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解説記事2024年09月30日 未公開判決事例紹介 子会社から債務免除受けた親会社に第二次納税義務(2024年9月30日号・№1045)

未公開判決事例紹介
子会社から債務免除受けた親会社に第二次納税義務
東京地裁、利益相互取引を理由に無効とならず

 本誌1026号40頁で紹介した第二次納税義務告知処分取消等請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇子会社から土地の売買代金債務の免除を受けた親会社が、子会社の滞納国税に係る第二次納税義務を有するか否かが争われた事件。東京地方裁判所(鎌野真敬裁判長)は令和6年4月19日、処分の取消しを求めた納税者の請求を棄却した(令和4年(行ウ)第90号)。原告は、本件売買契約は、原告及び子会社双方の代表取締役を務めていた人物が締結したものであるから、利益相反取引に該当し無効であり、本件債務免除は無効などと主張したが、東京地裁は、親会社である原告の株主が本件売買契約について承諾しており、利益相反取引を理由に無効とはならないと判断した。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
1
 東京国税局長が原告に対して令和2年3月24日付けでした第二次納税義務の納付告知処分を取り消す。
2 被告は、原告に対し、1億2852万1211円及びこれに対する令和4年3月2日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、1億2852万1211円及びこれに対する令和3年11月17日から支払済みまで年7.3パーセントの割合又は租税特別措置法95条に規定する還付加算金特例基準割合のいずれか低い割合を乗じて計算した金員(ただし、年月分ごとに計算し、その金額に1000円未満の端数があるときはその端数金額を切り捨てたもの)を支払え。

第2 事案の概要等
 本件は、原告が、Y株式会社(以下「Y社」という。)から売買代金債務の免除を受けたことについて、東京国税局長から、Y社の滞納国税に係る徴収すべき額の不足は上記債務の免除に基因すると認められるから、原告は国税徴収法39条(令和3年法律第11号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき上記滞納国税の第二次納税義務を負うとして、納付告知処分(以下「本件告知処分」という。)を受けたのに対し、①本件告知処分は違法であるとしてその取消しを求めるとともに、②不当利得に基づき、原告が本件告知処分に係る本税として納付した1億2852万1211円の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和4年3月2日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による法定利息の支払を求め、③上記②の請求と選択的に、過誤納金として、上記1億2852万1211円の還付及びこれに対する納付の日の翌日である令和3年11月17日から支払済みまで国税通則法8条1項又は租税特別措置法95条に規定する割合による還付加算金の支払を求める事案である。
1 関係法令の定め
(1)国税徴収法の定め

ア 国税徴収法32条1項前段は、税務署長(国税局長が徴収の引継ぎを受けた場合においては、国税局長。同法184条参照。)は、納税者の国税を第二次納税義務者から徴収しようとするときは、その者に対し、政令で定めるところにより、徴収しようとする金額、納付の期限その他必要な事項を記載した納付通知書により告知しなければならない旨を定める。
イ 国税徴収法39条は、滞納者の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合において、その不足すると認められることが、当該国税の法定納期限の1年前の日以後に、滞納者がその財産につき行った政令で定める無償又は著しく低い額の対価による譲渡(担保の目的でする譲渡を除く。)、債務の免除その他第三者に利益を与える処分(以下「「債務の免除等」」という。)に基因すると認められるときは、これらの処分により権利を取得し、又は義務を免かれた者は、これらの処分により受けた利益が現に存する限度において、その滞納に係る国税の第二次納税義務を負う旨を定める。
(2)国税通則法の定め
ア 国税通則法56条1項は、国税局長、税務署長又は税関長は、還付金又は国税に係る過誤納金(以下「還付金等」という。)があるときは、遅滞なく、金銭で還付しなければならない旨を定める。
