民事2025年09月10日 死刑制度の現在地「間接的な復讐」「被害回復」…教誨師、遺族、元矯正トップで見解さまざま 提供:共同通信社

法務省は6月、神奈川県座間市9人殺害事件で、強盗強制性交殺人などの罪に問われ死刑が確定した白石隆浩死刑囚(34)の刑を執行した。執行は2022年7月以来で、2年11カ月の間隔は、法務省が執行の公表を始めた1998年以降で最長。モラトリアム到来との見方もあったほどの長期空白が生じたのは、元法相の失言や、元死刑囚の袴田巌さんの再審無罪などが背景にあるとされる。国際的には廃止の潮流もある中、世論調査では国民の8割が制度を容認する日本。存置国として死刑の在り方は―。
死刑囚と対話を重ねてきたスペイン人神父、13人の幹部が死刑となったオウム真理教事件の被害者遺族、執行が行われる刑事施設を所管する法務省矯正局の元トップに見解を聞いた。(共同通信=今村未生)
▽「間接的な復讐」望むのか―94歳のスペイン人神父、ハビエル・ガラルダさん
2000年から東京拘置所の教誨師として、計5人の死刑囚と面会を重ねてきた。2人の刑が執行され、2人は病死した。現在は男性死刑囚1人と月に1回会っている。
彼は哲学が好きでよく本を読む。ナチスの収容所から生還した精神科医が書いた「夜と霧」を読んだ気付きについて、こう話した。「自由がなくても生きる意味を選ぶことはできる」。罪から逃げたり、境遇に文句を言ったりするのではなく、勉強することを選んだ。
個々の死刑囚が犯した事件についてはあえて知らないようにしている。死刑について話すこともない。家族や知人と縁が切れ、対話できるのは私だけ。彼らとは友人として接してきた。
教誨を受けない人も多く、そうした人の中には、反省がない人もいるだろう。だが、私が会っている彼は、十分改心していると感じる。拘置所での生き方、物事の考え方、全体の態度で分かる。
執行には過去に一度、関わった。前日の夜に連絡があり拘置所へ。いつもと同じ教誨室で30分間、ミサを執り行った。その死刑囚はしっかりと聖書を朗読し、パンを口にした後、刑場の方へ向かった。さらに死刑囚と5分間話した後、顔を布で覆われて執行する部屋へ入った。
執行の瞬間は見届けず、しばらく待った後で遺体と対面した。拘置所の幹部が全員そろって簡単な葬儀をし献花もした。
死刑制度は、終わらせてほしい。被害者遺族が本当につらい思いをしているのは分かる。だが、死刑は「間接的な復讐」で、“深いところの自分”はそれを望んでいないはずだと考えるからだ。
イエス・キリストは「敵を愛しなさい」と言った。最初は憎しみで余裕がないだろう。だが、時間がたって少し落ち着いたら、その時には選ぶことができる。復讐の道を歩き続けるか、死刑囚のため祈る道を歩くのか。
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1931年、スペイン生まれ。聖イグナチオ教会(東京)の協力司祭。1994年から府中刑務所でも教誨師を務める。
教誨師は仏教やキリスト教などの宗教を通じて受刑者や死刑囚の心情の安定を図り、罪に向き合うよう促す民間ボランティア。全国で約1900人が活動し、対話や宗教的な儀式を執り行う。教誨は強制ではなく、受刑者らの希望で行われる。
▽遺族にとっての被害回復―地下鉄サリン事件遺族の高橋シズヱさん
無差別テロを起こしたオウム真理教幹部ら13人の死刑判決は当然で、いずれ執行されると思っていた。被害者の会の代表世話人として、執行があった時にどのような対応を取ろうかと、ずっと考えてきた。だからなのか、2018年7月の執行直後は気持ちに大きな変化はなかった。
7年がたち、若い人にどう事件を継承するかなど、やるべきことの重点が変わってきた。似たような話は地下鉄サリン事件の別の遺族からも聞く。亡くなった長女に毎日話しかけ、一緒に暮らしているかのようにしてきた母親が、最近やっと自分の人生を生きられるようになってきた、と。
「被害者遺族は時計が違う」と言われる。夫と暮らした家はリビングから玄関が見えた。帰宅時に「おかえり」と声をかけていたドアはそのまま。夫は今、家にいないだけ―。事件直後は、亡くなった感覚がなかった。
