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解説記事2023年08月28日 特別解説 欧州で上場する12月決算会社の監査報告書に記載された監査上の主要な検討事項(KAM)(2023年8月28日号・№992)

特別解説
欧州で上場する12月決算会社の監査報告書に記載された監査上の主要な検討事項(KAM)

はじめに

 前回は、米国及び欧州(英国及び欧州大陸)で上場する企業の連結財務諸表に対する監査報告書に記載された監査上の主要な検討事項(KAM)又は監査上の重要な事項(CAM)の個数やその分布、多く取り上げられた項目等に関する全般的な分析を行ったが、今回は、個別のKAMの記載内容をいくつか紹介することとしたい。なお、本稿で紹介するKAMの内容はいずれも筆者による仮訳である。正確な内容を知りたい方は各社のウェブサイトより、英文のアニュアル・レポートを入手してお読みいただきたい。

本稿で今回取り上げるKAM

 本稿で取り上げるKAMは、いずれも欧州(英国又は欧州大陸)で上場する企業の監査報告書において記載されたものである。具体的には次の企業の事例を取り上げることとしたい。

・アドミラル・グループ(IFRS第17号の適用による影響に関する開示)
・セントリカ(グループの原子力分野における投資の減損の戻入れ)
・クレディ・スイス・グループ及びUBS(スイス・ユニオン銀行)グループ

IFRS第17号「保険契約」の適用による影響に関する開示

 2023年1月1日に開始する事業年度より、国際財務報告基準(IFRS)を適用する欧州の保険会社では、IFRS第17号「保険契約」の適用が開始されたが、その前年に当たる2022年12月期決算の連結財務諸表の注記において、保険会社各社がIFRS第17号の適用による影響を開示し、そのうちの何社かの監査報告書において、会計監査人が監査上の主要な検討事項(KAM)として取り上げる事例が見られた。
 アドミラル・グループ(Admiral Group plc)は英国の大手保険会社であり、自動車保険を中心に事業を展開している。2022年12月期決算の連結財務諸表に対する監査報告書において、会計監査人であるDeloitteは、「IFRS第17号の適用による影響に関する開示」をKAMの1つとして取り上げて、次のような記載を行った。

・IFRS第17号の適用による影響に関する開示
(監査上の主要な検討事項の説明)

 2023年1月1日から、当グループは、保険契約に関する既存の基準書であるIFRS第4号を置き換えるIFRS第17号「保険契約」に移行した。
 IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」の要求事項に従って、2022年12月31日に終了した会計年度の財務諸表の注記2に、移行による影響の見積りが開示されている。2022年の開示は、新しい基準の適用による推定的な影響を財務諸表の利用者に理解してもらうことを目的としており、その結果として、適用の初年度である2023年度に含まれる開示よりも制限されている。
 我々は、IFRS第17号の適用による影響の開示は監査上の主要な検討事項であると考えている。なぜならIFRS第17号は、その実施においてかなりの判断と解釈を必要とする、新しく複雑な会計基準だからである。
 さらに、新しい会計基準では、保険契約及び関連する勘定残高と取引の種類の認識と測定に関する新しい要求事項を含む多くの重要な変更が導入された。
 新しい基準の要求事項を満たすために、2023年1月1日から有効なシステム、プロセス、及び内部統制にも大幅な変更が加えられた。

