経営・総務2025年12月12日 事業承継の「5つのステップ」と円滑なバトンタッチ~「親子2代のドラマ」を成功させるために~ 執筆者:畑中外茂栄

はじめに

前回の記事では、企業の未来を拓くための「出口戦略」について解説しました。会社をたたむ(清算)のか、誰かに託すのか。経営者が直面する最終的な意思決定にはいくつかの選択肢がありますが、日本の中小企業において最も社会的意義が大きく、かつ国全体としての課題となっているのが「事業承継」です。
今回は前回の続編として、この「事業承継」に焦点を当てます。 中小企業庁が公開している情報(※)をもとに、事業承継の現状と、具体的にどのようなプロセスで進めていくべきか、その「型」を紐解いていきましょう。


1. 事業承継とは何か?~単なる財産分与ではない~

まず、「事業承継」という言葉の定義を再確認します。多くの方が「社長の椅子を譲ること」や「自社株を息子に渡すこと」といった、地位や財産の移転のみをイメージされがちです。しかし、中小企業庁の定義する事業承継は、より広義で深遠なものです。
事業承継とは、会社が培ってきた「経営資源」を次世代に引き継ぐ活動そのものを指します。具体的には以下の3つの要素で構成されています。

1. 人(経営)の承継:経営権や後継者の選定・育成

2. 資産の承継:株式、事業用資産(設備・不動産など)、資金

3. 知的資産の承継:経営理念、技術・ノウハウ、従業員との信頼関係、顧客ネットワーク

特に3つ目の「知的資産」は目に見えませんが、企業の競争力の源泉です。これらを散逸させることなく、次世代へ確実にバトンパスすることこそが、真の事業承継といえます。


2. 経営者の高齢化

なぜ今、国を挙げて事業承継が叫ばれているのでしょうか。 参照元のデータによれば、中小企業経営者の年齢のピークは高齢化の一途をたどっています。かつては40代~50代が主流だった経営者層も、現在では60代~70代がボリュームゾーンとなり、近い将来、多くの経営者が引退時期を迎えます。
深刻なのは「後継者不在」です。黒字で業績が良いにもかかわらず、後を継ぐ人がいないために廃業を選択せざるを得ない企業が増加しています。これは個別の企業の問題にとどまらず、日本経済全体にとっても貴重な技術や雇用が失われる大きな損失です。
事業承継は、準備を始めてから完了するまでに5年~10年という長い歳月を要すると言われています。「まだ元気だから」と先送りにせず、早期に着手することが求められています。


3. 事業承継を成功に導く「5つのステップ」

では、具体的に何から始めればよいのでしょうか。中小企業庁では、事業承継を円滑に進めるためのガイドラインとして、以下の「5つのステップ」を提唱しています。このプロセスに沿って計画的に進めることが、失敗を防ぐ鍵となります。

ステップ1:事業承継に向けた準備(認識)

最初のステップは、経営者自身が「事業承継は経営課題である」と認識することから始まります。いつか来る引退を見据え、早期に取り組むことのメリット(時間をかけて後継者を育成できる、節税対策の選択肢が増えるなど)を理解し、心の準備を整えます。

ステップ2:経営状況・経営課題の「見える化」

次に、自社の健康診断を行います。

・ 会社の強み・弱みは何か?(知的資産の棚卸し)

・ 財務状況は健全か?(資産・負債の現状把握)

・ 将来の収益性はどうか?

これらを客観的に把握し、「見える化」することで、後継者に引き継ぐべき「価値」と、解決すべき「課題」を明確にします。

ステップ3:事業承継に向けた経営改善

現状を把握したら、会社をより魅力的な状態にするための「磨き上げ」を行います。 借入金の圧縮や不稼働資産の処分といった財務体質の改善はもちろんですが、本業の競争力を強化し、「後継者が継ぎたくなる会社」に仕上げていくプロセスです。この段階で、現経営者がリーダーシップを発揮し、負の遺産を整理しておくことが、後継者の負担を劇的に減らします。

ステップ4:事業承継計画の策定

ここで初めて、具体的な計画書を作成します。

・ 誰に(親族か、従業員か、社外の第三者か)

・ いつ(具体的な承継時期)

・ 何を(株式の移転方法、権限委譲のスケジュール)

これらを「事業承継計画」として文書化します。計画を作る過程で、現経営者と後継者、そして親族や関係者との対話が生まれます。

ステップ5:事業承継の実行

計画法務の手続(株式譲渡、役員変更登記など)や税務申告を行います。


4. 親子2代におけるダブル脚本&ダブル主演のドラマ

上記のステップの中で、特に「ステップ3(磨き上げ)」から「ステップ4(計画策定)」にかけての期間は、現経営者と後継者が並走する極めて重要な時期です。
私が税理士として多くの承継現場に立ち会う中で確信していることがあります。それは、事業承継は「親子2代におけるダブル脚本&ダブル主演のドラマ」であるということです。
創業社長や先代が描いてきた脚本(経営理念やビジョン)があり、そこで主演を張ってきました。しかし、事業承継のフェーズに入ると、そこに次世代の後継者という「新しい主役」が登場します。後継者は、先代の脚本を尊重しつつも、自分自身の新しい脚本(新時代のビジョン)を書き加えなければなりません。
この時期、会社という舞台には「現経営者」と「後継者」という二人の主役が存在します。 互いの脚本が矛盾して衝突することもあれば、見事な調和を生んで新しい展開を見せることもあります。どのようなストーリーを用意するかは、千差万別ですし、どんなストーリーがあってもいいのです。


おわりに

事業承継は、経営者にとって最後の、そして最大の大仕事です。 株価対策や納税資金の確保ももちろん大切ですが、それ以上に会社を存続・発展させることを先代経営者も、後継者も願っているはずです。事業承継を会社成長のためのイベントと捉えて、十分な時間をかけて必ず円滑なバトンタッチを実現させましょう。

【引用元・参考文献】 中小企業庁ウェブサイト「事業承継を知る」

https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/know_business_succession.html

(2025年11月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

執筆者

畑中 外茂栄はたなか ともえ

税理士法人SUN/株式会社SUN Consulting/畑中公認会計士事務所 代表
一般財団法人 日本的M&A推進財団 理事
公認会計士・税理士・第三者承継士。

略歴・経歴

1985年生まれ。
自身の大工だった父親の経営難から、中小企業の経営者支援を行うために公認会計士取得を目指す。同志社大学商学部卒業後、公認会計士試験に合格。
大手監査法人・義父の会計事務所・財務戦略特化型の税理士法人で経験を積み、現職。
「事業承継は、親子2代におけるダブル脚本&ダブル主演」をモットーに、
日本の後継者不在問題を解決するための親族内事業承継・第三者承継の専門家として中小企業の財務改善と発展を支援しています。

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