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解説記事2024年07月15日 特別解説 中小企業向け国際財務報告基準(IFRS for SMEs)(2024年7月15日号・№1035)

特別解説
中小企業向け国際財務報告基準(IFRS for SMEs)

はじめに

 中小企業向け国際財務報告基準(IFRS for SMEs。以下「中小企業版IFRS」という。)は、国際会計基準審議会(IASB)が中小企業(Small and Medium-sized Enterprise:SME)のために特別に開発したものであり、国際財務報告基準(以下「完全版IFRS」という。)とは別個の独立した基準である。
 初版は2009年7月に公表され、2015年5月に修正が施されて現在に至っている。
 ここで、「中小企業」とは次のように定義されている(1.2項)。
(a)公的説明責任を有さず、かつ
(b)外部利用者に一般目的財務諸表を公表している。外部利用者の例には、事業経営に関与していない事業主、現在の及び潜在的な債権者、並びに格付け機関が含まれるとされている。
 さらに、1.3項において、「公的説明責任を有する」のは以下のような場合であるとされている。
(a)企業の負債性金融商品又は資本性金融商品が公開市場で取引されているか又は発行の過程にある場合 又は
(b)自己の主要事業の一つとして、外部者の広範なグループの受託者として資産を保持している場合(ほとんどの銀行、信用組合、保険会社、証券ブローカー、ディーラー、投資信託会社及び投資銀行がこの第二の要件を満たすであろう。)
 すなわち、中小企業版IFRSの適用が想定されるのは、財務諸表を作成する非上場企業(いわゆる「Public Interest Entity:PIE」に該当しない企業)ということになると思われる。今後本稿では、Small and Medium-sized Enterprise(SME)を「中小企業」というが、これは「従業員数〇〇名以下の小規模な企業」という意味ではないため、留意が必要である。

中小企業版IFRSの全世界における適用状況

 情報が入手できる168カ国のうち、完全版IFRSについては147カ国が強制適用しているのに対して(2023年9月現在)、中小企業版IFRSの適用状況については、表1のとおりとなっている(2024年1月現在)。

 表1の①の国の例としては、ブラジル、香港、フィリピン、シンガポール、南アフリカ、スイス、英国などがあるが、南米、アフリカ、中東の国々といったいわゆる発展途上国が大半を占めている。
 我が国は、③の「適用を要求も許容もしない」カテゴリーに属している。

中小企業版IFRSの構成

 中小企業版IFRSの構成は、表2のとおりである。

 中小企業版IFRSに織り込まれていない完全版IFRSの基準書(解釈指針は省略)は次のとおりである。

 IFRS第5号「売却目的で保有する非流動資産及び廃止事業」、IFRS第7号「金融商品:開示」、IFRS第8号「事業セグメント」、IFRS第12号「他の企業への関与の開示」、IFRS第13号「公正価値測定」、IFRS第14号「規制繰延勘定」、IFRS第17号「保険契約」、IAS第26号「退職給付制度の会計及び報告」、IAS第33号「1株当たり利益」及びIAS第34号「期中財務報告」

 だいたいにおいて、中小企業版IFRSの1章が完全版IFRSの1つの基準書と対応しているが、中小企業版IFRSでは財務諸表を構成するそれぞれの計算書ごとに1章ずつが割かれている点と、逆に、IAS第41号「農業」、IFRS第6号「鉱物資源の探査及び評価」及びIFRIC第12号「サービス委譲契約」が、中小企業版IFRSでは第34章「専門的活動」として一つの章にまとめられているのが目につく。

中小企業版IFRSの特徴(完全版IFRSと比較して)

 完全版IFRSと中小企業版IFRSとの主な相違点を列挙すると、表3のとおりである。無形資産に関連するものが多いことが分かる。

中小企業版IFRSにおいて認識及び測定等の簡素化が検討されたものの、最終的に採用されなかった項目

 特に、「過大なコスト又は労力をかけずに信頼性をもって測定できる場合」という限定が付かないような場合には、完全版IFRSと中小企業版IFRSとの間の相違点はそれほど多くはない(ただし、中小企業版IFRS公表後に策定・公表されたIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」やIFRS第16号「リース」は例外といえる)。
 外部への説明責任がない中小企業に対して適用される会計基準については、完全版IFRSと比べて思い切った簡素化を、といった声は多かったと思われるが、中小企業版IFRSは、様々な経緯、理由によって大幅な簡素化が見送られ、最終的には(当時の)完全版IFRSと大きな差がない基準書となった。中小企業版IFRSの結論の根拠においては、いったん簡素化が検討されたものの、最終的には簡素化されなかった項目についてその理由が説明されているため、本稿ではこれらを紹介することとしたい。
① キャッシュ・フロー計算書の作成を求めないこと
(採用されなかった理由)
・財政状態比較表(報告期間の開始時と終了時の金額を含む)と損益計算書が利用可能であれば、キャッシュ・フロー計算書の作成は難しくなく、時間もコストもかかる作業ではない
・ほとんどの地域の会計フレームワークは中小企業を含む広範な企業にキャッシュ・フロー計算書の作成を義務付けている。
・中小企業の財務諸表利用者の大多数(特に貸手や短期債権者を含む)は、キャッシュ・フロー計算書が中小企業にとって非常に役立つと述べている。

