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一般2025年06月26日 年金機構がついたウソ、そして真相はうやむやにされた 障害年金の不支給問題、一部の人は救済へ 提供:共同通信社

 「明らかにおかしいです」。知り合いの社会保険労務士から記者にメールが届いたのは昨年夏のことだった。障害のある人に支給される「障害年金」の申請代行を専門に扱う真面目な社労士だ。聞けば、申請が認められないケースが最近増えているのだという。「以前なら支給されていたであろう人が不支給と判定される」。そう訴えた。
 何が起きているのか。取材を進めると、支給実務を担う日本年金機構の内部から驚くような証言が出てきた。それを踏まえ、4月に「障害年金の不支給が急増している」と報じたところ、厚生労働省は年金機構に対し調査を開始。6月に調査報告書が発表されたのだが…。(共同通信=市川亨)

▽「交代したセンター長が厳しい方針」
 東京・新宿。飲食店が立ち並び、人通りが激しい道を進んでいくと、その建物が見えてきた。日本年金機構の「障害年金センター」。
 町田伊織さん(仮名)はここに勤める職員の1人。センターとは別の場所で取材に応じてくれた町田さんは口を開くと、驚くべき話を始めた。
 「2023年10月に異動で就任したセンター長が『厳しく審査するように』という方針なんです。それが、不支給が増えた大きな要因になっています」
 町田さんは3枚の紙を見せてくれた。小さな数字がびっしりと並んでいる。2024年度の障害年金の不支給件数を週ごとに集計した非公表の資料だ。年間の合計は約2万9千件。
 「えっ」。私は驚いた。なぜなら、年金機構が公表している統計では、前年度の不支給件数は約1万3千件。2倍以上に増えている。

▽職員側が「あらかじめ決めておく」
 町田さんはもう一つの資料も見せてくれた。障害年金の支給の可否や等級は、年金機構の委託を受けた医師が判定するのだが、その判定医に関する文書だ。判定医は今年1月現在、約140人いる。
 文書は、全員ではないが判定医について障害年金センターの職員が記した「傾向と対策」のような内容だ。ある精神科医についてはこう書かれている。
 「基本的にこちらの意向に沿って柔軟に認定(判定)していただけますので、方向性や(障害の)程度、不支給理由に関してもこちらであらかじめ決めておくのが望ましい」
 本来は判定医が決めるべきことを、職員側が実質的に決めていることを表している。
 別の精神科医に関しては、申請者の症状や生活状況など具体的な想定を複数挙げ、それぞれについて判定の傾向を説明。「事務方の意向通りにならないことはそれなりにあります」と記されていた。
 つまり、判定医によっては職員側が判断を誘導しているということではないか。町田さんはうなずいた。「職員側の裁量で判定医を使い分け、支給・不支給をコントロールできてしまうんです」。以前話を聞いた別のセンター職員も同様の話をしていた。
 町田さんは続けた。「判定医は担い手を確保するのが大変で、足りていない。なので、審査に時間をかけられず、職員側の意見を判定医が追認するような状況が起きてしまっているんです」

▽受給者の7割は精神・発達・知的障害
 そもそも、障害年金とはどんな仕組みになっているのか。病気やけがで一定の条件を満たせば、現役世代の人も受け取れる公的年金だ。その病気やけがで初めて医師にかかった「初診日」に加入していたのが国民年金なら「障害基礎年金」、厚生年金であれば「障害厚生年金」を受け取れる。
 等級は重い順に1~3級に分かれていて、「基礎」の場合は3級と判定されると受け取れない。支給額は、例えば「基礎」の1級だと月約8万6千円、2級だと約6万9千円だ。
 2023年度の年間の支給総額は約2兆3千億円。受給者は約242万人いて、うち約7割は精神・発達・知的障害のある人だ。
 どうやったら受け取れるのか。まず主治医に専用の診断書を書いてもらう。ほかの必要書類を添えて、市区町村役場や年金事務所に提出。すると、書類が年金機構の障害年金センターに送られる。センター職員が事前に審査し、判定医とやりとり。判定医が支給の可否や等級を決める―という流れだ。

