カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2023年11月13日 未公開判決事例紹介 監査法人社員の脱退時における持分割合の算定方法(2023年11月13日号・№1003)

未公開判決事例紹介
監査法人社員の脱退時における持分割合の算定方法
既脱退社員の損益で分配未了分は損益に加算せず

 本誌1000号4頁で紹介した持分払戻請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇無限責任監査法人(被告)の社員であった原告が同監査法人から脱退した際の持分の払戻しの金額が争われた事件。東京地方裁判所(笹本哲朗裁判長)は令和5年3月30日、脱退時持分割合の算定方法を明らかにし、原告の請求を一部認容した(令和元年(ワ)第27152号)。具体的には、「脱退時の全社員の出資金額+脱退時の全社員に属する損益の額」を分母とし、「脱退時の脱退社員の出資金額+脱退時の脱退社員に属する損益の額」を分子とする比率によることと解するのが相当であるとし、既脱退社員に属する損益で分配未了が存在する場合の当該損益は、これを脱退社員に帰属する損益に加算すべきではないとしている。

主  文

1 被告は、原告に対し、162万2731円及びこれに対する令和元年10月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを6分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、990万8942円及びこれに対する令和元年10月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 原告は、無限責任監査法人である被告の社員であったが、令和元年5月8日、被告を脱退した。
 本件は、原告が、被告に対し、公認会計士法34条の22第1項において準用する会社法611条1項本文に基づき、持分の払戻し(既払払戻額500万円を除く。)として990万8942円及びこれに対する令和元年10月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分(平成29年法律第45号による改正前の商法514条所定のもの。以下同じ。)の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠〔書証は、特に断らない限り、枝番号のものを含む。以下同じ。〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)ア 被告は、昭和46年に設立された、財務書類の監査又は証明の業務等を目的とする無限責任監査法人(公認会計士法1条の3第5項)である(甲1)。
 イ 原告は、平成3年に登録を受けた公認会計士であり、平成10年に被告の社員となった。原告は、平成15年から平成28年までの間、被告の代表社員であり、平成17年から平成24年までの間、その理事であった。原告は、令和元年5月8日、被告を脱退した。(甲2、乙15、16、弁論の全趣旨)
   平成21年3月31日以降原告が被告を脱退するまでの間において、原告の被告に対する出資金額は、500万円であった(乙51、弁論の全趣旨)。
(2)被告は、令和元年6月24日、社員会を開催し、原告からの出資金及び持分の払戻請求について、出資金の払戻しのみ行う旨が総社員の賛成により承認された(乙27)。
  また、上記社員会において、脱退社員へ払い戻すべき出資持分について、当該社員の出資金額とする旨の定款変更がされた(乙27、弁論の全趣旨)。
(3)原告は、令和元年5月から6月にかけて、被告に対し、脱退に伴う持分の払戻しを求めていた。そして、被告は、原告に対し、同月25日、脱退に伴う持分の払戻しとして原告が出資した金額のみ払い戻すことを決議した旨伝えた上、同年7月10日、出資金額と同額である500万円を支払った。(甲3、弁論の全趣旨)
(4)原告は、令和元年10月8日、本件訴えを提起し、その訴状は、同月18日、被告に送達された(顕著な事実)。
(5)被告において、これまでに脱退した社員に対して、出資額を超えた払戻しがされたことはなかった(乙29、52、弁論、の全趣旨)。
(6)平成10年以降の各期の被告における原告及び全社員の出資金額、原告の出資金額の割合、利益剰余金額、原告に帰属する損益の額について、①平成30年6月30日を基準日として算定したもの、②令和元年6月の決算期について原告の在籍日数に応じて日割計算をすることにより、原告の脱退日である令和元年5月8日を基準日として算定したもの、③令和元年6月30日を基準日として算定したものは、それぞれ別紙1ないし3のとおりである(弁論の全趣旨)。
2 争点
 本件の争点は、①脱退時財産額の評価(繰延税金資産の計上の要否を含む。)、②脱退時持分割合の算定方法、③本件における具体的な脱退時財産額及び脱退時持分割合、④持分払戻額を出資金額の限度とする事情の有無、⑤持分払戻請求権に付すべき遅延損害金の利率である。
 会社法611条1項本文に基づく持分の払戻しの額については、原則として、脱退時財産額(脱退時における監査法人の財産の価額)に脱退時持分割合(脱退時における脱退社員の持分割合)を乗ずることにより算出すべきことは当事者間に争いがないところ、その場合における具体的な払戻額の算出方法等に関し、上記①ないし③の点が争われている。
 また、被告は、本件においては、上記算定方法によるべきではない事情があるとして、持分払戻額を出資金額とする旨の社員間合意の存在を主張し、また、出資金額を超える持分払戻請求が信義則に反し権利濫用であるとも主張しており、上記④が争われている。
3 争点に関する当事者の主張
(1)脱退時財産額の評価(繰延税金資産の計上の要否を含む。)(争点①)
(原告の主張)