② 全てのリースをオペレーティング・リースとして取扱うこと
(採用されなかった理由)
・すべてのリースでは借手は権利を取得し義務を負うが、ファイナンス・リースでは、資産を割賦購入した場合に発生する債務と実質的に同等の債務が発生する。このような資産や債務に関する情報は、融資やその他の信用決定にとって重要である。
・すべてのリースをオペレーティング・リースとして扱うと、財政状態計算書から有用な情報が除外されることになる。

③ すべての従業員給付制度を確定拠出型制度として扱うこと
(採用されなかった理由)
・リースと同様に、財務諸表の利用者はオフバランスシート債務を懸念している。
・多くの地域では、中小企業に対し、確定給付型年金制度と同等の給付金(例えば長期勤続給付金)を提供することが法律で義務付けられている。中小企業の財務諸表の利用者は、そのような債務の資金調達状況に関する情報は有益で重要であると述べている。

④ 工事契約について工事完成基準を適用すること
(採用されなかった理由)
・工事完成基準は、最初の数年間はまったく利益がなかったものの、建設完了時に利益が全額認識されるという、建設業者にとって誤解を招く可能性のある会計的な結果を生み出す可能性がある。
・建設業者の多くは中小企業である。中小企業の場合、大企業に比べて契約数が少ないため、利益が多かった年と損失が多かった年との間の変動が大きくなる可能性がある。
・財務諸表の利用者は、建設業者にとって、工事進行基準の方が工事完成基準よりも有用な情報を提供すると審議会に報告している。

⑤ 引当金の数を減らすこと
(採用されなかった理由)
・引当金は、時期や金額が不確実な負債である。不確実性はあるものの、これらは責任認識基準を満たした債務である。
・中小企業の財務諸表の利用者は、測定の不確実性を説明した上で、財政状態計算書でこれらの債務を認識してほしいと述べている。

⑥ 株式報酬(ストック・オプション)にかかる費用を認識しないこと
(採用されなかった理由)
・株式報酬にかかる費用を認識しないことは、財務諸表の構成要素、特に費用の定義と矛盾する。
・財務諸表の利用者は一般に、従業員への株式ベースの支払いは、(a)報酬として意図されている、(b)サービスと引き換えに価値のあるものを提供することを伴う、及び(c)従業員が受けたサービスの消費は費用となるという理由から、報酬費用として認識されるべきであるという見解を持っている。

⑦ 繰延税金を認識しないこと
(採用されなかった理由)
・中小企業の財務諸表利用者の多くは、繰延税金は近い将来に多額の現金の流出(流入)をもたらす可能性がある負債(場合によっては資産)であるため、認識されるべきであると考えている。
・繰延税金負債や繰延税金資産を認識すべきことに同意しない財務諸表利用者であっても、一般に注記に開示される金額、原因、その他の情報を望んでいる。
・繰延税金は資産及び負債として認識される要件を満たしており、確実に測定することができる。

⑧ 農業について、原価モデルのみとすること
(採用されなかった理由)
・一般に、この業界では公正価値がより適切な尺度であると考えられているだけでなく、見積価格は多くの場合容易に入手可能である。
・農産物の市場は活発であり、広範な配分が必要なため、原価の測定は実際にはより負担が大きく、恣意的である。
・事業を行っているほとんどの中小企業の経営者は、農業活動は、過去のコストではなく、市場価格やその他の現在価値の尺度に基づいて管理していると考えており、利用者は、この業界における配分された原価の意味について疑問を抱いている。

⑨ 連結財務諸表の作成を求めないこと
(採用されなかった理由)
・多くの国では、中小企業は一つの経済実体として運営されているにもかかわらず、税金又はその他の法的な理由から、複数の法人に分けて組織化されている。投資家、貸手、その他中小企業の財務諸表の利用者は、中小企業の一つの経済実体としての財務状況、経営成績、キャッシュ・フローに関する情報を得る必要があると述べている。
・彼らの意思決定に役立つためには、各法人の個別の財務諸表を使用することはできない。なぜなら、これらの法人は、必ずしも独立企業間ベースで組織化されたり、価格設定されたりするわけではない相互取引を行うことが多いからである。このような状況では、個別財務諸表で報告される金額は、経済主体と他の経済主体との取引ではない内部取引(法人間の売上など)を反映しており、意思決定に必ずしも有用とはいえない。
・企業は共同で管理されることが多く、貸付金は相互に担保される。
・2つ以上の事業体が1つの経済実体として運営されている場合、利用者にとって連結決算書は不可欠である。

