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解説記事2026年03月16日 未公開判決事例紹介 調査経過記録書における個人情報保護法上の開示(2026年3月16日号・№1115)

未公開判決事例紹介
調査経過記録書における個人情報保護法上の開示
東京地裁、租税事務に支障のおそれあり

 本誌1108号40頁で紹介した一部不開示決定処分取消請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

〇税理士(原告)が自身のクライアントである納税者の税務調査における「調査経過記録書」の不開示部分の開示を求めた事件(令和6年(行ウ)第217号)。東京地方裁判所(篠田賢治裁判長)は令和7年7月25日、不開示となった調査事項等欄には国税当局部内で行われた申告内容の検討や調査上の着眼点の分析といった検討の過程などが記載されており、これを開示した場合には租税事務支障の実質的なおそれがあると認められるとし、個人情報保護法78条1項7号ハに規定する不開示情報に該当すると判断。原告の請求を棄却した。

主  文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 玉川税務署長が令和5年2月17日付けで原告に対してした保有個人情報の一部不開示決定のうち、不開示とした部分を取り消す。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 原告は、A(以下「A」という。)の委任による代理人として、個人情報の保護に関する法律(ただし、令和3年法律第37号51条による改正前のもの。以下「個人情報保護法」という。)の規定に基づき、開示を請求する保有個人情報を「調査対象者をAとする所得税及び復興特別所得税の調査で作成した調査経過記録書(平成28年10月20日分)」(以下、上記調査により作成された調査経過記録書を「本件調査経過記録書」といい、本件調査経過記録書のうち、同日分の記載のあるページを「本件対象文書」という。)として、保有個人情報の開示の請求(以下「本件開示請求」という。)を行ったところ、玉川税務署長は、令和5年2月17日付けで、本件対象文書の一部を開示し、その余の部分(以下「本件不開示部分」という。)に含まれている情報(以下「本件不開示情報」という。)は個人情報保護法78条7号ハ所定の不開示情報(以下「7号ハ情報」という。)に該当するとして、同部分を不開示とする旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。
 本件は、原告が、本件決定のうち本件不開示部分を不開示とした部分が違法であるとして、同部分の取消しを求める事案である。
2 主な関係法令の定め
(1)個人情報保護法76条

 個人情報保護法76条1項は、何人も、同法の定めるところにより、行政機関の長等に対し、当該行政機関の長等の属する行政機関等の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる旨を定める。
 そして、同条2項は、本人の委任による代理人等は、本人に代わって同条1項の規定による開示の請求をすることができる旨を定める。
(2)個人情報保護法78条
 個人情報保護法78条柱書きは、行政機関の長等は、開示請求があったときは、開示請求に係る保有個人情報に同条各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが含まれている場合を除き、開示請求者に対し、当該保有個人情報を開示しなければならない旨を定める。
 そして、同条7号ハは、「国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、開示することにより、」「監査、検査、取締り、試験又は租税の賦課若しくは徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ」があるものを不開示情報として掲げる(以下、租税の賦課又は徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にする又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にすることを「租税事務支障」という。)。
(3)個人情報保護法80条
 個人情報保護法80条は、行政機関の長等は、開示請求に係る保有個人情報に不開示情報が含まれている場合であっても、個人の権利利益を保護するため特に必要があると認めるときは、開示請求者に対し、当該保有個人情報を開示することができる旨を定める。
3 前提事実
