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解説記事2020年04月06日 特別解説 主要な米国の企業の会計監査人の交代(2020年4月6日号・№829)

特別解説
主要な米国の企業の会計監査人の交代

はじめに

 2019年12月期、及び2020年3月期は、米国や我が国において、会計監査人や監査に関する制度開示が大きく拡大される節目の年と言える。欧州のEU加盟諸国では、「監査上の主要な検討事項(KAM)」の記載に加えて監査法人の強制ローテーション(一定期間経過後の入札手続実施の義務付け等)がすでに制度化されており、我が国とともに、監査法人の強制ローテーション制度の導入を見送った米国においても、米国公開企業会計監視委員会(PCAOB)が、2017年6月に監査基準(AS)3101「無限定適正意見の監査報告書及び関連する他の監査基準の適合修正」を承認し、公表した。その中では、EU加盟諸国の企業の監査報告書で開示されているKAMと類似した「監査上の重要な事項(Critical Audit Matters(CAM))」が監査報告書で開示されることになったほか、会計監査人の独立性に関する記述、監査意見を監査報告書の最初の区分に記載すること、及び会計監査人の在任期間に関する記述などを要求する規定が盛り込まれている。これらの規定は、監査上の重要な事項以外の改訂については、2017年12月15日以降終了事業年度の監査から適用されている。
 後述するように、我が国においては、会計監査人の交代に際して開示される理由が、「任期満了」といった形式的なものにこれまではとどまっていたことから、会計監査人を交代させた会社側に、交代の「実質的な」理由を開示することを促すべく、制度的な改正が行われた。
 それでは、主要な米国企業における会計監査人の交代の状況や交代の際の開示はどのようになっているのであろうか。本稿では、米国ニューヨークの証券取引所に株式を上場し、S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)株価指数100(S&P500中、時価総額の特に大きい、超大型株100銘柄で構成)に選定されている各社のうち、2010年以降に会計監査人が交代した会社(4社)について、各社の株主総会招集通知(Proxy statement)における開示の内容を見てみることとしたい。

米国企業における会計監査人の交代の状況

 我が国において、会計監査人が特定の企業の監査を長期間連続して担当することによる弊害が初めて問題とされたのは、2004年に発生した西武鉄道事件(西武鉄道株式会社が有価証券報告書等の中で、事実上の親会社であった株式会社コクドが所有する西武鉄道株式の数を過小に見せる虚偽の記載を行い、後にこれが公表されて、西武鉄道株式は上場廃止となった事件)がきっかけであったと考えられる。この事件では、2名の個人の公認会計士が長期間にわたって上場会社(当時)である西武鉄道の監査を行っていたことが、有価証券報告書における虚偽記載の一因となったのではないかとの指摘が各方面からなされた。それ以来、公認会計士・監査審査会において、①個人会計士の行う監査が品質管理の観点から問題を生じていないか、②長期間監査を継続している会計監査人について、独立性、品質管理の観点から問題を生じていないか等に留意したモニタリングが実施されるとともに、これらに重点を置いた品質管理レビューを日本公認会計士協会が実施してきた。
 それでは、我が国とともに監査法人のローテーション制度の導入に難色を示しているとされる米国の大企業の状況はどうであろうか。本誌No.782 2019年4月8日号「特別解説主要な米国企業における会計監査人の在任期間に関する記述」で詳細に解説されているように、我が国の企業と比べても、主要な米国企業における会計監査人の在任期間は非常に長く(表1及び表2を参照。)、会計監査人が交代する事例は我が国以上に少ない。

 我が国の公認会計士(会計監査)制度が先日ようやく70周年を迎えたことを考え合わせると、会計監査人の継続在任期間が80年を超える米国の大企業が100社中15社もあるということは、実に驚くべきことであるといえるであろう。しかも、P&G、ダウ・デュポン・GEなど、米国のみならず世界を代表するそうそうたる企業が上位にずらりと顔をそろえている。これらの企業はいずれも、創業し、ニューヨーク証券取引所に株式を上場して以来、一度も会計監査人が交代していない可能性がきわめて高い。大企業について、基本的に最長10年で監査法人を交代させることを求める制度をすでに導入済みの欧州諸国とは全く状況が異なっており、米国において監査法人の強制ローテーションの議論が出るたびに、強い慎重論が唱えられて結局は立ち消えとなる理由もうなずける。

会計監査人が交代した米国企業が行った開示

 2010年以降に会計監査人が交代した主要な米国企業に関する交代年度、前任の会計監査人と後任の会計監査人は、それぞれ表3のとおりである。

 米国企業の場合、会計監査人に対して支払われた報酬額や会計監査人の選任・交代の議案は、Proxy Statementに記載される。
 まず最初に、最も直近(2017年)に会計監査人が交代した、GM社のProxy Statementにおける開示を見ていくこととしたい。

