解説記事2004年08月09日 【最新判決研究】 共同相続人の連帯納付制度の違憲性(2004年8月9日号・№078)
最新判決研究
共同相続人の連帯納付制度の違憲性
大阪地裁平成13年(行ウ)第80号 平成15年1月24日判決
大阪高裁平成15年(行コ)第15号 平成16年2月20日判決
筑波大学大学院教授 品川 芳宣
一、事実
(1)X(原告、控訴人)は、平成2年9月20日、共同相続人Aらとともに、被相続人Bを相続し(以下「本件相続」という。)、大阪市所在のアパート(以下「本件建物」という。)の共有持分2分の1(相続開始時の価額3050万円余)及び預貯金300万円を取得した。Xは、法定申告期限内である平成3年3月19日、本件相続に係る自己の相続税額を1006万円余とする申告をし、翌日全額納付した(その後、税額を1060万円余とする修正を申告したが、全額納付した。)。
他方、Aは、平成3年3月19日、本件相続に係る自己の相続税の一部について延納の許可申請をし、同年7月8日付で、平成12年分の分納期限を同年3月21日、分納税額2000万円、利子税額1152万円とする延納の許可を受けた(その後、特例物納の適用により、970万円余と871万円余に減額され、修正申告により112万円余と57万円余を追加、以下「本件延納許可」という。)。
しかし、Aは、本件延納許可に係る分納税額及び利子税額を分納期限(平成12年3月21日、同月22日)を経過したにもかかわらず、これらを納付しなかった。これに対し、Y(被告、被控訴人)税務署長は、平成12年10月4日付で、本件延納許可を取り消した(以下「本件取消」という。)。
(2)Yは、平成12年10月16日付で、Xに対し、下記のとおり、相続税法34条1項に基づき、Aに係る本件延納許可に基づく分納税額及び利子税額並びに本件取消により納期限が到来した分納税額及び利子税額について、督促処分をした(以下「本件督促処分」という。)。
(3)Xは、不服申立ての前置を経て、①相続税法34条1項は憲法13条及び29条に違反する、②本件督促処分はXが相続により取得した財産の価値を上回る相続税の支払を要求するもので憲法29条に違反する、③YがXに対し事前に連帯納付義務の存在や税額を告知することなく本件督促処分をしたことは憲法31条及び行政手続法1条に違反する、④本件督促処分は相続開始から10年以上経過した後になされており徴収権の濫用に当たる、⑤本件督促処分は納期限を半年以上経過した時点でなされており国税通則法37条2項に違反するなどと主張して、本件督促処分の取消を求めて本訴を提起した。
なお、Xが本件相続により受けた利益の価額は、1313万円余である。
二、争点と当事者の主張
争点
(1)憲法13条違反の有無
(2)憲法29条違反の有無
(3)憲法31条、行政手続法1条違反の有無
(4)徴収権の濫用の有無
(5)国税通則法37条2項違反
Xの主張
(1)相続税の連帯納付義務を定めた相続税法34条1項は、旧憲法下の「家」制度の概念に基づくもので、個人の尊厳と人格尊重の理念を定めた憲法13条に違反する無効な規定であるから、かかる無効な規定に基づいてなされた本件督促処分は違法である。
(2)相続税法34条1項は、個人の財産権を保障した憲法29条に違反する無効な規定であるから、これに基づいてなされた本件督促処分は違法である。
そもそも租税債権について本来の納税義務者たる個人を超えた第三者にまで納税義務を拡大し、連帯性を要求し得ることの根拠は、その者らの間に主観的な強い共同性があるためである。通常、税は権利や収入等の経済的利益の生ずるところに課税されるが、利益を共同する場合には、そこに発生する税もまた共同させ、連帯納付義務を課すのが合理的であるといえる。しかし、相続税の連帯納付義務については、納税義務者たる各相続人は相続財産を共有するのではなく、遺産分割により相続開始時に遡って各人がそれぞれ別個の財産を独立して取得するのである。ある相続人は他の相続人が取得した財産に対しては何らの権利も持たず、そこから利益を得ることもない。つまり、課税根拠となった複数の財産が過去のある時期、同一人に帰属したという事実があるだけで、現在の所有者である相続人らの間に主観的なつながりは全くないのである。そのため、相続税の連帯納付義務の場合は、本来個人ごとに課されるべき納税義務を第三者にまで拡大・連帯させるだけの理論的根拠に欠ける。
したがって、相続税の連帯納付義務は、一方的に課税庁側の徴税を容易にする目的で定められた便宜的な規定としか考えられず、かかる不合理な連帯責任制度は近代法制における個人責任の原則と相容れないものであるから、相続税法34条1項は憲法29条に違反する。
仮に相続税法34条1項が憲法29条に違反しないとしても、本件督促処分は、Xに対し、取得した相続財産の価値を超える多額の税金の支払を請求するもので、Xの財産権ないし相続権を侵害するものであるから、その運用においても憲法29条に違反するというべきである。
(3)Yは、Xに対し事前に告知・聴聞の機会を全く与えることなく滞納処分の一環である本件督促処分を行っているが、このように不意打ち的に不利益処分を行うことは適正手続を保障する憲法31条及び行政手続法1条に違反する。憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続においても当該処分の性質上不可能でない限り同様の保障が及ぼされるべきである。もっとも、行政処分は多種多様であり、その性質上、事前に告知、弁解、防御の機会を与える必要はないとされるものもあるが、租税徴収に関する行政処分は、処分を受ける者にとっては財産権を制限される重大な不利益処分である一方、処分の性質としてはそれほど緊急性は高くなく、事前に防御の機会を与えても行政目的を阻害することはないから、原則どおりに事前の手続が保障されるべきものである。そして、憲法31条を具体化した立法である行政手続法もまた、原則として行政のあらゆる分野に適用されるべきもので、特に、行政手続の意義目的を謳った同法1条は、行政手続に関する総則規定として行政一般に妥当し、適用されるものである。
