カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2023年06月05日 未公開判決事例紹介 不当利得返還請求権は亡母の相続財産に含まれるか(2023年6月5日号・№981)

未公開判決事例紹介
不当利得返還請求権は亡母の相続財産に含まれるか
東京地裁、出金した14億円は相続人が費消

 本誌975号16頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇認知症の亡母(被相続人)の金融機関の口座から現金(およそ14億円)を出金した二男に対する不当利得返還請求権が、亡母の相続財産に含まれるか否か争われた相続税更正処分等取消請求事件。東京地方裁判所(品田幸男裁判長)は令和5年2月16日、原告二男が出金したものと推認するに足りる事実が複数存在するほか、亡母や原告長男の病状などからは彼らが出金を行ったとは考え難いことからすれば、本件各出金は原告二男が行ったものと認められると指摘。その上で裁判所は、原告二男は相続開始時点において自己のために所持し、又は費消したことが認められるとして、亡母は原告二男に対する不当利得返還請求権を有するとの判断を示し、これが相続財産に含まれるなどとして原告の請求を棄却した(令和3年(行ウ)第522号)。

主  文

1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1 請求
1
 S税務署長が原告Bに対して令和2年3月19日付けでした、被相続人Mの平成28年4月18日相続開始に係る相続税の更正処分のうち納付すべき税額1594万4100円を超える部分及び重加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
2 S税務署長が原告Aに対して令和2年2月28日付けでした、被相続人Mの平成28年4月18日相続開始に係る相続税の更正処分のうち納付すべき税額1344万4100円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第2 事案の概要
 本件は、原告らが、亡母(M)の相続に係る相続税の申告をしたところ、S税務署長から、原告B(以下「原告B」という。)が相続開始前に亡母の金融機関の口座から現金を出金したことによって同人が原告Bに対する不当利得返還請求権を取得し、これが相続財産に含まれるなどとして、各原告において相続税の更正処分を受けるとともに、原告Bが重加算税賦課決定処分、原告A(以下「原告A」という。)が過少申告加算税賦課決定処分をそれぞれ受けたことから、原告Bは上記出金をしておらず、上記不当利得返還請求権は発生していないなどと主張して、上記各更正処分のうち各原告が申告した納付税額を超える部分の取消しを求めるとともに、原告Bは上記重加算税賦課決定処分、原告Aは上記過少申告加算税賦課決定処分の各取消しを求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実のほか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実。以下、証拠番号は枝番号を含む。)
(1)当事者等

 原告AはM(昭和5年1月16日生、平成28年4月18日死亡。以下「M」という。)の長男、原告BはMの二男であり、いずれもMの相続(以下「本件相続」という。)に係る法定相続人である。
(2)Mによる証券会社の口座開設
 Mは、平成21年1月28日付けで申込書を提出し、野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)本店営業部に一般口座(口座番号××××××××。以下「本件口座」という。)を開設して、後日、本件口座のMRF(マネー・リザーブ・ファンド。公社債等で運用される投資信託であり、当該口座への入金、当該口座で保有する有価証券等の売却などの際に自動的に買い付けられ、有価証券等の購入の際に自動的にその購入代金に充てられる。MRFは、現金に換金して出金することができる。)を現金に換金して出金するために必要なカード(以下「本件口座カード」という。)の発行を受けた(乙20、23)。
(3)Mの施設入所等
ア Mは、平成22年11月18日、アルツハイマー型認知症と診断された(乙6)。
