解説記事2025年02月03日 解説 審査請求の実際−納税者代理人の立場から−(2025年2月3日号・№1061)
解説
審査請求の実際−納税者代理人の立場から−
森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業 弁護士・税理士 栗原宏幸
Ⅰ はじめに
本稿は、課税処分に対する不服申立ての手続きである「審査請求」について、納税者代理人としての筆者の経験をもとに、その実際のところ、つまり「課税処分を取り消す」という納税者の目的を達成する手段としての(誤解を恐れずに言うと)「使い勝手の良し悪し」を述べるものである。
上述のとおり、本稿の記述はあくまで納税者代理人としての筆者の経験に基づくものであり、中立性・客観性が必ずしも担保されている内容ではないことを予めご容赦いただきたい。また、本稿で取り上げる国税不服審判所における取扱いは、基本的には、筆者が審査請求を代理することが多い特定の支部における取扱いであり、他の支部には当てはまらない可能性がある。
結論から言うと、現在の審査請求の実務は、納税者救済という観点からみて十分とは言い難い。以下、詳しく説明する。
Ⅱ 「審査請求前置主義」とその例外
納税者が課税処分を受けた場合、法は、これを争う手段として、①国税不服審判所長に対する「審査請求」と②裁判所に対する「訴訟」を設けている(脚注1)。
「審査請求」と「訴訟」の関係について、法は、原則として、審査請求に対する国税不服審判所長の判断(裁決)を経た後でなければ訴訟を提起することはできないと定めている(審査請求前置主義)。もっとも、その例外として、審査請求をしてから3か月が経過してもなお裁決が下されない場合は、裁決を待たずに訴訟を提起することが認められている(国税通則法115条1項)。
そのため、納税者が課税処分を争う場合、まずは訴訟ではなく審査請求を行う必要があるが、審査請求から3か月以内に裁決が下されることは基本的にあり得ない。したがって、審査請求前置主義と言いながら、実際には、①審査請求で課税処分を争うか、それとも②(審査請求をして3か月待った上で)訴訟で課税処分を争うかの選択権が納税者に与えられているといって差し支えない。
そこで、納税者としては、審査請求と訴訟を比較考量し、どちらで課税処分の適法性を争うのが良いのかを検討することになる。
では、審査請求は、訴訟に移行せずに引き続き審査請求で争う方が良いといえる利点を有しているだろうか。
Ⅲ 審査請求の「良い点」
訴訟と比べた場合の審査請求の利点は、主に以下の三点である。
(1)課税処分の取消しが確定するまでの期間が短い
審査請求をしてから裁決までの期間は、基本的には1年程度であり(脚注2)、訴訟と違い、課税処分の取消裁決に対して原処分庁が不服を申し立てることはできないため、最短で1年程度で課税処分の取消しという目的を達成できる可能性がある。
これに対し、訴訟の場合、一審判決までに限っても2年程度かかることは珍しくない上、一審で納税者が勝訴しても国(被告)が控訴する可能性があり、その場合は確定まで更に期間を要する。
(2)非公開の審理
審査請求の手続きは非公開であり、第三者は納税者・原処分庁の主張書面や提出資料にアクセスできない。また、裁決の内容も原則として公開されず、例外として国税不服審判所のホームページで公開される場合も、当事者が特定できないように匿名処理が施された状態で掲載される。したがって、課税処分を受けた事実も含めて守秘性が保たれる(ただし、新聞や専門誌等で報道された場合はこの限りでない。)。
これに対し、訴訟の場合、事件が係属している裁判所に行けば誰でも訴訟記録を閲覧することができるため、守秘性を保つことが非常に困難である。
(3)手続費用が安く済む
審査請求を行うこと自体に手数料等は発生しない。
これに対し、訴訟を提起する場合、争う税額に応じた手数料を納付する必要がある(例えば、3,000万円の税額を争う場合、訴え提起の手数料として11万円を要する。)。また、一審で敗訴した場合に高等裁判所に控訴するときは、訴え提起時の1.5倍の手数料を、また、控訴審で敗訴した場合に最高裁判所に上告するときは、訴え提起時の2倍の手数料を、それぞれ納付する必要がある(脚注3)。
Ⅳ 審査請求の「悪い点」
他方、審査請求を訴訟と比べた場合の「使い勝手の悪さ」として感じることが多いものとして、以下がある。
(1)納税者が反論等のための十分な準備をすることが困難
審査請求の手続きは、基本的に、納税者と原処分庁が交互に主張書面(と主張内容を立証するための資料)を提出することで進められるが、原処分庁の主張書面を受領してから反論のための主張書面の提出期限までが非常に短く、原処分庁の主張書面の受領日から3~4週間後の日が提出期限として指定されることが一般的である。提出期限の設定に当たり、納税者側の意見が聴かれることは基本的にない(脚注4)。
提出期限の延長などの融通がきかないわけではないが、前述の標準審理期間1年を念頭に、当事者の攻撃防御の観点から必要と認められる準備期間を設けるという訴訟の場合とは全く異なる発想で提出期限が設定されていることは疑いがない。
