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解説記事2023年10月16日 実務解説 事前照会に対する文書回答手続の特徴と課題(2023年10月16日号・№999) −オーストラリアのPrivate Rulingとの比較

実務解説
事前照会に対する文書回答手続の特徴と課題
−オーストラリアのPrivate Rulingとの比較
 アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士 梶原康平

 ある取引についての税務上の取扱いに疑問がある場合、事前に税務当局に照会して回答を得ることができれば、安心して取引や税務申告を行うことができる。もっとも、日本における事前照会制度は、直接の法令上の根拠や拘束力がない等、改善が望まれる点もある。本稿では、納税者にとって使いやすい先進的な照会制度の一例として、オーストラリアのPrivate Rulingを紹介し、これと比較することで日本の照会制度(特に文書回答手続)の特徴や課題を検討する(脚注1)。

第1 はじめに−税務当局への照会制度の意義

 納税者が税額を自ら計算し納付する申告納税制度の下で、ある取引等について税務上の取扱いに疑問がある場合、事前に税務当局に照会して回答を得ることができれば、安心して取引等を実行し、税務申告することができる。日本ではこのような制度として、主に、納税者の所轄税務署等に個別照会して口頭で回答を得る方法と、事前照会に対する文書回答手続を利用する方法がある(脚注2)。企業活動においては日々新しい仕組みの取引等が生まれており、その税務上の取扱いが法令や判例、既存の国税庁の通達やQ&A等からは明らかでないことは珍しくないため、税務当局に事前に照会できる制度は、納税者の予測可能性を確保するために非常に有益である。特に文書回答手続は、回答が文書で得られるため確実性がより高く、また匿名化されたうえで公表されるため同様の取引等を行う他の納税者に対して予測可能性を与えることにもなる。
 日本の文書回答手続は、2001年に諸外国の事例も踏まえ導入された後、2004年に適用対象を拡大する改正が行われ、特定の納税者の個別事情に係るものについても対象とするようになった(改正に当たっては米国の手続が参考にされた(脚注3)。)。その後も、「納税者利便の一層の向上の観点」(脚注4)等を趣旨として何度か改正が行われて現在に至っている。
 もっとも、文書回答手続は、国税庁の事務運営指針に基づくものであり法律で定められた制度ではないこと等に起因して、納税者にとっての使いやすさという観点では一定の限界があると思われる。
 本稿では、諸外国に存在する類似の制度の中でも、敢えて、制度導入時等に主に参考にされ論考(脚注5)も充実している米国の制度ではなく、不服申立手続がある等といった点で他国と比べても(脚注6)納税者の権利保護が最も充実している制度の一つと思われ、筆者が最近勤務する機会もあったオーストラリアにおけるTax Ruling(特にPrivate Ruling)を紹介したうえで、これと比較することで、日本の文書回答手続の特徴や課題を検討する。

第2 文書回答手続の特徴と課題−オーストラリアのPrivate Rulingとの比較

1 オーストラリアのTax Ruling(特にPrivate Ruling)の概要
 オーストラリアは6つの州と2つの特別地域からなる連邦国家であり、連邦と州の2つのレベルの法制度が存在するが、所得税や法人税、GST(日本の消費税に相当)については基本的に連邦レベルで定められている(脚注7)。オーストラリアの連邦租税行政はオーストラリア国税庁(Australian Taxation Office、ATO)により担われている。
 オーストラリアのTax Rulingは、税務上の取扱いについてATO長官(Commissioner)が見解を表明する仕組みであり、1986年の確定申告(self-assessment)制度への移行の後、税務行政の確実性を促進することを目的として、1992年に導入された(脚注8)。Tax Rulingには、すべての事業体又は一定の類型の事業体に適用されるPublic Rulingや、個人からの口頭での照会に応じて口頭で発せられるOral Rulingなどもあるが、本稿では、納税者からの特定のスキーム等を前提とした照会に応じて発せられ、当該納税者に適用されるPrivate Rulingを主に取り上げる。
 Private Rulingの申請に際して、照会者は、質問事項、事実関係並びに照会者の見解及び根拠を示す必要がある(脚注9)。ATOは、照会者からすべての必要な情報の提供を受けた後、28日以内にPrivate Rulingを発するように努めるとしている(脚注10)。もし60日以内にRulingが発せられない場合は、照会者は、ATO長官に対してRulingを求める書面通知を行うことができ(脚注11)、その後30日以内にRulingがされないときは、Rulingがされないことに対して、不服申立てを行うことができる(脚注12)。