 次の事実は、当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実又は掲記の証拠若しくは弁論の全趣旨によって認めることができる事実である。
(1)本件対象文書の作成及び別訴等
ア 玉川税務署の調査担当者は、平成28年10月以降、Aの所得税及び消費税に関する税務調査を実施し(以下「本件調査」という。)、本件調査経過記録書(本件対象文書は、本件調査経過記録書の一部である。)を作成した。(乙2、弁論の全趣旨)
イ 玉川税務署長は、平成28年10月25日、Aに対し、「所得税及び消費税の調査について」と題する通知書を送付し、本件調査に係る事前通知をした。
  同通知書には、平成23年分から平成27年分までの所得税及び消費税の申告について調査を行うことや、韓国の新韓金融持株会社等から支払われた配当及び韓国の新韓銀行等からの預金の利子の有無について尋ねたい旨等が記載されていた。(甲21、乙2、弁論の全趣旨)
ウ 玉川税務署長は、平成29年3月14日付けでAの平成23年分の所得税に係る過少申告加算税の賦課決定処分を、平成30年1月19日付けでAの平成24年分の所得税に係る過少申告加算税の賦課決定処分並びにAの平成25年分及び平成26年分の所得税及び復興特別所得税に係る過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、これらの各賦課決定処分をまとめて「別件各賦課決定処分」という。)をそれぞれしたところ、Aは、別件各賦課決定処分の取消しを求める訴えを提起した(以下、「別件取消訴訟」という。)。
  別件取消訴訟につき、東京地方裁判所は、令和3年5月27日、Aの請求を棄却する旨の判決(以下「別件判決」という。)を言い渡した。その後、別件取消訴訟について、Aの請求を棄却する旨の判決が確定した。(甲5、弁論の全趣旨)
(2)本件開示請求及び本件決定
ア 税理士であり、Aの税務代理人であった原告は、令和5年2月1日、玉川税務署長に対し、Aの委任による代理人として、開示を請求する保有個人情報を「被相続人△△△△の相続税の調査において作成されたAにかかわる調査経過記録書(平成28年10.20分)」として保有個人情報の開示の請求をし、同月3日、当該開示を請求する保有個人情報を「調査対象者をAとする所得税及び復興特別所得税の調査で作成した調査経過記録書(平成28年10月20日分)」に補正した(本件開示請求)。(甲1、2、弁論の全趣旨)
イ 玉川税務署長は、令和5年2月17日付けで、本件開示請求に対し、本件不開示部分については「税務調査に関する具体的な調査手法や事実認定等の国税当局の判断・検討事項が記載されており、これを開示することにより、国税当局が行う税務調査の具体的な調査方法を明らかにすることになり、その結果、今後の税務調査への対策を講じたり、税務計算上の不正手口の巧妙化を図ったりすることが可能となるなど、国税当局が行う租税の賦課に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれがある」ため、本件不開示情報が7号ハ情報に該当するとしてこれを不開示とし、その余を開示する旨の決定(本件決定)をした。(甲2)
(3)審査請求及び本件訴えの提起
ア 原告は、令和5年5月16日、国税庁長官に対し、本件決定につき審査請求をしたところ、国税庁長官は、同年12月18日付けで、当該審査請求を棄却する旨の裁決をした。(甲4)
イ 原告は、令和6年6月11日、本件訴えを提起した。
(4)本件不開示部分の概要等
ア 調査経過記録書に記載すべき事項等(乙1、弁論の全趣旨)
  国税庁が作成し、本件調査時に用いられていた「個人課税事務提要(事務手続編)」(乙1)では、調査担当者は、国税通則法(以下「通則法」という。)7章の2に定められた各調査手続の実施状況を確実に記録し、統括官等の確認を受けるものとされ、また、統括官等は調査経過記録書の記載内容を確認し、指示事項を調査担当者へ適切に指示するものとされている。
  さらに、調査担当者は、調査経過記録書に当該指示内容等を記載するとともに、調査時における次の①から③の事項等を調査経過記録書に時系列で記載するものとされている。
 ①納税義務者等や取引先等との応接状況などの調査経過や確認した内容、相手方の主張
 ②事前通知した事項以外の事項について調査を行った場合などの実施状況及びその際の納税義務者等とのやり取りの内容
 ③調査により把握した問題点(非違の内容及び検討結果を含む。)
イ 本件不開示部分は、別紙2のとおり、本件対象文書のうち「調査事項・応接状況等」欄の一部(平成28年10月20日分の記載部分)及び「指示事項等〔指示(確認)日・指示(確認)者印〕」欄の全部である。(甲2、乙2、弁論の全趣旨)
