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解説記事2025年06月09日 特別解説 米国PCAOBによる懲戒処分の事例分析(2025年6月9日号・№1077)

特別解説
米国PCAOBによる懲戒処分の事例分析

はじめに

 本稿では、米国の公開企業監視委員会(以下「PCAOB」という。)による監査法人や個人の公認会計士に対する懲戒処分の状況について、我が国の公認会計士・監査審査会(金融庁)による処分と比較しながら比較分析したいと考えている。

PCAOBとは

 Public Company Accounting Oversight Board(PCAOB)は、2002年に米国の上場企業会計改革および投資家保護法(サーベンス・オクスレイ(SOX)法)に基づき設置された非営利法人であり、我が国では、「公開企業監視委員会」等と訳される。PCAOBは、公開会社等の株式発行者(issuer。主に上場会社)に対する監査を監督することを通じて、投資家利益の保護及び監査報告書発行における公益性を高めることを目的とする。連邦証券法に基づき提出されたコンプライアンスレポート等、証券ブローカー・ディーラー監査に対する監督も行っている。PCAOBの規則・基準は全てアメリカ証券取引委員会(SEC)の承認を受ける必要があり、また予算についての権限も有するSECの監督下にはあるものの、独立した組織である。PCAOBは議長を含む5人の理事会委員(全員常勤者)がSECより任命されており、うち2名は公認会計士またはかつて公認会計士であった者(以下「公認会計士等」という。)とされている。ただし公認会計士等は2名を超えてはならず、また議長職である場合は任命前の最低5年間は公認会計士であってはならないとされている。1990年代の米国においては、公開会社において過年度財務諸表の修正再表示の数が増加する中、特に大規模上場企業による会計スキャンダル及び記録的な倒産事件が後を絶たず、PCAOBはこれを契機として設立された。PCAOBが設立された2002年には、エンロン社やワールドコム社の倒産事件があり、両者ともに大手会計事務所アーサー・アンダーセンによる事件関与があった。従来、監査人に対しては、米国公認会計士協会(AICPA)による監視が行われていたが、2002年のSOX法設定によって、従来自主規制によっていた米国公開企業の監査人は、PCAOBによる独立した監督を受けることが義務となった。PCAOBの監査人監督における主要な機能としては、登録・検査・基準設定・施行の4つが挙げられる。今回取り上げる懲戒処分は、4番目の機能である「施行(Enforcement actions)」に属するものである。ちなみに、我が国においては、会計監査人(監査法人)の監督は、日本公認会計士協会による品質管理レビューと、公認会計士・監査審査会(CPAAOB)による検査との二本立ての体制となっている。

我が国の公認会計士・監査審査会(CPAAOB)とは

 公認会計士・監査審査会(以下「CPAAOB」という。)は、公認会計士法に基づき、会長及び委員9名以内で構成される合議制の機関として、金融庁に設置されている。CPAAOBの主な業務は以下のとおりである。あまり知られていないが、公認会計士業界への入り口といえる公認会計士試験の実施を担当しているのがCPAAOBである。
・監査事務所に対する審査及び検査等
・公認会計士試験の実施 
・公認会計士等に対する懲戒処分等の調査審議
・諸外国の関係機関との連携・協力 
 CPAAOBの主な活動状況については毎年「公認会計士・監査審査会の活動状況」としてとりまとめられ、ウェブサイト等で公表されている。CPAAOBは、日本公認会計士協会(JICPA)から品質管理レビューに関する報告を受けてその内容を審査し、必要に応じて監査事務所やJICPA等に検査等を行っている。この審査及び検査等の結果、JICPAにおいて品質管理レビューが適切に行われていなかったことが明らかになった場合や、監査事務所において監査の品質管理が著しく不十分であったり、法令等に準拠していないことが明らかになったりした場合には、業務の適正な運営を確保するために必要な行政処分その他の措置を金融庁長官に勧告することになる。ここで、品質管理レビューとは、JICPAが監査事務所の監査の品質管理の状況を調査し、必要に応じ監査事務所に対して改善勧告を行うもので、CPAAOBは、品質管理レビューの結果について、JICPAから報告を受けている。そして、CPAAOBは、JICPAからの報告について、JICPAの品質管理レビューが適切に行われているか、監査事務所の監査業務が適切に行われているかどうかを確認する。CPAAOBは、必要があると認める場合には、JICPA又は各監査事務所に対して報告又は資料の提出を求める(審査)。審査の結果等により、JICPAの事務の適正な運営を確保する必要があると認める場合や公益又は投資者保護のために必要かつ適当と認める場合には、JICPA、監査事務所又はその他監査事務所の監査業務に関係のある場所(被監査会社等)に対して検査又は報告徴収を行う(検査)。そして、審査又は検査の結果、必要があると認められる場合には、監査事務所の監査業務又はJICPAの事務の適正な運営を確保するために必要な行政処分その他の措置について金融庁長官に勧告することになる。

