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資料2004年03月26日 【主要判例】 札幌地方裁判所 平成11年(ワ)第2446号 損害賠償請求事件

H16. 3.26 札幌地方裁判所 平成11年(ワ)第2446号 損害賠償請求事件


事件番号  :平成11年(ワ)第2446号
事件名   :損害賠償請求事件
裁判年月日 :H16. 3.26
裁判所名  :札幌地方裁判所
部     :民事第5部

判示事項の要旨:
銀行の取締役が行った融資について,取締役としての善管注意義務ないし忠実義務違反があったとして,同取締役らに対する損害賠償請求が認容された事例。


主       文
1 被告A,被告B,被告C及び被告Dは,原告に対し,連帯して5億円及びこれに対する被告A,被告C及び被告Dについては平成11年10月17日から,被告Bについては同月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告E,被告F,被告G及び被告Hは,原告に対し,連帯して1億円及びこれに対する被告E,被告G及び被告Hについては平成11年10月17日から,被告Fについては同月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告E,被告F,被告G及び被告Iは,原告に対し,連帯して5000万円及びこれに対する被告E,被告G及び被告Iについては平成11年10月17日から,被告Fについては同月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告の請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は,株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)のソフィア株式会社(以下「ソフィア」という。),株式会社タウナステルメ札幌(以下「タウナステルメ札幌」という。)及び株式会社テルメインターナショナルホテルシステム(以下「テルメインターナショナルホテルシステム」といい,上記3社を併せて「ソフィアグループ」という。)に対する各融資がいずれも回収不能となったことについて,経営破綻した拓銀から債権等の資産を譲り受けた原告が,上記融資を承認し,実行した取締役である被告らには取締役としての善管注意義務ないし忠実義務違反があると主張し,被告らに対し,上記義務違反を理由に,商法266条1項5号に基づく損害賠償として,上記各融資による回収不能金額の一部及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。なお,書証については原則として枝番を省略する。)
(1) 拓銀
拓銀は,明治33年2月16日,北海道拓殖銀行法に基づき,北海道内の拓殖事業に資本を供給することを目的として設立され,設立当初は特殊銀行として主に長期貸付の業務を行っていたが,その後,北海道内の産業経済の発展に伴い業務内容を拡大し,大正5年には長期貸付のみならず短期貸付においても北海道内首位の座を占めるに至った。拓銀は,昭和25年に普通銀行に転換し,昭和30年に都市銀行に加入したが,このころから本州店舗の拡大を進め,昭和45年からは海外にも積極的に展開した。拓銀は,昭和50年代には,国内外に200を超える拠点網を有し,北海道を中心とする業務のみならず,都市銀行の一員として,金融システムの中で重要な地位を占めるようになった。
拓銀は,バブル経済崩壊に伴う不良債権の拡大等により経営が悪化し,平成9年11月17日,当時の大蔵大臣から銀行法26条1項(ただし,平成11年法律第160号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく命令を受け,経営破綻した(甲287)。
(2) 拓銀における被告らの地位
ア 被告Aは,平成元年4月1日から平成6年6月28日まで代表取締役頭取の地位にあった。
イ 被告Bは,平成元年4月1日から平成5年6月28日まで代表取締役副頭取の地位にあった。
ウ 被告Cは,平成元年4月1日から平成5年6月28日まで代表取締役副頭取の地位にあった。
エ 被告Dは,平成元年4月1日から平成4年6月25日まで常務取締役の地位にあった。
オ 被告Eは,平成元年4月1日から平成4年6月25日まで常務取締役,同月26日から平成5年6月28日まで専務取締役,同月29日から平成6年6月28日まで代表取締役副頭取,同月29日から平成9年11月21日まで代表取締役頭取の地位にあった。
カ 被告Fは,平成2年4月1日から平成5年6月28日まで常務取締役,同月29日から平成6年6月28日まで専務取締役,同月29日から平成9年11月21日まで代表取締役副頭取の地位にあった。
キ 被告Gは,平成3年6月27日から平成4年6月25日まで及び平成5年10月26日から平成6年6月28日まで常務取締役,同月29日から平成9年11月21日まで代表取締役副頭取の地位にあった。
ク 被告Hは,平成4年6月26日から平成7年6月28日まで常務取締役の地位にあった。
ケ 被告Iは,平成6年6月29日から平成8年6月26日まで常務取締役の地位にあった。
(3) 拓銀における融資手続等
ア 授信権限の範囲
拓銀では,平成2年12月10日から平成8年3月15日までの間,権限規程(甲4)において,一般取引先について以下のとおり授信権限の区分を定めていた。
頭取,副頭取と担当取締役の合議 融資残高30億円超
担当取締役           融資残高20億円超30億円以下
本部部長             融資残高6億円超20億円以下
審査役              融資残高6億円以下
イ 経営会議
拓銀は,平成2年10月1日,それまでの常務会を改組し,経営会議を設置した(なお,経営会議の目的,構成,付議事項等は,平成8年3月15日に,正式に規程化された。)。経営会議は,頭取,副頭取,専務取締役,常務取締役,総合企画部長をもって構成し,経営の最高意思決定機関として,経営に関する重要な事項について,拓銀の意思決定を行うものとされていた(甲7,8,272)。
ウ 投融資会議
拓銀の「投融資会議について」と題する規程(昭和59年8月14日制定,同日実施。甲5)には,投融資会議は,頭取,副頭取,担当本部長をもって構成し,担当本部長の権限(同日から平成8年3月15日に上記アの権限規程が改正されるまでの間は,同一人に対する融資残高30億円)を超える案件は,投融資会議を開催の上,担当本部長が付議し,構成員の協議を経て,頭取が決定する旨の規定がある。
エ 投融資会議の融資手続
投融資会議付議案件における融資手続は,まず,営業店が融資を受け付け,計画の妥当性,収支計画(事業収支及び返済能力),保全状況,業況及び体力,採算性等を検討し,審査部に回付し,審査部は,これと独立に,営業部門における検討内容,計画の妥当性及び返済能力,保全,返済条件及び金利等の妥当性,疑問点及び不明点の質問,追加資料の申受け等を検討し,担当役員に回付した後,投融資会議に付議するというものであった。
(4) ソフィア
ソフィアは,Jが昭和41年に個人で創業した理容店「理容のJ」が昭和46年7月3日に「株式会社理容・美容のJチェーン」として法人化され,昭和54年に「株式会社ソフィアJチェーン」に商号変更した後,平成3年に現在の商号となった。ソフィアは,美容室,理容室,サウナ,エステティックサロン,ブライダル等のチェーン店舗の展開,営業を専門に行っていたが,昭和61年ころから,都市型保養レジャー事業,ホテル事業,土地開発事業等を計画し,事業化を図るようになった(甲141,233)。
ソフィアは,ソフィアグループの中核に位置し,後述するタウナステルメの敷地やテルメインターナショナルホテル(以下「テルメホテル」という。)の土地及び建物の所有権を有していた。
(5) タウナステルメ札幌
タウナステルメ札幌は,昭和61年11月10日,都市型保養施設「タウナステルメ」の開発,経営を目的として設立された(甲141,233)。
ソフィアは,昭和61年4月3日,札幌市a区b地区(以下「b地区」という。)にある北海道中央バス株式会社(以下「中央バス」という。)所有のb園の土地をタウナステルメの建設用地として購入した。タウナステルメ札幌は,ソフィアから上記土地を賃借し,これを敷地としてタウナステルメを建設した。タウナステルメは,昭和63年4月18日,室内プール,屋外プール,サウナ,浴場等の設備を備えた健康施設として開業し,タウナステルメ札幌がこれを所有し,運営した(甲9ないし12,141)。
タウナステルメ札幌は,平成10年3月10日,破産宣告を受けた。
(6) テルメインターナショナルホテルシステム
テルメインターナショナルホテルシステムは,平成3年4月10日,テルメホテルの運営を目的として設立された(甲233)。
ソフィアは,タウナステルメ開業後の平成元年ころから,b地区を総合的に開発し,同地区に保養レクレーション施設,宿泊施設から成る複合都市施設を設け,タウナステルメに隣接してショッピングセンター,ホテル,コンドミニアムを建設し,集客力を高めることなどを計画した(以下,このような計画から始まったb地区の開発を「b開発」という。)。ソフィアは,平成3年6月,その計画に基づき,テルメホテルの建設に着工し,平成5年4月1日,タウナステルメに隣接するテルメホテルを開業した。テルメインターナショナルホテルシステムは,ソフィアからテルメホテルの施設を賃借し,これを運営した(甲9ないし12,141)。
テルメインターナショナルホテルシステムは,平成10年3月10日,破産宣告を受けた。
(7) 拓銀のソフィアグループに対する融資
ア ソフィアに対する融資
拓銀は,別紙融資一覧表の番号1及び2記載のとおり,平成3年3月28日,ソフィアに対し,テルメホテルの建設資金等として合計125億円の融資を承認し,同年7月25日から平成5年12月21日までの間に合計123億4600万円の融資を実行した(以下,これらの融資を「本件第1融資」という。なお,本件第1融資の承認時においては,その融資先はタウナステルメ札幌とされていたが,その後,平成3年7月8日に融資先がソフィアに変更となった(甲16)ため,以下,注記しない限り,本件第1融資の融資先をソフィアとして扱うものとする。甲13ないし19,108)。
イ タウナステルメ札幌に対する融資
拓銀は,別紙融資一覧表の番号3ないし16記載のとおり,平成6年10月25日から平成7年12月20日までの間に,タウナステルメ札幌に対し,タウナステルメの運転資金として合計12億6500万円の融資を承認し,平成6年10月31日から平成7年12月20日までの間に合計12億5500万円の融資を実行した(甲20ないし55)。
ウ テルメインターナショナルホテルシステムに対する融資
拓銀は,別紙融資一覧表の番号17ないし32記載のとおり,平成6年10月7日から平成8年2月13日までの間に,テルメインターナショナルホテルシステムに対し,テルメホテルの運転資金として合計17億6900万円の融資を承認し,平成6年10月7日から平成8年3月11日までの間に合計17億3900万円の融資を実行した(以下,上記イのタウナステルメ札幌に対する融資とテルメインターナショナルホテルシステムに対する融資を併せて「本件第2融資」という。甲56ないし107)。
(8) 被告らの本件各融資への関与
ア 被告A,被告B,被告C及び被告Dは,投融資会議の構成員として,本件第1融資に関与した。
イ 被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iは,投融資会議の構成員として,本件第2融資(ただし,被告Hについては,本件第2融資のうち別紙一覧表番号3ないし11,17ないし24に,被告Iについては,同12ないし16,25ないし32に限る。以下,同人らについて同様とする。)に関与した。
(9) 債権譲渡等
拓銀は,平成10年11月11日,株式会社整理回収銀行(以下「整理回収銀行」という。)との間で資産買取契約を締結し,同月16日をもって拓銀の資産を整理回収銀行に譲り渡す旨の合意をした(以下「本件資産買取契約」という。甲1)。
原告は,平成11年4月1日,整理回収銀行を合併した。
拓銀は,本件資産買取契約により,被告らに対する本件各融資についての債務不履行に基づく損害賠償請求権を整理回収銀行(合併後の原告)に譲渡した(以下「本件債権譲渡」という。)として,被告らに対し,平成11年9月24付け内容証明郵便をもって本件債権譲渡を通知し,同通知は,同月25日ころ,それぞれ被告らに到達した(甲2,3)。
2 争点
(1) 本件債権譲渡の有効性等
(2) 銀行の取締役の注意義務の内容,程度
(3) 本件第1融資に関与した被告らの取締役としての責任の有無
(4) 本件第2融資に関与した被告らの取締役としての責任の有無
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(本件債権譲渡の有効性等)について
(原告の主張)
ア 本件債権譲渡は有効であり,原告は,被告らに対する本件各融資についての債務不履行に基づく損害賠償請求権を有している。
一般に,会社が有する債権債務を裁判外において処分することは,会社の業務執行に属するものであり,これについては代表取締役の代表権が及ぶから,商法に明文の例外規定がない以上,代表取締役が会社を代表してこれを行うべきである。
被告らは,商法275条の4を根拠に,本件債権譲渡は,拓銀の監査役により行われたものではないから無効であり,原告が上記債権を取得することはできない旨主張する。しかし,商法275条の4の趣旨は,監査役が会社を代表することにより,取締役と会社間の利益の衝突やなれ合い的訴訟追行を防止することにあるところ,会社の取締役に対する損害賠償請求権が第三者に譲渡された場合は,譲渡人と譲受人が別の法人格となるので,取締役と会社間の利益の衝突やなれ合い的訴訟追行は起こらないから,上記商法275条の4の趣旨を害することにはならない。むしろ,本件債権譲渡は,旧経営者に対する責任追及を徹底的に行い,なれ合い的訴訟が行われないようにし,上記商法275条の4の趣旨を全うするためのものであり,その譲渡の効力を争うこと自体が同条の趣旨に反するというべきである。
イ 仮に,本件債権譲渡が無効であったとしても,拓銀の監査役は,平成12年2月8日,本件資産買取契約において代表取締役が拓銀を代表して行った本件債権譲渡及びこれに付随する一切の行為を追認し,被告らに対してその旨を通知しているのであるから,本件債権譲渡に関する瑕疵は,上記追認により治癒した。
ウ 被告Iは,平成10年9月30日の取締役会において被告Iを提訴対象者から除外する旨の決議があり,被告Iに対する損害賠償請求権は本件資産買取契約の対象には含まれていなかった旨主張する。
しかし,上記取締役会においては,民事訴訟に関して訴訟の範囲,請求金額等の変更が必要となった場合の取扱いは代表取締役に一任する旨の決議が併せて行われ,本件資産買取契約においては,拓銀の役員経験者及びその他の関係者に対し責任追及する一切の権利が買取資産の対象とされ,その中から被告Iに対する損害賠償請求権を格別除外したことはなかった。したがって,被告Iに対する損害賠償請求権は,本件資産買取契約の対象に包含されていた。
(被告A,被告B,被告C,被告F及び被告Iの主張)
本件債権譲渡は,拓銀の監査役が原告に対して債権を譲渡したものではないから無効である。したがって,原告は,原告適格を有せず,あるいは未だ被告らに対する損害賠償請求権を取得していない。
会社が取締役に対して訴訟を提起する場合,その訴訟については監査役が会社を代表する(商法275条の4)ことからすれば,会社が取締役に対して訴訟を提起するか否かの意思決定も監査役の権限に属し,監査役によって上記権限が行使されて初めてその訴訟の対象となる債権の第三者への譲渡及び第三者による行使が可能となるというべきである。
(被告A及び被告Cの主張)
原告は,拓銀の監査役による追認があることにより,本件債権譲渡は当初にさかのぼって有効となり,遅延損害金もその時点から起算されると主張する。しかし,本件訴訟においては,本件債権譲渡の有効性について争点として時間を浪費しながら,唐突に拓銀の監査役がこれを追認するに至ったのであるから,追認による本件債権譲渡の追完及び遡及効の主張は,訴権の濫用に当たり許されない。
(被告Iの主張)
拓銀は,本件資産買取契約に先立つ平成10年9月30日の取締役会決議により,過去の経営者の経営責任についての民事損害賠償請求訴訟の対象者を決定したが,そこでは,与信調査委員会の判断に従って最終決裁権限者を被告として提起することが基本方針とされ,被告Iは,提訴対象者に含まれていなかった。したがって,拓銀は,上記取締役会決議に基づいて本件資産買取契約を締結するに当たり,被告Iに対する経営責任の追及を予定していなかったのであるから,原告が,本件債権譲渡により,被告Iに対する損害賠償請求権を取得することはない。
(2) 争点(2)(銀行の取締役の注意義務の内容,程度)について
(原告の主張)
ア 株式会社の取締役は,会社に対し,その職務を行うにつき会社との間の委任関係に基づく善管注意義務(商法254条3項,民法644条)及び忠実義務(商法254条の3)を負っているところ,商法266条1項5号にいう法令には,上記善管注意義務等の規定のほか,会社を名宛人とし,会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定も含まれる。そして,銀行の取締役の経営責任を判断するに当たっては,銀行法の趣旨をも考慮して,一般の営利企業の役員に比してより厳格に解する必要がある。
すなわち,銀行は,金融システムの中核に位置し,その資金供給面において果たす機能は一国の経済活動全体にとって大きな意義を有しており,また,その主たる債権者は預金者すなわち一般公衆であって,その利益は適切に保護されなければならないから,公共性が強く要請される(銀行法1条)。そして,銀行法が,銀行の営業を免許制とし(4条),その最低資本金を定め(5条),行政当局による業務停止命令(26条)や取締役等の解任命令(27条)及び立入検査(25条)を認め,大口信用供与を規制する(13条)など銀行に対して様々の規制を課しているのは,上記銀行の公共性に鑑み,銀行の融資についてはその健全性,安全性が最も強く要求されているからにほかならない。このように,銀行法が様々な形で銀行の公共性,健全性,安全性の維持を要請していることからすれば,これらの要請は,銀行の取締役の善管注意義務の中に含まれているということができ,その経営判断の裁量は,一般の事業会社に比して相当大きく限定されるというべきである。
また,拓銀の内部規程においても,融資の確実性,安全性を維持し収益性を高めるために,拓銀における貸出業務の基本原則,貸出運営の要諦及び権限行使上の留意点等が明文で定められていたのであり,取締役である被告らも,当然にこれを遵守すべき義務を負っていた。
したがって,銀行の取締役は,融資実行の決裁に際し,貸付当時のみならず,予想できる範囲において将来の経済状況,景気の動向,資産の価格の動向を踏まえながら,貸付先である個々の企業の業種,規模,業績,経営者の能力,経営状況,保有資産,事業の発展及び衰退の見込み,希望する貸付額及びその使途,貸付の必要性,債務及び担保の内容及びその額,返済状況,返済資金の調達方法及びその見込み,貸付の社会的妥当性等の諸事情を考慮し,貸付を希望する個々の企業につきこれらの諸事情に関する情報を収集し,取締役間で十分な議論を行うとともに,前述の銀行業務の特性(公共性,健全性,安全性)及び銀行に対する社会的要請に照らして,融資を実行すべきか否かを合理的に判断すべき注意義務がある。
イ 銀行の取締役は,自行の経営について全面的な責任を負うものであり,大蔵省や日本銀行(以下「日銀」という。)等から銀行に対する何らかの指導等が存在したとしても,当該融資を行ったことに関して取締役の善管注意義務違反が存在する場合には,その責任を免れるものではない。
ウ 被告らは,経営判断の原則を主張し,被告らの善管注意義務違反に基づく損害賠償責任を否定するが,経営判断が問題とされる場合であっても,当該経営上の決定の前提となる事実の認識に不注意な誤りがある場合や,当該決定に至る過程が著しく不合理な場合,又は,当該決定内容が結論において著しく不合理な場合は,取締役の裁量を逸脱するものとして,取締役に善管注意義務違反が認められる。
エ 被告B及び被告Fは,信頼の原則と称して担当部署からの資料や説明等に一見して明らかな不備がない限り,取締役としてはこれに依拠して判断すれば足りると主張するが,銀行の取締役が担当者等を機械的に信頼することは許されず,当該取締役の知識,経験,担当職務,案件との関わり等を前提に,当該状況に置かれた取締役が担当者等に依拠して意思決定を行うことに当然躊躇を覚えるような不足,不備があった場合には,他の取締役や担当者等の説明に疑問を呈し,疑問点について再度担当者等に合理的な情報収集,分析,検討を指示する責務がある。
(被告らの主張)
ア 取締役の善管注意義務及び忠実義務違反の有無は,取締役がその職務を執行するに当たってした判断につき,その基礎となる事実の認定又は意思決定の過程に通常の企業人として看過し難い過誤,欠落があるために,その判断が取締役に付与された裁量権の範囲を逸脱するものであるか否かによって決定すべきである。金融機関のする貸付が結果として回収困難,不能となった場合であっても,当該貸付を行った取締役の判断が直ちに善管注意義務,忠実義務に違反するということはできず,その判断に通常の企業人として看過し難い過誤,欠落があるかどうかを,貸付の条件及び内容,返済計画,担保の有無及び内容,借主の財産及び経営の状況等の諸事情に照らして判定しなければならない。
企業の経営に関する判断は,不確実かつ流動的で複雑雑多な諸要素を対象にした専門的,予測的,政策的な判断能力を必要とする総合的判断であるから,その裁量の幅はおのずと広いものとなる。会社は,取締役に経営を委ねて利益を追求しようとするのであるから,適法に選任された取締役がその権限の範囲内で会社のために最良であると判断した場合には,基本的にその判断を尊重して結果を受容すべきであり,例外的にその判断過程及び内容が著しく不当又は不合理である場合に限り,取締役に付与された裁量権の範囲を逸脱し,善管注意義務及び忠実義務に違反するというべきである。
イ 原告は,銀行業務の公共性等の要請から,銀行の取締役の負うべき善管注意義務及び忠実義務は一般の営利企業の役員に比して厳格に解する必要がある旨主張するが,銀行法1条は目的規定にすぎず,そのほか,銀行法には銀行の取締役の注意義務の程度を格別重くするような規定はなく,ひとり銀行のみがその公共性等によって経営判断の原則が否定され,取締役の裁量権が制限されることはあり得ないから,銀行の取締役が負うべき注意義務の内容は,その他の株式会社の取締役が負うべき注意義務の内容と異なるものではない。
(被告B及び被告Fの主張)
多数の役職員が存在し,各人が組織の中で職務の分担を行っているような大企業においては,決裁権限者は,会社業務の円滑な処理のため,担当部から回付された資料に外形的に特段の問題点がない限り,これを信頼して,これを前提に意思決定することができるという信頼の原則がある。このことは,拓銀の投融資会議や経営会議にも妥当し,担当外の取締役は,その場に提出された資料について,外形的に特段の問題点がない限り,これを前提として意思決定をすれば足りるのであって,それ以上に自ら調査したり,担当部に調査を命じたりすることをしなかったからといって,任務違反に問われることはない。
(3) 争点(3)(本件第1融資に関与した被告らの取締役としての責任の有無)について
(原告の主張)
ア プロジェクト融資と銀行の取締役の注意義務
本件第1融資は,125億円という巨額の融資案件であり,ソフィアが返済不能に陥った場合には拓銀の経営に及ぼす影響が少なくないのであるから,その融資に当たっては,融資の必要性,収益性だけでなく,回収可能性を十分慎重に検討すべきであった。加えて,本件第1融資は,プロジェクトの建設及びその採算性に重点を置いたいわゆるプロジェクト融資であるが,このような融資は,資金規模が大きく,プロジェクトの完成及び資金回収に時間がかかりやすいという性質があり,また,銀行がいったん融資を開始した後に当該プロジェクトが失敗した場合には,銀行が甚大な損失を被ることになるのであるから,新規融資をするに当たっては,当該プロジェクトの具体性,実現可能性,プロジェクト阻害要因等に関する特に慎重な検討が必要不可欠である。したがって,プロジェクト融資についての取締役の注意義務違反の有無を検討するに当たっては,当該プロジェクトの具体性,実現性,許認可手続等に関する情報の収集,分析,検討等が十分に行われたか否かを具体的に検証することが重要である。
イ 本件第1融資の違法性
本件第1融資は,以下のとおりの問題点を有する違法なものであった。
(ア) ソフィアグループの経営状態に問題があること
本件第1融資が承認された平成3年3月28日当時,ソフィアグループの経営状態は,本業の理美容業については,黒字基調にはあったものの本来的には低収益体質であり,タウナステルメ事業については,開業前に予想していた以上の赤字を累積する状態にあった。このような経営状態にあったソフィアに対し,b開発を前提としたテルメホテルの建設資金として新たに125億円もの融資を行うことは無謀であり,本件第1融資を決裁した被告らが,ソフィアグループの上記経営状態を認識していながらタウナステルメの経営が黒字化すること,ないしは少なくとも黒字化が確実となることを待たずに本件第1融資を承認したことは,その判断の過程,内容に著しい不合理が存することが明らかである。
(イ) テルメホテル事業に採算性がないこと
テルメホテルの建設予定地は,b地区という札幌市の中心市街から遠く離れた郊外に位置し,周辺にはタウナステルメを除いては何ら集客の要素となる施設が存在せず,ホテルの集客可能性には大きな問題があったのであり,このような場所に,多額の資金をつぎ込んで大規模なホテルを建設することは,その立地条件,建設規模等からみて,当初から相当大きな無理があった。
また,テルメホテルの建設資金について,そのほとんどを借入金により調達するという事業計画に着眼すれば,多額の借入金に対する金利負担がテルメホテル事業の資金繰りを圧迫することは明らかであった。そのため,本件第1融資における収支計画は,b開発の開発利益を計算に入れなければその回収可能性の見通しがつかなかったものであるが,当該開発利益が得られる時期やその金額等についての検討は,杜撰きわまりないものであり,実際にも,当初の計画どおりの開発利益は得られなかった。
さらには,拓銀の資金証券部や本件第1融資の担当部である総合開発部からも,テルメホテルの採算性に問題があるとの意見が出されていた。
上記の点からすれば,テルメホテル事業には採算性がなかったことが明らかである。
(ウ) b開発の実現可能性についての検討が杜撰であること
前記(イ)のとおり,テルメホテル事業の採算可能性はb開発による開発利益にかかっていたが,その実現可能性は,極めて低いものであった。
すなわち,b開発の予定地となる約24万坪のb地区の土地は,その大部分が市街化調整区域内の農地であり,非農地に転用する目的で所有権を移転するためには農地法5条による農林水産大臣の許可が必要であったが,当該開発予定地は,転用許可基準に関する農地区分としては,原則として農地転用が許可されない甲種農地又は乙種農地の第1種農地に該当する土地であるため,農地転用の許可が下りる見通しは極めて乏しい状況にあった。加えて,当該開発予定地の一部は,農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)によって農業振興地域に指定され,開発行為や農地の転用が厳しく制限されている農用地区域でもあったため,農地転用をするには,農用地区域の指定の解除も必要であったし,その開発が約24万坪の土地を予定地としていることから,北海道知事の許可を要する農業振興地域の指定の解除まで必要となり,ひいては,札幌市さらには北海道が策定した農業振興地域整備基本方針の変更となって,農林水産大臣による同意も必要となるものであった。以上のとおり,b開発の開発許認可を巡っては,札幌市の権限で解決できる範囲を大きく超え,北海道知事や農林水産大臣の許可や同意まで必要となり,その上で市街化調整区域指定の解除の手続を採らなければならないといった克服すべき課題をいくつも抱えていた。
また,b開発計画は,約24万坪ものb地区の広大な土地をショッピングセンターや宅地に転用しようとするものであるところ,札幌市は,第3次長期総合計画として,b地区について自然環境を活かしたままで市民のスポーツやレクレーションの場として活用するという構想を掲げていたのであるから,ソフィアのb開発計画と札幌市の第3次長期総合計画との関係をいかに調整するかが重大な課題であった。
さらに,b地区の市街化区域への編入についても,札幌市は,本件第1融資が承認された時点において,既に札幌市の市街化調整区域の見直し作業を終了し,b地区について農用地区域の見直し作業を行わないこととしていたのであるから,次回の見直し作業のある5年後まで,b地区が市街化区域に編入される可能性はなかった。
このように,b開発には,開発許認可の取得や市街化区域への編入等において種々の規制や問題点が存在していたにもかかわらず,本件第1融資を決裁した被告らは,これらの点についての情報の収集,分析を行うなどしてb開発の実現可能性を具体的に検討することなく,開発許認可の取得の可能性が極めて不透明な状況のまま本件第1融資を承認したのであるから,その意思決定の過程,内容に著しい不合理が存することは明らかである。