ウ 本件不開示部分のうち、「調査事項・応接状況等」欄(以下「本件調査事項等欄」という。)には、平成28年10月20日に東京国税局で実施された「M実査官」、「××国際官」、「××統括」、「××上席」及び「××調査官」による部内打合せ(以下「本件打合せ」という。)の内容が記載されており、「指示事項等〔指示(確認)日・指示(確認)者印〕」欄(以下「本件指示事項等欄」という。)には、統括官等が本件調査経過記録書の記載内容を確認し、調査担当者に指示した事項等が記載されている。(乙1、2、弁論の全趣旨)
4 争点
(1)本件不開示情報の7号ハ情報該当性(争点1)
(2)本件不開示情報につき個人情報保護法80条に基づく裁量的開示をしなかったことの違法性の有無(争点2)
5 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(本件不開示情報の7号ハ情報該当性)について
(被告の主張)

 一般に、税務調査を実施するに当たっては、法令に定められた調査手順を遵守し、効果的かつ効率的に実施するため、税務調査の着手に先立ち、申告内容の検討、関係する資料の収集、調査上の着眼点の検討等の準備を行うこととなる。そして、本件不開示部分には、上記の準備として行った本件打合せの内容や、統括官等の確認・指示内容等の情報が含まれているのであって、本件不開示情報は、税務調査における国税当局部内における検討過程又は指示事項等の情報である。
 そして、かかる類型の情報を開示すれば、経験則上、事後にこれらの情報が開示された場合であっても、税務調査の着眼点や具体的な調査方法及び思考過程等が明らかになり、その結果、原告又はAらに対し、今後の税務調査を不正に免れる対策を講ずる方法や、上記思考過程等を踏まえた巧妙な不正手口を図る方法を示唆することになりかねず、また、これらの「おそれ」の程度は、法的保護に値する蓋然性があるというべきである。
 したがって、本件不開示情報は、7号ハ情報に該当する。
(原告の主張)
ア 個人情報保護法78条7号に規定された「おそれ」は、行政機関が行う事務の具体的な内容及び態様等に照らし、それぞれの事案において現実的に発生する高度の蓋然性があるものをいうと解するべきである。
  したがって、①税務調査に関する具体的な調査手法や事実認定等の国税当局の判断・検討事項が記載されている部分であること、②これを開示することにより、国税当局が行う税務調査の具体的な調査方法が明らかになること、③その結果、納税者が今後の税務調査への対策を講じたり、税務計算上の不正手口の巧妙化を図ったりすることが可能となるなど、国税当局が行う租税の賦課に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にする高度の蓋然性又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にする高度の蓋然性があることのいずれをも満たす場合でなければ、7号ハ情報に該当しないと解される。
イ 本件不開示部分に記載された事項
 (ア)別件各賦課決定処分は、申告が過少であったことを原因として過少申告加算税を賦課決定するものであり、かかる処分をする行政庁は、「更正があるべきことを予知してされたものでないとき」(通則法(平成28年法律第15号による改正前のもの。以下同じ。)65条5項)の解釈・当てはめをするにすぎないから、本件打合せの内容として、調査手法が書かれていることは想定されない。
   また、東京国税局の職員は、租税条約に基づき韓国から提供された資料を基に作成された部内資料とAの亡父に係る相続税の当初申告書とを照らし合わせて、同人(被相続人)又はAら相続人名義の新韓金融持株会社の株式に係る相続税の申告漏れを想定したというのである(甲9)。したがって、別件各賦課決定処分の前提としての税務調査の内容や方法はこれに尽きるのであって、国税当局が行う税務調査の具体的な調査方法(前記ア②)や、納税者が今後の税務調査への対策を講じたり、税務計算上の不正手口の巧妙化を図ったりすることが可能となる情報(前記ア③)が本件不開示部分に記載されているはずがない。
 (イ)東京国税局の調査担当職員は、平成28年5月17日等に、「加算税は課さない。」など、Aに対して「加算税を課さない。」旨の公的見解ともいえる発言をしていたにもかかわらず、本件打合せから5日後の同年10月25日、玉川税務署長は、「所得税及び消費税の調査について」と題する通知書をAらに送付し、税務調査を実施して別件各賦課決定処分をしたのであるから、本件打合せによって、「加算税を課さない」という従前の方針が変更され、玉川税務署が調査に着手して別件各賦課決定処分をすることとなったものと推認される。
