解説記事2025年04月28日 新会計基準解説 改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」の概要(2025年4月28日号・№1072)
新会計基準解説
改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」の概要
企業会計基準委員会 専門研究員 山本智恵
Ⅰ はじめに
企業会計基準委員会(ASBJ)は、2025年3月11日に改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」(以下「本実務指針」という。)を公表した(脚注1)。本稿では、本実務指針における改正の概要を紹介する。
なお、文中の意見に関する部分は筆者の私見であり、ASBJの見解を示すものではないことをあらかじめ申し添える。
Ⅱ 本実務指針公表の経緯
我が国においては、企業が投資する組合等への出資の評価に関して、当該組合等の構成資産が金融資産に該当する場合には企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下「金融商品会計基準」という。)に従って評価し、当該組合等への出資者である企業の会計処理の基礎とするとしている(本実務指針第132項(脚注2))。この点、金融商品会計基準は、市場価格のない株式について取得原価をもって貸借対照表価額とする(金融商品会計基準第19項)としているため、企業が投資する組合等の構成資産が市場価格のない株式である場合、これらについても取得原価で評価することとなる。
当該定めに関して、近年、ファンドに非上場株式を組み入れた金融商品が増加しており、これらの非上場株式を時価評価することによって、財務諸表の透明性が向上し、投資家に対して有用な情報が開示及び提供されることになり、その結果、国内外の機関投資家からより多くの成長資金がベンチャーキャピタルファンド等に供給されることが期待されるとして、ベンチャーキャピタルファンドに相当する組合等の構成資産である市場価格のない株式を時価評価するように速やかに会計基準を改正すべきとの要望が聞かれた。
こうした状況を受けて、企業会計基準諮問会議から提言がなされ、これを踏まえ、2023年12月に開催された第516回企業会計基準委員会において、ベンチャーキャピタルファンドに相当する組合等の構成資産である市場価格のない株式を中心とする範囲に限定し、上場企業等が保有するベンチャーキャピタルファンドの出資持分に係る会計上の取扱いの見直しを目的として会計基準の開発に着手することとし、検討を行った。本実務指針は、2024年9月20日に公表した移管指針公開草案第15号(移管指針第9号の改正案)「金融商品会計に関する実務指針(案)」(以下「公開草案」という。)に寄せられた意見を踏まえて検討を行い、公開草案の内容を一部修正した上で公表するに至ったものである。
Ⅲ 本実務指針の概要
1 本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等への出資の会計処理
(1)市場価格のない株式の時価評価
本実務指針では、本実務指針第132項の定めにかかわらず、後述のⅢ2の要件を満たす組合等への出資は、当該組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者である企業の子会社株式及び関連会社株式を除く。)について時価をもって評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とすることができるとし、この場合、評価差額の持分相当額は純資産の部に計上することとした(本実務指針第132−2項)。
組合等の構成資産である市場価格のない株式について時価をもって評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とした場合における評価差額の持分相当額を当期の損益として処理するか又は純資産の部に計上するかについては、両者とも支持する意見が聞かれたものの、審議の結果、他の現行基準との内的整合性を重視する観点から、純資産の部に計上することとしたものである(本実務指針第308−4項)。
(2)本実務指針第132−2項の定めを適用する場合の減損処理
本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等の構成資産である市場価格のない株式については、市場価格のない株式等の減損処理に関する定め(本実務指針第92項)に代わり、時価のある有価証券の減損処理に関する定め(本実務指針第91項)に従って減損処理を行い、組合等への出資者の会計処理の基礎とすることとした(本実務指針第132−4項)。
これは、本実務指針第132−2項の定めを適用した場合についてのみ適用する減損処理に関する新たな定めを設けるのは過度な対応と考えられることから既存の定めを活用するとして、定めたものである(本実務指針第308−6項)。
2 適用要件
本実務指針では、本実務指針第132項の定めにかかわらず、前述のⅢ1の会計処理を適用することができる組合等への出資について、次の要件を求めることとした(本実務指針第132−2項)。
(1)組合等の運営者は出資された財産の運用を業としている者であること
(2)組合等の決算において、組合等の構成資産である市場価格のない株式について時価をもって評価していること
