解説記事2023年06月12日 特別解説 のれんの計上の状況等の分析(米国及び欧州で上場する企業の場合)(2023年6月12日号・№982)
特別解説
のれんの計上の状況等の分析(米国及び欧州で上場する企業の場合)
はじめに
我が国においてもマスク着用義務が解除されるなど、全世界的な新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の蔓延は終息に向かいつつあるものの、ウクライナに対するロシア軍の侵攻やそれに伴う経済の混乱は先が見えない状態が続いている。企業の経済活動を停滞させかねないような事象が世界各地で毎年のように起こっているが、このような状況で、欧米各国の企業のM&Aへの意欲はどのようになっているのであろうか。
本稿では、米国ニューヨークで上場し、米国会計基準を適用する主要な企業と欧州(欧州大陸及び英国ロンドン)で上場し、国際財務報告基準(IFRS)を適用する主要な企業ののれんの計上の状況を調査分析することとしたい。
なお、よく知られているように、米国会計基準とIFRSでは、のれんは非償却(毎期末及び減損の兆候があるときに減損テストを実施)とされているのに対し、日本の会計基準では、20年以内の期間にわたって定額償却(それに加えて、減損の兆候がある場合には減損テストを実施)が求められている。
今回調査対象とした企業
まず、米国で上場する主要な企業については、米国ニューヨークの証券取引所に株式を上場し、S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)株価指数100(S&P500中、時価総額の特に大きい、超大型株100銘柄で構成)に選定されている各社を中心に100社を選定し、選定した各社について、直近期のForm10-K(SECに提出される年次報告書)に掲載されている連結財務諸表を調査した。決算期が異なる企業も一部にあるが、2022年12月期決算に係るForm10-Kに織り込まれた連結財務諸表が今回の調査対象の大部分を占めている。今回調査対象とした主要な米国企業の中には、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード、マクドナルド、バンク・オブ・アメリカ、ウォルト・ディズニーといった歴史や伝統ある老舗企業を始め、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に代表される、新興のIT企業も多数含まれている。
次に、欧州(英国及び欧州大陸)で上場する主要な企業であるが、ロンドン証券取引所に上場し、FTSE100の構成銘柄に選ばれている企業を中心に英国で上場する主要な企業100社を選ぶとともに、欧州大陸で上場する企業については、ストックス(STOXX)欧州600指数(注)の構成銘柄に選ばれている銘柄の中から、主要な企業100社を選定した。
(注)ストックス(STOXX)欧州600指数とは、STOXX社(スイス・チューリヒに本拠を置くインデックス・プロバイダー。ドイツ取引所のグループ企業)が算出する、ヨーロッパ17か国における欧州証券取引所上場の上位600銘柄により構成される株価指数。流動性の高い600銘柄の株価を基に算出される、時価総額加重平均型指数である。
米国及び欧州(英国及び欧州大陸)で上場する主要な企業が計上するのれんの平均額
米国会計基準を適用する米国企業、IFRSを適用する欧州大陸で上場する欧州の企業、並びにIFRSを適用する英国で上場する欧州の企業について、1社当たりののれん計上平均額を一覧にすると、表1のとおりであった。2021年度に比べて2022年度は米ドル、欧ユーロ、及び英ポンドに対する円安が進んだこともあって、米国企業は18%、欧州大陸で上場する欧州企業は17%、英国で上場する欧州企業ののれん残高は15%それぞれ増加した。

以下では、米国で上場する企業、欧州大陸で上場する企業、並びに英国で上場する企業が計上するのれんの金額や連結純資産に対する割合等を個別に見てゆくこととする。
米国に上場する大企業が計上するのれん
表1にも記載したように、今回の調査の対象とした、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)指数100を構成する銘柄である米国の大企業100社が、直近の決算期末で計上していたのれんの総額は、283兆円強、1社当たり平均で2兆8,350億円強であった。
直近の決算期におけるのれんの計上額が大きい米国企業の上位10社、及びのれん計上額の分布を示すと、表2及び表3のとおりであった。なお、各社ののれん計上額は、決算期末の月末の為替レートで日本円に換算している。

2022年度はAT&T社が248億12百万ドル(3兆2,925億円)という巨額ののれんの減損損失を計上したこともあり、大きく順位を下げた。また、表2で第8位にランクされているコムキャスト社も2022年度に1兆円を超えるのれんの減損損失を計上している。
今回調査対象とした100社のうちのおよそ3分の2の67社が、1兆円を超える残高ののれんを計上していた。表3を見ても、主要な米国企業ののれん残高が(円安の影響はあるにせよ)大きく増加していることが伺える。
なお、今回調査の対象とした米国企業で、のれんをまったく計上していなかったのは、アルファベット順に、アップル、コストコ・ホールセール、エクソンモービル、フォード・モーター、ネットフリックス及びオクシデンタル・ペトロリウムの合計6社であった。
また、主要な米国企業100社の連結純資産に対するのれん計上額の割合(比率)の分布を示すと、表4のとおりとなった。

