解説記事2020年02月17日 未公開判決事例紹介 書面同意の意思表示、取締役会決議が必要と判断(2020年2月17日号・№823)
未公開判決事例紹介
書面同意の意思表示、取締役会決議が必要と判断
東京地裁、「その他の重要な業務執行」に該当
読者からの反響が大きかった本誌822号(2020.2.10)40頁で紹介した新株発行無効等請求事件の判決全文について、仮名処理した上で紹介する。
○会社法319条1項に基づく書面による同意の意思表示を行う際に取締役会決議を経る必要があるか否かが争われた事件。東京地裁(松山美樹裁判官)は、原告の代表取締役による第三者割当増資の同意の意思表示は、持株比率が49%に低下し支配株主たる地位が失われることに照らせば、持株会社である原告に重大な影響を与えるものというべきであると指摘。会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」に該当すると解することが相当であるとし、原告の取締役会決議を経る必要があったと判断。原告の主張を容認した(令和元年9月3日、認容)。
主 文
1 被告が平成30年1月16日にした普通株式100株の新株発行を無効とする。
2 被告の平成30年1月16日付け臨時株主総会におけるC及びAを取締役から解任する旨の決議が存在しないことを確認する。
3 被告の平成30年1月16日付け臨時株主総会におけるE及びFを取締役に選任する旨の決議が存在しないことを確認する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文に同旨
第2 事案の概要
本件は、被告の発行済株式の51パーセントを保有していた原告が、被告に対し、原告が書面による同意の意思表示を行ったことにより、会社法319条1項により被告の株主総会決議があったものとみなされているものの、上記同意の意思表示は原告の取締役会決議を欠いているために無効であるから、株主総会決議があったものとみなすことはできないなどとして、株主総会決議を経ていないことを理由に新株発行を無効とすることを求めるとともに、被告の取締役解任、選任決議の不存在の確認を求める事案である。
1 前提事実(各掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められるか、又は顕著な事実である。)
(1)T株式会社(以下、「T」という。)は、エアバッグやシートベルト等の自動車安全部品の開発、製造及び販売等を行う株式会社であり、東京証券取引所市場第一部に上場していたが、平成29年6月に民事再生手続開始決定を受けた。
Tを含む各社の関係図は別紙(編注:略)のとおりであり、原告及び被告は、Tの株式を間接的に保有している(以下、「関係図に記載された各社を併せて「Tグループ」という。)。T総業株式会社(以下、「T総業」という。)は、Tの発行済株式の90パーセントを保有するO株式会社(以下、「O」という。)の発行済株式を全て保有している。
(甲1、11、12)
(2)Tの代表取締役であったDは、A(以下、「A」という。)と婚姻し、長男であるB(以下、「B」という。)及び次男であるC(以下、「C」という。)をもうけたが、平成23年に死亡した。
(3)原告は、昭和45年9月16日に設立された、金属表面処理加工及びその加工品の販売等の事業を営む会社及びこれに相当する事業を営む外国会社の株式又は持分を保有することを目的とする株式会社であり、原告の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨が定められている。原告の取締役会は、A、B及びCの3名で構成されており、原告の発行済株式は、Tインターナショナル株式会社(以下、「Tインター」という。)が全て保有している。
また、Tインターの発行済株式は、Aが40パーセント、Bが30パーセント、Cが30パーセントをそれぞれ保有している。
(甲1、乙2)
(4)被告は、平成14年3月13日に設立された、不動産の売買、賃貸、管理及び仲介業等の事業を営む会社及びこれに相当する事業を営む外国会社の株式又は持分を保有することを目的とする株式会社であり、被告の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨が定められている。被告の取締役会は、A、B及びCの3名で構成されていた。
(5)平成30年1月16日当時、被告の発行済株式総数は4000株で、原告が2040株、有限会社M(以下、「M」という。)が1960株を保有していた。Mの発行済株式は、Bが全て保有している。(甲1、2)