相続税法には連帯納付義務に関して告知の手続の規定がないが、前記のとおり、個別立法の手続保障が十分でない場合は当然に行政手続法の一般原則が適用されるのであるから、相続税法に明文規定がないからといって、告知の手続を行わなくてよいことにはならない。
(4)本件督促処分は相続開始時から10年以上も経過した後になされているから、徴収権の濫用であり違法である。
(5)本件督促処分は、納期限である平成12年3月21日ないし同月22日から半年以上経過した同年10月16日付けでなされており、督促状は納期限から50日以内に発するものとした国税通則法37条2項に違反する。
Yの主張
(1)相続税法34条1項は、自動車重量税法4条、登録免許税法3条及び印紙税法3条2項等の他の国税と同様に、相続税の徴収確保のために、相続人又は受遺者(以下「相続人等」という。)が二人以上いる場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納付義務について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を課したものであって、明治憲法下の「家」制度の概念に基づき定められたものではない。
(2)前記(1)のとおり、相続税法34条1項が憲法29条に違反するとのXの主張も、相続税の納税義務者に関する立法の当否を争うものにすぎないから、本件督促処分について憲法29条違反の有無が問題になる余地はない。
(3)憲法31条所定の法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであり、行政手続についてこのような事前の告知を要するかどうかは、当該行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずこのような告知を要するものではないと解すべきである。
また、行政手続法1条は、同法に関するいわゆる目的規定にすぎず、税務署長に督促処分をするのに先立って納税者に対して相続税法34条1項所定の連帯納付義務の存在及びその額を教示すべき義務を課した規定であるとは解されないほか、「国税に関する法律に基づき行われる処分その他公権力の行使に当たる行為」については行政手続法の適用が除外されていることからすれば(通法74の2①)、本件督促処分には行政手続法1条に違反する違法があるとのXの主張が失当であることは明らかである。
(4)Xは、相続税法34条1項に基づいて、本件相続により受けた利益の価額(1313万円余)の限度でAの固有の相続税の納付義務について連帯納付義務を負っているところ、Yは、このような相続税について、まず固有の納税義務者であるAに対して本件延納許可をして、平成3年から平成11年までの間、同人からかかる相続税額及び利子税額を徴収していたものの、同人が平成12年分の相続税額及び利子税額を支払わなかったために連帯納付義務を負うXに対して本件督促処分をしたものであり、このような本件督促処分に至る経緯を踏まえるならば、Yにおいて徴収権を濫用したとの事情がないことは明らかである。
(5)本件督促処分は、納期限から50日経過後にされているものの、国税通則法37条2項はいわゆる訓示規定であり。同項に違反して督促処分がされたことは当該処分の効力に影響を来すものではない。このことは、同項が効力規定における「しなければならない。」という表現を用いずに、「(50日以内に発する)ものとする。」という一般的に訓示規定であると解される表現を用いていることからも明らかである。よって、本件督促処分は、国税通則法37条2項に違反していない。
三、一審判決要旨
請求棄却。
1 争点(1)(憲法13条違反の有無)
(1)相続税法34条1項は、相続人等が二人以上ある場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を負担させているところ、これは、同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であると解するのが相当である。すなわち、相続人等が複数ある場合に各相続人等の納税義務を各相続人等固有の相続税だけに限定すると、相続人等の中に無資力者がいた場合などには相続税債権の満足が得られなくなるおそれがあることから各相続人等に対し、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について一定の範囲で連帯納付義務を負担させることとしたのであって、その基礎にある思想は、一の相続によって生じた相続税については、その受益者が共同して責任を負うべきであるという考え方であり、Xの主張するように「家」制度を前提として定められたものと解することはできない。
(2)また、相続税の課税方式は、被相続人の遺産全体を対象として課税する遺産税方式と相続人が相続によって取得した財産を対象として課税する遺産取得税方式とに分類することができ、現行相続税法は基本的に遺産取得税方式によっているが、相続税の徴収確保という連帯納付義務の趣旨は、上記いずれの課税方式においても妥当するものであるから、遺産取得税方式を採用したことから直ちに相続人等に連帯納付義務を課すことが許されないということにはならない。よって、相続税法34条1項の規定が憲法13条に違反するとのXの主張は失当である。
