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解説記事2023年11月13日 特別解説 我が国の主要な企業の監査報告書において開示された監査上の主要な検討事項(KAM)②(2023年11月13日号・№1003)

特別解説
我が国の主要な企業の監査報告書において開示された監査上の主要な検討事項(KAM)②

はじめに

 前回は、IFRSに基づいて連結財務諸表を作成する日本企業(以下「IFRS任意適用日本企業」という。)のうち主要な100社と我が国の会計基準を適用する主要な日本企業100社について、各社の有価証券報告書の連結財務諸表に対する監査報告書に記載されたKAMの個数やKAMの内容の分類・集計を行い、見られた傾向や全体的な特徴などについて、欧米の主要な企業との比較も交えつつ、分析を行った。
 本稿ではまず、調査対象としたIFRS任意適用日本企業の全社(254社)について、KAMの記載個数や記載項目等についての全般的な分析を行った後、特徴的な個別の記載事例(IFRS任意適用日本企業及び日本の会計基準を適用する主要な日本企業)を見ていくこととしたい。

今回の調査の対象とした企業

 本稿の前段において全般的な調査分析の対象としたのは、2023年3月期までにIFRSを任意に適用して有価証券報告書を作成・提出したIFRS任意適用日本企業254社である。前回の調査分析と同様に、後述するKAMは、IFRS任意適用日本企業の連結財務諸表に対する監査報告書に記載されたもののみを対象にしており、個別財務諸表に対する監査報告書に記載されたKAMは分析の対象とはしていない。また、後段で紹介する日本の会計基準を適用する主要な日本企業は、2023年3月31日時点での日経平均株価時価総額で上位300社に入っている企業の中から選定した100社である。

IFRS任意適用日本企業の監査報告書に記載されたKAMの分析

 IFRS任意適用日本企業の2022年度の監査報告書に記載されていた監査上の主要な検討事項(KAM)について、記載数別に企業を集計すると、表1のとおりとなった。

 調査対象の254社のうち、KAMの数が3個以上であった企業は26社であり、4個の企業が1社あったが、5個以上のKAMが監査報告書に記載された企業はなかった。
 次に、KAMの項目別に、監査報告書に記載された個数が多かった上位5項目を示すと、表2のとおりであった。

 のれんの評価・減損と、有形・無形資産の評価・減損の2項目で全体の6割近くに達し、さらに収益認識及び対応する原価の見積り、引当金、繰延税金資産の回収可能性の判断を合わせた5項目で、全体の82%を占めていた。
 IFRS任意適用日本企業の場合には、我が国の会計基準とは異なり、IFRSの会計処理上非償却とされるのれんや耐用年数を確定できない商標権等(無形資産)の評価や減損など、KAMとして記載される項目がかなり限定され、いわゆる会計上の見積り(見積りの不確実性)が関係する項目に集中している傾向にあった。のれん、無形資産、引当金や繰延税金資産等は、業種や企業の規模を問わず生じる項目であるため、後述する日本の会計基準を適用する主要な日本企業と比較すると、それぞれの企業の事業内容を反映した固有の項目(例えば棚卸資産の評価や収益認識等)が監査報告書にKAMとして言及される事例は相対的に少なかったといえる。

監査報告書に記載されたKAMの事例(IFRS任意適用企業)

 以後は、各社の連結財務諸表に対する監査報告書に記載されたKAMの記載事例のうち、特徴的なものを紹介することとしたい。
 ここ数年は、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)による業績への影響等について言及したKAMが目についたが、2023年3月期は、直接的にCovid-19に言及したKAMはなかった。第〇波と言われるような感染者の拡大は部分的にはまだ見られるものの、マスクの着用が個人の判断とされたことに象徴されるように、基本的に我が国の社会及び企業も、ポストコロナの時代に本格的に移行したのではないかと思われる。
 一方で、昨年2月から始まったロシアによるウクライナへの侵攻は、すぐに終結するとの当初の予想に反して、1年半以上が経過した現在においてもなお、解決の見通しが立っておらず、長期化・泥沼化の様相を呈している。
 この侵攻により、ロシアに対しては、我が国を含む主に西側諸国から様々な経済制裁が課され、ロシアに対する投資やロシア国内における事業活動等が大幅に制限されたことに伴って、我が国の企業がロシア企業に対して有する債権を償却したり、あるいはロシアの拠点から撤退したりするといった動きもたびたび見られるようになってきている。
 本稿では、このような企業の中で、日本板硝子の連結財務諸表に対する監査報告書において開示されたKAMを紹介することとしたい(一部、筆者の判断で社名の変更等を行っている)。

