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解説記事2023年05月01日 未公開判決事例紹介 取得不動産の名義を巡る税理士損害賠償請求事件(2023年5月1日号・№977)

未公開判決事例紹介
取得不動産の名義を巡る税理士損害賠償請求事件
東京地裁、節税として有効かは総合的に検討

 本誌969号40頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇不動産を被相続人の個人名義で購入しなかったことで、過大な相続税の納税義務を負ったとして被告税理士に対して約1,861万円の損害賠償請求を行った事件。東京地方裁判所(藤澤裕介裁判長)は令和4年4月19日、節税としてより有効かは年齢や保有目的などを総合的に検討する必要がある上、実際の相続税額は相続の発生時期により異なることから、被相続人の年齢を考慮して被相続人の個人名義で物件を購入するよう積極的に勧めなかったことをもって税理士としての注意義務に反するということはできないとし、原告の請求を棄却した(令和2年(ワ)第10197号)。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して、1861万7170円及びこれに対する令和元年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、亡◎◎K(平成29年4月30日死亡。以下「K」という。)の相続人である原告が、Kの生前である平成27年9月頃以降、被告法人所属の税理士である被告Aに対し、相続税対策として不動産を購入する際の購入名義について税務上の助言を求めた際、被告Aから誤った教示をされ、これに従ったため、Kの死後、不測の過大な相続税の納付義務を負ったと主張して、被告らに対し、連帯して、以下の損害賠償を求める事案である。
(1)被告法人に対する請求
 主位的に、原告と被告法人との間で締結した税務顧問契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として、予備的に、①原告と被告法人との間で締結した相続税対策に関する税務相談契約の債務不履行に基づく損害賠償請求又は②Kと被告法人との間で締結した税務顧問契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として、損害賠償金1861万7170円(納付済みの相続税額2839万4800円と相続税対策が講じられていた場合の想定相続税額との差額相当額1692万4700円、弁護士費用169万2470円の合計額)及びこれに対する請求日の翌日である令和元年6月14日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年分の割合による遅延損害金の請求
 ただし、原告は、上記損害賠償金額に関し、原告による再計算後の相続税額3253万0800円と上記想定相続税額1147万0100円との差額に加算税等及び弁護士費用を合算した金額を全部請求とする一部請求とする予定があると述べていたが、本件口頭弁論終結時までに拡張等の措置をとらなかったから、結局、上記損害賠償金額の全部請求をしたものである。
(2)被告Aに対する請求
 不法行為に基づく損害賠償請求として、上記(1)と同額の損害賠償金1861万7170円及びこれに対する令和元年6月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求
2 前提事実(争いのない事実、当事者が争うことを明らかにしない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)当事者
 ア 原告は、平成25年12月25日、Kの養子になり、平成27年12月31日、氏を変更した。原告は、平成29年4月30日当時、Kの唯一の相続人であった。(甲23、原告本人3頁、弁論の全趣旨)
 イ K(昭和2年8月6日生)は、平成28年6月時点で88歳であり、平成29年4月30日に死亡した(甲3、争いがない)。
 ウ 株式会社S産業(以下「S産業」という。)は、不動産の営業及び管理に関する業務などを目的として、昭和38年2月15日に設立された。平成26年6月9日時点で、S産業の代表取締役は、全株式を保有するKであった。(甲1、3、23)
 エ 被告法人は、他人の求めに応じ、租税に関し、税理士法2条1項に定める税務代理、税務書類の作成及び税務相談に関する業務等を目的とする法人である。被告Aは、被告法人の社員税理士である。(争いがない)
(2)ア K及び原告は、平成26年6月9目、被告Aと面談し、同日、S産業を委任者とし、被告法人を受任者とするS産業の決算及び法人税の確定申告を内容に含む委任契約が締結された(争いがない。ただし、被告法人が受任した業務の範囲及び同時に締結された契約の存否について当事者間に争いがある。)。
 イ 被告Aは、平成27年1月期から平成30年1月期にかけて、被告法人の社員税理士として、S産業の決算及び法人税の申告業務を行った(甲14ないし17)。