 社員の脱退に伴う持分の払戻しにおいて、法人の財産については、いわゆる帳簿価額によるものではなく、事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額でとらえる必要がある。したがって、脱退時財産額については、DCF方式を加味した価格又は時価純資産を参照すべきであり、後者については、社員脱退時の法人の純資産の時価評価を適切にとらえる必要がある。
 本件において被告の脱退時財産は税効果会計を踏まえて評価すべきであるから、その純資産の時価評価としては、繰延税金資産を加味して簿価純資産を修正した価額とすべきである。
(被告の主張)
 本件における脱退時財産額の評価については、DCF方式は採ることは適切ではなく、また、純資産法を採る場合には、税効果会計を踏まえて評価すべきとの原告の主張を争う。
 税効果会計は、上場会社等以外の企業において、強制適用されておらず、被告において採用している事実もない。本件において被告における脱退時財産額の時価評価としては、簿価純資産と同額であり、これに税効果会計を仮定的に適用して繰延税金資産を考慮すべきではない。
(2)脱退時持分割合の算定方法(争点②)
(原告の主張)

ア 主位的主張
 脱退時持分割合は、脱退する社員(以下「脱退社員」という。)の脱退時における全社員の出資金額の合計額のうち、脱退社員の出資金額が占める比率(以下「出資金比率」という。)によるべきである。
イ 予備的主張
 脱退時持分割合は、「脱退時の全社員の出資金額+脱退時の全社員に属する損益の額」を分母とし、「脱退時の脱退社員の出資金額+脱退時の脱退社員に属する損益の額」を分子とする比率(以下「出資・帰属損益比率」という。)によるべきである。
ウ 既脱退社員の扱いについて
 脱退時持分割合を出資・帰属損益比率による場合(上記イ)、既脱退社員に属していた損益を考慮する必要がある。
(被告の主張)
ア 出資金比率について
 脱退時持分割合を出資金比率により算定する場合、加入後直ちに脱退する社員を仮定すると、持分を超える額の貢献がないにもかかわらず高額の払戻しをする必要が生ずる場合があり、合理性を欠く。したがって、出資金比率によることはできない。
イ 出資・帰属損益比率について
 脱退時持分割合を出資・帰属損益比率により算定することは、一般論としては争わない。
ウ 既脱退社員の扱いについて
 既脱退社員に属していた損益については、被告と既脱退社員との間で解決すべき問題であり、原告に払い戻すべき持分の額には影響しない。
(3)本件における具体的な脱退時財産額及び脱退時持分割合(争点③)
(原告の主張)

 原告は、令和元年5月8日に脱退したから、脱退時財産額及び脱退時持分割合を算定する際には同日時点を基準とすべきであり、同日時点の数値が算出できない場合には、同年6月期の末日である同月30日時点における財産額等を近似値として認定すべきである。
 なお、財産額等は日割りで増減額される性質のものではなく、被告が主張する日割計算は採用すべきではない。
(被告の主張)
 原告は、令和元年5月8日に脱退したが、同年度(令和元年6月期)は被告に貢献も寄与もしていないため、平成30年6月期の末日である同月30日時点における財産額等を基準にすべきである。その場合の原告に対する損益分配額は、別紙1のとおり、マイナス352万7747円である。
 仮に、原告について、令和元年6月期の貢献を考慮するとしても、それは脱退時までに限られるため、損益分配額は同期における原告の在籍日数に応じた日割計算により算定すべきである。その場合の原告に対する損益分配額は、別紙2のとおり、87万4853円である。
 なお、令和元年6月30日時点における財産額を基準にした場合の原告に対する損益分配額は、別紙3のとおり、162万2731円である。
(4)持分払戻額を出資金額の限度とする事情の有無(争点④)
(被告の主張)