   したがって、本件不開示部分の記載が別件各賦課決定処分等の適法性に関して非常に重要な意味をもつというべきであり、本件打合せの内容として、前記「更正があるべきことを予知してされたものでないとき」の該当性のほか、もっと実質的な、しかし法律上の根拠があるわけではない別件各賦課決定処分を行うに至った理由が記載されているというべきである。例えば、①「M実査官」が、調査担当から外すようにとの原告の申立てを受けて主担当から外されたことを根に持ち、玉川税務署職員に対し、Aの相続税及び所得税の申告代理業務を行った原告が非協力的な態度であること等、加算税の賦課決定をするに当たり考慮すべきでない事由を挙げて事案説明を行ったことが、本件不開示部分に記載されている可能性があるし、②「Aらの所得税の修正申告書が未だに提出されないから、調査開始を通知する文書を発送して、修正申告の速やかな提出を促し、かつ、更正の予知があったとしてAらに過少申告加算税を賦課決定する方針とする」など、「加算税を課さない」旨の実質的な約束があったにもかかわらず、別件各賦課決定処分がされることになった事情であって、法律上の根拠があるわけではないが、より実質的なものが本件不開示部分に記載されているとみられる。
  そして、本件不開示部分に記載された事項が上記のとおりであるとすれば、税務調査に関する具体的な調査手法や事実認定等の国税当局の判断・検討事項(前記ア①)が記載されているとはいえないし、本件不開示部分には、法律上の根拠があるわけではないが別件各賦課決定処分を行うに至った実質的な理由が記載されているのであるから、他に、税務調査の着眼点や具体的な調査方法及び思考過程等が明らかになるような記載があるはずはない。
ウ 本件不開示情報を開示することによる支障
 (ア)通則法74条の14第1項は、全ての課税処分について理由の提示を必要としており、税務調査のうち、証拠の評価や経験則を通じた課税要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て決定に至るまでの思考、判断という行為ないし作用は、課税処分の理由として納税者に示されることが予定されている。このように、納税者は、課税処分後においては、理由の提示により課税庁の事実認定を認識しているから、納税者には想像し難い特殊な調査手法が書かれているなどの事情がない限り、税務調査の内容を開示しても租税事務支障のおそれは生じないというべきである。
 (イ)現に、別件取消訴訟において被告から提出された調査経過記録書(甲6~8、16)においては、納税者であるAやその代理人であった原告らとの応接を記載する箇所だけでなく、東京国税局の職員間の「連絡」や「報告」が記載されている箇所(甲16・5頁)も開示されており、「部内打合せ」の記載であるからといって、今後の税務調査を不正に免れる対策を講ずる方法等を示唆することになり租税事務支障の蓋然性があるなどと直ちにいうことはできない。
 (ウ)仮に、前記イ(イ)のような記載が税務調査の方法等の記載に当たるとしても、別件各賦課決定処分は確定し、今後の加算税等の調査及び賦課決定事務において必ずしも汎用性があるものとは解されないから、これを開示することに租税事務支障の蓋然性がないことは明らかである。
エ したがって、本件不開示情報は、7号ハ情報に該当しない。
(2)争点2(本件不開示情報につき個人情報保護法80条に基づく裁量的開示をしなかったことの違法性の有無)について
(原告の主張)

ア 本件不開示情報を開示することによる利益
 (ア)別件判決は、本件不開示部分を証拠とせず、信義則の法理の適用を認めなかったものであり、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったものであって、その結果、別件各賦課決定処分の効力が維持されており、Aの財産権が侵害されている。Aは、本件不開示部分が開示されることにより、別件取消訴訟について再審事由があるか否かを十分に検討して、再審の訴えを起こすことができる。
 (イ)また、平成23年の改正後の通則法において、税務署長等が調査に際し事前通知をし、調査終了時に調査結果の内容の説明を行うこと等調査に関する網羅的な規定が置かれたことや、全ての課税処分について理由の提示が必要となったことを踏まえれば、Aは、別件各賦課決定処分に係る税務調査経過を完全に知る権利ないし利益を与えられているというべきであり、本件不開示情報を開示することによって当該権利利益が満たされる。
 (ウ)さらに、原告は、東京国税局から、Aに加算税を課さない、所得税の調査をしないと言われた旨をAらに伝えていたが、その後、所得税の調査に係る通知を受け取ったAらから罵倒されるなどしたのであり、本件調査によって、人間としての尊厳を失い、税理士としての信用を失い、顧問契約の解除による多大な経済的損失を被った。本件不開示情報の開示によりAの権利利益が回復する結果、Aの代理人であった原告の人格権や財産権も回復される。