▽ひそかに判定をやり直し、当初は否定
 前出の町田さんのほか、別の関係者や年金機構広報室にも取材して、共同通信は4月下旬、「障害年金の不支給が2024年度は前年度の約2倍に増えた」という記事を配信した。
 このニュースは国会でも取り上げられた。ところが、野党議員の質問を受けて答弁に立った年金機構の理事長は、約2万9千の不支給件数を集計した内部資料の存在を否定。その後、立憲民主党の議員がこの集計表を入手し、厚労省に突きつけると一転、認めた。
 理事長は「『正式な統計に相当するデータはない』という意味だった」と釈明した。
 年金機構がついた「ウソ」はもう一つある。共同通信は3月に「複数の社労士の協力で実施した調査の結果、障害年金の不支給が急増している可能性がある」と報じていた。
 これを受け、年金機構が不支給の千数百件について内部でひそかに判定をやり直しているという情報があった。
 年金機構は取材に対し、これを否定。ところが、やはり国会で追及されると、厚労省が「不支給と見込まれた事案について、より丁寧な審査を行った」と事実上認めた。「判定医が不支給と判断したのは確かだが、事務処理を経て正式に決定したものについて判定をやり直したわけではない」という理屈だった。

▽公表統計では不支給件数が少なくなる
 厚労省は今回の問題を受け、不支給がどの程度増えたのかサンプル調査を実施。2024年度の不支給割合は13・0%で、年金機構が統計を取り始めた19年度以降では最高だった。23年度の8・4%から約1・5倍に増えていた。
 共同通信が報じた「約2倍」よりも増え幅が小さくなった理由は、集計方法の違いにある。
 障害年金では、1人の申請者がさかのぼっての支給と、今後の支給の2件を同時に申請することがある。病気やけがをしたときには障害年金のことを知らなかったり、徐々に症状が重くなったりする場合があるためだ。
 この場合、年金機構の内部の集計表では申請2件と数えるが、公表している統計では1件とカウントする。
 2件のうち1件は支給、もう1件は不支給となった場合、集計表は支給と不支給それぞれ1件と数えるが、統計では「支給1件」と計上。2件とも不支給の場合のみ「不支給1件」となる。
 つまり、内部の集計表は「件数(延べ人数)」で数えるが、公表統計は「実人数」でカウントし、さらに不支給が見かけ上、少なくなる。
 こうした集計方法は明らかにされておらず、2024年度の内部の集計表と23年度の公表統計を比べた結果、「約2倍」と数字が大きくなった。

▽「かえって不支給が増えないか」懸念も
 厚労省は調査報告書で「審査を厳しくするような障害年金センター長の指示は確認できなかった」としていて、不支給が増えた理由は突き止められなかったという。
 ただ、職員へのヒアリングでは「センター長から『具体的に調べて判断した方がよい』と言われた」「『判定の根拠を明確にすべき』との指示はあった」などの話があった。
 前出の町田さんはこう話す。「調査したのは厚労省と年金機構なので、センター長が不利になることをはっきりとは言いにくいでしょう」
 厚労省は、精神障害などで2024年度以降に不支給とした事案は原則全て点検し、必要に応じて支給する方針も示した。年金機構がひそかに判定をやり直した分では約1割の人が支給に変更されていて、同程度の人が救済される可能性がある。
 今後の対応策として
(1)判定医が不支給と判断した事案は、全て複数の判定医で審査する
(2)判定医の「傾向と対策」のような文書は廃止。職員が判定医に等級を提案する運用もやめる―
といったことも明らかにした。
 ただ、町田さんは懸念も口にする。「職員が判定医とやりとりして審査すること自体は悪いことではないと思う。職員の関与をなくすと、生活状況などへの考慮が抜け落ち、今度は医学的な判断だけに偏ってしまって、かえって不支給が増えないか」
 過去の不支給事案の点検や、複数の判定医による審査などで職員の負担は増える。町田さんは「多くの職員がそこに不安を感じている。今の人員で本当にそんなことが持続的にできるのか…」。そう漏らした。

▽取材後記
 「不支給が約2倍に増えた」という当初の報道は不正確だった。その点はおわびしたい。一方で、厚労省のサンプル調査で「13・0%」とされた2024年度の不支給割合には、書類の要件を満たしていないなどの理由で「却下」とされたケースは含まれていない。
 最終的な統計は9月に発表される予定だが、却下を含めると不支給割合はさらに高くなる可能性がある。
 障害種別で見ると、精神・発達・知的障害では不支給割合は1・9倍に増えていた。障害者団体からは「やはり何らかの意図が働いたのではないか。納得のいく説明をしてほしい」との声が上がっている。

(2025/06/26)

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