PCAOBとCPAAOB

 米国のPCAOBの設立は2002年7月、我が国のCPAAOBの設立は2004年4月であり、いずれも米国で発覚したエンロン、ワールドコム社による巨額の粉飾決算事件を契機として設立されている。最初に公表された懲戒処分はPCAOBが2005年5月、CPAAOB(金融庁長官に対する処分勧告)が2006年6月である。その後、現在に至るまでの処分(処分勧告)の件数は、PCAOBの処分480件に対してCPAAOBによる処分勧告に基づく金融庁による処分は40件と、大きな差が生じている。本稿の後段では、PCAOBによる処分とCPAAOBによる処分勧告・金融庁による行政処分との比較をもう少し行ってみたい。

PCAOBによる懲戒処分の特徴点

 PCAOBによる懲戒処分の主な特徴点を列挙すると、次のとおりである。
① 我が国のCPAAOB(金融庁)と比べると、懲戒処分の命令数が極めて多い。そして、懲戒処分の命令書は、すべて時系列にウェブサイトに掲載されている。
② PCAOBへの登録事務所が全世界にわたっていることを反映し、懲戒処分を受けた登録事務所や個人の国籍も、米国のみならず、多様性に富む。我が国のCPAAOBが外国の監査法人や外国公認会計士等を処分勧告した例はこれまでにはない。
③ 我が国のCPAAOBの処分勧告の対象はほぼすべてが監査法人であるのに対し、PCAOBの場合には、個人の公認会計士等を懲戒処分する事例も少なくない。
④ PCAOBの場合には、課徴金を課される事例が多い。法人のみならず、個人に対しても課徴金がしばしば課されている。
⑤ 懲戒処分の種類も我が国に比べるとPCAOBの方が多い。また、懲戒処分が1種類のみという事例は極めて少なく、大半は複数の懲戒処分が組み合わせられて課されている。
 以下、①から⑤について、もう少し詳しく述べることとしたい。

PCAOBによる懲戒処分の特徴のより詳細な分析

 ① 懲戒処分命令の数
 PCAOBによる懲戒処分が発効した年度と件数を一覧にすると、表2のとおりである。

 PCAOB及びCPAAOB(金融庁)による懲戒処分命令が公表されるようになってから間もなく20年となるが、PCAOBが行った懲戒処分は480件と、我が国の金融庁による処分の10倍を上回る水準である。特に2014年以降の直近の10年間は、公表される懲戒処分の件数が極めて高水準で推移していることが分かる。足元の2025年度も1月1日から3月11日までの約2か月半弱の間に既に18件の懲戒処分が公表されており、単純計算ではあるが、公表件数がこれまでで最高であった2016年と2017年(54件)を大きく上回りそうな勢いである。
 ② 懲戒処分の対象者の国籍
 PCAOBには世界中から1,529件の監査事務所が登録しており、米国以外の国を本拠とする監査事務所も多数登録している。その結果として、懲戒処分の対象となった者(個人、法人)の国籍をみると、表3に示すとおり、全体の4分の3弱が米国籍ではあるものの、その他の4分の1の国籍は、34ヶ国にもわたっている。米国に隣接するメキシコやカナダに加え、南米のブラジルやコロンビアが上位に顔を見せている。また、香港、韓国、インド、中国など、アジアの国々を本拠とする法人・個人が懲戒処分を受ける事例も少なくない。ちなみに、これまでに我が国の個人・法人が懲戒処分を受けた事例は2件(個人1、法人1)であり、その経済規模や他のアジアの国々と比較すると、比較的少ない件数で済んでいるような印象を受ける。PCAOBが設立された当初は、処分の対象者もほとんどが米国籍の個人・法人であったが、登録事務所の世界的な広がりや、各国の規制当局との連携の緊密化の結果として、PCAOBが外国籍の登録事務所を検査することが大幅に増え、その結果として、米国以外の国籍の監査事務所が懲戒処分を受ける事例が急速に増えてきている(表4を参照)。

 直近の3年半では、米国以外の個人・法人の数が米国籍の個人・法人の数をついに逆転した。今後の国際化の広がりを考えれば、米国以外の個人・法人がPCAOBによる処分対象者の過半数を占めるような傾向が続く可能性が高いと考えられる。
 ③ 処分対象者の属性
 表1で記載したように、我が国のCPAAOBの処分勧告の対象はほぼすべてが監査法人(会計事務所)であるのに対し(虚偽証明の場合には、業務執行社員が業務の一時停止等の処分を受けている。)、PCAOBの場合には、法人、個人及び法人、ならびに個人にまんべんなく分布している。表5で示すように、2005年から2019年までの期間でみると、「個人」、「法人」並びに「個人及び法人」がほぼ同数であるのに対し、2020年以降は法人が処分対象となる事例が大幅に増えている傾向にある。