2 オーストラリアのPrivate Rulingの特徴−日本の文書回答手続の課題
 オーストラリアのPrivate Rulingは、以下のとおり、(1)法律で定められた制度であること、(2)ATO長官に対する法的拘束力が法定されていること、(3)対象範囲が広いこと、(4)公表前に照会者がレビューする機会があること、(5)不服申立て等ができること、といった点で日本の文書回答手続と大きく異なる。
(1)法律で定められた制度である
 ア オーストラリアの制度

 オーストラリアのTax Ruling(Private Rulingを含む。)の制度は、Tax Administration Act 1953(TAA)という法律で定められている(脚注13)。
 イ 日本の文書回答手続
 これに対し、日本の文書回答手続は、直接の法令上の根拠を持つ制度ではなく、国税庁長官が各国税局長及び沖縄国税事務所長宛てに発した事務運営指針(事務手続・運営に関する通達の一種)である「事前照会に対する文書回答の事務処理手続等について(事務運営指針)」((最終改正)令和5年6月30日課審1−23ほか)(以下「文書回答事務運営指針」という。)に基づくものである。
 ウ 文書回答手続の課題と改善策
 文書回答手続は納税者サービスの一環と位置付けられているが(脚注14)、立法と行政の役割分担や、行政の透明性確保の観点からすると、法律上の直接の根拠を設けることが本来は望ましいと指摘されてきた(脚注15)。2004年改正時の立案担当者も「手続の活用が進み、納税者及び当局の事務運営において定着がなされた段階で、必要があれば米国のように文書回答の法的位置付けについて、より明確化を検討することも中長期的な課題となろう」と指摘していた(脚注16)。法治主義の原則の下、法律上の根拠に基づく制度となることが望まれる。
 また、文書回答手続に法律上の直接の根拠を設けることは、回答の法的拘束力(下記(2))や不服申立ての手続(下記(5))を認めるための前提条件となり得るものであるため(脚注17)、検討すべき重要課題であると思われる。
(2)ATO長官に対する法的拘束力がある
 ア オーストラリアの制度

 オーストラリアのPrivate Rulingが納税者に適用され、当該納税者がこれに従い行動したときは、ATO長官は当該Rulingに法的に拘束される。仮にRulingに誤りがあり、法律を正しく解釈すると納税者にとってより不利であることが後で明らかになっても、当該納税者はいかなる不利な結果からも保護されることが法定されており、追加の本税、ペナルティ及び利息は課されない(脚注18)。
 ただし、Private Ruling記載のスキーム等と実際に起こったことの間に重要な差異があれば、当該Private Rulingは適用されない。
 イ 日本の文書回答手続
 これに対し、日本の文書回答手続における回答内容には、何らかの特別の拘束力が生ずるものではないとされている(脚注19)。したがって、仮に文書回答が誤っている場合は、合法性の原則の下、文書回答の内容とは異なる「正しい」課税処分(納税者にとってより不利な課税)がされる可能性がある(脚注20)。
 もっとも、このような場合、信義則の法理が適用されて納税者が保護される可能性はある。最判昭和62年10月30日訟務月報34巻4号853頁は、「租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情」がある場合に初めて信義則の法理の適用の是非を検討すべきとして、「特別の事情」があるかの判断に当たっては、少なくとも、①税務官庁の公的見解の表示、②信頼に基づく納税者の行動、③表示に反する課税処分による納税者の経済的不利益、④納税者の帰責事由の有無、という点の考慮は不可欠としている。
 事前照会に対する文書回答は、国税局の審理課長名で行われ、「国税局としての見解」であることが明示されるため(脚注21)、上記①の公的見解の表示には該当すると考えられ、更に上記②~④を充足すれば信義則の法理の適用もあり得る(脚注22)。もっとも、信義則の法理の適用の有無は、当該事案における事実関係及びその評価によるところが大きく、特に上記④の帰責事由については「判断が難しいであろう」(脚注23)と指摘されてきた。また、租税法令上の条文ではなく法の一般原則を判例法理で具体化したものであり、要件も必ずしも明確でない(上記①~④は要件ではなく要考慮事項とされている)ので、法的安定性は相対的に低い。
 附帯税に関しては、文書回答が誤っていた場合は、国税通則法65条4項の「正当な理由」に該当し過少申告加算税は課されるべきではなく、また、延滞税についてもペナルティとしての性質も有することから免除対象と理解すべきと指摘されている(脚注24)(延滞税について、通達は、税務職員の誤った申告指導は「人為による異常な災害又は事故」(国税通則法63条6項4号、同法施行令26条の2第3号)に含まれるとしている(脚注25)。)。
 なお、拘束力の点を措くとしても、実際の事案において事実関係が異なれば文書回答は適用されない点(脚注26)は、オーストラリアと同様である。
 ウ 文書回答手続の課題と改善策
 文書回答手続も信義則の法理の適用による保護の可能性はあるが、正面から法的拘束力を認めているオーストラリアのPrivate Ruling制度の方が、より法的安定性が高く、納税者の保護に厚いといえる。
 法律上の直接の根拠を設けたうえで(上記(1))、拘束力も法律で定めることが望ましいと思われるが(脚注27)、もし立法が難しいようであれば、文書回答事務運営指針において拘束力の定めを設けることも考えられる。この点については、「文書回答によって将来の取引を決定し、文書回答で示された法の解釈・適用に沿った申告を行ったにもかかわらず、文書回答とは異なる内容の課税処分がなされた場合に、訴訟等の不服申立制度を通じてしか納税者が救済されないというのは、あまりに酷」として、「将来行われる予定の取引に係る文書回答については、……照会者に限り、税務行政部内を拘束するよう」に執行上の措置(文書回答事務運営指針の改正)を導入することを提案する見解もある(脚注28)。
(3)対象範囲が広い
 ア オーストラリアの制度