(3)K及び原告は、平成28年春頃、被告Aに対し、収益物件を購入することを検討していると説明した上で、これをS産業名義で購入したほうがよいか、あるいはK個人の名義で購入したほうがよいかという趣旨の質問をした(争いがない。ただし、上記質問に至る経緯及び被告Aの回答内容について当事者間に争いがある)。
(4)S産業は、平成28年6月14日、買主として、東京都世田谷区(以下省略)所在のマンション「N園」の405号室(以下、単に「N園」という。)を7180万円で購入する契約を締結した(以下「本件購入契約」という。甲4、16、弁論の全趣旨。ただし、法人税の確定申告上の異動年月日は同月27日である。)。
(5)原告は、平成28年6月27日、被告Aに電話をかけ、同人に対し、N園の売買に係る決済の際、司法書士からS産業名義で購入することでよいか確認を求められた旨を説明した上で、S産業名義で不動産を購入することでよいか質問した(争いがない。ただし、被告Aの回答内容について当事者間に争いがある。)。
(6)S産業は、平成28年8月22日、それまで収益物件として所有及び管理していた東京都世田谷区(以下省略)所在の土地建物(以下「B荘」という。)を7650万円で売却した(甲16、弁論の全趣旨。ただし、法人税の確定申告上の異動年月日は同年11月25日である。)
(7)被告Aは、平成28年11月以降、S産業の決算に当たり、K及び原告に対し、KがS産業を退職し、S産業がKに退職金を支給することによって、B荘を売却して利益が出たことにより生じる多額の法人税を圧縮する方法を提案した。Kは、上記提案を受け入れ、平成29年1月10日、S産業の代表取締役を辞任するとともに、原告が、同日、S産業の代表取締役に就任した。(甲23、弁論の全趣旨)
(8)被告Aは、Kが死亡した後の平成30年2月22日、被告法人の社員税理士として、Kを被相続人とする原告の相続税の申告業務を行った。同申告において、Kの課税価格は1億4948万7000円、相続人1名として、原告に対する相続税額は2839万4800円と算定され、原告は、法定納期限までに同金額を納付した。(甲3、弁論の全趣旨)
  上記課税価格のうちには、S産業に対する貸付金7990万6168円が計上されていた(甲3)。

第3 争点及び争点に関する当事者の主張
1 被告Aによる原告への回答に関し、被告法人に債務不履行責任が生じるか(争点1)
(原告の主張)

(1)被告法人が契約上負担する義務
 ア 原告との間の税務顧問契約
  原告は、被告法人との間で、平成26年6月9日、税務顧問契約を締結した。そのため、被告法人は、同契約に基づき、原告から税務の質問があれば、税務の専門家として回答すべき義務がある。
  原告は、平成27年2月中旬、被告Aに対し、原告がKの養子であることを話し、「これから先相続税対策をしたいと思っているのでよろしくお願いします。」と伝え、同年5月中旬に、被告Aに対し、口頭で財産総額を伝え、同年6月には、被告Aに対し、各銀行口座の預金額、自宅及びB荘の土地面積、Kが作成した公正証書遺言の内容等を伝え、現金2万円を渡した。
  原告は、同年9月20日以降、被告Aに対し、繰り返し、「相続税対策のためにN園を購入する場合には、S産業名義とK個人の名義のいずれによって購入すべきか」という趣旨の質問をした(以下「本件質問」という。)。
  その当時Kが高齢(88歳)であったことを考慮すれば、N園購入時点で、K名義で買うことが被告法人で買うよりも有効な相続税対策になることは、税務の専門家である税理士には明らかであった。
  したがって、被告法人は、原告との間の税務顧問契約に基づき、原告に対し、N園をKの個人名義で購入するよう回答すべき義務(以下「本件回答義務」という。)を負っていた。
 イ 原告との間の相続税対策を内容とする税務相談契約
  仮に上記アの契約が認められないとしても、原告は、平成27年9月20日、平成28年6月5日、同月13日及び同月27日に繰り返し、被告Aに本件質問をし、同日、「本当に会社でいいの。」と質問すると、被告Aから「会社のままでいいですよ。」と回答されたことからすると、遅くとも同回答時点までに、原告と被告法人との間で、本件質問に関する税務相談契約が成立したというべきである。
  したがって、被告法人は、同時点において、同契約に基づき、税務に関する専門性を有した法人として回答する義務を負い、本件質問に対しては本件回答義務を負っていたものというべきである。
 ウ Kとの間の税務顧問契約
  仮に上記ア、イの契約の成立が認められないとしても、被告法人は、平成26年6月9日にKとの間で税務顧問契約を締結した。そのため、被告法人は、同契約に基づき、Kから税務の質問があれば、税務の専門家としで回答すべき義務がある。
  したがって、被告法人は、遅くとも平成28年6月27日、原告を介してされたKからの本件質問を受けた際、同契約に基づき、原告を介してKに対し、本件回答義務を負っていたものというべきである。
(2)被告法人が契約上負担する義務の違反について
