民事2015年04月10日 民法改正と新しい詐害行為取消権制度 執筆者:高須順一
1 民法改正と詐害行為取消権
2015年3月31日、政府は、民法の一部を改正する法律案を国会に提出しました。2009年11月から法制審議会民法(債権関係)部会において5年有余の検討を続けてきた債権法の改正に関する法案です。1896年に制定された民法財産法についての120年ぶりの抜本的改正となります。定型約款の規律の導入、時効や債権譲渡の規律の変更、個人保証人の制限法理の拡大等、200項目以上の内容が改正対象となっています。
中でも、詐害行為取消権の改正は大きなテーマのひとつです。現行民法には僅か3か条しか条文がない詐害行為取消権は、その多くの法理を判例によって形成してきました。判例の理解なしには何も分からないと言っても過言ではないのが詐害行為取消権法理だったのです。取消訴訟と位置づけながら相対的取消構成を採用し、被告は受益者あるいは転得者のみでよいとされたり、取消しの効果として逸出財産の返還請求や価格賠償請求を認めるといったことが、全て判例法理によって根拠付けられてきたのです。
2 判例法理を理解することの重要性
このような詐害行為取消権法理の発展過程を踏まえ、今回の債権法改正作業では、明治期以来の数多くの判例法理を明文化しています。逸出財産が動産あるいは金銭のような可分である場合の取消しの範囲は取消債権者の債権額の限度とする規律(改正法案424条の8)や、動産、金銭の返還については取消債権者による直接の支払請求、引渡請求を認めるとの規律(同424条の9)などが条項として規定されます。したがって、これらの改正法を正確に理解するには、これまでの判例法理の理解が不可欠になります。
一方で、今回の改正には、これまでの判例法理を修正するという趣旨で明文化されたものもあります。詐害行為取消権の法的性質は相対的取消構成をベースにして考えるというのが、前述のとおり明治期以来の確固たる判例法理(明治44・3・24民録17輯117頁)だったわけですが、この相対的取消構成については、現在、様々な批判が寄せられており、発想の転換を迫られていました。そこで、改正法案425条は、新たに、「詐害行為取消請求を認容する確定判決は、債務者及びその全ての債権者に対してもその効力を有する」と規定しています。この規定に関して、今後の新たな解釈及び判例法理が形成されていくことになりますが、その出発点として現在の相対的取消構成に関する正確な理解が、少なくとも当面の間はやはり必要となると言わざるを得ないでしょう。なぜこのような根本的な規律を改める必要があったのかを認識することなくして、新しい詐害行為取消権制度を適切に運用することはできないと思われます。
3 倒産法上の否認権との整合性
詐害行為取消権の改正のもうひとつの大きな柱は、倒産法上の否認権との整合性です。詐害行為取消権と否認権は制度目的を共通にしており、両者の解釈、適用はできるだけ共通にすることが望ましいことは言うまでもありません。ところが、破産法が平成16年に全面改正されたのを契機に倒産法上の否認権は大きく改正され、詐害行為取消権との相違が際立つようになっています。そこで、今回の民法改正では、否認権規定と同趣旨の規律を詐害行為取消権にも導入し、明文化することとしています。相当の対価を得てした財産の処分行為の特則(改正法案424条の2)、特定の債権者に対する担保の供与等の特則(同424条の3)、過大な代物弁済等の特則(同424条の4)などの規定が新設されることになっています。したがって、否認権に関する判例法理を理解することは、否認権実務において重要であるのみならず、新しい詐害行為取消権実務においても重要となります。
結局のところ、判例法理の重要性は、今回、民法が改正されても、些かも失われないということになります。法制審議会民法(債権関係)部会幹事として、今回の債権法改正作業に関わらせていただき、改めて判例法理の重要性を実感した次第です。
(2015年4月執筆)
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