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解説記事2023年10月30日 未公開判決事例紹介 障害者控除の適用を巡る税理士損害賠償請求事件(2023年10月30日号・№1001)

未公開判決事例紹介
障害者控除の適用を巡る税理士損害賠償請求事件
東京地裁、税理士に障害者認定の判断義務なし


 本誌998号40頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇原告の父が障害者控除を受けられたにもかかわらず適用しなかったとして、父の確定申告業務を受けていた税理士(被告)に対して105万円超の損害賠償を求めた事件。東京地方裁判所民事第16部(藤永かおる裁判官)は令和5年3月29日、原告の請求を棄却した(令和3年(ワ)第31022号)。税理士としては、顧客が障害者として認定された場合にはその事実に基づいて税の専門家としてどのような制度を利用できるかを検討することになるのであり、その前の段階である障害者として認定されるかどうかを判断する義務まで負わないとした。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、105万8075円及びこれに対する令和5年4月13日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、原告の父親である亡K(以下「K」という。)は障害者控除を受けられたのであるから、Kから確定申告業務の委任を受けていた税理士である被告は、Kがその控除を受けられるようにする義務を負っていたのに、それを怠ったことにより、Kは所得税等を過分に納めて損害を被ったとして、Kの相続人である原告が、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害105万8075円及びこれに対する訴状送達日の翌日である令和3年4月13日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(証拠等によって認定した事実には、末尾に証拠等を掲げる。)
(1)原告は、Kの長女である(甲1の2)。
(2)被告は、税理士であり、Kが代表者であったW有限会社の監査役も務めていた者である。
(3)ア Kは、昭和3年12月9日生まれであり、平成28年1月3日、死亡した(甲1の1)。
 イ Kの相続人は、Kの妻であるH(以下「原告母」という。)、Kの長男であるI(以下「I」という。)及び原告であった(甲1の1ないし1の7)。
(4)原告母は、平成30年12月2日、死亡した。原告母は、Iに相続させない旨の遺言を遺した(甲1の1、2)。
(5)S(以下「S税理士」という。)は、被告と同じ事務所に所属している税理士である(甲15)。
(6)被告は、Kから委任を受け、平成16年分から平成27年分までのKの確定申告業務を行ったが、その際、障害者控除の申請を行わなかった。
(7)原告は、令和元年7月、Kの相続人として、Kの平成26年分及び平成27年分の所得税及び復興特別所得税の更正を請求し、その結果、23万3800円の還付を受けた(甲6の1、6の2、弁論の全趣旨)。
(8)被告は、令和5年2月13日、本件口頭弁論期日において、原告に対し、債務履行に基づく損害賠償請求権について、消滅時効を援用する意思表示をした(当裁判所に顕著)。
2 争点
(1)被告の債務不履行責任の有無(注意義務違反の有無)(主位的主張)
(2)被告の不法行為責任の有無(予備的主張)
(3)原告の損害の有無及びその額
(4)消滅時効
3 争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(被告の注意義務違反の有無)について
(原告)

 税理士は、税務の専門家であるから、的確な税務申告をなすについて、単に顧客から交付を受けた書類の範囲内で指導助言・税務申告すれば足りるのではなく、顧客から事情聴取してもそれだけでは十分に事実関係を把握できないときは、課税庁に出向き調査を尽くすべき義務を負う。
 Kは、遅くとも平成16年には重度の糖尿病を患い、左目がほとんど見えない障害を有していた上に、糖尿病が原因で、大動脈弁狭窄症の合併症を起こし、平成26年5月、肺疾患による呼吸器機能障害を理由とする障害者手帳の交付を受けた。
 しかし、Kは相続税対策で生命保険に入ることを検討しており、障害者手帳を有していることによって生命保険加入に支障が生じることから、被告及びS税理士の進言によって、平成27年2月、障害者手帳を返還した。このことから、被告が、Kは障害者手帳を有していることを把握していたことが分かる。
 しかも、被告は、10年以上にわたって、Kの税務申告を担当していたのであり、Kの視力が極端に悪く、日常的に不自由である状態を見て、障害を疑ってしかるべきであった。また、Kから障害について申告等がなかったとしても、Kの年齢から比較的取得が容易な障害者控除対象者認定書を受けることを提案することは難しくなかった。
 そして、被告は、Kが代表を務めるW有限会社の監査役も務め、決算書も作成していたのであるから、被告に求められる注意義務は、相当程度に重たかった。
 それにもかかわらず、被告は、平成16年分から平成27年分までの確定申告において、障害者控除をせずに確定申告をして、Kに多額の所得税及び住民税を負わせた。
 このように、Kは左目が不自由で、呼吸器機能障害でもあったのだから、被告は、障害者控除対象者認定書の交付や障害者手帳の交付を受けられるようにする義務を負っていたにもかかわらず、それを怠ったのであり、注意義務違反が認められる。
(被告)
ア 原告の主張は、争う。
イ 平成16年分から平成27年分の確定申告期において、Kは障害者控除対象者認定書も障害者手帳も所持していなかったから、確定申告において、それらを提示することは不可能であった。
  そして、被告は、Kとの間で税務に関する顧問契約を締結しておらず、年1回、確定申告書の作成及び提出を依頼されて行ってきたにすぎない。被告は、Kの確定申告を行うに当たっては、毎年、申告書及び提出書類を準備した上で、Kの自宅等に赴き、Kと直接面会して最終確認を行い、Kの了解を得た上で申告書等を提出してきたが、平成26年分及び平成27年分の確定申告において、Kから障害者控除対象認定を受けた事実を聞いていないし、同認定書の写しも交付されなかった。
  また、被告は、平成26年12月31日前後の数年間、Kの健康状態に特段の変化を感じていなかった上、被告は税理士であって、医師ではないから、一般人以上に医療や障害に関する知識経験を有しておらず、Kが障害者控除対象認定を受けられる心身の状況にあるか否かを判断し得る立場になかった。そもそも、注文主が障害者であるか否か、その等級がどの程度かについて専門的知識も判断能力も有しない税理士に、善管注意義務として、注文主に対して、障害者手帳の交付申請や障害者控除対象者認定の申請を行うよう助言すべき義務が発生することはあり得ない。
  したがって、被告には、何らの注意義務違反もない。
(2)争点(2)(被告の不法行為責任の有無)について
(原告)