 被告法人所属の被告Aは、原告に対し、平成28年6月27日、N園をS産業名義で購入してよいなどと回答した。しかし、これは、原告との税務顧問契約若しくは税務相談契約又はKとの税務顧問契約のいずれの契約との関係でみても、本件回答義務に違反する誤った回答をしたもので、被告法人の債務不履行に当たる。
 したがって、原告は、契約当事者又は契約当事者であるKの承継人として、上記各契約に基づき、被告法人に対し、債務不履行責任を追及し得る地位にある。この点、Kと被告法人との間の税務顧問契約には、同契約がKの死亡によっては終了せず、原告に承継されるとの特約が付されていたから、原告は、被告法人に対し、同契約に基づき、被告法人との間の直接契約がある場合と同様に、債務不履行責任を追及し得るものである。
(被告法人の主張)
(1)被告法人が原告に対し契約上負担する義務がないこと
 ア 被告法人は、平成26年6月9日、S産業との間で同社の平成27年1月期の決算及び法人税の申告について業務委託契約を締結したにすぎず、K又は原告のいずれとも税務顧問契約を締結していない。これは、年に1回のスポット契約であり、亡くなった従前の税理士と同一の契約内容で、4万3200円という報酬も同一内容として引き継がれたもので、わずか年間4万円で、原告やKとの間で相続税対策を目的とした顧問契約を締結することなどあり得ない。
   また、平成26年6月9日当時、被告Aは、原告の氏名も、Kとの関係も聞かされていないもので、被告法人と原告との間に顧問契約が成立する余地はない。
 イ そもそも被告法人は、原告から、相続税対策の依頼及び相談を受けていない。被告Aは、平成28年春頃、K及び原告から、S産業が所有するB荘が老朽化し、修理代がかかるので、売却したいという意向を聞かされていたところ、その後、B荘の売却の目途が立ったとして、「B荘がなくなるので、新たな収益物件の購入を考えているけれど、K個人で購入するのもいいかなあ」と相談をされた。これは、B荘の代替物件の購入の検討に当たり、個人で購入するのもいいかと思考を巡らしていたもので、決して相続税対策を目的として収益物件の購入を検討していたわけではなかった。
 ウ 一般に、税理士が相続税対策を行う場合、被相続人の資産状況を全て把握する必要があるし、被相続人や推定相続人も積極的に資産状況を開示するはずであるが、被告Aは、Kからも原告からも資産状況の開示を受けておらず、資産構成を把握できる状況になかったから、相続税対策を受任していなかったことは明らかである。
   また、相続税対策として不動産の購入を検討するのであれば、まず購入すべきかどうかから税理士に相談し、被相続人の資産構成を前提に相続税を試算するという検討が欠かせないところ、K及び原告は、そうしたやり取りを経ることなく、購入することを先に決めた後に、上記イの程度の相談を持ち掛けただけであったし、KがN園とは別に平成28年9月2日に購入したという△△△△南については、事前事後の相談、報告は一切なかったもので、被告Aにおいて、何らかの相続税対策を講じる余地がない。
   さらに、相続税対策を受任する場合、相応の税理士報酬を提案し、契約書を作成するはずであるが、契約書は作成せず、税理士報酬もなかった。
   そうすると、被告Aが、K及び原告から受けていた上記イの相談は、正式受任に至らない一般相談にとどまるもので、同人らが申告する状況のみを前提に一般論を回答すれば足りるものである。
 エ したがって、被告法人は、原告及びKとの間で、税務顧問契約を取り交わしたことはなく、また、原告との間で、相続税対策を内容とする税務相談契約を取り交わしたこともない。そして、被告Aは、原告から、相続税対策として本件質問を受けたことがない。
   よって、被告法人が、原告が主張する本件回答義務を負うことはない。
(2)被告Aがした回答内容に誤りがないこと
 被告Aは、平成28年春頃、S産業が保有していたB荘の売却を予定しており、その代替物件を購入する場合、法人で購入するか、個人で購入するかといった相談を受けたにとどまる。
 そこで、被告Aは、相続税対策の相談と受け止めることはなく、「個人で購入すると、取得額と評価額の差を利用して相続税対策にはつながるが、所得税などの負担は増加する」という一般論を回答したところ、しばらくしてKと原告は、「個人で購入するとS産業には何も残らなくなってしまうので、S産業で購入する」との結論に至ったのである。
 その後、被告Aは、平成28年6月頃に原告から電話で、「今司法書士に本当に会社名義でいいのか確認を取られたが、会社名義でいいのでしょうか」との質問を受け、「この前はそういう結論だったと思いますよ。」と回答したものである。
 そもそも、不動産を購入する際、個人で購入する場合と法人で購入する場合とどちらが課税上有利かは一概に断じ得ない。そして、被告Aがした上記回答に誤りはなく、これが被告法人の義務違反を構成することはない。
2 被告Aの回答が原告に対する不法行為を構成するか(争点2)
(原告の主張)

 被告Aは、税務に関する専門家である税理士として、所属する被告法人の顧客に対し、不測の過大な納税義務が課されないようにする高度の注意義務を負う。しかし、被告Aは、原告から本件質問を受けた際、Kの年齢などを考慮すれば、S産業名義で購入するよりK個人の名義で購入する方が有効な相続税対策になることは税務の専門家からすれば明らかであるにもかかわらず、S産業名義でよい旨回答したのであるから、遅くとも平成28年6月27日に原告に上記回答をした時点で、被告Aは上記注意義務に違反し、これにより原告に不測の過大な相続税の納税義務を生じさせたというべきである。