対象となる組合等の範囲に関して、ベンチャーキャピタルファンドに相当する組合等とそれ以外の組合等を明確に区分することは困難と考えられたため、ベンチャーキャピタルファンドに相当する組合等を直接的に定義することは行わないこととした。一方、組合等の構成資産である市場価格のない株式の時価の信頼性を担保するために、これらの2つの要件を設けることとした(本実務指針第308−3項)。
まず、要件(1)は、市場価格のない株式の時価の信頼性を担保するためには、組合等の構成資産である市場価格のない株式の評価者に十分な能力が備わっている必要があると考えられることから、組合等の運営者が市場価格のない株式に対する投資を業として行っている者に限定すべきとして設けた要件である。ここで「組合等の運営者」とは、我が国におけるベンチャーキャピタルファンドの多くで用いられている投資事業有限責任組合の形態においては、無限責任組合員が該当すると考えられる。また、他の法形態に基づく組合等については、投資事業有限責任組合における無限責任組合員と類似の業務を執行する者が該当すると考えられる(本実務指針第308−3項)。
次に、要件(2)は、我が国の実務における市場価格のない株式の時価評価に関する体制の整備状況についての懸念が監査人、財務諸表作成者及び財務諸表利用者から聞かれている中、組合等の決算において、組合等の構成資産である市場価格のない株式について時価をもって評価している場合には、市場価格のない株式の時価評価に関する体制の整備がなされていることが期待できることから、時価評価に関する懸念を一定程度緩和できるとして設けた要件である。ここで、「時価をもって評価している」場合とは、組合等が適用している会計基準により市場価格のない株式について時価評価が求められている場合のほか、市場価格のない株式について時価評価する会計方針を採用している場合が含まれると考えられる。また、時価評価の方法としては、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」に基づいた時価で評価する場合のほか、国際財務報告基準(IFRS)第13号「公正価値測定」又はFASB Accounting Standards Codification(米国財務会計基準審議会(FASB)による会計基準のコード化体系)のTopic 820「公正価値測定」に基づいた公正価値で測定している場合が含まれると考えられる(本実務指針第308−3項)。
3 組合等の選択に関する方針
本実務指針第132−2項の定めの適用にあたり、組合等への出資者である企業は、当該定めを適用する組合等の選択に関する方針を定め、当該方針に基づき、組合等への出資時に当該定めの適用対象かどうか決定し、当該定めを適用することとした組合等への出資の会計処理は、出資後に取りやめることはできないこととした(本実務指針第132−3項)。
範囲に含まれるすべての組合等を適用対象とするか、組合等の単位で選択できるようにするかについては、組合等への出資の目的や性質が異なる場合があると考えられることから、範囲に含まれるすべての組合等について一律に適用対象とするのは必ずしも適切でないと考えられる。このため、組合等への出資者である企業が本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等の選択に関する方針を定め、当該方針に基づき、組合等への出資時に本実務指針第132−2項の定めの適用対象かどうか決定することとした(本実務指針第308−5項)。
これに合わせて、企業の意思により自由に本実務指針第132−2項の適用を終了することを認めることは、会計処理の透明性や比較可能性の観点から適切ではないと考えられるため、本実務指針第132−2項の会計処理を出資後に取りやめることはできないこととした(本実務指針第308−5項)。
なお、本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等の選択に関する方針については、原則として継続して適用すると考えられるものの、従来行っていなかった種類の組合等への新規の出資や重要な企業結合など、大きな状況の変化により見直すことはあり得ると考えられる。ここで、組合等への出資時に本実務指針第132−2項の定めの適用対象かどうか決定することとしていることから、見直し後の方針は、方針を見直す前に出資された組合等には適用されず、方針を見直した後に出資された組合等に適用されると考えられる(本実務指針第308−5項)。
4 注記事項
本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等への出資については、企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針」(以下「時価算定適用指針」という。)第24−16項で定める事項の注記に併せて、次の事項を注記することとした。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しないこととした(本実務指針第132−5項)。
(1)本実務指針第132−2項の定めを適用している旨
(2)本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等の選択に関する方針
(3)本実務指針第132−2項の定めを適用している組合等への出資の貸借対照表計上額の合計額