 オーストラリアでは、法律で、ATO長官はPrivate Rulingの申請に応じてRulingしなければならない旨がまず定められたうえで(脚注29)、以下の場合はPrivate Rulingを行うことを拒絶できると定められている(脚注30)。

・ATO長官が、Rulingを行うことが税法の運用を害する又は不当に制限すると判断する場合。
・Rulingを求められた事項が、ATO長官が当該照会者のために既に検討している又は検討したことがあるものである場合。
・Rulingを求められた事項が、ATO長官が関連条項の下でどのように権限を行使するかというものであり、当該権限を行使するか否かを既に決めている場合。
・ATO長官が照会者に更なる情報の提供を求めたが、照会者が合理的な期間内に当該情報を提供しない場合。
・ATO長官が、Private Rulingの正確性が将来の出来事等に関する仮定に依存すると判断する場合(ただし、この場合は、ATO長官が最も適切と考える仮定を置いたうえでRulingを行うこともできる。)。

 ATO長官にPrivate Rulingを行う義務を一般的に定めたうえで、一定の場合に限りその対象外とする、という建付けは特徴的である。
 また、バリュエーション(価値の評価)を含め、税法の適用に関連するいかなるものも対象となりうる(バリュエーションの費用は、照会者に課すことができる。)。さらに、オーストラリアには一般的否認の法理(General Anti-Avoidance Rules)があるが(脚注31)、納税者がPrivate Rulingの申請をする際は、一般的否認の法理の適用があるか否かについて照会することもできる(脚注32)。
 イ 日本の文書回答手続
 これに対し、日本の文書回答手続では、次頁の9つの要件のすべてを満たす事前照会に対して回答を行う旨が、文書回答事務運営指針で定められている(脚注33)。

