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解説記事2020年09月21日 特別解説 IFRSの公表に当たって表明された反対意見(2020年9月21日号・№850)

特別解説
IFRSの公表に当たって表明された反対意見


はじめに

 我が国の企業に対して国際財務報告基準(IFRS)の任意適用が認められて10年。我が国でIFRSを任意に適用して連結財務諸表を作成・公表する会社も200社を超え、株式時価総額ベースでは3割を超えるようになった。まだ道半ばとはいえ、IFRSはわが国において着実に受け入れられ、浸透してきていると言えるであろう。最近の5年間は金融商品、収益認識、リース等の大型の基準書が次々に開発・適用され、世界中の会計関係者はそれらへのキャッチアップに追われてきたが、(IFRS第17号「保険契約」はまだ残されているものの)2019年度のIFRS第16号「リース」をもって、新しい基準書の開発・適用ラッシュは一区切りしたものと思われる。会計基準書とは別冊になっているが、IFRSには結論の背景(Basis of conclusions BC)というパートがあり、その中に、基準書の投票、公表にあたってIASBのボードメンバーが表明した反対意見(Dissenting Opinion:DO)が掲載されている。
 本稿では、普段は顧みられることが少ない、これらの反対意見を取り上げてみたい。

IFRS 基準書の作成プロセス

 世界中の多くの国々の企業が利用するIFRSのような会計基準を作成する場合には、会計基準設定プロセスの透明化が欠かせない。そこで、IFRSを開発するIASB(国際会計基準審議会)では、デュー・プロセス(Due process)と呼ばれる所定の手続が定められており、文書(デュー・プロセス・ハンドブック)として公表されている。
 IFRSの場合には、IASBという、現在のボードメンバーが12名の組織(2020年7月1日現在。日本人1名を含む。世界中の様々な国出身のメンバーから構成されている。)において、審議と投票の結果、9名以上(注)が賛成すれば、基準書(あるいは公開草案)として成立することになる。
(注)IASBのデュー・プロセス・ハンドブックの3.14及び3.15によると、ディスカッション・ペーパー(DP)の場合は投票を行ったうえで単純多数決(simple majority)、公開草案(ED)と最終の基準書が成立するためには、特別多数決(supermajority)の賛成が必要となる。なお、特別多数決とは、IASBのボードメンバーが15名以下の場合には9名、16名以上の場合には10名の賛成が必要とされている。
 裏を返せば、たとえIFRSの基準書が可決成立した場合であっても、現状では最大で3名まで、反対意見を表明したボードメンバーがいる可能性がある、ということになる。基準書の公表に反対するボードメンバーは、IASBの会議において意思表示を行い、スタッフの協力を得ながら反対意見を作成する。そして反対意見は、基準書に付属する文書として公表され、反対の理由とともに、反対したボードメンバーの名前も掲載される。
 我が国の会計基準を設定している企業会計基準委員会(ASBJ)の場合でも、IASBと類似したデュー・プロセスが定められており、委員が反対意見を表明することも可能となっているが、満場一致による意思決定を好む我が国の文化の影響か、これまでに委員が反対意見を表明した例はごくわずかしかない。

IFRS の基準書とそれに対する反対意見

 現時点でのIFRSの基準書と、公表の際に反対意見を表明したボードメンバー数を示すと、のとおりである。なお、IAS(国際会計基準)の基準書は省略し、IFRS(国際財務報告基準)の基準書のみを取り上げている。

 これまでに公表された16本の基準書のうち、満場一致で可決されたものは半分に満たない7本である。反対意見がこれだけ表明されているということは、IASBには様々な考え方やバックグラウンドを持ったメンバーがいることの証でもある。これまでのIFRSの基準書で最も「きわどく」可決されたのはIFRS第4号「保険契約(IFRS第17号の適用とともに廃止される予定)」で、賛成者8名に対して6名が反対しており、当時よりも厳しくなった現在のルールのもとでは可決公表することができない。
 反対意見や問題提起、懸念の表明が多いということは、それだけ当該基準書が扱っている論点が難しく、世界中に多様な実務や考え方があって一筋縄ではいかないという証拠であり、反対意見の存在を知り、それらに目を通すことによって、基準書が抱えている問題点を裏側から読み取れることもしばしばある。本稿では、これまでにボードメンバーから表明された基準書に対する反対意見をいくつか紹介し、その理由や経緯等も検討することとしたい。

IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の公表に当たって表明された反対意見

 IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」が公表されたのは2014年5月であるが、実務上の適用を円滑にすべく、公表から適用開始までの間に修正(明確化)が加えられた。2016年4月には、IFRS第15号がより首尾一貫して適用されるようにするとともに、その適用コストと複雑性を低減することを目的として、収益認識に関する合同移行リソース・グループ(TRG)が審議した適用上の問題(履行義務の識別、本人か代理人かに関する適用指針及び知的財産のライセンスに関する適用指針、ならびに経過措置)が主なテーマの改訂が行われた。
 主な内容は以下のとおりである。