イ 国税通則法58条1項1号ハ、国税通則法施行令24条1項4号は、国税局長、税務署長又は税関長は、還付金等を還付し、又は充当する場合には、第二次納税義務者が納付した国税の額につき生じた過納金については、当該過納金に係る国税の納付があった日(その日が当該国税の法定納期限前である場合には、当該法定納期限)の翌日からその還付のための支払決定の日又はその充当の日(同日前に充当をするのに適することとなった日がある場合には、その適することとなった日)までの期間の日数に応じ、その金額に年7.3パーセントの割合を乗じて計算した金額(以下「還付加算金」という。)をその還付し、又は充当すべき金額に加算しなければならない旨を定める。
(3)租税特別措置法の定め
 租税特別措置法95条は、各年の還付加算金特例基準割合(平均貸付割合に年0.5パーセントの割合を加算した割合をいう。)が年7.3パーセン卜の割合に満たない場合には、国税通則法58条1項に規定する還付加算金の計算の基礎となる期間であってその年に含まれる期間に対応する還付加算金についての同項の規定の適用については、同項中「年7.3パーセントの割合」とあるのは、「租税特別措置法95条(還付加算金の割合の特例)に規定する還付加算金特例基準割合」とする旨を定める。
2 前提事実
 以下の事実は当事者の間に争いがなく若しくは当裁判所に顕著であり、又は各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨から容易に認めることができる。
(1)当事者等
ア 原告は、不動産の売買、仲介、賃貸及び管理等を目的とする株式会社であり、取締役会設置会社である(甲1の1)。
  原告の代表取締役は、平成14年9月30日から平成25年6月20日までの間は、A(以下「A」という。)、平成26年9月30日から令和5年2月27日までの間は、C(以下「C」という。)であり、同日からB(以下「B」という。)となった。なお、Bは、このほか、平成9年1月4日から平成16年7月12日まで、原告の取締役であった。(甲1の1、乙3)
イ Y社は、土地及び建物の賃貸等を目的とする株式会社である(乙6(枝番号を含む。))。
  原告は、平成23年1月31日、Y社の株主らからY社の全ての株式を購入し、Y社の完全親会社となった(甲11、12)。
  Y社の代表取締役は、同日から平成25年11月19日までの間は、Aであった(乙6(枝番号を含む。))。
(2)原告による不動産の取得等
 原告は、平成23年1月31日付けで、Y社との間で、Y社の所有する別紙1不動産目録記載1、2及び3の土地を、売買代金8億1644万円で購入する契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した(甲9、乙12。ただし、本件売買契約の有効性については争いがある。)。
 その後、本件売買契約に係る売買代金債務について相殺や弁済などがされ、同年5月30日の時点で、残金2億4579万8135円となった(以下、この残金に係る原告のY社に対する債務を「本件未収金債務」という。)。
(3)Y社による本件未収金債務の免除
 Y社は、平成25年11月20日付けで、原告に対して有する本件未収金債務を免除した(甲8。以下「本件債務免除」という。ただし、本件債務免除の実質的な法的性質については争いがある。)。
(4)租税に関する手続等
ア Y社の滞納国税
 Y社は、令和2年3月24日時点で、別紙2租税債権目録記載の合計1億2986万4211円の租税(本税として1億2852万1211円及び加算税として合計134万3000円の合計額。以下、併せて「本件滞納国税」という。)を含め、合計1億2995万8422円の租税債務を負っていた(乙1)。
イ 第二次納税義務の告知処分
 東京国税局長は、令和2年3月24日、原告に対し、原告が、本件債務免除によって受けた利益が現に存する2億4579万8135円の限度で、本件滞納国税の第二次納税義務を負うことになった旨記載した納付通知書(甲6)を送付し、本件告知処分をした。
ウ 不服申立て
 原告は、令和2年5月18日付けで、本件告知処分を不服として、東京国税局長に対し再調査の請求をした(乙18)。東京国税局長は、同年8月7日、同請求を棄却する旨の決定をした(乙19)。
 原告は、上記再調査決定を経た後の本件告知処分を不服として、同年9月16日付けで、国税不服審判所長に対し審査請求をした(乙20)。国税不服審判所長は、令和3年9月1日付けで、同請求を棄却する旨の裁決をした(甲7)。
エ 本件告知処分に係る本税の納付
 原告は、令和3年11月16日、本件告知処分に係る本税として1億2852万1211円を納付した(甲5(枝番号を含む。))。
オ 本件訴えの提起
 原告は、令和4年2月21日、本件訴えを提起した。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)本件債務免除が「債務の免除等」に該当するか否か(その1・本件売買契約の有効性)
