可能性に備えて本件物件の購入を待つか否かは原告自身が判断すべき事柄であって、あえてA税理士が助言するほどのことではないし、②そもそも本件契約は本件修正申告に係る申告業務についての委任契約であるから、本件契約に係る債務は本件修正申告に係る申告業務をすること自体であって、A税理士は、原告が主張するような確認、調査をする義務を負っていない。
 そのため、A税理士がした本件助言に何らかの問題があったとしても、そのことを理由に本件助言の後に締結された本件契約に係る債務不履行責任を問うことはできない。
 したがって、A税理士は、本件契約に係る債務不履行責任を負わない。
(2)争点②(原告の損害の有無及び額並びに相当因果関係の有無)について
(原告の主張)

ア(ア)原告は、前記(1)原告の主張のA税理士の本件契約に係る債務不履行がなく、本件契約の締結後直ちに本件修正申告が認められない旨の連絡を受けていれば、住宅ローン控除の適用を受けられるように、令和2年に引渡しを受けるとの条件で新居を購入することは見送り、令和3年に引渡しを受けるとの条件で、令和2年11月末までに本件物件と同等の土地付き建物(最安値で代金9160円の認定長期優良住宅。以下「同等物件」という。)を購入していたはずであった。この場合、原告は、令和3年以降、13年間(通常の10年の控除期間に、住宅の取得等の対価の額等に含まれる消費税額等が10%の税率により課されるべき消費税額等である場合の当該住宅の取得(特別特定取得)に係る3年の延長期間を加えた期間。なお、この3年の控除期間の延長に係る特例措置は、新型コロナウイルス感染症関係の特例措置により、入居が上記延長に係る特例措置の適用を受けられる本来の期限(令和2年12月31日)に遅れた場合でも、同年11月末までに分譲住宅を取得し、令和3年12月31日までに引渡しを受けた場合には適用がある。)にわたり、住宅ローン控除の適用を受けることができたところ、同等物件(最安値で代金9160万円)を購入するに当たり、自己資金1006万円(本件物件の購入時と同じ金額)を除いた8154万円について住宅ローンを利用していた。そして、上記住宅ローン控除の適用を受ける13年間に、原告の各年の所得金額が認定長期優良住宅の取得に係る住宅ローン控除の限度額(50万円)を下回るおそれはない。
  そうすると、上記住宅ローンに係る住宅ローン控除額は、最も控え目な算定方法(11年目から13年目までの3年の延長期間における住宅ローン控除の限度額は、①住宅ローンの年末残高等(上限5000万円)の1%、②住宅取得等対価の額から消費税額を控除した金額(上限5000万円)の2%を3で除した金額のいずれか少ない額とされているため、同等物件のうち建物の価格(住宅取得等対価の額から消費税額を控除した金額)を同等物件の代金(上記最安値である9160万円)の35%(本件物件と同様の割合)に当たる3206万円であるとして住宅ローン控除額を算定する方法)によったとしても、以下の計算式により合計564万1199円となる。
(計算式)
① 1年目から10年目まで
  500,000円(控除限度額)×10年間=5,000,000円
② 11年目から13年目まで
  (32,060,000円×2%÷3)×3年間=641,199円
③ 合計
  5,000,000円+641,199円=5,641,199円
(イ)そして、上記住宅ローン控除額相当の損害は、令和3年12月末日以降、13年間にわたって毎年発生するものであるから、中間利息5%を控除(各年に受けられる住宅・ローン控除額に令和元年11月(債務不履行時)からの経過年数に係るライプニッツ係数(現価)を乗じる方法による。)すると、その合計額は401万7328円となる。
(ウ)したがって、原告の損害は、401万7328円である。
イ そして、A税理士は、原告が、A税理士から本件修正申告が認められない旨の連絡を受けていれば、令和元年中に本件物件を購入することを見送り、住宅ローン控除の適用を受けられる条件で、翌令和2年に同等物件を購入することとしたこと(自宅の譲渡価格(約6000万円)や原告の所得水準、原告の生活圏である首都圏の不動産相場等に鑑みれば、原告が少なくとも代金6000万円以上の物件(上記住宅ローン控除額の合計額以上の価格の物件)を購入することとしたこと)を認識しており、又は予見することができた。
  したがって、上記原告の損害は、前記(1)原告の主張記載のA税理士の本件契約に係る債務不履行と相当因果関係がある。
(被告らの主張)
ア 原告は、令和2年1月に入居できる物件を購入する意向を示していたのであるから、A税理士から本件修正申告が認められない旨の連絡を受けていたとしても、令和元年中に本件物件を購入することを見送り、住宅ローン控除の適用を受けられる条件で、翌令和2年に同等物件を購入することとしたとはいえない。