また、原処分庁が主張書面と同時に審判所に提出した資料については、手数料を支払うことで審判所からコピーを入手することができるが、第三者の機密情報などをマスキングする手続きを要することから、納税者の手元に届くのは原処分庁の主張書面を受領してから1か月以上後となることが一般的である。にもかかわらず、審判官からは、前述のとおり原処分庁の主張書面の受領から3~4週間後の書面提出を求められることから、納税者側としては、原処分庁が事実認定に用いた資料を確認することができないまま、反論や原処分庁の主張する事実に対する認否を求められることになる。
(2)争点整理が十分とはいえない
訴訟においては、課税処分の適法性に関する国(被告)の主張内容を明確化し、争点を整理するために、初期の段階で納税者(原告)が国(被告)の主張に関して求釈明を申し立て、裁判所がこれを容れて国(被告)に求釈明事項に対する回答を促すことが珍しくない。
他方、審査請求の場合、原処分庁から最初に提出される主張書面(答弁書)の内容が形式的であり、審査請求書における納税者の主張への具体的な応答を欠いていることが多く、また、その後の主張書面においても、納税者側の主張とかみ合わない議論が展開されることが多い。したがって、納税者の立場からは、訴訟の場合に増して求釈明を申し立てる必要性が高いといえよう。
しかしながら、筆者の経験上、審判官が納税者側の求釈明の申立てを認め、原処分庁に主張の明確化を求めることは稀である。その結果、納税者としては、争点に対する原処分庁の主張(つまり攻撃対象)が明確でないまま主張立証を余儀なくされることがあり、蓋を開けてみると想定外の理由で審査請求が棄却されることもある。
また、審理の終盤になると、審判官が作成した「争点の確認表」(納税者の主張と処分庁の主張を対比させた資料)の内容について確認を求められるが、主張の欠落や要約の誤りなどを指摘し、修正案を提示しても、それらが取り入れられることは、筆者の経験上、ほとんどない。
(3)判断内容への疑問
国税不服審判所は三つの事務運営の基本方針を掲げている。そのうちの一つが「納得の得られる裁決書の作成」であり、「争点についての論理展開が明瞭で説得力を持った分かりやすいものとなるよう努めてい」ると説明されている(国税不服審判所設立50周年に関するパンフレットより)。
しかしながら、実際の裁決には法解釈として疑問を抱くものが含まれていることは否定できない。
近時の裁決でいうと、例えば、国税不服審判所令和6年4月22日(関裁(所)令5−38)は、「特定口座内で譲渡した上場株式等の取得費を概算取得費とすることはできないとした事例」として裁決事例集(No.135)に掲載されているものであるが、特定口座に関する法令の規定に触れた上で、「法は、源泉徴収選択口座に係る特定口座内保管上場株式等の譲渡による譲渡所得の金額を申告するに当たり、居住者において同所得の金額の計算上取得費に算入する金額の計算をすることを予定していないものと解するのが相当である。」と判断し、それを根拠に納税者による概算取得費の使用を否定している。しかしながら、そもそも株式に関して概算取得費を認める法令の規定は存在しないから、端的に特定口座に関して概算取得費の使用を認める通達が存在しないことを指摘すれば足りたはずであり、上記のような法の趣旨に基づいた大上段の議論をする必要があったのか疑問であるし、その解釈の当否も疑問である。
Ⅴ まとめ
国税不服審判所は、審査請求の「争点主義的運営」を重視しており、また、前述のとおり「納得のいく裁決書の作成」に努めているとするが、現実は必ずしもそうなってはおらず、使い勝手が良い制度とは言い難い。租税実務家の中には、審査請求を訴訟に向けての「待機期間」と捉える向きもあるが、審査請求の現実からすればそのようなスタンスもやむを得ないのではないかとも思われる。
脚注
1 課税処分をした税務署長自らに対して判断の見直しを求める「再調査の請求」という手段もあるが、本稿では省略する。
2 これは、国税不服審判所長が審査請求の標準審理期間を1年と定めていることによる。
3 これらの手数料等を含む訴訟費用は、最終的に勝訴割合に応じて納税者と国の間で分担する。
4 これに対し、訴訟の場合、裁判所が次回書面を提出する側の当事者の意見を聴いた上で提出期限を設定する。税務訴訟の場合、書面が大部となることが多く、2か月から3か月程度の準備期間が認められることも珍しくない。
栗原宏幸 (くりはら ひろゆき)
森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業 パートナー。弁護士・税理士。
国内外のグループ内再編、M&A、投資などのストラクチャーの立案・検討のほか、税務調査対応や税務争訟の代理など、税務に関連する相談を幅広く取り扱う。
税務争訟の代表的な関与案件として、ヤフー事件(最高裁平成28年2月29日判決)、サザビーリーグ創業者事件(国税不服審判所令和4年1月20日裁決)、エー・ディー・ワークス事件(最高裁令和5年3月6日判決)、大手食品卸売会社の組織再編に関する税務訴訟(東京地裁令和5年7月20日判決)などがある。
当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。
週刊T&Amaster 年間購読
新日本法規WEB会員
試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。
人気記事
人気商品
-
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.