(エ) 協調融資の合意が成立することなく融資が実行されたこと
本件第1融資のような大型のプロジェクト融資に当たっては,リスクの分散や他行審査による融資判断の確認等のために,他行との間で協調融資を組んで慎重に事業計画を検討し,協調融資参加行間の合意が成立した上で融資を実行するのが通常であるところ,本件第1融資を決裁した被告らは,北海道東北開発公庫(以下「北東公庫」という。)及び株式会社日本長期信用銀行(以下「長銀」という。)との間の協調融資が調っていないにもかかわらず,本件第1融資を承認し,その後に両行との間の協調融資は正式な合意には至らなかったために,拓銀がテルメホテルの建設資金及びその回収リスクを一手に引き受けなければならない結果となった。このように,協調融資の合意が正式に得られる前に本件第1融資を承認したことは,通常の銀行融資の方式を踏み外したものといわなければならない。
(オ) 多額の担保不足であったこと
本件第1融資により125億円の融資が実行されると,拓銀のタウナステルメ札幌(後に,借主をソフィアに変更)に対する融資残高は215億6000万円となるが,これに対する実効担保価格は95億1700万円であり,120億4300万円もの保全不足が生じていた。
(カ) 本件第1融資を承認するに当たり十分な調査検討が行われなかったこと
本件第1融資は,平成3年3月28日の投融資会議において承認されたが,それまで拓銀がテルメホテルの建設やb開発計画に関してプロジェクトチームを組成して総合的な検討をしたという経過はなく,担当部である総合開発第1部における関与者も2人にすぎなかった。また,本件第1融資については,副頭取であった被告C及び担当常務であった被告Dから総合開発第1部に対して融資を取り上げる旨のいわゆるトップダウンの指示があり,これを受けて,当初は本件第1融資に消極的だった総合開発第1部も,上記指示に沿った動きをすることを余儀なくされた。
このような調査検討体制の不備が,本件第1融資において杜撰な融資決裁が行われた根本にある。
ウ 被告らの責任
被告A,被告B,被告C及び被告Dは,それぞれ投融資会議の構成員として本件第1融資の決裁権限を有していたところ,平成3年3月28日の投融資会議において,何の躊躇もなく前記イのとおりの問題点を有する本件第1融資を承認したのであるから,銀行の取締役の裁量を逸脱するものとして,善管注意義務違反が認められる。
特に,被告C及び被告Dは,本件第1融資に先立つタウナステルメ建設資金の融資にも関与していた経験から,ソフィアの経営状態や基礎体力に問題があることや,ソフィアには拓銀の意向に従わない傾向のあることなどを知っていたのであり,さらには,本件第1融資について,担当部である総合開発第1部に対し,事前にトップダウンによる指示を行っていたのであるから,極めて大きな責任がある。
また,被告Bは,東京に駐在していたが,本件第1融資の問題点は,平成2年11月13日の経営会議や平成3年3月28日の投融資会議における説明や配付資料から容易に気付くはずの事柄であり,特に,同被告は,かつて東京審査部長の地位にあり,貸出業務の基本原則の遵守を部下に指示する立場にあったこと,日頃は東京に駐在しており,札幌の融資案件に関しては比較的冷静に検討できる立場にあったこと,当時,東京では既にバブル経済の崩壊の影響が出ていたのであるから,その業務経験に裏打ちされた経済見通しを指摘して,テルメホテル建設計画やb開発計画に対して警鐘を鳴らすことが可能であったことからすれば,本件第1融資の回収可能性に重大な懸念があることを指摘すべきであった。
エ 損害
上記被告らが本件第1融資を承認したことにより,テルメホテル建設資金として123億4600円の融資が実行され,その全額が回収不能となったのであるから,被告らの善管注意義務違反により同額の損害が発生した。バブル経済の崩壊は,被告らの善管注意義務違反と上記損害との間の因果関係を否定するものではない。
オ 被告らの主張に対する反論
被告らは,当時のバブル経済の事情に照らせば,本件第1融資が経営判断を誤ったものとはいえないし,その後のバブル経済の崩壊を予測することは不可能であった旨主張する。
しかし,前述のとおり,テルメホテル建設資金の回収が不可能となった主たる原因は,バブル経済の崩壊を原因とする景気後退によるホテル利用客の減少に伴う売上の低迷といったものではなく,前記イのとおりの本件第1融資の問題点を十分に検討しないまま先行融資を実行したことにあり,被告らの上記主張には理由がない。また,当時の経済情勢についても,株価の変動状況,大蔵省による総量規制,新聞記事の経済論評等からすれば,近いうちに景気が減速し,不動産価格が下落傾向になることは,ある程度予測可能であったのであり,バブル経済の崩壊は,被告らの責任を否定する理由とはならない。
(被告A及び被告Cの主張)
ア ソフィアグループの経営状態には問題がなく,テルメホテルの採算性はあった。
本件第1融資の当時,ソフィアグループの経営状態は,本業に関しては全く問題がなく,タウナステルメ事業についても,当初の予定の動員,収益には及ばなかったものの,中長期的には必ず成功するものと考えられていた。このことは,単なる主観に基づく判断ではなく,本場ドイツの盛業を確認していることや,北海道内有数の観光業者であるK観光の専務の意見も聴取して高い評価を得られたことからも,明らかであった。また,当時,タウナステルメのような施設は,北海道内でも斬新なものであり,話題性もあった。
テルメホテルの建設については,確かに,都心から離れているというハンディキャップがあり,多額の資本投下が必要ではあったが,水辺地区との複合,石狩工業団地の存在といった地理的条件に加え,札幌のホテルマンであるLの後援,株式会社日本交通公社(以下「JTB」という。)による集客保証といった事情もあり,十分に採算が採れると判断された。さらには,株式会社ヤオハンジャパン(以下「ヤオハンジャパン」という。)等のヤオハングループ(以下,これらをまとめて「ヤオハン」という。)やビバホームの進出による大規模開発の進展や,ソフィアの用地売却による利益も見込まれ,投下資本の回収も十分に期待できた。なお,当時は,バブル経済におけるシーマ現象といわれるような風潮から,リゾート施設等については,集客のために高級志向を不可欠の経営戦略としていたのであり,その後のバブル経済の崩壊によるホテル業界への未曾有の影響について斟酌することは不可能であった。
イ b開発の実現可能性はあった。
b開発は,札幌市の悲願ともいうべき計画であって,そうであるからこそ,現にタウナステルメも開業することができた。被告らは,担当部署から,札幌市との交渉は順調に進んでいる旨の報告を受けており,実際にも,同市から全面的なバックアップを受けていた。被告らは,開発行為の個々の手続についてまでは知らず,逐一これを確認していないが,都市銀行という大規模組織においては,信頼の原則の下にそれぞれが職務を果たしているのであるから,上記のような細目的,専門的事項の確認は,投融資会議においてすべきものではないし,実際にこれをすることは不可能である。
ウ 北東公庫及び長銀との協調融資は,当然に実現するものと考えられた。
拓銀は,これまでにもタウナステルメへの融資を含め両行と協調融資を組んできており,両行が,本件第1融資について協調融資を拒絶することはほとんど考えられなかったし,実際,平成5年6月の被告Cの退職時までに,両行から正式に協調融資を拒絶する旨の回答はなかった。平成3年3月28日の投融資会議における担当部からの資料や報告も,協調融資を前提としたものであったから,被告らとしては,これを信頼して決裁するほかはなかった。原告は,協調融資が正式に調印されてから融資すべきと主張するが,バブル経済の時期においては,融資先確保のため融資条件等の完全な確定を待たずに,ある程度先行的な融資を行うことも必要であったし,これによるリスクの程度も僅少なものであった。
エ 原告は,担保評価につき,実効担保価格をあたかも唯一の評価基準として捉え,これによる保全不足を強調するが,当時においては,依然としてバブル経済による北海道内の不動産神話が生きていたのであるから,不動産の含み益を全く無視し,実効担保価格のみをもってする保全不足の主張は失当である。
オ 原告は,被告C及び被告Dが,本件第1融資に消極的な担当部に対し,これを取り上げるようトップダウンによる指示を与えていたと主張するが,被告Cは,あくまで従前から検討されていた議題について,そろそろ結論を出したらどうかと話した程度であって,原告の主張するような事実はない。
カ 以上のとおり,本件第1融資は何ら問題がなく,これを決裁した被告らに善管注意義務違反はない。
(被告Bの主張)
ア 被告Bは,本件第1融資を承認するに当たり,担当部から提出された資料等に基づいて以下のような検討をしており,その判断内容には合理性がある。
(ア) テルメホテル事業の収支の見通しは,営業利益の黒字化が開業4年目,経常利益の黒字化が開業8年目とされ,妥当なものであった。そして,上記見通しは,札幌市内のホテルの平均稼働率よりも低い数値を用いたものであり,実現性が高かった。
(イ) テルメホテルは,都市近郊型のリゾートホテルとシティホテルの両方の特徴を持った新しいタイプのホテルであり,多くの需要が見込まれた。
(ウ) 札幌ロイヤルホテルのL社長等をテルメホテルの経営陣に据えることや,JTBが宿泊可能客数の30パーセントを集客保証することから,ホテルの運営には問題がなかった。
(エ) 開業3年目に,開発協力金やb地区の用地売却益として,ヤオハン等から71億円余りの資金が得られる予定があり,b地区の市街化区域編入の可能性も極めて高かったとのことであるから,上記金員が本件第1融資の返済に充てられることは十分に期待できた。
(オ) タウナステルメ事業の収支の見通しも,開業6年目の平成6年には経常利益が黒字化するとのことであり,当初の予定の1年遅れにすぎず,問題はなかった。なお,平成3年の大蔵省検査の示達によると,タウナステルメは,業績不振により,平成2年11月に大幅な計画修正を余儀なくされたとあるが,被告Bは,そのような報告を一切聞いていない。
(カ) ソフィアグループの借入金の推移は,平成6年度がピークで,その後は漸減する見通しとなっており,問題はなかった。
(キ) 北東公庫と長銀との協調融資について,両行はこれを取り上げる意向であるとのことであり,協調融資の成立が見込まれた。
イ 被告Bは,上記のとおり本件第1融資を承認するに当たり,多角的な観点から十分な検討を加えていること,建設費用の増大等は本件第1融資を承認した後になって生じた事情であること,本件第1融資を承認した当時において,将来の未曾有の不況を予測することは不可能であったことなどからすれば,被告らの検討内容が不十分であったとはいえない。
また,担当部からの資料や説明に,十分に調査検討されたものではない部分や,真実と異なる部分があったとしても,前記信頼の原則からすれば,決裁権限者である被告らは,投融資会議において提出された資料等について,外形的に特段の問題点がない限り,これを前提として意思決定すれば足りるから,本件第1融資について,被告らが,外形上特段の問題点があるとは認められない担当部からの資料等を信頼して意思決定したことには,何ら義務違反はない。
ウ 以上のとおり,本件第1融資に係る投融資会議の意思決定は正当であり,被告Bには注意義務違反も過失もない。
(被告Dの主張)
ア 本件第1融資を承認した時点においては,b開発計画が実現する可能性は極めて高かった。
b開発計画については,札幌市から全面的な協力,支援が得られており,各種の法的規制をクリアすることは容易な状況にあった。現に,市街化調整区域内におけるテルメホテルの建築が許可されたことは,札幌市の法的規制に対する絶大な力を示している。また,当時,信用力が絶大であったヤオハンがb開発に参加することとなったために,開発主体に対する不安は解消された。
テルメホテルの採算性については,ホテル運営に対する関係業界の全面的支援や,JTBによる集客保証が得られたことから,安心できるものとなった。そして,北東公庫と長銀との間において協調融資が予定されていたところ,当時は,協調融資に際して逐一確約を取るということは行われていなかったし,両行は,拓銀と極めて親しい関係にあり,現にタウナステルメの協調融資にも応じていたのであるから,本件第1融資についても協調融資は確実に実現するものと見込まれた。さらに,平成3年3月当時の北海道内においては,バブル経済が崩壊する予兆さえ認められず,当時のソフィアグループに対する融資の担保も時価ベースでは余力があったことからしても,将来に対する不安は存在しなかった。
b開発計画は挫折したが,これはバブル経済の崩壊によりヤオハンがb開発に参加することに消極的になり,開発主体が消滅したことが原因であり,このような事態を本件第1融資の承認時に予測することは不可能であった。
イ 以上のとおり,被告Dは,本件第1融資を決裁するに当たり,経済人として必要とされる注意義務を十分に尽くしており,結果的に失敗した融資であっても,その責任を問われる理由は皆無である。
(4) 争点(4)(本件第2融資に関与した被告らの取締役としての責任の有無)について
(原告の主張)
ア 追加融資における銀行の取締役の注意義務
本件第2融資は,資金繰りに行き詰まったタウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムに対して,両社の経営破綻により既存の融資が回収不能となることを回避する目的で赤字運転資金を追加融資したものであり,いわゆる救済融資あるいは支援融資といわれる融資類型に当たる。このような追加融資は,新たな融資自体も回収不能となるおそれが大きいことから,無制限に許されるものではなく,これが許容されるためには,融資をすることにより当該取引先の業績回復が確実に見込まれ,銀行としても必要最小限度の融資に絞り,極力担保の徴求に努め,さらには当該取引先の経営に対する有効適切な指導を行うとか,役員を派遣するなどの債権保全のための万全の措置が採られていることが必要である。したがって,本件第2融資を決裁した取締役の善管注意義務違反の有無を検討するに当たっては,上記の点に留意して検討する必要がある。
イ 本件第2融資の違法性
本件第2融資は,以下のとおりの問題点を有する違法なものであった。
(ア) ソフィアグループの業績回復が確実に見込まれないこと
ソフィアグループの業績については,平成3年1月実施の大蔵省検査の際には,タウナステルメ札幌の業績不振等が指摘され,平成5年7月5日の経営会議においては,担当部であった審査第1部から,テルメホテルの売上が当初の見込みを大幅に下回っており,このままでは年間約30億円以上の赤字補填資金が必要となるなどの説明があり,同年8月23日の経営会議においては,ソフィアグループは美容,ブライダル,サウナ等の本業部門でも営業利益段階で赤字状態にあるなどの監査法人夏目事務所(以下「夏目事務所」という。)の監査結果が報告され,平成6年3月期の財務諸表等の検討結果では,ソフィアグループ各社は当時既に実質的に倒産状態であり,拓銀が融資をストップすればすぐに倒産してしまう状態にあることが認識されたのであり,平成6年10月以降に行われた本件第2融資の前から,ソフィアグループの経営状態は赤字が増え続ける傾向にあった。
また,平成6年9月実施の大蔵省検査では,拓銀のソフィアグループに対する融資について,当初のb開発計画が頓挫し,買収も進まず,変更計画も作成できない状況にあり,仮に当該プロジェクトが完成しても採算が採れず,多額の損失が見込まれるとの厳しい指摘を受け,分類査定では,タウナステルメ札幌に対する融資に関しては,29億4600万円がⅡ分類,13億5700万円がⅢ分類と認定され,テルメインターナショナルホテルシステムに対する融資に関しては,37億8900万円の全額がⅢ分類と認定され,大蔵省の検査官からは,ソフィアグループに対する赤字補填資金の融資の継続は,背任行為に当たると思うとの指摘を受けた。さらには,平成7年3月ころには,拓銀の顧問弁護士から,拓銀の系列ノンバンクであるたくぎんファイナンスサービス株式会社(以下「たくぎんファイナンス」といい,拓銀とその子会社等の関連会社を合わせて「拓銀グループ」という。)が十分な担保を徴求しないでb地区の買収資金としてソフィアに実行した融資は,特別背任罪に該当するおそれがあり,これに関与した拓銀の役員も身分なき共犯となる可能性が高いなどの説明を受けた。このように,ソフィアグループは本来的には追加融資できない融資先であることは明らかであった。
そして,ソフィアグループの業績回復を図るには,b開発計画の実現が大前提であったところ,その実現可能性は,以下のとおり極めて低いものであった。すなわち,前記のとおり,b開発の開発予定地には種々の法的規制が存在し,これをすべてクリアして開発許認可等を得ることは極めて困難であった。b開発計画については,平成6年5月16日及び同月19日の経営会議において,それまでの市街化調整区域内での開発から市街化区域編入の方法による開発へと方針転換が図られたが,この方針転換に際しても,b開発に関する様々な法的規制の内容や,これを克服するための方策の検討は全くされておらず,その検討内容は,採算性ばかりに気を取られ,b開発の実現性の検討を疎かにした不適切なものであり,このような拓銀の検討姿勢は,本件第2融資の最終融資が実行された平成8年3月に至るまで変わりがなかった。また,上記方針転換が図られてから平成9年11月に拓銀が破綻するまで,いずれの時期においても,b開発に関して実現性があると考えられる事業計画は立案されておらず,さらには,b開発を実現するための十分な資力,信用,経験等のある適切な事業主体が確立されたことはなく,これらのことからしても,b開発の実現性は皆無に等しいものであった。
仮に,b開発が実現できたとしても,バブル経済崩壊後の不動産市場の低迷の影響により,開発地域の売却には相当の困難が伴うことが予想されたこと,テルメホテル自体が低稼働率等により採算性が採れない状態であったことなどの事情からすれば,b開発事業は,ソフィアグループの業績回復に資するだけの採算性は全くなかった。
上記のことからすれば,本件第2融資を行っても,ソフィアグループの業績回復が確実に見込まれたとはいえない。
(イ) 必要最小限度の融資に絞っていないこと
平成7年1月27日の経営会議において,ソフィアグループの事業を継続した場合の資金負担として,年間約30億円(ただし,b地区の買収資金の融資に係る161億円の支払利息を除く。)の赤字補填資金の貸出が見込まれていたが,実際は,平成9年3月末まで,当初に見込んでいた年間30億円以上の融資が実行された。これは拓銀の年間の業務純益(約300億円)の約10分の1を失わせるものであり,拓銀の体力を著しく損なうものであった。しかるに,被告らにおいて,追加融資の限度額や期間が設定されることはなく,これによる回収不能額がどれほどの金額になるかの検討を欠いていた。
また,本件第2融資は,追加融資を打ち切った場合とこれを継続した場合の回収額に関する具体的な試算のないまま実行されたものであった。すなわち,追加融資を打ち切った場合の回収額及び回収不能額については,担保物件の処分による回収可能性の検討を行うことにより,その額を容易に予見することができるにもかかわらず,被告らにおいて,担保物件の時価の再評価を行ったとか,ソフィアグループの保有資産(エスポビル,タウナウテルメの施設,テルメホテル等)の売却見込みを検討したとか,たくぎんファイナンスがb地区の用地買収のために支出した資金の回収見込額を試算したといったことはなく,融資打切りの場合を想定した回収額の検討は,著しく不十分であった。他方,追加融資を継続した場合の回収額及び回収不能額については,経営会議の場において具体的に議論されたことはなく,特に,平成7年1月27日の経営会議において配布された資料は,ソフィアグループの事業を継続した場合の追加融資の見込額,b開発の見通し(デベロッパーへの一括売却,虫食い状態の土地の買収等),タウナステルメ及びテルメホテルの売上の見通し,予想外の資金需要が発生する可能性,金利減免措置による損失の程度,回収見込額等についての考察が不十分であり,これに基づく経営会議での検討は到底十分なものとはいえず,実際にも当初の見込額以上の追加融資が行われている。そして,被告らは,経営会議の場において,追加融資を打ち切った場合とこれを継続した場合の回収額の多寡を具体的に比較検討することを行わなかったのであり,平成7年の日銀による考査の際も,融資を継続した方がこれを打ち切った場合よりも損失の極小化を図ることができるということについて,日銀の調査役を納得させられるような説明ができなかったことからしても,追加融資を継続することについての検討が十分に行われたとはいえない。
以上のとおり,本件第2融資について,必要最小限度の融資に絞っているものということはできない。
(ウ) 担保の徴求に努めていないこと
本件第2融資については,回収不能となることが確実に見込まれる状態の中で,新たな担保を徴求することなく,実質的には無担保の融資が繰り返し承認され,実行された。
(エ) ソフィアグループの経営に対する有効適切な指導を行っていないこと
平成7年1月27日の経営会議において,ソフィアグループに対する分離再編案(ソフィアグループの分社化,金利減免措置,人材派遣)が承認され,実施されたが,現実には分離再編案の狙いとするタウナステルメ及びテルメホテルの売却は拓銀の目論見どおりに実現する見通しにはなかったこと,拓銀においてソフィアグループの資産の処分方法やその時期について具体的に検討されたことはなかったこと,拓銀のJに対するコントロールは不十分であったことからすれば,上記分離再編案の実施が,ソフィアグループに対する有効適切な指導に当たるということはできない。
(オ) その他債権確保のための万全の措置が採られていないこと
本件第2融資の融資判断においては,農地法違反や国土利用計画法(以下「国土法」という。)違反等の法律問題をスキャンダルであると捉え,その表面化を回避しようとする意識が重要な判断要素となっていたことは,経営会議における議論の内容や拓銀の顧問弁護士に対する継続的な相談の内容からみて明らかである。このように,被告らは,本来,ソフィアグループに対する債権保全のために万全の措置を講ずべきであったにもかかわらず,これを怠り,かえって,自己保身のために,法律違反等のスキャンダルの表面化を回避するという点を過重に評価してその対策に腐心し,問題の噴出を先送りにして,ソフィアグループに対する融資継続という結論を安易に導き出したものである。
ウ 被告らの責任
被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iは,それぞれ投融資会議の構成員として本件第2融資の決裁権限を有していたところ,漫然と上記イのとおりの問題点を有する本件第2融資を承認,実行したのであるから,銀行の取締役の裁量を逸脱するものとして,善管注意義務違反が認められる。
被告Iは,平成7年6月から本件第2融資の決裁権限を有するに至った者であるが,それ以前から,常勤監査役として経営会議に出席するなどして,本件第2融資に関する問題点を知悉していた。ところが,投融資会議の構成員である他の被告らの融資継続の意思が固いことを忖度して,投融資会議あるいは経営会議の場において本件第2融資に反対する意見を表明することに躊躇し,また,本件第2融資に関する諸貸出申請書の役員欄に押印する際に投融資会議の結論に反対である旨の意見を明記するなどして,他の決裁権限者への警告を発することもなかった。このように,被告Iは,他の決裁権限者とともに,本件第2融資を承認するに当たって何らの留保もしていないのであるから,被告Iの責任は,他の決裁権限者のそれと変わりはない。
エ 損害
上記被告らが本件第2融資を承認し,総額29億9400万円の融資を実行したところ,タウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムはいずれも破産宣告を受け,上記融資金額は,その全額が回収不能となったのであるから,被告らの善管注意義務違反により同額の損害が発生した。そして,平成6年10月以降の本件第2融資を承認する際,ソフィアグループに対する融資は大幅な保全不足の状況にあり,被告らは,本件第2融資を承認するに当たり,その融資金額が確実に回収不能となることを当然の前提としていたのであるから,被告らの善管理注意義違反と上記損害との間には相当因果関係が認められる。
オ 被告らの主張に対する反論
(ア) 被告らは,b地区が平成10年3月に一般保留区域になったことや,平成9年の大蔵省検査ではソフィアグループに対する融資の一部が従前のⅢ分類からⅡ分類に昇格されたことを捉えて,b開発の実現性は高まっていた旨主張する。
しかし,拓銀が当初目指していたのはb地区の特定保留区域としての位置付けであり,一般保留区域は,特定保留区域と異なって,開発計画が未だ熟度のない段階において指定されるものであるから,b地区が一般保留区域に指定されたからといって,b開発の実現性が高まったとはいえない。
また,平成9年の大蔵省検査の結果については,その検査の過程には,検査官の経験不足,準備不足,拓銀の説明を鵜呑みにしたなどの事情があり,検査を担当した検査官が自ら認めるように,その判断には誤りがあったのであるから,上記検査の結果を根拠として,b開発の実現性が高まったということはできない。
(イ) 被告らは,拓銀の償却体力が減退していたためソフィアグループを直ちに倒産させることができず,本件第2融資の継続は,やむを得なかった旨主張する。
しかし,分離再編案を承認した平成7年1月27日の段階において,ソフィアグループに対する不良債権を償却する体力が存在していたことは,当時の頭取である被告Eの供述からも明らかであり,拓銀の償却体力の問題が本件第2融資を継続するか否かの判断要素となっていた事実はなく,これについての具体的な検討もされていない。また,仮に,拓銀の償却体力が減退していたとしても,銀行の正確な資産内容を対外的に開示し,銀行資産の健全性を維持するという償却制度の理念に照らせば,償却体力の減退を理由として不良債権の処理を先送りすることに合理性を見出すことはできない。
(ウ) 被告らは,ソフィアグループを倒産させた場合の社会的責任に対する配慮から,本件第2融資は正当化される旨主張する。
しかし,融資先の倒産により大きな社会的影響や大量の失業者の発生が予想される場面であるとしても,そのことゆえに,銀行が回収可能性のない追加融資を際限なく繰り返すことが許されることにはならない。そもそも,テルメホテルは,拓銀における杜撰な融資判断の結果として開業に至ったものであり,ホテル単体としては採算性がないことは当初から試算されていたものである上,実際に開業したテルメホテルの売上は当初の予想の半分程度しか達成できないことが確認された状況を考えれば,開業したばかりのテルメホテルを倒産させることよりも,銀行が回収可能性のない追加融資を際限なく行うことの方が,社会的に非難されてしかるべきである。仮に,追加融資を停止することによりソフィアグループが倒産し,その結果,拓銀における多額の不良債権の実態が発覚し,市場の批判を受けることがあっても,それらは元々拓銀において杜撰な融資を行った結果が露見したものにほかならず,そのために拓銀の信用が損なわれ,銀行経営上不利益を受けたとしても,それは拓銀として甘受せざるを得ない当然の事態というべきである。
また,被告らは,当時は拓銀がカブトデコム株式会社(以下「カブトデコム」という。)に対する融資を打ち切って巨額の不良債権を表面化させた直後であったから,更にソフィアグループに対する融資を打ち切ってこれを倒産させた場合には大きな影響が予想されるので,本件第2融資の継続はやむを得なかった旨主張する。
しかし,ソフィアグループが倒産した場合の影響は,カブトデコムが倒産した時のそれと比較して遥かに小さいと考えられていたのであり,また,平成5年7月5日の経営会議以降,ソフィアグループに対する対応に関連付けてカブトデコム案件の影響が議論されたことは全くないのであるから,上記主張は,後付けの弁解にすぎない。
(エ) 被告らは,本件第2融資を継続しなければ,ソフィアグループやたくぎんファイナンスが倒産し,これを契機として拓銀自体の破綻を招き,信用不安を惹起しかねないおそれがあったから,本件第2融資を継続する必要があった旨主張する。
しかし,銀行の公共性等に鑑みれば,拓銀の経営陣としては,むしろ早急に情報を関係機関に開示するなどして,ソフィアグループに対する不良債権の処理や信用不安の回避のための具体的な方策を検討すべきであったのに,被告らは,これを怠り,実質破綻先に対する巨額の不良債権の存在が表面化することを回避,隠蔽するために,その処理を漫然と先送りして,本件第2融資を継続したものであるから,およそ正当性は認められない。
(オ) 被告らは,本件第2融資を承認した当時,銀行業界においては,母体行が系列ノンバンクの再建の面倒をみるという母体行責任の考え方が常識であり,商慣習であったから,たくぎんファイナンス等の拓銀の系列ノンバンクが破綻することを回避するために,本件第2融資を継続したことは合理性がある旨主張する。
しかし,母体行は,関連ノンバンクの債務について,連帯保証をするなど法的責任を負っていたものではなく,また,母体行責任は,大蔵省の通達や行政指導等によって確立されたルールではないから,本件において,ソフィアグループの倒産がたくぎんファイナンスの破綻につながり,ひいては拓銀自体の破綻につながるという必然的な結びつきはない。銀行の関連ノンバンクの破綻を回避するためであっても,母体行責任の名の下に,母体行が系列ノンバンクの再建を支援することが無制限に許されるものではなく,当時の拓銀が,たくぎんファイナンスの再建を支援するなどの必要に迫られていたものとしても,そのことが直ちに本件第2融資の適法性を基礎付けることにはならない。