(6)平成30年1月16日当時、原告、被告及びMの各代表取締役はBであり、同日、被告とMは、被告を発行会社、Mを引受人として、Mが被告の募集株式100株を、2億4651万5300円で全て引き受ける旨の株式総数引受契約を締結した(甲3)。
(7)平成30年1月16日、被告において、Mを提案者として、全ての株主が書面による同意の意思表示をしたことにより、会社法319条1項により、以下の内容の株主提案を可決する旨の株主総会決議があったものとみなされた。なお、原告の代表取締役であるBが、上記同意の意思表示を行うに際して、原告の取締役会における決議は経ていない。
第1号議案 定款一部変更の件(以下、「本件第1号議案」という。)
「当会社は、会社法205条1項に規定する募集株式の総数引受契約を締結する場合は、株主総会の決議により、当該総数引受契約の承認を行う」との規定を追加する。
第2号議案 第三者割当てによる募集株式発行の件(以下、「本件第2号議案」という。)
(1)募集株式の数 100株
(2)募集株式の払込金額 1株につき246万5153円
(3)払込期日 平成30年1月16日
(4)増加する資本金及び資本準備金に関する事項
増加する資本金の額は1億2400万円とし、増加する資本準備金の額は1億2251万5300円とする。
(5)募集方法 第三者割当ての方法により、Mに割り当てる。
第3号議案 株式総数引受契約承認の件(以下、「本件第3号議案」という。)
本件第1号議案に係る定款変更の効力発生を条件として、本件第2号議案に係る募集株式の発行に関して、会社法205条2項の規定に基づき、Mとの間の株式総数引受契約を承認する。
第4号議案 取締役2名(C及びA)解任の件(以下、「本件第4号議案」という。)
第5号議案 取締役2名(E及びF)選任の件(以下、「本件第5号議案」という。)
(甲2ないし4)
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)原告の代表取締役が、本件第2号議案について、会社法319条1項に基づく書面による同意の意思表示(以下、「本件第2号議案に係る同意の意思表示」という。)を行う際に、原告の取締役会決議を経る必要があるか(争点1)。
ア 原告の主張
以下の理由により、原告の取締役会決議を経る必要がある。
(ア)代表取締役が、会社の財産に属する株式の議決権を行使する行為は、会社財産の運営、管理に当たることから業務執行行為に該当し、子会社の株主総会における議決権行使は、それが親会社の業務執行として重要なものであれば、会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」といえる。
原告が持株会社であることに加え、原告の総資産に占める被告株式の割合、本件第2号議案に係る同意の意思表示により、原告が保有する被告株式の内容が大きく変化することに照らせば、本件第2号議案に係る同意の意思表示は、会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」に該当する。
(イ)会社法356条1項2号に規定する取引とは、裁量によって会社に不利益を及ぼすおそれのあるすべての財産上の法律行為をいい、議決権をはじめとした共益権は株主の財産上の利益の実現を保障するための権利といえるから、財産上の法律行為に当たる。
本件第2号議案に係る同意の意思表示は、原告の被告に対する持株比率を低下させ、他方で、Bの持株比率を上昇させるものであるから、会社法356条1項2号の適用または類推適用がなされるべきである。
イ 被告の主張
以下の理由により、原告の取締役会決議を経る必要はない。
(ア)業務の執行とは、会社の目的である具体的事業活動に関与することを意味するところ、株主総会における議決権の行使は具体的事業活動ではなく、本件の事実関係に照らしても、被告の新株発行は原告の財産に影響を及ぼすものではないから、本件第2号議案に係る同意の意思表示は、原告の業務執行行為に該当しない。
加えて、「重要」の解釈や基準については、従前に慣習的な扱いがあればそれが著しく不合理でない限り、当該扱いが尊重されるべきところ、原告は、これまで、その保有する株式について議決権を行使するにあたり、取締役会決議を経ていない。
(イ)株主総会における議決権行使は、財産上の法律行為ではないため、利益相反取引規制の対象とならない。また、被告の新株発行に係る発行価額は適正であり、既存株主の資産価値を毀損しない以上、本件第2号議案に係る同意の意思表示が、外形的客観的にみて、原告の利益を犠牲にしてBの利益を図っているとはいえない。
(2)前記(1)で取締役会決議を経ることが必要とした場合、原告の取締役会決議を欠いたことが、新株発行無効原因となるか(争点2)。
ア 原告の主張