 したがって、被告Aによる上記回答は、原告に対する不法行為を構成する。
(被告Aの主張)
 上記1(被告法人の主張)(2)のとおり、被告Aが原告及びKから相続税対策を目的とする相談を受けたことはなく、被告Aがした回答内容に誤りはないから、原告に対する侵害行為がない。
3 損害の発生及びその額(争点3)
(原告の主張)

 原告が実際に納付した相続税額とN園をK名義で購入していた場合に生じていたと考えられる計算上の相続税額の差額は1692万4700円に上る。原告は、被告らの債務不履行及び不法行為により、同金額を過大に支払う義務を負ったものである。
 また、弁護士費用は、上記損害額の1割169万2470円が相当である。
(被告らの主張)
 否認又は争う。

第4 当裁判所の判断
1 認定事実

(1)S産業及びKは、長く顧問契約関係にあった税理士T(以下「T税理士」という。)が亡くなったことから、代わりの税理士を探していたところ、平成26年6月、被告法人の当時の顧問先を通じて、被告法人及び被告Aの紹介を受けた(争いがない)。
(2)ア Kは、平成26年6月9日、被告Aとの面談において、同人に対し、それまでS産業の決算及び法人税の確定申告を依頼していたT税理士が亡くなってしまったため、被告Aに平成27年1月期の決算及び法人税の確定申告を依頼したいこと、T税理士には決算と法人税の確定申告を税抜き4万円で受けてもらっていたことから、被告Aに対しても同じ条件で依頼したいことなどを述べた。被告Aは、Kの上記依頼を了承した。(被告A1頁、弁論の全趣旨)
  イ Kは、被告Aに対し、平成26年6月9日、上記面談に遅れて到着した原告について、S産業の業務を行う者として紹介し、親族であるとは紹介しなかった。被告Aは、同日、S産業の過年度の決算書を預かった。原告と被告Aは、同日、連絡先を交換し、以後、原告から被告Aに対し、電話をかけることがあった。(甲12、原告本人2頁、被告A22、23頁)
  ウ Kは、当時、S産業からの役員報酬と年金収入のみであり、過年度にT税理士がKの所得税の確定申告業務を行っていたことを示す資料が原告から被告Aに提供されたことはなく、また、被告Aに対し、平成28年分の所得税の確定申告を行う平成29年3月頃より前に、Kの個人資産が開示されたこともない(甲10、被告A5頁)。
    また、被告Aは、Kの生前、同人が死亡した場合の相続税額を試算したことはない(被告A5頁)。
(3)被告Aは、平成27年3月26日頃、S産業の同年1月期に関する決算報告書の作成及び法人税の申告業務を行った。被告Aは、同事業年度における申告内容が、売上(B荘の賃料収入)、約313万円に対し、Kの役員報酬が240万円計上されるなどしたため、差引約176万円の欠損金額を計上する内容であったことから、同年3月26日、原告あてにKの所得税がかからないくらいまで給与を下げてもいいのではないかという趣旨の助言をした。(甲13、14)
  続いて、平成28年1月期のS産業の法人税申告は、売上(B荘の賃料収入)324万円に対し、Kに対する役員報酬96万円が計上されるなどし、当期純利益は60万円程度(ただし、前年度までの欠損金で控除)という内容にとどまっていた(甲15)。
  一方、被告法人は、平成26年分及び平成27年分のKの所得税の確定申告業務を行っていない(弁論の全趣旨)。
(4)ア 原告は、平成28年3月頃、被告Aに対し、B荘が老朽化により、その維持のために今後修繕費がかさみそうなので、売却を検討していること及びB荘に替わる新たな収益物件を検討していることを伝え、同年5月頃には、被告Aに対し、その場合、S産業で購入すべきか、K個人で購入すべきかという相談を持ち掛けた(被告A2、3頁)。
   これに対し、被告Aは、どちらで購入すべきかという回答は行わず、一般論として、収益物件を個人名義で購入すると、取得額と相続税評価額との間に差額が生じるから、その差額分は相続税の課税上有利となる一方、家賃収入が所得となるため、所得税、住民税及び国民健康保険料が増加するという趣旨の説明をした(被告A2、3頁)。
  イ 原告は、その約1、2週間後、被告Aに対し、B荘を売却するとS産業の保有物件がなくなるから、新規物件をS産業名義で購入する方針で考えていると知らせた(被告A4頁)。
  ウ また、原告は、遅くとも平成28年6月頃に、不動産を個人名義で取得すると相続税評価が法人名義の場合に比べて減額されることを被告A以外の不動産業者などからも聞かされていた(原告本人32、33頁)。
(5)原告は、平成28年6月5日、N園を内覧中、被告Aに電話をかけ、物件を内覧中で、購入しようと考えていることを伝えると、被告Aは、異論をさしはさむことなく、原告がそのように考えたのであれば、それでよいという趣旨の応答をした(被告A5、6頁)。