イ 本件不開示情報を不開示とすることにより保護する利益等
 Aは、平成27年3月頃には、韓国の財産について日本で相続税の修正申告をする必要があるか否かを問い合わせていたのであり(甲13)、国税当局が行う課税要件に係る正確な事実の把握を困難にし、又は違法若しくは不当な行為をする意思を有していなかったことは客観的に明らかである。したがって、今後の税務調査(再調査)への対策を講じたり、税額計算上の不正手口の巧妙化を図ったりするという事情はなく、今後、A及び原告が意図的な過少申告等を行い、課税を免れることは想定されない。
 他方で、本件不開示部分には、原告も知り得る事実関係を前提として加算税を課すか否かの打合せや判断の内容が記載されているにすぎないと推認されるから、不開示とすることにより保護される利益は小さい。
ウ 小括
 以上のとおり、本件不開示情報を開示することによる利益が大きく、不開示とすることにより保護される利益が小さいことが、具体的な事情の下で明らかであるから、処分行政庁が個人情報保護法80条に基づいて本件不開示情報の裁量的開示をしなかったことは、裁量権の範囲を逸脱し、あるいは濫用するものであって、違法である。
(被告の主張)
ア 個人情報保護法80条の「個人の権利利益を保護するため」とは、個人情報の取扱いに伴い侵害を受ける可能性のある人格権、財産権全般への侵害を未然に防止することを目的とするものであると解される。
イ Aが別件取消訴訟について再審の訴えを起こすことができる利益は、およそ、玉川税務署長によるAの個人情報の「取扱いによって」侵害されるおそれのある人格権ないし財産権と関連するものとはいえず、個人情報保護法80条の「個人の権利利益」とはいえない。
  また、Aが税務調査経過を知る権利ないし利益については、玉川税務署長によるAの個人情報の「取扱いによって」侵害されるおそれのある人格権ないし財産権との関連は明らかでなく、また、当該取扱いによってAの知る権利ないし利益が侵害される具体的な可能性が存することもうかがわれない。仮に、通則法等に基づく理由の提示を求める権利を原告が「知る権利」として主張しているのであれば、それは別件各賦課決定処分の理由の提示の程度を別件取消訴訟で争うことなどによって解消すべきものであり、本件訴訟において問題とされるべきAの個人情報の取扱いとは無関係である。
ウ 前記イのとおり、原告が主張するAの「権利利益」は、Aの個人情報の取扱いによって侵害されるおそれのあるものとはいえないから、かかる「権利利益」を介して関連があるという原告の「権利利益」も、Aの個人情報の取扱いによって侵害されるおそれのあるものとはいえない。
エ したがって、本件不開示情報を不開示とする必要性を明らかに優越するような権利利益が存在するとは認め難く、「特に必要があると認めるとき」(個人情報保護法80条)に該当するとはいえないから、玉川税務署長が個人情報保護法80条により本件不開示情報の裁量的開示をしなかったことについて、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえない。

第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件不開示情報の7号ハ情報該当性)について
(1)個人情報保護法78条7号ハの租税事務支障の「おそれ」の程度等

 個人情報保護法は、行政機関等の事務及び事業の適正かつ円滑な運営を図り、並びに個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とするものであり(同法1条)、同法78条は、不開示情報が含まれている場合を除き、開示請求に係る保有個人情報を開示しなければならない旨を規定している。
 このような同法の各規定の趣旨及び内容からすれば、同法78条7号ハの「租税の賦課」又は「徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ」(租税事務支障のおそれ)があるといえるためには、その支障の程度は名目的なものでは足りず、実質的なものであることが必要であり、おそれの程度も、抽象的な可能性ではなく、法的保護に値する蓋然性が必要であると解するのが相当である。
 当該おそれの程度等に係る原告の主張のうち、上記説示と異なる趣旨をいう部分は、これを採用することはできない。
(2)本件不開示情報の7号ハ情報該当性
ア 本件不開示部分に記載された事項について
 (ア)一般に、税務調査を実施するに当たっては、その着手に先立ち、申告内容の検討、関係する資料の収集、調査上の着眼点の検討等の準備を行うところ(弁論の全趣旨)、本件打合せ後、Aに対して「所得税及び消費税の調査について」と題する通知書が送付されるなどした上で本件調査が行われ、これを踏まえ、Aに対して別件各賦課決定処分がされたことからすると(前提事実(1)、乙2)、本件打合せにおいて、本件調査の準備の一環として、Aの申告内容の検討や調査上の着眼点の検討等が行われたことが合理的に推認される。