(カ) 被告H及び被告Iは,拓銀における重要な案件は経営会議において審議決定され,投融資会議はこれをなぞるものにすぎないから,投融資会議の構成員であるからといって融資の決裁権限があるものではなく,また,一取締役の反対によっては経営会議で決められた方針を変えることはできなかった旨主張する。
しかし,投融資会議は,頭取,副頭取といった銀行経営に責任のある者と当該融資の担当本部長で構成されており,しかも,投融資会議の構成員は,同時に経営会議の構成員として当該融資に関する協議,決定,実行に積極的に加わり,重要な役割を果たしていたのであるから,その構成員は,付議案件についての決裁権限を有していたものというべきである。また,投融資会議の構成員が行う意思決定は,権限規程に基づいて委任を受けて行う取締役の行為であるから,その付議案件の決定についても当然に取締役としての善管注意義務及び忠実義務を負い,この注意義務の違反があった場合には取締役としての法的責任を負うというべきであるし,権限規程によれば,投融資会議における決定の方法について,構成員の協議を経て決定に至る旨定められているのであるから,頭取以外の投融資会議の構成員も,協議において明確な反対意見を述べてその旨留保しない限り,その決定に積極的に関与したものというべきである。
(キ) 被告Gは,本件第2融資によって失われた損失は約30億円であるのに対し,本件第2融資を実行することにより,テルメホテルは140億円の財産的価値を有するに至り,その担保価値が保全される結果となったのであるから,上記損失と利益を通算すると,損害はない旨主張する。
しかし,平成9年の大蔵省検査時におけるテルメホテルの担保評価額が140億円であったことは,その当時,同ホテルを処分した場合にその処分価格が140億円に達する蓋然性があったことを意味するものではないから,被告Gの主張するような損害額の算定には,根本的な誤りがある。また,本件第2融資は,平成6年3月末から平成9年3月末までの期間にソフィアグループに対して実行され,回収不能となった総額122億円の追加融資の一部にすぎないのであるし,拓銀が破綻しなければ,ソフィアグループに対する追加融資は更に継続され,回収不能の債権の累積額は,上記テルメホテルの担保評価額である140億円以上になる可能性もあったのであるから,本件第2融資を実行したことが,テルメホテルの財産的価値を維持することにつながったとはいえない。
(ク) 被告Iは,本件第2融資と相当因果関係のある損害は,融資をしなかった場合に発生する拓銀の負担と,融資をした場合に得られる拓銀の負担軽減の効果との差であり,これを算定するに当たっては,総額での回収程度,損失の大きさを検討すべきである旨主張する。
しかし,被告Iの上記主張は,責任論と損害論を混同するものであり,前記エのとおり,被告らが本件第2融資を承認,実行したことにより,その全額が回収不能となったのであるから,これが,被告らの善管注意義務違反と相当因果関係のある損害に当たることは明らかである。
(ケ) 被告Iは,過失相殺の法理ないし信義則により,同被告の責任は否定ないし限定されるべきであると主張する。
しかし,本件第2融資における被告らの融資判断に重大な善管注意義務違反があることは,前記イ及びウにおいて述べたとおりであり,被告Iの主張する種々の拓銀側の事情を斟酌しても,被告らの責任は皆無であるという結論は採り得ないし,本件請求は,本件第2融資によって生じた損害の一部請求にとどまることからすれば,過失相殺等により,本件請求額の減額を図ることは許されない。また,拓銀の倒産後に実際に行われたソフィアグループの資産の換価処分の結果は,本件第2融資の回収の有無に何ら影響を及ぼすものではない。
(被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iの主張)
ア 本件第2融資は,融資先であるソフィアグループの経営を再建するためのものではなく,いわば不良債権処理の過程において,一定の損切りを覚悟の上で,損失を極小化してより多くの回収を図るために実行された融資であり,正常先に対する融資とは根本的に異なる。
このように,本件第2融資は,実質的に破綻しているソフィアグループに対して,直ちに融資をストップしてこれを倒産させた場合と,運転資金の融資を継続しながら分社化を行い,ソフトランディングによる清算を図る場合とを比較して,どちらの場合が拓銀の損失を少なくすることができるかという判断の問題であり,全体としての拓銀の損失の大小が判断対象となる。
そして,上記のような融資判断は,極めて高度な政策的,予測的,専門的判断を要する経営判断事項なのであるから,後付けの事情により経営判断の当否を論じるのは妥当でなく,銀行の取締役には広い裁量が認められ,著しく不当な判断でない限り,その判断は尊重されなければならない。
原告は,本件第2融資について,融資先の再建を目的とする救済融資であると捉え,これが認められるための厳格な要件を設定しているが,上記のとおり,本件第2融資は原告の主張するような救済融資には当たらないから,そのような要件の該当性を論じる前提を欠く。また,原告の設定する要件自体が厳格に過ぎ,銀行取引の実情からみても,到底採用することはできない。
イ ソフィアグループは,本件第2融資が実行されたころ,各社とも実質的に倒産状態であり,最終的には損切りが免れない状態にあったが,同グループは,ソフィア,タウナステルメ札幌,テルメインターナショナルホテルシステムの3社からなり,このうち,ソフィアは,理美容,ブライダル,サウナ等の本業部門,ホテル賃貸事業部門,b開発事業部門の3部門が並立しており,各事業が物的,人的,資金的関連性を有し,相互に依存する複雑な関係にあり,1社あるいは1事業が立ち行かなくなると,グループ全体に波及するという状態にあった。
そして,ソフィアグループに対する融資をストップした場合には,同グループ全体の破綻につながり,本来正常債権として事業収入からの回収が見込まれる本業部門の約100億円についても,そのほとんどが回収不能となること,b開発資金としてたくぎんファイナンスを通じて融資された約145億円の全額が損失となる可能性が大きいこと,上記のb開発資金分の融資が回収できなくなると,たくぎんファイナンスの取引金融機関が母体行責任を追及して一斉に拓銀に返済を求め,拓銀自体の存立に関わる問題となること,タウナステルメの施設やテルメホテル等のソフィアグループの保有資産の価値は大幅に劣化し,多額の損害が直ちに発生することが明らかであること,オープンしたばかりのテルメホテルを倒産にさせ,ソフィアグループの1000人を超える従業員を失業に追い込むことは,拓銀の社会的責任を問われかねないこと,拓銀は,平成5年10月にカブトデコムに対する金融支援を打ち切り,マスコミから厳しい批判を受けていたのであり,ソフィアグループに対する支援も打ち切るとなると,拓銀の社会的信用がより失墜し,預金が流出するなどして拓銀に多大の損失が生じることが予想されたこと,当時の拓銀には,ソフィアグループに対する不良債権を一度に償却する体力がなく,上記母体行責任や社会的信用の失墜による損失の拡大の可能性をも併せて考えると,拓銀自身の破綻を招くことが容易に予測されたことなどから,拓銀グループのソフィアグループに対する総額600億円を超える融資(平成7年1月当時)のほぼ全額が回収できなくなり,拓銀に同額以上の損失が生じることは確実であった。
一方で,融資を継続した場合には,自賄いが可能な本業部門からは約100億円が回収できること,タウナステルメの施設とテルメホテルを一体として売却することで約150億円の回収が図れること,b開発の開発利益によって最低でも70ないし80億円の回収が図れることから,年間約20億円程度の損失で,約300ないし400億円程度の回収が可能になると見込まれた。
したがって,ソフィアグループに対する融資をストップして,直ちにこれを倒産させるよりも,融資を継続して,ソフトランディングをさせながら債権回収を図る方が,拓銀の損失を極小化でき,得策であると判断された。
このような基本的方針に基づき,平成7年1月27日の経営会議において,ソフィアグループの分社化,金利減免措置,人材派遣を内容とする分離再編案が承認され,具体的に分社化に向けての作業が進められ,同年10月31日をもってソフィアグループは分社され,平成8年4月ころまでには一切の手続が完了した。その間,被告らは,ソフィアグループの分社化と並行して,Jに対して分離再編案への理解を求めたり,経費削減等によるタウナステルメ及びテルメホテルの経営改善を図ったり,b開発の実現に向けて,許認可等について行政当局との間で交渉したりするなどして,分離再編計画の実現に向けての作業を継続的に行い,許認可等に関して札幌市から好意的な回答を得るなど,分離再編計画は順調に進んでいた。そして,平成9年5月12日の経営会議において,Jをb開発事業等から排除することが承認された。
これにより,平成9年5月の時点においては,ソフィアグループを倒産させたとしても,同グループから約400億円の回収が可能な状況となり,当初の目的はほぼ達成された。このような分離再編計画の成果は,b地区が平成10年3月に一般保留区域に正式認可され,b開発の実現可能性が高まったことや,平成9年10月に行われた大蔵省検査の結果,タウナステルメ札幌に対する融資のうち無担保部分がⅡ分類に昇格したことといったその後の事情からみても,明らかである。
ウ 原告は,本件第2融資には種々の問題点があるとして,これを決裁した被告らには善管注意義務違反があると主張するが,以下に述べるとおり,原告の主張は,いずれも失当である。
(ア) 原告は,平成6年9月の大蔵省検査において,拓銀のタウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムに対する債権のうち無担保部分がⅢ分類に査定されたにもかかわらず,被告らが本件第2融資を継続したことは,背任行為に該当し,回収可能性に重大な懸念が生じていた旨主張する。
しかし,Ⅲ分類先への融資も,これに合理性があれば,経営判断として許されるのであり,本件第2融資は,拓銀の損失を極小化することを目的とし,現実に追加融資を継続することによりその目的は果たし得たのであるから,これが違法な融資であるとはいえない。
(イ) 原告は,本件第2融資が実行された全期間を通じて,b開発の実現可能性は不確実であった旨主張する。
しかし,b開発が実現するか否かは,許認可取得の有無にかかっていたといえるところ,b開発計画は,当初から札幌市が関与していたのであり,札幌市の意向に従った計画であれば札幌市の納得を得られることができ,札幌市も,b地区の市街化区域編入を前提とするb開発計画に対して明確に拒否する態度はとらず,次第に積極的な態度を示すに至ったのであるから,許認可を得られる可能性は存在した。札幌市がb開発計画に積極的であったことは,b地区の手前にあるc地区が,平成9年3月に市街化区域に編入されたことからも明らかである。万が一,市街化区域編入が認められなかったとしても,上記のとおり,札幌市はb開発計画に当初から関与していたことからすれば,札幌市がb地区の土地を国土法価格で買い上げる可能性は十分にあった。
(ウ) 原告は,被告らは,経営会議等の場において,ソフィアグループに対する追加融資を打ち切った場合とこれを継続した場合の損得を十分に試算しておらず,本件第2融資を継続することについての検討が不十分であった旨主張する。
しかし,追加融資を打ち切った場合には回収額はゼロに近く,逆にこれを継続した場合には約300ないし400億円程度の回収が見込まれたことは,詳細な損得計算をするまでもなく歴然としていたのであるし,被告らは,担当部からの資料を基に,必要十分の範囲で,損得計算を行ったのであるから,被告らの検討内容が不十分であったということはできない。
(エ) 原告は,被告らは,本件第2融資を承認するに当たり,その融資限度額や損切りの時期等を定めておらず,タウナステルメの施設やテルメホテル等のソフィアグループの保有資産を売却する時期や売却先等を具体的に検討していないことなどを理由に,本件第2融資は漫然と継続されたものである旨主張する。
しかし,本件第2融資は,分離再編計画を実現するために実行されたものであり,追加融資の額を年間18億円程度とし,その期間も3年間を目処とするものと想定していたのであるから,合目的的な枠は設定されていた。そして,分離再編計画の達成時期は,流動的な情勢の中で段階的に判断される事柄であるから,上記枠以上に詳細な追加融資の条件や,タウナステルメの施設及びテルメホテルの売却条件,さらにはb開発の完成時期等を当初の段階で策定することは,困難であると同時に不必要でもあった。なお,平成5年7月5日の経営会議において付議されたソフィアグループの分離再編案は,当時はテルメホテルが開業してわずか3か月しか経っておらず,抜本的な金融支援をするには時期尚早であったこと,ソフィアグループに対する融資が不良債権であるとの認識はなかったこと,金融支援策としての具体的なスキームが策定されていなかったことなどから,継続審議となったものであるが,その後,分離再編案は,分社化の具体的内容を検討したり,Jの同意を得たりするためにいくらか期間を要し,平成7年1月27日の経営会議において正式に承認されたものであり,無駄に時間を経過したわけではない。したがって,被告らが漫然と本件第2融資を継続していたとはいえない。
(オ) 原告は,ソフィアグループを倒産させると,b地区の用地取得に係る農地法違反等の問題が噴出し,拓銀にとってスキャンダルとなるおそれがあったことから,被告らは,これを回避するために,本件第2融資を継続したものである旨主張する。
しかし,b地区の農地の売買契約は締結されておらず,農地の占有も依然として農民にあり,農地法違反の要件をそもそも充たしていないし,札幌市の企画調整局長や助役さらには市長までもが農地法違反はないと明言していたのであるから,客観的に農地法違反の事実がないことは明らかである。また,実体的な農地法違反の有無は措くとしても,上記のような状況に照らせば,被告らの誰もが農地法違反はないと認識していたことは明らかである。
エ 以上のとおり,本件第2融資は,経営会議において承認されたソフィアグループの分離再編計画の実現のために実行されたものであり,被告らは,これを継続することがより多くの回収を図れるとの判断で融資を継続し,実際に,拓銀の破綻前には,ほぼその目的を達成していたのであるから,被告らに善管注意義務違反がないことは明らかである。
(被告Gの主張)
拓銀には損害が発生していない。
すなわち,本件第2融資は,総額でも約30億円にとどまるものであるところ,テルメホテルは,平成9年の大蔵省検査時において,140億円の財産的価値を有していたのであり,本件第2融資を実行する前の時点における同ホテルの財産的価値は二束三文にすぎなかったことを考えると,約30億円を融資したことによって,テルメホテルの財産的価値が140億円に維持されたという関係になる。したがって,本件第2融資によって,差引き110億円以上ものソフィアグループの保有資産が保全された結果となっているのであるから,拓銀には何ら損害が発生していない。
(被告H及び被告Iの主張)
被告H及び被告Iは,本件第2融資を実行するか否かについての決裁権限を有していなかった。
ソフィアグループに関する重要な方針は,平成3年ないし4年ころから,投融資会議ではなく経営会議において審議されており,投融資会議は,付議事項について,経営会議における代表取締役の決議に沿うものであるか否かを審議する場であり,代表取締役の補助機関にすぎない。また,投融資会議は,持ち回りによって行われることが多く,構成員が一堂に会して審議することはほとんどなかったのが実態であり,経営会議において定められた方針に従わないことは許されなかった。このように,ソフィアグループに対する融資については,経営会議においてその方針が審議され,最終的には代表取締役がこれを決議することとなっていたのであり,投融資会議において,その基本的方針が審議されることはなかった。したがって,投融資会議の構成員には決裁権限はなく,投融資会議の構成員であることを理由として,被告H及び被告Iが本件第2融資についての責任を負うことはない。
また,経営会議に付議される案件は,すべて担当常務の権限を超える案件であったから,被告Iは,経営会議の付議案件である本件第2融資についての決裁権限を有していなかったし,ましてや最終決裁権限者たり得ない。
(被告Iの主張)
ア 拓銀には損害が発生していない,あるいは,本件第2融資と損害との間には相当因果関係がない。
本件第2融資は,前述のとおり,拓銀の被る損失を極小化し,少しでも多くの回収を図る目的で実行されたものであるところ,このような目的,効果を有する融資における損害とは,当該融資が目的に従った効果を備えず,そのために拓銀にマイナス効果をもたらしたと評価されるものでなければならない。そして,この場合の損害を算定するに当たっては,マイナス要因(損害)だけではなく,プラス要因(目的に従った効果)をも併せて考慮し,総額での回収程度,損失の大きさをともに評価する必要がある。本件においては,本件第2融資を継続したことによって,これを打ち切った場合に比べて,200億円以上の損失を極小化することができたのであるから,本件第2融資による損害は存在せず,あるいは融資と損害との間には相当因果関係がない。
原告は,融資額そのものが回収できなかったことをもって損害があると主張するが,本件第2融資の目的,効果が損失極小化にあることに照らせば,原告の主張する損害論は無意味である。
イ 被告Iの損害賠償責任は,過失相殺ないし信義則に基づき,否定されるか,少なくとも極めて限定される。
被告Iが本件第2融資を承認するに当たり,仮にその判断に誤りがあったとしても,それは,極めて高度で難しい判断が要求されていたからであり,その要因は拓銀の行動にある。すなわち,本件第2融資の可否の判断は高度な経営判断の領域に属するものであり,被告Iの選択したソフトランディングの方針が注意義務違反の明白な性質のものとはいえないこと,被告Iが投融資会議の構成員に就任するまでに,拓銀は,ソフィアグループに対する既往融資を増大させ,その回収が容易でない事態に陥っていたこと,拓銀は,平成5年の時点でソフィアグループの分離再編の必要性を認識していながら,平成7年1月27日の経営会議に至るまで分離再編案を承認せず,早期に分離再編計画に着手しなかったこと,被告Iの就任直前になって拓銀の既定方針が決定され,その見極めに一定の時間が必要であったこと,事案に精通する他の拓銀の取締役や事務担当者も分離再編計画を支持したこと,分離再編計画の問題点について,拓銀の経営の最高意思決定機関である経営会議において適切に是正されることがなかったこと,被告Iは,当時,多重な任務の処理を強いられる立場に置かれていたのであり,拓銀の任務遂行環境が極めて厳しいものであったこと,被告Iは,持てる能力の限り誠実に任務遂行に努めたことなどからすれば,被告Iの判断の誤りを誘発したのは,拓銀側の事情,行動によるところが大きいというべきである。さらに,原告がテルメホテル等の適切な売却時期を失したなど,被告Iの退任後の関係者の行為が損害の発生,拡大に寄与した程度についても,斟酌される必要がある。
以上のとおり,仮に被告Iに善管注意義務違反があり,これによる損害が拓銀に生じたものであるとしても,これらは拓銀側の事情,行動によるところが大きいのであるから,過失相殺ないし信義則に基づき,被告Iの損害賠償責任は否定されるか限定されるべきである。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件債権譲渡の有効性等)について
(1) 証拠(甲1,138ないし140,275,乙ト1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 拓銀は,平成10年9月30日の取締役会において,与信調査委員会による調査の結果,個別の融資案件のうちこれを決裁した役員に民事責任があると認められ,かつ,提訴が相当と判定された事案について,同役員らに対する損害賠償請求訴訟を提起することを承認する決議をした。その中で,ソフィアに対する本件第1融資については,被告A,被告B,被告C及び被告Dが提訴対象者とされ,タウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムに対する本件第2融資については,被告E,被告F,被告G及び被告Hが提訴対象者とされた。そして,拓銀は,上記訴訟に関して,社外監査役である弁護士の意見に基づき,訴訟の範囲,提訴対象者,請求額等について変更が必要となった場合の取扱いを拓銀の代表取締役に一任した。
イ 拓銀は,平成10年11月11日,整理回収銀行との間で,本件債権譲渡を含む本件資産買取契約を締結したが,これは,当時の拓銀の代表取締役が拓銀を代表して締結したものであった。
本件資産買取契約における買取資産の内容は,拓銀が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権等であったところ,その権利の範囲は,現在及び過去における拓銀の役職員等に対する責任追及のための一切の権利を含み,また,既に権利が確定しているもののほか,資産買取日において,その存在の確認や内容の特定が未了であるものを含むものとされた。
ウ 拓銀の監査役は,平成12年2月8日,拓銀の代表取締役がした本件債権譲渡及びこれに付随する一切の行為を追認し,同月10日ころ,被告らに対し,その旨を通知した。
(2) 以上の認定事実及び前提となる事実を前提に,本件債権譲渡の有効性等について検討する。
ア 商法275条の4(ただし,平成13年法律第128号による改正前のもの。以下同じ。)は,会社と取締役との間の訴訟については,監査役が会社を代表するものと規定するところ,その趣旨は,会社と取締役との間の利益の衝突を調整し,いわゆるなれ合い的な訴訟が行われることを防止することにあると解される。そして,このような立法趣旨からすれば,その適用範囲は,会社と取締役との間の訴訟に関する訴えの提起,訴訟追行,和解,訴えの取下げ,当事者間の訴訟上の合意等の訴訟行為のほかに,これに通常随伴する事前の催告等の訴え提起に密接に関連する行為や,その論理的前提となる訴えを提起するか否かについての内部的な意思決定行為等も含まれ,これらの行為については,監査役の権限に属するものと解するのが相当である。
しかし,本件債権譲渡それ自体は,拓銀とその取締役との間における訴訟行為にも,訴え提起に密接に関連する行為やその論理的前提となる行為にも当たらないことが明らかである。そうすると,本件債権譲渡は,商法275条の4の想定する場面ではないから,拓銀の監査役が拓銀を代表してこれを行わなかったからといって,その有効性が否定されることにはならないというべきである。
よって,本件債権譲渡は,有効である。
イ 被告A,被告B,被告C,被告F及び被告Iは,商法275条の4の立法趣旨を徹底させ,会社の取締役に対する債権の処分ともいうべき債権譲渡の権限は,監査役に専属する旨主張する。
しかし,商法は,代表取締役について,会社の営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をなす権限を有するものと定め(商法261条3項,78条1項),代表取締役に会社の業務執行に関する広範な権限を与えている。そして,会社と取締役との間の訴訟も会社の営業に関する裁判上の行為に当たると解されるから,本来であれば,代表取締役が会社を代表してこれを行う権限を有するものとされるべきところ,商法は,前記のとおり,なれ合い的訴訟の防止の観点から,この場合について,特に代表取締役の権限を制限し,例外的に監査役の権限としたものと解される。このことは,商法275条の4が,その適用場面を「訴ヲ提起スル場合ニ於テハ」と明示し,限定的に捉えていることからも明らかである。したがって,商法275条の4の規定を根拠として,会社の取締役に対する債権を第三者に譲渡する権限が監査役に専属すると解することはできない。
もっとも,前記商法275条の4の趣旨からすれば,訴えを提起するか否か,するとして,誰に対して,どの範囲で賠償を求めるのかなどの内部的な意思決定の権限も監査役に属するものと解されるところ,本件においては,本件各融資に関与した取締役に対する損害賠償請求訴訟を提起するに当たり,その対象とすべき融資案件,提訴対象者,請求額等について,取締役会の決議によって決定されていることから,この点において,本件債権譲渡の有効性に疑義を挟む余地がないわけではない。しかし,上記取締役会においては,監査役の意見に基づいて,訴訟の範囲,提訴対象者,請求額等に変更が加えられる場合のあることも併せて決議されており,その意味で,監査役の意向は十分に反映されていると解されるから,訴え提起に係る内部的な意思決定についての監査役の権限を不当に害することにはならないというべきである。
また,仮に,会社の取締役に対する債権を第三者に譲渡する権限が監査役にあるものと解したとしても,前記認定のとおり,拓銀の監査役は,代表取締役のした無権代理行為となる本件債権譲渡を事後に追認しているのであるから,これによって,本件債権譲渡は,さかのぼって効力を有することとなり(民法116条本文),その瑕疵は治癒されたというべきである。被告A及び被告Cは,本件において,追認による遡及効を認めることは許されない旨主張するが,債務者である被告らは,追認による遡及効を制限すべき第三者(同条ただし書)には当たらないことが明らかであるし,そのほか,遡及効を認めることが訴権の濫用に当たるとすべき事情を見出すこともできないから,同主張を採用することはできない。
したがって,上記被告らの上記主張は,採用することができない。
ウ 被告Iは,拓銀が,平成10年9月30日の取締役会において,本件各融資に関与した取締役に対する損害賠償請求訴訟の提訴対象者を選定するに当たり,被告Iはその中に含まれていなかったとして,原告が,本件債権譲渡により,被告Iに対する損害賠償請求権を取得することはない旨主張する。
しかし,上記取締役会において,被告Iを提訴対象者とすることを明示していなかったことから,直ちに,拓銀が,被告Iに対する損害賠償請求訴訟を提起する意思を有していなかったものと解することはできない。むしろ,前述のとおり,上記取締役会においては,監査役の意見に基づいて,事後的に提訴対象者等に変更が加えられる場合のあることも併せて決議されたのであり,また,本件資産買取契約における買取資産も,拓銀の役職員等に対する損害賠償請求権について,その存在や内容が確定していないものも含めて,一切の権利をその対象としていたのであるから,拓銀の意思としては,事後の状況の変化等に応じて,適切かつ必要とされる者が提訴対象者として選定される余地を残していたものと解される。そして,実際に,拓銀は,被告Iに対し,本件資産買取契約により,拓銀の被告Iに対する損害賠償請求権を整理回収銀行に譲渡した旨の通知をし,その後,拓銀の監査役は,被告Iに対する損害賠償請求権も含めて,本件債権譲渡を追認しているのであるから,拓銀は,本件各融資についての被告Iの経営責任を問う意思を有した上で,同被告に対する損害賠償請求権を整理回収銀行に譲渡したものというべきである。
したがって,被告Iの上記主張は,採用することができない。
2 争点(2)(銀行の取締役の注意義務の内容,程度)について
(1) 株式会社の取締役は,会社から委任を受け(商法254条3項),取締役会の構成員として会社の業務執行を決定し(同法260条1項),あるいは代表取締役として業務の執行に当たる(同法261条3項,78条1項)などの職務を有するものであって,同法266条は,その職責の重要性に鑑み,取締役が会社に対して負うべき責任の明確化と厳格化を図るものである。そして,同条1項5号は,法令に違反する行為をした取締役はそれによって会社の被った損害を賠償する責めに任じる旨を規定するところ,取締役を名宛人とし,取締役の受任者としての義務を一般的に定める同法254条3項(民法644条),商法254条の3の規定及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が,同号にいう「法令」に含まれることは明らかであるが,さらに,商法その他の法令中の,会社を名宛人とし,会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である(最高裁判所平成12年7月7日第2小法廷判決・民集54巻6号1767頁)。
そうすると,銀行の取締役については,銀行から委任を受けてその職務を行う者として,銀行に対して善管注意義務(商法254条3項,民法644条)及び忠実義務(商法254条の3)を負っているほか,さらに,銀行法が,銀行を名宛人とし,その営業を免許制としたり(銀行法4条),業務の範囲を画定したり(同法10条)するなど銀行がその業務を行うに際して遵守すべきことを定めた法令であることからすれば,銀行業務に携わる者として,このような銀行法の具体的規定を誠実に遵守すべき義務を負っているといえるから,これらの義務に違反した場合には,商法266条1項5号により,その責めに任じるというべきである。
そして,銀行法1条1項は,銀行業務の公共性に鑑み,信用を維持し,預金者等の保護を確保するとともに銀行業務の健全かつ適切な運営を期し,もって国民経済の健全な発展に資することを銀行法の目的とする旨規定するところ,同項は,銀行法の目的を宣言的に規定したもので,それ自体が具体的規範性を有しているとは解されないから,銀行の取締役が,同項に定める銀行法の目的に反するような行為をしたからといって,当然に商法266条1項5号にいう法令違反の行為があったとすることはできない。しかし,銀行は,営利性に基づき,株式会社としての利潤の追求を図るだけではなく,公益性の観点から,広く大衆から受け入れた莫大な資金を社会的に有益な事業等に運用していくことも期待されているのであり,銀行法は,このような銀行業務の公共性に鑑み,宣言的に上記目的を掲げたものと解される。したがって,銀行の取締役は,このような銀行法の目的に反することのないようにその職務を遂行していくことが職責上要請されているということができ,その限りにおいて,他の一般の株式会社における取締役の注意義務よりも厳格な注意義務を負い,そのことによって,経営判断における裁量が限定されるような場合もあり得るというべきである。
