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解説記事2020年01月13日 特別解説 欧州におけるIFRSの適用事例~ESMAが公表する執行決定事例集~(2020年1月13日号・№818)

特別解説
欧州におけるIFRSの適用事例~ESMAが公表する執行決定事例集~

はじめに

 欧州証券市場監督機構(European Securities and Markets Authority。以下「ESMA」という。)は、欧州金融市場の機能を改善するために証券法規と規制の分野で活動し、欧州各国の金融規制当局間で投資家保護および協力を強化することを目的とした、欧州連合の専門機関である。その活動の一環として、ESMAは、国際財務報告基準(IFRS)の適切な適用に関する関連する情報を財務諸表の発行者及び利用者に提供する目的で、欧州各国の執行者(規制当局等)による財務諸表に関する執行決定の機密データベースを開発・運用しており、そこからの抜粋をホームページに公表している。後述の表1に記したように、事例集は第23巻まで公表されており、このうち、2015年11月に公表された第18巻までは、日本公認会計士協会が和訳を行っている。事例集の原文と和訳ファイルは、日本公認会計士協会のホームページから入手することができる。本稿では、これらの事例集の概要と実例の一部を、極力公表年度が新しいものを取り上げつつ、紹介することとしたい。なお、本稿で紹介する事例はESMAのホームページに公表されている英文を筆者が和訳したものである。

執行決定事例集の概要と全体的な分析

 これまでにESMAから公表された執行決定事例集は1巻から23巻まであり、公表された時期と含まれている事例の件数とを一覧にすると、表1のとおりである。
 表1に示した公表時期は、ESMAがデータベースからの抜粋(事例集)を外部に公表した時期であり、事例集に掲載されている事例は、公表時よりも1、2年前に執行決定がなされたものが大半である。また、表1を見てのとおり、公表からすでに10年以上が経過した事例集も多く、今現在の基準書に照らすと陳腐化した内容も少なくない。それぞれの事例集で参照されている基準書や解釈指針は、あくまでも当時のものであることにご留意いただきたい。それにしても、IFRSが欧州の企業に対して強制適用されたのが2005年度からであるにもかかわらず、その2年後にはもう最初の事例集が公表されている対応の速さには驚かされる。

 次に、執行決定事例を関連する基準書別に多い順に一覧で示すと、表2のとおりである。なお、一つの事例が複数の基準書にまたがって関係しているケースも相当数あるため、トータル件数の合計は253件を上回っている。

 掲載されている事例数が多い領域を見ると、まずは金融商品系が目に付く。IAS第39号、第32号、及びIFRS第7号がすべて表2にランクインしており、表2ではランク外となったIFRS第13号(公正価値測定)やIFRS第9号(金融商品)を加えると70件を超え、全事例の3割弱を占めている。
 金融商品や公正価値測定のグループに続くのが、企業結合・連結、組織再編系の事例である。我が国でもよく問題になる逆取得や支配・重要な影響力の判定などを取り扱った事例も多く、洋の東西を問わず、経理マンや会計監査人、執行当局が悩んでいることに大差はないと感じさせられる。企業結合や連結については、IFRS第3号、第10号、第11号及び第12号と、基準書がいずれも近年になって大きくリニューアルされた。連結や持分法適用の範囲、取得企業の判定、取得資産の公正価値の測定などは見積りや判断の余地が大きく、金額的重要性も通常極めて大きいことから、会計処理上も難しい判断を迫られることが多いのであろう。IFRS第3号、IFRS第10号、第11号、第12号に加えて、IFRS第10号が公表される前は連結財務諸表を規定する基準書であった、IAS第27号や第28号(関連会社に対する投資)、さらには事業や非流動資産の売却を取り扱ったIFRS第5号の事例を含めると60件を超える。
 IAS第1号、第8号、第34号等の、「財務諸表の表示系」の事例も数多く掲載されている。我が国においても有価証券報告書の重点項目審査が、規制当局により毎年実施されているが、欧州の各国においても、財務諸表の表示方法や開示の内容等が毎年の重点審査項目となっていることは想像に難くない。その際に、企業による表示や開示の不適切/不十分さを執行当局に指摘されるケースも多いであろう。IAS第1号、第8号、第34号に加えて、IAS第7号「キャッシュ・フロー計算書」に関連する事例9件を含めると、60件となる。
 事例数が多いもう一つのグループは、資産の減損や有形、無形資産のグループである。
 資産の減損、無形資産と有形固定資産(4件)、投資不動産(6件)の事例を合計すると53件となる。
 収益認識のグループは、IAS第18号とIAS11号「工事契約」(3件)にIFRIC第13号「カスタマー・ロイヤルティ・プログラム」の1件を加えた14件と、領域の広さを考えるとそれほど事例数が多いとは言えない。また、強制適用が始まって間もないIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」に関する事例はまだ出てきていない。
 退職給付や引当金も、代表的な見積りの項目であるにもかかわらず、事例数は比較的少ないといえる(IAS第19号と第37号、IFRIC第14号を合計して13件)。