  その後、原告は、同月14日にS産業を買主として本件購入契約を締結し、同月27日、売買代金決済に当たり、当日立ち会った司法書士や不動産業者から、不動産を個人名義で取得すると、購入価格に比べて大幅に低い相続税評価が適用されることなどから、購入名義をK個人とするか、S産業とするか税理士に確認した方がよいと言われ、被告Aに電話をかけた(甲4、原告本人33頁)。
  被告Aは、その電話において、原告からS産業で購入することでよいかと確認を求められると、この前はそういう結論だったと思いますよと回答し、これに反対の意思は示さなかった(被告A20、21頁)。
  S産業は、N園の購入に当たり、購入代金7180万円について、K個人から資金を一旦借り受けて支払い、B荘を売却した利益でこれを返済することにした。ただし、原告及びKは、被告Aに対し、同物件の購入資金の調達方法を事前に説明したことはない。(甲4、原告本人11頁、被告A23頁)
  被告Aは、同月28日、レストランで原告と会い、原告から、N園を購入したとの報告を受け、相談にのってもらったお礼とともに、原告から現金1、2万円の交付を受けた(原告本人11頁、被告A17頁、弁論の全趣旨)。
(6)ア Kは、平成28年9月、渋谷区(以下省略)所在のマンション「△△△△南」の一室(以下、単に「△△△△南」という。)を代金約1890万円でK個人名義で購入した。原告は、同物件を購入するに当たり、被告Aに、同物件の購入について事前に知らせたことはなく、その決済に当たり同物件をK個人の名義とS産業の名義のいずれで購入するべきかという趣旨の相談をしたこともない。(甲10、原告本人23、24頁、被告A6、7頁)
  イ 原告は、被告Aに対し、B荘の売却についても、その売却前後に売却の予定や決済について相談報告したことはない(被告A7頁)。
(7)ア 被告Aは、平成29年3月31日頃、S産業の同年1月期に関する決算報告書の作成及び法人税の申告業務を行った。同期中にB荘の譲渡に伴う固定資産売却益6733万9515円を計上したが、役員報酬として、原告分240万円、K分88万円を、Kの退職給与として、4400万円を計上するなどし、同期における法人税、住民税及び事業税の申告納付税額は合計453万6415円にとどまった(甲16)。
    上記申告に先立ち、被告Aは、K及び原告に対し、多額の法人税額が課税される状況にあったため、KがS産業を退き、Kに退職給与を支給してはどうかと提案し、Kはこれを受け入れた(争いがない)。
  イ Kは、年金収入、役員報酬に加え、△△△△南の賃料収入を得るようになり、被告法人に依頼して平成28年分の所得税の申告を行うこととした。被告Aは、被告法人の社員税理士として、Kから報酬額を2万1600円としてKの所得税の申告業務の委任を受け、平成29年3月14日、同申告業務を行った。(甲10、乙2)
  ウ 平成29年4月30日のK死亡後、被告Aは、被告法人の社員税理士として、原告から委任を受け、平成30年2月22日、Kを被相続人とする原告の相続税の申告業務を行った(甲3、弁論の全趣旨)。
    上記申告業務に対する税務報酬額は64万8000円であるが、現在まで原告からの支払はない(甲7、弁論の全趣旨)。
    上記相続税申告において、被告Aは、S産業の株式2万株を0円と評価した。これは、相続税申告における法人の株価評価に関し、当該法人の不動産購入から3年以内に相続が発生した場合には時価評価とするとの租税通達に反し、土地につき相続税路線価評価額、建物につき固定資産税評価額を用いたため、不当に低い評価額としたものである。同評価額の誤りに関する修正申告は、未了である。(甲3、11、26、弁論の全趣旨)
  エ 被告Aは、被告法人の社員税理士として、原告から委任を受け、平成30年3月13日、原告の所得税の申告業務を行った(甲2)。
(8)被告法人が用いる税務顧問契約書のひな形には、被告法人が行う業務について、税務に関する委任の範囲として、①委嘱者の法人税、源泉所得税、事業税及び消費税の税務代理並びに税務書類の作成、②委嘱者の年末調整・法定調書作成業務、③委嘱者の税務調査、④委嘱者の税務相談、会計に関する委任の範囲として、⑤委嘱者の総勘定元帳及び試算表の作成、⑥委嘱者の決算書類の作成、⑦委嘱者の会計処理に関する指導及び相談の記載があるほか、報酬額の定めについて、税務、会計に関する顧問報酬月額●●円、税務書類及び決算書類作成の報酬として●●円、年末調整、支払調書、償却資産税申告●●円の記載がある(乙1)。
(9)補足説明
 ア 上記(2)イの認定に関し、原告は、平成26年6月9日の面談の際、Kが原告のことを自分が亡くなった後のことも考えて、「これからはこの人が全部することになるから」と言って紹介したと主張し、原告の供述はこれに沿うが(原告本人2頁)、Kが、同日、原告のことを養子として紹介しなかったこと(争いがない)、原告は、当時、S産業の取締役であったが、登記簿上、「××◎◎」と表示されていたこと(甲23)、同日、Kの個人資産の承継に関する話題は一切なかったこと(弁論の全趣旨)からすれば、当日の話題はS産業の税務に関することに限られ、Kの個人資産の税務に及んでいなかったといえるから、原告の上記供述は信用性に乏しく、原告の上記主張は採用できない。
