解説記事2025年03月03日 ニュース特集 タックス・プランニングを巡り損害賠償請求も税理士法人に責任なし(2025年3月3日号・№1065)
ニュース特集
東京地裁、税の軽減・回避する助言義務は負わず
タックス・プランニングを巡り損害賠償請求も税理士法人に責任なし
税理士法人(被告)に保有株式の移転に係るタックス・プランニングを委託したにもかかわらず、税の軽減措置を受けるための要件について、税理士法人に所属する税理士らが重大な過失により不適切な説明を行ったことにより、予期せぬ課税処分を受けることになったとして、原告が債務不履行に基づき1億5,800万円余りの損害賠償を求めた事件で、東京地方裁判所(本村洋平裁判長)は令和7年1月30日、原告の請求を棄却した(令和5年(ワ)第154号)。裁判所は、税理士法人は株式移転に伴う所得税等の負担をできる限り軽減・回避できるようにする提案・助言義務を負っていないとの判断を示した。
原告保有の株式を資産管理会社に移転
本件は、原告が税理士法人である被告に対し、保有する株式の移転に係る株式譲渡益等に関して、いわゆるタックス・プランニングを委託したにもかかわらず、被告に所属する税理士らが税の軽減措置を受けるための要件について、重大な過失により不正確・不適切な説明を行うなどしたために、予期せぬ課税処分を受けたなどとして、原告が債務不履行に基づく損害賠償を求めた事件である。
原告は東京証券取引所に上場する大手ラーメンチェーン(X社)の創業者の妻である。原告は、自身と子どもらの出資により、シンガポールに資産管理会社を設立。原告は代表者であるとともに、同社株式の約59%を保有していた。また、令和元年6月末時点で、資産管理会社は、X社の発行済株式総数のうち、24.62%に相当する株式を、原告は7.74%に相当する株式をそれぞれ保有していた。
原告及び資産管理会社は、平成31年初め頃、日星租税条約による税の負担軽減措置を受けるため、原告の保有するX社株式の一部を資産管理会社に移転することとし、資産管理会社は、同年1月28日、被告の税理士法人との間で、株式移転に関する業務委託基本契約及び個別業務委託契約を締結した。なお、契約に関連する税理士法人の損害賠償責任の累積上限額は、契約に基づく業務について資産管理会社から税理士法人に現実に支払われた報酬の額(209万円余り)を上限とするものの、損害賠償に係る制限は、税理士法人の故意又は重過失に起因する損害には適用されないものとされていた。
25%要件満たせば源泉税率は5%に
株式移転の目的は、資産管理会社がX社から受領する配当に対する課税について、日星租税条約10条2項(a)の適用を受けることで税率の軽減を受ける点にあった。日本法人からシンガポール法人に配当を支払う場合、配当の支払日まで6か月間、議決権株式の25%以上を保有すれば配当にかかる源泉税率は5%と優遇される(25%要件)ことになるため、資産管理会社は、X社の議決権株式の少なくとも25%以上を保有する必要があった。また、株式移転によって原告に生じる株式譲渡益に対して所得税等の課税を受けないようにするためには、移転株式数がX社の発行済株式総数の5%を下回る必要があった(所法161条1項3号、同法施行令281条1項4号ロ、同条6項2号)(5%要件)。
SOP行使を前提に株式数を算定
被告である税理士法人の所属税理士は、原告らとの株式移転に関するミーティングにおいて、移転株式数のシミュレーションを記載した資料を交付して説明。シミュレーション資料には、X社のストックオプションがすべて行使された後に、発行済株式数が2,443万8,000株になることを前提として、原告から資産管理会社に移転する株式数をそれぞれ100万株、110万株、120万株、122万株とした場合における発行済株式総数に対する移転株式数の割合及び株式移転後における資産管理会社が保有するX社の株式数の割合が記載されており、移転株式数を120万株とした場合のシミュレーションについては、青色でマーキングされていた。なお、シミュレーションは、いずれの場合も税制上の要件を充足する結果となることを示していた。
これを踏まえ、原告は、資産管理会社に対し、自身が保有するX社の株式のうち、120万株を現物出資したが、その後国税局からは、5%要件に関し、ストックオプションがすべて行使されたことを前提とした発行済株式数により計算するのは誤りであり、株式移転時における実際の発行済株式総数により計算する必要があること、これに従って正しく計算した場合、株式移転における移転株式数は発行済株式総数の5%以上になることから、株式移転による原告の株式譲渡益について、所得税等の課税対象になることなどの指摘を受け、原告はおよそ1億5,000万円の所得税などを納付した。
原告は、被告の税理士法人に対し、株式移転に伴う所得税等の負担をできる限り軽減・回避するために、税制上の要件を満たす移転株式数を提案・助言すべき義務を負っていたなどと主張(表参照)。訴訟に至っている。