主な執行決定事例の表題

 それでは、具体的にどのような項目が執行決定事例として公表されているのであろうか。前項で事例の件数が多いと説明した金融商品、企業結合・連結、財務諸表の表示、資産の減損や有形・無形資産のそれぞれのグループごとに、執行決定事例の表題を具体的に5件ずつ列挙してみたい。
(1)金融商品に関する執行決定事例
① 金融商品から生じるリスクの定性的な開示(IFRS第7号)
② 少数株主持分に係る売建プットの分類と評価(IAS第32号)
③ 信用リスクの著しい増加の評価にあたっての免除措置のインパクト(IFRS第9号)
④ 親リース契約に組み込まれた、インフレに関連する指数デリバティブ(IAS第39号)
⑤ 貸付金が株式に転換される際の損失の認識(IAS第39号)
(2)企業結合・連結に関する執行決定事例
① 上場受け皿会社の逆取得(IFRS第3号)
② 取得した資産グループのPPA(取得価額の配分)(IFRS第3号)
③ 事実上の支配(IFRS第10号)
④ 投資企業による投資の公正価値測定の開示(IFRS第10号)
⑤ 重要な影響力の存在を決定する際の重要な判断と仮定の開示(IFRS第12号)
(3)財務諸表の表示に関する執行決定事例
① 売上原価における棚卸資産の原価の表示(IAS第1号)
② 営業活動で使用された資産の再評価損失の表示(IAS第1号)
③ 現金及び現金同等物の定義(IAS第7号)
④ 比較数値の再表示(IAS第8号)
⑤ 期中財務諸表における関連当事者についての開示(IAS第34号)
(4)資産の減損や有形・無形資産に関する執行決定事例
① 石油・ガス業界における運搬船の減価償却(IAS第16号)
② 資金生成単位の識別(IAS第36号)
③ 減損テストにおける、カントリーリスク・プレミアム(IAS第36号)
④ 企業結合で取得したディーラーのネットワークが、耐用年数を確定できない無形資産にあたるかどうかの決定(IAS第38号)
⑤ 映画とテレビ番組のコンテンツ権の償却(IAS第38号)

具体的な執行決定事例

 具体的な執行決定事例は、冒頭に表題と対象となる決算期末日、論点のカテゴリー、関連する基準書が明示された後、本文は、「発行者(財務諸表の作成者)の会計処理についての説明」、「執行決定(the enforcement decision)」及び「執行決定の根拠」の3部構成となっている。
 本稿では、耐用年数を確定できない無形資産と賦課金の会計処理を取り扱った事例、並びに重要な影響力の存在を決定する際の重要な判断と仮定の開示に関する事例を、一部を要約しつつ紹介することとしたい。

① 企業結合で取得したディーラーのネットワークが、耐用年数を確定できない無形資産にあたるかどうかの決定(2016年7月公表 第19巻)
会計期間末日:2013年12月31日
対象領域:耐用年数を確定できない無形資産
関連する基準書又は要求事項:IAS第38号「無形資産」
(発行者の会計処理に関する説明)
 輸送機器の製造者である発行者は、2008年にA社を買収した。買収の意図は、広範なディーラー・ネットワークを取得することにより、新たな地域の市場に参入することであった。ディーラーは小売顧客に商品を販売し、メンテナンスサービスを提供する。取得した企業とディーラーとの関係は、A社とディーラーとの間に排他的な関係を確立するような契約ではなく、現在進行中のビジネスに基づいていた。取得価額の配分(PPA)の過程で、発行者はディーラー・ネットワークを個別のネットワークとして識別し、ディーラー・ネットワークがネットキャッシュ・インフローを生成する期間に予見可能な限度がないと考えて、耐用年数を確定できない無形資産を認識した。これは、IAS第38号第107項に基づいて、非償却となる。発行者の見解によれば、ディーラー・ネットワークは、それぞれのディーラーとの別個の関係ではなく、自己更新資産(self-renewing asset)であった。
(執行決定)
 執行者は発行者の会計処理に同意しなかった。ディーラー・ネットワークの耐用年数は不確定ではなく、無形資産は取得以来、償却されなければならなかった。
(執行決定の根拠)
 発行者がディーラー・ネットワーク全体を取得することを意図していたとしても、識別可能な無形資産は、個々のディーラーとの関係のみを参照する。個々のディーラーとの関係に関する耐用年数は、それらが絶えず終了するために有限である。したがって無形資産は、IAS第38号第97項にしたがって、償却しなければならない。関係が終了するディーラーを新しいディーラーと入れ替えることができるという事実により、この評価が変更されることはない。取得した資産は、A社が取得日に関係を確立したディーラーのみに関連する。