日本板硝子 2023年3月期 会計監査人:EY新日本有限責任監査法人
KAMの標題:ロシア事業に係るジョイント・ベンチャーに対する投資及び金銭債権の評価
(監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由)

 連結財務諸表注記21「持分法で会計処理される投資」及び43「関連当事者との取引」に記載されているとおり、会社は、ロシアで建築用ガラス事業を操業する会社(以下「ロシアJV子会社」)を所有するオランダの持分法適用会社であるA社に対してジョイント・ベンチャー投資及び同社に対する純投資を構成する金銭債権を保有している。当連結会計年度末において、会社は当該投資及び金銭債権について、前連結会計年度末に計上された金額を超える追加の減損損失を認識しておらず、連結貸借対照表上、A社に対する投資2,078百万円及び金銭債権6,005百万円を計上している。
 前連結会計年度末において、会社は、上記の投資及び金銭債権について、ロシア国内の建築用ガラス市場の先行きが不透明であり信頼性のある将来キャッシュ・フローを基に使用価値を評価することができないとして、EBITDAマルチプル法を用いて評価し、減損損失を計上した。
 当連結会計年度末においては、会社はロシア国内の事業の状況及び見通しが前連結会計年度末時点と同程度の水準を維持していることから、A社に対する投資について追加の減損は認識していない。また、当連結会計年度中の持分法による投資利益については、A社のロシアJV子会社からの配当受取に関する制限のため、即時減損している。
 このように、当連結会計年度末におけるロシア事業に係る投資及び金銭債権の評価には、ロシア国内の事業環境や、譲渡取引の法的完了を含む投資の回収可能性の評価について不確実性の高い状況が存在し、回収可能価額の見積りには、前連結会計年度末と同程度の水準であるとの経営者による判断が含まれている。以上より、当監査法人は当該事項を当連結会計年度の監査においても引き続き特に重要であり、監査上の主要な検討事項に該当すると判断した。
 なお、連結財務諸表注記47.重要な後発事象に記載のとおり、当連結会計年度末後にA社はロシアJV子会社の売却について合意し、連結財務諸表承認日時点においてロシア関係当局の承認を受け、当該譲渡取引は法的に完了した。当該譲渡取引の完了により減損損失の戻入益が発生する見込みであり、この利益は2024年3月期第1四半期の連結損益計算書に反映される見込みである。
(監査上の対応)
 当監査法人は、会社がロシアで事業を操業する会社を所有するジョイント・ベンチャーであるA社に対する投資及び金銭債権について、投資の減損の戻入れ、または持分法による投資利益の減損以外に追加の減損を認識する必要性がないとする会社の評価について検討するため、主として以下の監査手続を実施した。
・回収可能価額の評価におけるEBITDAの見積りに用いられたシナリオについて、ロシア事業の内容及び市場環境を含め、前連結会計年度末から重要な状況変化がないか経営者に質問するとともに、連結会計年度末日以降に開催されたロシアJV子会社の直近の経営会議資料、同社の今後12か月の予算を入手し、当該シナリオとの整合性を確かめた。
・ロシアJV子会社の売却契約の状況や当該譲渡取引の完了に必要な法的承認の状況、投資の回収可能性の評価について経営者に質問した。また、売却に係る契約書を入手・査閲し、回収可能価額を見直すべき事象が生じていないか検討した。
・当連結会計年度末時点におけるロシアJV子会社からの配当、同社の売却に関連する法的制約の有無やその実行可能性の評価について経営者に質問し、法律専門家への照会結果等の関連資料を入手し査閲するとともに、利用可能な外部情報と照らして検討した。
・経営者の見積りプロセスの有効性を評価するため、前連結会計年度におけるEBITDAの見積りに用いられたシナリオについて、その後の実績を比較した。
・当連結会計年度末における将来の不確実性に関する注記及びその後発生した後発事象注記における開示について検討した。