原告の上記に係る主張は,以上の限度において採用することができる。
(2) 次いで,銀行の融資判断における取締役の注意義務について検討する。
株式会社の取締役は,経営の専門家として会社の経営を委任されている者であるから,その任務を遂行するため,専門的な知識と経験に基づき,合目的的で総合的,政策的な判断が要求されているのであって,その判断が広範な裁量に委ねられていることはいうまでもない。とりわけ,銀行の取締役が融資判断をするに当たっては,一面において,利息収入,取引機会の拡大,既存融資の回収可能性の増加等の融資から得られる利益を最大限期待し,他面において,融資先の倒産等によって回収不能になるなどの融資の持つ損失のリスクを極力回避しようとするものであり,専門性と将来予測を伴う総合判断が要求されるから,その裁量の幅は,相当広くなり得るというべきである。しかし,他方,前記のとおり,銀行業務の公共性及び不特定多数から借り入れた資金を他に融資するという特殊性からすれば,銀行が引き受けることのできるリスクにはおのずと限界があるというべきである。
以上のことを考慮すると,銀行の取締役の注意義務違反の有無については,銀行の取締役一般に期待される知識,経験等を基礎として,当該判断をするためにされた情報収集,分析,検討が当時の状況に照らして合理性を欠くものであったか否か,これらを前提とする判断の推論過程及び内容が不合理なものであったか否かにより判断すべきである。
(3) また,取締役の情報収集,分析,検討に上記のような不足,不備があったか否かについては,分業と権限の委任を本質とする組織における意思決定の特質が考慮に入れられるべきであり,特に,拓銀のように融資の際に営業店,審査部,担当役員等がそれぞれの立場から重畳的に情報収集,分析,検討を加える手続が採られている銀行においては,取締役は,特段の事情のない限り,各部署の検討結果に依拠して自らの判断を行うことが許されるというべきである。そして,その特段の事情の有無は,当該取締役の知識,経験,担当職務,案件との関わり等を前提に,当該状況に置かれた取締役が,これらに依拠して意思決定を行うことに躊躇を覚えるような不足,不備があったか否かにより判断すべきである。
被告B及び被告Fが信頼の原則として述べる上記に係る主張は,以上の限度において採用することができる。
3 争点(3)(本件第1融資に関与した被告らの取締役としての責任の有無)及び争点(4)(本件第2融資に関与した被告らの取締役としての責任の有無)について
(1) 前記前提となる事実に加え,証拠(甲4ないし137,141ないし274,276ないし291,乙イ1ないし3,5,6,乙ロ1ないし4,乙ハ1,乙ニ2ないし5,15,乙ホ1ないし4,乙ヘ2,乙ト2,6,7,被告A,被告B,被告C,被告D,被告E,被告F,被告G,被告H,被告I。なお,個別の認定事実につき,その主な証拠を後掲する。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本件第1融資に至る経緯
(ア) ソフィアグループの沿革,拓銀との取引経緯等
ソフィアは,昭和46年7月3日,Jを代表者とする法人として設立され,美容,理容,ブライダル,サウナ等の事業を行っていた。ソフィアは,昭和58年5月,札幌市d区内において自社ビル(エスポビル)を建設する計画を立て,その建設資金を拓銀から融資してもらい,これを契機に拓銀との間の取引を開始することとなった(甲141)。
Jは,エスポビルが完成した昭和59年11月ころから,ドイツにあるビッカー社のクアハウスを参考に,札幌において,温水保養施設(後のタウナステルメ)の建設を考えるようになった。Jは,ビッカー社の社長を札幌市に招き,市内の適地を見てもらったところ,同施設の建設予定地としてb地区が候補に上がったため,同地区内にある中央バス所有のb園の土地を買収し,同所において,タウナステルメを建設することを計画した。そして,Jは,拓銀に対し,その事業資金等の融資を求めた(甲141,233)。
拓銀は,当時,道内の有力企業を拓銀の力で育てていくといういわゆるインキュベーター路線の方針を採っていたところ,Jの熱心さや経営能力等を見込み,ソフィアをインキュベーター事業の融資先として支援することとした。拓銀は,昭和60年11月8日,行内の法人部において,被告Dを中心とするソフィアJプロジェクトチームを発足させ,以降,同チームがタウナステルメ事業の事業計画や採算性等を検討することとなった。被告Dは,同チームの検討会において,ソフィアグループの基礎体力やタウナステルメの集客力等について疑問を感じ,Jに対し,タウナステルメ事業の確実な展望が持てなければ,これを常務会に上程して決裁を仰ぐわけにはいかない旨告げたり,担保の不足している部分については自己資金を捻出することが必要である旨指摘したりした。一方で,当時の拓銀の頭取であったMは,昭和61年6月2日に開かれたソフィアJ創立20周年パーティの2次会において,被告Dに対し,タウナステルメ事業を支援する基本方針で常務会に付議するよう示唆するなどした(甲141,147,148,282ないし284,乙イ1,被告A,被告C,被告D)。
拓銀は,昭和61年3月の投融資会議(その構成員には,被告C及び被告Dも含まれていた。)において,ソフィアに対するタウナステルメ建設用地の購入資金としての10億円の融資を承認,実行し,ソフィアは,同年4月3日,中央バスからb園の土地を購入した(なお,被告Cの口添えもあり,この買収については事前に中央バスの了解を得られていた。)。上記融資について,営業担当部や審査役からは,ソフィアの業況やJの経営能力を疑問視し,基本的には融資を承認すべきではないとの意見が出されていた(甲141,278)。
Jは,昭和61年11月10日,タウナステルメ札幌を設立し,昭和62年6月,購入したb園の土地において,タウナステルメの建設工事を開始した。拓銀は,北東公庫や長銀等と協調融資を組み,タウナステルメ札幌に対し,タウナステルメ建設資金として約53億円を融資するなどして,タウナステルメ事業を支援した。この間,拓銀の前記プロジェクトチームの検討記録(甲283,284)には,b地区の市街化区域編入が困難であることをうかがわせる記載や,Jが当初の計画に従わず,独断専行的な設備投資を行い,拓銀としても支援を打ち切ることを考えている旨の記載がある(甲141,173,224,283,284)。
拓銀は,昭和63年3月の投融資会議(その構成員には,被告C及び被告Dも含まれていた。)において,タウナステルメ札幌に対するタウナステルメの追加工事等に係る設備,運転資金としての13億7000万円の融資を承認,実行した。その後,同年4月18日にタウナステルメが開業した(甲9,10,141,280)。
Jは,タウナステルメの着工と前後して,このころには,b地区全体の開発を考えるようになり,タウナステルメや後に建設されるテルメホテルの後背地に位置する約24万坪のb地区を買収することを計画した。拓銀は,昭和62年9月から,ソフィアに対し,系列ノンバンクのたくぎんファイナンスを介してb地区の買収資金を融資することを開始し,平成4年までの間,合計146億7000万円を融資した(甲141,160,222,224)。
Jは,平成元年ころ,ソフィアグループを事業主体に据えてb地区の開発を行うことを本格的に考えるようになり,その一環として,平成2年8月,テルメホテルの建設計画を具体的に検討するようになった。拓銀も,b地区の買収資金を融資するなどして,b開発を積極的に支援した(甲141)。
(イ) タウナステルメの業況
タウナステルメは,昭和63年4月のオープン以後,入場数が伸び悩んだことや用地の追加取得等によって投資額が増大したことなどが相まって,売上高,利益ともに計画未達となるなど業績不振に陥り,平成2年11月には,大幅な計画修正を余儀なくされた。
大蔵省は,拓銀に対し,平成3年4月23日付け示達もって,上記タウナステルメの業況を記した金融検査結果(平成3年1月9日現在)を報告し,併せて,拓銀のタウナステルメ札幌に対する融資について,タウナステルメ札幌からの要請に引きずられ,事業拡張に関する具体的事業計画の策定等がないままに隣接地の買収を容認するなど,メイン行として指導力に欠けた融資姿勢になっている旨指摘した(甲142,143)。
(ウ) b開発計画の概況
a 開発計画の概要
当初の段階におけるb開発計画は,ソフィアグループを事業主体に据えて,総面積24万2000坪からなるb地区の市街化調整区域の農地において,保養レクレーション,宿泊施設等を備えた複合都市施設を創設する開発計画であった(甲9,141,173)。
b b地区における法的規制の存在
b開発の予定地域には,次のとおりの法的規制が存在した。
開発を予定したb地区は農地であり,その広さが2ヘクタール以上であるため,その売却等には農林水産大臣の許可を要する(農地法3ないし5条)。さらに,当該地域は市街化調整区域であるため,農林事務次官通達である「市街化調整区域における農地転用許可基準について」の適用があり,20ヘクタールを超えるなどある程度まとまった広さを持った特に生産力の高い農地については,甲種農地又は乙種第1種農地として,原則的に農地転用は許可されない。
また,当該地域は,農振法によって指定される農業振興地域であり,かつ,その一部は農用地区域でもある。農業振興地域とは,総合的に農業の振興を図ることが必要であると認められる地域であって(農振法1条),都道府県知事が,農林水産大臣の承認を受けて定めた農業振興地域整備基本方針に基づいて,市町村との協議を経て指定した地域である(農振法4条,6条)から,同地域の指定解除には,上記整備基本方針の変更が必要となり,最終的には農林水産大臣の承認,同意が必要となる(農振法5条,7条)。また,農用地区域とは,農用地(耕作の目的又は主として耕作若しくは養畜の業務のための採草若しくは家畜の放牧の目的に供される土地)等として利用すべき土地の区域のことであり(農振法3条),農業振興地域に指定された地域の市町村が,農業振興地域整備計画を策定し,その中心となる農用地利用計画に基づいて定めた地域である(農振法8条)から,農用地区域の指定解除には,これらの計画の変更が必要となり,都道府県知事の許可が必要となる(農振法13条,8条)。そして,農林水産大臣及び都道府県知事は,当該地域につき農地転用の許可をするに当たっては,その土地が農用地利用計画で指定された用途以外の用途に供されないようにしなければならない(農振法17条)。なお,市街化区域と定められた区域で農林水産大臣との協議が調ったものについては,農業振興地域の指定をしてはならない(農振法6条3項)。
さらに,当該地域は都市計画法7条によって定められる市街化調整区域であるところ,市街化調整区域は,市街化を抑制すべき地域であり,そこでの開発行為は一定の例外的なものを除いて認められない。市街化調整区域の市街化区域への編入(線引き)の見直しは,都道府県知事が概ね5年ごとに実施する基礎調査(人口規模,産業分類別の就業人口の規模,市街地の面積,土地利用,交通その他の現況及び将来の見通しについての調査)の結果に基づいて行われる。また,将来想定人口の一部を保留しておき,その範囲内で,計画的な見通しが立った地区について,随時,市街化区域に編入する場合もある。上記保留区域のうち,これに対応する計画的開発が行われる予定区域の概ねの位置等が明確にできるほどの熟度がある区域のことを特定保留区域といい,そのほかの区域のことを一般保留区域という。特定保留区域は,計画的市街化整備の見通しがある区域として地区名等が位置付けられ,かつ,付図に概ねの位置が記入される。一般保留区域は,熟度に応じて人口としての標記しかないものから,かなり具体的な表現のものまで様々であるが,付図には記入されない(甲249ないし254,290)。
c 用地買収の状況
ソフィアは,平成2年5月ころから,たくぎんファイナンスからの融資金により,b地区の買収を本格的に開始し,Jは,自己の関係者や同地区の地権者らとともに,同地区の買収交渉を行った。b地区は農地であり,これを買収するには知事あるいは農林水産大臣の許可を得るなどして農地転用の手続を採る必要があったところ,Jは,このような農地法上の法的規制を回避するため,当初,札幌バラト水郷観光牧場という名称の農事組合法人を設立し,ソフィアに代わって同法人が名義人となってb地区の農地を譲り受けることを計画したが,これが頓挫してしまい,同法人は設立後間もなく解散した。そこで,ソフィアは,地権者との間で,b地区の農地について,農地転用の許可を停止条件とする仮の売買契約を締結することとしたが,その後,同契約は,国土法等に違反する疑いがあるとされたことから,抵当権設定金銭消費貸借契約(以下,上記各契約を併せて「本件農地取得契約」という。)が締結された。地権者のうち,本件農地取得契約を締結した者は,その後も自己所有名義を有し,当該農地の占有を続けているが,同契約によりこれをソフィアに売却したものと認識している。なお,地権者の中には,本件農地取得契約に応じなかった者もいた(甲173,245ないし248)。
本件農地取得契約には,次のとおりの法律違反の問題があった。すなわち,b開発の開発予定地は農地であるから,その売買の際には農地法5条所定の許可が必要となるが,本件農地取得契約において,このような手続は採られておらず,これが売買に該当するのであれば,農地法に違反するものであった。ソフィアは,上記のとおり,地権者との間で金銭消費貸借契約を締結し,その債権保全のために農地に抵当権設定仮登記及び所有権移転仮登記を設定したものであるが,農地法5条の疑いがあるとされたため,その後,上記各仮登記は抹消された。また,本件農地取得契約は,結果的に5000平方メートルを超える原野を取得しており,国土法上の一団の土地取引に該当するにもかかわらず,必要な届出がされていないこと及び国土法に定める価格以上の価格で土地を購入していることから,国土法に違反するものであった。そのほかに,税法上の問題等もあった(甲152ないし160,249ないし254)。
d 札幌市の対応
札幌市は,昭和63年3月,第3次長期総合計画を策定し,自然緑地の保全,活用と緑の創出に努めるとともに,無秩序な市街地の拡大を抑制することとし,緑に囲まれた潤いのある市街地の形成を図ることなどを基本方針に定めた。同計画において,b地区を含む札幌市の北部地区は,市内でも少ない水辺でのスポーツ,レクレーションの展開が可能な地区であり,水辺環境を活かした活用を誘導,促進する地域と位置付けられた(甲171,252,253)。
また,札幌市は,平成2年6月,観光基本計画を策定し,観光資源の質的向上,高度利用の促進を図るとともに,多様な観光活動の場を創出し,国際的に通用する観光都市を創造することなどを基本方針に定めた。同計画において,札幌市域の北部から東部の平地系緑地は,農地を中心に周辺一帯に広がっていることから,農業の観光的活用も図り,平地には,積極的に公園等の緑地空間を創出して,環状夢のグリーンベルト構想の推進を積極的に図っていくものとされた(甲170,172,252,253)。
Jは,平成元年ころから,札幌市当局を訪れ,札幌市に対し,b開発計画に対する理解,協力を求めた。札幌市企画調整局は,b開発計画の実現可能性等を検討したが,市の開発部から,b地区は市街化調整区域であり,宿泊施設等は建設できないなどの報告を受け,同計画の実現に困難を感じていた。しかし,その後,当時の市長や助役から,同局に対し,「bはどうなっている。」などの声かけがあったため,同局は,建設省との間で折衝を続けたところ,平成2年の夏ごろ,建設省の担当者から,札幌市の上位計画と整合するのであれば,市街化調整区域内でも開発許可はできる旨の回答を得たことから,以後,札幌市としては,市街化調整区域のままでb地区を開発する方針を固めた。そして,札幌市は,平成2年11月,例外的に,市街化調整区域内において,タウナステルメの付属施設としてテルメホテルを建設することを承認し,b地区を将来的には市街化区域に編入することも検討することとしたものの,当時,編入時期や編入可能性等の具体的な検討はされていなかった(甲257ないし261)。
e ヤオハンの進出
ヤオハンジャパンは,昭和23年10月に設立された青果店の株式会社八百半商店を前身とするものであり,その後,昭和37年7月に株式会社八百半デパートに商号変更し,平成3年11月に現商号となった。ヤオハンジャパンは,静岡県に本店を置き,スーパーマーケット及び百貨店等の事業を展開,拡大し,昭和61年3月に東証一部上場となり,平成3年当時は,東海地区におけるトップクラスのスーパーマーケットチェーンとなっていた。また,ヤオハンジャパンは,昭和45年以降,積極的に海外進出を図り,平成元年3月には国内外子会社の持株会社としてヤオハンインターナショナル社が設立され,香港を中心にショッピングセンターやレストラン経営,不動産投資開発プロジェクト等を展開していた。ヤオハンジャパンの業況は,平成3年当時,収益面において5期連続の増収増益決算となり,特に,平成3年5月期は,売上高1398億円,経常利益57億円と好業績を収めていたが,ヤオハンインターナショナル社の他の海外プロジェクトがヤオハンジャパンの体力を弱体する可能性もあった。
ヤオハンは,札幌市が主要都市に比べて極めて安い価格で土地を取得でき,投資として採算を確保しやすいことや,恵まれた風土環境を活かして,国際都市として発展していく可能性があることなどを理由に,b開発に進出することを計画した。そして,ヤオハンのN社長は,平成2年5月,b開発計画に参加する意思を伝えるために札幌市長を表敬訪問し,ヤオハンがb開発計画に参加することを合意した。その内容は,ヤオハンがb地区の3万坪の土地を取得し,そこにショッピングセンターを建設するほか,ソフィアとヤオハンの合弁でホテルやコンドミニアムを建設するというものであった。
ヤオハンは,同年11月30日,タウナステルメ札幌に対し,b開発の開発協力金として,5億円を支払った(甲136,141,257,258)。
(エ) 拓銀における調査,検討
a 担当部の構成
拓銀は,ソフィアグループに対する融資案件について,取引開始当初は第1支店部が所管し,昭和62年4月に法人部に移管した後,平成2年10月の組織改編により,総合開発第1部(以下「総合開発部」という。)が所管することとなった。総合開発部は,審査部門と営業部門を兼ね備えた部であり,被告Dを担当常務取締役とし,O部長やP上席調査役等10人程度のメンバーによって構成された(甲141,173,221,乙ニ2)。
b 平成2年11月13日の経営会議
総合開発部は,平成2年11月13日の経営会議(被告A,被告B,被告C及び被告Dも出席した。)において,ソフィアグループの業況やテルメホテル建設計画等に関する調査検討結果を報告した。
上記経営会議において,同年10月末日における拓銀のソフィアグループ(ソフィア及びタウナステルメ札幌)に対する総授信残高が109億4100万円であること,担保としてエスポビルやタウナステルメの施設等に抵当権ないし根抵当権が設定されているところ,その保全状況について,実効担保価格では13億9700万円が保全不足であるが,時価ベースでは82億9100万円の余力があること,ソフィアは,黒字基調にはあるが低収益体質であること,タウナステルメ札幌は,入場客数が当初計画比で1年遅れの進捗状況にあり,同年11月期の繰越損失は約18億円に達する見込みであること,今後の展望及び課題として,タウナステルメ札幌は平成3年度には単年度黒字化が見込まれ,平成10年11月期には繰越損失も解消する目処にあること,ヤオハン等の進出による開発利益が見込まれることなどが報告された。そして,上記報告事項を踏まえ,総合開発部は,タウナステルメは装置産業としての性格が強く,収益確保までに相応の期間を要するが,ソフィアグループの企業育成とb開発の実現のためにも同グループの総合的支援を継続し,一方で,事業計画が先行し拡大傾向にあることから,これを適切に検証して経営基盤を安定,強化させ,高収益確保を図ることが必要であるなどの意見を述べた。
また,テルメホテルの計画の概要は,タウナステルメの敷地内に大型コンベンションホール等を備えた11階建てのアーバンリゾートホテルを建設し,そのための総事業費155億円(うち建設資金,什器等の費用130億円)のうち145億円を拓銀,北東公庫,長銀等からの借入金で賄い,ソフィアグループ等がその運営に当たるというものであった。そして,集客対策の問題が最大課題とされたが,その解決策として,JTBに宿泊客の30パーセントの保証を委託することとし,そのほか人材確保については,札幌市内の他のホテルの経営者等をテルメホテルの役員に据えることなどの方策が掲げられた(甲114,219,221,乙ニ2,被告A,被告B,被告C,被告D)。
c 平成2年12月13日の打合せ会
平成2年12月13日,拓銀とソフィアグループとの間において,テルメホテルの建設等に関する打合せ会が行われた。同打合せ会には,拓銀からO部長及びP上席調査役らが,ソフィアグループからJらが出席した。
上記打合せ会において,テルメホテルの建設資金等が当初の130億円から200億円に増額される可能性があること,他行と協調融資団を組成することが必要であり,拓銀の負担部分は建設資金等の50パーセントとすることなどが話し合われた(甲114,141,221,乙ニ2)。
イ 本件第1融資の承認及び実行
(ア) 総合開発部のO部長及びP上席調査役らは,平成3年3月28日の投融資会議において,ソフィアに対するテルメホテル建設資金等の融資案件について,以下のような記載のある資料(甲108)を作成,配布し,その内容を説明した(甲13ないし15,108,141,221,乙ニ2)。
a テルメホテルは,タウナステルメに隣接し,大型コンベンションホール(3000人を収容)等を備えた地上11階,地下1階,延べ1万1847坪のアーバンリゾートホテルであり,平成3年6月に着工,平成5年2月に完成,同年4月に開業の予定である。
b テルメホテルの新築には,総額210億円(建設資金150億円,什器備品,諸経費等60億円)が投資される予定であり,その資金調達は,長期借入金が200億円,テルメホテル分担開業費が5億円,リース調達が5億円である。
c 上記案件につき,拓銀のほかに,北東公庫及び長銀も融資に参加し,北東公庫が建設資金150億円の30パーセントである45億円,長銀が同150億円の20パーセントである30億円の融資にそれぞれ応じる予定であり,拓銀の融資額は,建設資金150億円の50パーセントである75億円及び什器備品等の費用50億円となる。
d 上記案件扱い後の拓銀のタウナステルメ札幌(ただし,融資先をソフィアに変更する前)に対する総授信残高は,215億6000万円となり,保全状況は,実効担保価格で120億4300万円の保全不足となる(ただし,テルメホテル建物の実効担保価格である30億円(見込み)は含まず。)。
e タウナステルメの事業収益は,初期投資額が多大な装置産業の色彩が強く,償却負担が大きい一方,入場客の伸悩みと金利負担の大幅増により,事業収支面では軌道に乗り切っていないが,営業利益段階では,逐年,改善が図られていることから,当初計画から1年強遅れの平成6年度には,タウナステルメ事業の単年度決算が黒字になる見込みである。
f テルメホテルの運営については,ソフィアにホテル事業の経験がないことから,外部の協力が得られるか否かが問題となるところ,経営面では,札幌ロイヤルホテルのL社長等がテルメホテルの経営陣に入る予定であるし,集客面では,JTBが年間宿泊可能客数のうち30パーセントの宿泊客数を集客保証することになっており,いずれも問題はないと思われる。
g テルメホテルの事業収益は,開業1年目(平成5年度)に37億9000万円の売上を見込んでいるところ,これは,初年度の宿泊稼働率を札幌市内のホテルの平均値よりもかなり低く抑えた数値を用いて得られた数額であり,極めて実現性の高いものである。
h テルメホテル事業は,自己資金が同ホテルの分担開業費の5億円だけであるから,通常では,なかなか採算ラインに乗らないものと懸念されるが,b開発計画の進展により,2ないし3年以内にヤオハン及びビバホーム等からの開発協力金(45億円)並びに用地売却益(26億8100万円)の合計71億8100万円が入る見通しにあり,その場合,テルメホテルの事業収支は,開業後初年度売上高が37億9000万円,単年度黒字転換年度が開業後8年目(平成12年度),繰越損失解消年度が開業後20年目(平成24年度),ピーク借入金所要額が218億0100万円となると予想される。
すなわち,テルメホテルの事業収支は,ソフィアグループのb開発計画の進展による開発利益を織り込むことによって,妥当なものとなり,収益弁済が可能な案件となる。
i b開発の予定地のうち,約23万5000坪が市街化調整区域から特定保留地域へ指定変更となり,札幌市が認める地域開発計画は実現する可能性が極めて高くなっている。
j 以上より,上記案件を採り上げたいと考える。
(イ) しかし,上記資料の記載内容や説明内容には,調査検討が不十分で,融資条件等に関し不確定の部分もあった。すなわち,まず,北東公庫及び長銀との間の協調融資については,本件第1融資を承認する以前に,拓銀から北東公庫及び長銀に対する協調融資の申入れがされていたものの,両行は,ソフィアの自己資金が少ないこと,タウナステルメの経営状態が不振であったこと,開発許認可の取得は困難であり,b開発計画の実現に不安があったことなどから,テルメホテル事業の採算性に疑問を感じ,未だ審査検討の段階にあったにすぎず,本件第1融資の承認時において,協調融資を組成することを正式に了承していなかったし,その確認書等も作成されていなかった。JTBの集客保証についても,口頭で交渉等がされた段階にすぎず,契約書等の書面は交わされていなかった。また,ヤオハンやビバホームの進出に関しては,ヤオハンについては,既に開発協力金の一部を払っていることなどから,その時点では高い確率で進出することが予想されたが,ビバホームについては,同社にその進出の有無を直接確認したことはなかった。そして,b開発の開発許認可やb地区の市街化区域編入の見込みに関しても,札幌市に直接確認したわけではなく,Jからの伝聞情報による部分が多かった(甲221,236,238ないし240,乙ニ2,被告D)。
(ウ) 投融資会議の構成員として上記投融資会議に出席していた被告A,被告B,被告C及び被告Dは,会議の席上で,総合開発部からの上記資料,説明等に特段の質問をしたり,議論をしたり,反対の意見を述べたりすることなく,別紙融資一覧表の番号1及び2記載のとおり,総額125億円の本件第1融資を承認し,そのうち123億4600万円の融資を実行した。なお,その回収方法について,テルメホテル建設資金の75億円(同番号1の融資)については,初回の返済日を平成6年6月30日として,以後,毎月末日に3250万円ずつ回収し,最終期限の平成25年8月31日に2500万円を回収するものとされ,什器備品等の費用の50億円(同番号2の融資)については,最終期限の平成8年3月31日までに,都度分割回収するものとされた(甲13ないし19,被告A,被告B,被告C,被告D)。
ウ 本件第1融資後の状況(主にテルメホテルが開業するまでの経緯)
(ア) テルメホテルの建設
テルメホテルは,平成3年5月に建設許可を受け,同年6月に着工され,平成5年4月1日に開業した。また,テルメホテルを運営する会社として,平成3年4月10日,テルメインターナショナルホテルシステムが設立され,Jが同社の代表取締役会長となり,代表取締役社長には拓銀の行員が就任した(甲11,12,141,258,261,263)。
その後,建設工事代金の見積り額の修正や当初の予定になかった追加工事等に伴い,投資規模が当初見込みの215億円(うち建設資金150億円)から259億円(うち建設資金174億円)に拡大し,建設資金の増額分24億円について新たな借入が必要となったため,拓銀は,平成4年7月27日の経営会議(被告A,被告B,被告C,被告E,被告F及び被告Hも出席した。)において,ソフィアに対し,テルメホテルの建設資金として12億円の追加融資(したがって,当初の建設資金75億円の融資と併せて87億円の融資となる。)を承認,実行した。なお,増額分の残りの12億円については,北東公庫と長銀との間の協調融資が調うことを前提に,両行が融資することが予定された。また,テルメホテルの収支計画も,開業後初年度売上高が当初見込みの37億9000万円から56億2300万円に変更された(甲17,18,115,141)。
(イ) 協調融資の交渉
拓銀は,本件第1融資を承認した後も,北東公庫及び長銀に対し,協調融資に応じるよう求めた。しかし,北東公庫は,内部で協調融資の可否を審査検討した結果,平成3年7月5日に協調融資には応じられないとの方針を固め,以後,拓銀からの要求に対しては,再検討はしてみるものの協調融資に応じることは難しい旨を伝えていた。また,長銀は,拓銀からの協調融資の申入れに対し,これを明確に拒絶することはしなかったが,採算性等の点から,協調融資に応じることはできないと考えていたため,後に検討するとの回答をして,その態度を留保していた。
拓銀は,平成5年2月ころ,北東公庫及び長銀に対し,拓銀が両行に協調融資を求める理由について,回収不能のリスクを分散することのほかに,来るべき大蔵省検査の対策,協調融資を前提として本件第1融資を決裁した経営陣の責任問題の回避,追加工事費の負担軽減等がある旨説明した(甲236,238ないし240)。