ア 持分払戻しについて出資金額とする旨の社員間合意の存在
 これまでに被告を脱退した社員に対する持分の払戻しの額が出資金額であったこと(前提事実(5))、被告における脱退時の持分払戻方法は社員退職金規則の制定改廃と報酬基準の制定を通して社員間で合意され継承されてきたこと、被告の利益は社員退職金規則の制定改廃と新報酬基準により社員の貢献に応じて報酬として還元されており損益の分配の対象となっていなかったことなどの事情に照らすと、被告の社員間において、脱退時の持分払戻しについて出資金額とする旨の合意があったものといえる。
イ 原告の請求は信義則に反し権利の濫用であること
 出資金額をもって脱退時の持分払戻しを行うことが原被告間の持分取引における合理的意思解釈であること、原告は自ら被告の理事として脱退社員に対する出資額での持分払戻しを承認してきたこと、原告の請求は入社時における出資方法や被告に対する貢献の程度を無視しており、実質的には原告の貢献により生じたとは認められない持分超過額の払戻しを請求するものであることなどの事情に照らすと、原告が、脱退に伴う持分の払戻しとして出資金額の払戻しを受けながら、被告に対しこれを超える金額を請求することは、信義則に反し権利の濫用として許されないものというべきである。
(原告の主張)
 否認ないし争う。
(5)持分払戻請求権に付すべき遅延損害金の利率(争点⑤)
(原告の主張)

 被告は監査法人であるところ、監査法人が行う業務は営利を目的とするものであるため、被告は「商人」である。そうすると、脱退に伴う持分払戻請求は、附属的商行為に当たり、商事債権として扱われるべきである。したがって、持分払戻請求権に付すべき遅延損害金の利率は商事法定利率の年6分である。
(被告の主張)
 争う。
 監査法人の業務は、公益的な観点から行われるものである。また、被告における社員の持分は、入社時に被告の時価純資産と関係なく定額をもって出資され、脱退時には出資金額をもって持分の払戻しが行われていた。さらに、被告においては、社員に対する配当は想定されておらず、実際に配当を実施したことはない。
 したがって、被告は営利を目的とする法人とは評価できず、本件において持分払戻請求権に付すべき遅延損害金を算定するに当たり商事法定利率は適用されない。

第3 当裁判所の判断
1 脱退時財産額の評価(繰延税金資産の計上の要否を含む。)(争点①)