  したがって、原告は、当初から検討していた物件の取得に係る税金を正しく納付することになったにすぎず、原告に損害はない。
イ また、前記アのとおり、原告は、A税理士に対し、令和2年1月に入居できる物件を購入する意向を示していたのであるから、A税理士としては、原告が、A税理士から本件修正申告が認められない旨の連絡を受けていれば、令和元年中に本件物件を購入することを見送り、住宅ローン控除の適用を受けられる条件で、翌令和2年に同等物件を購入することとしたことを予見することはできなかった。
  したがって、仮に原告に損害が生じていたとしても、その損害は、前記(1)原告の主張のA税理士の本件契約に係る債務不履行と相当因果関係がない。
(3)争点③(過失相殺の可否)について
(被告らの主張)

 原告は、A税理士に対し、別途調査費用を払うことも、事情を十分に説明することもなく、本件物件を購入するに当たっての住宅ローン控除の適用の可否をメールで尋ねたのみであり、かつ、本件修正申告が認められるのを待つこともせずに本件物件を購入しているのであって、このような原告の本件物件の購入までの経過に照らせば、原告については過失相殺がされるべきである。
(原告の主張)
 原告は弁護士であるものの、税務はなじみの薄い分野であって、税務の専門家であるA税理士の本件助言を信頼して本件物件を購入したものであるから過失はなく、損害の公平な分担の観点からも、過失相殺をすることは不相当である。
 また、被告らにおいて、A税理士が原告に対して誤った内容の本件助言をしたことを省みることなく原告の過失を指摘し、過失相殺の主張をすることは、信義則に照らして許されない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実及び後掲証拠等によれば、以下の各事実が認められる。
(1)原告は、平成29年9月20日、勤務先の法律事務所における自身の仕事の拠点が大阪事務所から東京事務所に移ったことを受け、当時大阪に所有していた自宅(取得費4626万8899円)を、代金5993万2270円で第三者に売却し、平成30年1月30日に買主への引渡しを行った(前提事実(3)ア、甲8、27)。
  原告は、平成29年12月頃にA税理士との間で確定申告業務に係る委任契約を締結したところ(前提事実(2))、平成30年3月、A税理士との協議の結果、上記売却に係る譲渡所得については、平成29年分の所得としてではなく、平成30年分の所得として確定申告をすることとして、その際、同譲渡所得全額について売却時控除の適用を受けた(前提事実(3)ア、甲9、11、弁論の全趣旨)。
(2)原告は、令和元年10月29日、A税理士に対し、新居の購入を検討するに当たり、住宅ローン控除の適用を受けることが可能か(前記(1)の売却時控除との併用の可否)といった税務上の疑問点について、メールで問合せをした(前提事実(4))。
(3)A税理士は、前記(2)の問合せを受け、令和元年10月30日、原告に対し、平成30年分の譲渡所得につき売却時控除の適用を受けたことから(前記(1))、新居の購入に際して住宅ローン控除の適用を受けるためには、新居の購入自体は令和2年に行って構わないが、転居(物件の引渡し)は令和3年以降に行う必要がある旨をメールで回答した。
  これに対し、原告は、令和元年10月30日、A税理士に対し、同年に新居を購入して令和2年に入居するというのが現実的な予定である旨をメールで説明した上で、このような予定であっても、令和元年は住宅ローン控除の適用を受けることができないが、令和2年以降については住宅ローン控除の適用を受けられる可能性があると理解した旨を示し、不動産業者を介して税務署に問合せをした結果、税務署も同様の見解を示した旨A税理士にメールを送信した。(甲4)
(4)A税理士は、令和元年10月30日、原告にメールを送信し、購入した新居に令和2年に入居した場合には住宅ローン控除を一切受けられなくなることを改めて説明した上で、原告の新居購入及び入居の予定を維持したまま売却時控除と住宅ローン控除の両方の控除の適用を受けることを可能とするための方法として、平成30年分の所得として申告して売却時控除の適用を受けた譲渡所得(前記(1))について、平成29年分の所得として申告し直すとともに、改めて売却時控除の適用を申請する旨の、平成29年分の所得及び平成30年分の所得に係る各確定申告についての修正申告(本件修正申告)をすることを提案した(本件助言)(前提事実(4)、甲4)。
(5)原告は、令和元年10月30日、A税理士に対し、本件修正申告に係る申告業務を委任した場合の報酬等についてメールで尋ね、A税理士は、同月31日、原告に対し、同業務を受任した場合の報酬は3万円である旨をメールで回答した(甲4)。