拓銀は,同月22日の経営会議(被告A,被告B,被告C,被告E,被告F及び被告Hも出席した。)において,テルメホテル建設資金のうち北東公庫が融資する予定の45億円について,つなぎ資金としてソフィアに融資することを承認した。同経営会議において,被告Eが協調融資の応諾を求めて北東公庫の副総裁と会ったところ,その感触は良いものではなく,現状のままでは,北東公庫及び長銀ともに協調融資には応じないであろうことが議事に上がっている(甲118)。
その後,北東公庫及び長銀は,同年8月23日の経営会議までに,拓銀に対し,協調融資には応じられない旨を正式に回答をした(甲121)。
(ウ) b開発の進捗状況
a コンサルタント契約の締結
ソフィアは,平成3年5月27日,株式会社北都企画設計事務所との間でb開発に係る開発業務委託契約(コンサルタント契約)を締結した。株式会社Q開発設計(以下「Q開発設計」という。)は,同年7月2日,上記コンサルタント契約を下請けし,平成6年4月まで,b開発のコンサルタント業務に携わった。b開発を進めるに当たってQ開発設計が認識した問題点は,①事業主体が不明確であること,②事業計画が不明確であること,③行政による開発許認可が不透明であること,④農地法及び国土法違反の疑いがあることなどであった。Q開発設計が想定していたb開発計画は,市街化調整区域内における都市型リゾート開発計画であったが,拓銀は,さらに,上記開発の開発許認可が得られれば,これに伴いb地区が市街化区域に編入されるものと見込んで,将来的には,同地区における宅地造成等を行うことも考えていた(甲141,241,242)。
b 事業計画の内容
b開発事業の第1次計画(平成3年5月から平成4年4月までの期間)は,ワールド・アクアティックセンター計画と呼ばれ,その内容は,ショッピングセンター,アミューズメント,コンドミニアム,サテライトオフィス,メッセ(ビジネスセンター),フォーレストアカデミー(研修施設)等を建設するというものであった(甲141)。
その後,ヤオハンから,ソフィアが考えるビジネスパークの部分を除いてほしい,ヤオハンは国際アミューズパークを考えているなど,b開発構想の一部変更申出があったことから,平成4年8月,上記内容を踏まえた第2次計画が札幌市に内々に提出された(甲141,173)。
そして,平成5年1月には,屋内外アミューズ構想FSを含む第3次計画が札幌市に内々に提出された(甲141,173)。
c ヤオハンの動向
拓銀は,平成3年11月8日,ヤオハンインターナショナル札幌に対して,ショッピングセンター用地代の前渡金(ソフィア宛)や開発協力金(タウナステルメ札幌宛)などとして,合計50億円を融資した。
ヤオハンは,同月12日,タウナステルメ札幌に対し,開発協力金として5億円を支払った。また,ヤオハンは,同日,ソフィアから,農地転用の許可を停止条件としてb地区の土地3万坪を24億円で購入し,同時に,ソフィアに対し,開発事業資金として24億円を貸し付けた(ただし,覚書として,上記売買契約の停止条件が成就したときは,上記金銭消費貸借契約を破棄する旨が定められた。以下「本件用地売買契約」という。)。なお,同月18日には,拓銀系列の不動産会社である株式会社タクト(以下「タクト」という。)も,ソフィアとの間で停止条件付き売買契約を締結し,タウナステルメ札幌に開発協力金を払うなどして,b開発事業に参加することとなった(甲141,241)。
ヤオハンのN社長と被告Dは,平成4年6月3日,b開発の進め方について会談し,b開発の開発会社の出資割合はヤオハン側とソフィア側で50パーセントずつとするなどの合意をし,同月15日の経営会議において,その内容等が報告された(甲136,141)。
ソフィアとヤオハンは,同年8月28日,ヤオハンがタウナステルメ札幌に対し開発協力金として7億円を支払うこと,ヤオハンがタウナステルメ札幌やテルメインターナショナルホテルシステム等に対し出資をすること,ヤオハンがソフィアに対しアミューズメント施設の建設資金として30億円を融資すること,ヤオハンが開発会社の株式のうち50パーセントを取得することなどの合意をした(甲116,141)。
拓銀は,同年10月26日の経営会議(被告A,被告B,被告C,被告E,被告F及び被告Hも出席した。)において,ヤオハンインターナショナル札幌に対し,開発協力金(タウナステルメ札幌宛)などとして,合計13億円の融資をすることを承認した。その目的は,ヤオハンのショッピングセンターはb開発を推進する上で核となる不可欠の施設であることから,ヤオハンをb開発に本格参入させ,ソフィアをパートナーに据えて事業計画の推進を図らせることにあった(甲116)。
d 札幌市の対応
拓銀は,平成3年5月,札幌市に対し,b開発について,ソフィアとヤオハンによる国際都市札幌にふさわしい開発を進めたい旨相談したところ,札幌市の当時の企画調整局長であるR(以下「R企画調整局長」という。なお,同人は,平成5年4月,札幌市の助役に就任したため,同日以降については「R助役」という。)から,札幌市の長期総合計画に合致するような計画であれば受け入れる旨の回答を得た。また,札幌市企画調整局内に,b開発計画を支援するためのプロジェクトチームが組成された(甲141,173)。
R企画調整局長は,平成3年10月ころ,札幌市当局を訪れたヤオハンのS副社長やJらに対し,b開発を進めるに当たって,市街化調整区域内では大型開発はできないこと,市の長期総合計画等と整合させる必要があるから早期に開発計画案を出してほしいことなどを伝えた(甲257,261)。
札幌市は,同年11月ころ,b開発について,市街化区域編入の方法による開発ではなく,市街化調整区域内での開発とする方針を決定した。その理由は,札幌市の市街化編入の見直し時期は5年に1回であるところ,次回の見直し時期である平成4年3月末には期限に間に合わず,次々回の見直し時期である平成9年3月末ではヤオハンが待ちきれないとのことであり,ヤオハンがショッピングセンターの完成を急ぐには,市街化区域編入の方法による開発というオーソドックスな開発手法が採れなくなったことにあった。なお,市街化調整区域内で開発行為を行うことについて,札幌市の企画調整局は前向きであったが,他の部局ではこれに反対する意見も多かった(甲141,173,259)。
札幌市企画調整局,ヤオハン及びQ開発設計は,平成4年6月26日,今後のb開発の進行についての打合せ会を行い,市街化調整区域内での開発であることを前提に,平成5年5月以降に開発許認可,平成6年4月以降に開発工事着工との内容のスケジュールを立てた。Q開発設計は,平成4年10月29日,上記打合せ会の結果を踏まえ,拓銀に対し,開発許認可の目処を平成6年3月とする旨伝えた(甲141,257,261)。
その後,平成4年11月に,ヤオハンやQ開発設計等から札幌市企画調整局に対し,b開発の事業計画案が提出されたが,まだゾーニングをした程度のものにすぎず,事業主体や事業収支等の具体的な検討はされていなかった(甲257,261)。
(エ) ソフィアグループの業況
平成5年1月25の経営会議(被告A,被告B,被告C,被告E,被告F及び被告Hも出席した。)において,ソフィアグループの現状が報告された。これによると,ソフィアの本業部門及びタウナステルメ札幌のタウナステルメ事業等の既存事業は,より一層の収益強化が必要であること,特にタウナステルメ札幌は,開発協力金に依存しない形の経常利益ベースでの黒字化が最優先課題となること,ソフィアグループの保有資産(エスポビル等)の含み益は72億円あるが,昨今の状況を考えると,事業採算をいかに早く軌道に乗せるかが最重要課題であること,b開発計画を推進することがソフィアグループの経営基盤の安定,強化につながるので,今後も同計画の支援を継続する必要があること,b開発は稀にみる大規模開発であり,拓銀が単独で金融支援するには無理が生じることが予想されるので,他行を含めた資金調達を働きかける必要があることなどが指摘されている(甲117,141)。
エ 本件第2融資に至る経緯(主にテルメホテルが開業した後の経緯)
(ア) 拓銀のソフィアグループに対する方針
a 拓銀におけるソフィアグループに対する融資案件は,平成5年4月から審査第1部,平成6年4月から審査第3部の所管となった。審査第1部は,平成5年7月5日の経営会議から,審査第3部は,平成6年5月16日の経営会議からそれぞれソフィアグループの融資案件に関する経営会議に担当部として出席した(甲141,173,222)。
b 平成5年4月1日の経営会議
拓銀は,平成5年4月1日の経営会議(被告A,被告B,被告C,被告E,被告F及び被告Hも出席した。)において,テルメインターナショナルホテルシステムに対するテルメホテル運転資金としての9億4000万円の融資,タウナステルメ札幌に対する赤字補填資金としての4億円の融資をそれぞれ承認した。
同経営会議において,テルメホテル事業については,総投資額が266億円となる見込みであり,結果的に過大投資となってしまったため,今後いかに独立した事業として採算に乗せるかが最大のポイントとなること,借入過多であり,自己資金の捻出が必要であるところ,不確定ではあるが,ソフィア所有の3万坪のb開発用地を売却し,50億円の自己資本を捻出する計画があること,事業収支の見込みは,開業後初年度売上高が60億9200万円,単年度黒字転換年度が開業9年目(平成13年度),繰越損失解消年度が開業後23年目(平成27年度)となることなどが報告された。また,タウナステルメ事業については,タウナステルメ札幌は開業6年目を迎えても未だ赤字体質であること(なお,開業4年目に経常利益が黒字となっているが,これはヤオハン等からの開発協力金によって赤字を穴埋めしたためであり,翌年からは再び赤字に転落し,また,開発協力金を除く実力ベースの損益は5期連続赤字であり,しかも拡大していた。),本来であれば営業収入を返済減資に充てるべきであるが,赤字体質であることから営業収入による返済は難しく,b開発の実現による開発協力金等から回収を図る予定であることなどが報告された(甲119)。
c 平成5年7月5日の経営会議
拓銀は,平成5年7月5日の経営会議(被告A,被告E,被告F及び被告Hも出席した。)において,テルメインターナショナルホテルシステムに対するテルメホテル運転資金としての11億5000万円の融資,ソフィアに対するテルメホテル設備資金としての59億円の融資をそれぞれ承認した。
同経営会議において,拓銀グループのソフィアグループに対する貸付残高は,同年5月末現在で482億2700万円に達していること,そのうち実効担保価格は266億0100万円であり,216億2600万円が保全不足であること,上記貸付残高は,向こう1年間で178億円増の660億2700万円に膨らむ見込みであること,各事業とも赤字タレ流しの状況となっていること,Jの実質的影響力を排除し,拓銀主導の経営体制を確立することが必要であることなどが報告された。特に,同年4月に開業したテルメホテル事業については,借入過多のため金利負担だけでも年間13億円に達すること,開業初年度(平成5年度)の売上高は現状からすると37億円程度であり,計画額の60億円よりも大幅なマイナスとなること,今後の金利負担を考えると単年度黒字の目処が立たないこと,このままでは年間約30億円の赤字補填資金が必要となり,売上増強,人員削減を中心とした合理化の推進が急務であることなどが報告された。
審査第1部は,上記ソフィアグループの業況を踏まえ,遅過ぎるぐらいであるがソフィアグループに対する方針を抜本的に見直す時期に来ており,このタイミングを逸すると,拓銀がその体力以上の膨大な不稼働資産を背負うこととなってしまう旨の意見を述べた。そして,ソフィアグループを分離再編して今後の貸出額を縮小し,ソフィアの株式等を担保にとるなどの再編案を提案した。しかし,Jの説得をどうするかなどの点についてもう少し詰めた議論が必要であるとして,上記再編案は,同経営会議において承認されず,更に詰めた段階で再度経営会議に諮られることとなった(甲120,222,被告F)。
d 平成5年8月23日の経営会議
拓銀は,平成5年8月23日の経営会議(被告A,被告E,被告F及び被告Hも出席した。)において,ソフィア及びタウナステルメ札幌に対する運転資金としての手形貸付(対ソフィア5億3000万円,対タウナステルメ札幌5000万円),ソフィアに対するテルメホテル建設資金のうち北東公庫,長銀の融資実行までのつなぎ資金として貸し出していた45億円の手形貸付を証書に乗り換えること(正式に北東公庫,長銀より支援できない旨の回答があったため。)などを承認した。
同経営会議において,ソフィアグループの業況に関するX事務所の監査結果報告書(平成5年8月9日付け)の要旨が報告された。その中で,ソフィアグループ各社は赤字の状態にあり,ソフィアの本業部門(美容,ブライダル,サウナ等)も営業利益段階で赤字にあること,同グループのトップに立つJは,この実態を客観的に認識する必要があること,撤収策を含めた抜本的方針の確立,人材の配転,大幅な権限委譲,不動産売却等のリストラ推進が急務であることなどの指摘がされている。
ソフィアグループの再編案については,基本的な組立てをして別途経営会議に諮られることとなった(甲121,203)。
e 平成6年5月16日の経営会議
拓銀は,平成6年5月16日の経営会議(被告A,被告E,被告F,被告G及び被告Hも出席した。)において,タウナステルメ札幌に対する温泉設備資金としての3億1500万円の融資を行うことなどを承認した。
上記温泉設備は,従来の予定になかったものであるが,Jの発案で先行投資的に建設され,拓銀がJの要望に押し切られた形でその資金を融資することとなった。同経営会議において,拓銀は,b開発の進め方に関し,これまでは許認可さえ取得できれば後は宅地造成でも何でもできると考えていたことが議事に上がっている(甲122,224,被告H)。
f 平成6年5月19日の経営会議
拓銀は,平成6年5月19日の経営会議(被告A,被告E,被告F及び被告Hも出席した。)において,b開発事業の取組み方針を変更することを承認した(以下「本件方針転換」という。)。
すなわち,従来,拓銀及びヤオハンは,事業提案書の中身は事前申請の段階で相当の修正が可能であり,また,開発許認可取得後に相当の日時が経過し,やむを得ない状況の変化があれば,大幅な手直しも可能であると考え,将来的には,市街化区域編入後に宅地造成等を行うことを計画していた。しかし,準備会が調査検討したところ,いったん提案書を正式に提出すると,それを後になって変更することは極めて困難であるとのことであり,そうなると,内々に提出した上記事業提案書の中身は,個々の施設のデベロッパーが大部分決まっていない中で事業収支まで試算しているような,いわば画餅的な計画であったことから,このまま許認可されてその変更ができないとなると,現実的でない事業提案書の実行を迫られるという問題が出てきた。そこで,上記経営会議において,拓銀は,過去の流れを断ち切ってb開発事業を白紙から見直し,採算性最重視の事業計画をもって札幌市と新たに折衝を行い,これが市に受け入れられないときはb開発事業をあきらめ,ソフィアグループ全体に対する既貸分に関わる損失計上を覚悟する(反面,貸出増をストップできる。)との方針を採ることを承認した。もっとも,同経営会議の資料には,既往の折衝経緯からいって,札幌市はこのような本件方針転換を受け入れない可能性が強い旨の記載もある。なお,同経営会議においては,拓銀グループのソフィアグループに対する授信状況が資料として添付され,平成6年3月末現在における授信状況は,貸出総額634億0800万円のうち,実効担保価格は294億7600万円であり,339億3200万円が保全不足であった(甲123,141,173)。
g 平成6年6月6日の経営会議
拓銀は,平成6年6月6日の経営会議(被告A,被告E,被告F,被告G及び被告Hも出席した。)において,本件方針転換によるb開発事業の推進について,事業性,実現性のある宅地造成主体の計画への変更を札幌市に認めてもらい,かつ,市街化保留区域の指定(点線引き)が平成9年3月になるよう札幌市に要請すること,事業主体となる新会社の構成メンバーの出資割合による責任分担をヤオハン側に求め,必要に応じて札幌市からヤオハンに働きかけをさせること,市街化区域編入時期が平成14年しかない場合には,本事業の民間ベースの推進は断念すること,これを断念することによる損失極小化のため,b開発を行政に委ね,用地の行政買上げを要請することを承認した。一方で,同経営会議において作成,配布された資料には,新計画の検討,デベロッパー捜し,計画案作成等に約2年間を要することから,市街化区域編入は早くても平成14年になること,市街化区域編入が平成14年となると,タウナステルメ及びテルメホテルの事業継続により,ソフィアグループに対して年間約50億円の与信増となって,拓銀として耐え難いことになるなどの問題が生じること,ヤオハンはb開発事業の主体になるつもりがないこと,市街化区域編入後であっても,画餅的計画を提出してしまうと,その計画を実行しなければ宅地造成を行うなどの計画に自由に変更できないこと,札幌市からの要請もあり,ソフィアにはb開発事業から外れてもらう予定であるが,これにソフィアが納得していないこと,本件方針転換は,事業性,採算性等の抜本的な見直しを行うものであるから,行政からb開発計画の白紙化を求められ,拓銀等の責任が追及されかねないことなどの問題点も指摘されている。また,同経営会議においては,詳細な事業採算を検討するには1年以上かかることや,b地区は市街化調整区域内の農業振興地域であり,宅地造成の開発は容易でないことなどが議事に上がっている(甲124,141,173)。
h 被告Hは,平成6年9月30日,拓銀の当時のソフィアグループの担当部である審査第3部との間で,b開発事業の展開について打合せを行い,b開発事業を継続した場合と,これを断念した場合とについて検討した。
その中で,b開発事業を継続した場合,資金負担については,①b地区の未買収土地(虫食い部分)の取得資金として22億7500万円,②金銭消費貸借契約を結んだ地権者の要求による土地代の追加支出,③金利貸出として年間12億2100万円,④市街化区域編入のための造成費支出,⑤同じくその負担金支出として48億円,⑥ソフィアグループに対する追加融資として年間約50億円をそれぞれ要するものとされ,クリアが必要なハードルについては,①本件方針変更に対する札幌市の了承,②実現性,採算性ある事業計画(宅地造成主体の確保等)の構築(宅地造成の事業収支につき,最悪でマイナス203億円にもなると試算されている),③行政からの資金面の協力の実現(用地買上げ,インフラ負担等),④b地区の虫食い部分の解消,⑤地権者との間の金銭消費貸借契約を売買契約に変更する際の債権債務の譲渡,⑥水と緑の制約を必要最小限クリア,⑦手前の点線引きの継続,⑧デベロッパー捜し,⑨農地法,国土法をクリアした開発,⑩ヤオハン,ソフィア間の懸案の解決,⑪ヤオハンの全体開発における位置付け,⑫J主導による画餅的計画の回避,⑬信頼できるコンサルタントの確保,⑭許認可を得てから,最終的にデベロッパーに用地を売却するまでの最短化,⑮ヤオハンのショッピングセンター(宅地造成であれば,不可欠ではない),⑯b地区が市街化区域に編入され,開発許認可が下り,用地売却が済むまで,ソフィアグループが持ちこたえられるかといった項目が掲げられ,総体のメリットについては,①上記のハードルをすべてクリアできれば,ソフィアグループ存続のための条件の1つをクリアすること,②ソフィアが暴れるのを防ぎ,行政に迷惑をかけないことが挙げられている。
他方,b開発事業を断念した場合,資金負担については,①b地区の用地取得のための追加融資が不要となり,一部の金銭消費貸借先からはその回収を図ることも可能となる,②ソフィアグループに対する追加融資を凍結できる(分離再編の上,活かせる部分から回収を図る),③ヤオハン,タクト,ソフィアグループ間の金銭消費貸借関係を清算できるものとされ,ハードル(クリアが難しいものもある)については,①農地法,国土法違反に拓銀グループが関与したことによるスキャンダルの表面化,②Jが暴れる,③ヤオハン,ソフィアグループ間の金銭消費貸借等の清算問題,④ソフィアグループの分離再編にJが納得するか,⑤行政の納得を得られるか,⑥特に,札幌市主導による農地売却のスキャンダルをクリアできるか,⑦分離再編計画によるタウナステルメとテルメホテルの一括売却について,拓銀の財源からみて損切りが可能な時期であるかといった項目(このうち,農地法,国土法違反に絡む行政及び拓銀に対するスキャンダルの表面化,Jを納得させることの困難,一気の償却負担に対する対応可能性については,特に難しいハードルとされている。)が掲げられ,総体のメリットについては,①将来損失の打切りとなること,②Ⅲ分類先に回収不能資金を融資せずに済み,背任行為を回避できること,③Jをこれ以上の債務超過状態にせず,生き残らせることができることが挙げられている(甲182)。
(イ) b開発の進捗状況
a 事業計画の内容等
b開発の第4次計画(アミューズメント計画等を盛り込んだサッポロリバーサイドプレイス計画)の事業提案書が,平成5年5月14日,札幌市に内々に提出された。その際,ヤオハンから,b開発の事業計画が公表されると,ヤオハンインターナショナル社の子会社の香港株式市場上場の支障となるので,正式提出は延期してほしい旨の申出があった(甲141,242)。
ヤオハン,拓銀及びタクトは,平成6年1月20日,この3者で構成される札幌国際開発株式会社設立準備会(以下「準備会」という。)を発足させ,準備会は,札幌市長に対し,同代表幹事(タクト)名でb開発の正式意向表明をし,以後,b開発の推進窓口となった(甲141,173,241)。
準備会は,同年4月27日,b開発の事業提案書を取りまとめ,これを札幌市に内々に提出したところ,札幌市から,ヤオハンの施設変更の詳細な内容を添付するよう求められた。これに対し,ヤオハンは,同年5月9日,計画施設の詳細な変更内容は提出できず,上記事業提案書の提出には応じられない旨回答した(甲141,173)。
ソフィア及び準備会は,拓銀の本件方針転換後の平成6年8月22日,従来のQ開発設計等との間のb開発に係るコンサルタント契約を終了した。そして,ソフィアは,同年9月20日,新たに株式会社拓殖設計(以下「拓殖設計」という。),株式会社ノーザンクロス及び株式会社シグマ開発計画研究所札幌事務所(以下,同社と平成9年4月に設立された株式会社シグマ都市コンサルタントを併せて「シグマ」といい,上記3者を併せて「シグマ等」という。)との間で,b開発に係るコンサルタント契約を締結し,シグマ等は,以後,平成9年11月17日に拓銀が破綻する直前まで,上記コンサルタント業務に参画した(甲141,237,242)。
準備会は,平成6年9月7日,当時の札幌市企画調整局長であるT(以下「T企画調整局長」という。)に対し,b開発の事業計画書の提出の延期を申し入れた(甲173)。
b ヤオハンの動向
この間,ヤオハンインターナショナル香港やそのメイン行は,平成5年8月ころから,b地区におけるヤオハンの札幌プロジェクトを懸念するようになった(甲141)。
拓銀とヤオハンは,同年11月1日に会談し,ソフィアにb開発から外れてもらい,ヤオハンとタクト(拓銀グループ)で開発を推進していくことを合意した。その際,ヤオハンのS社長は,経済情勢等の変化等からショッピングセンターの出店時期を延期したい旨の意向を示し,b開発事業についての後退発言をした(甲141)。
ヤオハンは,同月5日,拓銀及びソフィアに対し,今後のb開発事業はヤオハンと拓銀グループで推進し,土地取引等に関する過去の合意事項を白紙撤回するなどの内容の確認書に調印するよう求めたが,拓銀及びソフィアは,これに応じなかった(甲141)。
ヤオハンは,同年12月21日,ソフィアに対し,平成3年11月12日付けの本件用地売買契約の解消及び開発協力金17億円の返還を求め,平成6年1月12日には,拓銀に対し,ソフィアに支払った本件用地売買契約に基づく貸付金24億円の清算が解決しなければ,b開発事業をこれ以上進めていくことはできない旨伝えた。拓銀は,同月17日の経営会議(被告A,被告E,被告F,被告G及び被告Hも出席した。)において,拓銀が,ヤオハンが用地を取得するまでの期間,ヤオハンのソフィアに対する上記24億円の貸付金を保証することなどを承認し,同月31日,これを実行した。上記保証の目的は,ヤオハンに上記24億円を返還することにより,b開発事業に後退姿勢を示しているヤオハンが同事業から撤退しないようにすることにあった(甲137,141)。
ヤオハンは,同年3月ころから,ソフィアグループに対し,タウナステルメ札幌に支払った合計17億円の開発協力金の返還を求めるようになり,同年5月13日には,タウナステルメ札幌に対し,上記開発協力金17億円及びこれに対する利息の返還を求める請求書(甲205),同年6月17日には,ソフィア及びタウナステルメ札幌に対し,上記返還を求める催告書(甲206)をそれぞれ送付した。ヤオハンは,このころ,b開発事業の進め方に関し,本件方針転換については同意し,従来からの予定どおり3万坪の敷地にショッピングセンターを建設することを考えていたが,上記17億円の開発協力金の返還問題が解決しない限り,進展は望めない状況となっており,具体的な事業計画の提案書も提出できずにいた(甲141,205ないし211)。
その後,ヤオハンは,平成7年5月24日の準備会打合せにおいて,ショッピングセンターの計画は仕切り直しとする,今後の参画には上記開発協力金17億円の解決が前提であるなどの考えを示唆,表明するようになり,同年10月12日には,ショッピングセンターの建設を取りやめ,平成8年5月,札幌事務局からの撤退を表明するに至った(甲173,212)。
c 札幌市等の行政当局の対応
また,札幌市企画調整局は,平成5年3月23日,札幌市農業委員会,北海道の職員らとの間で,b開発計画についての打合せ会を行ったところ,北海道の職員らから,b地区の農地転用の許可や農用地区域の指定解除は難しいとの回答を得た。その後も,札幌市側(農業委員会,R助役,企画調整局等)と北海道との間で,b地区の農地転用の許可等についての協議がされたが,北海道からは,b地区の土地は甲種農地又は乙種第1種農地であり,原則として農地転用は許されない旨の通知(平成6年3月11日付け)や回答が出された。そして,北海道は,農地転用の最終許可権限を有する国(農林水産省)に対し,b地区の許認可取得の可能性等を問い合わせることをしなかった(甲252ないし257,260,261)。
R助役は,平成5年6月1日,札幌市議会での答弁において,市街化調整区域内における民間開発の可否について,札幌市の第3次長期総合計画と整合するようなものであれば,開発も可能である旨回答した(甲161,257)。
札幌市議会は,同年7月ころから,Jによる本件農地取得契約が農地法や国土法に違反するものではないか,ヤオハンによる市街化調整区域内のb開発は札幌市の第3次長期総合計画等に整合しないのではないかなどの指摘をするようになり,その後の決算特別委員会等において,議会と札幌市行政当局との間で,上記の点等についての質疑応答が行われた。R助役や札幌市企画調整局等は,議会からの上記質問に対し,現在検討中のb開発計画は札幌市の第3次長期総合計画等に反するものではないこと,本件農地取得契約に関して法律違反はないことなどを答弁した。なお,Jは,平成6年3月8日,札幌市長に対し,結果的に国土法違反の結果を招いた点について,当方の勘違い等から行政当局に迷惑をかけたことを詫びる旨の回答書を提出し,同書面において,本件農地取得契約は,あくまで金銭消費貸借契約による債権を保全する目的でされたものであり,農地の売買を目的としたものではなかったので,農地法に違反するとの認識はなかった旨の回答をした(甲141,156,162ないし170,257,260,261)。
R助役は,平成5年9月28日,被告Eと会談し,国土法違反の疑義のあるソフィアにはb開発から外れてほしい旨の札幌市の意向を伝えた(甲141,257)。
準備会の幹事らは,平成6年6月ころ,札幌市企画調整局を訪れ,b開発の進め方について,従前の市街化調整区域内における開発から,市街化区域編入による開発に方針転換したことを伝えたが,札幌市側は,これに対し,不満や憤慨の態度を示し,当初の市街化調整区域内での開発方法しか採れない旨回答した(甲141,257,260,261)。
拓銀は,同月ころ,札幌市農業委員会の事務局長や札幌市都市整備局長らと会談し,同人らから,市街化区域編入による開発こそが開発手法の王道であること,札幌市の内部では市街化調整区域内における開発にほとんどの者が反対し,推進派はR助役を筆頭とする企画調整局ぐらいであること,b計画は既に市長が議会で報告しており,拓銀が体力的に耐えられるのであれば,このまま放っておくのも1つの方法であること,本件方針転換については,拓銀の頭取から市長に陳謝して,協力依頼をすべきであること,そもそも開発の許認可権を持たない企画調整局がトップダウンによる指示に従い,市街化調整区域内での開発を推進していったことに問題があったことなどのアドバイスや意向を伝えられた(甲141,178,259)。
拓銀は,上記アドバイス等を受けて,以後,札幌市長や企画調整局に対し,本件方針転換後の市街化区域編入によるb開発計画の理解,協力を得るための交渉を行った(甲173)。
被告A及び被告Eらは,同月24日,札幌市長及びR助役を訪れ,本件方針転換を詫びるとともに,これに対する理解,協力を求めた。しかし,札幌市長は,本件方針転換には極めて難しい問題があると返答し,R助役は,ニュータウンなどとんでもない話である,拓銀は市街化調整区域内での開発であることを十分に承知していると思っていた,市街化区域編入を陳情する地域がほかにもたくさんあり,b地区は脚光を浴び過ぎているから市街化区域編入は無理であるなどと返答した(甲141,179)。
