解説記事2024年11月25日 特別解説 日本企業による会計監査人交代の理由(臨時報告書における開示例) その2(2024年11月25日号・№1052)
特別解説
日本企業による会計監査人交代の理由(臨時報告書における開示例) その2
はじめに
本稿では、前回(本誌1049号)に引き続き、会計監査人の交代を行った会社が臨時報告書で行った開示を、会計監査人交代の理由(異動の決定または異動に至った理由及び経緯)を中心に紹介することとしたい。なお、本稿での調査分析の対象とした臨時報告書は、2023年10月1日から2024年9月30日までの間に各財務局に提出され、EDINET上で開示された116件である。
臨時報告書における開示例(類型別の分類)
本稿で取り上げる臨時報告書における会計監査人交代に係る開示例を類型別に分類すると、次のとおりである。
(1)会計上の不祥事等や会計監査人との見解の相違等に起因する会計監査人の交代
・リネットジャパングループ(株)
・アクサスホールディングス(株)
・(株)DDS(ディー・ディー・エス)
・アジャイルメディア・ネットワーク(株)
(2)報酬依存度に関する規制に起因する会計監査人の交代
・(株)上組
(3)その他の特徴的な事由による会計監査人の交代
・三協フロンテア(株)(監査業務と非監査業務との同時提供)
具体的な開示例
(1)会計上の不祥事等や会計監査人との見解の相違等に起因する会計監査人の交代
① リネットジャパングループ(株)
前任の会計監査人:PwC Japan有限責任監査法人(旧PwC京都監査法人)
後任の会計監査人:監査法人アリア
監査継続年数:3年
臨時報告書提出日:2024年7月25日
リネットジャパングループ株式会社は愛知県を本拠地とする企業であり、東証グロース市場に株式を上場している。書店・古書店・リサイクルショップを運営するネットオフ株式会社やネットリサイクル事業を行うリネットジャパンリサイクル株式会社を傘下に有している。会社は臨時報告書において、下記のような開示を行った。
当社は、2024年3月28日付「第24期(2023年9月期)有価証券報告書の提出及び過年度の訂正報告書の提出並びに過年度の決算短信等の訂正に関するお知らせ」にて開示したとおり、当社の連結子会社であるCHAMROEUN MICROFINANCE PLC.(本社:カンボジア王国プノンペン都)において発生した不適切な融資取引により、2023年9月期第1四半期決算、2023年9月期第2四半期決算、2023年9月期第3四半期決算、2023年9月期決算の訂正を行いました。
今後、当社の監査上必要な手続を実施するための監査工数及び監査報酬の負担が増加することを勘案し、同監査法人とも誠実に協議を続けた結果、本日(2024年7月25日)付で監査契約を終了すること及び会計監査人を退任することについて合意いたしました。
当社は、同時に、会計監査人が不在となる事態を回避し、適正な監査業務が継続的に実施される体制を維持するために、新たな会計監査人の選定を行い、本日開催の監査等委員会において、監査法人アリアを一時会計監査人に選任することを決議いたしました。
なお、2024年9月期第3四半期決算については、既に監査法人アリアによる予備調査が開始されており、PwC Japan有限責任監査法人からは、監査業務の引継ぎについて、協力を得ることができる旨の確約をいただいております。
② アクサスホールディングス(株)
前任の会計監査人:PwC Japan有限責任監査法人(旧PwC京都監査法人)
後任の会計監査人:監査法人アリア
監査継続年数:9年
臨時報告書提出日:2023年12月8日
アクサスホールディングス株式会社は、東証スタンダード市場に株式を上場している。傘下のアクサス株式会社は、徳島県を拠点として、ドラッグストア、リカーショップ、インテリアショップ、スポーツ用品店などを展開する総合企業である。
会社はPwC京都監査法人の退任を受けて、当初は有限責任監査法人トーマツを後任の会計監査人と決定し、定時株主総会の議案にも織り込んでいたが、トーマツとの間の協議が不調に終わり、合意ができなかったことから、株主総会における会計監査人の選任議案を取り下げて、一時会計監査人として、監査法人アリアを選任した。