 イ 上記(2)ウの認定に関し、原告は、被告Aに対し、平成27年2月中旬、原告がKの養子であることを話し、「これから先相続税対策をしたいと思っているのでよろしくお願いします。」と伝え、同年5月中旬に、口頭で財産総額を伝え、同年6月には、各銀行口座の預金額、自宅及びB荘の土地面積、Kが作成した公正証書遺言の内容等を伝えたと主張し、原告もこれに沿う供述をする(原告本人6、7頁)。
   しかしながら、被告Aは、原告がKの養子であることを知らされた時期が随分後であるとし、Kの財産総額やその内訳を知らされたことを否認しているところ(被告A5、11頁)、①原告が氏を◎◎姓に変更した時期は平成27年12月末であり、その後も直ちに会社登記に反映されたわけではないことからして、被告Aが随分後に養子であると知ったとしても不自然ではないこと(甲23、被告A11頁)、②S産業の資産であるB荘の面積等については、遅くとも平成27年1月期の法人税の申告業務に際し、確認していることがうかがわれるが、その他Kの資産総額やその内訳を原告が被告Aに数回に分けて伝達したとする原告の供述を裏付ける客観資料は一切なく、受渡しがされたのであれば、その後に被告AにおいてKが死亡した場合の相続税額の試算がされ、これをKや原告と共有することも考えられるが、そうした経過もないことから、原告の上記供述は信用できない。
   なお、原告と被告Aの間で平成30年9月10日にされた会話の録音内容(甲24の1、2)中には、原告から上記と同趣旨の発言もあるが、相続税に関する税理士報酬を請求する被告Aと同被告のミスで相続税の過大な納付を余儀なくされたとして精算を求める原告との間で、互いの主張を述べ合っている場面であり、逐一の認否をしたものではないから、原告の発言をその場で否定していないやり取りがあったとしても、原告の上記主張を裏付けるものとはいえない。
   よって、原告の上記主張は理由がない。
 ウ 上記(5)の認定に関し、原告は、①平成28年6月13日及び同月14日にも被告Aに電話をかけた、②同月5日の電話の際と併せて毎回購入名義を個人名義とするか、法人名義とするかの相談をしたと主張し、原告の供述はこれに沿う(原告本人9、10、21頁)。
   しかしながら、同月5日と同月27日に電話を受けて、その内容についても供述する被告Aが、上記①の電話があったことについて否認しているところ、原告の供述によれば、約3週間の間に計5回、いずれも不動産業者等から税理士に対して確認してみてはどうかと言われて、全く同じ質問をする内容の電話をしたということになり、しかも、当初はなぜ繰り返し確認を求められるのかについて理由も告げられなかったと供述していたところ、それ自体不自然な経過であるといわざるを得ない。
   その後、原告は、不動産業者等から、個人名義で購入した場合には1500万円の相続税評価額が使えると聞かされて被告Aに電話で相談することになったと供述し直し、被告Aに電話をかける理由としては、後者の供述の方が自然であるところ、この内容は、被告Aから従前聞かされている内容と同趣旨であり(上記(4))、その際、被告Aに対し、自らS産業名義で購入する方針を知らせていることに照らせば、短期間に何度も同じ質問の電話をすることは、やはり不自然である。
   よって、原告は、同月27日の決済の際に、N園の購入名義について再度相談する電話をしたが、その前約3週間以内に同趣旨の電話をしたとは認めるに足りず、上記①、②の原告の主張は理由がない。
 エ 上記(5)の認定に関し、原告は、N園の購入に当たり、被告Aからの助言に従って、S産業がKから約8000万円の資金を借りて同物件を購入し、同社がB荘を約8000万円で売却し、S産業がその売却収入で上記借入金を返済するという算段であったと主張し、原告の供述はこれに沿う部分がある(原告本人11頁)。
   しかしながら、これらの経過を裏付ける客観資料はない上、被告Aはこれらの経過を全部否認し、N園の購入資金の原資の調達方法やB荘の売却話の具体的な経過や決済について聞かされたこともないと供述していること(被告A7、23頁)、原告は、当初、N園を購入して所有することになったことに伴い、K及び原告が老朽化したB荘の売却を決意したという趣旨の主張をしながら、これを上記のとおり変遷させたこと(弁論の全趣旨)などからして、原告の供述は信用性が乏しいものと言わざるを得ず、原告の上記主張は理由がない。
2 争点1(被告Aによる原告への回答に関し被告法人に債務不履行責任が生じるか)について
(1)原告と被告法人との間の税務顧問契約の存否
 原告は、①平成26年6月9日の面談の際、Kは、被告Aに対し、従前T税理士に委任していたと同じ内容の税務顧問契約の締結を依頼し、了承されたもので、その内容は、S産業の決算及び法人税の確定申告に限るものではなかったこと、②Kが被告Aに原告を紹介したことなどからすると、同日、原告と被告法人との間で税務顧問契約が成立したと主張する。