取締役会決議を欠いた重要な業務執行は、原則として有効であるが、相手方が決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときは無効である(最判昭和40年9月22日民集19巻6号1656頁)。被告の代表取締役であるBは、原告の取締役会決議を欠いていることを当然に認識していたのであるから、本件第2号議案に係る同意の意思表示は無効であり、無効な同意を前提とした書面決議もまた無効となる。
被告は非公開会社であり、株主総会の特別決議を経ずになされた募集株式の発行は無効である。
イ 被告の主張
原告が挙げる判例は、対外的な取引行為についての判断であり、株主総会における議決権行使は射程外である。会社法319条1項に基づく同意の意思表示は、取締役又は株主が提案した事項についてなされるものであり、代表取締役に対してなされるものではないから、被告の代表取締役であるBの主観を問題とすべきではない。
(3)原告の代表取締役が、本件第2号議案に係る同意の意思表示を行ったことが代表権の濫用にあたり無効となるか(争点3)。
ア 原告の主張
平成30年1月16日の新株発行(以下、「本件新株発行」という。)に係るMの払込は仮装であり、本件新株発行の目的は、BがT総業の支配株主になることにある。Bは自己の利益を図る目的で、原告の代表取締役として本件第2号議案に係る同意の意思表示を行ったものであり、相手方である同人は当然にその目的を認識していたから、本件第2号議案に係る同意の意思表示は無効である。
イ 被告の主張
本件新株発行は、あくまでも被告において不動産を購入する資金を調達することが目的であり、Bの利益を図る目的ではない。
(4)本件新株発行が、会社法319条1項に基づく書面決議制度の濫用にあたるか(争点4)。
ア 原告の主張
会社法319条1項に基づく書面決議の制度は、閉鎖型の会社について手続の簡素化を可能とする趣旨で設けられたものであるところ、Bは、自身が原告、被告及びMの各代表取締役の地位にあることを利用して、被告の取締役会において株主総会の議題を決議することを省略し、自身の個人的な利益を容易に実現するために同制度を利用したものであり、濫用にあたる。
イ 被告の主張
会社法は、319条1項に基づく書面決議について、対象となる議案について制限を加えていないことから、議案の性質をもって、書面決議を採用すべきでないとはいえない。
(5)原告の代表取締役が、本件第4号議案及び本件第5号議案について、会社法319条1項に基づく書面による同意の意思表示(以下、「本件第4号及び第5号議案に係る同意の意思表示」という。)を行う際に、原告の取締役会決議を経る必要があるか(争点5)。
ア 原告の主張
以下の理由により、原告の取締役会決議を経る必要がある。
(ア)Tグループにおける持株会社の取締役会は、A、B及びCの3名で構成することが前提となっており、A及びCは、自ら被告の取締役として会社の経営を掌握していたものであるから、A及びCが取締役の地位を失うこととなる本件第4号及び第5号議案に係る同意の意思表示は、原告において、会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」に該当する。
(イ)本件第4号及び第5号議案に係る同意の意思表示は、原告の実質的な株主であるA及びCが被告の取締役たる地位を失い、他方で、Bの妻らBの推薦に係る取締役が選任される法律上の効力を発生させるものであるから、会社法356条1項2号の適用または類推適用がなされるべきである。
イ 被告の主張
(ア)Tグループにおいても、株式会社R、S株式会社、H社(以下、3社併せて「Rら」という。)は、A、B及びC以外の者が役員に加わっており、Aら3名で取締役会を構成するとの前提にはない。
(イ)株主総会における議決権行使は、財産上の法律行為ではないため、利益相反取引規制の対象とならない。また、本件第4号及び第5号議案に係る同意の意思表示は、外形的客観的にみて、A及びCの犠牲の下にBの利益を図るものではない。
(6)前記(5)で取締役会決議を経ることが必要とした場合、原告の取締役会決議を欠いたことが、株主総会決議の不存在事由となるか(争点6)。
ア 原告の主張
被告の代表取締役であるBは、原告の取締役会決議を欠いていることを当然に認識していたのであるから、本件第4号及び第5号議案に係る同意の意思表示は無効であり、被告の発行済株式の51パーセントを保有する原告の同意の意思表示が無効である以上、本件第4号議案及び本件第5号議案に係る株主総会決議は不存在というべきである。
イ 被告の主張