イ Mは、平成24年12月21日、岐阜県K市内の老人保健施設S(同市(以下省略)所在。以下「施設S」という。)に入所した。Mは、平成25年5月3日、施設内で転倒、骨折して病院に入院し、同月29日、施設Sに再入所した。
ウ Mは、平成26年2月27日、東京都M区内の介護付有料老人ホームT(同区(以下省略)所在。以下「Tホーム」という。)に転所した。
(4)Mの施設入所中の本件口座からの出金等
ア 平成25年9月から同年12月までの間に、Mが本件口座で保有していた株式が全て売却され、その売却代金が全てMRFの買付けに充てられた(乙22、26)。
イ 本件口座からは、平成25年12月25日から平成28年1月13日までの750日間に、ATMを通じて1902回にわたって合計14億3002万3000円の現金が出金された。具体的には、別紙1「出金等一覧」のとおり、「日付」欄記載の各年月日に、「出金場所」欄記載の各場所にあるATMから、「1回当たり出金額」欄記載の各金額の現金が、「出金回数」欄記載の各回数分、それぞれ出金されたもの(ただし、最終日の出金額は3000円と2万円。)であり(以下、これらの出金を併せて「本件各出金」という。)、本件各出金の結果、本件口座で保有されている資産はなくなった。
  同別紙の25番及び26番の各取引について補足説明するに、本件口座の顧客口座元帳(乙22)における「受渡日」欄の日付の記載に「対客報告日」として日付が付記されている場合、同記載は直上の行に記載された取引の日付を、実際にATMからの出金等が行われた日付に訂正するものであるから(なお、同元帳において2行ごとに引かれている横の罫線は、取引単位を区切るものではない。)、平成26年1月18日(土曜日)に三井住友銀行岐阜支店(同元帳に「0009.0407」と表記される。)で、同月19日(日曜日)に同銀行三田通支店(同元帳に「0009.0623」と表記される。東京都港区S(以下省略)所在。以下「本件銀行支店」という。)でそれぞれ200万円が出金されたという25番及び26番に係る各取引が認定されるものである。
  なお、同別紙の61番ほかの「出金場所」欄に記載された「本件コンビニ店舗」とは、コンビニエンスストアであるセブンイレブン各務原鵜沼小伊木町店(岐阜県各務原市(以下省略)所在)を指し、以下、同店舗をそのように呼称する。(乙22、24、25、27、弁論の全趣旨)
(5)相続の開始、相続税の申告及び更正処分等
ア Mが平成28年4月18日に死亡し、本件相続が開始した。相続開始時点では、Mの夫及びMの子である原告らが法定相続人であったが、平成29年5月11日に夫の失踪宣告の裁判が確定し、同人が昭和44年12月31日に死亡したとみなされたことにより、原告らのみが遡って法定相続人となった(乙1、5)。
イ 原告らは、平成29年2月17日、本件相続に係る相続税について、課税価格を8023万8000円、納付すべき税額を、原告Bは1594万4100円、原告Aは1344万4100円とする申告書を共同で提出した(以下「本件申告」という。)。本件申告に係る申告書は、K税理士(以下「K税理士」という。)が作成した。(乙1)
ウ S税務署長は、令和2年2月28日、本件各出金は原告Bが行ったものであるとして、本件各出金についてMが原告Bに対して取得した不当利得返還請求権の価格が課税価格に含まれていないこと、Mの夫が失綜宣告の裁判の確定によって法定相続人に該当しないこととなったため原告Aの法定相続分が増加したことなどを理由として、原告Aに対し、課税価格を8億5185万9000円、納付すべき税額を3億8247万2400円とする更正処分及び納付すべき額を5125万4500円とする過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件過少申告加算税処分」という。)をした(甲2)。
エ S税務署長は、令和2年3月19日、前記ウの原告Aに対する更正処分と同様の理由により、原告Bに対し、課税価格を8億5185万9000円、納付すべき税額を3億8497万2400円とする更正処分(以下、前記ウの原告Aに対する更正処分と併せて「本件各更正処分」という。)及び納付すべき額を1億2116万3000円とする重加算税賦課決定処分(以下「本件重加算税処分」という。)をした(甲1)。
(6)審査請求及び本件訴訟の提起