  原告は、令和元年11月8日、A税理士に対してメールを送信し、①平成29年分の所得及び平成30年分の所得に係る各確定申告についての修正申告(本件修正申告)を依頼するとともに、②新居を購入する旨を不動産業者に伝えたことを告げた上で、令和2年に入居するのであれば、本件修正申告をすることによって住宅ローン控除満額の適用を受けられるようになるということでよいか改めて確認した。これに対し、A税理士は、同日、原告からの上記メールに返信する形で、①本件修正申告の依頼を受ける旨回答するとともに、②令和2年に入居するのであれば、本件修正申告をすることにより、売却時控除と住宅ローン控除の両方の適用を受けられる旨回答した。
  以上のやり取りにより、原告とA税理士との間に、報酬を3万円とする本件修正申告に係る申告業務についての委任契約(本件契約)が成立した。(甲4)
(6)A税理士は、本件契約締結後、本件修正申告が認められるか否かについて、関係法令等の確認、調査をすることなく、令和元年11月11日、I税務署に対して本件修正申告をし、原告に対し、その旨メールで知らせた(甲4、12)。
(7)原告は、令和元年11月16日、S社から本件物件を代金1億0636万円で購入し、そのうち9630万円について住宅ローンを利用した(前提事実(6))。
  本件物件は、S社が「○○○○○○○○○○」という名称で展開していた全90区画の分譲住宅販売事業における第1期販売に係るものであり、S社が同事業において販売していた分譲住宅の中には、買主において令和2年に購入して令和3年に入居することが可能であったものが複数存在した(甲23、24の1~5)。
(8)A税理士は、令和元年11月22日、原告に対してメールを送信し、I税務署から本件修正申告を受理できないと告げられた旨報告するとともに(前提事実(7)イ)、修正申告の要件について規定した法令等の見落としがあった旨明らかにした(甲4)。
2 争点①(A税理士の本件契約に係る債務不履行責任の有無)について
(1)税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念に沿って、納税義務者の信頼に応え、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とするところ(税理士法1条)、税理士のこのような職責や業務の内容、性質を踏まえると、納税義務者から委任を受けて税務申告をするに当たっては、単に一定の申告業務をするにとどまらず、納税義務の適正な実現に向けて、その申告業務が関係法令等に適合するものであるか否かを十分に確認、調査すべき義務を負っていると解される。
(2)ア 本件契約の目的である本件修正申告は、原告が令和元年に購入して令和2年に入居する新居の購入に際して利用する住宅ローンに係る住宅ローン控除の適用を受けられるようにするためにA税理士から提案されたものであったが、それ自体、国税通則法上の修正申告の要件を欠くものであった(前提事実(7)ア参照)。
 イ 認定事実(2)ないし(4)のとおり、A税理士は、令和元年に購入して令和2年に入居する新居について住宅ローン控除の適用を受けることができるかとの原告からの問合せに対して本件助言をし、また、認定事実(5)のとおり、原告が、本件助言のとおりの修正申告(本件修正申告)をすることによって住宅ローン控除満額の適用を受けることができるかを改めて確認した際も、A税理士は、本件修正申告をすることにより、売却時控除と住宅ローン控除の両方の適用を受けられる旨回答しているところ、原告は、A税理士のこのような対応を受けて、令和元年に購入して令和2年に入居する新居の購入に際して利用する住宅ローンに係る住宅ローン控除の適用を受けることを企図して、本件契約を締結したことが認められる。
   そして、上記の事実経過によれば、A税理士においても、本件契約の締結に当たり、原告が、令和元年に購入して令和2年に入居する新居について、住宅ローン控除満額の適用を受けることを企図しており、そのことが原告において本件契約を締結する主な動機となっていることを認識していたと認められる。
(3)そうすると、A税理士は、原告に対し、税理士として負う本件契約に係る債務(善管注意義務)として、単に本件修正申告に係る申告業務をするという義務にとどまらず、遅くとも本件修正申告をするまでに、原告の企図するところを踏まえつつ適正な申告業務を実現するために、原告が令和元年に購入して令和2年に入居する新居の購入に際して利用する住宅ローンに係る住宅ローン控除の適用を受けられるか否か、すなわち、国税通則法上の要件等に照らし、自ら本件助言で提案した住宅ローン控除を受けるためにする本件修正申告が認められるものか否かについて確認、調査する義務を負っていたというべきである。A税理士の債務は本件修正申告に係る申告業務をすること自体であり、それを超えて本件修正申告が認められるか否かについてまで調査、確認する義務はないとする被告らの主張は、採用することができない。