(監査上の主要な検討事項に対する我々の対応)
 2023年度の期末監査の一環として、財務上の影響に関する追加的な監査手続が実施される予定であるが、IAS第8号に従って行われた開示を評価する目的で、十分な監査手続を実施した。
 我々は、経営者による移行調整の見積りを管理する、関連する内部統制の運用上の有効性を理解し、監査手続を実施した。
 我々は、基準の要求事項への準拠を評価するための見積りを決定する際に行われた主要な技術的な会計上の決定、判断、仮定、及び選択の適切性に異議を唱えた。
 発生した請求に対する責任を形成するリスク調整である履行キャッシュ・フローとリスクの見積りに関連するモデルを含む、グループのIFRS第17号の計算モデルに異議を唱えるための監査手続の実施にあたり、数理計算の専門家を関与させた。
 監査済みの移行による調整との照合を通じて、基礎となるIFRS第4号に基づく貸借対照表から2022年1月1日時点での当グループのIFRS第17号の立場を導き出す、IFRS第17号モデルのアウトプットから生じる仕訳入力に対して監査手続を実施した。
 IAS第8号の要求事項に対する移行の影響に関連する開示を評価し、開示された影響を基礎となる会計記録と照合した。

(主要な観察)
 上記の監査手続に基づいて、IFRS第17号の移行開示を作成する際に適用された仮定、方法論、及びモデルは合理的であると考えている。

 FTSE100の構成銘柄に選ばれている企業及びSTOXX600株価指数の構成銘柄に選ばれている企業の100社のうち、IFRS第17号の適用による影響に関する開示が監査報告書でKAMとして取り上げられていた保険会社は次のとおりであった(カッコ内は会計監査人)。

・アビバ(PwC)
・リーガル&ジェネラル・グループ(KPMG)
・ダイレクト・ライン保険グループ(Deloitte)
・ヒスコックスグループ(PwC)
・チューリッヒ保険グループ(PwC)

電力・ガス等のインフラ系企業の監査報告書に記載されたKAM

(セントリカ 2022年12月期 会計監査人:Deloitte)
 我が国を始め、世界中で燃料価格をはじめとする物価の高騰が続いている。とりわけ英国においては、電力やガスの料金が大幅に値上げされたことにより、冬の寒さが厳しい中、料金の支払いができずに電力やガスの供給を止められたり、建物からの退去を求められたりした人々が続出して、社会問題化していることが全世界に大きく報道された。
 当然に、エネルギーを供給する電力会社やガス会社等の側も厳しい経営状況に置かれている。また、電力会社やガス会社は、目先のエネルギー価格の高騰に対処するのみならず、大気汚染や水質汚染、持続可能性(サスティナビリティ)、地球温暖化問題等にも対応するために、脱原発や石油・石炭等の化石燃料による火力発電からの脱却を迫られてもいる。
 セントリカ社(Centrica PLC)は、イギリス・バークシャー州・ウィンザーに本拠を置く、ガス・電力事業を行う持株会社である。イギリス最大のガス事業者であり、ノルウェーや北米などでも事業を展開しており、ロンドン証券取引所に株式を上場している。
 セントリカ社の監査報告書において、会計監査人であるDeloitteは、次の項目をKAMの一つとして記載した。

・グループの原子力分野における投資の減損の戻入れ
(監査上の主要な検討事項の説明)

 上記のセクション3で強調したように、コモディティ価格は2022年に一貫して高値であったが、2021年の水準よりも高いものの、年末に向けて大幅な下落を目の当たりにした。会社の原子力分野への投資の評価における将来予測キャッシュ・フローの減少は、事業者によって割り当てられた年金数理上の損失の結果としての帳簿価額の減少によって相殺された。会社による原子力分野への投資の減損前の帳簿価額総額は2022年12月31日現在15億6,000万ポンド(2021年度は16億2,500万ポンド)で、税引前で1億9,500万ポンド(2021年度は7億4,700万ポンド)の戻入れが記録された。
 これらの資産の減損戻入れを裏付ける見積りの不確実性の主な原因に関する詳細は、注記3(b)に記載されている。
 コモディティ価格などの主要な仮定の変化に対する上記の減損レビューの感応度に関する詳細は、注記7(c)に開示されている。これには、2050年までに気温とネットゼロの目標を達成するために政府の政策が実施されることを前提としたネット ゼロ シナリオ(「ネット ゼロ カーブ」)にこれらのカーブが一致していた場合、グループのコモディティ価格カーブに関連する感度が含まれる。当報告書の77ページに記載されているように、監査及びリスク委員会において検討された。
 我々は、今年度の原子力分野への投資における大幅な減損の動きを考慮して、減損テスト目的でのこれらの資産の評価について、監査上の主要な検討事項であると判断した。基礎となる減損の戻入れは、グループの損益計算書の例外項目及び特定の再測定欄に記録されている。
 原子力分野への投資の減損テストを支える主要な仮定と判断には、以下が含まれる。
・パリ協定や気候変動がこれらの価格に与える可能性のある影響を含め、将来の商品価格の予測
・資産の将来世代のプロファイルの予測
・資産の将来のキャッシュ・フローの予測
・原子力発電所に関する可用性の予測
・耐用年数の見積り
・将来のキャッシュ・フロー予測に対する発電事業税の影響
・割引率

