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解説記事2023年05月29日 特別解説 米国のPCAOBが設定した監査基準(2023年5月29日号・№980)

特別解説
米国のPCAOBが設定した監査基準

はじめに

 世界の監査の基準は、IAASB(国際監査・保証審議会)が設定した国際監査基準(ISA)を各国が国内基準として取り込む形で適用しており、我が国では、職業的専門家の団体である日本公認会計士協会(JICPA)が監査基準報告書として設定している(これに加えて、金融庁の企業会計審議会が設定した「監査基準」や「不正リスク対応基準」等がある。)。
 米国では、エンロン事件やワールドコム事件等の会計上の不祥事が立て続けに発生してサーベンス・オクスレイ法(SOX法)が設定されるまでは、我が国と同様に、民間の職業的専門家の団体である米国公認会計士協会(AICPA)が監査基準を設定していたが、事件後はパブリック・セクターに権限が移されて、PCAOB(公開企業会計監視委員会)が監査基準を設定するようになった。我が国においては、国際監査基準(ISA)や監査基準報告書に比べて、PCAOBが設定した米国の監査基準が取り上げられることは少ないが、本稿では、PCAOBが設定した監査基準の概要を見ていくことにしたい。

PCAOBとは

 Public Company Accounting Oversight Board(PCAOB)は、2002年に米国の上場企業会計改革および投資家保護法(サーベンス・オクスレイ(SOX)法)に基づき設置された非営利法人である。公開会社等の株式発行者(issuer。主に上場会社)に対する監査を監督することを通じて、投資家利益の保護及び監査報告書発行における公益性を高めることを目的とする。連邦証券法に基づき提出されたコンプライアンスレポート等、証券ブローカー・ディーラー監査に対する監督も行っている。PCAOBの規則・基準は全てアメリカ証券取引委員会(SEC)の承認を受ける必要があり、また予算についての権限も有するSECの監督下にはあるものの、独立した組織である。
 PCAOBは議長を含む5人の理事会委員(全員常勤者)がSECより任命されており、うち2名は公認会計士またはかつて公認会計士であった者(以下「公認会計士等」という。)とされている。ただし公認会計士等は2名を超えてはならず、また議長職である場合は任命前の最低5年間は公認会計士であってはならないとされている。
 1990年代の米国においては、公開会社において過年度財務諸表の修正再表示の数が増加する中、特に大規模上場企業による会計スキャンダル及び記録的な倒産事件が後を絶たず、PCAOBはこれを契機として設立された。PCAOBが設立された2002年には、エンロン社やワールドコム社の倒産事件があり、両者ともに大手会計事務所アーサー・アンダーセンによる事件関与があった。従来、監査人に対しては、米国公認会計士協会(AICPA)による監視が行われていたが、2002年のSOX法設定によって、従来自主規制によっていた米国公開企業の監査人は、PCAOBによる独立した監督を受けることが義務となった。
 PCAOBの監査人監督における主要な機能としては、登録・検査・基準設定・施行の4つが挙げられる。今回取り上げる監査基準の設定は、3番目の機能である「基準設定」に属するものである。
 冒頭でも記載したように、我が国では、監査基準は金融庁の企業会計審議会が設定し、ガイドラインである監査基準報告書は日本公認会計士協会が設定している。そして、会計監査人(監査法人)の監督は、日本公認会計士協会による品質管理レビューと、公認会計士・監査審査会(CPAAOB)による検査との二本立ての体制となっている。

PCAOBが設定した監査基準の概要

 まず、PCAOBが設定した監査基準の大きな枠組みは、以下のようになっている。

・一般的な監査基準(General Auditing Standards)AS1000番台
・監査手続(Audit Procedures)AS2000番台
・監査人による報告(Auditor Reporting)AS3000番台
・連邦証券法に基づく書類の提出に関連する事項(Matters Relating to Filings Under Federal Securities Act)AS4000番台
・監査に関連するその他の事項(Other Matters Associated with Audits)AS6000番台

