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解説記事2020年07月20日 ニュース特集 内部統制の有効性評価で監査法人への損害賠償請求事件(2020年7月20日号・№843)

ニュース特集
残高証明書を直接確認する義務はあるか?
内部統制の有効性評価で監査法人への損害賠償請求事件


 監査法人(被告)が内部統制の有効性評価の際に会社の金融機関口座の残高証明書等を直接確認しなかったことが債務不履行になるか争われた損害賠償請求事件で、東京地方裁判所(藤澤裕介裁判長)は6月1日、口座の残高証明書又は通帳の原本を確認すべき義務を負うものと認めることはできないとし、原告である会社の請求を棄却した。原告は被告が残高証明書等を直接確認しなかったことにより従業員の横領を見つけることができなかったなどと主張したが、東京地裁は、契約当時、原告において不正な経理処理がされたとの具体的な疑義は生じていなかったと指摘。内部統制の有効性評価に当たり、預貯金残高情報に関し、被告が自ら金融機関発行の残高証明書又は通帳の原本を入手して検証する方法だけでなく、原告から提供された写しを基に検証する方法も許されると解すべきであるとの判断を示した。
 本件は中小規模の監査法人が非上場の会社の内部統制の有効性評価を実施した際に起きた事件である。本契約は監査意見を表明する監査契約ではないが、契約に不正発見が含まれるか否かが争いの根底にあるようだ。

一部銀行で残高証明書の直接照会ができず

 本件は、複数の子会社を有する原告の会社が、監査法人(被告)に対して原告及びその複数の子会社の経理の調査確認等を委任するとの契約において、被告が子会社の金融機関口座の残高証明書又は通帳の原本を直接確認する義務を負っていたにもかかわらず、確認を実施した旨の誤った報告をしたため、当時原告の従業員であった者による原告及び子会社等からの横領行為を覚知することができず、その後も横領被害が続いたなどと主張し、被告に対し、債務不履行による約5,000万円の損害賠償を求めたものである。
偽造文書で確認する結果に
 監査法人の代表者は、原告代表者から会社に不正がないかどうかの調査を求められたが、不正発見調査は引き受けられないとし、その後、株価算定及び内部統制のチェック(表1参照)の依頼を引き受けた。当該業務の遂行に当たり、被告の会計士は、複数の預貯金口座について帳簿上の預貯金残高が残高証明書と一致するかどうかを確認。その際、多くの銀行では原告グループ会社各社から残高証明書の発行を郵便で依頼し、被告がその照会結果について直接送付を受けることができたが、ゆうちょ銀行に対しては同様の方法を用いることができなかったため、原告から提供された資料を基に確認する方法とした。しかし、提供された貯金通帳の写しは横領を行っていた従業員が作成した内容虚偽の偽造文書であった。

【表1】報告書「内部統制の有効性評価と改善点」(一部抜粋)

(イ)預金帳簿残高と金融機関残高不一致
 平成26年6月30日時点の原告の預金帳簿残高について、金融機関に残高確認を実施したところ、一部不整合が生じていた。
 不整合の主な内容としては、①外貨預金の換算替えを月次で実施していないこと、②受取利息をタイムリーに処理していないこと、③会計処理が遅れて、あるいは漏れていることが挙げられる。
 このように、不整合は、銀行残高確認状の検証により判明することになる。年度末の決算処理の際は、必ず銀行残高との照合の手続をとることが必要である。
 特に、頻度の多い銀行預金口座は、遅れや漏れを防止するためにも、月次で帳簿残高と金融機関残高(通帳残高など)の照合をし、整合性の調査確認手続を構築することが望まれる。

 このため、原告会社は、会社の経理を調査する場合でも、内部統制の有効性を調査する場合でも、会計帳簿の金額と金融機関が発行する残高証明書あるいは通帳の原本を確認する必要があるなどと主張していた(表2参照)。

【表2】当事者の主張(争点:被告が口座の残高証明書又は通帳の原本を直接確認する義務を負うか否か)