 しかしながら、Kが被告法人及び被告Aの紹介を受けた経緯として、従前顧問契約関係にあったT税理士が亡くなり、代わりの税理士を探していたという事情は認められるものの(認定事実(1))、①Kと被告Aは、同日初めて面談し、その際、これまでのT税理士の業務内容として引き継がれたものは、過年度のS産業の決算報告書と法人税の確定申告書のみであったこと(同(2)アないしウ)、②具体的には、S産業の平成27年1月期の決算と法人税の確定申告を被告Aが引き受けることを了承したが、K個人の所得税確定申告業務は引き受けていないこと(同(2)ア、ウ)、③現に、被告Aは、Kの平成28年分の所得税確定申告業務については、別途有償で受任していたこと(同(7)イ)、④従前の関係については、原告も、KがT税理士に個別に相談していたと思うなどという推測を述べるにとどまること(原告本人16、17頁)などの諸事情が認められる。
 そうすると、平成26年6月9日のやり取りからは、S産業と被告法人との間に、T税理士が受任していたと同様の条件で、被告法人が平成27年1月期の決算及び法人税の確定申告業務を行うという内容の委任契約が成立したことは明らかであるが、Kが被告法人に対し、個人の所得税確定申告を委任した事実もないから、結局、KはあくまでS産業の代表者という立場で対応したにとどまるもので、被告法人の税務顧問契約のひな形に沿った契約書や報酬を含む合意内容が存在しないこと(認定事実(8))を指摘するまでもなく、K個人と被告法人との間に、同日、税務顧問契約を含む何らかの税務に関する委任契約が成立したものと認めることはできない。
 また、原告は、同日、S産業の業務を行う者としてKから被告Aに対して紹介され、同被告と連絡先を交換したものの、Kの親族であるとの紹介すらされなかったことからすれば(認定事実(2)イ)、仮にKから「これからはこの人が全部することになるから」という発言があったとしても、被告法人の担当者である被告Aにおいては、S産業の実務担当者として原告を紹介されたと受け止めるにとどまるものというべきである。
 したがって、同日のK及び原告と被告Aとのやり取りなどから、原告と被告法人との間に顧問契約関係が成立したものとみる余地はない。
 よって、被告法人が原告との税務顧問契約の債務の本旨に従った履行をしなかったとする原告の主張は、前提となる同契約がないから、理由がない。
(2)原告と被告法人との間の相続税対策を内容とする税務相談契約の存否
 原告は、仮に原告と被告法人との間の税務顧問契約が認められなくても、遅くとも平成28年6月27日、原告が被告Aに本件質問をし、被告Aがこれに回答した時点で、原告と被告法人との間に相続税対策を内容とする本件質問に関する税務相談契約が成立したと主張する。
 しかしながら、上記(1)説示のとおり、平成26年6月9日当時、K及び原告と被告法人との間には個人資産に関する税務顧問契約が存在しないことに加え、これまで認定したとおり、①原告は、被告Aに対し、同年5月頃、S産業が所有するB荘に替わる収益物件を購入する場合、S産業名義で購入すべきか、K名義で購入すべきかという相談を持ち掛け、被告Aから、収益物件を個人名義で購入した場合のメリットとデメリットの説明を受けていたこと(認定事実(4)ア)、②そのうえで、原告が、B荘を売却するとS産業の保有物件がなくなるから、新規物件をS産業名義で購入する方針で考えていると知らせたこと(同(4)イ)、③同年6月27日当時、K又は原告から、被告Aに対し、Kの個人資産が開示されたことはなかったこと(同(2)ウ、(9)イ)、④原告は、同日、本件購入契約の売買代金決済に当たり、当日立ち会った司法書士や不動産業者から、不動産を個人名義で取得すると、購入価格に比べて大幅に低い相続税評価が適用されることなどから、購入名義をK個人とするか、S産業とするか税理士に確認したほうがよいと言われ、被告Aに電話をかけ、S産業名義で購入することでよいかと確認を求めたこと(同(5))、⑤原告は、同年9月に購入した△△△△南については、被告Aに相談することなく、K名義で購入したこと(同(6)ア)、⑥B荘の売却についても、その売却前後に売却の予定や決済について相談報告したことがないこと(同(6)イ)、以上の各事実が認められる。
 そうすると、原告は、S産業の取締役及び実務担当者として、自ら積極的に不動産の取得や処分等に関する事務を進捗させており、逐一被告Aの指示を仰いで上記の取得や処分等の事務を行うものではなかったところ、S産業が新たに収益物件を購入するかという点については、平成28年5月頃、被告Aとの間で、同社が所有するB荘に替わる収益物件の購入検討に当たり、K個人名義で購入する選択肢があるかどうかについて相談し、被告Aから、不動産を個人名義で購入する場合のメリットとデメリットに関する一般的な助言を受けると、後日、原告自ら会社名義で購入するという選択をしたことが認められる。このように、同年6月27日までの間、原告が被告Aに対し、収益物件の購入をS産業名義とするか、K名義とするか相談したことは、一般的な税務相談にとどまるもので、相続税対策を内容とする本件質問に関する税務相談であると認めることはできない。