主要な米国企業においては、株主への還元対策として、多額の自己株式を取得しているケースがよく見られるため、表4で分母として用いる連結純資産は、連結貸借対照表上の純資産額に取得した自己株式の残高を加算して(あたかも自己株式の取得をなかったものとみなして)算出している。
なお、今回調査の対象とした主要な米国企業100社の場合、100社が取得した(連結貸借対照表の資本の部から控除される)自己株式は、合計で2兆4,721億47百万ドル(日本円で約328兆円)であり、100社が連結貸借対照表上で計上したのれんの総合計額(2兆1,176億ドル)よりも実は多い。自己株式を取得していた企業は、調査対象の100社のうち64社であった。調査対象会社の中には、多額の自己株式を取得した結果として連結純資産の部がマイナス(債務超過)になっている企業もある(ボーイング、マクドナルド、フィリップ・モリス他)。自己株式の取得額が多い企業(上位5社)を列挙したものが表5である。我が国でも知名度が高い、米国を代表するような超大企業ばかりが並んでいるが、自己株式保有高の巨額さには驚くばかりである。

株主対策の重要性が高いとはいえ、業績不振等以外の理由で、自社の連結貸借対照表を債務超過の状態にしてまで自己株式を取得するような経営者は、我が国ではなかなか現れないのではないだろうか(後段で取り上げる欧州大陸や英国で上場する欧州の企業でも、そのような企業はなかった)。米国企業特有の文化であろう。
主要な米国企業で連結純資産に対するのれん計上額の割合が50%を上回っている企業は、100社中28社であった。各社ののれんの計上額はかなり大きいものの、S&P指数の構成銘柄に選定されるような超大企業は相応に連結純資産も巨額であるため、それほど大きな割合にはならなかったと考えられる。
欧州大陸で上場する主要な企業が計上するのれん
次に、欧州大陸で上場する主要な企業について、主要な米国企業と同様の調査分析を試みてみたい。
直近の決算期におけるのれんの計上額が大きい、欧州大陸で上場する主要な企業の上位10社、及びのれん計上額の分布を示すと、表6及び表7のとおりであった。

欧州大陸で上場する主要な企業では、「バドワイザー」などのブランドでおなじみのビールメーカーであるアンハイザー・ブッシュ・インベブ社ののれん計上額が抜きん出ていた。2位のバイエル以下は、我が国においても極めて知名度が高い、ドイツ、スイスやフランスの超大手企業が顔を揃えていた。
今回調査の対象とした欧州大陸で上場する主要な企業の中で、のれんの計上額がなかったのは、アルファベット順にバイヤスドルフ(ドイツ・化粧品)、ルフトハンザ(ドイツ・航空輸送)、ポルシェ・オートモービル・ホールディング(ドイツ・輸送用機器)及びスウォッチ・グループ(スイス・精密機器)、の4社であった。
次に、欧州大陸で上場する欧州の大企業100社の連結純資産に対するのれん計上額の割合(比率)の分布を示すと、表8のとおりとなった。

連結純資産に対するのれん計上額の割合は主要な米国企業のそれと似通っているが、のれんを全く計上していない欧州大陸で上場している主要な企業の数は、米国企業に比べて少なかった。
英国で上場する主要な企業が計上するのれん
次に、英国で上場する主要な企業についても、米国企業や欧州大陸で上場する企業と同様
の調査分析を試みてみたい。
直近の決算期におけるのれんの計上額が大きい、英国で上場する主要な企業の上位10社、及びのれん計上額の分布を示すと、表9及び表10のとおりであった。

英国で上場する企業の中では、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT社)の計上額が最大であった。ただ、米国や欧州大陸で上場する主要な企業が計上しているのれんの額に比べると相対的に少額であるといえよう。
英国で上場する主要な企業の中で、のれんの計上額がなかったのは、次の10社であった(アルファベット順)。
・アントファガスタ
・バークリー・グループ・ホールディングス
・ブリティッシュ・ランド・カンパニー
・ハマーソン
・ランド・セキュリティーズ・グループ
・セグロ
・スミス・グループ
・テイラー・ウィンペイ
・ユナイトグループ
・ユナイテッド・ユーティリティーズ・グループ
英国で上場する主要な企業の場合には、のれんの残高が3,000億円未満の企業が6割弱を占めており、1兆円を超えるのれんを計上する企業は全体の18%に過ぎなかった。
次に、英国で上場する欧州の大企業100社の連結純資産に対するのれん計上額の割合(比率)の分布を示すと、表11のとおりとなった。

英国で上場する主要な企業については、連結純資産に対するのれん計上額の割合は10%未満が最大のボリュームゾーンとなっており、米国や欧州大陸で上場する企業と比べても全体として比率は低くなっていた。
終わりに
コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた2020年や2021年は経済活動が全世界的に停滞し、企業側も新たな投資を手控えて、のれんや有形固定資産等の処分や減損処理を進める動きがみられたが、2022年度に入ってからはのれんが増加するペースが上がっており、企業の経営者側も徐々に「守り」から「攻め」の姿勢に転じてきていることが伺える。
なお、IFRSや米国会計基準を任意に適用する日本企業や、のれんを毎期均等額以上償却することを求めている我が国の会計基準を適用する主要な上場企業の2023年3月期の決算(連結財務諸表)が出揃った時点で、のれんの計上額に関する分析を、欧米の主要な企業との比較も交えながら改めて実施する予定である。
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