  それにもかかわらず、A税理士は、修正申告に係る要件を規定した基本的な法令等を確認、調査することなく漫然と本件修正申告をし(認定事実(6)、(8))、もって上記義務に違反し、その結果、本件助言により、本件修正申告が認められるものと信じていた原告は、I税務署が本件修正申告を受理しないことを明らかにするよりも前に、本件物件を購入するに至ったものである(認定事実(7))。
(4)したがって、A税理士について本件契約に係る債務不履行に基づく損害賠償責任が認められる。
3 争点②(原告の損害の有無及び額並びに相当因果関係の有無)について
(1)ア 認定事実(2)ないし(5)によれば、原告は、本件物件を購入するに当たり、住宅ローン控除満額の適用を受けられることを重視していたと認められるところ、原告のこのような意向と認定事実(7)を併せて考慮すれば、A税理士の本件契約に係る前記2の債務不履行がなければ、原告において、住宅ローン控除満額の適用を受けるため、本件物件の購入を見送った上で、遅くとも令和3年12月末までに入居するとの条件で同等物件を購入したと認めるのが相当である。
   また、原告が同等物件を購入後すぐに手放したり、原告の収入が大きく減少したりすることをうかがわせる事情が見当たらない以上、原告において、同等物件を継続保有し、かつ、住宅ローン控除満額の適用を継続して受けられるだけの収入が維持されることが見込まれるものと認めるのが相当である。
   したがって、原告には、同等物件を購入する際に利用したはずの住宅ローンに係る住宅ローン控除額相当の損害が生じたものと認められる。
 イ これに対し、被告らは、原告は令和2年1月に入居できる物件を購入する意向を示していたのであるから、本件修正申告が認められず、住宅ローン控除の適用を受けられなかった場合であっても、原告が、令和元年中に本件物件を購入することを見送り、住宅ローン控除の適用を受けられる条件で、翌令和2年に同等物件を購入することとしたとはいえない旨主張する。
   しかし、原告とA税理士とのやり取りの内容(認定事実(2)ないし(5))に照らせば、原告の上記意向は、原告が、A税理士の説明(本件助言)を正しいものと信じ、本件修正申告をすることによって新居の購入に際して利用する住宅ローンに係る住宅ローン控除の適用を受けられることを前提に示したものと認められる。
   したがって、被告らの上記主張は採用することができない。
(2)ア 前記2(2)イで認定したとおり、A税理士は、原告とのやり取りを通じて、原告が、本件物件を購入するに当たり、住宅ローン控除満額の適用を受けることを企図しており、住宅ローン控除満額の適用を受けることを主たる動機として本件契約を締結していることを認識していたものであるところ、同事実によれば、A税理士は、原告において、本件修正申告が認められず、令和元年に購入して令和2年に入居する新居の購入に際して利用する住宅ローンに係る住宅ローン控除の適用を受けられなかった場合には、住宅ローン控除満額の適用を受けるため、本件物件の購入を見送った上で、遅くとも令和3年12月末までに入居するとの条件で新居を購入したことを予見することができたと認められる。また、原告が住宅ローンを利用して購入した新居をすぐに手放したり、原告の収入が大きく減少したりすることをうかがわせる事情が見当たらないことについては、前記(1)アで説示したとおりである。
   そして、税務申告業務に係る税理士に対する信頼(前記2(1)参照)や本件修正申告がされるに至った経緯(認定事実(2)ないし(5))に照らすと、A税理士においては、本件修正申告をした旨を原告に連絡した場合、原告が直ちに本件物件の購入に向けて動く可能性があることも十分予見することができたものと認めるのが相当である。
 イ 他方において、原告が、本件契約の締結の前後を通じ、A税理士に対し、具体的にどのような物件をいくらで購入する予定であるとか、また、いくらの自己資金を確保しており、いくら住宅ローンを利用する予定であるといった具体的事情を明らかにしていたことを認めるに足りる証拠はない。