GM社がProxy Statementで行った開示の内容

 GM社のProxy Statementでは、決議項目の1つとして、会社の会計監査人としてE&Yを選任する件に関する承認議案が挙がっており、そこでは、以下のように記載されている(仮訳。一部省略・要約している部分あり)。
 監査委員会は、会社の財務諸表を監査する会計監査人を選任し、監視する直接的な責任を負っている。監査委員会は、包括的な提案要請(Request for proposal:RFP)を実施した。

(RFPのプロセスと範囲)
監査委員会は、2018年12月31日に終了する事業年度にかかる会計監査人を選定するために、競争プロセスを実施した。委員会はいくつかの監査事務所を招待し、このプロセスに参加させた。委員会はそれぞれの監査事務所が提出した提案書を評価し、監査の品質、長期間にわたって監査を担当することと新鮮な観点が得られることとの比較考量、企業風土にマッチするか、ビジネスの洞察力、イノベーション及びテクノロジー、潜在的な移転リスク、監査人の独立性、及び効率性や監査の品質の両方に見合う適正な報酬水準といった項目を含む、多くの項目を検討した。

(RFPの結果)
RFPの提案書を検討したのち、監査委員会は、会社の2018年12月31日に終了する事業年度にかかる会計監査人として、アーンスト・アンド・ヤング(E&Y)を選定した。委員会は、2018年度についてE&Yが会社の独立監査人として関与することが、会社と株主の利益に最もかなうと考える。取締役会は、監査委員会が会社の2018年度の会計監査人としてE&Yを選定したことを、株主の皆様が承認することを推奨する。株主の皆様が2018年度の会計監査人としてE&Yを選定することを承認しない場合には、監査委員会は、E&Yが会計監査人として会社に関与するかどうか再度検討するが、その場合には、株主総会に再度議案を提出することなく、E&Y又は他の監査事務所を関与させることを最終決定する可能性がある。デロイト・トゥシュLLPは、1918年以来、当社の会計監査人を務めてきた。

 GM社は、長らく同社の会計監査人であったデロイトの継続監査年数が100年に到達したのを一つの契機として、会計監査人の交代に踏み切ったことが分かる。
 次に、ハネウェル社のProxy Statementにおける開示を紹介する。

ハネウェル社がProxy Statementで行った開示の内容

 ハネウェル社は、Proxy Statementにおいて、「独立会計監査人の承認について」という議題を上げており、その中で「会計監査人の変更」という項目を設けて以下のように説明している(仮訳。一部省略や要約している箇所あり)。

 完全に独立した取締役から構成される監査委員会は、会社の会計監査人の選任、報酬の決定、引き留めや監視について直接の責任を負っている。監査委員会は、ハネウェル社の2015年度の財務諸表を監査し、監査に関連するサービスを当社に提供する会計監査人として、デロイト&トゥシュLLP(デロイト)の選任を株主の皆様が承認することを推奨する。これらのサービスには、当社の四半期財務情報やその他の定期的な報告書、及びSECに提出する登録文書のレビューや様々な会計上、及び財務報告上の事項に関するコンサルテーションが含まれる。2014年7月に、当社は、前任の会計監査人であるプライスウォーターハウス・クーパースLLP(PwC)に代わってデロイトを当社の会計監査人に選任したと公表した。もし株主の皆様がこれを承認されないのであれば、監査委員会は選任について再検討する。

<独立会計監査人の変更>

 2014年7月29日付の様式8-Kで以前に報告したように、監査委員会は、当社の12月31日に終了する会計年度の会計監査人を決定するために、包括的かつ競争的なプロセスを実施した。監査委員会は、とりわけ、会計監査人の能力、監査サービスの有効性と効率性、経営者及び監査委員会による定期的なパフォーマンスの評価の結果、並びに監査範囲と照らし合わせたうえで、監査報酬の適切性を検討した。2014年7月29日、監査委員会は、2015年12月31日に終了する当社の会計年度の会計監査人として、デロイトが関与することを承認し、これまで会計監査人であったプライスウォーターハウス・クーパースLLP(「PwC」)と交代させた。2014年および2013年12月31日終了年度の当社の連結財務諸表に関するPwCの監査報告書には、否定的意見や意見の不表明が含まれておらず、不確実性、監査範囲または会計原則に関して限定が付されていることはない。2014年および2013年12月31日現在の財務報告に対する内部統制の有効性に関する PwCの監査報告には、否定的な意見は含まれておらず、限定も付されていない。
2014年および2013年12月31日に終了した事業年度において、(i)会計原則または会計慣行、財務諸表の開示、又は監査の範囲あるいは手続のいずれについても、当社とPwCとの間で、見解の相違はなかった。(以下一部省略)そして、2014年および2013年12月31日に終了した会計年度において、当社もその代理人も、(i)完了または提案された特定の取引への会計原則の適用、または当社の財務諸表に対して表明される可能性がある監査意見の種類について、(今回新たに会計監査人に就任した)デロイトとは協議していない。また、会計、監査、または財務報告の問題に関する決定を下す際に当社が考慮した重要な要素であると結論付けた書面による報告または口頭による助言がデロイトから当社に提供されたことはなかった。(以下一部省略)当社は、デロイトおよびPwCの両監査法人から、年次総会に代表者が出席する旨を伝えられている。