被告Hは,同月27日,T企画調整局長に対し,市街化区域編入による開発への理解,協力を求めたが,T企画調整局長は,b地区の市街化編入は不可能であり,今後の方向は,中止,延期,手直しのいずれかによるしかないと返答した(甲141,180)。
拓銀は,同年8月31日,拓殖設計から,同月30日に行われた本件方針転換に関する札幌市内部の打合せ会の状況について説明を受けた。その内容は,札幌市企画調整局の意見としては,今更,市街化区域編入による開発を考えるのは困る,これまでの最大の問題は,計画論(企画調整局)と法律論(許認可部局)との整合性が図られていなかった点にある,b地区を市街化区域に編入させるに当たっては,手前の既点線区域の整理事業を同時に進めなければならないなどといったものであった(甲141)。
被告H及び当時の審査第3部の部長であるU(以下「U部長」という。)は,同年10月6日,T企画調整局長を訪れ,b地区の市街化区域編入の可能性を模索した。T企画調整局長は,同人らに対し,b地区はグリーンベルト地帯であり,点線組入れをする必要はないこと,市街化区域編入による開発を行うにしても,同一主体がこれまでの方針と180度転換する開発を進めるのは不可能であること,札幌市内部には,やれないならやめてもらった方が良いと考える者もいること,いずれにしても,グリーンベルト構想の枠内でしか開発できない感が強く,見通しは厳しいことなどを伝えた(甲173)。
(ウ) 大蔵省検査
a 大蔵省検査は,銀行の業務の健全かつ適切な運営を確保するため,大蔵大臣の検査命令に基づいて実施される銀行法25条(ただし,平成11年法律第160号による改正前のもの。)による大蔵省の銀行への立入検査であり,現物検査,実地調査,金融機関側からのプレヒヤリング,資産査定,金融機関の役員等との面談,総括主任検査官による講評等をその内容とする。資産査定において,金融機関の保有する全資産が回収の確実性の度合いに従って4段階に分類され,Ⅰ分類とは,確実で問題のない資産,Ⅱ分類とは,債権確保上の諸条件が満足に充たされないため,その回収について通常の度合いを超える危険を含むと認められる資産,Ⅲ分類とは,最終の回収又は価値について重大な懸念が存在し,損失の発生が見込まれるが,その額を確定できない資産,Ⅳ分類とは,回収不能又は無価値と判定される資産のことをいい(このうち,Ⅱ,Ⅲ及びⅣ分類に該当するものを分類資産という。),不良資産が銀行の自己資本に与える影響の程度を判定するための1つの目安となる。
大蔵省は,上記検査の終了後,検査結果報告書を作成して示達とともに対象金融機関に交付し,金融機関は,その示達で指摘された事項について,改善案等の回答書を提出する(甲227,267,269)。
b 大蔵省は,平成6年8月から同年9月にかけて,拓銀の金融検査を行い,その結果,拓銀のソフィアグループに対する融資(平成6年8月17日現在)は,インキュベーター先であることから,一部役員からのトップダウンにより関連ノンバンクとともに大型プロジェクト資金に応諾したものの,当該プロジェクト(b開発)がソフィアグループの体力を遥かに超え,また,開発地域が市街化調整区域の農地であり,土地買収に当たって農地法等の違反問題を内包していたことから,当初計画が頓挫し,買収も進まず,変更計画も作成できない状況にあり,仮に,当該プロジェクトが完成しても採算が採れず,多額の損失が見込まれるとされ,総額392億7500万円の貸付額のうち,無担保部分の214億2300万円が回収に重大な懸念のある額としてⅢ分類に査定された。拓銀は,上記査定に際し,検査を担当した大蔵省の検査官に対し,Ⅱ分類にしてもらえるよう説得したが,同検査官は,b開発には開発許認可や法律違反等の問題が多数存在し先行きが見えないことから,これによる回収は見込めず,逆に損失が莫大な額に上り得るとして,Ⅱ分類ではなくⅢ分類と査定し,併せて,Ⅲ分類先に融資を行うことについて,損失が発生すれば客観的にみて背任行為に当たるとの意見を述べた。なお,同検査官と面談したU部長は,直ちに融資をやめた方が良いとの計算も成り立つが,農地法,国土法問題の表面化を避けるためにはこのまま融資を継続する必要があることなどを述べた(甲109ないし112,144,145)。
オ 本件第2融資の承認及び実行とその間の動き等
(ア) 投融資会議における本件第2融資の承認,実行
a 拓銀は,タウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムに対し,別紙融資一覧表記載番号3ないし16及び番号17ないし32の記載のとおり,平成6年10月7日から平成8年2月13日の間に行われた投融資会議において,同表の承認年月日欄記載の日に貸出承認額欄記載の融資を承認し,同表の貸出実行年月日欄記載の日に貸出実行額欄記載の貸出を実行した。これらの投融資会議には,同表の関与した被告欄記載の被告らが関与した。また,拓銀のタウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムに対する既存融資の保全状況は,本件第2融資が開始される前において,タウナステルメ札幌については13億5700万円(融資総額43億0300万円),テルメインターナショナルホテルシステムについては38億6900万円(同全額)が既に担保不足の状況にあったが,拓銀は,本件第2融資を実行するに当たり,ソフィアグループから追加担保を徴求することなく,融資を継続した。
この間の事情等は,後述の(イ)以下に認定するとおりである。
なお,拓銀において,大蔵省検査によってⅢ分類とされた融資先に対して追加融資をすることは稀なケースであった。また,拓銀は,平成7年7月の日銀考査において最も危険な問題融資先のカテゴリーに分類された各社のうち,ソフィアグループに対してのみ,利息の追貸し及び赤字補填資金の融資といった措置を採っていた(甲20ないし107,110,225,227,229,乙ロ2,被告E,被告F,被告G,被告H,被告I)。
b 本件第2融資が承認された際の各投融資会議の起案書には,タウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムの業況等が記載されている。
これによると,タウナステルメ札幌については,売上の急激な落込みにより,平成7年3月期の決算内容は,売上高が16億1000万円,償却前営業利益がマイナス6700万円,償却前経常利益がマイナス6億3200万円となり,いずれも当初計画よりも3億円以上も低い額であり,相当厳しい結果となった。これを踏まえ,拓銀は,平成7年(平成8年3月期)計画について,平成10年3月期における償却前経常利益を黒字転換させるために,赤字借入額を7億8000万円,売上高を16億0700万円,償却前営業利益を1億2000万円,償却前経常利益をマイナス4億6000万円と見込んだが,上記計画は,当初から,甘い内容であるとの評価を受けていた。その後,平成7年後半になって,経費削減により償却前営業利益が黒字化したが,同年4月から9月の売上高は,前年の同時期に比べて,1億4400万円も落ち込むなど,売上高の減少は深刻であり,経費削減だけでは増収に限界があることから,平成10年3月期の償却前経常利益の黒字転換は,期待的数値にすぎないと認識されるようになった(甲20ないし55)。
また,テルメインターナショナルホテルシステムについては,売上高の絶対額の低さから経費を吸収できていないとされ,平成7年3月期の決算内容は,売上高が29億1800万円,償却前営業利益がマイナス13億8000万円,償却前経常利益がマイナス15億3600万円となり,特に売上高について,昨年比で1億2600万円のマイナス,当初計画比で4億0200万円のマイナスと厳しい結果となった。これを踏まえ,拓銀は,平成7年度(平成8年3月期)計画について,赤字借入額を12億円,売上高を32億6000万円,償却前営業利益をマイナス9億2700万円,償却前経常利益をマイナス11億3300万円と見込んだ。上記計画については,見込額としては現実的に納得できる数値であるが,3年後にソフィアグループを再建することを見据えた計画としては,消極的過ぎるとの評価を受けた。その後,赤字借入額,売上高,収益ともほぼ計画どおりの運びとなったが,元々赤字体質であることから,黒字転換には程遠い状態にあった(甲56ないし107)。
c タウナステルメ札幌は,平成8年3月期において,売上高14億5000万円,償却前営業利益2000万円,償却前経常利益マイナス2億1400万円,平成9年3月期において,売上高15億2000万円,償却前営業利益マイナス1600万円,償却前経常利益マイナス4億8700万円を計上した。
テルメインターナショナルホテルシステムは,平成8年3月期において,売上高32億9500万円,償却前営業利益マイナス10億1100万円,償却前経常利益マイナス12億7300万円,平成9年3月期において,売上高32億2200万円,償却前営業利益マイナス8億7700万円,償却前経常利益マイナス11億7600万円を計上した(甲232)。
(イ) b開発の進捗状況
被告H,U部長,タクトの社長らは,本件第2融資が開始された平成6年10月以降も,札幌市企画調整局企画部長やR助役との間で,市街化区域編入の方法による開発についての交渉を行った。これに対する札幌市側の回答は,市街化編入の見直し時期は平成10年3月になる予定であるが,b地区の市街化編入については手前の点線引き区域の継続が絶対に必要である(その判断は都市整備局が行う),行政にとって一番怖いのは,b事業を認めることにより行政が農地法違反等に関与したとマスコミ等で騒がれることである,事業計画案が提出されれば札幌市もこれを検討するが,すぐに次回の線引き地域に入れて住宅開発が可能になるということは約束できない,プロジェクトの進行は,あまり急がずに自然の流れに従って進めるしかなく,ある程度の期間(5ないし10年)を頭に入れてほしい,将来的に行政がb地区を緑地として買い上げるということも考えられるが,これにより投下資本が回収できるようなことはないなどといったものであった(甲173,183,184)。
シグマ等は,平成6年12月21日付けで,b地区開発計画を作成,提出した。その中で,既定計画の問題点は,開発主体と責任分担が不明確であること,土地利用と開発手法が適切でないこと,開発予定地の土地コストが高いために採算性が見えないことにあるとされた。これらを踏まえ,計画の方針転換のシナリオ案として,計画地の民間開発を断念し,札幌市が計画地全域を総合公園として整備する案(以下「シナリオ案1」という。),民間ベースで事業化を進め,計画地全域を宅地として開発する案(以下「シナリオ案2」という。),公共的な土地利用と民間の開発事業を組み合わせ,官民の協力による総合的な街づくりを目指す案(以下「シナリオ案3」という。)の3つの案が提示されたが,いずれの案も,今後の金利負担を除いて考えても20ないし80億円の損失が見込まれた。また,上記試算は,事業がスムーズに進行した場合を条件とするものであるところ,宅地の短期間の完売は期待できず,その実現には10ないし20年かかることが見込まれた。そして,個別のシナリオ案の問題点として,シナリオ案1については,バブル経済の後始末に対して公共事業を全面的に導入することについて,議会や市民の理解を得ることは難しく,また,タウナステルメやテルメホテルが緑地の中に取り残され,これらの既存施設の経営に対する波及効果があまり期待できないこと,シナリオ案2については,デベロッパーの参画,市街化区域編入,宅地分譲等が順調に進むことを前提とした目論見であり,これらの事業条件が充たされない場合には極めてリスクの大きいこと,シナリオ案3については,金利負担の減免や商業施設の導入等に関する民間サイドの意思決定と合意が前提条件であり,責任分担が不明確な状況では公共サイドとの連携,協力は望めないことが,それぞれ指摘された(甲173,237,241)。
拓銀及び準備会は,シグマ等と折衝した結果,シナリオ案3の方針でb開発を進めていくことを決めた(甲237,241)。
被告H,U部長,準備会幹事等は,平成7年4月20日,R助役,T企画調整局長等を訪れ,b開発のマスタープランの概略を説明した。その際,R助役は,前より良い絵である,よく打合せをしてやっていこうとの発言をした(甲173)。
拓銀は,同年6月5日の経営会議(被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iも出席した。)において,準備会がシグマ等との間でb開発に係るコンサルタント契約を締結することを承認した(準備会は,同年7月7日,上記契約を締結した。)。同経営会議において,シグマ等の基本構想案によるb開発の事業収支は,金利凍結等の措置を採ることにより5億7000万円の収益が見込まれるものの,国土法価格及び分譲価格についての地権者との価格折衝問題があることや凍結金利が今後5年間で40億ないし50億円となることなど,楽観はできないとされた。開発スケジュールについては,平成10年3月の市街化区域編入を目指すには,年内の陳情がタイムリミットであり,予断を許さない状況にあると指摘された。札幌市の評価については,R助役より前よりも良い絵であるとのコメントを得られたものの,一方では,札幌市に負担がかかってきており虫の良い話であるなどの発言もあり,先々クリアすべきハードルの高さも感じられると報告された。そのほかに,手前の特定保留区域の線引き問題,地権者対策(国土法価格で土地を取得することの困難性),開発事業主体の白紙状態等が指摘されている(甲126,173,241)。
被告H及び当時の審査第3部の部長であるV(以下「V部長」という。)等は,平成7年6月14日,札幌市企画調整局企画部長を訪れ,b地区の特定保留区域編入に対する札幌市の支援方針を確認したところ,同部長から,このまま放置すれば手前区域の点線引きは平成8年3月に抹消となり,飛び地の市街化区域編入は認められないことからすれば,b地区の市街化区域編入の陳情は平成8年3月がリミットであること,札幌市としてはb地区の市街化区域編入を支援する準備はあるが,そのための主体的な活動はしていないこと,地元住民の合意を得るためには名のあるデベロッパーの参画が必要であることなどの回答があった(甲173,185)。
拓銀は,平成7年8月7日の経営会議において,手前の特定保留区域の区画整理事業の代行者として,岩倉土地開発株式会社の参加を認めることを承認した。これは,b開発を推進するに当たって,手前地区の線引き問題が時限性のある最重要課題として位置付けられたためであった(甲127,173)。
準備会は,同年10月12日,T企画調整局長等を訪れ,ヤオハンのショッピングセンター取りやめに伴い,当初予定していた大規模な複合施設の建設は取りやめざるを得なくなり,札幌市の上位計画に沿った開発計画の見直し案を作成中であることを報告した(甲173,186,187)。
準備会等は,その後も札幌市企画調整局等を訪れ,b地区の市街化区域編入の可能性等を模索したが,平成8年1月31日の意見交換会の際,札幌市から,市の人口フレームの観点から次期の市街化区域編入の面積は限定され,農振地域との関連でみても非農用地的な部分が優先されるところ,b地区のような農地は宅地化の優先順位が低いこと,大規模な農地転用については農林水産省との直接協議が必要であり,そのためには農地転用の説得材料が必要であること,市街化の要望を提出するのであれば,今夏がタイムリミットであることといった回答があった(甲173,188ないし193)。
(ウ) 拓銀のソフィアグループに対する方針
a 平成7年1月27日の経営会議  
拓銀は,平成7年1月27日の経営会議(被告E,被告F,被告G及び被告Hも出席した。)において,ソフィアの解体分離,ソフィアグループの利払凍結,減免,ソフィアグループへの人材派遣をそれぞれ行うこと(分離再編計画)を承認した。
担当部(審査第3部)は,同経営会議において,大蔵省検査結果,b開発の進捗状況,ソフィアグループの業況等について報告した。大蔵省検査結果については,検査官に無担保部分もⅡ分類にしてもらうよう頼んだが,b開発事業は困難なハードルが多過ぎて頓挫する可能性があるとしてⅢ分類に査定されたこと,Ⅲ分類先に融資して損失が発生すれば背任に当たると指摘されたことなどが報告された。b開発の進捗状況については,本件方針転換に対する札幌市の反応は厳しいものであること,シグマ等が検討したシナリオ案3による開発計画によっても,その事業収支は支払利息等を含ませると約165億円の赤字となること,このまま何もせずにb事業を継続すると合計543億円の追加融資が必要となること,同事業を継続するには,前記平成6年9月30日の被告Hと審査第3部との間の打合せ会において掲げられた項目(札幌市等の協力,事業計画の実現性,採算性,虫食い部分の解消,デベロッパーの確保,農地法等の法律違反の噴出,J主導の計画の回避,信頼できるコンサルタントの確保,事業遂行の短期化等)をクリアする必要があること,これによるメリットとして,ソフィアグループを生き残らせることができ,行政に迷惑をかける度合いが少なくなること,他方で,同事業を断念すると,上記打合せ会において掲げられた問題(農地法違反等のスキャンダルの表面化,Jが暴れる,行政の納得,テルメホテルとタウナステルメの一括売却の可能性と償却財源の有無等)が生じ得ること,これによるメリットとして,将来の損失拡大を防止でき,Ⅲ分類先への貸増しをストップできることなどが報告されている。ソフィアグループの業況等については,ソフィアは,理美容等の本業部門がリストラ効果もあり増益傾向にあること,テルメホテル及びb開発事業の金利負担が重くのし掛かっていること,タウナステルメ札幌は,売上高が計画及び前年対比とも下回って推移していること,年間借入額が当初計画よりも増額となる見込みにあること,Jは従業員の信頼を得られていないこと,営業利益ベースの黒字化のための具体的施策による顕著な成果は上がっていないこと,テルメインターナショナルホテルシステムは,売上不振の中,経費圧縮努力による営業利益の改善は見られるものの,大幅な計画未達となる状況にあり,今後さらなる追加融資が必要となる見込みであること,経費削減に見合った売上増強が今後の課題であることなどがそれぞれ報告された。
以上を踏まえ,審査第3部は,b開発事業の現状について,進むも地獄,退くも地獄と捉えた上で,当該事業の進退いかんにかかわらず,拓銀における損失を最小限に抑えるためにも,ソフィアの解体分離は必須のものであるとした。そして,審査第3部は,ソフィアの資金負担の主たる要因は,bプロジェクト資金及びテルメホテル設備の金利負担にあるから,本業の美容部門を核としてスリム化を図ればソフィアの生き残る可能性はあるとして,bプロジェクト及びテルメホテル設備資金をソフィアから分離させ,金利の追貸しをストップすることにより,損失の拡大を抑え,ソフィアの再建を図ることを提案した。また,審査第3部は,bプロジェクト資金及びテルメホテル設備資金によるソフィアの金利負担が年間20億円と極めて大きくなっており,これらの金利負担を軽減し,従来の金利追貸し対応をストップすることがソフィアグループの再建につながるとして,bプロジェクトに係るたくぎんファイナンスからの融資については,平成7年4月から平成10年3月までの期間利払いを凍結し,テルメホテル設備資金及びテルメインターナショナルホテルシステムに対する赤字補填資金等については,利下げにより今後3年間の金利追貸しを実質ストップ状態にすることを提案した。そして,審査第3部は,テルメインターナショナルホテルシステムの会長であるJとその社長である元拓銀行員との間に確執があり,このままではタウナステルメとテルメホテルの一体化を図ることができないし,かといって,Jがタウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムの社長になってしまうと,Jを押さえ込むのが極めて厄介になるとして,Jの暴走を抑制するために,Jを営業部門に特化させ,上記両社の社長には,拓銀からの派遣者を就任させ,その者にタウナステルメとテルメホテルの再建の推進管理を行わせることを提案した。
拓銀は,審査第3部の提案した上記内容の分離再編計画を承認し,以後,ソフィアグループに対する方針は,同計画に従って検討されることとなった(甲113)。
b 平成7年3月28日の経営会議
拓銀は,平成7年3月28日の経営会議(被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iも出席した。)において,ソフィアグループの再建に係る共通確認事項をJとの間で確認することを承認した。
上記共通確認事項は,ソフィアグループに対する人材派遣に備え,Jに歯止めをかけさせるためのものであり,その内容は,拓銀が,ソフィアの分離再編,ソフィアグループの利払凍結,減免,ソフィアグループへの人材派遣を行うことにより,ソフィアグループの再建に協力し,そのために,合議制の実施等による組織的経営への移行,印章及び現金の銀行派遣者による管理,ソフィアグループの協調体制,労使関係正常化等の事項を拓銀とJとの間で確認するものであった。なお,同経営会議において,ソフィアグループを潰せない理由として,b事業の中断による行政に与える迷惑,たくぎんファイナンスのソフィアに対する170億円の融資の特別背任疑惑等から,倒産させれば拓銀にとって致命傷になりかねないとの発言が議事に上がっている(甲125)。
Jは,同月31日,上記共通確認事項に調印した。拓銀は,同年4月から,ソフィアグループに対して行員出向者を派遣した。Jは,当初は確認事項の内容に沿った行動を取っていた(もっとも,印章管理については,確認事項に反して,当初からJがこれを管理していた。)が,平成8年に入ったころから,大規模な設備投資を行ったりワンマン体制になるなど,次第に確認事項を遵守しなくなった。そして,拓銀からの出向者も,Jのワンマンな性格や行動を抑え込むことは困難であるとの認識を持つに至った(甲215,231)。
c 平成7年6月5日の経営会議
拓銀は,平成7年6月5日の経営会議(被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iも出席した。)において,前記のとおり,準備会とシグマ等との間におけるコンサルタント契約の締結を承認するとともに,ソフィアグループの分離再編計画を実施するまでの暫定的資金計画として,同グループを当面の間支援することを承認した。
審査第3部は,同経営会議において,平成7年3月期におけるソフィアグループの業況等を報告した。その中で,ソフィアは,本業部門についてはリストラ効果等により経常利益が黒字転換して改善基調にあり,全体では減収増益決算になるとされ,タウナステルメ札幌は,売上の落込みが厳しく,経費削減等によってもあいかわらず赤字収益であるとされ,テルメインターナショナルホテルシステムは,経費削減等による赤字収益の改善は見られるものの売上不振であり,さらなる収益改善のためには売上増強とこれに見合う程度に経費を削減するよりほかに方法はなく,非常に厳しい営業実態にあるとされた。そして,平成7年度上期におけるソフィアグループの資金計画は,ソフィアについては,運転資金として15億4000万円(ただし,たくぎんファイナンス分の5億3600万円を含む。),タウナステルメ札幌については,赤字補填資金として3億8500万円,テルメインターナショナルホテルシステムについては,赤字補填資金として5億8000万円の借入が必要であるとされ,拓銀は,分離再編計画を実施するまでの暫定資金計画として,上記資金計画を承認した(甲126)。
d 平成7年8月28日の経営会議
拓銀は,平成7年8月28日の経営会議(被告E,被告F,被告G及び被告Iも出席した。)において,ソフィアグループの分離再編に伴う納税資金21億3300万円を融資して支援することを承認した。
同経営会議において,夏目事務所によるソフィアグループの分割等に関する報告書(甲204)の内容が報告され,当初の案であるソフィアからbプロジェクトを分離するという形を採ると,bプロジェクトに係る分離可能額が半減してしまい分離効果が期待できず,また,裁判所の指定による検査役の検査を受けることにより,同プロジェクトに内包される農地法,国土法問題が表面化するおそれがあるとして,ソフィアから本業部門及びテルメホテル賃貸部門を分離し,b開発部門はソフィアに残すこととされ,これにより生じる納税負担を拓銀が支援することとなった(甲128,204)。
なお,拓銀は,このころ,ソフィアによる本件農地取得契約に係る国土法,農地法違反等の問題について,弁護士の意見を聴くなどして,拓銀の責任の有無,時効完成の時期,刑事訴追の可能性等を探った(甲158,159)。
e 平成8年1月22日の経営会議
拓銀は,平成8年1月28日の経営会議(被告E,被告F,被告G及び被告Iも出席した。)において,ソフィアグループの分離再編の最終決定をした。
ソフィアは,平成7年10月31日を基準日として,理美容,サウナ,ブライダルの本業部門がソフィアJ株式会社(以下「ソフィアJ」という。),テルメホテル賃貸部門がW興産株式会社(以下「W興産」という。)にそれぞれ営業譲渡ないし現物出資され,bプロジェクトについてはソフィア(以下,分離後のソフィアを「ソフィア本体」という。)に存続された。これにより,拓銀グループのソフィアに対する融資額は,ソフィア本体が249億円(ただし,ヤオハンからの24億円を含む。),ソフィアJが87億円(なお,他行分も含めるとソフィアJの借入総額は124億円となる。),W興産が218億円となった。
審査第3部は,今後の課題は,本業部門を引き受けたソフィアJが,今後の黒字計上により運転資金の借入を必要とせずに自賄いが可能となり,元金の返済ができるか否かにあるとした上で,拓銀策定の長期計画によれば,今後5年間で,ソフィアJから約21億円の元金の返済が可能となるが,これはあくまで当該計画が100パーセント達成した場合の数字であり,計画達成に向けた戦略等を立案,実践させることが重要であると指摘した。さらに,審査第3部は,タウナステルメ及びテルメホテルのリストラ等の課題も山積みであり,bプロジェクトの許認可取得の目処とされる平成10年3月を目標として,これらの課題を解消していく必要があることも併せて指摘した(甲129)。
ソフィアJは,このように分離再編計画の中で自賄い体制が予定されていたものであるが,平成8年度において,収益が当初計画よりも大幅に落ち込み,拓銀から予定外に約7億円の借入をするなどの状況にあった(甲231)。
(エ) 拓銀の不良債権処理計画
a 不良債権処理の経緯等
拓銀は,平成2年10月以降,2ないし3年ごとのタームで中期計画を策定し,これに従って経営方針を立てていたところ,第2次中期計画(平成5年ないし7年度)において,バブル経済の崩壊による不良債権の拡大に対処するため,銀行経営の健全化に立ち返り,不良資産の整理及び回収を行い,安定性のある良質な資金を調達し,業務純益を目標400億円とするなどの計画を策定した。
拓銀グループのカブトデコム(その関連企業を含む。)に対する授信総額は,平成5年3月末の時点において,約3700億円となっていたところ,拓銀は,同年10月ころ,カブトデコムに対する金融支援を正式に打ち切り,平成5年度の決算期(平成6年3月期)において,カブトデコムに対する不良債権を償却した。このこともあり,拓銀は,同決算期において,1200億円以上の不良債権を償却した。
拓銀は,平成6年度の決算期(平成7年3月期)において,320億円の業務純益に対し,986億円の不良債権を償却し,52億円の当期利益を計上した。なお,平成7年3月期のたくぎんファイナンスの経営状態は,借入総額が約2000億円であり,そのうち,拓銀が他行借入分を肩代わりするなどして約1000億円を負担することによって,収益面での黒字決算を保っていた。
拓銀は,平成7年度の決算期(平成8年3月期)において,607億円の業務純益に対し,2674億円の不良債権を償却し,714億円の当期損失を計上して赤字決算となった(甲147,148,224,227,229,乙ニ15,乙ト2,3,被告H)。
b 平成6年8月の大蔵省検査の示達に対する回答
拓銀は,前記平成6年8月に行われた大蔵省検査に関する同省からの平成7年2月10日付け示達に対して,同年5月25日付け書面をもって回答し,その中で,不良債権が著増した原因について,バブル経済の崩壊といった環境的要因とともに,行内における構造的要因として,収益至上主義の下での安易な貸出,インキュベーター路線による特定企業の丸抱え推進,投融資会議の形骸化と意思決定機関(経営会議)の不十分,審査部門と営業部門の一体化による審査能力の弱体化,特定役員への権限の集中,リスク管理の体制整備の不十分,経営プロセスの計画,実行,結果評価の管理の不徹底といった要因を挙げた。また,今後の施策として,経営管理プロセスの確立や事務管理の強化を図るとともに,形骸化した投融資会議を制度的に見直して経営会議で実質審議を行うこととするなど融資の審査管理の充実強化にも努めることを提言した。そして,不良債権の処理計画については,今回の大蔵省検査によりⅢ分類及びⅣ分類に分類された金額を基に要処理額を総額7000億円と算定し,業務純益(年間約300ないし400億円),株価,含み益(株式,不動産)等を償却財源として,13年後に不良債権処理を完了する内容の計画を策定し,うちソフィアグループに対する貸付額については,損失見込額を214億円とし,5年以内に161億円を償却するという内容であった
なお,拓銀は,平成6年8月の大蔵省検査の結果,決算承認銀行の認定を受け,平成7年3月期の決算以降は,大蔵省による決算承認を受けなければならなかったが,その中で,拓銀が平成7年5月ころに大蔵省に提出した不良債権処理計画によると,ソフィアグループに対する融資の損失見込額は237億円であり,その償却予定は,平成12年度以降になるものとされた(甲147,148,227,268,269)。