① 約定した財又はサービスがどのような場合に契約に含まれる他の約定から「区別して識別できる」(すなわち、契約の観点から区別できる)かが明確化された。これは、約定した財又はサービスが履行義務であるかどうかの評価の一部である。
② 企業の約束の性質が、約定した財やサービスそのものを提供することであるのか(すなわち企業は本人である)、他の当事者によって提供される財又はサービスを手配することであるのか(すなわち企業は代理人である)を判断するうえで、本人か代理人かに関する適用指針をどのように適用すべきかが明確化された。
③ 知的財産のライセンスに関し、企業の活動が、どのような場合に顧客が権利を有する知的財産に著しい影響を与えるかが明確化された。これは、企業が収益を一定期間にわたり認識するか、一時点で認識するかを判断するうえでの1つの要因である。
④ 契約に他の財又はサービスがある場合に、売上高及び使用量に基づきロイヤルティの金額が決まる知的財産のライセンスに係る例外規定(ロイヤルティ制限)の適用範囲が明確化された。
⑤ IFRS第15号の経過措置に、以下に関する2つの実務上の便法が追加された。
(a)完全遡及アプローチの下での完了した契約
(b)移行時までに条件変更された契約
 この改訂の発効日は、IFRS第15号の発効日と同じ2018年1月1日とされた。企業は、これらの改訂をIAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」に従って遡及適用しなければならない。遡及適用が要求されるが、これらの改訂はIFRS第15号の規定の明確化を意図したものであり、基準の変更を意図したものではない。

 また、遡及適用によって、財務諸表の利用者が収益の趨勢を理解できるようになるとされた。
 当時のIASB唯一の日本人ボードメンバーであった鶯地隆継氏は、IFRS第15号の明確化のための修正と追加的な移行上の救済措置のすべてに同意したが、IFRS第15号の明確化を、それらの修正が、適用開始日において、IFRS第15号に含まれていたかのように遡及適用することを企業に要求するという決定に反対した。その根拠は次のとおりである。
・ 今回の明確化に関する修正を適用する前にIFRS第15号を適用している企業に対して、IFRS第15号の適用開始の影響を、今回の修正の適用開始の影響(もしあれば)について修正再表示することを要求するのは、IFRS第15号の早期適用を認めていることと矛盾している。
・ 当該企業は、一部の契約について2回の修正再表示を要求される恐れがある(最初はIFRS第15号の早期適用開始時、2度目は今回の修正の適用開始時。)。さらに、当該企業はIASBが追加した新たな実務上の便法の便益を奪われている。
・ 絶対的に必要なものであるならば、基準の発効日の前に基準の明確化を公表することに反対はしない。しかし、明確化の修正を公表するにあたってのIASBのこうした行動により、適用プロセスを早期に開始する企業に不利益を与え、遅れて行う企業に恩恵を与えるものと受け取られるようなことはすべきではない。このような認識を与えてしまうと、企業が新基準の適用を適時に開始することを阻害する可能性がある。
・ 長い適用開始期間を与えるように発効日を設定し、基準の早期適用を認めることは、新基準の円滑な採用への支援となる。基準の早期適用を促進するために、IASBは、「IFRS第15号の明確化」のような修正についての経過措置を決定する際に、当該基準をすでに早期適用しているか、又は早期適用の準備が進んだ段階にある企業に十分に配慮すべきである。
 財務諸表の作成者出身の鶯地氏らしい見解であるといえよう。