 会計監査人交代直前の各年度において、前任の会計監査人から意見の限定や不適正意見(否定的意見)あるいは意見の不表明といったことはなされていないこと、また、会計監査人が交代するタイミングよりも前の時点で、後任の会計監査人予定者に対し、会計処理や財務報告上の問題点について助言を求めるようなことはしていない旨等が記載されている。自社にとって都合の良い見解や監査意見を出してくれるような監査法人を会計監査人として選定する、いわゆる「オピニオン・ショッピング」を防ぐための制度的な手当てであると考えられる。アボット・ラボラトリーズ社やアッヴィ社のProxy Statementにおいても同様の記載が見られた。
 前述のように、ハネウェル社は2014年7月29日付でSECに提出したForm8-K(わが国では臨時報告書に相当する適時開示の報告書)において、会計監査人の変更(PwCからデロイトへ)を報告しているが、報告書には、以下の内容の、前任の会計監査人であるPwCからSECコミッショナーに宛てた書簡が添付されている(Form8-Kと同日の2014年7月29日付)。

 「我々は、ハネウェル社が作成した報告書を読んだ。当該報告書は、2014年7月29日付のForm8-Kの一部として、SECに提出されると理解している。我々は、Form8-Kの中の当法人に関する記載について同意する。」

終わりに

 本稿では、会計監査人が交代した際に、主要な米国企業が行った開示を見てきたが、まだ、法令や規則等で規定されたとおりの画一的な内容の開示に留まっているものが多いという印象を受けた。会計監査人交代の背景や経緯が伺い知れるような、個別具体的、かつ詳細な開示がなされているとまでは言い難い状況ではないだろうか。
 前述のように、我が国においては、これまで会計監査人が交代した場合、臨時報告書において適時開示が行われてきたが、会計監査人交代の理由が、「任期満了」といった形式的な記載にとどまり、「本音ベースの理由」が外部からは分からなかった。
 そこで、金融庁は2019年6月に企業内容等開示ガイドライン(以下、ガイドライン)を改正し、臨時報告書に会計監査人が異動した実質的な理由が記載されるよう、具体的な交代理由を例示している(企業内容等開示ガイドラインB基本ガイドライン(監査公認会計士等の異動理由及び経緯)24の5-23-2(1))。そして、実質的な異動の理由として、以下のようなものが挙げられている。

① 連結グループでの監査公認会計士等の統一
② 海外展開のため国際的なネットワークを有する監査公認会計士等へ異動
③ 監査公認会計士等の対応の適時性や人員への不満
④ 監査報酬
⑤ 継続監査期間
⑥ 監査期間中に直面した困難な状況
⑦ 会計・監査上の見解相違
⑧ 会計不祥事の発生
⑨ 企業環境の変化等による監査リスクの高まり
⑩ その他異動理由として重要と考えられるもの

 また、ガイドライン24の5-23-2(2)において、「経緯としては、当該監査公認会計士等とのやり取りについて詳細に記載することに留意する。」旨が念押しされている。
 この改正により、臨時報告書に会計監査人交代の経緯や理由等をより積極的に記載することができるようになり、少なくとも制度上は、これまでの「実質的な交代理由は全く開示されていなかった」状況からは大きく前進したと考えられる。開示ガイドラインは、2019年6月21日付で公布・施行されており、ガイドラインの施行後には、(株)トーエルが提出した臨時報告書(2019年6月28日付)における事例など、会計監査人交代の経緯や理由について、より踏み込んだ記載を行うものも出てきている。
 米国では、トランプ大統領がPCAOBの規模や権限、予算等を大幅に縮小し、SECとの統合まで画策している、といった報道がなされており、短期的には米国における会計・監査上の規制が大きく後退する可能性も取りざたされている。米国の大統領選挙の帰趨なども絡むため、先が見通しにくい状況ではあるが、2019年度や2020年度は、会計監査の状況や会計監査人に関する開示に関しては大きな節目の年であることには変わりがないため、会計監査人や監査に関する開示が、今後、日米欧で足並みをそろえて充実されていくのか、監査上の重要な事項(CAM)や監査上の主要な検討事項(KAM)の開示はスムーズかつ有意義に行われていくか、会計監査の状況や会計監査人の在任期間に関する開示はどの程度具体的に行われるのかといった点に注目しつつ見守りたい。

参考文献
本誌 No.782 2019年4月8日号「特別解説主要な米国企業における会計監査人の在任期間に関する記述」
大和総研 制度調査部情報「金融庁、虚偽記載問題への対応策公表」吉井一洋

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