時価算定適用指針第24−16項は、貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資については、時価の注記を要しないこととし、その場合、注記していない旨及び時価算定適用指針第24−16項の取扱いを適用した組合等への出資の貸借対照表計上額の合計額を注記することとしている。本実務指針第132−2項の定めを適用する場合には、これらの注記に併せて、当該定めを適用した影響を財務諸表利用者が理解できるように、上述の事項を注記することとした。なお、本実務指針第132−2項の定めを適用している組合等への出資の貸借対照表計上額の合計額は、時価算定適用指針第24−16項の取扱いを適用した組合等への出資の貸借対照表計上額の合計額の内数に該当すると考えられる(本実務指針第308−7項)。
5 適用時期及び経過措置
(1)適用時期
本実務指針第132−2項の定めを適用するにあたり、組合等への出資者である企業が定めた本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等の選択に関する方針によっては、方針に合致するすべての組合等を対象として、その構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者である企業の子会社株式及び関連会社株式を除く。)について時価をもって評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とする準備を行うのに時間を要する可能性があると考えられる。このため、十分な準備期間を確保するように、本実務指針は、2026年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することとした(本実務指針第357項)。
一方、本実務指針の検討は、国内外の機関投資家からより多くの成長資金がベンチャーキャピタルファンド等に供給されること等を副次的な目的として開始されたものであり、できるだけ速やかに適用可能とすることへのニーズは一定程度あると考えられる。このため、2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができることとした(本実務指針第357項)。
(2)経過措置
本実務指針の適用初年度において、組合等の構成資産である市場価格のない株式について本実務指針第132−2項の定めを適用する場合、適用初年度の期首時点において組合等への出資者である企業が定めた方針に基づいて本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等を決定し、次の会計処理を行うこととした(本実務指針第205−2項)。
① 適用初年度の期首時点において、本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者である企業の子会社株式及び関連会社株式を除く。)について時価をもって評価し、組合等への出資者の会計処理の基礎とする。この場合、適用初年度の期首時点での評価差額の持分相当額を適用初年度の期首のその他の包括利益累計額又は評価・換算差額等に加減する。
② 適用初年度の期首時点において、本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等の構成資産に含まれるすべての市場価格のない株式(出資者である企業の子会社株式及び関連会社株式を除く。)について時価のある有価証券の減損処理に関する定め(本実務指針第91項)に従って減損処理を行い、組合等への出資者の会計処理の基礎とする。この場合、減損処理による損失の持分相当額を適用初年度の期首の利益剰余金に加減する。
組合等への出資者である企業が定めた方針に合致する組合等を過去に遡って決定することを求めるのは、実際には行っていなかった判断を事後的に求めることになることから、適切でないと考えられる。このため、適用初年度の期首時点において、組合等への出資者である企業が定めた方針に基づいて本実務指針第132−2項の定めを適用する組合等を決定することとした(本実務指針第358項)。
次に、会計処理の遡及適用に関しても、市場価格のない株式の時価の算定には見積りの要素が多く含まれ、事後的判断を利用せずに市場価格のない株式の時価を遡及的に算定することは実務上困難であると考えられること、及び過去に遡ってどの時点で時価のある有価証券の減損処理に関する定め(本実務指針第91項)に基づく減損処理が必要であったか識別することは困難であると考えられることから、遡及適用を求めず、適用初年度の期首から将来にわたって適用することとし、適用後の当期純利益等への影響が適切となるように、上述の経過措置を設けることとした(本実務指針第358項)。
Ⅳ おわりに
本実務指針は、2024年9月20日に公表した公開草案に寄せられた意見を踏まえて、ASBJにおいて検討を行い、公開草案の内容を一部修正した上で公表するに至ったものである。本稿が本実務指針における改正の概要やその趣旨をご理解いただくための一助となれば幸いである。
脚注
1 本実務指針の全文については、ASBJのウェブサイト(https://www.asb-j.jp/jp/ikan/y2025/2025-0311.html)を参照のこと。
2 本実務指針における改正による変更はない。
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