(1)監査法人の社員が法人から脱退した場合における払戻持分の計算の基礎となる法人財産の価額(脱退時財産額)の評価は、監査法人としての事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を標準とすべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第551号同年12月11日第一小法廷判決・民集23巻12号2447頁参照)。そして、そのための評価方法として、時価純資産法(修正簿価純資産法)を採ることには相当性があると考えられる。
  これを本件についてみると、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、被告の資産の中で、時価評価として帳簿価額を修正しなければならないものがあるとはうかがわれず(後記(2)の税効果会計の観点からの繰延税金資産の計上の要否は別論である。)、原告の脱退時における被告の簿価純資産額が、時価純資産額と異なるとか、被告の監査法人としての事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を標準とした額と異なるとは認められない。そうすると、本件においては、原告の脱退時における簿価純資産額を原告の持分払戻額の計算の基礎とすることが相当である。
(2)ところで、原告は、本件における脱退時財産額の評価について、単なる簿価純資産額ではなく、税効果会計を適用(被告の帳簿上反映されていない税金の前払い的性質を持つ含み益として繰延税金資産を計上)した上で行うべきであると主張する。
  しかしながら、弁論の全趣旨によれば、監査法人である被告において、被告自身についての計算書類の作成に当たり、税効果会計は適用されておらず、それは、被告の将来の課税所得の見積もりが困難であり、それを前提とした繰延税金資産の計上が適切ではないと判断されたためであったことが認められ、その判断が不合理であるとはいい難い。さらに、繰延税金資産は、当該法人が破綻した場合などには価値を有しないためそれ自体を譲渡することはできず換金性がないという性質を有するものである。このように、被告において税効果会計が適用されておらず、これが不合理とはいい難いこと及び繰延税金資産の性質等に照らせば、原告のその余の主張を踏まえても、繰延税金資産の計上を前提にした被告の財産の価額の評価が、監査法人としての事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を標準とした評価として適切なものということはできない。
2 脱退時持分割合の算定方法(争点②)
(1)公認会計士法は、①社員は、監査法人に対し、利益の配当を請求することができるとする一方で、監査法人は、利益の配当を請求する方法その他の利益の配当に関する事項を定款で定めることができ、損益分配の割合について定款の定めがないときは、その割合は、各社員の出資の価額に応じて定める旨を規定している(同法34条の22第1項、会社法621条1項、2項、622条1項)。そして、公認会計士法は、②各社員は、やむを得ない事由があるときは、いつでも脱退することができる旨規定した上(同法34条の22第1項、会社法606条3項)、脱退した社員は、その出資の種類を問わず、その持分の払戻しを受けることができ、脱退した社員と監査法人との間の計算は、脱退の時における監査法人の財産の状況に従ってしなければならず、脱退した社員の持分は、その出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができる旨を規定している(公認会計士法34条の22第1項、会社法611条1項ないし3項)。また、公認会計士法は、③社員は、監査法人に対し、既に出資として払込み又は給付をした金銭等の払戻し(出資の払戻し)を請求することができるとする一方で、監査法人は、出資の払戻しを請求する方法その他の出資の払戻しに関する事項を定款で定めることができる旨を規定している(同法34条の22第1項、会社法624条1項、2項)。さらに、公認会計士法は、④清算監査法人は、原則として、当該清算監査法人の債務を弁済した後でなければ、その財産を社員に分配することができず、残余財産の分配の割合について定款の定めがないときは、その割合は、各社員の出資の価額に応じて定める旨を規定している(同法34条の22第2項、会社法664条、666条)。
  監査法人の損益分配(上記①)については、定款に別段の定めがない限り、損益の各社員への分配(計算上の割振り)として、計算書類が作成されて事業年度の損益が明らかになるごとに、各社員の出資金額に応じた割合で当然にされるものであり、損益の分配自体のために、法人の機関の行為等を要するものではないと解される。また、社員の監査法人に対する利益配当請求権は、このような監査法人の損益分配の仕組みを踏まえて、定款の定めるところに従い、これを行使することが認められているが、社員の監査法人に対する出資の払戻請求権(上記③)とともに、当該社員が監査法人の社員である間、すなわち監査法人を脱退する前に行使されることが予定されているものと解される。
  そうすると、公認会計士法は、脱退に伴う持分の払戻し(上記②)について、脱退社員と監査法人との間の財産関係の清算という観点から、監査法人の純財産額に占める脱退社員の有する出資による分け前(過去に履行した出資の価額や自己に属している利益)の払戻しを想定しているものと解される。