c 平成7年7月の日銀考査
日銀考査とは,日銀が当座預金取引等を行っている民間金融機関との間で締結した考査約定に基づき,当該取引先金融機関等の業務及び財産の状況等を把握するための立入調査をいい,都市銀行に対しては,3ないし4年ごとに行われる。そして,日銀考査によって融資先等に問題があると認められた金融機関については,日銀が,問題先管理制度(フォローアップ)を実施し,定期的に対象金融機関に資料の提出を求めたり,担当者と面談を行うなどする。日銀考査における資産査定は,債権の回収見込みの可能性に応じてランク付けをするものであり,まず,査定基準に照らして,融資先の債務者を良好先(業況が良好であり,かつ,財務内容にも個別問題がないと認められる融資先),問題先(赤字決算など現に業況が低調ないし不安定である融資先等),実質破綻先(債務者が深刻な経営難にあり,自行としても消極ないし撤退方針を固めている融資先),破綻先(破産,会社更生等の破綻を露呈している融資先及びこれに準ずる融資先)に区分した上で,それぞれの資産を「S査定」(現在のところ最終的な回収に疑問はないが,延滞等によりその資産価値に瑕疵を生じている与信),「D査定」(債務者の業況等からみて回収が疑問視され,欠損発生のおそれがある与信),「L査定」(債務者に返済能力,返済意思等がなく,回収が不能と認められる与信)の3種類に査定し,「D査定」については,当期年度から2ないし3年以内,「L査定」については,原則として当期年度内に償却を実施すべきとされる。そして,日銀は,上記査定結果に基づき,「L査定」の資産と「D査定」の半分に相当する資産を合計したものを要償却資産とし,金融機関に対し,その積極的な償却を促す。
日銀は,平成7年7月,拓銀に対する日銀考査を実施した。日銀は,考査の結果,拓銀のソフィアグループに対する融資のうち,実効担保価格によって保全されている部分を「S査定」,その余の無担保部分を「L査定」とし,ソフィアグループ等の問題融資先についてフォローアップを実施し,拓銀に対し,その不良債権処理計画の提出を求めた。拓銀は,上記フォローアップを受け,同年10月ころ,日銀に対し,総額7000億円の不良債権を今後10年間かけて処理し,初年度については2500億円,その後は毎年500億円ずつ処理していく旨の不良債権処理計画を提出した。これに対し,日銀は,拓銀の上記処理計画では時間がかかり過ぎ,初年度の処理額が手ぬるいとして,拓銀に対し,総額8000億円の不良債権(「L査定」資産と「D査定」資産を合計したもの)を今後5年間で処理し,初年度については5200億円を処理する計画に改めるよう求めた。
また,拓銀は,問題融資先のうち最も危険なカテゴリーに分類されたソフィアグループに対する不良債権の処理計画については,損失見込額の244億円を平成12年度以降に償却する旨の計画案を提出した。日銀の調査役は,平成8年2月ないし3月ころに拓銀の担当者と面談し,その際,拓銀に対し,ソフィアグループに対する融資について,早急に止血策を採り,より早い時期に償却するようにとの日銀側の意向を示した。
上記の経緯を踏まえ,拓銀は,平成8年4月15日付けで,日銀に対し,総額8077億円の不良債権を今後10年かけて処理し,初年度について2682億円,その後は毎年500億円ずつ処理していくとする最終的な不良債権処理計画を提出した(甲149,227,228,229,270)。
カ 本件第2融資後の状況
(ア) b開発の進捗状況
拓銀のV部長らは,平成8年4月11日,札幌市の企画調整局企画部長らと面談した。その際,同企画部長は,V部長らに対し,大義名分がない限りb地区での宅地造成は不可能であり,現状では平成10年3月の市街化区域編入は難しい,福祉系住宅開発をする場合には,さらに大きな事業リスクを覚悟しなければその実現は不可能である,当該開発が頓挫した時になって札幌市に緑地買上げの話を持ってこられても市としては対応できず,市がこれに応じるとしても,予算の問題もあり一度に全面買上げをすることはできない,Jが再びb開発に乗り出すのは不可能であるといった回答をした(甲173,195)。
拓銀は,同年5月27日の経営会議(被告E,被告F,被告G及び被告Iも出席した。)において,審査第3部から上記面談内容の報告を受け,b地区の市街化区域編入による宅地造成は困難であること,Jが準備会を無視し,札幌市に対して水面下で福祉系開発の構想を提案していること,Jの考える福祉系開発では莫大な費用がかかることを認識した。そして,拓銀は,札幌市に対する市街化区域編入の可能性についての確認が足りなかったとして,今後の対応について,Jを排除の上,市街化調整区域内での開発を視野に入れるようになった(甲130,173)。
このような経緯の下,拓銀は,b開発の事業計画について,市街化調整区域内での開発もやむを得ないと考え,準備会の案として,都市と田園(農業)の共生をテーマとする緑地公園,宅地開発等の事業構想案を打ち出した。一方で,J及びそのコンサルタント会社である拓殖設計は,市街化区域の編入を前提に,健康,福祉と環境の街づくりをモデルとした福祉系開発の事業構想案を打ち出した(甲132,199)。
拓銀は,同年7月1日の経営会議(被告E,被告F及び被告Gも出席した。)において,今後のbプロジェクトの進め方について検討し,採算性,実現可能性等の観点から,Jに同人主体による福祉系開発の推進をあきらめさせ,準備会主体による市街化調整区域内での土地処理(農振指定の解除)を進め,最悪の場合には,札幌市に対し,緑地として全面買上げを要請するとの方針を承認した。もっとも,Jに自らの事業計画をあきらめさせると,Jが暴走し,農地法,国土法違反問題が再燃するといった懸念もあった(甲131)。
V部長らは,同年9月9日,T企画調整局長らと面談し,その際,b開発の事業計画に係る準備会の案とソフィアの案を一本化してほしい旨要請された。これに対し,拓銀は,Jの性格からいって事業計画の一本化は難しく,事業リスクのある福祉系開発も採り得ないとして,Jを排除した上で市街化調整区域内での開発を推進していく意向を示した(甲132,198)。
T企画調整局長は,同月17日,拓銀を訪れ,Jに対しb開発の全面に出ないよう申し渡したとして,拓銀に対し,Jサイドの事業計画と一本化させ,市街化区域編入による福祉系開発を前提に,有力デベロッパーを見出してほしい旨要請した(甲132)。
拓銀は,札幌市からの上記要請を受け,Jとの間で,事業計画の一本化についての交渉を進め,同年10月30日,準備会とソフィアは,事業計画の一本化についての覚書に合意した。その内容は,準備会とソフィアが一体となって市街化区域編入による福祉系開発を推進していき,開発窓口には準備会が当たり,ソフィアについては,単独行動を慎み,準備会と協議しながら札幌市の指導の下に地権者対策(未買収地対策)に当たるといったものであった。準備会は,同日付けで,札幌市に対し,b地区開発構想概要書を提出した。なお,札幌市は,同日,b地区の手前にある特定保留区域の市街化区域編入を了承し,同区域は,平成9年3月に,正式に市街化区域に編入された(甲132,200,201,乙ホ1,2)。
審査第3部は,平成8年12月24日の経営会議(被告E,被告F及び被告Gも出席した。)において,b開発の上記進捗状況を報告し,今後の課題として,準備会とJの連携,地権者対策等を挙げた(甲132)。
拓銀の副頭取は,平成9年7月7日,札幌市の助役交替の挨拶に訪れ,b開発について,デベロッパーが確立されていないことから,当面は準備会が開発の道筋を作るが,いずれは開発の核となる協力企業を誘致すること必要であることなどを伝えた。しかし,結局,拓銀の破綻するまでの間に,b開発を担う有力なデベロッパーが出現することはなかった(甲202,237,241)。
その後,シグマ,拓殖設計及び株式会社たくぎん総合研究所は,同年9月,b開発に関する基本構想として,健康,福祉型のモデルタウンとする方針を打ち出し,これを実現するために,篠路川右岸地区開発計画と呼ばれる報告書を作成し,札幌市に提出した。この報告書の趣旨は,準備会がb開発計画をまとめ,札幌市から開発区域を特定保留区域として位置付けてもらうためのものであったが,その事業収支は,土地コストの負担が大きく,採算性のないものであった(甲237,241)。
(イ) 拓銀のソフィアグループに対する方針
審査第3部は,平成9年4月17日の打合せ(被告E及び被告Gも出席した。)において,ソフィアグループの現状及びb開発の進捗状況等を報告した。その中で,ソフィアグループの業況については,年間30億円もの追加融資をしているにもかかわらず,ソフィアJは実質赤字で自賄いには程遠く,タウナステルメ及びテルメホテルの業績も頭打ちの感があり,さらには,Jが再びワンマン体制になりつつあるということで,Jにソフィアグループ各社に対する代表権を放棄してもらい,それができないのであれば資金支援をストップし,タウナステルメ及びテルメホテルの償却処理を行うことが検討された。b開発の進捗状況については,札幌市が,拓銀に対し,事業主体,開発手法,地権者問題等の開発責任を明確にするよう迫ってきており,また,Jの準備会を無視した行動が目立ち,未買収地の地権者との折衝もそろそろ限界にきていたことから,Jにb開発から下りてもらうことが検討された。このようなJ排除の動きの背景には,農地法,国土法違反のリーガルリスクが薄まってきたことや札幌市が市街化区域編入に前向きの姿勢であることなどの事情もあった(甲133)。
拓銀は,同年5月12日の経営会議(被告F及び被告Gも出席した。)において,上記同年4月17日の経営会議での検討結果を踏まえ,ソフィアグループのうち,ソフィアJについては存続させ,ほかの各社については拓銀の管理下に置き,事業の再構築ないし整理を進めていく方針を承認した。その中で,ソフィアグループの償却問題が検討され,同グループを倒産させた場合に拓銀が被る同グループ各社ごとの損失の額は,ソフィアJ(拓銀グループによる総授信額111億円)が0円,タウナステルメ札幌(同110億円)が60億円,テルメインターナショナルホテルシステム(同68億円)が68億円,W興産(同218億円)が68億円,ソフィア本体(同249億円)が150億ないし249億円と試算され,合計756億円の総授信額のうち,346億ないし445億円の損失が発生するものと見込まれた(甲134)。
拓銀は,同年7月7日の経営会議(被告E,被告F及び被告Gも出席した。)において,ソフィアJを除くソフィアグループ各社の株式を拓銀が譲り受けることなどを内容とする,ソフィアグループの事業再構築に向けての基本合意書(平成9年6月30日付け)を締結することを承認した。これにより,拓銀は,同年7月から,ソフィアグループ各社間の債権,債務の整理を進めていった(甲135)。
(ウ) 拓銀の経営状態
a 拓銀は,平成6年度の決算期(平成7年3月期)において,経常利益ベースで赤字決算を計上したことから,株価減少,預金流出等に見舞われ,貸出の圧縮等の施策を行いながら資金繰りを保っていたが,平成8年末から平成9年初めにかけて株価が急落したため,同年4月1日,抜本的な経営再建を図る策として,株式会社北海道銀行(以下「道銀」という。)との合併を発表した。これにより,拓銀は,とりあえず株価の落ち着きを取り戻し,資金繰りも小康状態となった。
しかし,その後,道銀との合併の話が同年9月12日に無期延期となったため,拓銀は,資金繰りがもたなくなり,同年11月17日,大蔵大臣から銀行法26条に基づく命令を受け,経営破綻した(甲227,287)。
b 拓銀は,平成9年3月26日付で,日銀に対し,第2次経営再建計画を提出した。その中で,拓銀は,当初計画のままでは予定年度の平成16年度には償却が完了しないとして,極力前倒しの償却を行うこととし,平成9年3月期は大幅な赤字決算となるが,平成10年3月期以降は黒字決算を維持する内容の修正償却計画を提出した。また,拓銀は,日銀考査によって問題融資先とされたソフィアグループへの対応については,b開発の進展は未定の状況にあるが,平成10年3月を同開発を見極める上での1つの目処として,それまでは,同グループ各社に対し支援を続けていく方針である旨回答した(甲150)。
c 大蔵省は,平成9年10月13日を基準日として,拓銀に対する大蔵省検査を行った。その結果,ソフィアグループに対する融資について,平成6年8月の大蔵省検査の際にⅢ分類とされたものが,Ⅱ分類と査定された。また,大蔵省は,タウナステルメ及びテルメホテルの資産価値について,総額約140億円になるものと評価した。なお,上記平成9年10月の拓銀の大蔵省検査を担当した検査官は,その査定に際し,拓銀側からのb開発の見通し等についての説明に疑問を抱くことなく,そのままこれに則した資産査定を行った(甲151,220,243,244)。
(エ) 拓銀が破綻した後の状況
a 拓銀は,その破綻後も,ソフィアグループに対し,タウナステルメ及びテルメホテルの資産価値の劣化を回避するために,大蔵省の命令により設置された業務監査委員会の了承を得て,当面の運転資金の融資を継続し,第三者との間でタウナステルメ及びテルメホテルの売却交渉を進めた。その交渉過程において,上記施設の購入を希望する企業も現れたが,その提示金額は,最高額でも65億円であり,他行先順位担保権者への充当分を差し引くと,拓銀の回収見込額は,およそ40億円にすぎず,拓銀にとって満足できる内容ではなかった。そして,これらの買受希望企業も,最終的に,事業の採算性に疑問のあることや資金調達が難しいことなどを理由に,上記施設の購入を断念し,結局,交渉成立には至らなかった。
拓銀は,上記経緯を踏まえ,平成10年3月,上記施設の売却交渉を断念し,ソフィアグループの自己破産もやむなしと決断するに至り,同グループに対する運転資金の融資を打ち切った。
その後,タウナステルメ及びテルメホテル(その敷地を含む。)は,競売にかけられ,平成13年9月に,14億1650万円で落札された(甲285ないし288,乙ト7)。
b 札幌市は,平成10年3月31日,b地区を一般保留区域に指定した。
(オ) 拓銀グループのソフィアグループに対する授信状況
a 拓銀グループのソフィアグループに対する総授信額は,平成5年5月期が466億8100万円(前年比プラス137億2500万円),平成6年3月期が634億0800万円(前年比プラス167億2700万円),平成7年3月期が688億9100万円(前年比プラス54億8300万円),平成8年3月期が724億7000万円(前年比プラス35億7900万円),平成9年3月期が756億6600万円(前年比プラス31億9600万円)であった。このうち,平成9年3月期について,ソフィアグループ各社ごとの内訳は,ソフィア本体に対するものが248億8600万円,タウナステルメ札幌に対するものが109億6800万円,テルメインターナショナルホテルシステムに対するものが68億9300万円,ソフィアJに対するものが111億0700万円,W興産に対するものが218億1200万円であった(甲232)。
b ソフィア,タウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムは,拓銀に対し,本件第1融資ないし本件第2融資の弁済をしていない。
キ 投融資会議の実情
投融資会議は,規程上,原則として毎週1回定例的に開催され,通常の案件については,書類による持ち回り決議によって行うこととされていたところ,実際の運用も,持ち回り決議によることがほとんどであった。持ち回り決議の方法は,融資に係る諸貸出申請書等の関係書類が所管審査部から投融資会議の主管部である秘書室に送られ,秘書室の職員が当該書類を投融資会議の構成員である頭取,副頭取,担当取締役に持ち回り,決裁印を受けるというものであった。
投融資会議の構成員は,いずれも経営会議の構成員であり,重要な貸出案件については,経営会議での協議や決議によって貸出実行の可否や方針が既に決まっていたので,投融資会議で承認の可否が問題となることはほとんどなかった。もっとも,投融資会議の貸出案件については,最終的に投融資会議の構成員による決裁を受けなければ,融資を行うことができなかった。
投融資会議は,平成8年3月15日付けで廃止されたが,これは,投融資会議が形骸化していたことに加え,これまでの合議体では責任の明確化を図ることができなかったことから,重要な貸出案件については,頭取の権限とされたことによるものであった(甲147,272,被告E)。
(2) 以上の認定事実及び前提となる事実を前提に,まず,本件第1融資に関与した被告らの取締役としての責任の有無について検討する。
ア 本件第1融資は,拓銀が,ソフィアに対し,ソフィアグループによるb開発事業を支援するために,その一環であるテルメホテル建設資金等として,総額125億円の融資を承認し,うち123億4600万円を実行したものである。このように,あるプロジェクトに対する支援の一環としての融資を決裁した銀行の取締役の注意義務違反の有無を判断するに当たっては,前記2(争点(2)についての判断)において述べたとおり,基本的には,銀行の取締役一般に期待される知識,経験等を基礎として,当該融資決裁をするためにされた情報収集,分析,検討が当時の状況に照らして合理性を欠くものであったか否か,これらを前提とする判断の推論過程及び内容が不合理なものであったか否かという基準が妥当するところ,当該融資の回収可能性は,単に融資先の事業の採算性だけにとどまらず,その背景にあるプロジェクトの成否,採算性によるところが非常に大きいのであるから,この点についての調査,検討が十分に尽くされたか否かが,当該融資決裁の当否を判断するに当たっての重要な要素を占めるというべきである。
イ ソフィアによるテルメホテル建設に係る資金計画は,平成3年3月28日の投融資会議の時点において,総事業費を210億円とし,そのうち,ソフィアグループの自己資金は,テルメホテル分担開業費のわずか5億円にすぎず,その余の205億円については,すべて金融機関等からの借入金に頼るものであったところ,このような資金計画からすれば,ソフィアによるテルメホテル建設事業は,それ自体,多額の借入金に依存する過大投資事業であることが明らかであり,ホテルが開業しても,当分の間は上記借入金の金利負担等が重くのしかかり,当該事業が軌道に乗らなければ,全く採算が見込めないことは容易に推察できるものであった。また,テルメホテルの建設予定地は,札幌市の市街地から離れたb地区にあり,さらには,その周囲は農地として利用されている状況にあったから,融資をする金融機関としては,このような場所に11階建ての大型アーバンリゾートホテルを建設することについて,その集客可能性や採算性の点から,当然に躊躇を覚え,熟考することを要する状況にあったといえる。さらに,ソフィアは,本来,理美容,サウナ,ブライダル等を本業とする企業であるが,このような企業が大型リゾートホテルを経営し,さらにはb開発事業を担えるほどの能力や財力等を持ち合わせているかについては,基本的に懐疑的になるのが当然であり,また,テルメホテルに先駆けて建設,営業されたタウナステルメについても,その建設資金等を融資する当初から,当該事業の採算性やJの独断的な性格等が疑問視され,実際,平成2年11月には,当初計画の売上高,利益の大幅修正を余儀なくされるなどの状況にあったのであるから,ソフィアの経営能力に問題意識を抱くのは容易であった。加えて,本件第1融資の実行により,ソフィアグループに対する総授信額の保全状況は,実効担保価格をベースとして100億円を超える保全不足となり,テルメホテル事業が成功しなかった場合の融資金の回収可能性にも大きな問題があった。
このように,本件第1融資は,客観的な融資条件からみても,その資金計画,採算性,融資先の経営能力,保全状況等について多くの問題点を抱えていたことが明らかであったのであるから,これを決裁するに当たっては,上記問題点の解消に主眼を置いた,より詳細な調査,検討が要求されていたといわなければならない。そして,上記の問題点を解消するための方策として,既に,b開発の実現による開発利益の獲得,協調融資の実現による貸倒れリスクの分散,JTBの集客保証による集客力の確保,有力ホテル経営者の招致によるテルメホテル経営の安定性等が検討事項に挙げられていたのであるから,これらの諸点についての調査,検討が十分であったか否かが重要であるので,以下順次検討する。
ウ まず,b開発の実現可能性をみると,b開発は,本件第1融資が承認された時点において,未だ行政当局からの許認可を得られておらず,それ自体,公には存在しない開発計画であったところ,その開発許認可の取得については,当該開発予定地域が市街化調整区域内の農地であり,そこでの開発は,農地法や農振法によって厳しく制限されていたことから,相当の困難を伴うものであった。そして,これを取得するためには,札幌市の協力が不可欠であったが,札幌市は,テルメホテル建設について,市街化調整区域内における例外的措置としてこれを許可したものにすぎず,拓銀の考えるような市街化区域に編入した上でのb開発は,当初から想定していなかった。結局,本件第1融資が決裁された後になって,b開発は市街化調整区域内において進められることとなったが,このように,開発の進め方といった根本的な事項について拓銀と札幌市の考え方に相違が生じていたことは,拓銀における事前の調査,検討の程度の不十分さを端的に示すものといわざるを得ない。たとえ,札幌市の一部の部局が,b開発に関して,肯定的ともとれる態度を示したことがあったとしても,前記認定のとおり,b開発に関しては,札幌市だけでなく,道知事や農林水産大臣の許可等も必要とされていたのであるから,札幌市の回答のみを頼りにして開発に必要な許認可が取得できると考えることは,安易にすぎるというべきである。
また,b開発には,上記に示した開発許認可の問題のほかにも,札幌市の掲げる第3次長期総合計画との整合性,確立した事業主体の出現,コンサルティング会社等による実現性ある事業計画案の策定等の様々な問題を抱えていたが,前記認定のとおり,本件第1融資が決裁された時点の状況及びその後の状況に照らせば,これらの問題点に対する検討や対策は,すべて後手に回り,しかも解決されないままに推移したのであって,融資を決裁した時点において,十分に調査,検討されていたとは到底認めることができない(なお,ヤオハンの進出についても,b開発の実現を前提とするものであったから,既にヤオハンが開発協力金を支出していたことによって,その進出を絶対的なものとして評価するのは早計であったというべきである。)。
そうすると,本件第1融資が決裁された時点において,b開発の見通しは極めて不透明であったといえ,当時の拓銀が採用していたインキュベーター路線を是とするとしても,このような先行き不透明な開発事業に依拠し,b開発の実現による開発協力金や用地売却益等の開発利益を過大に期待して巨額の融資を実行したことは,無謀であったというほかはない。
エ 次に,協調融資についてみると,その主たる目的は,貸倒れリスクの分散を図ることにあり,特に本件第1融資のような大型プロジェクトの支援の一環として巨額の融資を行う場合には,上記リスクを極力最小限に抑えるための方策として,協調融資の実現は,融資を決定するに当たって極めて重要な意義を有するものと解されるところである。しかるに,本件第1融資は,北東公庫及び長銀との間で協調融資が実現することを前提に融資が決裁されたが,現実には,両行とも,ソフィアグループの経営状態やb開発事業の実現可能性,採算性等を危惧して,協調融資に消極的な態度を示していたのであり,拓銀が本件第1融資を決裁する時点においても,協調融資を実行することについて両行との間で具体的な合意などは存在せず,書面による確認等も何ら行われていなかった。結局,その後においても両行との協調融資は成立せず,拓銀は,テルメホテル建設に係る資金を一手に引き受けざるを得ない状況となったのである。
このように,拓銀は,北東公庫及び長銀との間で協調融資の正式合意がなかったにもかかわらず,過去にも両行との間で協調融資を組んだことがあり,今回も協調融資が組めるであろうとの薄弱な根拠に基づく楽観的な見通しにより,協調融資の合意前に本件第1融資を決裁したのであるから,当該融資判断は,融資の前提となる重要な条件が充足されていないうちに融資を先走ったもので,リスク管理に対する認識の乏しさを如実に示すものであるといわざるを得ない。
オ そして,テルメホテル事業の集客力,採算性を強化するために,JTBの集客保証が採り上げられ,また,経営基盤を安定させるために,有力ホテルの経営者を招くなどの方策が掲げられたが,いずれも,本件第1融資が決裁された時点において,口頭での交渉が行われていた程度にすぎず,契約書等も交わされていなかったのであり,これらが実現するか否かは,極めて不確実であった。実際,その後において,JTBの集客保証等が実現することはなく,テルメホテルの経営に関する上記問題点は,何ら解決されることがなかった。
カ 以上によると,本件第1融資は,その客観的な融資条件からみても,回収可能性について相当大きな懸念が存し,かつ,その懸念を解消する核となるb開発の実現や協調融資の成立等についても,確たる見通しが立っていなかったのであるから,銀行の取締役であれば,これを決裁した時点において,回収不能に陥る危険が少なくないと容易に予測することができる融資であったというべきである。
しかるに,被告A,被告B,被告C及び被告Dは,このような問題点を有する融資について,更に踏み込んだ議論をしたり,担当部に詳しく質疑をしたりすることなく,決裁権限のある投融資会議の構成員として,本件第1融資を承認し,実行したのであるから,これを行ったことは,杜撰な情報収集,分析,検討に基づく不合理な融資判断に当たり,取締役としての善管注意義務に違反するというべきである。特に,被告C及び被告Dは,本件第1融資に先立つタウナステルメ建設の当初からソフィアグループに対する融資決裁に関与していたのであり,プロジェクトチームを作って同グループの支援に当たるなど,同グループの業況,Jの独断的な性格等の問題点については熟知していたことは推認に難くないところ,それにもかかわらず,本件第1融資の決裁に当たって,担当部である総合開発部に対し,事前に融資に応じる形で起案をまとめるよう働きかけをした形跡もうかがえるのであって(甲221,乙ニ2),このような事情からすれば,同人らの責任は,重大であるというべきである。
キ そして,拓銀は,上記被告らの善管注意義務違反の行為により,本件第1融資に係る融資実行額である123億4600万円を回収することができなくなり,同額の損害を被ったのであるから,上記被告らは,その賠償責任を負うというべきである。なお,ソフィアの本業部門を引き継いだソフィアJが現在も稼働状態にあるとしても,上記のことからすれば,本件第1融資が実行された時点で,拓銀には同額の損害が発生したものと認められるし,本件第1融資の弁済期が既に経過していることからすれば,損害が填補される余地もないと解されるから,上記損害は,なお現存するというべきである。
したがって,上記被告らに対し,上記損害の一部である5億円の連帯支払を求める原告の請求は理由がある。
ク 被告Bは,信頼の原則と称して,決裁権者である被告らとしては,投融資会議において提出された資料等について,外形的に特段の問題点がない限り,これを前提として意思決定すれば足りるとして,被告らが,平成3年3月28日の投融資会議において,担当部が作成,配布した資料等を信頼し,これに基づいて本件第1融資を決裁したことには,何らの義務違反もない旨主張し,本件第1融資を決裁した他の被告らも,これに同調する。
しかし,前記2(争点(2)に対する判断)において述べたとおり,経営の合理化,効率化のため,分業的に作業を行う大規模な企業であれば,特段の事情のない限り,担当部の起案や報告を信頼して決裁することも許されると解されるが,その特段の事情の有無は,当該取締役の知識,経験,担当職務,案件との関わり等を前提に,決裁権者として,躊躇を覚えるような不足,不備があったか否かによって判断すべきである。
これを本件第1融資についてみると,確かに,総合開発部が起案した資料等には,b開発は札幌市も認める事業であり,近いうちに市街化区域に編入される見通しにあること,2ないし3年以内に約71億円の開発利益が得られる見込みであること,北東公庫及び長銀が協調融資に応じる予定であること,JTBによる集客保証がされる予定であることなどが記載されていることが認められる。そして,これらにはその具体的な根拠が示されず,しかも現状と必ずしも合致していない点があるなどの不備,不十分さがあるものの,このような資料等を見せられ,あるいは担当者から同旨の説明を受けた場合,銀行業務に通暁していない者であれば,上記のような融資条件が調っているものと信頼して,融資を決裁することもあり得ないとは言い切れない。
しかし,被告らは,いずれも,銀行業務に長年携わってきた取締役であり,拓銀における経営の最高意思決定機関である経営会議及び投融資会議の構成員の地位にいたのであるから,その融資決裁に当たっては,その経験を活かしたより慎重で緻密な判断が求められていたというべきである。そして,前記認定判断のとおり,本件第1融資は,客観的な融資条件からみても,問題点を多く有する融資であることが明らかで,当然に躊躇を覚えるようなものであったところ,これらの問題点を解消するための条件として,b開発の実現による開発利益の獲得や,協調融資の実現による貸倒れリスクの分散等の検討が加えられるべきであった。にもかかわらず,上記の資料には,これらの重要な検討事項について,具体的な根拠が示されることなく,見通しや見込みあるいは予定の結論のみが示されていたにすぎない。したがって,本件においては,前記特段の事情のあるものとして,本件第1融資を決裁した被告らとしては,総合開発部の起案事項を全面的に信頼すべきでなく,その根拠を質し,独自の立場からもより慎重に吟味,検討すべきであった。しかるに,上記被告らは,b開発の実現性等に関する総合開発部の記載した内容について,何ら疑問を感じたり躊躇したりすることなく,さらには,質疑さえもすることなく,これを全面的に信頼して,本件第1融資を決裁しているのであるから,取締役としての善管注意義務に違反することが明らかである。また,被告Bは,自ら認めるとおり東京に駐在していた者であって,他の取締役に比して後記のようないわゆるバブル経済の行く末をより敏感に看取することができ,本件第1融資についても冷静に判断することが可能であり,また,期待されていたものといえる。
