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行政2023年07月10日 納骨堂判決から考える行政訴訟における原告適格問題 執筆者:日置雅晴

 弁護士として、様々な相談を受ける中で、相談者に対してなかなか適確に説明することが難しい問題の一つに、行政訴訟の原告適格の問題があります。

 5月9日に、最高裁の第三小法廷は、ビル型の納骨堂をめぐり、市が出した墓地埋葬法上の経営許可の是非を周辺住民が裁判で争えるかが問われた訴訟の上告審判決で、「周辺住民には『原告適格』がある」との判断を示しました。

 納骨堂の経営には、墓地埋葬法に基づき、市長等の許可が必要とされています。今回の訴訟は、納骨堂から100メートル以内に住む住民らが2017年に起こし、「経営する宗教法人の活動実績は乏しいのに、市は精査せずに許可を出した」などと訴え、許可取り消しを求めていました。

 従前の類似の納骨堂の事案では、最高裁は「納骨堂許可は公益的見地からの判断で、個別の住民の利益を保護していない」として周辺住民の原告適格を否定していました。大阪地裁は従前通り住民の訴えを却下したが、大阪高裁は一転して原告適格を認め、市が上告していた事案です。

 第三小法廷は、高裁と同様、経営許可に関する市の細則の規定に「人家からおおむね300メートル以内にある時は許可しない」との規定がある点に注目し、この規定の趣旨は「住民が平穏に日常生活を送る利益を保護する趣旨だ」と解して、原告適格を認めました。

 そもそも、行政が許認可を出して、市民がその合法性を疑い提訴したときに、なぜ裁判所は原告適格をまず判断するのか、この理由を普通の市民にわかりやすく説明することは弁護士にとっても至難の業です。

 出発点として、日本の裁判所は、原告が自分の利益を侵害されたときに限ってその救済を行うこととされています。貸したお金を返してもらえないとか、交通事故で被害に遭ったとか言う場合には、自分の権利が侵害されていることは明白になります。行政庁の処分(行政の権利義務に関わる判断行為)についても、許可を申請した人が、許可をもらえない場合には、自分の権利が侵害されていることは明白なので、原告適格は問題になりません。

 原告適格が問われるのは、本件のように近くで納骨堂の設置が許可されたとか、建物の建築確認が出たとか、開発許可が出たなど、当事者以外のものが周囲に影響を与える行為の許可を申請して、行政がそれを認めた場合です。

 原告は自分に影響があると考えるから、許可を争う裁判を起こしているのではと思うのが普通かもしれませんが、日本の行政訴訟の理論では、行政庁の許認可が周辺に与える影響について、当該許認可の根拠法令が近隣住民などの原告になった人の「法的利益」を保護しているか否かが問われるのです。

 といっても、通常日本の法律には、この法律は誰の利益を保護しているともしていないとも明記されていません。処分の根拠規定が周辺住民などの利益を保護しているか、保護しているとしてそれはどの範囲かを、根拠規定や関連法令などの条文や法律の規定内容や運用を参考にして、原告適格があるか否かを事案ごとに裁判官が判断しているのです。

 行政事件訴訟法では、この点について、9条1項で「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」と規定し、2項で「裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。」と規定しています。
 しかし、この条文を見ても、原告適格の範囲があるのかないのか判然としないと思います。

 本件において、最高裁は、従前の判例の事案と今回の事案は、市の細則の規定が具体的に近隣住民を保護する内容を含むという点に着目して、別の事案だとして結論を変えています。このような考え方だと、結果的には処分の根拠となる法令は同じであっても、自治体の条例や細則の規定次第で原告適格が認められたり否定されたりしかねないと言うことです。

 弁護士にとっても、相談を受けた事案について、原告適格が認められるのか否かは、容易には判断できません。関連法令や条例や細則をくまなく調査することが求められます。

 くまなく調査したところで、裁判所が何を関連法令として認めるのかどうかには、明確な基準がなく事前予測が付きにくいのです。

 全く同じ事案について先行事例の判例があれば、参考に出来ますが、今回の事案のように同じ法律に基づく納骨堂設置許可の事案でも、市の細則次第で判断が分かれました。

 過去の判例を見ても、関連法令についてかなり広い範囲で認めた事例もあれば、極めて狭く解釈している事例もあります。

 弁護士として、依頼者に確実に言えることは、原告適格があるかどうかは裁判官次第、最後最高裁まで行けば決まります、というほかないのが現実です。

 結局本件では、大阪市の細則をふまえて、最高裁は周辺住民の原告適格を認めたので、今後大阪地裁で本案の審理が進められますが、2017年の提訴ですから、ここまでですでに6年が経過しています。