(2)ア 上記(1)で説示したような公認会計士法の規定の文言や趣旨等、特に、同法が、脱退に伴う持分の払戻しについて、脱退社員と監査法人との間の財産関係の清算という観点から、監査法人の純財産に占める脱退社員の有する出資による分け前(過去に履行した出資の価額及び当該脱退社員に属する損益)の払戻しを想定していることに鑑みれば、脱退時持分割合については、当該脱退社員が脱退するよりも前に脱退した社員(以下「既脱退社員」という。)に属する損益で分配未了のものが存在しない前提では(存在する場合については後記イで述べる。)、監査法人の社員の出資金額及び社員に属する損益を基礎とした持分割合、すなわち、「脱退時の全社員の出資金額+脱退時の全社員に属する損益の額」を分母とし、「脱退時の脱退社員の出資金額+脱退時の脱退社員に属する損益の額」を分子とする比率(出資・帰属損益比率)によることとし、上記「脱退社員に属する損益の額」は、社員であった期間中の期ごとに、「当期純損益×当期末での(脱退社員の出資金額/全社員の出資金額(資本金))」との計算式により算定した帰属損益の合計額から、脱退社員の利益配当請求による払戻額を控除した金額と解するのが相当である。
 イ そして、既脱退社員に属する損益で分配未了のものが存在する場合、当該損益については、なお当該既脱退社員に対して払戻し等がされる可能性も残っているため、これを脱退社員に帰属する損益に加算すべきものではない。そこで、このような場合には、脱退時持分割合については、監査法人の社員の出資金額及び社員に属する損益(既脱退社員に属する損益で分配未了のものを含む。)を基礎とした持分割合、すなわち、「脱退時の全社員の出資金額+脱退時の全社員に属する損益の額(既脱退社員に属する損益で分配未了のものの額を含む。)」を分母とし、「脱退時の脱退社員の出資金額+脱退時の脱退社員に属する損益の額」を分子とする比率(出資・帰属損益比率(既脱退社員帰属損益考慮))によることとし、上記「脱退社員に属する損益の額」は、前記アと同様に算定することが相当である。
 ウ なお、既脱退社員に属する損益で分配未了のものが存在する場合において、脱退社員の持分の払戻しの額を算定する方法としては、❶脱退時財産額から既脱退社員に分配されるべき財産額を控除したものに、❷脱退社員の脱退時に監査法人に現存する社員の出資金額及び同社員に属する損益を基礎とした持分割合(既脱退社員に属する損益で分配未了のものは算定の基礎としない。)、すなわち、「脱退時の全社員の出資金額+脱退時の全社員に属する損益の額」を分母とし、「脱退時の脱退社員の出資金額+脱退時の脱退社員に属する損益の額」を分子とする比率を乗ずる方法でも、合理的な結論を導くことが可能であるとも考えられる。
   しかしながら、上記方法では、上記❶の算定において、脱退社員の脱退時までに脱退した既脱退社員全てに分配されるべき財産額の和を算出する必要があるが、それには、既脱退社員の各脱退時における監査法人の財産額(当該時点における、監査法人としての事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を標準とした額)を計算する必要があるところ、既脱退社員が多数に上る場合など、そのような計算を行うことがおよそ現実的ではない場合が容易に想定され、そのような計算方法を採ることを法が予定しているとはいい難い。また、仮にこの計算をせずに脱退時財産額を考えた場合には、既脱退社員に属する損益についても脱退社員に分配することになり、合理性を欠く。したがって、上記方法を採用することは相当ではない。
(3)ア これに対し、原告は、脱退時持分割合について、出資金比率によるべきであると主張する(主位的主張)。
   しかしながら、脱退に伴う持分の払戻しについて、公認会計士法は、その計算を脱退「の時における監査法人の財産の状況に従って」すべきものと規定しているのみで(同法34条の22第1項、会社法611条2項)、損益の分配や残余財産の分配の場合と異なり、その割合を出資の価額に応じて定める旨の規定は存しないから、法文上当然に脱退時持分割合を出資金比率と解すべきこととなるとはいえない。
   むしろ、前記(1)で説示したとおり、公認会計士法は、脱退に伴う持分の払戻しについて、脱退社員と監査法人との間の財産関係の清算という観点から、監査法人の純財産に占める脱退社員の有する出資による分け前(過去に履行した出資の価額及び当該脱退社員に属する損益)の払戻しを想定していると解されるところ、持分払戻額の計算に係る脱退時持分割合を出資金比率とした場合、監査法人の財産の状況によっては、脱退社員が過去に履行した出資の価額及び当該脱退社員に属する損益に相当する財産が払い戻されない事態が生ずることがあり得る。すなわち、監査法人の純資産は、各社員の出資金額及び事業年度ごとに各社員に分配され蓄積した損益の額の合計額となるところ、例えば、各社員の利益配当請求権の行使状況が異なる場合や入社時期が異なる社員が併存する場合等には、純資産において各社員に属する損益の割合は出資金比率と異なることになるから、そのような財産状況において、持分の払戻しの計算を出資金比率によることとすれば、脱退社員以外に属する利益に相当する財産が払い戻されたり、脱退社員に属する利益に相当する財産が払い戻されなかったりするという不合理な事態が生ずる。