 ロシアとウクライナとの間の紛争が早期に沈静化し、両国における経済活動が正常化されることにより、我が国の企業がロシアやウクライナで安心して操業できるような状況がまた訪れることを切に望みたい。新型コロナウイルス感染症に関する影響に言及したKAMと同様に、ロシア・ウクライナ情勢に言及するKAMも、遠からず自然に消滅することを願ってやまない。
 コニカミノルタは、2023年3月期連結会計年度において、IFRS任意適用日本企業で最大の1,090億5,500万円ののれんの減損損失を計上した。その影響もあって、2023年3月期の連結財務諸表に対する監査上の主要な検討事項(KAM)として、会計監査人である有限責任あずさ監査法人は4項目(下記参照)言及しているが、これらはすべて資金生成単位の評価に関連するものであった。なお、コニカミノルタ社の監査報告書に記載されたKAMの4件という件数は、今回調査の対象としたIFRS任意適用日本企業の中で最も多かった。

① プレシジョンメディシン分野に係る資金生成単位グループの評価
② MOBITIX AG及びその子会社により構成される資金生成単位グループの評価
③ 画像IoTソリューション分野に係る資金生成単位グループの評価
④ Radiant社を買収した際に発生したのれんを含む資金生成単位の評価

 また、RIZAPグループ及びそのグループ企業である夢展望は(いずれもIFRSを任意適用する上場企業である。)、経営再建中である現状を反映して、連結財務諸表に対するKAMとして、両社の会計監査人である太陽有限責任監査法人は、「継続企業の前提に関する不確実性の検討」について言及している。また、RIZAPグループについては、それに加えて、「決算・財務報告プロセスに係る内部統制の重要な不備に関する改善状況の評価」もKAMとして取り上げられていた。
 RIZAPグループは、2022年9月に発表した中期経営計画に基づき、chocoZAP事業への戦略的投資を加速しており、chocoZAP事業の新規出店数の増加及び会員募集のための広告・販促投資の強化を行っている。これらにともない、営業活動によるキャッシュ・フローが大幅な支出超過になるとともに、金融機関からの借入金が財務制限条項に抵触する事態となった。これを受けて会計監査人は、chocoZAP事業に係る事業計画、及び当該事業計画を踏まえた資金繰り計画の合理性を評価するために様々な監査手続を実施していた。
 とりわけ、銀行以外の金融機関やグループ会社からの資金調達の実行可能性に関する予測を検討するための以下の手続は、積極的な買収を通じて多くのグループ会社を傘下に有するRIZAPグループならではであろう。

・会社とグループ会社間での資金融通に関する予測のうち、上場企業である連結子会社からの重要な借入れに関しては、担保提供の有無及び当該連結子会社における決議状況等の把握を通じて、重要な借入れの返済時期及び返済方法に関する予測の合理性を評価した。
・会社とグループ会社間での資金融通に関する予測のうち、非上場企業である連結子会社からの重要な借入れに関しては、当該連結子会社の現金及び現金同等物の期末残高、及び直近の損益状況を勘案し、当該連結子会社が会社に対して貸付を行ったとしても事業運営に支障がない資金余力を有しているかどうかを検討した。
・上記以外に、会社が資金繰り表に織り込んでいる重要な項目に関しては、前提条件について財務担当取締役等に質問を実施するとともに、関連資料等の閲覧を通じて、その実行可能性を評価した。
・会社が資金繰り計画に織り込んでいるものの、実行に不確実性があると認められた項目については、当監査法人が独自にその影響を会社の資金繰り計画に反映させることにより、会社の資金繰り計画の実行可能性を批判的に検討した。

監査報告書に記載されたKAMの事例(日本の会計基準を適用する日本企業)