(原告の主張)

 本件売買契約は以下のとおり無効である。したがって、本件未収金債務は存在せず、本件債務免除は無効であるから、本件債務免除は「債務の免除等」に該当しない。
ア 利益相反取引
 (ア)利益相反取引該当性
  本件売買契約は、当時原告及びY社双方の代表取締役を務めていたAが、原告及びY社の双方を代表して締結したものであるから、会社法356条1項2号の定める利益相反取引に該当する。
  Aは、本件売買契約に先立ち、Bに対し、原告がY社の株式を取得することでY社の所有する不動産を取得し、これを売却することによって、原告に2億5000万円の利益を帰属させるという内容の取引を提案し、Bは、原告が2億5000万円の利益を得ることを条件に、同取引を了承した。このように、Aが、本件売買契約を含む一連の取引によって原告に2億5000万円の利益を帰属させることを約したにもかかわらず、自らが代表取締役を務めるY社を介して不当な利益を得るために、本件売買契約の売買代金額を恣意的に設定したものであること、Y社は不動産保有のための会社であるから、本件売買契約において、過大な売買代金を設定することでY社に資金移動させ、又は原告のY社に対する債務が残るようにすることは許されないことなどの事情からすれば、Y社が原告の完全子会社であるからといって、本件売買契約が利益相反取引に当たらないということはできない。
 (イ)取締役会の承認
  原告の取締役会は、本件売買契約の締結を承認していない。
  原告の取締役会が平成23年2月4日に本件売買契約の締結を承認する旨決議したとの記載のある議事録は、Aが、登記手続のためだけに作成したものであって、同議事録に記載された取締役会は実際には開催されていない。また、同議事録の内容を前提としても、A以外の取締役に対しては、本件売買契約における売買代金は「時価」としか説明されなかったのであり、重要な事実の開示があったとはいえないから、売買代金額を8億1644万円とする本件売買契約の締結について、原告の取締役会が承認したということはできない。
 (ウ)総株主の承諾
  本件売買契約当時、原告の全株式を保有していたのはBである。そして、Bは、原告が2億5000万円の利益を得ることができない売買代金を内容とする本件売買契約について同意したことはない。
 (エ)小括
  したがって、本件売買契約は利益相反取引に該当するにもかかわらず、取締役会の承認も総株主の承諾も得ていないから、無効である。
イ 重要な業務執行
 本件売買契約は、原告にとって重要な財産の譲受けその他の重要な業務執行に該当するから、原告の取締役会決議を経る必要がある(会社法362条4項1号)。それにもかかわらず、Aは、原告の取締役会決議を経ずに本件売買契約を締結したものであり、かつ、Y社は原告の取締役会決議がされていないことを知っていた。したがって、民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)93条ただし書の類推適用により、本件売買契約は無効である。
ウ 通謀虚偽表示又は心裡留保
 Aは、本件売買契約を含む一連の取引によって原告に2億5000万円の利益を帰属させることを約したにもかかわらず、この約束を果たせないことを十分に認識しながら、自らが代表取締役を務めるY社を介して不当な利益を得るために、売買代金額を恣意的に設定した本件売買契約を、原告及びY社の双方を代表して締結した。したがって、本件売買契約は、原告及びY社が相手方と通じてした虚偽の契約であって、通謀虚偽表示(民法94条1項)により無効である。
 仮に本件売買契約が通謀虚偽表示に当たらないとしても、原告及びY社の代表者としてのAの真意は、Bに対する約束のとおり、原告に2億5000万円の利益を帰属させられるような売買代金額を設定することにあった。そのため、これに反する間違った売買代金額を設定した本件売買契約は、契約当事者の真意に基づかないものであり、かつ、原告及びY社は相互にそのことを知っていたものであるから、心裡留保(民法93条ただし書)により無効である。
エ Aの権限逸脱
 Bは、原告の全株式を有する株主として、原告の代表取締役であるAに対して、原告に2億5000万円の利益が帰属する一連の取引を承諾したものであるところ、この承諾は、Aの代表取締役としての権限に加えた制限(会社法349条5項)に該当する。そのため、Aが原告を代表して本件売買契約を締結した行為は、Aの権限を逸脱するものであり、かつ、Y社はそのことを知っていたから、本件売買契約は無効である。
(被告の主張)
 本件売買契約は以下のとおり有効であるから、本件債務免除も有効であり、本件債務免除は「債務の免除等」に該当する。
ア 利益相反取引
(ア)利益相反取引該当性