ア 原告らは、令和2年5月26日、国税不服審判所長に対し、自らが受けた本件各更正処分、本件過少申告加算税処分及び本件重加算税処分について、いずれも一部の取消しを求めてそれぞれ審査請求をしたが、同所長は、令和3年4月22日、いずれの審査請求も棄却した。
イ 原告らは、令和3年10月22日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
2 争点
 本件の争点は、本件各出金をしたのは原告Bか(争点1)、Mの原告Bに対する不当利得返還請求権の成否(争点2)及び原告Bによる相続税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の隠蔽又は仮装の有無(争点3)である。
 なお、被告が本件訴訟において主張する原告らの相続税、過少申告加算税(原告A)及び重加算税(原告B)の税額の根拠は、別紙2「被告主張の納付すべき税額等」のとおりであり、被告は、相続税については、課税価格の合計額は17億0371万8000円、原告Bの納付すべき税額は3億8497万2400円、原告Aの納付すべき税額は3億8247万2400円であると主張し、原告Aが納付すべき過少申告加算税は5125万4500円、原告Bが納付すべき重加算税は1億2116万3000円であると主張している。原告らは、後記のとおり、本件各出金をしたのは原告Bではなく、本件各出金に係るMの不当利得返還請求権は発生していないから、相続財産に同不当利得返還請求権は含まれない旨主張するが、同不当利得返還請求権が相続財産に含まれると仮定した場合に被告主張の税額の計算方法を採ることとなることについては、これを争っていない。
 上記各争点に関する当事者の主張は、次の3ないし5のとおりである。
3 争点1(本件各出金をしたのは原告Bか)
(被告の主張)

 本件各出金をしたのは原告Bである。
(原告らの主張)
 本件各出金をしたのは原告Bではない。
 原告らは、本件各出金については、本件各更正処分の際に知らされるまで全く知らなかったものである。
4 争点2(Mの原告Bに対する不当利得返還請求権の成否)
(被告の主張)

 原告Bは、本件各出金に係る現金に対するMの支配を排除して、自己の物とする意思をもって自らの支配下に置き、当該現金に対する占有を取得した。
 したがって、本件各出金により、原告Bは利益を受けてMは損失を被ったといえるから、Mは原告Bに対する不当利得返還請求権を取得したものである。
(原告らの主張)
 仮に原告Bが本件各出金をしていたとしても、原告Bは利益を受けておらず、Mの損失もないから、Mは原告Bに対する不当利得返還請求権を取得していない。
 すなわち、原告Bは、Mのために施設SやTホームの入居金や利用料を支払っていた上、Mが本件口座と同じ野村證券本店営業部に開設した特定口座についてMの代理人となっていたから、少なくともMと原告Bとの間では、原告BがMに代わって本件口座から出金をする一般的、包括的な権限を有する旨認識されていた。したがって、本件各出金当時、原告Bは、本件各出金に係る権限を有するMの占有補助者にすぎなかったのであり、出金された現金に対する占有を取得していない。
 また、原告BとMとの間で出金の権限に係る具体的な合意がなくとも、高齢かつ認知症の老人が介護施設に入所し、金融機関に出向くことができず、子が当該施設の費用の支払をせざるを得ない状況にあれば、当該子において親の金融資産を管理し、場合によっては親の口座から金員を引き出して当該費用の支払等に充てることは、社会通念上ごく当たり前に行われていることであるから、仮に原告Bが本件各出金に係る現金の占有を取得したとしても、Mもなお間接占有者として同現金を占有しているといえる。
5 争点3(原告Bによる相続税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の隠蔽又は仮装の有無)
(被告の主張)

(1)原告Bは、本件申告に係る申告書を作成したK税理士に対し、本件各出金をしたことを告げなかったばかりか、同税理士から他の金融機関の通帳の存在を尋ねられたのに対し、本件各出金の存在を隠した上、他の金融機関の通帳はいとこが持ち去って取り返すことができないなどと述べ、本件各出金の存在を同税理士に知らせないまま課税財産を過少に記載した申告書を作成させて、本件申告をした。