 この判決では、学者出身の宇賀裁判官は個別意見を述べていますが、日頃原告適格に悩まされる弁護士としては、まさに思っているところを言っていただいたという内容ですので、すこし長いですが、引用させていただきます。

「私は、取消訴訟の原告適格について、当審の判例とされているいわゆる法律上保護された利益説の立場に立っても、(なお、私は、本件のような特定施設の周辺住民が不利益を被っていると主張して取消訴訟を提起する事案において、個別保護要件を設けること自体に懐疑的であるが、ここでは、そのことはおくとしても)以下の理由により、(墓地埋葬法)10条自体が周辺住民の個別的利益を保護しており、周辺住民に墓地経営等の許可の取消しを求める原告適格は認められると考える。
 許可制度を設けるということは、申請に対して諾否の応答を行政庁が義務付けられることを意味するので(行政手続法2条3号)、諾否の応答の基準を想定しない許可制度はあり得ないといえよう。本来、許可制度を設けながら、許可の要件を法律に全く規定しないことは、法律の留保における規律密度の観点から問題であり、地方の実情に配慮した柔軟な要件とすることが望ましい場合であっても、骨格的な要件は法律自体に明示すべきであるといえる。しかし、それが明示されていないゆえに、法10条は、墓地経営等による不利益を被る者の原告適格を認めていないと解するとすれば、いわゆる法律上保護された利益説は、いわゆる(裁判上)保護に値する利益説からの批判に耐えることはできなくなると思われる。取り分け、法10条は、許可要件を条例に委任しているわけではないので、都道府県又は市若しくは特別区が、条例又は規則で許可要件を定めず、審査基準を要綱等のように、法令としての性格を有しないもので定めるにとどまることもあり得るので、その場合には、行政事件訴訟法9条2項の「関係法令」として原告適格を認めることが困難になると思われる。」

 このように、条例や細則にかかわらず法律自体から原告適格を認めるべきだと主張されており、また、原告適格の判断方法についても「原告適格が認められる者の範囲は、詳細な主張立証を経ることなく簡明な方法で判定すべきであるから、その判断に当たっては、各地方公共団体の条例、規則、要綱の定めを参考にすべきである。」と指摘しています。

 林裁判長も、「宇賀裁判官は、訴訟の入口である原告適格の問題を判断するためだけに数年単位の期間を費やすことは望ましくない旨を指摘するところ、この点については傾聴に値するというべきであろう。第三者の原告適格については、前記のとおり、行政事件訴訟法9条2項が追加された趣旨を踏まえた適切な判断が求められるところであって、審理を担当する裁判所としては、そのような判断に必要な限度を超えた主張立証が漫然と継続されることのないよう、十分に留意すべきである。」と個別意見を述べています。

 今後の行政訴訟においては、担当裁判官は、是非このお二人の意見を「傾聴」して、原告適格の拡大と、簡易迅速な判断、積極的な本案判断を心がけてほしいものです。

最高裁第三小法廷令和5年5月9日判決

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/062/092062_hanrei.pdf

(2023年6月執筆)

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執筆者

日置 雅晴ひおき まさはる

弁護士

略歴・経歴

略歴
1956年6月 三重県生まれ
1980年3月 東京大学法学部卒業
1982年4月 司法習修終了34期、弁護士登録
1992年5月 日置雅晴法律事務所開設
2002年4月 キーストーン法律事務所開設
2005年4月 立教大学法科大学院講師
2008年1月 神楽坂キーストーン法律事務所開設
2009年4月 早稲田大学大学院法務研究科教授

著書その他
借地・借家の裁判例(有斐閣)
臨床スポーツ医学(文光堂) 連載:スポーツ事故の法律問題
パドマガ(建築知識) 連載:パドマガ法律相談室
日経アーキテクチャー(日経BP社) 連載:法務
市民参加のまちづくり(学芸出版 共著)
インターネット護身術(毎日コミュニケーションズ 共著)
市民のためのまちづくりガイド(学芸出版 共著)
スポーツの法律相談(青林書院 共著)
ケースブック環境法(日本評論社 共著・2005年)
日本の風景計画(学芸出版社 共著・2003年)
自治体都市計画の最前線(学芸出版社 共著・2007年)
設計監理トラブル判例50選、契約敷地トラブル判例50選(日経BP社 共著・2007年)
新・環境法入門(法律文化社・2008年)
成熟社会における開発・建築規制のあり方(日本建築学会 共著・2013年)
建築生産と法制度(日本建築学会 共著・2018年)
行政不服審査法の実務と書式(日本弁護士連合会行政訴訟センター 共著・2020年)

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