IFRS第16号「リース」の公表に当たって表明された反対意見

 中国出身のボードメンバー(当時)であった張為国氏は、IFRS第16号「リース」の公表に当たって反対意見を表明した。
 張氏が反対したのは、下記の2点である。
① 借手について単一の会計処理モデルを要求しながら、貸手について二本立ての会計処理モデルを維持すること。
② 少額資産のリースについての認識の免除
 それぞれの根拠は次のとおりである。
 ① 貸手の会計処理について
・ 借手について単一の会計処理モデルを要求しながら、貸手について二本立ての会計処理モデルを維持することは、概念的に不整合である。
・ 金融資産に関連したリスクの性質は原資産とは異なるものであり、そうした異なるリスクに関する情報は、貸手の財務諸表の利用者にとって非常に重要であるため、貸手がリースから生じたリース料を受け取る権利を金融資産として貸手の財務諸表に反映すべきである。
・ 貸手の会計処理モデルが2本立てだと、経済的に同じである2つの取引が異なる方法で会計処理される結果となるように操作される可能性がある。
 ② 少額資産のリースについての認識の免除について
・ IFRSにおける重要性のガイダンスとIFRS第16号の短期リースについての認識の免除が、資産及び負債の認識のコストが便益を上回るであろうリースを識別するのに十分であるはずである。
・ 少額資産のリースが総額で重要性がある場合には、資産及び負債を認識することに大きな便益がある。
・ 企業は少額資産の記録を内部統制目的で有しているであろうから、それほどのコスト増にはならない。
・ この認識の免除は、IFRSにおける重要性のガイダンスが、IFRSの適用のコストが便益を上回るであろう契約を補足するのに不十分であると示唆することになり、不適切な前例を設けることになる恐れがある。
・ 重要性のある金額の少額資産を必要とする企業に、オフバランスの会計処理を達成するために、少額資産を購入せずにリースする動機が生じることになる。
・ BC第100項で、「新品時に5千米ドル以下」ということが述べられているが、同一の資産が、新品時に、異なる市場では異なる価値を有する場合があり、特定の資産の新品時の価値が、時とともに変化する場合がある。また、多くの国または地域が異なる通貨を使用しており、それらの通貨の為替レートは時とともに変化する。したがって、「少額」かどうかの判定の運用可能性に懸念がある。

IFRS第3号「企業結合」の公表に当たって表明された反対意見

 最後に、正ののれんを非償却とするIFRS第3号「企業結合(2004年公表)」(注)の定めに対して、山田辰己氏が表明した反対意見を紹介する。
(注)2004年に公表されたIFRS第3号は、2008年1月にIFRS第3号が改訂されたことに伴い廃止された。そのため、この反対意見は現在のIFRSには掲載されていない。
 山田氏がのれんの償却を支持(すなわち、のれんを償却禁止とする新たな取扱いに反対)した理由を要約して列挙すると、次のとおりである。

・のれんの償却はしっかりと確立され、よく理解されている慣行である。
・償却の恣意性は確かに存在するが、他の資産の償却に比べて必ずしも特に恣意性が大きいわけではない。また、減損テストの利用を追加することで、相当程度恣意性を排除することができる。したがって、定期的な減損テストとの組み合わせによる償却こそ、当初認識後ののれんの会計処理方法として求められるべきである。
・償却は若干恣意的ではあっても、透明な方法である。
・IFRS第3号において求められている減損テストのみのアプローチに比べれば、市場をミスリードする可能性は低い。

 一方、IASBの理事会がのれんの償却を禁止するという取扱いを支持した根拠としては、次のようなものが挙げられていた。

・取得したのれんの耐用年数及びのれんが減少するパターンは一般に予測不可能であるが、償却はこのような予測によって左右される。
・その結果、ある任意の期間の償却額は、取得したのれんのその期間における消費についての恣意的な見積りであるとして表現するよりほかにない。
・恣意的な期間でのれんの定額償却を行っても、有用な情報を提供することはできない。この見解は、実務と研究による証拠の両面から裏付けられている。
・厳格で実用的な減損テストを作り出すことができれば、のれんを償却せずに毎期減損テストを行い、のれんの減損の可能性を示す事象又は状況の変化があったときにはより頻度多く減損テストを行うというアプローチによって、企業の財務諸表の利用者に、より有益な情報を提供することができる。

終わりに

 2020年3月19日、IASBは、投資者が企業に買収の説明責任を求める方法及びのれんの会計処理について公開協議を行うため、ディスカッション・ペーパー(DP)を公表した。ここでは、予備的見解として、のれんの均等償却は行わずに減損テストのみとする現行のアプローチを維持する方向性が出されたが、ボードメンバーによる投票結果は、賛成8名、反対が6名であったとされている(前述のとおり、DPは基準書や公開草案とは違って、単純多数決で公表できる。)。
 DPでは、企業がのれんを会計処理する方法を変更すべきかどうかについても検討されている。DPでは、予備的見解に達した理由として、「のれんを償却することが、企業が投資者に報告する情報を著しく改善するという明確な証拠がない」とされているが、一方で、「企業はのれんの減損テストを毎年行わなければならないが、このテストが有効かどうかに関して利害関係者の意見は分かれている。」ともされており、「減損テストは投資者に取得の業績に関する情報を与えているという意見がある一方で、このテストは高コストで複雑であり、のれんの減損損失が報告されるのが遅すぎることが多い」という反対意見も紹介されている。2004年にIFRS第3号が公表された際に、のれんを非償却とする会計上の取扱いに対して山田氏が反対意見を表明してから16年。のれんの償却の是非をめぐる議論はまだ続いている。

参考文献
旬刊経理情報 No.1289(2011年8月10日号)「IFRSの裏を読む」
IFRS Developments第119号 2016年4月号 EY新日本有限責任監査法人

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