   したがって、脱退時持分割合を一律に出資金比率とすることは、公認会計士法の趣旨に沿わず、相当ではないため、原告の上記主張は採用することができない。
 イ また、原告は、脱退時持分割合を出資・帰属損益比率により考える場合(予備的主張)であっても、既脱退社員に属する損益を考慮すべきであり、その方法として、①既脱退社員に属する損益を当該既脱退社員の脱退時点又は支払債務がないことが確認された段階で他の社員に利益分配されたとして計算する方法(方法①)、②脱退社員の脱退時に現存する全社員の出資金額の合計に当該全社員に属する損益の額の和を加えて脱退時持分割合算定時の分母として計算する(すなわち、既脱退社員に属する損益は除く)方法(方法②)を主張する。
   しかしながら、方法①については、本件において、既脱退社員に属する損益が他の社員に分配されたことや、既脱退社員に対する持分払戻債務がないことが確認されたことを認めるに足りる証拠はない。それにもかかわらず、既脱退社員に属する損益がその脱退時点又は支払債務がないことが確認された時点で他の社員に分配されたとみるのは不合理であり、方法①は採用することができない。
   方法②については、脱退社員の脱退時に現存する全社員について帰属損益を算定する必要があり、社員が多数の場合などにその計算をすることは容易でなく、現実的ではない。また、仮に脱退時持分割合の算定において分母から既脱退社員の帰属損益を控除するのであれば、脱退時財産額から既脱退社員に分配されるべき財産額(監査法人の既脱退社員に対する債務の額)を控除することを前提に算定しなければ公平性を欠く(原告の主張する方法②自体は、脱退時持分割合の分母について前者の控除により小さくする一方、脱退時財産額について後者の控除をしないというのであり、公平性を欠く)というべきである。しかるに、既脱退社員に分配されるべき財産額を計算することがおよそ現実的ではなく法が予定するものとはいえないことは前記(2)ウのとおりである。したがって、方法②についても、採用することができない。
3 本件における具体的な脱退時財産額及び脱退時持分割合(争点③)
(1)社員の脱退に伴う持分の払戻しの基準時は、脱退時であるから、持分払戻しの算定において用いる脱退時財産額及び脱退時持分割合も、原告の脱退時のものであると解すべきである。
  もっとも、本件においては、原告が被告を脱退したのは令和元年5月8日であるところ(前提事実(1))、同日時点における被告の脱退時財産額や脱退時持分割合の前提となる計算書類は作成されていないため、本件の証拠関係に基づく認定の上では、同日に近接する同年6月30日時点における令和元年6月期の計算書類を原告脱退時における脱退時財産額や脱退時持分割合を算定する際の基礎とすることが最も適切である。
  これに対し、被告は、平成30年6月の決算期における計算書類を基礎として算定すべき旨を主張するが、当該計算書類は原告脱退時から1年近くも前のものであって、その間にも原告が出資金を拠出したままであったことを反映しておらず、原告が被告を脱退した令和元年5月8日時点を基準とする持分払戻額を算定する上で、当該計算書類を基礎とすることが同年6月30日時点の計算書類を基礎とするより適切なものとはいい難いから、被告の上記主張は採用することができない。
  また、被告は、原告に帰属する平成30年6月から原告脱退時までの損益分配額について、令和元年6月期における原告の在籍日数に応じた日割計算により算定すべきとも主張するが、被告の損益の額及び原告への損益分配額が線形的・均一的に増減するわけではない以上、1年間の損益分配額の増減額を単純に日割計算することが適切な算定方法であるとはいい難いから、被告の上記主張は採用することができない。
(2)そこで、令和元年6月30日における計算書類を基礎として(別紙3参照)、原告の持分の払戻し額を計算する。
  証拠(乙34の12)及び弁論の全趣旨によれば、①被告の財産額(脱退時財産額)は8億7350万4806円であること、②原告の脱退時における全社員の出資金額は3億4600万円であり、全社員に属する損益の額(既脱退社員に属する損益で分配未了のものの額を含む。)は5億2750万4806円であること、③原告の脱退時における出資金額は500万円であり、原告に属する損益の額は162万2731円であることが認められる。
  上記事実を基に前記2(2)イに従って計算すると、脱退時持分割合は、662万2731/8億7350万4806(=(脱退時の脱退社員の出資金額500万円+脱退時の脱退社員に属する損益の額162万2731円)/(脱退時の全社員の出資金額3億4600万円+脱退時の全社員に属する損益の額〔既脱退社員に属する損益で分配未了のものの額を含む。〕5億2750万4806円))となる。
  そうすると、原告に対する持分の払戻しの額は、662万2731円(=脱退時財産額8億7350万4806円×脱退時持分割合662万2731/8億7350万4806)となるところ、被告は、前提事実(3)のとおり原告に持分払戻しとして既に500万円を支払っているから、被告が原告に対し支払うべき額は、162万2731円となる。
4 持分払戻額を出資金額の限度とする事情の有無(争点④)
(1)被告は、被告における過去の持分の払戻し状況や社員退職金規則の制定改廃や報酬基準の制定、被告の利益がそれらにより社員の貢献に応じて報酬として還元されてきたことなどを指摘して、持分払戻しについて出資金額とする旨の合意が被告の社員間にあった旨主張する。