当社の会計監査人であるPwC Japan有限責任監査法人(旧PwC京都監査法人)は、令和5年11月22日開催の第8期定時株主総会終結の時をもって任期満了となりました。現任の会計監査人については、会計監査が適切かつ妥当に行われていることを確保する体制を十分に備えているものの、監査等委員会は、現会計監査人の監査継続年数が長期にわたっていることを考慮し、新たな会計監査人として、有限責任監査法人トーマツとの間で、当社の会計監査業務について協議を進めておりましたが、同監査法人との間で監査業務の業務量とその経済性等の点におきまして、最終的な合意には至りませんでした。
当社は後任の会計監査人の選定にあたり、品質管理体制、独立性、専門性及び監査報酬の水準等について複数の公認会計士等から比較検討してまいりました。その結果、令和5年12月6日開催の臨時監査等委員会において、監査法人アリアが当社の業種や事業規模、業務内容に適した監査対応、監査費用等に相当であると判断し、当社の一時会計監査人として選任することといたしました。
なお、前会計監査人であるPwC Japan有限責任監査法人(旧PwC京都監査法人)からは、監査業務引継ぎについて、協力いただけることを確認しております。
上記の臨時報告書の記載のみからは、有限責任監査法人トーマツとの間で「監査業務の業務量とその経済性等の点について、最終的な合意には至らなかった理由」を知ることはできないが、かなり深刻な事態が生じていたことは確かであろう。
③(株)ディー・ディー・エス(DDS)
前任の会計監査人:應和監査法人
後任の会計監査人:ななつぼし監査法人及び南方公認会計士事務所
監査継続年数:1年
臨時報告書提出日:2024年6月3日
(株)ディー・ディー・エスは、愛知県に本社を置く生体認証機器メーカーである。会社は、元代表取締役会長による不適切な会計処理、2016年12月期と2018年12月期の決算において、赤字であるところを黒字と偽った上で継続企業の前提に関する重要事象等の記載の解消を行っていた事などが明らかとなった。会社は東証のグロース市場に株式を上場していたが、「内部管理体制等について改善の見込みがなくなったと東証が認める場合」に該当したために上場廃止の決定が下り、2023年8月4日に上場廃止となった。
なお、2022年12月期まで会社の会計監査人であった準大手監査法人の太陽有限責任監査法人は、社員である2名の公認会計士が、同社の財務書類の監査において、相当の注意を怠り、重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明したとして、金融庁から行政処分を受けている。
会社は、2023年度、2024年度の2年連続して会計監査人を交代させており、臨時報告書において下記のような開示を行った。
2023年3月30日 太陽有限責任監査法人から應和監査法人に交代
当社の会計監査人である太陽有限責任監査法人は2023年3月30日開催予定の第28期定時株主総会の終結の時をもって任期満了となります。当社は、太陽有限責任監査法人を会計監査人として長期にわたって選任してまいりましたが、監査役会は、同法人による監査期間が長期にわたること、並びに当社の事業規模に見合った監査対応および監査の専門性、独立性、品質管理体制等を総合的に勘案した結果、会計監査人を見直すこととし、新たに應和監査法人を会計監査人として選任するものであります。
2024年6月3日 應和監査法人から、ななつぼし監査法人及び南方公認会計士事務所に交代
当社は2023年12月期末決算において、経理担当の人員不足によって監査手続きに遅れが生じ、監査計画時間数を大幅に超過する結果となりました。当社が希望する監査報酬額での継続は困難な見込みであったため、一時会計監査人の選任手続を進めておりましたが、当社の事業規模、業務内容に適した監査対応、監査報酬等を総合的に勘案した結果、6月3日開催の監査役会におきまして、ななつぼし監査法人及び南方公認会計士事務所が当社の会計監査人として適任と判断したものであります。
2年連続して会計監査人が交代するという事態は尋常ではない。会社は、太陽有限責任監査法人に行政処分が下るきっかけともなった会計上の不祥事を起こし、上場廃止となった後も、混乱が続いているようである。