 (イ)調査経過記録書には、納税義務者とのやり取りなど、納税義務者においても把握している事情だけでなく、非違の内容及び検討結果を含め、調査により把握した問題点等や、統括官等による指示の内容等といった、調査手続の実施状況等を確実に記録し、統括官等の確認を受けるものとされている(前提事実(4)ア)。そして、本件対象文書は、本件調査において作成された本件調査経過記録書の一部であり、本件不開示部分のうち、本件調査事項等欄には、平成28年10月20日に東京国税局で実施された本件打合せの内容が記載され、本件指示事項等欄には、統括官等が本件調査経過記録書の記載内容を確認し、調査担当者に指示した事項等が記載されていることからすると(前提事実(4)イ、ウ)、本件不開示部分のうち本件打合せの内容等が記載された本件調査事項等欄には、国税当局部内において行われた、申告内容の検討や調査上の着眼点の分析といった検討の過程や、その結果が記載されており、また、本件指示事項等欄には、統括官等がこれらの記載内容を確認の上で調査担当者に指示した内容等が記載されているものと合理的に推認することができるのであって、かかる推認を覆すに足りる事情は見当たらない。
イ 本件不開示情報を開示することによる支障について
 本件調査の準備の一環として行われた国税当局部内における検討の過程・結果の情報やこれを踏まえた指示の内容等の情報が開示されると、税務調査の着眼点や具体的な調査方法のほか、国税当局内の思考過程等が明らかになり、その結果、A及びその税務代理人であった原告ら関係者に対し、今後の税務調査を不正に免れる対策を講ずる方法や、巧妙な不正手口を図る方法を示唆することになりかねないということができる。
 したがって、本件不開示情報を開示することにより、租税事務支障の実質的なおそれがあると認められる。
 また、上記のとおり説示したところからすれば、そのおそれの程度は、抽象的な可能性ではなく、法的保護に値する蓋然性があるものと認められる。
 なお、別件各賦課決定処分が適法であることは確定しているが(前提事実(1)ウ参照)、Aやその関係者について、今後、租税が賦課される蓋然性がないとはいえないから、上記確定の事実は、上記判断を左右しない。
ウ 小括
 以上によれば、本件不開示情報は、7号ハ情報に該当する。
(3)原告の主張について
ア 本件不開示部分に記載された事項について
 原告は、①別件各賦課決定処分をする行政庁は、「更正があるべきことを予知してされたものでないとき」の解釈・当てはめをするにすぎないから、本件打合せの内容として、調査手法が書かれていることは想定されないし、東京国税局の職員は、租税条約に基づき韓国から提供された資料を基に作成された部内資料とAの亡父に係る相続税の当初申告書とを照らし合わせて、同人(被相続人)又はAら相続人名義の新韓金融持株会社の株式に係る相続税の申告漏れを想定したというのであるから、別件各賦課決定処分の前提としての税務調査の内容や方法はこれに尽きるのであって、国税当局が行う税務調査の具体的な調査方法や、納税者が今後の税務調査への対策を講じたり、税務計算上の不正手口の巧妙化を図ったりすることが可能となる情報が本件不開示部分に記載されているはずがない、②本件不開示部分には、「加算税を課さない」旨の実質的な約束があったにもかかわらず、別件各賦課決定処分がされることになった事情であって、法律上の根拠があるわけではないが、より実質的なものが記載されているとみられ、税務調査に関する具体的な調査手法や事実認定等の国税当局の判断・検討事項が記載されているとはいえないし、他に、税務調査の着眼点や具体的な調査方法及び思考過程等が明らかになるような記載があるはずはないなどと主張する。
 しかしながら、①税務署長は、納税申告書の提出があった場合において、当該申告書に記載された課税標準等又は税額等が調査したところと異なるときは、その調査により、当該課税標準等又は税額等を更正し(通則法24条)、納税者が課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠蔽し、又は仮装したところに基づいて納税申告書を提出していたときは、過少申告加算税に代えて、重加算税を課することとされている(通則法68条1項)。また、過少申告加算税を課する場合において、修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについての「正当な理由」(通則法65条4項)の有無が問題となることもある。