 前記(1)の原告の主張のとおり、被告には注意義務違反があるから、被告は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(被告)
 前記(1)の被告の主張のとおり、被告に注意義務違反はないから、争う。
(3)争点(3)(原告の損害の有無及びその額)について
(原告)

ア 被告が障害者控除をせずに確定申告を行った又は障害控除をしなかったことによって、Kは、別紙「K氏税額再計算表」記載のとおり、所得税105万0300円及び住民税32万7600円を過分に納めた。
  原告は、被告の注意義務違反に気付いたことから、他の税理士に依頼し、平成26年分及び平成27年分については、23万3800円の還付を受けた。
  したがって、被告の注意義務違反により、Kは114万4100円の過大な税額を負担したから、Kは、被告に対して同額の損害賠償請求権を有していた。
  そして、原告は、その4分の3を相続したから、被告に対し、85万8075円の損害賠償請求を有する。
イ 原告は、上記アの還付請求を税理士に委任し、その報酬として10万円を支払ったから、この10万円も、被告の注意義務違反によって生じた損害である。
ウ 原告は、本件について訴訟提起するに際して、弁護士に依頼したが、その弁護士報酬は10万円であるから、これも被告の注意義務違反によって生じた損害である。
エ したがって、原告は、被告に対し、合計105万8075円の損害賠償請求が認められるべきである。
(被告)
 争う。
(4)争点(4)(消滅時効)について
(被告)

 原告は、平成16年3月から平成28年3月までの被告によるKの確定申告についての債務不履行責任を主張しているが、本訴は令和3年3月23日付けで提出されたものであり、被告による確定申告業務の完了から10年以上経過しているから、消滅時効を援用する。
 これに対し、原告は権利濫用を主張するが、被告は、Kの確定申告の際、確定申告書の写しをKに対して送付しており、Kの生前に、Kに対する確定申告書の写しを送付する業務は完了していた。原告がいう別件訴訟は、Iとの間でトラブルを起こし、I、被告等を相手に、確定申告書の写しの引渡しを求めたものである。
(原告)
 形式的には時効期間は満了しているが、原告が、別件訴訟において、被告に対し、Kの確定申告書の提出を求めたところ、被告は引渡しを拒み、本件訴えの提起を妨害したのであるから、時効制度の趣旨に鑑み、消滅時効を援用することは信義にもとり、権利の濫用というべきである。