(監査上の主要な検討事項に対する我々の対応)
全体的な減損戻入れのレビューに関する監査手続:

・我々は、減損及び減損の戻入れの指標を特定し、減損の評価を実施するための経営者のプロセスを理解した。
・資産の減損モデル、基礎となる予測プロセス、実施された減損のレビューに関連する内部統制について理解を深めた。
・我々は、重要な仮定と減損モデルへのインプットを評価し、異議を唱えた。これには感度分析の実施が含まれ、代替的な仮定を選択した場合の影響を評価した。主要な仮定の変更を評価するとともに、前年度の仮定が適切であったかどうかを遡及的に評価した。
・経営陣の割引率を評価するために、社内の評価の専門家を関与させた。これには、利用可能な市場の見解と分析に対するベンチマークが含まれていた。
・減損モデルの算術的な精度を検証した。
・我々は、グループの損益計算書の例外項目及び特定の再測定欄内の減損の戻入れの表示を含む、主要な仮定及び感応度に関する経営陣による開示の適切性を評価した。

予測将来キャッシュフローに関する監査手続:
・予測キャッシュフローが、該当する場合は事業者が承認した予測と一致していること、及び該当する場合には、合理的に発生する可能性があるダウンサイドの感度を確認し、分析した。
・最近の過去の停電率を調査して、発電所の予測停電率の妥当性を評価するとともに、全体的な減損の戻入れに対する仮定の変更の影響を評価した。
・グループの将来のコモディティ価格の見積りを評価し、外部から入手可能な将来のコモディティ価格の見積りと比較して、代替的な将来の価格で感度分析を実施した。これには、2050年までに気温とネットゼロの目標を達成するために政府の政策が導入されたと仮定するシナリオが含まれる。ネットゼロカーブを含む、コモディティ価格の下落に対するグループの減損テストの感度に関する経営陣の開示を再計算した。
・発電事業税の導入の合理性を判断するために、税務の専門家を関与させた。その結果、予測される将来のキャッシュ・アウトフローに対する監査チームのその後の影響評価を支援することになる。

(主要な観察結果)
 生産及び在庫予測を含む、グループの原子力への投資の使用価値を決定するために使用された主要な仮定が適切であることに納得した。
 また、当グループの割引率の仮定が、許容可能な評価方法に基づいて決定されていることにも納得した。
 グループの将来のコモディティ価格の見積りは、外部の情報源の許容範囲の中間にあり、前年と一致していた。一般に、許容可能な外部の情報源からのガス及びベースロード価格の予測は、ネット ゼロ シナリオで想定される価格を上回っていることが判明した。我々は、気候変動から生じる将来の商品価格の見積りについてのグループの減損レビューへの影響に関する感度の開示は許容できると考えた。
 グループの減損の戻入れが適切であり、グループの損益計算書の例外項目及び特定の再測定欄での表示がグループのポリシーと一致していることに納得した。
 なお、セントリカ社の監査報告書には、上記の減損の戻入に関するKAMのほかに、「継続企業の前提に関する判断」もKAMとして別途記載されていた。
 そして、セントリカ社の他にも、次のようなインフラ企業の監査報告書において、類似の項目がKAMとして記載されていた。
・RWE(ドイツの電力会社 2022年12月期 会計監査人:PwC)
 KAM項目:有形固定資産の測定
・スコティッシュ・アンド・サザン・エナジー(SSE)(イギリスとアイルランドの電力・ガス事業者 2022年12月期 会計監査人:E&Y)
 KAM項目:特定の発電所の減損