④ アジャイルメディア・ネットワーク(株)
前任の会計監査人:監査法人アリア
後任の会計監査人:KDA監査法人
監査継続年数:2年
臨時報告書提出日:2024年3月1日
アジャイルメディア・ネットワーク株式会社は、都内に本拠を置くインターネット広告企業であり、東証グロース市場に株式を上場している。
会社は臨時報告書において、下記のような開示を行った。
現会計監査人である監査法人アリアは2024年3月28日開催予定の第17期定時株主総会の終結の時をもって任期満了となります。現会計監査人が就任した2022年3月は、当社は元役員による不適切会計の疑義が発生し、社外有識者により構成された第三者委員会による調査を進める等しており、適切な会計監査を受けづらい状況となっておりました。このような窮地の状況でも現会計監査人は当社の一時会計監査人として受嘱し、その後も会計監査人として受嘱していただきました。
当社は2022年6月に株式会社東京証券取引所より特設注意市場銘柄に指定され、社内管理体制の改善を行うことで2023年8月に特設注意市場銘柄の指定は解除に至りました。このように現会計監査人が就任した当時に比べると社内管理体制は正常化しているものと判断しております。このたび、当社は現会計監査人について会計監査が適切かつ妥当に行われており、またそれを確保する体制を十分に備えているものと考えておりますが、より当社の事業規模に適した監査を行っていただくため複数の監査法人より提案を受けその内容を検討した結果、上記の理由により新たにKDA監査法人を当社の会計監査人候補者として選任するものであります。
アジャイルメディア・ネットワークも、かつては不祥事で世間を騒がせて、「監査難民」になりかけた会社であるが、前述したDDSとは対照的に、現在は一時の危機的な状況から脱し、業務正常化への道を歩んでいるように見受けられる。
(2)報酬依存度に関する規制に起因する会計監査人の交代
(株)上組
前任の会計監査人:神陽監査法人
後任の会計監査人:ネクサス監査法人
監査継続年数:40年
臨時報告書提出日:2024年5月17日
監査報酬:親会社と連結子会社分を合わせて、48百万円。
株式会社上組(かみぐみ)は、兵庫県神戸市中央区に本社を置く、港湾運送業・倉庫業・重量物運搬などを行う企業であり、東証プライム市場に株式を上場している。
会社は臨時報告書において、下記のような開示を行った。
当社の会計監査人である神陽監査法人は、2024年6月27日開催予定の第85回定時株主総会の終結の時をもって任期満了となります。同監査法人とは1984年から監査契約を締結しており、会計監査が適切かつ妥当に行われることを確保する体制を十分に備えていると判断しております。しかし、同監査法人より、2022年7月に改正された日本公認会計士協会の倫理規則において報酬依存度に係る規制が強化されたことで、将来的な当該規制のクリアが困難であるとして、任期満了をもって監査契約の継続を辞退したい旨の申し出がありました。
これを受け、当社といたしましても、ネクサス監査法人(後任の会計監査人)の品質管理体制、独立性、専門性、監査体制及び監査報酬の水準等を総合的に勘案した結果、会計監査が適正に行われることを確保する体制を整えており、当社の会計監査人として適任であると判断したため、新たに同監査法人を会計監査人として選任するものであります。
上記開示の原因となっている、倫理規則の該当する規則は下記のとおりである。
日本公認会計士協会 倫理規則 2022年7月25日改正
<イ.被監査会社が社会的影響度の高い事業体の場合>
R410.18会計事務所等は、2年連続して、社会的影響度の高い事業体である特定の被監査会社に対する報酬依存度が15%を超える場合又は超える可能性が高い場合には、2年目の監査意見を表明する前に、会計事務所等の構成員ではない会員(監査法人等)による監査業務に係る審査と同様のレビュー(「監査意見表明前のレビュー」)が、阻害要因を許容可能な水準にまで軽減するためのセーフガードとなり得るかどうかを判断し、セーフガードとなり得ると判断した場合は、その対応策を適用しなければならない。
R410.20会計事務所等は、5年連続してR410.18項で規定されている状況が継続する場合、5年目の監査意見の表明後に監査人を辞任しなければならない。
