契約2011年10月14日 契約用語の正確な使用 執筆者:小山隆史
1 法律、条約、契約における用語
日常用語とは異なり、用語の厳格な使用を求められるのが、法律などの公用文、条約、そして契約書で用いられる用語です。
法律で用いられる用語や言い回しは、国民の権利義務に大きな影響を与えるため、その用法は極めて厳格です。政府が作成する法案(「閣法」)は、まず所管省庁が原案を作成し、関係省庁と協議を行い、最終的には内閣法制局で審査を受けて国会に提出されます。議員立法は、衆議院と参議院にある法制局で主に作成・審査されます。
また、日本が当事国となる条約の正文の多くは英語又はフランス語で、日本語は訳文という位置付けであることが多いのですが、これも国家の権利義務、ひいては国民の権利義務に影響を与える約束であるため、その用語の使用は厳格であり、日本が条約に署名・批准する前にはやはり内閣法制局の審査を受けなければなりません。
契約も、当事者間の権利義務を定めるという意味では条約と同じと言ってよいでしょう。企業間の契約は、通常、各企業の法務部(又は文書課など)がその内容及び用語をチェックすることになります(もちろん外部の法律事務所に依頼する場合も多いでしょう)。その意味で、企業の法務部は、法案や条約案における内閣法制局のような立場にあるということもできます。
2 契約用語の正確な理解と使用
契約書や法律で用いられる用語は、日常用語とは異なり、独特な言い回しを含んでいます。よく知られている簡単な例では、「悪意」という用語は、法律用語としては単に「知っている」ことを意味し、特に悪い企みといった意味はありません。また、「意思」は法律用語として使われますが、「意志」はあまり用いられません。「権限」と「権原」も意味は異なります。さらに、「解除」と「解約」は、民法のような法律ですら本来の意味の用語として使っていない場合があります。相殺は「対当額」で行うのであり、「対等額」ではありません。「議案」と「議題」は区別しなければなりません。「及び」のないところに「並びに」はなく、「又は」のないところに「若しくは」はありません。
もちろん、法務部が契約書を検討する場合、例えば欠陥についての保証期間をどのくらいとするか、第三者から訴えられた場合の処理をどうするか、紛争が起きたときの管轄裁判所(又は仲裁)をどこにするか、といった内容面の検討が重要であることは言うまでもありません。しかし、これらの内容を正確に理解するためには、正しい用語を正しく理解して用いることが前提となります。また、これらの用語の正確な理解は、同じく厳格な用法に基づいて作成される法令を正しく理解するためにも役立ちます。
3 霞が関の読み合わせ作業
ところで、先ほど内閣法制局の話が出ましたが、内閣法制局での法案や条約案の読み合わせ作業は独特です。法案の場合、法制局の参事官の前で法案の条文を口頭で読み上げ、皆で用語の使用法などに問題がないかを確認していきますが、このときは用語を本来の読みとは異なる方法で読み上げます。例えば、「及び」は「きゅうび」と読まれ、「若しくは」は「じゃくしくは」、「定める」は「ていめる」、「取り扱い」は「しゅりきゅうい」と読まれます。これは、音で聞くことで用語の誤りがないかを耳で確認するためです。私は、外務省経済局で経済連携協定(EPA)の交渉を担当していましたが、内閣法制局で協定本文の読み合わせを行ったとき、日本語の訳文が読み上げられるのを聞きながら、英文の協定正文を同時に読んで誤りがないかを確認するという作業を行いました。その結果、例えば、「見直し及び監視を行うこと」いう訳文は「けんちょくしきゅうびかんしをぎょううこと」、「申立てを受けた締約国」は「しんしたてをじゅけたていやくこく」と読まれました。ただでさえ聞き慣れない上に、これらを聞きながら、日本語と語順も構造も異なる英文の内容を確認するというのですから、とにかく大変だった記憶があります。
企業の法務部ではさすがにここまでする必要はありませんが、やはり正確な言葉遣いがされている文書や契約書を見ると、担当している法務部や企業自体がしっかりしているという印象を受けます。その意味でも、契約用語を正確に使えることは、法的業務に関与する者にとって大事な基礎であることは間違いありません。かく言う私自身も、法律事務所に入所後すぐに書面での言葉遣いを徹底的に鍛えられ、また役所でも厳格な用語の使い分けを経験しましたが、これは今でも役に立っています。
(2011年10月執筆)
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