  また、原告Bは、相続税調査の際、本件口座カードについて知らない旨答述し、本件各出金を行っていたにもかかわらず虚偽の申述を繰り返し、本件各出金に係る金員の使途や保管場所についても明らかにしなかったのであり、原告らから税務代理の委任を受けた税理士が調査の日程調整のため複数回にわたって連絡をした際も、これに全く応じないなど非協力的な態度に終始した。
  本件各出金の態様からすれば、原告Bが本件各出金に先立ってMの相続財産を減少させる意図を有していたことは明白であり、本件各出金について税理士に秘して相続税の申告をさせたことにも鑑みれば、原告Bは、本件各出金に係る不当利得返還請求権がMに帰属する財産であることが判明しにくい状態を作出したものであり、一連の行為は、故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠す行為といえるから、国税通則法68条1項の「隠蔽」に該当する。
(2)仮に前記(1)の行為が積極的な隠蔽行為とまでは認められないとしても、前記(1)の経緯からすれば、原告Bは、当初から相続財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたものであり、この行為は隠蔽又は仮装に該当する。
(原告らの主張)
 被告の主張は否認ないし争う。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(1)Mの認知能力、生活状況等
ア Mは、平成22年11月18日、医師によりアルツハイマー型認知症と診断された(乙6)。
イ Mの長谷川式簡易知能評価スケール(以下「長谷川式スケール」という。)及びMini-Mental State(以下、「MMS」という。)の実施結果は、次のとおりである。なお、いずれの検査も満点は30点であり、長谷川式スケールについては20点以下、MMSについては23点以下であると認知症(痴ほう)の疑いがあると判断される。(乙13)

ウ 施設Sの当時の施設長であったD1医師は、平成25年1月10日作成の意見書において、当時のMについて、「障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)」につき「A2」(屋内での生活はおおむね自立しているが、介助なしには外出しない。外出の頻度が少なく、日中も寝たり起きたりの生活をしている。)に該当すると判断し、「認知症の行動・心理症状」につき「閉じこもり」との意見を記載した。また、同医師は、同意見書において、「認知症の中核症状」欄の「日常の意思決定を行うための認知能力」につき「見守りが必要」(判断力が低下し、毎日の日課をこなすためにも合図や見守りが必要となる。)、「自分の意思の伝達能力」につき「具体的要求に限られる」(時々は自分の意思を伝えることができるが、基本的な要求(飲食、睡眠、トイレ等)に限られる。)とそれぞれ判断した。(乙8、14)
エ Mは、平成25年5月29日に施設Sに再入所した後、シルバーカーでの歩行は可能であったが、転倒のリスクが高い状態であった。また、Mは、認知症が進行し、収集癖、異食、排泄の失敗等が続いて、常時職員の見守りや介助が必要な状態であった。(乙12)
オ 施設Sの施設長であるD2医師は、平成25年11月12日作成の意見書において、当時のMについて、「認知症高齢者の日常生活自立度」につき「Ⅳ」(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ、常に介護を必要とする。)に該当すると判断した(乙14、15)。
カ Mは、平成26年12月15日、T病院に緊急搬送され、肺炎等と診断されて入院した。Mは、同病院において、高度認知症(3語の復唱のみ可能。見当識障害は高度。自分の名前、年齢、出身地等の自分史を答えられない。)と判断された。(乙17、18)
(2)本件口座と本件各出金に関する事情
ア 本件口座のMRFは、野村證券が提携するATMに本件口座カードを挿入し、4桁の暗証番号を入力することによって、現金に換金して出金することができる。本件口座のMRFを出金するために必要なカードは、令和4年1月19日時点で本件口座カード1枚しか発行されていない。本件口座カードについて紛失等の登録がされたことはなく、同日時点で有効なカードとして使用することができた。(乙21)