そうすると、最終的に、Aに対して所得税や消費税の更正処分等が行われなかったからといって、本件調査において、「更正があるべきことを予知してされたものでないとき」の解釈・当てはめ以外の調査・検討が一切行われなかったなどと即断することはできない。また、東京国税局の職員が、租税条約に基づき韓国から提供された資料を基に作成された部内資料とAの亡父に係る相続税の当初申告書とを照らし合わせて、同人(被相続人)又はAら相続人名義の新韓金融持株会社の株式に係る相続税の申告漏れを想定したとしても、別件各賦課決定処分の前提としての税務調査の内容や方法はこれに尽きるとか、国税当局が行う税務調査の具体的な調査方法や、納税者が今後の税務調査への対策を講じたり、税務計算上の不正手口の巧妙化を図ったりすることが可能となる情報が本件不開示部分に記載されているはずがないなどということもできない。したがって、原告の上記①の主張は、理由がない。
 しかも、②本件記録を精査しても、例えば、「M実査官」が、原告の申立てを受けて主担当から外されたことを根に持ち、玉川税務署職員に対し、Aの相続税及び所得税の申告代理業務を行った原告が非協力的な態度であること等、加算税の賦課決定をするに当たり考慮すべきでない事由を挙げて事案説明を行ったことなど、原告が主張するような「別件各賦課決定処分がされることになった事情であって、法律上の根拠があるわけではないが、より実質的なもの」が本件不開示部分に記載されていることを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の上記②の主張は、前提において理由がない。
イ 本件不開示情報を開示することによる支障について
 原告は、①納税者は、課税処分後においては、理由の提示により課税庁の事実認定を認識しているから、納税者には想像し難い特殊な調査手法が書かれているなどの事情がない限り、税務調査の内容を開示しても租税事務支障のおそれは生じない、②別件取消訴訟において被告から提出された調査経過記録書においては、東京国税局の職員間の「連絡」や「報告」が記載されている箇所も開示されており、「部内打合せ」の記載であるからといって、今後の税務調査を不正に免れる対策を講ずる方法等を示唆することになり租税事務支障の蓋然性があるなどと直ちにいうことはできない、③仮に、「加算税を課さない」旨の実質的な約束があったにもかかわらず、別件各賦課決定処分がされることになった事情の記載が税務調査の方法等の記載に当たるとしても、別件各賦課決定処分は確定し、今後の加算税等の調査及び賦課決定事務において必ずしも汎用性があるものとは解されないから、これを開示することに租税事務支障の蓋然性がないことは明らかであるなどと主張する。
 しかしながら、①行政手続法14条1項本文が、不利益処分をする場合には同時にその理由を名あて人に示さなければならないとしているのは、名あて人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名あて人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであり、同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは、上記のような同項本文の趣旨に照らし、当該処分の根拠法令の規定内容、当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである(最高裁平成21年(行ヒ)第91号同23年6月7日第三小法廷判決・民集65巻4号2081頁参照)。したがって、税務調査の結果を踏まえて課税処分を行う場合であっても、当該税務調査の準備の一環としてされた国税当局部内における検討の過程・結果の情報や、統括官等による指示の内容等といった情報についてまで、必ずしも課税処分の理由として納税者に全て明らかにされるとはいえない。そうすると、課税処分に当たり、処分の理由の提示がされることや、当該理由の提示により課税処分に至る検討過程の一部が明らかにされることがあるからといって、上記のような検討の過程等の情報を開示することによる租税事務支障のおそれが直ちに否定されるものではない。
 また、②別件取消訴訟で被告が提出した調査経過記録書(甲6~8、16)の記載を見ても、「調査事項・応接状況等」として開示されているものの大半は納税者側とのやり取りに関するものであり、東京国税局の職員の間のやり取りのうち開示されているものは、「名古屋局が行った新韓銀行関連調査の新聞記事(中京新聞)の情報提供。」との「連絡」及び「国際統実・◆◆専門官から提供があった情報につき報告。名古屋局の相続税調査事案につき、今後の調査の参考にしたいため、情報収集を願いたい旨。」との「報告」にとどまるのであって、「指示」は開示されていない。しかも、上記調査経過記録書においても、本件対象文書と同様に、「指示事項等〔指示(確認)日・指示(確認)者印〕」欄は全て不開示とされているのであるから、上記調査経過記録書における開示の状況は、本件訴訟における原告の主張を補強するものとはいえない。