(1)事前照会者が行う取引等に係る国税に関する法令(法令の改正過程にあるものを除く。)の解釈・適用その他税務上の取扱いに関する事前照会であること
(2)申告期限前(源泉徴収等の場合は納期限前)の事前照会であること
(3)実際に行われた取引等又は将来行う予定の取引等で個別具体的な資料の提出が可能なものに係る事前照会であること 
(注)「将来行う予定の取引等」に係る事前照会には、照会の前提とする事実関係について選択肢があるものは含まれないことに留意する。
(4)事前照会者が、事前照会の申出の際に、所定の事項を記載した書面等を提出するとともに、照会内容の審査の際に、審査に必要な追加的な資料の提出に応じること
(5)照会内容及び回答内容が公表されること、公表に関して取引等関係者の了解を得ること、並びに仮に公表について取引等関係者間で紛争が起こった場合には、事前照会者の責任において処理することについて、事前照会者が同意していること
(6)調査等の手続、徴収手続、酒類等の製造免許若しくは酒類の販売業免許又は酒類行政に関係する事前照会でないこと
(7)取引等に係る税務上の取扱い等が、法令、法令解釈通達あるいは過去に公表された質疑事例等において明らかになっているものに係る事前照会でないこと
(8)個々の財産の評価や取引等価額の算定に関する事前照会でないこと
(9)以上のほか、事前照会の内容が次に掲げるような性質を有しないものであること
 イ 実地確認や取引等関係者等への照会等による事実関係の認定を必要とするもの(同族会社等の行為又は計算の否認等の認定を必要とするものを含む。)
 ロ 国税に関する法令以外の法令等に係る解釈等を必要とするもの(当該法令等により決定されるべき事項が未解決であるものを含む。)
 ハ 事前照会に係る取引等が、法令等に抵触し、又は抵触するおそれがあるもの
 ニ 事前照会に係る取引等と同様の事案について、税務調査中・不服申立て中・税務訴訟中である等、税務上の紛争等が生じているもの
 ホ 事前照会に係る取引等について、取引等関係者間で紛争中又は紛争のおそれが極めて高いもの
 ヘ 一連の組み合わされた取引等の一部のみを照会しているもの
 ト 事前照会者や事前照会に係る取引等関係者が、租税条約における明確な情報交換協定がない等、我が国の国税当局による情報収集や事実確認が困難な国や地域の居住者等(当該国、地域に住所又は居所を有する個人及び当該国、地域に本店又は主たる事務所を有する法人をいう。)であるもの
 チ 審査の途中において、照会の前提とする事実関係が合理的な理由なく変更されるものや審査後において、当該事実関係を合理的な理由なく変更し再度照会するもの
 リ 上記イからチまでに掲げるもののほか、回答内容が歪曲して宣伝されるおそれがあるなど、本手続による文書回答が適切でないと認められるもの

 要件を満たして初めて回答をするという建付けとなっており、多岐にわたる要件が定められている点で、オーストラリアのPrivate Rulingとはかなり異なっている。また、バリュエーションに関する事前照会は対象外であること(上記(8))、(個別分野に関する一般的否認の法理である)同族会社等の行為又は計算の否認等の認定を必要とするものも対象外であること(上記(9)イ)等は、Private Rulingと対照的である。
 ウ 文書回答手続の課題と改善策
 日本の文書回答手続は要件が厳しく、コストをかけて準備し照会しても回答が得られない可能性が低くないことや、最も解釈上疑義が生じる論点(納税者としては申告や取引実行前に明らかにしたい論点)の一つである、バリュエーションや同族会社等の行為又は計算の否認の認定を対象から除いていることが、日本の事前照会による文書回答の数が相対的に少ないことの一因である可能性がある(脚注34)。文書回答手続の要件はこれまでも何度か改正されてきたが、より要件を緩和し(脚注35)、使いやすい制度にしていくことが望まれる。
(4)公表前にレビューの機会がある
 ア オーストラリアの制度

 Private Rulingは、照会者に提供されるとともに(脚注36)、納税者を特定できる情報を削除する編集をしたうえで、ATOのデータベースでも公表される。照会者は、当該編集後のものを公表前にレビューする機会が与えられる(脚注37)。
 イ 日本の文書回答手続
 日本の文書回答手続においても、文書回答が行われる場合、照会内容及び回答内容のうち同様の取引等を行う他の納税者に対しても予測可能性を与える部分は、原則として取引等関係者名を匿名化したうえで、公表される(脚注38)。回答内容自体は「貴見のとおりで差し支えない」又は「貴見のとおり取り扱われるとは限らない」といったものにとどまるため、実質的な内容が含まれるのは元々照会者がドラフトした照会内容部分ではあるものの、どのように匿名化されたかを照会者が公表前にレビューできる仕組みはない。
 ウ 文書回答手続の課題と改善策
 日本の文書回答手続においては、照会内容及び回答内容の公開に同意することが文書回答の条件となっている一方で(脚注39)、同意した以上は後の処理は課税庁にゆだねられており、どの部分について公表を避けるかについて事前照会者の関与が織り込まれていない点は、再考の余地があると指摘されていた(脚注40)。
 「どのような場合にいかなる手続によって納税者秘密の保護を解除すべきか、法律で正面から規定を整備することが望ましい」(脚注41)といえるだろう。
(5)不服申立て等ができる
 ア オーストラリアの制度