イ 本件各出金は、別紙「出金等一覧」のとおり、平成25年12月25日から平成28年1月13日までの750日間のうち717日にわたって、1日当たりのATMからの出金限度額である200万円ずつ(ただし、最終日については残額全てに当たる2万3000円)が出金されたというものである(乙21、22、24、25)。
ウ(ア)本件コンビニ店舗に設置されたセブン銀行のATMでは、本件各出金がされたATMの中で最多である357日にわたって、1428回の出金が行われた。本件コンビニ店舗は、Mが岐阜県K市内に所有していた住居(同市(以下省略)所在)から約2kmの場所に位置し、セブン銀行のATMが設置されている店舗の中では同住居から最も近い場所にある。
   本件コンビニ店舗の店長は、令和元年8月23日、東京国税局の相続税調査において、原告Bの写真を確認した上で、原告Bと思われる人物が来店したことがあること、同人物は一度来店すると数週間単位で毎日連続して来店し、一旦来店が途切れるとしばらく来店しなくなることなどを供述した。本件コンビニ店舗の他の店員も、同月21日及び23日、東京国税局の相続税調査において、原告Bの写真を確認した上で、原告Bと思われる人物が頻繁に来店していたこと、同人物はいつもATMで用事を済ませた後で大量に食料品を購入していたことなどを供述した。(乙6、22、27、51、52、弁論の全趣旨)
 (イ)東京都港区内の本件銀行支店に設置されたATMでは、本件コンビニ店舗に次いで多い156日にわたって、173回の出金が行われた。本件銀行支店は、Mが賃借し、原告Bが滞在することがあった東京都港区内のマンション(同区(以下省略)所在)から徒歩で約1分の場所にある。(乙22、28、29)
エ 平成26年4月頃、野村証券本店営業部において本件各出金のことが問題となり、同年5月13日、同部担当者が電話で原告Bと話をしたところ、原告Bは、MのMRFが200万円ずつ出金されているのは分かっているなどと述べた(乙26)。
(3)本件各出金がされた期間における原告Bの行動
ア 原告B名義のETCカードについて、別紙1「出金等一覧」の「ETC履歴」欄記載のとおりの経路の使用履歴が存在する(乙32、33)。なお、原告B以外の者が同ETCカードを使用したことをうかがわせる事実は認められない。
イ 原告Bは、平成26年11月19日から20日までの間及び同年12月4日から6日までの間、それぞれH1(神奈川県足柄下郡箱根町(以下省略)所在)に宿泊し、同月15日から17日までの間、平成27年1月13日から16日までの間及び同年3月7日から8日までの間、それぞれH2(千葉市美浜区(以下省略)所在)に宿泊した(別紙1「出金等一覧」の「原告Bのその他行動」欄記載のとおり。乙36、弁論の全趣旨)。
ウ 原告Bは、Mとの面会又は施設Sの利用料の支払をするため、平成26年1月4日、9日、14日、16日、同年2月12日、18日及び同年3月16日、施設Sを訪問した(別紙1「出金等一覧」の「原告Bのその他行動」欄記載のとおり。乙30、40、46)。
エ 原告Bは、平成26年3月13日、本件銀行支店の窓口において、MのTホームへの入居金3200万円を現金振込みの方法により支払った(別紙1「出金等一覧」の「原告Bのその他行動」欄記載のとおり。乙41、42)。
(4)本件申告に至るまでの原告Bの言動
 K税理士が、本件相続に係る相続税の申告書を作成するため、原告Bから提示されたM名義の銀行口座の通帳を確認したところ、預金額がほとんど変動していなかった。そこで、K税理士が、原告Bに対し、Mの年金や生活費について尋ねたところ、原告Bは、他の金融機関の通帳はいとこが持ち去ってしまい取り返すことができない旨返答した。また、K税理士が、原告Bに対し、Mの金融機関の口座を隠してもいいことはなく、現状で相続税の申告書を提出すると税務署の調査が入る可能性がある旨を伝えると、原告Bは、調査が入っても構わない旨返答した。(乙53)
2 争点1(本件各出金をしたのは原告Bか)について
(1)本件各出金が同一人物によるものであること