第3 当裁判所の判断
1
 前記「前提となる事実」、後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1)Kは、平成16年8月頃、急激な視力低下が生じた。同年9月に社団法人J病院(以下「J病院」という。)を受診した際のKの視力は、右目が0.1、左目が0.01であり、右目は糖尿病網膜症、左目は硝子体出血で、眼底透見不能であった。
  その後、Kは、T糖尿病センター、N病院等の眼科も受診したが、眼の状態は改善せず、眼科の受診をしなくなっていった。
  Kは、平成25年12月、体力的にJ病院への通院が困難になったとして、M病院への転院を希望したことから、J病院に、紹介・診療情報提供書を作成してもらったが、同書面には、Kが2型糖尿病(神経障害、網膜症、腎症合併)、高血圧症、高脂血症であると記載されていた。(甲4、4の2、9の1ないし6)
(2)Kは、平成26年5月27日、慢性閉塞性肺疾患による呼吸器機能障害1級として、障害者手帳が交付された。しかし、Kの障害者手帳は、平成27年2月19日、返還された。(甲12)
(3)Kは、平成26年8月頃、相続税対策のため、D生命保険株式会社の生命保険(以下「D生命保険」という。)に加入した。Kが加入したD生命保険は、健康診断を要さずに加入できる保険であった。そして、この保険の加入手続の際、I及びS税理士が立ち会った。(甲16、17の1、17の2、23の1、23の2)
(4)Kは、平成26年12月31日、身体障害者(3級~6級)に準ずる障害者として、障害者控除対象者認定をされた(甲5)。
2 争点(1)(被告の債務不履行責任の有無)について
(1)原告は、税理士は顧客から交付を受けた書類の範囲内で指導助言・税務申告すれば足りるのではなく、顧客からの事情聴取だけでは事実関係を十分に把握できないときは、調査を尽くすべき義務を負っているとして、Kは左目が不自由で、呼吸器機能障害もあったのだから、被告は、障害者控除対象者認定書の交付や障害者手帳の交付を受けられるようにする義務を負っていた旨を主張する。
  この点、税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする(税理士法1条)ところ、依頼者と締結した税申告の契約の性質は委任契約又は準委任契約と解されるから、善管注意義務を負い(民法644条)、そして、法令の範囲内で依頼者の利益を最大に実現するように考えて業務を遂行すべき義務を負うとともに、上記社会的使命を負っていることから、一般的に要求されるよりも高度の注意義務が要求されるというべきである。具体的には、委任された業務については、依頼者が述べた事実や提示された資料から判明する事実に基づいて業務を遂行すれば足りるものではなく、課税要件等に関係する制度の確認を含む事実関係の究明をすべき義務を負うものと解するのが相当である。
(2)そこで、上記を踏まえて、本件につき検討する。
  まず、Kが慢性閉塞性肺疾患による呼吸器機能障害1級として障害者手帳が交付されたのは平成26年5月27日であり(前記認定事実1(2))、障害者控除対象者認定を受けたのは同年12月31日であるところ(前記認定事実1(4))、これより前に、被告がKは障害者控除対象者認定又は障害者手帳の交付を受けられる状態にあることを認識し得たと認めるべき的確な証拠は存しない。
  これに対し、原告は、被告は長年にわたってKの確定申告を担当していた上に、Kが代表を務めるW有限会社の監査役であったのだから、Kの左目が見えにくい状態であるなど障害を有することを認識できた旨を主張する。しかし、目が見えにくい状態にあることが障害者手帳の交付等につながるとは必ずしもいい難く、原告が主張する事情をもってしても、被告が、Kは障害者控除対象者認定等を受けられる状態にあったことを認識し得たと認めるには足りないといわざるを得ない。
  また、原告は、D生命保険の契約を締結する際に、被告と同じ事務所に所属するS税理士が関わっていた上、被告及びS税理士の進言により、生命保険契約を締結するにあたって支障が生じ得る障害者手帳をKに返還させたとして、被告がKの障害を知っていた旨を主張する。しかし、Kが加入したD生命保険は、健康診断さえ要しない保険である上(前記認定事実1(3))、D生命保険に加入した後に、Kの障害者手帳が返還されている(前記認定事実1(2))のであるから、原告の主張は、その前提を欠き、採用できない。
  そもそも、障害者として認定され得る状態にあることは、その本人にとっては心情的に直ぐには受け入れ難い場合もあることからすれば、被告は、仮にKの健康状態が弱ってきていることを感じていたとしても、医療の専門家ではなく、そして、Kの家族でもない以上、K本人から訴え等がない限り、障害者と評価し得る状態にあることをKに伝え、障害者手帳の交付や障害者控除対象者認定を受けることを勧めるのは容易ではないというべきである。先述のとおり、税理士は課税要件等に関係する制度の確認を含む事実関係の究明をすべき義務を負うものの、課税要件等は税理士が専門とするところではあるが、障害者として認定されるか否かは税理士の専門とするところではなく、税理士としては、顧客が障害者として認定された場合においては、その事実に基づいて、税の専門家としてどのような制度を利用できるかを検討することになるのであり、その前の段階である障害者として認定されるかどうかを判断する義務まで負わないというべきである。
  したがって、被告は、Kが障害者として認定される状態であると認識し得たとは認められない中にあって、障害者として認定されると判断すべき義務まで負っているとはいえないから、本件において、被告に善管注意義務違反は認められない。
(3)以上のとおり、被告に債務不履行責任は認められない。
3 争点(2)(被告の不法行為責任の有無)について
 この点、契約関係を前提としない不法行為の成否の判断においても、税理士には、債務不履行の場合と同様、高度の注意義務が要求されることを前提とした過失の有無の判断が必要というべきある。
 本件において、前記2のとおり、被告に善管注意義務違反は認められず、債務不履行責任が認められないのであるから、被告に不法行為責任があるとは認められない。
4 よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

第4 結論
 以上の次第であるから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第16部
裁判官 藤永かおる

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