   また、A税理士の本件契約に係る債務不履行があった令和元年11月当時、住宅ローン控除の控除期間の延長に係る特例措置(住宅の取得等の対価の額等に含まれる消費税額等が10%の税率により課されるべき消費税額等である場合の当該住宅の取得(特別特定取得)に該当する場合、通常の控除期間である10年間に3年の延長期間を加える措置)は、特別特定取得によって取得した住宅を令和元年10月1日から令和2年12月31日までに居住の用に供した場合に適用され、令和3年1月1日から同年12月31日までに居住の用に供した場合は適用されないとされていた(なお、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、上記特例措置の適用要件を弾力化する(新型コロナウイルス感染症の影響により入居が同特例措置の適用を受けられる本来の期限(令和2年12月31日)に遅れた場合でも、同年11月末までに分譲住宅を取得し、令和3年12月31日までに引渡しを受けた場合には、同特例措置が適用されることとする)旨を定めた法律(新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律)は、令和2年4月に施行されている。)(甲3、22、弁論の全趣旨)。
 ウ 以上のほか、証拠(甲12)及び前提事実(2)によれば、A税理士は、原告の平成30年当時の所得水準(約1500万円)を把握していたことが認められ、原告の自宅の売却(売却代金約6000万円)に係る譲渡所得の申告にも関与していたこと(認定事実(1))も併せて考慮すれば、A税理士は、本件契約に係る債務不履行があった令和元年11月当時、少なくとも、原告が、通常の住宅ローン控除(限度額を40万円とするもの)の満額である40万円の特別控除の適用を、通常の控除期間である10年間受けることができたことについては予見することができたと認められるものの、本件全証拠によっても、A税理士において、原告が認定長期優良住宅を購入するとか、上記住宅ローン控除の控除期間の延長に係る特例措置が、新型コロナウイルス感染症の影響により本来の期限(令和2年12月31日)に遅れた場合でも、同年11月末までに分譲住宅を取得して令和3年12月31日までに引渡しを受けた場合には適用されることになるといった事柄についてまで、相当程度具体的に予見できたとは認められない。
(3)そうすると、令和元年11月に生じたA税理士の本件契約に係る債務不履行と相当因果関係のある上記住宅ローン控除額相当の損害は、令和3年12月末日以降、10年間にわたって毎年40万円ずつ発生するものに限られることになるところ、中間利息5%を控除すると、以下の計算式により、294万1600円となる。
(計算式)
400,000円×(8.3064〔11年のライプニッツ係数(年金現価)〕−0.9524〔1年のライプニッツ係数(年金現価)〕)=2,941,600円
4 争点③(過失相殺の可否)について
 前記3(1)アで認定したとおり、原告は、本件物件の購入に当たり、住宅ローン控除の適用を重視していたものであるところ、本件物件の金額に照らせば住宅ローン控除の税務上の効果は大きく、また、住宅ローン控除の適用を受けるためにする本件修正申告の内容はいささか技巧的なものといえ、そのような本件修正申告が認められるか否かは住宅ローン控除の適用の可否に直結する重大事であることからすれば、一定の調査能力及び実務経験を有する弁護士である原告には、本件物件の購入に当たり、相応の慎重さが求められたというべきである。それにもかかわらず、原告は、本件修正申告が認められたことを確認することなく、A税理士から本件修正申告をしたとの連絡を受けてからわずか5日後に本件物件を購入するに至っているのであって、このような経過に照らせば、過失相殺による減額は避けられないものというべきである(被告らによる過失相殺の主張が信義則に照らして許されないことを基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。)。
 そうすると、上記経過その他本件に現れた一切の事情を総合考慮して、損害の公平な分担の観点から、前記3(3)の損害額から2割の過失相殺をするのが相当である。
5 まとめ
 以上によれば、被告らは、損害額294万1600円から過失相殺として2割を減じた235万3280円の法定相続分(2分の1)に当たる117万6640円の限度で、それぞれ、原告に対する損害賠償責任を負うことになる。
第4 結論
 以上のとおりであって、原告の請求は、被告らに対し、それぞれ117万6640円及びこれに対する令和元年11月27日(履行の請求をした日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからこれらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第18部
裁判長裁判官 品田幸男
裁判官 齋藤岳彦
裁判官 小倉広太郎

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索