 認定事実(2)ア及びイのとおり、本件各出金は、平成25年12月25日から平成28年1月13日までの750日間のうち、717日という約95%を占める日数にわたってほぼ毎日のように行われ、残額全てを出金した最終日を除いていずれの日もATMの1日当たりの出金の限度額である200万円が出金されており(コンビニエンスストアに設置されたATMについては、1回当たりの限度額が50万円であることから、1日のうちに同じATMから4回にわたって50万円ずつ出金されている。)、出金の態様が極めて特徴的であること、本件コンビニ店舗からの出金が半数近くの日数を占め、本件銀行支店(156日)及び三井住友銀行岐阜支店(144日)における出金を併せると本件各出金の9割を超える日数を占めるなど、出金場所が特定の場所のATMに集中していること、本件口座から現金を引き出すために必要なカードは本件口座カード1枚しか発行されておらず、同カードについて紛失等の登録がされたことがないことからすれば、本件各出金は同一人物が行ったものと推認される。
(2)原告Bによる本件各出金の可能性
ア 認定事実(2)及び(3)のとおり、本件各出金のうち、1番目と3番目の日数を占める本件コンビニ店舗や三井住友銀行岐阜支店をはじめとして、岐阜県内又は愛知県内に所在する店舗のATMからの出金は、いずれも、原告B名義のETCカードの使用履歴からして、原告Bが東京都内から愛知県(小牧インターチェンジ、小牧東インターチェンジ)に移動した後、次に同県(同各インターチェンジ)から東京都内へ戻るまでの間に行われており、そのうちいくつかについては、原告Bが岐阜県K市内の施設Sを訪問した日に行われている。そして、本件コンビニ店舗は、Mが所有する同市内の住居(認定事実(2)ウ(ア)。原告Bも滞在することがあったと推認される。)から約2kmの場所に位置し、セブン銀行のATMが設置されている店舗の中では同住居に最も近い場所にある。
  また、本件各出金のうち2番目に多い日数の出金が行われた本件銀行支店については、原告BがTホームの入居金の現金振込みをするために同支店を訪れた平成26年3月13日に出金が行われている上、Mが賃借し、原告Bが滞在することがあった東京都港区内のマンション(認定事実(2)ウ(イ))から徒歩で約1分の場所にある。
  さらに、原告BがH1に滞在した時期には、同ホテルと同じく箱根町に位置するセブン銀行元箱根店及び同銀行箱根小涌谷店のATMから出金が行われ、H2に滞在した時期には、同ホテルの付近にあるセブン銀行千葉海浜幕張駅前店や同銀行ワールドビジネスガーデン店等の千葉県内の店舗のATMから出金が行われている。
イ 前記アの各出金がされた日に、出金がされた店舗に相当程度近接する場所において、原告Bが所在し、又は原告Bが滞在した可能性のある住居が存在するところ、これら全ての事象が各出金とは無関係に偶然起こるとは考え難い。
  加えて、認定事実(2)ウ(ア)のとおり、本件コンビニ店舗の店長及び店員が、原告Bと思われる人物が来店してATMを使用していたこと、同人物の来店は特定の期間に連続していたことなどを供述している。
  以上によれば、前記アの各出金はいずれも原告Bが行ったものと推認することができる。
(3)Mによる本件各出金の可能性
ア 前提事実(3)及び認定事実(1)のとおり、本件各出金が行われた平成25年12月25日から平成28年1月13日までの間、Mは、施設S又はTホームに入所しており、当時80代半ばと高齢であったことに加え、平成22年11月に診断されたアルツハイマー型認知症が進行し、長谷川式スケールやMMSの点数も認知症が疑われる基準を大きく下回っていた上、意思疎通及び判断が困難であり、日常生活において常に介護が必要な状態であったのであるから、当時入所していた各施設から本件各出金が行われたATMが設置されている店舗まで赴いて出金をすることは困難であったと認められる。
イ 前記アの認定を前提にすると、Mが介護者による見守りや介助の下で外出して出金をした可能性が問題となり得るが、①施設S及びTホームでは高額の現金、キャッシュカード等の貴重品の持込みが禁止されていること(乙9、46、48ないし50、62)、②Mの日々の動静を記録した施設Sの看護・介護記録等(乙30)及びTホームのケア記録(乙17)においてMが本件各出金が行われた場所を訪れた旨の記載やMが現金を所持していた旨の記載は見当たらないこと、③各施設の職員も東京国税局の相続税調査においてMが外部の病院の受診等以外の目的で外出したことはなかった旨やMが貴重品を所持していたことはなかった旨を供述していること(乙46、49)からすれば、Mが職員に知られることなく密かに本件口座カードを所持し、必ずしも施設から徒歩圏内にあるとは限らない本件各出金に係る店舗まで赴き、1日当たり200万円もの大金を連日出金した上で、これを職員に知られることなく所持していたとはおよそ考え難いから、上記の可能性は否定される。