 また、こうした経過の下、原告が、同年6月27日、本件購人契約の決済に当たり、その場に居合わせた司法書士や不動産業者から、購入名義を個人名義とするか、会社名義とするか再度税理士に確認したほうがよいとの助言を受け、被告Aに電話をかけたという以上、当該電話は、前回の相談内容の確認を求めるにとどまるものといえるから、原告が被告Aに対し、新たに税務相談を申し入れたものとは認め難い。そして、このことは、上記電話における被告Aの応答が、この前はそういう結論だったと思いますよという回答にとどまったこと(認定事実(5))からも裏付けられる。
 したがって、平成28年6月27日に原告が被告Aあてにかけた電話内のやり取りをもって、原告と被告法人の間で、N園の購入に当たり、相続税対策を目的とすると、S産業名義で購入するべきか、あるいは、K名義で購入するべきか(本件質問)を内容とする税務相談契約が明示又は黙示のうちに締結されたものと認めることはできない。
 よって、被告法人が原告との税務相談契約の債務の本旨に従った履行をしなかったとする原告の主張は、前提となる同契約がないから、理由がない。
(3)Kと被告法人との間の税務顧問契約の存否
 原告は、仮に原告と被告法人の間において、税務顧問契約又は本件質問に関する税務相談契約の締結が認められないとしても、被告法人は、平成26年6月9日にKとの間で税務顧問契約を締結したと主張するが、Kと被告法人との間に同日税務顧問契約が成立したと認められないことについては、上記(1)で説示のとおりである。
 よって、被告法人がKとの間の税務顧問契約の債務の本旨に従った履行をしなかったとする原告の主張は、理由がない。
(4)以上から、原告の被告法人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
3 争点2(被告Aの回答が原告に対する不法行為を構成するか)について
(1)原告は、平成28年6月27日、被告Aが、相続税対策としてN園をS産業名義で購入するべきかという本件質問を原告から受けた際、Kの年齢などを考慮すれば、K名義で購入する方が有効な相続税対策となることが明らかであったにもかかわらず、S産業名義で購入してよい旨の誤った回答をしたことが、税理士としての高度な注意義務に違反し、これが原告に対する不法行為を構成すると主張する。
  しかしながら、上記2(2)で説示したとおり、平成28年6月27日に原告が被告Aあてにかけた電話において、原告が被告Aに対し、N園の購入に当たり、相続税対策を目的とすると、S産業名義で購入するべきか、あるいは、K名義で購入するべきかという本件質問をしたという事実を認めることができない。
  したがって、原告の上記主張は、その前提となる本件質問をした事実が認められないから、理由がない。
(2)原告は、相続税に関する業務を取り扱っている税理士であれば、Kの年齢などの状況から依頼者のニーズを酌み取り、適切な税務上の助言をすべきであった旨主張する。
  しかしながら、税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念に沿って、納税義務者の信頼に応え、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とするところ(税理士法1条)、税務知識の偏在性を背景に、積極的に誤った課税知識を教示するなどして、これを信頼した相手方に不測の税務上の損害を生じさせない注意義務を職務上負う余地があるとしても、相手方に有利なあらゆる方法を想定した税務知識を教示しなければならない義務まで負うものではない。
  しかるに、収益物件の取得に際しては、法人名義で購入する場合と、個人名義で購入する場合とで、いずれが節税としてより有効かは、年齢、保有目的(転売、超長期など)、小規模宅地の評価減の適用の有無、家賃収入の多寡、税率、貸付債権等の問題といった要素を総合的に検討する必要がある上、実際の相続税額は、相続の発生時期によって異なるなどから、傾向的な把握が可能であるにとどまり、一義的に定まるものではない。
  そうすると、被告Aが、原告に対し、どちらで購入すべきかという回答は行わず、一般論として、収益物件を個人名義で購入すると、取得額と相続税評価額との間に差額が生じるから、その差額分は相続税の課税上有利となる一方、家賃収入が所得となるため、所得税、住民税及び国民健康保険料が増加するという趣旨の説明をしたこと(認定事実(4)ア)をもって、誤りであるとはいえない。すなわち、被告Aが、S産業名義で物件を購入することを肯定し、Kの年齢を考慮してKの個人名義で物件を購入するよう積極的に勧めなかったことをもって、税理士としての注意義務に反するということはできない
  したがって、被告Aの上記回答が、税理士としての注意義務に違反し、原告に対する不法行為を構成するという原告の上記主張は理由がない。
(3)よって、原告の被告Aに対する不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

第5 結論
 以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第44部
裁判長裁判官 藤澤裕介
裁判官 津田 裕
裁判官 川畑百代

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