 Private Rulingの内容に不服がある照会者は、ATO長官に対して異議申立て(objection)をすることができる(脚注42)。異議申立てに対する決定に更に不服がある照会者は、行政不服審判所(Administrative Appeals Tribunal、AAT)又は連邦裁判所に対して提訴することができる。
 また、ATO長官がPrivate Rulingを行うことを拒否する場合、照会者は、上記のような税法上用意されている不服申立ての手続を利用することはできないが、一定の条件を満たせば司法審査(judicial review)を求めることが可能である(脚注43)。
 イ 日本の文書回答手続
 これに対し、日本の文書回答は、「あくまで納税者サービスの一環として行うものであることから、不服申立ての対象とはならない」とされている(脚注44)。文書回答は行政処分に該当しないという整理に基づくと考えられる(脚注45)。文書回答の内容に不服がある納税者は、その内容に従わずに申告し、税務当局から課税処分を受けたうえで、当該処分の取消しを求めて争うほかない。
 また、文書回答は、前述の多岐にわたる要件すべてが充足されないと行われないが(脚注46)、税務当局による要件不充足との判断に対しても、照会者が争う手段は用意されていない。事前照会の受付数に対して公表されている文書回答の件数がかなり少ないことからすると(脚注47)、相当の割合の事前照会が、要件を充足しないと判断されて文書回答されていないものと思われるが、照会者がその判断を争えないことは問題である。
 なお、文書回答事務運営指針においては、文書回答が行われない場合も、口頭による回答が可能な事前照会については、内容を審査して、口頭による回答を行うことに配意するとされている(脚注48)、実地確認や関係者への照会等による事実関係の認定を要するものなどは口頭でも回答できず、また、照会内容によっては回答を一般的な事項に留めざるを得ない場合があるとされている(脚注49)。
 ウ 文書回答手続の課題と改善策
 納税者としては、コストをかけて準備し照会しても回答が得られるとは限らず、また不利な回答を得た場合にこれを争えないのであれば、税務上の取扱いが不明確であっても事前照会することに躊躇し、照会せずに取引等を実行し申告をする場合も少なくないと思われる。
 しかしながら、取引実行・申告後に更正処分を受けてこれを事後的に争う事態と比べると、事前に税務当局に照会して見解の相違があればこれを解消する方が、納税者にとっても税務当局にとっても、相対的に時間やコストがかからず効率的である。納税者による文書回答手続の利用促進のため、不服申立ての手続を整備することは有益と思われる(特に、照会対象となる取引等が、その実行のタイミングを不服申立手続の完了まで遅らせることができる性質のものである場合は、そのようにいえるだろう。)。
 不服申立て等の手続を認めるに当たっては処分性が問題となるが(国税通則法75条、行政不服審査法2条、3条)、仮に文書回答手続に法律上の直接の根拠を設け(上記(1))、法的拘束力を与えれば(上記(2))、申請に対する処分という枠組みに即して処分性が認められる可能性がある。
 なお、照会者が税務当局の監視が強まることを危惧して照会を躊躇する状況への方策として、代理人のみが税務当局との協議の窓口となり、納税者本人は匿名の状態で事前照会の申請を行える制度を提案する見解もあり(脚注50)、利用促進のための案として非常に興味深い。

第3 まとめ−文書回答手続の利用促進に向けて

 文書回答手続による事前照会の受付件数は2017年度~2022年度において年間110~130件程度であり(脚注51)、国税庁のホームページにおける文書回答事例の公表状況によると、実際に文書回答までされている件数は更に少ないようである。他方で、オーストラリアの場合、2019年度~2021年度において発行されたPrivate Rulingの数は年間4,000件前後であった(脚注52)。日本とオーストラリアの人口比(日本は約1億2,000万人に対し、オーストラリアは約2,600万人)等を踏まえると、オーストラリアと比較して文書回答手続の利用状況はかなり低調であるといえる。本稿で検討した日本の文書回答手続の課題(使いにくさ)が、その主要な原因となっているのではないだろうか。
 冒頭で述べたとおり、日本には所轄税務署等に個別照会して口頭で回答を得る方法もあり、実務上はこちらの方が文書回答手続よりも多く使われていると思われる。しかし、回答は文書でなされず公表もされないことから、照会内容や回答内容がいかなるものであったかについて、事後的に納税者側と税務当局側の間で見解の相違が生じる可能性や、口頭回答は「税務官庁による公的見解」ではないとして信義則の法理による保護が否定される可能性がある。むしろ、文書回答手続をより使いやすくし、その利用を促進することが望ましい。
 日本に文書回答手続が導入されて20年ほど経ち、この間にも文書回答事務運営指針の改正はされ、徐々に納税者にとって使いやすい制度になってきている。しかし、法律上の直接の根拠がない点をはじめ、制度導入時から指摘されており本稿で概観した課題は、未だ解消されていない。オーストラリアを含む他国の制度も参考に、納税者にとってより使いやすい制度とする抜本的な改正を検討すべき時期が来ているのではないだろうか。