最判昭和40年9月22日民集19巻6号1656頁は、対外的な取引行為についての判断であり、株主総会における議決権行使は射程外である。会社法319条1項に基づく同意の意思表示は、取締役又は株主が提案した事項についてなされるものであり、代表取締役に対してなされるものではない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加えて、証拠(乙14、17、18、証人○○○)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)Bは、平成11年7月に原告、平成14年3月に被告、平成19年6月にT、平成23年5月にT総業の各代表取締役に就任し、その後、上記各社の代表取締役として重任を続けていた。
(2)平成14年3月、被告の株主総会において、Mに対する第三者割当増資が決議され、原告の被告に対する持株比率が100パーセントから51パーセントとなった。原告の代表取締役であったBは、上記株主総会において、被告の株主として議決権を行使したが、その際、原告における取締役会決議は経ていなかった。(乙9の1及び9の2)
(3)原告は、平成17年2月21日、取締役会決議を経たうえで、樹脂材料の売買事業等を20億円でTに売却し、平成18年9月21日、取締役会決議を経ずに、保有する不動産を15億5000万円で他社に売却した(乙12なし13の2)。
(4)平成29年4月30日当時、原告が保有する被告株式の帳簿価額は19億3545万円であり、原告の純資産額における約60.2パーセント、総資産額における約27.1パーセントの割合を占めていた。
また、同日を終期とする原告の第45期の決算は、不動産賃貸収入1160万円、貸付利息2299万7013円、支払利息割引料5138万1788円、経常利益マイナス2826万3671円、当期純利益マイナス2844万3671円であった。
(甲7)
(5)平成29年6月、Tは民事再生手続開始の申立てをし、同開始決定を受けた。
民事再生手続の監督委員の補助者である公認会計士は、Tの役員との面談において、T総業の子会社であるK株式会社(以下、「K」という。)が、Tの米国孫会社に賃貸している土地及び工場(以下、「本件不動産」という。)について、利益相反取引に関する懸念を示した。Tは、T総業よりも上位にある会社が本件不動産を所有することで、同公認会計士が指摘する懸念が薄まるものと考え、Kから被告への本件不動産の売買を検討した。
(甲5の1、5の2、13、乙4、15)
(6)A及びCは、平成29年12月27日付けで、Bに対し、「T株式会社の民事再生手続終結後における当社の事業運営その他経営全般」を議題として、T総業、原告及び被告の取締役会の招集を請求する書面を送付した。
Bが、上記各社の取締役会を招集しなかったため、Aは、平成30年1月10日付けで、同月18日にT総業、原告及び被告において、取締役会を開催する旨の招集通知を発送した。
(甲8ないし10)
(7)平成30年1月16日、前記前提事実のとおり、被告とMとの間における総数引受契約の締結、Mによる株主提案、原告の同意の意思表示が行われ、被告において、本件第1号議案ないし本件第5号議案に係る株主総会決議が行われたものとみなされた(甲3、4)。
(8)平成30年1月16日、Bが代表取締役を務めるOがMに対して2億5000万円を振り込み、Mが被告に対して、2億4651万5300円を振り込んだ。被告はMを引受人として普通株式100株を発行した。
A及びCは、T総業の発行済株式のうち、直接又は間接に68.09パーセントの株式を保有していたが、本件新株発行により、その保有割合は38パーセントとなり、他方で、31.91パーセントを保有していたBは、本件新株発行により、62パーセントの株式を保有することとなった。
(甲11、12、16、17)
(9)平成30年1月18日、Aが招集した原告の取締役会が開催され、Bが代表取締役を解職され、Aが代表取締役に就任した。
(10)平成30年2月26日、東京地方裁判所が、Tによるスポンサーへの事業譲渡を許可し、Kから被告への本件不動産の売買の話は立ち消えとなった(甲5の1、5の2、乙5)。
(11)平成30年3月28日、被告がMに対して2億5000万円を振り込んだ(甲16)。
2 争点1について
(1)親会社の代表取締役が、子会社の株主総会において議決権を行使する行為は、一種の業務執行行為に当たるといえ、親会社と子会社との関係、議案の内容等に応じて、それが親会社の業務執行としての重要性を有するものであれば、会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」に該当し、取締役会における意思決定を必要とする場合があると解することが相当である。