 本件売買契約当時、Y社は原告の完全子会社であり、本件売買契約を締結するに当たり、原告とY社との間には利害対立がなかったから、本件売買契約につき会社法356条1項(同法365条1項)の適用はない。
 また、本件売買契約当時、原告の全株式を保有していたのは、BではなくAであり、原告とAの利害は一致するから、この点においても本件売買契約につき会社法356条1項(同法365条1項)の適用はない。
(イ)取締役会の承認
 原告の取締役会は、平成23年2月4日、本件売買契約の締結を承詔する旨決議した。
(ウ)総株主の承諾
 本件売買契約当時、原告の全株式を保有していたのは、BではなくAであり、本件売買契約は、そのAによって締結されたものであるから、全株主によって承諾されたものである。
 仮に原告の全株式を保有していたのがBであるとしても、Bは本件売買契約の締結につき承諾していた。
(エ)小括
 したがって、本件売買契約は、利益相反取引に当たらず、又は、利益相反取引に当たるとしても、取締役会の承認若しくは総株主の承諾を得ているから、有効である。
イ 重要な業務執行
 仮に本件売買契約が原告にとって重要な財産の譲受けその他の重要な業務執行に該当するとしても、前記ア(イ)又は(ウ)のとおり、原告の取締役会が本件売買契約の締結を承認し、又は原告の全株式を保有していたA若しくはBが本件売買契約の締結を承諾したことからすれば、本件売買契約は有効である。
ウ 通謀虚偽表示又は心裡留保
 前記ア(イ)のとおり、Bは、原告がY社から別紙1不動産目録記載1、2及び3の各土地を約8億円で買い受けることに同意していたし、原告が本件売買契約を含む一連の取引において結果として2億5000万円の利益を受けることができなかったのは、転売時の売却代金が当初予定していた21億円を下回ったためである。そのため、Aが、原告に2億5000万円の利益を帰属させるというAの約束を果たせないことを認識しながら本件売買契約を締結したとは認められず、本件売買契約は、通謀虚偽表示又は心裡留保により無効となるものではない。
エ Aの権限逸脱
 AとBとの間の単なる約束が、会社法349条5項にいう代表取締役の「権限に加えた制限」に当たるものとは解し難い上、前記ア(ウ)のとおり、Bは、本件売買契約の締結につき承諾していたから、Aが原告を代表して本件売買契約を締結した行為は、Aの代表取締役としての権限を逸脱しない。
(2)本件債務免除が「債務の免除等」に該当するか否か(その2・本件債務免除の実質的な法的性質)
(原告の主張)

 Aは、原告の唯一の株主であるBとの間で、本件売買契約を含む一連の取引によって原告に2億5000万円の利益を帰属させることを約束しており、これは原告及びY社の双方を代表するAによって両者の合意にもなっていた。それにもかかわらず、Aは、Y社を代表して、本件売買契約の売買代金額を恣意的に設定し、上記約束違反をしたから、Y社は、その後処理として本件債務免除をしたものにすぎない。
 したがって、本件債務免除は、原告に一方的に不相当な利益や異常な利益を与えるものではなく、必要かつ合理的な理由に基づくものであるから、「債務の免除等」には当たらない。また、原告は、Y社に対し、上記約束に基づく2億5000万円の利益配分請求権又はY社の上記約束違反による同額の損害賠償請求権を有していたといえるから、本件債務免除は、一種の債務不存在確認又は相殺処理として行われたといえ、この点でも、「債務の免除等」に当たらない。
(被告の主張)
 本件債務免除は、これに係る通知書に記載されたとおり、原告がY社に対して負う本件未収金債務を、Y社が免除するものであるから、「債務の免除等」に該当する。
(3)本件滞納国税の徴収不足が本件債務免除に基因するか否か
(原告の主張)

 本件売買契約に定められた売買代金支払期限から5年が経過する平成28年2月25日より後は、原告は、消滅時効を援用して本件未収金債務を免れることができた。そのため、本件告知処分がされた令和2年3月24日の時点で、本件未収金債務に係る債権は、Y社における租税納付の原資となり得ないから、本件滞納国税の徴収不足が本件債務免除に基因するとはいえない。
(被告の主張)
 消滅時効期間が経過し、原告がこれを援用することにより本件未収金債務が消滅したはずであるなどという仮定に基づく不確かな事情をもって、原告の第二次納税義務の成否が左右されることはない。
(4)現存利益の存否
(原告の主張)

 前記(1)及び(2)の事情からすれば、Y社は、原告に対して本件未収金債務の履行を請求することが不可能又は著しく困難であるから、本件未収金債務に係る債権の価値は0円であって、本件債務免除により原告が受けた利益は現に存しない。
(被告の主張)