今日、明日、1カ月、1年ではなく、10年単位で少しずつ変化が訪れる。執行の場合も同様だ。徐々に気持ちを切り替えるきっかけとなる。つまり被害回復ができるということだ。
いまだに気持ちが揺れることもある。夫を殺したサリンをまいたのは、元教団幹部の林郁夫受刑者(78)で、自白が評価されて無期懲役となった。13人のように死刑とされるべきだったのに免れ、本当によかったのか。公判で謝罪の弁を述べたが、今はどうなのだろう。命が助かって良かったと思うのか、その命で何をしようとしているのか。とても知りたい。
法務省に要望した死刑囚への面会や執行への立ち会いは、かなわなかった。判決確定後は何も関与できず、放り出されたような感じがした。情報公開請求をしても黒塗り。最期に何を言い残し、どんな食事をしたのか。遺族らに可能な限り情報提供し、一定期間がたてば一般にも公開すべきだ。
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たかはし・しずえ 1947年、東京都生まれ。夫一正さんは営団地下鉄(現東京メトロ)霞ケ関駅助役。サリン入りの袋を片付け亡くなった。
オウム真理教は1989年以降、凶悪事件を次々に起こしたとされる。1995年3月の地下鉄サリン事件では、霞ケ関駅を通る路線の車両に猛毒サリンがまかれ、14人が死亡。一連の事件で2018年、幹部ら13人の死刑が執行された。
▽命に対峙、厳かな職務―元法務省矯正局長の大橋哲さん
死刑執行がない3年近い間に、制度を巡る元法相の失言や、袴田巌さんの再審無罪確定があった。社会情勢に左右される面はあるものの、いつか執行があると考えるのが妥当で、刑場を抱える各施設もこの間、準備は怠らなかっただろう。
刑場は札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の7拘置所・拘置支所にある。現職時代に全て視察した。足を踏み入れると厳粛な気持ちになった。執行を担う刑務官が語らないのは、まさに人の命と対峙する厳かな職務であると考えているからだ。
死刑は、社会を構成する人々が「殺人を犯した人は命をもって罪を償うべきだ」との考えからできた制度。廃止すべき理由に刑務官の負担を挙げる人もいるがそれは違う。社会が望んだから制度があり、社会の一員である刑務官がそれに従って遂行しているだけだ。
存廃議論では「命で罪を償うべきか」という本質的な問いに、正面から向き合うべきだ。法務省が情報を出さないから議論が深まらないというのは、話のすり替えをしている気がしてならない。国会には国政調査権があり、権限を活用して情報開示を促す手もある。
執行する死刑囚を選定するのは法務省の刑事局で、矯正局は法相の命令を受けて執行を担う。6月の執行に際し、100人以上いる死刑囚の中からなぜ白石隆浩元死刑囚が選ばれたのか。もっと早く確定している者がおり、疑問が残る。確定順の執行になっておらず、死刑囚の一部が終身刑化している現状は整理すべきだと考える。
世論調査では8割強が制度を支持する一方、将来的な廃止に含みを持たせる意見も少なくない。まずは誤判をなくすため、死刑事件における裁判手続きの厳格化が必要だ。その上で執行数が減少すれば、自然と廃止に近い状況になる。中長期的には、それが一番現実的な選択肢ではないか。
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おおはし・さとる 1960年、愛知県生まれ。1984年に法務省採用。2020年1月から2021年7月まで矯正局長を務めた。
法務省矯正局は刑務所や拘置所、少年院といった矯正施設を所管する部局。受刑者らの収容に関する実務を担い、更生に向けた指導なども行う。刑務官や法務教官ら職員2万人以上が所属し、法務省や全国各地の施設で働く。
(2025/09/10)
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