(2)前記前提事実及び認定事実によれば、Tグループは、東京証券取引所市場第一部に上場していたT及びその発行済株式の90パーセントを間接的に保有するT総業を中心としたグループであり、被告は、T総業の発行済株式の30パーセントを保有し、原告は被告の発行済株式の51パーセントを保有していた。原告は事業持株会社であるものの、事業による収益はほとんどなく、被告を通じてT及びT総業の株式を間接的に保有することを目的としており、原告の総資産額に占める被告の株式の帳簿価額は27.15パーセントに達していた。そうした中で、原告の代表取締役であったBが、本件第2号議案に係る同意の意思表示を行うことにより、原告の被告に対する持株比率は49パーセントとなり、被告の支配株主たる地位が失われることに照らせば、本件において、原告の代表取締役による本件第2号議案に係る同意の意思表示は、持株会社である原告に重大な影響を与えるものというべきであり、会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」に該当すると解することが相当である。
(3)この点、被告は、重要な業務執行といえるか否かについては、従前の慣習的な扱いが尊重されるべきところ、平成14年に被告がMに対して第三者割当増資を行った際も、原告の取締役会決議は経ておらず、A及びCはこれに異議を述べなかったことから、本件第2号議案に係る同意の意思表示を行う際に取締役会決議を経なかったことも、裁量の範囲内であると主張する。たしかに、会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」に該当するか否かを判断するにあたっては、当該会社における一貫した取扱いという観点から、従前の慣習的な扱いを考慮することも相当であると思われる。しかし、持株会社においては、保有する株式が当該会社の発行済株式の50パーセントを超えるか否かは重要であるところ、本件新株発行によって、原告が初めて被告の支配株主たる地位を失う結果となることに照らせば、本件新株発行と平成14年当時の第三者割当増資とを同列に考えることはできないというべきである。かえって、A及びCが、Bの意向に反して、平成30年1月18日に原告、被告及びT総業の取締役会を開催する予定であったことに照らせば、その2日前である同月16日の時点で、Bに対し、原告が被告の支配株主たる地位を失う結果となる本件第2号議案に係る同意の意思表示を行うことを許容していたとみることはできず、Bにおいても、これが裁量の範囲内であると認識していたとは認めがたい。
また、被告は、原告における取締役会の付議基準は取引額15億5000万円と20億円の間にあるところ、本件新株発行は、原告が保有する被告株式80株をMに譲渡することと同様の効果をもたらすものであり、被告株式80株の価格は7590万円であり、これは原告の総資産の約1.06パーセントにすぎないことから、被告株式80株の譲渡、ひいては、本件新株発行は、原告における取締役会の付議基準に該当しないと主張する。しかし、被告が主張する一例をもって、取締役会の付議基準が成立していたとまでは認めがたく、持株会社である原告において、株式の譲渡によって被告に対する支配権を失う場合には、その影響の大きさも十分に考慮する必要があるといえ、単に被告株式80株の譲渡価格のみをもって、取締役会の付議基準に該当しないとすることは相当ではない。
被告は、ほかに、Tグループの経営は、長年Bにより行われていたものであり、単に株式数の多寡をもって原告、ひいてはA及びCを支配株主と位置付けることは不適切であるとも主張するが、A及びCが、原告を通じて、被告の発行済株式の51パーセントを保有しており、それにより、T総業及びTの役員の選任権等を有していたことは前記前提事実及び認定事実のとおりであり、本件新株発行によって、A及びCの上記選任権等が失われたことは否定できない。被告の主張は採用することができない。
(4)以上によれば、原告の代表取締役が、本件第2号議案に係る同意の意思表示を行うことは、会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」に該当すると解することが相当であり、原告の取締役会決議を経る必要があったというべきである。
3 争点2について
(1)会社法319条1項に基づく同意の意思表示は、取締役または株主が株主総会の目的である事項について提案をした場合における、株主の意思の表明であり、意思表示に準じたものと解されることから、意思表示等に関する民法の一般原則の適用があるものと解することが相当である。
そして、代表取締役が、取締役会決議を経てすることを要する外部的な業務執行行為を、当該決議を経ずに行った場合においては、民法93条但書の法理に準拠して、相手方が取締役会決議を経ていないことを知り又は知ることができた場合には、当該行為は無効と解するのが相当であり(最高裁昭和40年9月22日第三小法廷判決民集19巻6号1656頁参照)、代表取締役が会社法319条1項に基づく同意の意思表示を行った場合も、これと同様に解することができるとみるべきである。