⑩ 収益と費用の全ての項目を損益計算書で認識すること
(採用されなかった理由)
 中小企業版IFRSは、中小企業に対し、以下の3つの状況において、収益又は費用の項目を損益ではなくその他の包括利益で認識することを要求している。
(a)12.23項は、中小企業に対し、一部のヘッジ手段の公正価値の変動をその他の包括利益で認識することを義務付けている。
(b)第28.24項は、中小企業に数理計算上の損益を純損益又はその他の包括利益のいずれかで認識する選択肢を与えている。
(c)第30.13項は、中小企業は連結財務諸表において、在外営業活動体に対する報告企業の純投資の一部を構成する貨幣性項目について生じる為替差額は、その他の包括利益に認識しなければならないとしている。
 中小企業版IFRSを策定する際、IASBは中小企業に対し、為替差損益及び数理計算上の損益をその他の包括利益の一部としてではなく純損益のみで認識することを要求するかどうかを検討した。
 中小企業版IFRSは中小企業に包括利益計算書の表示を義務付けているが、IASBはこれらの損益を損益計算書に表示することは要求しないと結論付けた。
 IASBは米国財務会計基準審議会(FASB)とのコンバージェンスプログラムの一環として金融商品に関する包括的なプロジェクトを開始したため、現時点では中小企業に対してすべてのヘッジ手段の公正価値の変動を純損益として認識するよう要求することは検討しなかった。

中小企業版IFRSの公表に際してのボードメンバー(当時)の反対意見

 中小企業版IFRSが2009年7月に公表された際、当時のボードメンバーの1人(ライゼンリング氏)が公表に反対意見を述べ、これは「結論の根拠」の後に記載されている。この反対意見は、中小企業版IFRSの特徴や限界をよく表していると考えられるため、最後に和訳して紹介することとしたい。
 ライゼンリング氏は、中小企業版IFRSは必要でも望ましくもないと考えているため、公表に反対している。中小企業の会計方針決定の大部分は単純であり、IFRSへの広範な参照は必要なく、必要な場合でも負担にならないため、中小企業版IFRSを別個の基準として設ける必要はない。
 中小企業版IFRSは比較が不可能な情報を生成するため望ましくない。これによって中小企業は相互に比較できなくなり、公的な責任を負う企業とも比較することもできなくなる。この結果は、IASBのフレームワーク及びIFRSの概念及び浸透した原則と矛盾する。
 IFRSが第10.5項の結果として、特定の会計問題が他のIFRSで扱われている場合でも、中小企業が他のIFRSの要求事項を無視することを認めるため、結果として比較可能性の欠如が生じる。したがって、同一の取引が、異なる中小企業によって、また公的に責任を負う主体によって異なる方法で会計処理される可能性がある。審議会が中小企業版IFRS適用を支援するための教材を開発する必要があると判断した場合には、それは適切かもしれないが、ライゼンリング氏は、いかなる状況においても、IFRSは最終的にすべての企業に対する会計指針の源となるべきと考えている。
 ライゼンリング氏は、費用便益分析又は利用者のニーズに基づいて、中小企業による適用のためにIFRSの認識及び測定の要求事項を修正する必要性を審議会が証明したとは考えていない。その結果、完全版IFRSと認識及び測定の要求事項に差異は生じなくなる。あるいは、特別な利用者のニーズを満たすために、開示の要求事項をさらに広範囲に変更することも考えられる。この変更により、共通支配下の取引に関する情報など、現在は必要とされていない開示が作成される可能性がある。
 ライゼンリング氏はまた、中小企業版IFRSはIFRS財団の規約及び完全版IFRSの前文と矛盾していると考えている。これらの文書には、中小企業及び新興国の特別なニーズを考慮した単一の会計基準セットという目的が定められている。
 ライゼンリング氏はその目的を受け入れているが、それが国内企業に対する別の基準セットを意味するとは考えていない。様々な状況に応じた多くの会計基準セットが適切であることを示唆している。

終わりに

 完全版IFRSを適用する日本企業の数が、増加のペースはやや落ちているとはいえ、国際的な大企業を中心に着実に増加しているのに対して、中小企業版IFRSの適用は、我が国においてはたとえ任意適用であっても許容されていないのが現状である。このためわが国では、完全版IFRSに比べると中小企業版IFRSは影が薄く、取り上げられる機会も極めて少ない。ただ、世界に目を転じると、発展途上国を中心にではあるが、86カ国が中小企業版IFRSの適用を要求又は許容している。86カ国という数の多寡については評価が分かれるかもしれないが、グローバルな会計基準の世界で、中小企業版IFRSが一定の地位を占めていることは確かであろう。

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