【表】争点と当事者の主張
原 告 | 被 告(税理士法人) |
移転株式数を提案・助言すべき義務の有無及び同義務に対する違反の有無 | |
契約は、タックス・プランニングといわれるコンサルティング業務であり、その目的は、被告の税務専門家としての知見を得ることにより日星租税条約上の恩典を受けるとともに、株式移転に伴う所得税等の負担をできる限り軽減・回避する点にあった。被告は、目的を達成するために、各要件を満たすような移転株式数を提案・助言すべき義務を負っていた。 | 契約に基づく被告の業務内容は、グループの事業承継に資するストラクチャーを策定することを目的として、その手法について提案し、主として日本及びシンガポールにおける税務について検討することであって、移転株式数を提案・助言することは含まれていなかった。 |
課税リスクを説明すべき義務の有無及び同義務に対する違反の有無 | |
被告が日本及びシンガポールの税務に精通した税理士法人であること、契約に基づく業務が豊富な実務経験を有する複数の税理士・会計士等により遂行されていたこと、株式移転に関係する所得税法等の関係法令の内容が簡明であり複雑・高度な知見が必要でなかったことからすれば、被告は、5%要件を充足しない場合には、原告が多額の課税処分を受けることを認識していたか、少なくとも、容易に認識することができた。仮に本件提案・助言義務を負っていなかったとしても、被告は、移転株式数を120万株と決定しようとしていた原告らに対し、ストックオプションの行使状況によっては課税を受けるリスクがあることを説明すべき義務を負っていた。 | 被告が契約において求められていたのは、原告らから提供された情報を前提に、日本及びシンガポールにおける税務に関する検討を行い、説明・助言することである。被告は、原告らから課税リスクについて説明・助言するよう明示的な依頼を受けていないし、契約に係る契約書にも課税リスクの説明・助言義務についての記載はない。そして、原告らは、自らの顧問税理士に確認することにより、株式移転に伴う課税リスクを知ることができた。このような状況を踏まえれば、被告は、ストックオプションの行使状況によっては原告が課税処分を受けるリスクがあることを説明すべき義務を負っていなかった。 |
移転株式数は原告や資産管理会社が決定すべき
裁判所は、税理士法人が株式移転に伴う所得税等の負担をできる限り軽減・回避できるよう提案・助言義務を負っていたか否かについては、契約書には「事業承継に資するストラクチャーを策定することを目的として、その手法について提案し、主として日本およびシンガポールの税務について検討する業務」と記載されているにとどまり、契約書上、税理士法人の受託業務に移転株式数の提案・助言が含まれていたとは言い難いと指摘。また、資産管理会社は、X社の24.62%に相当する株式を保有していたから、原告から資産管理会社に対して発行済株式総数の0.38%に相当する数の株式(約9万280株)を移転すれば、25%要件を満たす状況であったと認められるとした上で、移転株式数を具体的に何株にするかは、X社の支配関係や創業家一族による事業承継等の在り方に影響を及ぼし得る事項であることから、原告及び資産管理会社において、自ら選択し決定すべき性質のものであるとした。
したがって、裁判所は、税理士法人は原告らに対し、税制上の要件を満たすような移転株式数を提案・助言すべき義務を負っていなかったと認めるのが相当であるとの判断を示した。
課税処分のリスクを説明する義務はあるが
次に課税リスクを説明すべき義務の有無に関しては、裁判所は普通株式68万200株分に相当するストックオプションが存在していたことを踏まえれば、ストックオプションの行使状況によっては、原告が課税処分を受けるリスクが存在していたと指摘。税理士法人は、原告に課税処分リスクがあることについて説明すべき義務を負っていたと認めるのが相当であるとの判断を示した。
税理士法人の所属税理士は、ミーティングにおいて、莫大な税負担を避けるためには5%要件を充足する必要があり、そのためには移転株式数が発行済株式総数の5%未満であることを説明しているとした上で、どの程度の説明を行えば説明義務を履行したと評価できるかは、相手方の理解度等に応じて異なるが、原告らがストックオプションの行使に伴って発行済株式総数が増加することを理解していたことに照らせば、税理士の説明は、ストックオプションの行使状況によっては発行済株式総数が変動して5%要件を充足しない可能性があることの説明を含むものであったということができるなどとし、税理士法人は説明義務を履行したということができるとした。
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