梶原康平 (かじわら こうへい)
2010年東京大学経済学部卒業、2013年同法科大学院修了。2014年弁護士登録。2020年ウイーン経済大学(WU、国際租税法LL.M.)修了。豪州Clayton Utz法律事務所Overseas Qualified Practitioner(研修、2021年~2023年)、アンダーソン・毛利・友常法律事務所アソシエイト(2015年~)。近時の論文として、「租税判例速報 タックス・ヘイブン対策税制の請求権勘案保有株式等の基準時−東京地判令和3年3月16日」(ジュリスト2022年3月号(No.1568))、「租税条約と国内税法の関係」(共著、週刊T&Amaster 2019年3月4日号(No.777))など。

脚注
1 本稿中の意見は筆者の私見を述べるものであり、筆者の過去又は現在において所属する法律事務所の見解を述べるものではないことに留意されたい。
2 この他に、例えば、令和5年10月に試行したばかりの制度としてJ-CAP制度(Compliance Assurance Program of Japan)がある。対象は東京国税局調査第一部特別国税調査官が所掌する法人(一定の大規模な法人)のみであり、文書回答手続と比べると、回答のための期間が短い、事実関係や私法上の権利義務関係等を明確に示すことができない取引であっても前提条件を付して回答する、回答は口頭でなされ公表されない、といった特徴がある(東京国税局調査部「J-CAP制度(新規性の高い形態の取引等に関する個別確認プログラム)の概要」(令和5年7月)、T&Amaster編集部「東京局がJ-CAP制度を開始へ、個別照会や事前照会との違いは」40頁(T&Amaster 996号、2023年))。
3 上斗米明「文書回答手続の見直しについて−グローバルスタンダードな納税者ガイダンスの整備に向けて−」14頁(税研19巻6号、2004年)。当時の米国の制度(レタールーリング手続)との比較については、同22~24頁参照。
4 例えば国税庁長官「『事前照会に対する文書回答の事務処理手続等について』の一部改正について(事務運営指針)」(令和3年6月21日)
5 前掲上斗米、神山弘行「事前照会制度に関する制度的課題《研究ノート》」(独立行政法人経済産業研究所(RIETI)Discussion Paper Series 10-J-036、2010年)、酒井克彦「事前照会に対する文書回答手続の在り方」(税大論叢44号464頁、2004年)等
6 前掲酒井580頁参照
7 他方、印紙税や給与支払税、土地税など、州における取引に対する課税は、州法により定められている。
8 Rashelle Seidne/Tim Russell ‘What use is a private ruling’, p.438 (AUSTRALIAN TAX FORUM, Vol. 33, No. 3, 2018). Leign Edmonds ‘Working for all Australians: A brief history of the Australian Taxation Office 1910-2010’, p.223 (Australian Taxation Office, 2010).
9 “Australian Master Tax Guide - 70th edition”, p.1329-1330 (Wolters Kluwer, 2022)
10 https://www.ato.gov.au/General/ATO-advice-and-guidance/ATO-advice-products-(rulings)/Private-rulings/How-we-deal-with-your-application---private-rulings/?anchor=Howwedealwithyourapplication#Howwedealwithyourapplication(2023年10月1日アクセス) 
11 TAA Sch 1 s 359-50 (1)
12 TAA Sch 1 s 359-50 (3)
13 TAA Sch 1 s 357-1。なお、Ruling制度については、これを対象としてATO長官の見解を表明したPublic Ruling(TR 2006/11)もあり、また以下のATOのホームページにも詳細な説明がある。
 https://www.ato.gov.au/General/ATO-advice-and-guidance/ATO-advice-products-(rulings)/Private-rulings/
14 文書回答事務運営指針前文
15 増井良啓「租税法の形成におけるアドバンス・ルーリングの役割」12頁(COEソフトロー・ディスカッション・ペーパー・シリーズ、2005年)、前掲酒井467頁
16 前掲上斗米25頁
17 拘束力について、前掲酒井467頁参照。
18 TAA Sch 1 s357-1, s 357-60
19 前掲上斗米20頁、前掲酒井467頁、日本税理士会連合会 税制審議会「納税者からみた税務行政の今日的問題点について−平成17年度諮問に対する答申−」7頁(2006年)