② 預金保証基金に対する中間会計期間の拠出に関する会計処理(2016年7月公表 第19巻)
会計期間末日:2015年6月30日
対象領域:賦課金、預金保証スキーム、期中財務報告
関連する基準書又は要求事項:IFRIC第21号「賦課金」
(発行者の会計処理に関する説明)
 発行者は、預金保証制度の対象となる金融機関である。預金の一部が預金保証基金によって保証されている金融機関は、預金の期中の残高に関わらず、期末時点において保有する預金残高の0.2%に相当する金額を基金に拠出しなければならない(拠出額は返金されない)。
 発行者の会計方針は、翌年度になってから2か月以内に支払われる、期末時点の要支払い見積額の比例部分を、中間期に引当金として計上するというものであった。したがって、2015年6月30日時点において、発行者は、2015年度通年に係る賦課金の予想される総額の50%に相当する引当金を計上した。
(執行決定)
 執行者は発行者の会計処理に同意しなかった。2015年6月30日現在、預金保証基金への拠出については、債務発生事象がまだ発生していないため、引当金は認識されない。
(執行決定の根拠)
 IFRIC第21号第13項によれば、期中財務報告書において、期中報告期間の末日現在で賦課金を支払う現在の債務がない場合には、賦課金支払負債を認識してはならないとされている。預金保証基金への拠出は、年度末に有する預金の残高にのみ依存するため、2015年6月30日現在で、拠出金を支払う法的な義務はない。仮に発行者が、金融機関としての営業を将来的に継続するために、期末時点において預金残高を有することを経済的に強制されていたとしても、2015年6月30日の時点においては、拠出を行う推定的債務を負っていない。これは、「企業は、将来の期間において営業を継続することを経済的に強制されていても、それにより、将来の期間における営業を契機とする賦課金を支払う推定的債務を有するものではない。」という、IFRIC第21号第9項によって裏付けられる。
 預金保証基金への拠出義務は、発行者が12月31日の時点で預金残高を有する場合にのみ発生する。この場合の債務発生事象は、期末日前の364日間の預金残高の水準に関わらず、年度末に預金を保有している、ということである。賦課金の額は、期末日時点での財政状態計算書上の金額を参照して計算される。債務発生事象は、金融機関が期末日現在で営業している、ということである。債務発生事象が生じる前の時点では、企業は、将来の期間において営業を継続することを経済的に強制されていても、負債を認識してはならない。

③ 重要な影響力の存在を決定する際の重要な判断と仮定の開示(2017年1月公表 第20巻)
会計期間末日:2014年12月31日
対象領域:重要な影響、他の企業への関与の開示
関連する基準書又は要求事項:IFRS第12号「他の企業への関与の開示」
(発行者の会計処理に関する説明)
 発行者は、X社の議決権の20%以上を保有しているが、X社の経営陣又は監視機関の代表者は出していない。支配株主は、X社の議決権の60%以上を保有している。監視機関における株主代表の選出及び解任、利益の分配を含む総会での決議は、単純多数決で採択される。発行者とX社との間に重要な取引は発生していないか、発生することが予想されておらず、経営者の派遣等はなかった。発行者は、支配株主が支配している株主総会において議決権を行使することを除き、X社の政策決定プロセスに参加する可能性はない。
 この事実パターンに基づいて、発行者は、X社に重要な影響を及ぼしていないことを明確に実証できると結論付けた。しかしながら発行者は、この結論の根拠となる重要な判断及び仮定を開示しなかった。
(執行決定)
 執行者は発行者に、X社に対して重要な影響を及ぼしていなかったという結論に至った際の考慮事項を開示するように求めた。
(執行決定の根拠)
 IFRS第12号第7項は、ある企業が他の企業に重要な影響を与えるかどうかを判断するために行った重要な判断と仮定に関する情報を開示することを要求している。IFRS第12号第9項によれば、ある企業は、他の企業の議決権の20%以上を保有しているにもかかわらず、重要な影響を与えないと結論を下した際の考慮事項を開示しなければならない。

終わりに

 わが国の企業に対してIFRSの任意適用が認められたのは、2010年3月期からであった(日本電波工業が、第一号としてIFRSを任意適用)。この事例の公表が始まった2007年の時点では、IFRSを任意適用する日本企業が皆無であったため、これらの事例の有用性は非常に高く、当時この事例集を参考にした日本企業も少なくなかったと思われる。我が国に該当する会計基準や要求事項がないような農業や耐用年数を確定できない無形資産の判定の事例等は、その考え方の点において、今でも参考になる部分が多い。2019年1月に公表された第23巻では、IFRS第9号「金融商品」に関する事例が初めて登場した。IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」やIFRS第16号「リース」に関する事例も遠からず公表されるものと思われる。すでに陳腐化した事例も少なくないが、これらの事例集には、今後も利用価値は十分にあるものと考える。

~参考~
日本公認会計士協会ホームページ IFRSケース・スタディ

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