 債務免除による利益の額は、当該債権の価額であると解され、また、債権の実質的価値は、その債権金額の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるような特別な事情が認められる場合等を除き、債権の額面金額であると解するべきであるところ、本件債務免除当時の原告の財産状況等からすれば、かかる特別な事情は見当たらない。
 そうすると、本件債務免除により原告が受けた利益の額は、本件未収金債務の額と同額であり、かかる利益は、本件告知処分時にも現存していたというべきである。
(5)不当利得返還請求権の成否(請求の趣旨2項に係る主張)
(原告の主張)

 原告は本件告知処分に係る本税の納付をしたところ、本件告知処分が取り消されれば、被告は法律上の原因なく利益を受け、そのために原告は上記納付した金員相当額の損失を被ったこととなるから、同額の不当利得返還請求権が成立する。
(被告の主張)
 原告が本件告知処分に基づき納付した金員について、被告が返還することとなった場合、かかる金員は国税通則法56条1項に規定する過誤納金に該当し、民法の不当利得の規定の適用はないから、不当利得返還請求権は成立しない。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実に加え、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1)本件の取引に至るまでの経緯
ア Bは、平成22年9月頃、Aから、M社(以下「M社」という。)がY社の所有する土地を21億円で購入することを計画しているので、原告が、Y社の株式を購入することで上記の土地を取得した上で、M社に転売すれば、原告が多額の転売益を得ることができるとの取引(以下「■■■■案件」という。)が持ち込まれ、Aに対し、■■■■案件を具体的に進めるよう指示した(甲44、B本人2、3、20、21頁)。
イ Bは、平成22年11月29日、Aから、■■■■案件の具体的内容として、原告がY社の株式の購入等のために総額12億6000万円の資金を支出する必要があること、M社はY社の所有する土地を19億円で購入するとしていること、その差額である6億4000万円が粗利益で、そのうちの2億5000万円が原告の得る利益となることなどがファクシミリにより伝えられた(甲2(枝番号を含む。))。Bは、その翌日、Aと面談して、■■■■案件につき、改めて上記と同旨の説明を受けた上で、■■■■案件につき具体的に作業を進めることを了承した(甲44、B本人3、4頁)。
ウ Bは、平成23年1月14日、Aから、■■■■案件に関するY社の株式に係る売買契約書及び株式売買代金領収書、××商事株式会社の所有する土地に係る不動産売買代金領収書並びにY社の負債に係る債権回収証書の案一式をファクシミリで受領し(甲3(枝番号を含む。))、これらの契約書案が、従前のAの説明と一致していることなどを確認した(甲44)。
エ Bは、平成23年1月27日、Aから、■■■■案件の必要資金について、原告名義でY社の株主らの銀行口座に送金するようファクシミリで依頼を受け、Aに対し、その依頼のとおりに振込みをする旨を回答した(甲38、44、B本人4頁)。
(2)原告による不動産の購入等
ア 原告は、平成23年1月31日、Y社の株主らから売買代金合計9億4989万4400円でY社の全ての株式を購入する契約(甲11、12。以下「本件株式売買契約」という。)及び××商事株式会社から同社の所有する別紙1不動産目録記載4及び5の土地及び同記載1の土地に係る借地権を売買代金8356万円で購入する契約(甲10)を締結するなどした。Bは、自身が管理する原告の実印をこの取引の場に持参して立ち会い、Bの指示の下、上記各契約の契約書に原告の実印が押印された(甲37、44、B本人11、33~35頁)。
イ 本件売買契約について、平成23年1月31日付けで契約書が作成されたところ、この契約書には、Aが保管していた原告の取引印が押印されており、原告の実印は押印されていなかった(甲9、37、44、乙12、B本人11、36、37頁)。
ウ なお、平成23年2月18日、別紙1不動産目録記載3の土地は、同目録記載3−1及び3−2の各土地に分筆され、同目録記載5の土地は、同目録記載5−1及び5−2の各土地に分筆された(甲18ないし24)。
(3)原告における取締役会決議等
 原告において、平成23年2月4日午後1時、原告の取締役全員が出席した上で、原告が同月7日にY社から別紙1不動産目録記載1、2及び3の各土地を時価で購入することを承認する旨の取締役会決議がされた旨が記載されている取締役会議事録(以下「本件議事録」という。)が作成された。本件議事録には、Bが管理する原告の実印が押印された。(甲37、乙35)
(4)原告による不動産の売却等
ア Bは、平成23年2月22日、Aから、■■■■案件について、M社が原告に合計19億円を送金する予定であること、原告に2億5000万円の利益を確保することを前提に原告とY社との間で精算をすることなどがファクシミリで伝えられた(甲4)。