(2)これを本件についてみると、前記前提事実及び認定事実によれば、原告が、本件第2号議案に係る同意の意思表示を行った際、原告、被告及びMの代表取締役はいずれもBであり、Bは、本件新株発行によって原告が被告の支配株主たる地位を失うことに加え、原告の取締役会決議を経ていないことを当然に認識していたといえるから、上記同意の意思表示は無効と解することが相当である。その結果、被告の発行済株式の49パーセントを保有するMが行った本件第2号議案の提案について、被告の発行済株式の51パーセントを保有する原告の同意の意思表示を欠くこととなり、本件第2号議案に係る決議が法律上存在したと評価することはできないというべきである。
そして、非公開会社である被告において、株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合、その発行手続には重大な法令違反があるというべきであり、当該瑕疵は募集株式発行の無効原因になると解することが相当である(最高裁平成24年4月24日第三小法廷判決民集66巻6号2908頁参照)。
(3)この点、被告は、取引行為と会社法319条1項に基づく同意の意思表示とは性質を異にするものであり、民法93条但書の法理に準拠することはできないと主張する。しかし、代表取締役が取締役会による意思決定を欠いたままに業務執行行為を行った場合、取引行為に限って民法93条但書の法理への準拠を認めるべきとする根拠は見当たらず、会社法319条1項に基づく同意の意思表示が、相手方が多数に及ぶなど、画一的にその効力を定める必要があるものとも言い難いことに照らせば、取締役会による意思決定を欠いていた場合には、民法93条但書の法理に準拠して、相手方が取締役会決議を経ていないことを知り又は知ることができた場合には、当該意思表示は無効と解することができるというべきである。
そして、会社法319条1項に基づく同意の意思表示は、株主総会決議があったものとみなされる当該会社の代表取締役に対してなされるものと解することが相当であり、善意、悪意の判断についても同人について決することが相当である。
被告の主張は採用することができない。
4 以上によれば、争点3及び4については判断するまでもなく、本件新株発行は無効とすることが相当である。
5 争点5について
(1)前記前提事実及び認定事実によれば、Tグループ内の持株会社は、Tの株式を直接又は間接に保有することを目的に設立され、持株会社の取締役会はA、B及びCの3名で構成されていたこと、持株会社である原告は、被告を通じてT総業の発行済株式の30パーセントを保有していたことが認められ、T総業の株式の議決権を行使する主体となる被告の取締役に誰を選任するかは、原告の業務に重大な影響を及ぼすものというべきであり、被告の取締役からA及びCを解任し、Bの意向に沿う人物を選任する旨の本件第4号及び第5号議案に係る同意の意思表示は、原告における重要な業務執行に当たるといえる。
よって、原告の代表取締役が、本件第4号及び第5号議案に係る同意の意思表示を行うことは、会社法362条4項柱書の「その他の重要な業務執行」に該当すると解することが相当であり、原告の取締役会決議を経る必要があったというべきである。
(2)この点、被告は、Rらは、A、B及びC以外の者が役員に加わっており、Tグループの取締役会は上記3名を構成員とする旨の原告の主張は誤りであると主張するが、Rらはいずれも事業会社であってT又はT総業の株式を保有しておらず、当該会社の役員はT又はT総業の株式について議決権を行使するものではないから、被告の取締役と同様に考えることはできず、被告の主張は採用することができない。
6 争点6について
原告が、本件第4号及び第5号議案に係る同意の意思表示を行った際、原告、被告及びMの代表取締役がいずれもBであり、Bが原告の取締役会決議を経ていないことを認識していたこと、上記同意の意思表示は無効と解すべきこと、その結果、被告の発行済株式の49パーセントを保有するMが行った本件第4号議案及び本件第5号議案の提案について、被告の発行済株式の51パーセントを保有する原告の同意の意思表示を欠くこととなることは前記3(2)のとおりであり、本件第4号議案及び本件第5号議案に係る決議が法律上存在したと評価することはできないというべきである。
7 以上により、原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第8部
裁判官 松山美樹
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