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解説記事2023年09月04日 判例評釈 東京地方裁判所令和4年2月14日判決(公刊物未登載)(取引相場のない株式~発行会社を介する三者間の低額売買)・中編(2023年9月4日号・№993)

判例評釈
東京地方裁判所令和4年2月14日判決(公刊物未登載)(取引相場のない株式~発行会社を介する三者間の低額売買)・中編
 StanRiver税理士法人 代表社員 弁護士・公認会計士・税理士 小林拓真


 本判決は、同族会社が、税務署長等を歴任していた高名な税理士からアドバイスを受けて、代表取締役(父)から自己株式を低額で取得し、それを取締役(長男)へ譲渡したところ、父にはみなし譲渡課税が、長男には経済的利益(給与等)が認定された事例である。
 以下では、長男に認定された経済的利益について、事案「1」、争点「2」、原告側の主張「3」及び判旨「4」を概観した後、過去の判例で示された給与所得の意義と照らし合わせながら、本判決で示された判断を検討していく。

1. 事案の概要

 建設業を営む原告会社X1は、その代表取締役である原告父X2から、平成24年2月23日に、X1の株式5000株を1株1500円で取得した上で(以下、これに係る取引を「本件取引1」という。)、原告長男X3に対し、同年3月31日に、当該株式5000株を1株1500円で処分した(以下、これに係る取引を「本件取引2」という。)。
 また、X1は、X1の取締役を辞任した訴外Aから、同年7月6日に、当該株式1万1460株を1株1500円で取得した上で(以下、これに係る取引を「訴外取引」という。)、X3に対し、平成25年2月22日に、当該株式1万1460株を1株1500円で処分した(以下、これに係る取引を「本件取引3」という。)。
 第1事件は、札幌南税務署長(以下、「本件税務署長」という。)が、本件取引1は所得税法59条1項2号所定の「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」に該当するなどとして、更正処分等(X2分)をしたことから、X2が取消しを求めた事案である。
 第2事件は、本件税務署長が、本件取引2及び3は廉価でされたものであり、それによって享受した経済的な利益は所得税法28条1項所定の「給与等」に該当するなどとして、X3に対し更正処分等をしたことから、X3が取消しを求めた事案、及び、X1が当該給与等に係る源泉徴収義務を負うことになるなどとして、納税告知処分等を受けたことから、X1が取消しを求めた事案である。

2. 争 点

 本件の争点は、主に以下の点であるが、本稿では、この内(2)を取り上げる。
(1)本件取引1が所得税法59条1項2号所定の「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」に該当するか。
(2)本件取引2及び3によって享受した経済的な利益が所得税法28条1項所定の「給与等」に該当するか。
(3)本件取引1から3までに係る意思表示が錯誤無効であるか否か。

3. 原告側の主張

 原告側の主張は、おおよそ以下のとおりである。
(1)自己株式の処分は、資産の譲渡ではなく、資本等取引である。自己株式の処分においては、対価の額の多寡にかかわらず、その相手方であった株主と他の株主との間で利益が移転するだけであり、発行会社と株主との間では、何らの利益も移転しないのであるから、「給与等」の支払を受けたということはできない。
(2)自己株式の処分が廉価でされた場合には、これによる経済的な利益が他の株式を有する株主から原告長男に対して移転することになるが、この経済的な利益は、所得税法9条1項16号所定の「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」に該当することから、これを所得税の課税の対象とすることはできず、贈与税の課税の対象とすることが検討されるにとどまる。
(3)本件取引2及び3に至る経緯等をみても、原告会社が原告長男の労務の対価として支給したものでないことは明らかであるから、所得税法28条1項所定の「給与等」に該当することはない。

4. 判 旨

 「本件取引2及び3に至る経緯等に鑑みると、本件取引2及び3については、原告長男が原告会社の取締役としての地位に基づいて原告会社からその株式を取得したものと認められるから、それにより原告長男が享受した……経済的な利益についても、その地位に基づく労務の対価として支給されたものと解するのが相当である……。そのため、この経済的な利益については、所得税法28条1項所定の「給与等」に該当する」
 「これに対し、原告長男及び原告会社は、本件取引2及び3については、原告会社が自己株式を処分したもので、いわゆる資本等取引として整理されるものであるから、対価の額の多寡にかかわらず、原告会社と原告長男との間では、何らの利益も移転していないし、仮に本件取引2及び3が廉価でされたとしても、原告会社から所得税法28条1項所定の「給与等」の支払を受けたということはできない旨などを主張している。
 しかしながら、原告長男及び原告会社の主張する資本等取引の概念は、法人税法上のものにとどまるし、ある発行会社が自己株式を処分した場合であっても、それが廉価でされたものであるときには、その相手方である個人に経済的な利益が生ずることは明らかである。また、本件において、原告長男が享受した……経済的な利益は、原告会社が実際の対価の額を上回る客観的交換価値を有する原告会社の株式を処分し、原告長男に交付したことで生じたものであるから、原告会社が支給したものと評価することができる上、この経済的な利益が所得税法28条1項所定の「給与等」に該当するものと認められる」.
 「また、原告長男及び原告会社は、仮に自己株式の処分である本件取引2及び3が廉価でされた場合には、これによる経済的な利益が他の株式を有する株主から原告長男に対して移転することになるが、この経済的な利益は、所得税法9条1項16号所定の「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」に該当することから、これを所得税の課税の対象とすることはできないし、贈与税の課税の対象とすることが検討されるにとどまる旨なども主張している。
 しかしながら、この点に関する原告長男及び原告会社の主張は、この経済的な利益が贈与税の課税の対象とされることを前提とするものと解されるが、ある発行会社が廉価で自己株式を処分した場合であっても、その相手方である個人が何らかの給付と引換えにそれを取得していたときには、当該個人に対して贈与税を課することはできないものと解される。そして、本件取引2及び3により享受した経済的な利益につき、原告長男が原告会社の取締役としての地位に基づく労務の対価として享受したものである……から、これに対して贈与税を課することはできないし、この点に関する原告長男及び原告会社の主張は、その前提を欠く」
 「さらに、原告長男及び原告会社は、本件取引2及び3に至る経緯等に鑑みると、原告長男の労務の対価として支給されたものでないことは明らかであるから、所得税法28条1項所定の「給与等」に該当することはない旨なども主張している。
 しかしながら……、客観的にみて、原告長男が本件取引2及び3によって……経済的な利益を享受したことは明らかである。……認定事実によれば、本件取引2については、原告長男が、原告会社の取締役兼営業次長として営業部門をけん引するなどし、次期経営者候補として成長していたものの、原告会社の取締役の中で、原告長男のみが原告会社の株式を有していなかったことから、原告会社の代表取締役である原告父が、当該株式を原告長男に持たせることで、経営意欲を向上させて原告長男の更なる成長を促そうと考え、本件税理士1に相談した上で、それをすることとしたものであるし、また、本件取引3についても、原告会社の代表取締役である原告父が、従業員の労働意欲の向上を図るべく、原告会社が訴外取引により取得した原告会社の株式1万1460株を用いて、従業員持株制度を採用することを考えていたところ、この点について相談した本件税理士1から、当該株式の散逸等の弊害があり得ることを指摘されたため、これを断念した上で、それを取得する動機を有し、その相手方としても適している原告長男に対してそれをすることとしたことが認められる。このような経緯等に鑑みると、本件取引2及び3については、いずれも原告長男が原告会社の取締役としての地位にあってその職務を遂行していたからこそ、それがされたものであり、原告長男は、その地位に基づいて原告会社から当該株式を取得したものと認められるから、それにより享受した……経済的な利益についても、その地位に基づく労務の対価として支給されたものと解するのが相当である」