 そして、それぞれの基準書の体系やナンバリングは表1のとおりである。なお、それぞれの表題や基準書名の和訳は、筆者による仮訳であることをご承知おき頂きたい。

国際監査基準(ISA)及び我が国の監査基準報告書とPCAOBが設定した監査基準との比較対比


 次に、国際監査基準(ISA)及び我が国の監査基準報告書と米国PCAOBが設定した監査基準書とを比較対比してみたい。我が国の監査基準報告書は国際監査基準とほぼ同じナンバリング、かつ内容となっているが、PCAOBが設定した監査基準とは必ずしも1対1で対応しないものもある。
 国際監査基準(ISA)及び我が国の監査基準報告書と米国PCAOBが設定した監査基準書とを比較対比すると、表2のとおりとなった。なお、各基準書の比較対比は、あくまでも基準書の表題ベースで1対1で行っており、「直接個別に対応する基準なし。」としている基準書についても、他の基準書に一部関連する規定が存在する可能性がある点にご留意頂きたい。

 上記のほかに、我が国には、企業会計審議会が設定した監査基準、不正リスク対応基準、四半期レビュー基準、財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準があり、さらに、日本公認会計士協会が設定した実務上の取扱いやガイダンスが存在する(監査・保証実務委員会報告第82号及び同第83号など)。

PCAOBが設定した監査基準の特徴

 PCAOBが設定した監査基準の基準書は合計で55本あり、ページ数でいうと640ページほどになる。国際監査基準や我が国の監査基準報告書と比較して特徴的な点は、1つには我が国の監査基準の「一般基準」に定められているような、監査人の独立性、研修や正当な注意等について、それぞれ独立した基準書があることであろう。また、財務報告に係る内部統制の監査基準書(AS2201)のほか、監査業務の監督(AS1201)や審査(AS1220)に関しても独立した監査基準書が設けられている。
 それから、ISAと我が国の監査基準報告書との間の差異として取り上げられることが多い監査人の交代(前任監査人と後任監査人との間のコミュニケーション)に関する監査基準書が、AS2610として存在することも特徴的であるといえよう。
 そのほか、PCAOBが設定した監査基準には、補足的な情報及びその他の情報に関する監査人の責任に関する基準書(AS2700番台)や監査完了後の事項(AS2900番台)、連邦証券法に基づく書類の提出に関連する事項(AS4000番台)、監査に関連するその他の事項(AS6000番台)など、様々な基準書が幅広く包含されていた。

終わりに

 監査人に関する基準の設定や監視・監督は、かつては日欧米のいずれも民間の職業会計専門家団体による自主規制に委ねられていたが、米国ではエンロン事件やワールドコム事件、それに伴うアーサー・アンダーセンの崩壊やSOX法の設定という激動と混乱の時期を経て、パブリック・セクターであるSECやPCAOBがそれらの機能を担うことになった。また、欧州では、カリリオン社の破綻や監査の失敗が明らかになった英国を中心に、規制当局が監査人に対する規制を強めようとする動きが見られている。我が国においては、上場企業の監査を中小規模監査法人が担う事例が増えてきていることもあり、上場会社監査事務所の登録や維持要件の厳格化や中小監査事務所による開示の拡充、監査法人ガバナンス・コードの適用範囲の拡大などが制度化されようとしている。
 今後もパブリック・セクターによる法的規制とプライベート・セクターによる自主規制との間での綱引きが続いていくのであろうが、自主規制への信頼が失墜し、パブリック・セクターによる規制へと一気に流れを変えてしまうような、会計上の不祥事や監査の失敗が起こらないことを切に祈念したい。

参考文献
PCAOBホームページ
Wikipedia(PCAOB)
Auditing Standards of the Public Company Accounting Oversight Board(PCAOB auditing standards for audits of financial statements for fiscal years ending on or after Dec. 15, 2020)

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