イ 原告は、平成23年2月25日、別紙1不動産目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)のうち同目録記載1、2、3−2及び5−2の各土地をM社に売買代金18億000万円で売却し(以下「別件売買契約1」という。)、その余の本件各土地を株式会社L(以下「L社」という。)に売買代金5000万円で売却する(以下「別件売買契約2」という。)契約を締結した(甲15、16、乙21)。これらの契約の契約書には原告の実印が押印された(甲37)。なお、L社の代表取締役は、当時、AとともにY社の取締役を務めていたD(以下「D」という。)であったが、L社を実質的に支配していたのはAであった(甲43の1、乙6の2)。
ウ Bの経営する会社が管理していた原告名義の口座において、平成23年2月25日、M社及びL社から、それぞれ16億7378万7900円及び5000万円が入金され、同日、Y社に対し、1億6909万5515円が送金された。また、上記口座において、同年5月27日、M社から、1億8500万円が入金され、Y社に対し、1億8500万0840円が送金された。(乙9、B本人37頁、弁論の全趣旨)
エ L社は、平成23年5月31日、別件売買契約2において原告から購入した各土地をK不動産株式会社(以下「K不動産」という。)に2億5800万円で売却する契約を締結した(甲17)。
(5)本件の取引後の経緯
ア ■■■■案件の結果、本件未収金債務が残り、原告は2798万9765円の利益のみを得ることとなった(甲42の1、弁論の全趣旨)。
イ Bは、平成25年6月3日、Aから、■■■■案件について、原告の利益として確保する予定となっていた2億5000万円は、本件売買契約に基づく原告の売買代金債務をY社において受領しないという形(本件未収金債務)で確保されている旨などの説明を書面で受けた(甲39)。
ウ Aは、平成25年6月20日、原告の代表取締役を辞任し、同年11月19日、Y社の代表取締役を辞任した(前記前提事実(1)ア及びイ)。
エ Y社の取締役会は、平成25年11月19日、原告から、L社名義で原告から5000万円で購入した土地をK不動産に2億5800万円で売却していることや、原告が■■■■案件に関して負担した業務委託料も考慮すれば、本件未収金債務は存在しない旨の主張がされていることについて、その主張には誤りがないことから、以後の税務申告において本件未収金債務は存在しないものとして処理する旨の決定をした(乙39)。Y社は、同月20日付けで、原告に対し、本件債務免除をした(前記前提事実(3))。
(6)国税局による調査
 原告の当時の代表者であったCは、平成27年3月4日付けで、東京国税局徴収職員に対し、本件債務免除に関する質問に関連して、■■■■案件は、約8億円で買った土地を21億円で売却することで2億5000万円以上の利益を得るというものであったが、売却額が18億5000万円に当初の予定よりも2億5000万円減少してしまった旨の説明をする回答書を提出した(前記前提事実(1)ア、乙29)。
2 争点(1)(本件債務免除が「債務の免除等」に該当するか否か(その1・本件売買契約の有効性))について
(1)利益相反取引

 仮に、本件売買契約当時、原告の全株式の保有者が、原告の代表取締役として本件売買契約に関与したAであった場合、本件売買契約が利益相反取引に該当しないか、利益相反取引に該当したとしても総株主の承諾が認められるから、本件売買契約が利益相反取引を理由に無効となることはない。また、仮に、本件売買契約当時、原告の全株式の保有者がBであった場合、本件売買契約が利益相反取引に該当したとしても、総株主であるBが本件売買契約の締結につき承諾をしていれば、本件売買契約が利益相反取引を理由に無効となることはない。
 そこで、まずBが本件売買契約の締結につき承諾をしていたか否かについて検討する。
ア 前記認定事実(1)ア及びイ並びに同(4)アによれば、原告が■■■■案件に関与する目的は、2億5000万円の転売益を得ることにあったといえるから、Bとしては、別紙1不動産目録記載1、2及び3の各土地のY社からの購入代金とM社に対する売却代金に大きな関心を寄せていたことが推認される。そして、本件株式売買契約や別件売買契約1及び2については、BがAから事前に説明を受け、その内容を了承してから、原告が契約を締結していることも考慮すれば(前記認定事実(1)ウ及びエ並びに同(4)ア及びイ)、本件売買契約についても、BがAから事前に説明を受け、その内容を了承していたと考えるのが自然である。加えて、本件売買契約締結時のほかにも、本件議事録にBが管理する原告の実印が押印されるとき(同(3))や、別件売買契約1及び2が締結され、Bの経営する会社が管理していた原告名義の口座において、M社及びL社からの入金の一部がY社に送金されるとき(同(4)イ及びウ)など、BがAから本件売買契約の内容について説明を受けて然るべき機会も複数あったことも考慮すれば、平成25年5月頃までAに本件売買契約の帰趨について問い合わせず、売買代金額についても認識していなかったなどとするBの供述等(甲44、B本人9~11、30頁)は、不自然であるといわざるを得ず、採用することができない。