  しかしながら、被告において、脱退に伴う持分の払戻しに関し、被告の定款には定められておらず、また、上記合意が明示的にされたことを裏付ける証拠はない。
  確かに、被告において、これまでに脱退した社員に対して、出資額を超えた払戻しがされたことはなかったが(前提事実(5))、脱退社員が、持分の払戻しとして出資金額を超える金員の支払を求めなかった理由には様々なものが考えられるのであって、法律上求めることができる額の金員の支払を求めなかったことが、直ちに持分払戻しについて出資金額とする旨の合意の存在を積極的に裏付けるとはいい難いから、上記のとおりの過去の持分の払戻し状況から上記合意の存在を推認することはできず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
(2)被告は、出資金額を超える原告の請求が信義則に反し権利の濫用として許されない旨を主張する。
  しかしながら、出資金額をもって脱退時の持分払戻しを行うことが原被告間の持分取引における合理的意思解釈であるとの指摘は、上記(1)のとおり、原被告間の合意が認められない以上、前提を欠くものである。また、原告は被告の理事として脱退社員に対する出資額での持分払戻しを承認してきたとの被告の指摘は、過去に出資金額を超えて持分の払戻しが請求されたといった事情も見当たらないことに照らすと、これをもって信義則に反し権利の濫用に当たると評価するには足りない。さらに、原告の請求は入社時における出資方法や被告に対する貢献の程度を無視しており、実質的に原告の貢献により生じたと認められない持分超過額の払戻しを請求するものであるとの被告の指摘は、監査法人における損益の分配や脱退に伴う持分の払戻しが社員の地位(出資を払い込んだこと)自体に基づき法律上当然にされるものであることに照らせば、これを採用することができない。ほかに被告の主張を踏まえて検討しても、原告の上記請求が信義則に反し、又は権利の濫用であると評価するに足りる事情は見当たらない。
(3)以上によれば、原告の持分の払戻しに係る額を出資金額の限度とする事情があったとは認められない。
5 持分払戻請求権に付すべき遅延損害金の利率(争点⑤)
(1)監査法人は、他人の求めに応じ報酬を得て、財務書類の監査又は証明をする業務を組織的に行うことを目的として、公認会計士法に基づき設立された法人である(同法1条の3第3項、2条1項)。監査法人が行う財務書類の監査に関する業務は、請負の性質を有すると解される監査報告書の提出を主要な目的の一つとしている。そして、監査法人の行う業務は営利を目的とするものというべきであるから、監査法人は商法上の商人に該当すると解するのが相当である(商法4条1項、502条5号参照)。公認会計士が、監査及び会計の専門家として、独立した立場において、財務書類その他の財務に関する情報の信頼性を確保することにより、会社等の公正な事業活動、投資者及び債権者の保護等を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与することを使命としていること(公認会計士法1条)や、監査法人の上記業務には非営利的な側面を有するものもあることは、上記解釈を妨げるものではない。
  そして、監査法人が社員から出資を受ける行為は、監査法人がその事業を営むためにする行為であり、附属的商行為(商法503条)に該当するといえる。
  したがって、上記行為により生じた社員の監査法人に対する持分払戻請求権に付すべき遅延損害金の利率は、商事法定利率年6分であると解すべきである。このように解することは、公認会計士法34条の22第1項、会社法611条6項(平成29年法律第45号による改正前のもの)が、社員が除名により脱退した場合における脱退に伴う持分の払戻しに関し、「年6分の利率により算定した利息をも支払わなければならない」旨規定していたこと(同項の趣旨は、その起算点を除名の訴えを提起した日とするところにあると解される。)にも沿うものというべきである。
(2)これに対し、被告は、被告が営利を目的とする法人とは評価できない旨主張するが、上記(1)のとおり、監査法人の業務の内容等を踏まえると、監査法人の行う業務は営利を目的とするものというべきであり、したがって、監査法人は商法上の商人に該当するということができる。
  ほかに被告の主張を踏まえて検討しても、上記(1)の判断は左右されない。

第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、162万2731円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和元年10月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これをその限度で認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文、61条を、仮執行の宣言について同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第8部
裁判長裁判官 笹本哲朗
   裁判官 丹下将克
   裁判官 山田悠貴

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索