  また、Mが他人に本件口座カードを託して出金をさせた可能性も問題となり得るが、Mが他人に出金を依頼したことを認めるに足りる証拠はなく、上記のとおり認知症が進行し、意思疎通や判断に係る能力が相当低下していたことに加え、各施設での日々の生活のための資金を所持する必要のなかったMが、1日当たり200万円もの大金の連日にわたる出金を他人に依頼したとは考え難いから、上記の可能性も否定される。
(4)原告Aによる本件各出金の可能性
 原告Aが平成24年5月9日に脳梗塞を発症し、右上下肢に痙性麻痺等の後遺症が残って歩行に杖と装具を要する状態となり、平成25年1月29日には、障害程度等級3級として身体障害者手帳の交付を受け、その後、平成26年6月5日から17日までの間及び平成27年8月24日から同年9月4日までの間、東京都港区内のT病院に入院したことについては当事者間に争いがないところ、上記各入院期間中も、岐阜県内の本件コンビニ店舗等で本件各出金の一部である出金が行われていたことからすれば、原告Aが本件各出金をしたとは考え難い。そして、原告A自身も、相続税調査の際、自身や家族は本件各出金をしていない旨供述しているところである(乙55)。
(5)検討
 以上のとおり、同一人物が行ったと認められる本件各出金の一部について原告Bが出金したものと推認するに足りる事実が複数存在し、他方、同推認と矛盾する事実は存在しないことに加え、Mや原告Aが本件各出金を行ったとは考え難いことからすれば、本件各出金はいずれも原告Bが行ったものと優に認めることができる。
 上記認定に対し、原告らは、本件各出金については本件各更正処分の際に知らされるまで全く知らなかったと主張する。しかし、少なくとも原告Bについては、認定事実(2)エのとおり、平成26年5月13日に、野村證券本店営業部の担当者に対し、MのMRFからの200万円ずつの出金の事実を分かっている旨述べていたのであるから、本件各出金に対する認識に係る上記主張は採用することができない。そもそも、本件各出金は、Mの相続財産を構成するはずであった14億3002万3000円もの巨額の金融資産を、2年余りの間に毎日のように200万円ずつATMから引き出すことによって全て消失させるほどのものであるところ、原告Bは、原告Bが本件各出金をしたという推認とは別の推認の可能性を抽象的に主張するばかりで、本件各出金を行った主体や使途について探求し、あるいは本件各出金に関与した者の責任を追及しようとする姿勢が全く見られないのであって、このことは、本件各出金を行ったのが原告B自身であるという上記認定を裏付けるものというべきである。原告らの主張は採用することができず、そのほか、上記認定を左右するに足りる証拠はない。
3 争点2(Mの原告Bに対する不当利得返還請求権の成否)について
(1)認定事実(2)イのとおり、本件各出金は、1日当たり200万円、総額で14億3002万3000円を出金し、本件口座で保有されていたMの資産を全て現金に換えて引き出すというものであるところ、原告BがMの子であり、Mが入所していた施設の利用料等を支払っていたことなどを考慮しても、Mが黙示的であれこのような出金をする権限を原告Bに付与していたとは通常考え難い。さらに、前記2(3)で判示したとおり本件各出金が行われた当時のMの認知能力が相当低下していたことからすれば、Mが原告Bに対して上記の態様の出金に係る授権をしたものとは一層考え難い。
  したがって、原告Bは、Mから本件各出金に係る権限を付与されていたとは認められず、Mとの関係から当然に同権限を有していたとも認められないから、本件各出金に係る金員の占有補助者又は占有代理人に当たるということはできない。
(2)仮に原告Bが本件口座からの出金について何らかの権限を有していたとしても、原告らは本件各出金後の金員の所在及び使途について何ら明らかにしておらず(そもそも、原告らは、本件各更正処分等に対する審査請求から本件訴訟に至るまで、原告Bが本件各出金をしたこと自体を一貫して否認している。)、本件各更正処分において控除されたTホームの入居金等を除いて、原告Bが本件各出金に係る金員をMのために費消した等の事情を認めるに足りる証拠もないから、いずれにしても本件相続の開始時点では、原告Bが同金員を自己のために所持し、又は費消したことが優に認められるものである。
