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一般2024年04月24日 “GUIDELINES for the hearing of vulnerable witness and testifying parties in CAS Procedures”について 執筆者:飯田研吾

1 2023年12月 スポーツ仲裁国際理事会(International Council of Arbitration for Sport。以下、「ICAS」)から、“GUIDELINES for the hearing of vulnerable witness and testifying parties in CAS Procedures”(以下、「本ガイドライン」) が公表されました。
 本ガイドラインは、CASの審問において、弱い立場の証人(本稿では、「vulnerable witness」を「弱い立場の証人」と訳します。)1が安全な方法で証言することができるようにし、証言に消極的な弱い立場の証人に証言することへのインセンティブを与えることを目的としています。本ガイドラインは、CASの全ての部(ディビジョン)に適用されますが、あくまでも推奨事項であり、強制的に適用されるものではありません。CASのパネルにおいて、事案ごとに当事者の公正な裁判を受ける権利(聴聞を受けることや平等に取り扱われる利益を含む)2を遵守することを念頭におきながら、本ガイドラインを考慮することが推奨されています。

2 本ガイドラインの内容は、概ね、以下のとおりです。
①弱い立場の証人に対するヒアリング前の措置
・ヒアリングに先立ち、当事者が証人に代わって措置を保護要請することができ、CASパネルは、当事者が保護措置を求める権利があることを知らない場合や、当事者が求める保護措置の内容が適切でないと考える場合には、自らの裁量において採用することができる。
・相手方当事者は保護措置の要求に対して回答を述べる機会を与えられる。
・CASは、公正な裁判を受ける権利を保護するために利用可能な保護措置の情報を当事者に提供すべきである。

②弱い立場の証人へのヒアリング
・一般に、弱い立場の初認が関与する審問は、非公開で行われるべきである。
・ CASパネルは、次の措置(1つ以上)やその他の適切な措置を講じることができる。
ⅰ)相手方当事者との接触を避けられるよう遠隔又は他の方法による証言の許可
ⅱ)匿名での証言の許可
ⅲ)反対尋問のための質問について、CASパネルによる事前の検討と承認
ⅳ)特に反対尋問につき、トラウマを与えないよう尋問方法のある程度の管理
ⅴ)相手方当事者ではなくCASパネルが証人に特定の質問をする
・ 匿名の証人による証言を認めることができる。ただし、匿名証人による証言が適切かどうかは、弱い立場にある証人を保護する必要性と公正な裁判を受ける権利を含む当事者の権利とのバランスを取る必要がある。そのため、匿名の要請の際には、身元が開示されることで、証人又はその親族の身の安全に対する深刻な潜在的脅威が生じることを十分な証拠により証明し、匿名の要請について正当化する必要がある。
・匿名証人の証言を使用することを認めた場合、CASの事務局は、次のことを手配する責任を負う
ⅰ)当該匿名証人の身元が公式に確認できること
ⅱ)当該匿名証人が、CASの弁護士とともに、CASのヒアリング室やパネル、当事者から離れた安全な場所にいること
ⅲ)当該匿名証人の声や顔が認識できないこと。
・CASパネルは、直接的・間接的に当該匿名証人を特定する質問がないか確認するために、反対尋問の質問の事前確認と承認を求めることができる。
・ヒアリング場所への移動の際にも、匿名性が保証されなければならない。
・可能な限り、証言する前に、記憶を呼び起こすために、匿名証人が、過去の供述や既存の関連証拠を調べることを許可することが推奨される。

③公表時の取扱い
・手続きの完了後、CASの事務局は、弱い立場の証人の身元など、機微な情報が公開情報に開示されることを防止する。
・仲裁判断が公表される場合、CASの事務局は、公表に先立って機微な情報を修正する権限を有する。
・当事者は、仲裁判断が公表される前に、弱い立場の証人の身元を匿名化するよう求めることができ、この場合に、相手方当事者が匿名化に反対する場合には、CASの事務局が匿名化の要求について判断する権限を有する。

3 スポーツ界で生じる紛争の一部は、各スポーツ団体において調査・懲戒処分が行われ、かかる懲戒処分に不服がある場合には、CASや国内の案件であれば日本スポーツ仲裁機構(以下、「JSAA」)にて争われています。
 こうした紛争の中でも、特に身体的・精神的・性的な虐待に関する事案や汚職に絡む事案(これらだけに限られませんが)では、被害者や通報者の証言内容が重要な証拠となるケースが多いといえますが、証言を行うことで本人や身の回りの人(家族に限られない)に危害が加わる恐れ、虐待等の被害がさらにエスカレートする可能性、証言を行うことやそのプロセスにおける二次的被害の可能性があり、証言を得るにあたっては十分な配慮が必要となります。CAS3においては、本ガイドラインが公表される以前から、証人への配慮の措置がなされてきました4
 本ガイドラインは、強制的な手続ではないものの、推奨される内容としてICASが公に考え方を示したということで、証人保護のための措置を利用できる可能性があることが当事者に公に明示された点や、各スポーツ団体内の懲戒処分の手続きに関しても同様のポリシーが策定され、同様の措置が採られる可能性が考えられるなど、一定の有用性が認められると考えます。
 他方で、弱い立場の証人として保護措置を行うべき範囲の問題、刑事事件として捜査された事案について刑事記録を利用し証人へのヒアリングを実施しないという運用の可能性、スポーツ団体における調査・懲戒処分及びその後の上訴手続きを通じて繰り返し証言させないための録音やその反訳の利用可能性、匿名での証言を得た場合にその証言のみで制裁を科すことができる場合の条件整理など、まだまだ検討すべき事項は多いように思います。
 弱い立場の証人の保護を図りつつ、当事者の裁判を受ける権利の保障とのバランスをとりながらいかに公正・公平に調査・判断を行うのか、ベストプラクティスの確立に向けたCASやその他のスポーツ団体の今後の取組みに注目していきたいと思います。

1 本ガイドラインでは、証言することがトラウマとなる場合や、証人や場合によっては他者の身の安全に対する脅威が存在する場合、評価や報復に関する重大な危険を生じさせる場合、未成年者や精神的な障害を有する者が証人になる場合が、弱い立場の証人として適格であるとされている。
2 一般的に、日本においては、裁判の公開を定める憲法第82条や第37条1項、すべての証人に対して審問する機会を保障する憲法第37条2項、国際的には、公正な裁判を受ける権利を保障するヨーロッパ人権条約第6条が根拠となる。
3 筆者が調べた限り、JSAAではこのような配慮措置が採られた事案はまだないと認識しています。
4 CAS 2019/A/6388 Karim Keramuddin v. FIFA , TAS 2020/A/7371 Yves Jean-Bart v. FIFAなど。

(2024年4月執筆)

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