20 前掲酒井465頁
21 文書回答事務運営指針6(1)イ(イ)
22 前掲増井14頁、前掲酒井648頁、前掲上斗米20頁、前掲日本税理士会連合会 税制審議会7頁参照。
23 前掲増井14頁
24 前掲酒井652頁。国税庁「申告所得税及び復興特別所得税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて(事務運営指針)」(改正 令和5年6月23日)第1・3(2)参照。
25 国税庁「人為による異常な災害又は事故による延滞税の免除について(法令解釈通達)」(平成13年6月22日)
26 文書回答事務運営指針6(1)イ(イ)、(ハ)。現実問題としては、文書回答手続を経たのにも関わらず税務当局が課税するケースにおいては、「文書回答が誤っていた」という理由ではなく、「実際の事実関係が文書回答の前提とした事実と異なる」という理由に基づくことがほとんどであろう。
27 前掲日本税理士会連合会 税制審議会10頁参照。
28 植田祐美子「租税法の解釈・適用に係るソフトローの対象領域と今後の課題」453-455頁(税大論叢103号367頁、2021年)
29 TAA Sch 1 s 359-35 (1)
30 TAA Sch 1 s 359-35 (2), (3), s 357-105 (2), s 357-110 (1)(a)
31 Income Tax Assessment Act 1936, Part IVA
32 https://www.ato.gov.au/General/ato-advice-and-guidance/ato-advice-products-(rulings)/private-rulings/what-private-rulings-can-cover/(2023年10月1日アクセス)
33 文書回答事務運営指針1
34 佐藤修二/木村浩之/川添文彬「鼎談 信託型ストック・オプションに関する国税庁見解の法的検討(後編)~国税当局への照会制度の課題の検討を兼ねて~」15頁(T&Amaster 992号、2023年)参照。
35 バリュエーション(個別の財産の評価や取引価額)も回答の対象とすべきであると指摘するものとして、前掲日本税理士会連合会 税制審議会10頁。
36 TAA Sch 1 s 359-15
37 https://www.ato.gov.au/General/ATO-advice-and-guidance/ATO-advice-products-(rulings)/Private-rulings/How-we-deal-with-your-application---private-rulings/?anchor=Howwedealwithyourapplication#Publishinganeditedversionofyourrulingono(2023年10月1日アクセス)
38 文書回答事務運営指針6(2)イ
39 文書回答事務運営指針1(5)
40 前掲増井16頁
41 前掲増井16頁
42 TAA Sch 1 s 359-60, Part IVC
43 Administrative Decisions (Judicial Review) Act 1977という法律に基づく司法審査の可能性がある(前掲Rashelle Seiden/Tim Russell p.460-461)。
44 文書回答事務運営指針6(1)(注)1
45 前掲増井13頁参照
46 文書回答事務運営指針1
47 後述のとおり平成29年度~令和4年度において年間110~130件程度の事前照会の受付をしている一方で、国税庁のホームページで公表されている文書回答事例は一事務年度当たり10件程度しかないように見受けられる。なお、事前照会に対する回答としては、①照会者の求める見解の内容を相当とするもの、②相当としないもの、③文書回答前に税務上の取扱いが明らかになったため当該取扱いを別添資料として示すものの3通りがあるが、①及び②の場合は公表の対象となる(文書回答事務運営指針6(1)イ、(2)イ)。
48 文書回答事務運営指針4(1)ロ(注)
49 国税庁「税務上の取扱いに関する事前照会に対する文書回答について」(2021年)
50 前掲神山22頁
51 平成29年度133件、平成30年度133件、令和元年度115件、令和2年度115件、令和3年度117件、令和4年度125件とされている(財務省「令和3事務年度 国税庁実績評価書」83頁(2022年)、国税庁「国税庁レポート2023」28頁(2023年))。
52 2019−20年度4,126件、2020−21年度3,977件、2021−22年度4,347件とされている(Commissioner of Taxation ‘annual report 2021-22’, p.216 (Australian Taxation Office, 2022))。

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