5. 検 討

 所得税法において、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得とされている(第28条第1項)。
 しかし、同条は、例示列挙を示したものであり、具体的な定義規定とはなっていない。したがって、条文上給与所得の意義は明らかでないが、過去の判例では、最高裁昭和56年4月24日判決が、「給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。」と判示し、給与所得の意義を示している。
 ここでいう「これに類する原因」には、会社と取締役との間の委任契約等も含まれると解されている。したがって、取締役が労務の対価として会社から受ける給付は、条文でいう「これらの性質を有する給与」として給与所得に含まれる。
 また、給与は金銭の形をとる必要はなく、金銭以外の資産ないし経済的利益も広く給与所得に含まれ(所得税法第36条第1項括弧内)、これらの価額は、取得した時の価額(時価)とされている(所得税法第36条第2項)。
 本件では、本件取引2及び本件取引3により、X1が処分した株式をX3が取得しているが、当該株式の取得時の価額と実際の対価の額との差額である経済的利益が給与所得に該当するかが問題となっている。
 ここで、上記最高裁昭和56年4月24日判決では、「給与所得とは……使用者から受ける給付をいう。」とされている。したがって、本件取引2及び本件取引3において、X3がX1から給付を受けたか否かをまずは検討する。
 この点、X3は、X1から株式を取得することにより、時価で取得していれば支払ったであろう金銭と実際の発行価額との差額相当額である経済的利益を得ている。これは、X1が自己株式の処分という行為の効果としてX3にもたらしたものである。したがって、X1がX3に当該差額相当額である経済的利益を給付したと評価することは可能であると考える。
 判決でも「経済的な利益は、原告会社が実際の対価の額を上回る客観的交換価値を有する原告会社の株式を処分し、原告長男に交付したことで生じたものであるから、原告会社が支給したものと評価することができる」と述べているが、同様の趣旨と思われる。
 この点、確かに、X3が給付を受けた経済的利益は、他の株主の経済的損失によりもたらされたものであり、したがって、経済的には、X3は、X1ではなく他の株主より経済的利益の給付を受けたともいえる。しかしながら、経済的な事象のみをもって法律行為である贈与を擬制し課税を行うことは、贈与に係る他の株主の意思が明確である場合等を除き、困難であると考える。
 次に、給付は、「労務の対価として」給付される必要がある。この点、過去の判例では、対価性について、取締役としての地位に基づき払われれば足りると緩やかに解されている。
 本件では、取締役であったX3の経営意欲を向上させ更なる成長を促すために、X3に株式を取得させている。つまり、会社の業績を向上させるインセンティブとしてX3に株式を取得させたといえる。X3としても、会社の業績を掌る取締役であるがゆえに株式を取得できたといえるだろう。よって、X3は、取締役としての地位に基づきX1株式を取得したといってよい。
 判決でも「原告長男が原告会社の取締役としての地位にあってその職務を遂行していたからこそ、それがされたものであり、原告長男は、その地位に基づいて原告会社から当該株式を取得したものと認められる」と同様に判断している。
 以上、本件取引2及び3についてみると、X3が享受した経済的利益は、給与所得に該当するものと思われる。
 但し、前回述べたとおり、本件取引1、本件取引2及び3を一体としてみると、本件は、端的にX2からX3に株式の譲渡が行われたと考えることが取引の実体に即していると思われる。この場合、X3が得た経済的利益は、X2からX3への贈与されたということになろう。

小林拓真 (こばやし たくま)
StanRiver税理士法人 代表社員 
弁護士・公認会計士・税理士
 平成8年 慶応義塾大学商学部卒
   10年 慶應義塾大学大学院民事法学研究科修了
   14年 公認会計士登録
   20年 弁護士登録
 平成22年~令和2年
     公認会計士実務補習所法人税法講師

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