したがって,被告Bの上記主張は,採用することができない。
ケ 被告A,被告B,被告C及び被告Dは,当時のバブル経済事情からすれば,投下資本が過大であることや時価をベースにして担保を評価することなども何ら問題がなかったのであり,その後のバブル経済の崩壊により本件第1融資が回収不能になったことも,当時は予測できなかったことであり,被告らが経営判断を誤ったことにはならない旨主張する。
しかし,本件第1融資が承認された平成3年当時をみると,確かに,全国平均における地価変動率は上昇し(ただし,その上昇率は,前年の平成2年に比べて約10パーセント低いものであり,また,東京,大坂,名古屋の3大圏においては,既に地価は下落していた。),北海道におけるリゾート開発も100件を越える件数が構想され,全国的なホテル経営の売上高も増加していた(ただし,その成長率は,前年の平成2年に比べて約6パーセント低いものであり,また,利益の面においては,約10パーセント減少していた。)などのデータも残っている(乙イ4の1ないし8,乙ニ6ないし14)が,他方で,株価は,平成元年12月末をピークとしてほぼ一貫して下落を続け,平成2年3月に不動産融資総量規制,同年8月に公定歩合の引上げなどの金融政策が採られたこともあり,経済界においては今後景気が収束するとの見解も出されていた(乙イ4の4,甲292ないし294)のであるから,当時の認識において,バブル経済が全面的に支配していたとはいうことができない。むしろ,拓銀は,都銀として,東京にも営業所を構えており,多くの情報を収集することができたのであるから,景気の動向を敏感に看取し,バブル経済の先行きを憂慮した慎重な姿勢が望まれていたというべきである。また,仮に,当時が依然としてバブル経済の支配する情勢であったとしても,前記認定判断のとおり,本件第1融資は,それ自体,問題点を多く抱えていたのであるから,これが回収不能になった原因が,すべてバブル経済の崩壊によるものであるとは到底認めることができない。
したがって,上記被告らの上記主張は,採用することができない。
(3) 次に,本件第2融資に関与した被告らの取締役としての責任の有無について検討する。
ア 前記認定事実によれば,本件第2融資は,拓銀が,タウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムに対し,実質的な経営破綻の状態に陥っているソフィアグループの再建を図り,既存融資に係る回収不能額をできる限り極小化させる目的で,タウナステルメ及びテルメホテルの赤字運転資金として,総額30億3400万円の融資を承認し,うち29億9400万円を実行したものであると認められる。このような追加融資について,これを救済融資と呼ぶかは別として,その目的が,上記のとおり,融資を継続することによってソフィアグループの保有資産の価値を維持し,そこからできるだけ多くの回収を図ろうとすることにあることからすれば,当該融資を行うこと自体が,当然に違法であるということはできない。
しかし,既存融資の支払が延滞し,その支払能力に重大な懸念が生じている貸出先に対して,追加担保を徴求することもなく追加融資を行うことは,通常であれば,当該追加融資についても回収困難となることが容易に予測され,銀行の被る損失が更に拡大する危険性が非常に高いのであるから,これを行うに当たっては,銀行の公共性に鑑み,より慎重かつ緻密で,実証的な討議,検討を重ねた上での融資判断が必要とされなければならない。
特に,本件第2融資については,その直前の平成6年8月に実施された大蔵省検査によって,拓銀のソフィアグループに対する既存融資のうち,無担保部分の214億2300万円について,回収に重大な懸念のある額としてⅢ分類に査定され,また,融資実行中の平成7年7月に実施された日銀考査によっても,上記無担保部分について,回収不能な額として「L査定」を受け,ソフィアグループは,問題融資先の中でも最も危険なカテゴリーに位置付けられていた。もとより,Ⅲ分類先や「L査定」先に対する融資が,直ちに背任に当たり,そのことだけで取締役の善管注意義務に違反するとは解されないにしても,本件第2融資は,その融資先であるソフィアグループについて,大蔵省検査や日銀考査といった公的な金融検査によって問題ある融資先と捉えられ,その回収可能性に重大な懸念があるとの査定が出されていた状況の中で行われたものである上,拓銀において,大蔵省検査によってⅢ分類とされた融資先に対して追加融資をすることは稀なケースであったことや,拓銀は,上記日銀考査において,最も危険な問題融資先に位置付けられた各社のうち,ソフィアグループに対してのみ赤字補填資金等を融資する措置を採っていたことからすれば,本件第2融資が許容される場合は,追加融資を行うことによって,これを行わない場合と比較して,より多くの回収を確実に図ることができる場合に限定され,このような特段の事情のない限り,銀行の取締役としては,融資を差し控えなければならず,これに反して行われた融資は,基本的に合理性を欠くというべきである。
イ そこで,本件第2融資の当否を検討するに当たっては,追加融資を行うことによって被告らのいう損失極小化を図ることが確実に見込まれたか否か,そのための討議,検討が経営会議等の場において十分にされたかどうかが重要であるので,以下これらについて検討する。
(ア) b開発の実現可能性及び採算性
a 本件第2融資を行うことによる損失極小化の達成は,本件方針転換においてb開発を採算性重視の事業計画に変更したことなどからも明らかなように,b開発事業が成功するか否かにかかっていたといっても過言ではなく,その実現可能性及び採算性がなければ,損失極小化は到底見込めないものであった。
b そこで,b開発の進展状況についてみると,前記認定事実のとおり,b開発計画は,本件第1融資が行われたころの拓銀の構想としては,市街化区域編入を前提に将来的な宅地造成等も視野に入れた計画であったが,その後,札幌市との間に認識の相違があったことから,市街化調整区域内における開発が進められることとなった。しかし,それでも,拓銀は,相当期間が経過すれば,計画の事業内容を市街化区域編入を前提とした宅地造成等に大幅に変更することも可能であると考えていたところ,平成6年5月ころになって,いったん市街化調整区域内でのリゾート開発を中心とする事業提案書を提出してしまうと,これに拘束されて事後的な変更が困難になり,このままでは採算性のない開発事業を迫られることが判明したため,急遽,市街化区域編入を前提とした開発を進めていく方針に変更した。その後,b開発計画は,市街化区域編入を前提とした宅地造成開発を目指すこととなったが,本件第2融資後の平成8年4月ころになって,b地区の市街化区域編入は難しいとの見方がされ,再び市街化調整区域内での開発も検討されるようになり,最終的には,市街化区域編入を前提とした福祉系開発を指向するに至った。
このように,b開発計画は,これが着想された当初から拓銀が破綻するに至るまで,開発行為の進め方や事業計画の内容といった開発の基本ともいうべき事項について二転三転していたのであるから,その方向性自体が極めて不透明であったといわざるを得ない。
拓銀は,札幌市が本件方針転換を受け入れ,市街化区域編入を前提とした開発の進め方に協力してくれるものとして,これによる開発利益を見込んでいるが,本件方針転換後のb開発についての札幌市の対応をみても,札幌市が,b地区の市街化区域編入を積極的に推進あるいは支援していたとは,到底解することができない。札幌市は,拓銀から本件方針転換を伝えられ,これに不満や憤慨の態度を示し,その後も,b地区は脚光を浴び過ぎているから市街化区域編入は無理である,グリーンベルト構想の枠内でしか開発はできなく見通しは厳しい,前よりも良い絵であるが札幌市に負担のかかる話である,札幌市としては市街化区域編入に向けての主体的な活動はしていない,農林水産省に対してb地区の農地転用を説得するに足りる材料がないといった消極的な回答をするにとどまっていたのであるから,これを前向きな回答と捉えて,市街化区域編入が公約されていたと考えることは,単なる憶測や楽観的な期待にすぎないというべきである。たとえ,札幌市の企画調整局等の一部局が,市街化区域編入について前向きともとれる回答をしたことがあったとしても,札幌市内部においては,かねてから,許認可権を持たない企画調整局がトップダウンによる指示に従って開発を推進し,開発許認可部局との整合性が図られていなかったことが問題となっていたのであり,拓銀も,本件第2融資を開始する以前に,担当部からの報告により,上記札幌市内部の実情を把握していたものと解されるから,企画調整局の回答を鵜呑みにすることは,安直にすぎるというべきである。実際に,拓銀自身も,平成8年5月27日の経営会議において,札幌市に対する市街化区域編入の可能性についての確認が足りなかったとの認識を有するに至っている。
また,b開発を実現させるためには,開発主体を確立する必要があったところ,比較的早い時点で開発主体として名乗りを挙げていたヤオハンは,既に本件第2融資を開始する以前から撤退姿勢を示し,本件方針転換により宅地造成開発が進められることとなった段階においても,これを担い得る有力な開発主体は全く予定されておらず,結局,拓銀の破綻に至るまで,そのような開発主体が出現することはなかったのであるから,開発事業の進展は,全く目処が立っていなかったといわざるを得ない。
このほか,b開発の推進については,開発用地の虫食い状態,地権者との間の金銭消費貸借問題,札幌市の掲げる第3次長期総合計画との整合性等の問題点があったが,いずれもその解消には至らず,これらの問題点が山積みのまま開発計画が進められたというほかはない。
そうすると,本件第2融資が開始された時点におけるb開発計画は,開発の進め方,事業計画の内容,事業主体等が明確に定まっていない画餅的な計画であったといっても過言ではなく,その実現可能性は極めて低いものであったというべきである。そして,本件第2融資に至るまでの事実経過,特に,本件第2融資が開始される直前の打合せ会において,審査第3部がb開発推進上の問題点を多数列挙していることからすれば,拓銀は,本件第2融資を開始する時点において,b開発の実現可能性が極めて低いことを当然に予測すべきであった。
c また,たとえ,b開発の開発許認可が得られ,これが実現することになったとしても,シグマ等によるシナリオ案によれば,いずれにせよb開発事業からは利益を得られないとされ,さらに,今後の事業がスムーズに進行するとは限らない(宅地の完売には10ないし20年かかることが見込まれた)ことや,その間の凍結金利がかさむことなどからすれば,b開発事業から採算を期待することはできず,損失極小化という観点を考慮に入れたとしても,これを敢えて継続するメリットは乏しかったというべきである。
d この点,本件第2融資に関与した被告らは,b地区の手前にあるc地区が平成9年3月に市街化区域に編入され,次いで,b地区が平成10年3月に一般保留区域に指定されたことや,平成9年の大蔵省検査において,ソフィアグループに対する融資の無担保部分がⅢ分類からⅡ分類に昇格したことをもって,b開発の実現可能性は高まっていた旨主張する。
しかし,一般保留区域に指定されたことについては,同区域は,計画的開発が行われる予定区域の位置等を明確にできるほどに熟度を有していない区域であり,実際,当時のb開発計画の概要は,市街化区域編入を前提とした福祉系開発を進めていく一応の方針は決まっていたものの,開発予定区域の位置や開発主体等が確立していない未熟の段階にあったのであるから,これに指定されたことをもって,直ちに開発の実現可能性が高まっていたとはいうことができない。また,拓銀としては,分離再編計画の下,b地区が平成10年3月までに市街化区域に編入されることを目指し,これが平成14年に先延ばしとなる場合には,開発の推進をあきらめざるを得ないと考えていたところ,現実には,平成10年3月の段階で一般保留区域に指定されたにすぎず,当初の計画よりも遅れていたのであるから,b開発が着実に進行していたとはいえないというべきである。
また,平成9年の大蔵省検査において,拓銀のソフィアグループに対する融資の無担保部分がⅢ分類からⅡ分類に昇格したことについては,同検査の経緯等に照らせば,その検査結果が絶対的に正しい評価であるとは断ずることができないから,これを過大に捉えて,b開発の実現可能性が高まっていたと解することはできないというべきである。
したがって,上記被告らの上記主張は,採用することができない。
(イ) ソフィアグループの業績改善の見込み
a 本件第2融資が開始される以前に,既にソフィアグループの業績は悪化していたのであるから,本件第2融資を行うことによって同グループの業績が改善する見込みのあることが,損失極小化を達成する上での必要的な条件であったというべきである。
b しかるに,本件第2融資が開始される前の時点におけるソフィアグループの業況をみると,グループ各社とも低収益,赤字体質であり,特に,既存のタウナステルメ事業と平成5年4月に開業したテルメホテル事業は,当初の事業収支計画を大幅に下回り,到底利益を見込むことのできない状況にあった。そして,審査第1部は,平成5年7月5日の経営会議において,このまま融資を継続すると,同グループ全体で年間178億円(うち,テルメホテル事業単体で年間30億円)もの赤字補填資金をたれ流しすることになるとして,ソフィアグループの分離再編を進めていくことが急務であると指摘したが,これが承認されないまま漫然と融資が継続され,結局,平成6年3月期における拓銀グループのソフィアグループに対する授信状況は,前年期(平成5年5月期)に比べて,貸出総額が約151億円,保全不足額が約123億円も増大する結果となった。さらに,前記のとおり,平成6年8月の大蔵省検査において,拓銀のソフィアグループに対する融資のうち無担保部分が,回収に重大な懸念があり,損失の発生が見込まれる額として,Ⅲ分類に査定された。
このような経緯からすれば,本件第2融資を開始する時点において,このまま融資を継続してもソフィアグループの業績が改善する見込みは低く,かえって拓銀の損失が増大するおそれのあることが容易に予測されたというべきである。
c 本件第2融資に関与した被告らは,本件第2融資は,ソフィアグループの分離再編計画に基づいて行われたものであり,これによる同グループの業績改善は十分に見込まれ,実際に,その成果を上げることができた旨主張する。
確かに,拓銀は,平成7年1月27日の経営会議において,ソフィアグループに対する分離再編計画を承認し,以後は,同計画に基づいて融資を継続したものであると認められるが,当初に審査第1部が分離再編の必要性を指摘してから,既に約1年半が経過しており,既存融資額は600億円を優に超えていた上,前記のとおり,ソフィアグループの業績改善の前提ともいうべきb開発の実現可能性も極めて低かったのであるから,これによるソフィアグループの業績改善を安易に期待することは,甘い見通しであったといわざるを得ない。
実際に,分離再編計画の達成度をみると,各社とも経費削減による利益の回復は見られるものの,売上が根本的に不足しており,特に,本件第2融資の融資先であるタウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムについては,売上高の落込みが激しく,当初の計画どおりには利益を上げることができなかったため,抜本的な収益強化には至らなかった。このほかにも,Jのワンマン体制を十分に押さえ込むことができなかったことや,自賄いによる収益弁済を見込んでいたソフィアJについても,拓銀からの借入金に頼らざるを得ない状況にあったことなどからすれば,分離再編計画によるソフィアグループの業績改善の成果は,損失極小化を図り得る程度には至らなかったというべきである。
したがって,上記被告らの上記主張は,採用することができない。
(ウ) 本件第2融資の決裁に当たっての被告らの討議,検討の程度
a そして,前記のとおり,実質的に経営破綻している融資先に対して追加融資を行うことは,それだけで回収不能になる危険が非常に大きいのであるから,これを行うに当たっては,損失極小化の確実性等についての十分な討議,検討に基づく融資判断が必要とされることはいうまでもない。特に,本件第2融資当時の拓銀のソフィアグループに対する追加融資の総額は,年間約30億円に上っていたところ,これは,当時の拓銀の業務純益の約1割に相当する額であり,拓銀の財源に多大な影響を及ぼすものということができるから,その融資判断に当たっては,より慎重で緻密な討議,検討が要求されていたというべきである。
b しかるに,本件第2融資に関与した被告らも自認するとおり,本件第2融資を実行する当たり,融資を打ち切った場合の回収見込額,反対にこれを継続した場合の回収見込額,その場合の追加融資の額の上限,追加融資を継続する期間,損切りをする時期等について,具体的に詰めた討議,検討は行われなかった(平成9年4月ころになって,ようやく具体的な償却処理の内容が検討されるようになった。)のであるから,融資を継続した場合の方が融資を打ち切った場合に比べて損失極小化を確実に図ることができることについての考察が,著しく不十分であったといわざるを得ない。むしろ,拓銀がソフィアグループに対する融資を打ち切ることができない理由として,経営会議の資料等の随所に,行政に迷惑をかけられない,Jを抑えきれない,農地法,国土法違反の問題が表面化するといった専ら回収可能性の問題とは関係のない事項が多く挙げられていることからすれば,これらの要素が,本件第2融資の当否を判断するに当たって大きな影響を与えていたことが看取され,本来最も重視すべき事項である回収可能性についての検討が後回しになっていたことが,容易に推察される。
c これに対し,本件第2融資に関与した被告らは,融資を打ち切った場合の回収額とこれを継続した場合の回収額の差は歴然としていたとし,本件第2融資を実行するに当たって詳細な損得計算を行わなかったとしても,被告らの検討内容が不十分であったとはいえない旨主張する。
しかし,本件第2融資のような実質的な経営破綻先に対する追加融資にあっては,基本的に,追加融資の分についても回収不能となる危険が非常に大きいことを想定すべきことは,前記のとおりであり,それでもなお,融資を継続した場合の方がより多くの回収を確実に図ることができるといえるためには,融資を打ち切った場合とこれを継続した場合の回収額の比較検討や追加融資のスケジューリング(額の上限,融資を行う期間,損切りの時期等)などの検討が必要不可欠であるというべきであるから,上記被告らの上記主張は,採用することができない。
以上によれば,本件第2融資は,追加融資を行うことによって,これを行わない場合と比較して,より多くの回収を確実に図ることが見込まれていたものとはいうことができないから,銀行の取締役としては,これを実行することを当然に差し控えなければならなかったというべきである。
ウ これに対し,本件第2融資に関与した被告らは,拓銀には,本件第2融資の当時,ソフィアグループに対する600億円を超える不良債権を一気に償却するだけの体力がなく,さらに,たくぎんファイナンスの倒産による母体行責任を負わされるとなると,拓銀自身の破綻を招き,信用不安や社会的責任を惹起しかねなかったとして,本件第2融資を継続する必要があった旨主張する。
しかし,本件第2融資当時の経営会議の構成員である取締役らの中には,平成7年1月の時点において,拓銀のソフィアグループに対する不良債権を償却することも可能であったとする見解もある(甲222,229,乙ロ4)上,本件第2融資に係る経営会議等の資料や議事録等をみても,追加融資を打ち切ってソフィアグループを倒産させることが,拓銀の償却体力を上回り,ひいては拓銀自身の破綻につながるといったことについて,正面から議論されている局面は見当たらないから,当時の拓銀にはソフィアグループに対する不良債権を償却するだけの体力がなかったという事実をたやすく認めることはできない。むしろ,平成6年8月の大蔵省検査の示達に対する拓銀の回答書と平成7年5月ころに大蔵省に提出された拓銀の決算承認資料との間には,ソフィアグループに対する不良債権処理計画の内容に相違があることからすれば,当時の拓銀において,同グループに対する不良債権処理計画が詰めて検討されていたとはいえないというべきである。また,たくぎんファイナンスの倒産による母体行責任についても,これが法的に義務付けられているわけではないから,このことを理由として,拓銀が破綻するおそれがあったと直ちに解することはできない。
もっとも,拓銀は,平成8年3月の決算期において,2674億円の不良債権を償却し,714億円の当期損失を計上して赤字決算となり,その後も,資金繰りに窮し,修正不良債権処理計画を提出して,平成9年3月期においても赤字決算とならざるを得ない状況にあったところ,このような状況からすれば,拓銀の償却体力は相当減退し,拓銀には,ソフィアグループに対する不良債権を一気に償却し得るだけの十分な財源はなく,これを行うと,拓銀自らも破綻することが懸念されるような状況にあったと考えられなくもない。しかし,仮にそうであったとしても,銀行の公共性に鑑みれば,一度不良債権であると判定されれば,銀行としては,その早期の償却が義務付けられ,ただ単に赤字決算を避けたいがための不良債権処理の先送りは許されないというべきであるから,銀行の被る損失を最小限にとどめ得る具体的な方策もないまま,自らの健全性を装って一時しのぎの融資を継続することは,銀行の公共性にもとり,銀行自体の破綻の回避にもつながらず,結局は銀行の破綻時の損害を拡大することとなり,許されないというべきである。しかるに,本件においては,拓銀のソフィアグループに対する融資は,大蔵省検査や日銀考査によって,回収可能性の見込みのない不良債権と位置付けられ,日銀から早期の償却処理を求められていたにもかかわらず,前記のとおり,損失極小化を確実に達成し得る具体的な方策もないまま,同グループに対する融資が継続されたのであり,また,不良債権処理計画についても,これを策定した翌年には修正を余儀なくされるなど,綿密な検討を重ねた上での計画とはいい難く,このような変動的で実効性の乏しい不良債権処理計画を立てること自体,当面の赤字決算を避けたいがための延命策であると解されても仕方のないところであるから,拓銀の償却体力が減退していたことを考慮したとしても,本件第2融資は,許されるものではないというべきである。
また,信用不安や社会的責任を惹起するおそれがあったとの点についても,銀行の公共性に鑑みれば,銀行の取締役としては,これらが明るみにならないように不良債権処理を先延ばしするよりも,むしろ早期に情報を関係機関に開示して,信用不安や社会的責任の解消のための方策を講ずべきであったというべきである。
したがって,上記被告らの上記主張は,採用することができない。
エ そうすると,このような回収不能に陥る危険性が高いと容易に予測することができる本件第2融資について,被告E,被告F,被告G,被告H及び被告Iは,決裁権限のある投融資会議の構成員として,これを承認し,実行したのであるから,上記被告らの上記行為は,合理性を欠く情報収集,分析,検討に基づく不合理な融資判断に当たり,取締役としての善管注意義務に違反するというべきである。
なお,被告H及び被告Iは,投融資会議は実質的には機能していなかったのであるから,その構成員であることをもって,被告らが本件各融資の決裁権限を有することにはならない旨主張するが,投融資会議の付議案件については,事前の経営会議によってその方針が決められていたとはいえ,最終的には,投融資会議の構成員による決裁を経なければ融資を行うことができなかったこと,投融資会議の構成員は,いずれも経営会議の構成員でもあること,投融資会議は,構成員の協議を経て行われるものであり,これについて特段の留保をしない限り,投融資会議の付議事項に賛同したものというべきであることなどからすれば,投融資会議は,拓銀の融資に関する正規の機関として存在し,かつ,機能していたというべきであり,その構成員は,その付議案件について,決裁権限を有していたというべきであるから,上記被告らの上記主張は,採用することができない。
オ そして,拓銀は,上記被告らの善管注意義務違反の行為により,本件第2融資に係る融資実行額である29億9400万円(うち被告E,被告F,被告G及び被告Hの関与分19億3500万円,被告E,被告F,被告G及び被告Iの関与分10億5900万円)を回収することができなくなり,同額の損害を被ったのであるから,上記被告らは,その賠償責任を負うというべきである。
したがって,被告E,被告F,被告Gに対し上記損害の一部である1億5000万円,被告Hに対し同1億円,被告Iに対し同5000万円の各連帯支払を求める原告の請求は理由がある。
この点,被告G及び被告Iは,拓銀には,本件第2融資による損害が発生していない旨主張するが,上記のことからすれば,本件第2融資が実行された時点で,拓銀には同額の損害が発生したものと認められるし,本件第2融資の融資先であるタウナステルメ札幌及びテルメインターナショナルホテルシステムは,いずれも既に破産宣告を受けており,損害が填補される余地もないから,上記損害が現存することは明らかである。
被告Gは,総額約30億円の本件第2融資を行うことによって,テルメホテル等の資産価値が140億円に維持されたとするが,上記140億円の数額は,あくまで大蔵省検査による評価額にすぎず,実際には,テルメホテル事業の採算性が見込めないことなどから,拓銀の満足し得る額を提示する任意売却先は現れなかったのであり,このことに加え,被告Gの主張する上記差引き計算には,本件第2融資を継続しなかった場合のテルメホテル等の資産価値が全く考慮されていないこと,本件第2融資はソフィアグループに対する追加融資の総額の一部にすぎないことも併せ考えると,本件第2融資を行ったことにより,テルメホテル等の資産価値が維持されたと解することはできない。
また,被告Iは,本件第2融資を行うことによって,拓銀の損失極小化が図られたとするが,前記のとおり,本件第2融資は,拓銀の損失極小化を確実に図ることが見込まれたものではなかったのであるし,また,本件第2融資自体の財産的価値が回収できていない以上,これと全体的な回収ないし損失の程度とを比較する前提を欠くというべきであるから,被告Iの主張する損害論は採り得ない。
したがって,上記被告らの主張は,いずれも採用することができない。
カ ところで,被告Iは,過失相殺ないし信義則に基づき,同被告の責任は否定あるいは限定されると主張する。
取締役の善管注意義務は,前記のとおり,会社と取締役との間の委任関係に由来するものであるところ,取締役が,このような善管注意義務に違反する行為をしたことについて,当該取締役に会社業務の遂行を委任した会社において何らかの責めに帰すべき事情があると認められるときには,これによって発生した損害につき会社にも応分の負担をさせるのが相当であるから,このような場合は,民法418条に規定する過失相殺の法理を類推して,上記会社側の事情をも斟酌した上で,取締役の損害賠償責任及びその金額を算定すべきである。
しかるに,本件第2融資が実行され,拓銀が前記損害を被った原因は,これを決裁した被告らの善管注意義務違反の行為にあり,上記被告らがこのような融資判断を行ったことについて,拓銀に会社組織上の欠陥があるなどの何らかの責めに帰すべき事情があるとは認められないから,本件においては,前記過失相殺の法理を類推する基礎を欠くというべきである。確かに,本件第2融資の融資判断に当たっては,経営会議によってその具体的方針が承認されていたのであるから,経営会議の構成員である被告ら以外の他の取締役らの善管注意義務違反ないし監視義務違反を不問にして,投融資会議の構成員である被告らの経営責任を追及することは,一見公平性を欠くようにも見えるが,そもそも,本件第2融資に関与した被告らと他の取締役らは,商法266条1項により,会社に対し連帯して損害賠償責任を負い,他の取締役らの責任が加重されるがゆえに被告らの責任が軽減されるとの関係にはない上,本件においては,他の取締役らと拓銀とが,経済的に一体の関係にあるとは認めることができず,損失の公平な分担をその趣旨とする前記過失相殺の法理が適用される場面ではないというべきであるから,他の取締役らが善管注意義務に違反しているとか,拓銀がこれら他の取締役らの経営責任を不問にしているという事実は,善管注意義務に違反する行為を自ら行っていた被告らの責任を軽減する根拠にはなり得ないというべきである。
したがって,被告Iの上記主張は,採用することができない。
4 結論
以上によれば,原告の本件請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条を,仮執行の宣言について同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第5部

裁判長裁判官    笠    井    勝    彦

裁判官    村    田    龍    平

裁判官    本    多    健    司


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