原 告(会社) 被 告(監査法人)
・原告代表者が原告及び原告グループ会社に関する経理の調査確認を依頼し、被告代表者がこれを受諾して契約を締結した。この際、原告代表者は、被告代表者に対し、金融機関から残高証明書を取得して預貯金の直接残高確認を行うよう特に依頼していた。
・株式会社において日常的に行われる決算業務では、経理の調査のために会計帳簿の金額と金融機関が発行する残高証明書との照合を行うことが必要不可欠であるから、内部統制システムの有効性を調査する場合であったとしても、決算・財務報告プロセスをテストするべきであり、その際、金融機関が発行する残高証明書の原本を使用する必要がある。
・契約の内容は、内部統制の有効性評価と企業価値の算定である。被告が原告から経理の調査確認を依頼されたことはなく、原被告間で、原告グループ会社全ての預貯金口座について残高証明書や通帳の原本を確認することが合意された事実もない。
・「内部統制の有効性評価と改善点」(報告書)の目的は、原告及び原告グループ会社において内部統制が機能しているか否かを調査し、改善点を報告することであり、不正の発見ではない。企業評価算定書(算定書)の目的は、原告の株式の1株当たりの価値を算定することであり、株価算定は原告グループ会社の財務データの開示を受ければ可能であるから、その財務データの基となった資料を確認する必要はない。被告は、(横領していた)原告の従業員から提出された口座の通帳のコピーと会計帳簿の金額が合致するか否かを照合したもので、本件契約の目的からすると十分である。
・報告書及び算定書では、金融機関口座の残高確認について残高証明書や通帳の原本の確認がされていないものが存在し、資料の正確性、完全性について検証が行われていない旨が留保されている。また、公認会計士6人で延べ33日間(1人1日4ないし6時間)を使って調査し、2通の報告書を作成するという短期間の調査の場合、基本的には依頼者から提供された資料が正確であることを前提に調査を行うことが想定されている。

内部統制の有効性評価、残高不一致が生じる仕組みであるかを検証

 裁判所は、まず、本件契約に係る委任事務は被告である監査法人が原告会社の内部統制の有効性評価及び株式評価を行うことを内容とするものと認めた。その上で、残高証明書又は通帳の原本を直接確認する義務の有無については、原告会社の内部統制の有効性評価の方法として、被告が用いたウォークスルー(今号42頁参照)の手法は各子会社について1つの取引を追いながら、誤謬や不正取引が起きにくいチェック体制となっているか否かを確認する作業を行うことにより、内部統制手続をチェックする方法とされており、この方法は抽出した取引データが各部署に正確に伝達され、正しく取り扱われているかどうかを確認するものであって、取引データ自体の誤りを発見することには重点が置かれず、また、その分析に預貯金残高の情報は用いられないとした。
 また、原告グループ会社の預貯金残高情報は、当該会社の財務状態を示す情報として重要であるとしつつも、裁判所は、内部統制の有効性評価という観点からすると、収集した情報・資料を基に、実際の預貯金残高と帳簿残高の不一致が生じ得る仕組みになっていないかを検証すれば足りるものというべきであると指摘。収集資料の正確性に具体的な疑義が生じているような状況でない限り、収集資料の作成に偽装、不正が介在しないことの検証までは求められていないものと解すべきであるとした。
写しでの検証も可
 裁判所は、契約当時、原告会社において、不正な経理処理がされたとの具体的な疑義は生じていなかったことから、内部統制の有効性評価に当たり、預貯金残高情報に関し、被告が自ら金融機関発行の残高証明書又は通帳の原本を入手して検証する方法だけでなく、原告から提供された写しを基に検証する方法も許されると解すべきであるとし、残高証明書等を直接確認する義務を負うものとは認められないとの判断を示した。したがって、原告の債務不履行に基づく損害賠償請求は理由がないとして、原告の主張を斥けた。
 なお、裁判所は、調査対象会社の金融機関口座の残高証明書又は通帳の原本確認義務を負うかどうかは、合意の内容や目的次第であるとし、監査法人として負う一般義務から確認義務を導くことは困難であるとも指摘している。
監査法人は500万円超の報酬を会社に返金
 以上、裁判自体は原告の請求がすべて斥けられており、監査法人側の勝訴となっている。しかし、裁判に先立ち原告会社からは、監査法人に口座に関する偽装を見逃した責任があるなどとの既払報酬の返還要求がなされ、これを受けて監査法人は約544万円の報酬を返金している。

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