同様の開示例は、川西倉庫株式会社(監査報酬;親会社と連結子会社分を合わせて21百万円)においてもみられた(川西倉庫の会計監査人も上組と同様に、神陽監査法人であった)。
(3)その他の特徴的な事由による会計監査人の交代
三協フロンテア(株)
前任の会計監査人:EY新日本有限責任監査法人
後任の会計監査人:監査法人アヴァンティア
監査継続年数:33年
臨時報告書提出日:2024年5月17日
三協フロンテア株式会社は、ユニットハウス・プレハブの専門企業であり、東証スタンダード市場に株式を上場している。会社は臨時報告書において、下記のような開示を行った。
当社の会計監査人であるEY新日本有限責任監査法人は、2024年6月25日開催予定の第55回定時株主総会の終結の時をもって任期満了となります。同会計監査人については、会計監査が適切かつ妥当に行われることを確保する体制を十分に備えていると判断しておりますが、現在当社が進めているシステムの改修の助言業務について同会計監査人のネットワーク・ファームに依拠しており、今後、財務会計分野においてもシステム改修を進めるにあたり、より関与度合を高めたコンサルティングを受けることを計画しているため、独立性に与える影響の観点を踏まえたこと、また、監査継続年数が長期(33年)にわたっていることから、新たに監査法人アヴァンティアを選任するものであります。
日本公認会計士協会が公表する「倫理規則」では、被監査会社である上場会社等の「社会的影響度の高い事業体(PIE)に対して、監査法人が監査業務と並行して非監査業務(情報システムに関する業務)を提供する場合、「サブセクション606情報システムに関する業務」において下記のように定めている。
「監査法人は、情報システムに関する業務の提供により自己レビュー(自己監査)という阻害要因が生じる可能性がある場合、PIEである被監査会社に対して、当該業務を提供してはならない(R600.6項)。
自己レビューという阻害要因が生じるために禁止される業務の例には、次のいずれかの情報システムの設計又は導入に関わる業務が含まれる(606.6A1項)。
(1)財務報告に係る内部統制の一部を形成する情報システム
(2)被監査会社の会計記録又は会計事務所等が意見を表明する財務諸表の情報を生成する情報システム
終わりに
本解説の(その1)でもふれたように、我が国の上場会社による会計監査人の交代件数は、年間で120件前後と、数年前と比べると半分程度の水準に減少し、足元でも落ち着きを見せている。
会計監査人交代の理由でみると、ここ数年極めて多かった、4大監査法人による中堅上場会社との監査契約の解除と準大手監査法人や中小規模監査法人による引継ぎというパターンが減少する一方で、日本公認会計士協会が公表する倫理規則の改正(独立性に関する規制の強化等)など、被監査会社ではなく監査法人側の事情を理由とするような会計監査人の交代事例が新たに出てきている。
また、会計上の不祥事やそれに伴う財務諸表等の訂正に伴うコストの大幅増加・信頼関係の崩壊等を理由とする会計監査人の交代も、引き続き一定数は存在する。残念なことであるが、この類型は今後もなくなることはないであろう。
2022年5月に公布された「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律」によって、2023年4月から上場会社等監査人登録制度がスタートした。この制度により、上場会社が監査を受ける際には、登録のある監査法人や公認会計士に依頼する必要がある。つまり、上場会社の財務諸表の監査証明業務を行う場合、監査法人または公認会計士は、上場会社等監査人名簿への登録を受けることが必須となり、登録を受けるためには人的体制や品質管理体制の整備などが求められるようになった。
本稿でも取り上げた倫理規則の規制強化(報酬依存度等)や上場会社等監査人登録制度の導入等を契機に、上場会社の監査から撤退する中小規模監査法人も出てきている。上場会社の監査を実施する監査法人を取り巻く制度や環境は急激に変化しており、監査法人の規模を問わず、適時適切にキャッチアップしてゆくことが必須と言えよう。
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