  したがって、Bが本件売買契約の締結につき承諾をしていたことが強く推認される。
イ(ア)これに対し、原告は、■■■■案件は、原告に2億5000万円の利益を確保することが前提となっていたから、その利益を得ることができない売買代金額を内容とする本件売買契約の締結について、Bが承諾するはずがないなどと主張する。
   しかし、Aが実質的に支配していたL社は、別件売買契約2により原告から5000万円で購入した土地を、K不動産に対して2億5800万円で売却しているところ、K不動産に対する上記売却代金額を考慮すれば、結局、本件各土地は合計約21億円で売却できたことになり、その結果、原告及びL社において得た利益の総額は約2億3000万円となるのであるから(前記認定事実(4)イ及びエ並びに同(5)ア)、本件売買契約の売買代金額を前提にしても、本件各土地の転売により2億5000万円に近い利益を得ることは可能であったといえる。そして、東京国税局徴収職員に提出された平成27年3月4日付け回答書においては、■■■■案件は、約8億円で買った土地を21億円で売却することで2億5000万円以上の利益を得るというものであった旨記載されているところ(同(6))、税務調査に対する回答書という書面の性質に鑑みてBの了承を得ずに提出されたとは考え難いことも踏まえると、B自身も、本件売買契約の売買代金が約8億円であり、同金額を前提にしても、原告が2億5000万円の利益を得ることができると認識していた可能性は十分に考えられる。
   そうすると、■■■■案件が原告に2億5000万円の利益を確保することが前提となっていたことをもって本件売買契約の締結につきBの承諾が存在するとの推認が妨げられるものではないから、原告の上記主張は採用することができない(なお、本件売買契約等により本件各土地を取得した後、その全部をM社に売却するのではなく、一部をL社を経由して転売することについては、Bの承諾を得ていなかった可能性がうかがわれるが、このことは、Bの本件売買契約の締結に対する承諾の効力に直ちに影響を及ぼすものではない。)。
 (イ)また、原告は、本件売買契約の契約書には■■■■案件における他の契約と異なり原告の実印ではなく取引印が押印されており、Bが本件売買契約の締結について承諾していないことが推認される旨主張する。
  しかし、■■■■案件における他の契約と異なり、本件売買契約は、原告と、原告が全株式を保有するY社との間の契約であり、グループ会社内での取引であることから、契約の当事者が一堂に会して契約書の内容を確認し、実印を押印するなどの正式な手続を経ることまではしなかったとしても不自然ではない。
  そうすると、本件売買契約の契約書に原告の実印ではなく取引印が押印されていたことをもって、本件売買契約の締結につきBの承諾が存在するとの推認が直ちに妨げられるものではないから、原告の上記主張は採用することができない。
(ウ)さらに、原告は、仮にBが本件売買契約の締結を承諾していたとすれば、平成25年6月頃、Bが■■■■案件について税理士に調査依頼し、関係者らを集めてAを糾弾し、Aが原告及びY社の代表取締役を辞任したこと、また、原告が本件訴えを提起したことの合理的な説明がつかない旨主張する。
  しかし、前記(ア)のとおり、本件各土地の一部をL社を経由して転売することについては、Bの承諾を得ていなかったことがうかがわれるところ、これを前提にすれば、■■■■案件の後に、BがAとトラブルになったとしても不自然ではなく、原告が主張する上記事情は、Bが本件売買契約の締結を承諾したことと必ずしも矛盾するものではない。なお、Bは、Aが原告及びY社の代表取締役を辞任した約2年後である平成27年頃に、L社が2億円以上の利益を得ていたことを知ったとか、L社が■■■■案件においてBに黙って2億円以上の利益を得たことについてDが告白したなどの供述等(甲44、B本人14、38頁)をするが、これらの供述等は、Y社の取締役会が、平成25年11月19日の時点で、■■■■案件においてL社名義で2億円以上の利益を得た旨の原告からの主張が誤りではないことを前提に、本件未収金債務は存在しないこととする旨の決定をしていること(前記認定事実(5)エ)と矛盾しており、採用することができない。