 さらに、③前記アで述べたのと同様に、「加算税を課さない」旨の実質的な約束があったにもかかわらず、別件各賦課決定処分がされることになった事情が本件不開示部分に記載されていることを認めるに足りる証拠はないし、別件各賦課決定処分が適法であることが確定しているとしても、Aやその関係者について、今後、租税が賦課される蓋然性がないとはいえないから、原告の上記③の主張は、理由がない。
ウ したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
2 争点2(本件不開示情報につき個人情報保護法80条に基づく裁量的開示をしなかったことの違法性の有無)について
(1)原告は、本件不開示情報を開示することによる利益として、①別件判決は、本件不開示部分を証拠とせず、信義則の法理の適用を認めなかったものであるが、Aは、別件取消訴訟について再審事由があるか否かを十分に検討して、再審の訴えを起こすことができること、②Aは、別件各賦課決定処分に至る税務調査の経過を完全に知る権利ないし利益が満たされること、③Aの権利利益が回復する結果、原告の人格権や財産権も回復されることを主張する。
(2)しかしながら、①原告が主張するような「別件各賦課決定処分がされることになった事情であって、法律上の根拠があるわけではないが、より実質的なもの」が本件不開示部分に記載されていることを認めるに足りる証拠はなく(前記1(3)ア)、本件記録を精査しても、そのような記載があることをうかがわせる具体的な事情も見当たらない。そもそも、別件判決は、東京国税局の職員がAらの所得税の修正申告について加算税を付加しない旨発言したことや、加算税を課さないというのは国税局としての見解に相違ない旨をAが依頼した税理士に回答したことを認定しつつ、別件各賦課決定処分は、Aらの上記発言に対する信頼やその信頼に基づいて修正申告をしたという行為の有無にかかわりなく、当然に課せられるべきものであったなどとして、信義則の法理の適用により本件各賦課決定処分を取り消すことをしなかったものであり(甲5)、本件不開示部分の記載内容に関する原告の主張を勘案しても、別件取消訴訟において、裁判所が本件不開示部分を証拠とせずに判断したことが、判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断の遺脱に当たり、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法338条1項9号所定の再審事由に該当するものとはにわかに認められない。
  また、②前記1(3)イのとおり、税務調査の結果を踏まえて課税処分を行う場合であっても、当該税務調査の準備の一環としてされた国税当局部内における検討の過程・結果の情報や、統括官等による指示の内容等といった情報について、必ずしも課税処分の理由として納税者に全て明らかにされるとはいえないのであるから、課税処分を受けた納税者において、課税処分に至る税務調査の経過を完全に知る権利ないし法的利益を有するということはできない。
  さらに、③以上の認定、説示によれば、原告の主張する原告の人格権や財産権の侵害と本件決定との間に相当因果関係を認めることはできないし、本件不開示情報を開示することによってAの権利利益が回復され、これにより原告の人格権や財産権が回復されるとも認められない。
(3)そうすると、その余の点について検討するまでもなく、玉川税務署長が、「個人の権利利益を保護するため特に必要がある」と認めず、個人情報保護法80条に基づいて本件不開示情報の裁量的開示をしなかったことにつき、事実の基礎を欠くものとも、著しく不合理な評価に基づくものともいえないから、その裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったとは認められない。
3 小括
 以上によれば、本件不開示情報は7号ハ情報に該当するものであり、また、玉川税務署長が個人情報保護法80条に基づき裁量的開示をしなかったことにその裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったとは認められないから、本件決定が本件不開示部分を不開示としたことは、適法である。

第4 結論
 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 篠田賢治
裁判官 下 和弘
裁判官 鈴木真耶

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