 ④ 課徴金
 我が国では、公認会計士又は監査法人に対する課徴金による処分は、平成19年度の法改正により、平成20年度(2008年)から導入された。その影響もあって、我が国でこれまで課徴金が課された事例は2件(新日本有限責任監査法人と太陽有限責任監査法人)しかない。一方、PCAOBの懲戒処分事例480件のうち、課徴金が課されなかった事例は134件のみであり、残りの346件(72.1%)では個人・法人を問わずに課徴金が課されている。課徴金は、KPMGやPwCといったいわゆる「ビッグ4」のような大規模法人になればなるほど高額(100万ドル単位)になる傾向はあるものの、たとえ処分対象者が個人の場合であっても、10万ドルを超える高額の課徴金が課されている事例が複数ある(特定の一個人に対して課せられた課徴金のこれまでの最高額は15万ドルである。)。
 なお、これまでに最も多くの回数の処分を受けている監査事務所はKPMGグループであり(合計で25回。)、国籍は15にも及ぶ(アルゼンチン、イタリア、インド、英国、オランダ、カナダ、韓国、豪州、コロンビア、スイス、日本、バミューダ、ブラジル、南アフリカ、メキシコ)。米国のKPMGがこれまでに処分を受けたことはない。全世界のKPMGグループがこれまでにPCAOBに命じられた課徴金は、合計でおよそ38百万ドルに達する。
 ⑤ 懲戒処分の種類
 PCAOBの場合、課される懲戒処分の種類も下記のように数多く、我が国では存在しないような処分も複数存在する。
(1)戒告(Censure)
 これは個人、法人の区別なく課される処分であり、数ある処分の中で最も軽い処分であると言える。懲戒処分の事例480件のうち、9割を超える440件で戒告処分が課されていた。しかしながら、戒告処分のみで済んだ事例はこのうち9件のみと極めて少数であり、残る431件については、課徴金や登録抹消、関与禁止等のより厳しい処分が合わせて課されている。
(2)課徴金(Civil money penalty)
 PCAOBによりこれまでに課された課徴金のうち、最少は1,000ドル、最大は2,500万ドルであった。PCAOB設立から当初の5年間は、戒告+関与禁止(個人)又は登録抹消(法人)という組み合わせの処分が大半で、課徴金が課されるケースはかなり限定的であったが(2005年から2010年までの処分事例33件中、課徴金が課されたのは3件のみ)、2011年以降は個人・法人を問わず、課徴金が課される事例が大半となっている。
(3)登録抹消(Revoke)
 対象者が法人(監査事務所)の場合に課される懲戒処分である。永久に(permanent)抹消される場合と、一定期間の経過後に再登録の申請が可能な余地が残される場合とがある。PCAOBによる処分の場合、法人(監査事務所)が対象となった事案347件のうち、121件で登録抹消の命令が下された。
(4)登録会計事務所の関係者であることを禁止すること(barring from being an associated person of a registered public accounting firm)。
 対象者が個人の場合に課される懲戒処分である。これも、(3)の登録抹消と同様に、永久に禁止される場合と、一定期間の経過後に登録事務所の関係者として復帰するための請願書をPCAOBに提出し、同意を求めることを認める場合とがある。個人が対象となった事案276件のうち、213件で関与禁止の命令が下されていた。
(5)特定の業務に携わることを一定の期間にわたって停止(Suspension)すること。これは個人、法人いずれにも課される可能性がある懲戒処分であり、停止期間は1年の事例と2年の事例とがあった。一定期間内の関与の停止命令が出された事例は38件であり、関与禁止に比べると件数は少なかった。
(6)一定の業務(特に処分の直接の対象となった業務)を提供することを制限(limit)すること。一定の業務制限が課された事例は34件であった。
(7)法人に対して、所定の是正措置(certain remedial action)を実行することを要求すること。
  近年は特にこの類型が当てはまる事例が多く、177件あった。特にいわゆる「ビッグ4」に代表される大規模監査法人が処分された場合には、戒告+多額の課徴金+所定の是正措置の実行及び報告、という組み合わせの懲戒処分がほとんどであった。
(8)法人に対して、一定の期間内、独立した監視人を関与(engage an independent monitor)させること。
(9)法人に対して、監査事務所の品質管理システムに関連する特定の方針及び手続を採用し、適用することを要求すること。
  我が国の金融庁が監査法人に対して課すことが多い業務改善指示や業務改善命令は、(7)及び(9)に該当するものと思われる。
(10)法人に対して、独立したコンサルタント(independent consultant)によるすべての改善勧告事項を適用することを要求すること。(8)や(10)のような懲戒処分は米国特有であり、我が国ではなかなかお目にかかれないのではないかと思われる。件数は14件であった。
(11)処分対象となった者又は法人の構成員に対して、所定の時間数の継続的職業教育(Continuous Professional Education)の完了を要求すること。この類型の処分は41件見られた。

終わりに

 今回は、PCAOBによる懲戒処分の全体的な傾向や特徴等を、我が国のCPAAOB(金融庁)による処分勧告・懲戒処分と適宜比較しながら紹介した。次回は、PCAOBによる処分の内容や理由等について、特に多額の課徴金が課された事例等を中心に、紹介することとしたい。

参考資料 
公認会計士の資格取得後の質の確保に係る対策について 金融庁資料

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