  したがって、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 以上によれば、Bが本件売買契約の締結につき承諾をしていたと認められるから、仮に本件売買契約が利益相反取引に該当し、本件売買契約当時、原告の全株式の保有者がBであったとしても、本件売買契約が無効となるとは認められない。
(2)重要な業務執行
 仮に本件売買契約の締結が原告において重要な業務執行に該当し、本件売買契約当時、原告の全株式の保有者がBであったとしても、前記(1)のとおり、原告の総株主であるBが本件売買契約の締結につき承諾をしていたこととなるから、本件売買契約が無効となるとは認められない。
(3)通謀虚偽表示又は心裡留保
 法人の意思表示の瑕疵の有無は、法人の代表者又は代理人について決すべき(民法101条1項)ところ、本件売買契約時における原告及びY社の代表者はいずれもAであり、Aは、Y社において別紙1不動産目録記載1、2及び3の各土地を売買代金8億1644万円で売却し、原告において上記各土地を同金額で購入する意思をもって、Y社及び原告を代表して本件売買契約を締結したものと認められ、これに反する証拠はない。そして、原告が2億5000万円の転売益を得られることなどの原告が主張する点が本件売買契約の意思表示の内容に含まれるものではないから、Aにおいて、虚偽の意思表示をしたとはいえず、真意と意思表示との間に齟齬がないことは明らかであり、通謀虚偽表示も心裡留保も成立しない。したがって、本件売買契約がこれらを理由に無効となるとは認められない。
(4)Aの権限逸脱
 前記(1)のとおり、Bが本件売買契約の締結につき承諾をしていたと認められるから、仮に、本件売買契約当時、Bが原告の全株式の保有者であったとしても、Aの代表権に原告が主張するような制限があったとはいえない。したがって、本件売買契約がAの権限逸脱を理由に無効になるとは認められない。
(5)小括
 以上によれば、本件売買契約は有効であり、本件売買契約が無効であることを理由として、本件滞納国税に係る徴収不足が本件債務免除に基因しないということはできない。
3 争点(2)(本件債務免除が「債務の免除等」に該当するか否か(その2・本件債務免除の実質的な法的性質))について
 本件債務免除は、本件未収金債務を免除するものである以上、「債務の免除等」に該当する。
これに対し、原告は、Y社は、原告との間で、■■■■案件の一連の取引により、原告に2億5000万円の利益を帰属させることを約束していたにもかかわらず、その約束を履行しなかったから、その後処理として本件債務免除をしたものにすぎず、本件債務免除は、必要かつ合理的な理由に基づくものであり、又は一種の債務不存在確認又は相殺処理であって、「債務の免除等」に該当しない旨主張する。しかし、前記認定事実(5)エのとおり、Y社は、L社名義で原告から5000万円で購入した土地をK不動産に2億5800万円で売却したことなどの事情を考慮して、取締役会決議を経た上で、本件債務免除をしたことが認められ、Y社は、本件未収金債務の処理の方法として様々なものが考えられるところで、あえてこれを免除することを選択し、原告に対し、債権放棄通知書(甲8)を送付することにより、一方的な意思表示として、本件債務免除をしたといえる。そのほか、Y社と原告との間で、相互に債務不存在が確認され、あるいは相殺処理がされたことをうかがわせる証拠はない。したがって、原告の上記主張をもって、本件債務免除が「債務の免除等」に該当することを否定することはできない。なお、原告が引用する国税不服審判所の裁決例は、いずれも敷金あるいは建設協力金の性質に着目した判断であって、本件とは事案を異にするものである。
4 争点(3)(本件滞納国税の徴収不足が本件債務免除に基因するか否か)について
 原告は、平成28年2月25日の経過により本件未収金債務の消滅時効が完成したなどと主張するが、原告は消滅時効を援用しないまま本件債務免除を受けた以上、本件未収金債務が本件債務免除により消滅したことは否定し得ないから、消滅時効期間の経過を理由に徴収不足が本件債務免除に基因しないということはできない。
5 争点(4)(現存利益の存否)について
 前記2(1)のとおり、本件売買契約は有効であり、本件売買契約に基づいて本件未収金債務が発生したと認められる以上、原告は本件債務免除により本件未収金債務の額面どおりの利益を得たと認められる。
6 結論
 したがって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官 鎌野真敬
裁判官 都築健太郎
裁判官栗原志保は、転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 鎌野真敬

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