 企業の規模や業種を問わず、有形固定資産やのれんを含む無形資産の減損(判定の妥当性や計上額の妥当性等)などの汎用的な項目に集中しているIFRS任意適用日本企業のKAMに比べると、日本の会計基準を適用する主要な日本企業のKAMについては、収益認識や棚卸資産の評価等、当該企業の個別的な事情を反映したものが相対的に多かった。
 今回調査の対象とした日本の会計基準を適用する主要な日本企業100社の中で、連結財務諸表に対する監査報告書に記載されたKAMが最も多かったのは第一生命であり、KAMの件数は下記の5件であった(会計監査人は有限責任あずさ監査法人)。

・海外子会社で計上されているのれんの減損損失の計上の要否に関する判断の妥当性
・海外子会社で計上されている保有契約価値の償却又は損失の計上に関する判断の妥当性
・責任準備金の積立ての十分性に関する判断の妥当性
・繰延税金資産の回収可能性に関する判断の妥当性
・Partners Group Holdings Limited及びアイペットホールディングス株式会社の子会社化に伴い計上した保有契約価値の企業結合日時点における時価評価

 なお、地球温暖化等の気候変動やサスティナビリティ(持続可能な成長)等について、KAMの標題となるなど、直接言及されていた企業は、IFRS任意適用日本企業、日本の会計基準を適用する主要な日本企業のいずれにおいてもなかった。
 中部電力の監査報告書(会計監査人:有限責任あずさ監査法人)の「原子力発電事業の固定資産の評価」の「監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由」において、以下のように若干触れられていた程度であった。

 原子力発電事業については、2023年2月の「GX実現に向けた基本方針」において、『原子力は、安定供給とカーボンニュートラルの両立の実現に向け、エネルギー基本計画に定められている2030年度電源構成に占める原子力比率20~22%の確実な達成に向けて、いかなる事情より安全性を優先し、原子力規制委員会による安全審査に合格し、かつ、地元の理解を得た原子炉の再稼働を進める。』とされている。また、中部電力株式会社は、『中部電力グループ中期経営計画』において、『浜岡原子力発電所の再稼働に向けた取り組み』を重点取組の一つとして掲げ、原子力規制委員会による新規制基準を踏まえた安全性向上対策を着実に進めるとともに、適合性確認審査を早期に受けるため社内体制を強化し確実な審査対応に努めている。さらに、「ゼロエミチャレンジ2050」において、2050年の脱炭素社会の実現に向け、再生可能エネルギーや原子力による非化石エネルギーを最大限活用することなどにより、電気の脱炭素化に取り組んでいる。

 欧米の企業でも同様の傾向が見られるが、気候変動関連の開示は、石油・ガスなどの資源系の会社や電力会社等のインフラを扱う企業で手厚く、KAMとして取り上げられることも多い。

終わりに

 3年ほど続いた新型コロナウイルス感染症(Covid-19)によるロックダウン等の影響もほぼなくなり、ロシアやウクライナ等一部の地域を除いては、通常の経済活動や日常生活が戻ってきていると思われる。それに伴って、企業の経営者マインドも、これまでの守りを重視した姿勢から攻めの姿勢に転じ、全世界的にも、我が国の企業においても、企業買収や事業再編等が積極化している流れが見て取れる。
 しかし一方で、ここ数年の不況から脱し切れていない企業やポストコロナのライフスタイルに追いつけていない企業等も少なくなく、明暗がくっきり分かれた形となっている。
 IFRS第17号「保険契約」の適用開始により、新たな会計基準の適用の波は一区切りしたものの、今度はサスティナビリティや気候変動といった新たな分野の開示やそれらの情報に対する保証の付与が注目を浴び始めている。ここのところ、収益認識の基準の明確化や、これまではオフバランスとなっていたオペレーティングリース資産のオンバランス化、KAMの開示などにより、会計・監査の分野の透明性は大幅に向上したと思われるが、暗号資産を含む無形資産に代表されるような、財務諸表に十分に実態が反映されていない分野もまだ多く残されている。
 我が国においてKAMが導入されてから4年目に入ったが、ボイラープレート(画一化)を防ぎながらいかに有効に制度を運用していくか、会計監査人だけでなく、投資家や作成者側からも知恵やニーズを出し合っていく必要があると思われる。

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