 わが国では、地球温暖化や持続可能性(サスティナビリティ)といった事項については理念先行でなかなか実務が追い付かない状態であるが、原子力発電や化石燃料による火力発電への依存度は欧州諸国よりも高いと考えられる。しかしながら、福島原発の事故が起きた後も脱原発に向けた議論や対応は十分に進んでいるとは言い難いであろう。持続可能な開発目標の期限である2030年が迫る中、目先の課題に対処するだけではなく、長期的な課題への対応も必要と思われる。

クレディ・スイス・グループの監査報告書に記載されたKAM

(クレディ・スイス・グループ 2022年12月期 会計監査人:PwC)
 2023年3月20日付のブルームバーグによる報道によると、スイスの銀行大手UBS(スイス・ユニオン銀行)グループは、経営不安が続いていた同国・同業のクレディ・スイス・グループ(CSG)を買収することに同意した。世界の金融市場に広がる恐れがあった信用危機を食い止めようと、スイス政府が歴史的な買収を仲介したとのことであった。
 買収は30億スイス・フラン(約4,300億円)規模の株式交換になり、合意には広範囲な政府保証と流動性供給が含まれる。クレディ・スイスの株式時価総額は3月17日の終値時点で約74億フランであるため、買収額はこの半分未満となる。1株当たりの買収価格は、2007年のクレディ・スイス株のピーク時を99%下回る。スイス国立銀行(中央銀行)はUBSに1,000億フランの流動性支援を提供する一方、政府はUBSが買収する資産から生じ得る損失に対し90億フランの保証を与える。スイス連邦金融市場監督機構(FINMA)は、クレディ・スイス債約160億フラン相当が無価値になり、民間投資家がコストを負担することになると説明したとのことであった。

 渦中のクレディ・スイス・グループは、その連結財務諸表について、米国PCAOBの監査基準に基づいた監査を受けており、会計監査人であるPwCは、2022年12月期の連結財務諸表に対する監査報告書において、下記の4項目を監査上の重要な事項(CAM)と特定していた。

1.特定のレベル3金融商品の公正価値
2.包括的に評価された特定の企業ローンに関する信用損失引当金
3.訴訟に関する引当金
4.アセットマネジメント及びウェルスマネジメント報告単位におけるのれんの減損の評価

 なお、PwCが署名した監査報告書の日付は2023年3月14日付であり、先述の報道が出るおよそ1週間前であったが、継続企業の前提に関しては、経営者の責任と会計監査人の責任に関する通常の記載内容以外には、監査報告書においては特段の言及はなかった。
 一方で、買収側のスイス・ユニオン銀行(2022年12月期。会計監査人:E&Y 監査報告書の日付:2023年3月3日)の連結財務諸表に対する監査報告書において開示されたKAMは、次の3項目であった。

1.複雑な、又は流動性が低い金融商品の公正価値による評価
2.繰延税金資産の認識
3.予想信用損失

終わりに

 2023年3月期の決算が多い我が国の主要な企業(IFRS任意適用日本企業及び我が国の会計基準を適用する日本企業)の連結財務諸表に対する監査報告書に記載されたKAMについては、後日別稿にて、全般的な分析と個別事例の紹介を実施する予定である。

参考資料
マーケット速報 ブルームバーグ 2023年3月20日付
「UBSグループ、20億ドル超でクレディ・スイスの買収に同意 スイス政府が歴史的な買収を仲介」

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