(3)以上によれば、原告Bは、本件相続の開始までに、本件各出金に係る金員について、Mの占有を排除して自己のために所持し、又は費消していたのであり、法律上の原因なく利益を受け、そのためにMに損失を及ぼしたものといえるから、Mは、民法703条、704条に基づき、原告Bに対する不当利得返還請求権を有するに至っていたと認められる。
4 争点3(原告Bによる相続税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の隠蔽又は仮装の有無)について
 前記2で認定したとおり、原告Bは自ら本件各出金をしたのであるから、本件申告時、本件相続の開始時点でMが原告Bに対して本件各出金に係る不当利得返還請求権を有していたことを認識し、したがって相続財産に同不当利得返還請求権が含まれることも認識していたものと認められる。それにもかかわらず、原告Bは、本件各出金に係る合計14億3002万3000円もの巨額の現金の所在及び使途を隠匿し、認定事実(4)のとおり、M名義の金融機関の口座がほかにもあるのではないかと疑ってその存在を尋ねたK税理士に対し、本件各出金の事実を伝えなかったのであって、K税理士は、原告Bからの回答等に基づいて、上記不当利得返還請求権を相続財産に含めることなく申告書を作成し、本件申告を行ったものである。
 原告Bの上記行為は、上記不当利得返還請求権が相続財産に含まれることが外形的に判明しにくい状態を作出したものであり、故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠す行為であるから、国税通則法68条1項が定める「隠蔽」に該当するものといえる。
5 本件の各処分の適法性
(1)本件各更正処分

 前記3で判示したとおり、Mは本件相続の開始時点で原告Bに対して本件各出金に係る不当利得返還請求権を有していたと認められ、これはMの相続財産に含まれる。そうすると、原告らが相続税として納付すべき税額は、別紙2「被告主張の納付すべき税額等」記載第1の計算により、原告Bにつき3億8497万2400円、原告Aにつき3億8247万2400円となるところ、前提事実(5)ウ及びエのとおり、本件各更正処分で納付すべきとされた額はこれらと同額であるから、本件各更正処分は適法である。
(2)本件過少申告加算税処分
 原告Aが本件申告において本件各出金によってMが取得した不当利得返還請求権を相続財産に含めなかったこと等について、「正当な理由」(国税通則法65条4項1号)があることを基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告Aに課すべき過少申告加算税の額は、別紙2「被告主張の納付すべき税額等」記載第2の計算により5125万4500円となるところ、前提事実(5)ウのとおり、本件過少申告加算税処分で納付すべきとされた額はこれと同額であるから、同処分は適法である。
(3)本件重加算税処分
 原告Bについても、本件申告において本件各出金によってMが取得した不当利得返還請求権を相続財産に含めなかったこと等について、「正当な理由」があることを基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。また、前記4で判示したとおり、原告BはMの相続財産に本件各出金に係る不当利得返還請求権が含まれないよう「隠蔽」(国税通則法68条1項)をしたものである。そうすると、原告Bに課すべき重加算税の額は、別紙2「被告主張の納付すべき税額等」記載第3の計算により1億2116万3000円となるところ、前提事実(5)エのとおり、本件重加算税処分で納付すべきとされた額はこれと同額であるから、同処分は適法である。
6 結論
 以上のとおりであり、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 品田幸男
裁判官 片瀬 亮
裁判官 下道良太

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索