2 争点(2)(憲法29条違反の有無)
(1)Xは、相続税法34条1項が憲法29条に違反すると主張するところ、憲法29条により保障される財産権は政策目的による制限が許容されているものであり、また、租税法の定立については、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断のみならず極めて専門技術的な判断を必要とし、裁判所は基本的には立法府の裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。したがって、当該立法の立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法目的達成のための手段が著しく不合理であることが明らかでない限り、これを憲法29条に違反するものということはできないものと解するのが相当である。
このような見地から相続税法34条1項の規定が憲法29条に違反するか否かを検討すると、前記のとおり、相続税法34条1項の連帯納付義務は、相続税の徴収確保を目的として定められたもので、かかる立法目的が正当なものであることは明らかである。そして、相続税法34条1項は、上記目的の達成手段として、各相続人等に対し他の相続人等の固有の相続税の納税義務について連帯納付義務を負わせることとしたのであるが、相続人等の負担する連帯納付義務の範囲は当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額に限られており、各相続人等の税負担が過大になることのないよう配慮されていること、相続税は本来相続財産を引当てとするものであること、相続人は相続を放棄することも可能であること等に照らせば、本条項による連帯納付義務が相続税の徴収確保という立法目的達成手段として著しく不合理であることが明らかであるとはいえないというべきである。
(2)平成2年度の本件建物の固定資産税評価額が1億0167万円余であったのに対し、平成13年度の評価額が9862万円余であることは当事者間に争いがない。しかし、そもそも相続税の課税標準たる相続等により取得した財産の価額は、当該財産を相続等により取得した時の時価によるものとされ(相続税法22条)、相続税法34条1項の連帯納付義務の限度額も、時価により評価した相続財産の価額を基礎として定められることとされている。相続税は相続等により取得した財産に担税力を認めて課されるものであるから、相続税の課税価格を相続時における時価の合計とすることは最もその趣旨にかなうといえるし、仮に相続開始後に相続財産の価値が下落したことを理由に納税義務の減免を認めるとすると、当該財産の価値の下落前に相続税を納付した相続人等との間で税負担の不公平が生じるなど不合理な結果になる。また、Xは、本件督促処分に従いAの固有の相続税を納付したときは同人に対する納税額相当額の求償権を取得するのであるから、同人に対し自己の負担額を請求することができるし、本件においては、Xの主張を前提としても、Xが取得した本件建物持分の価値の下落は91万円余にとどまっている。
よって、Yが、Xが本件相続により受けた利益の価額である1313万円余について本件督促処分を行ったことが著しく不合理であるとはいえず、本件督促処分は憲法29条に違反しないというべきである。
3 争点(3)(憲法31条、行政手続法違反の有無)
(1)憲法31条の法定手続の保障が行政手続にも及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。
まず、相続税法34条1項の連帯納付義務は、同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であって、その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は、各相続人等の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して、法律上当然に生ずるものであるから、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和55年7月1日第三小法廷判決・民集34巻4号535頁)。したがって、相続人等の固有の相続税の納税義務が確定すれば、国税の徴収にあたる所轄庁は、連帯納付義務者に対して徴収手続を行うことが許されるものというべきであり、連帯納付義務を確定させるために賦課決定通知書を送達するなどの特別の行為を行う必要はない。
また、国税通則法36条1項は徴収手続における納税の告知について定めているが、同条は国税通則法制定前の国税徴収法42条と異なり納税の告知を要する場合を制限的に列挙しているから、相続税法34条1項による連帯納付義務には国税通則法36条1項を適用する余地はなく、相続税法34条1項の連帯納付義務に基づく徴収手続を行うにあたり納税の告知を行うことは法律上要求されていない。
確かに、事前の告知等の手続を不要とすると、連帯納付義務の範囲である「相続に因り受けた利益の価額」は客観的に明白でなく、連帯納付義務者は滞納処分を受けて初めて具体的租税債務を知ることとになり不意打ちとなるおそれがあることは否定できない。しかし、前記のとおり、相続税法34条1項の目的は相続税の徴収確保という租税法の基本原則に関わる重要なものであるのに対し、同条項に基づく督促処分により影響を受ける連帯納付義務者の財産権は本来的に政策目的による制限が許容されているものであること、特に租税法の定立については立法府の政策的・専門的判断を尊重する必要があること、大量かつ反復的に行われる督促処分について常に事前の告知等の手続を保障すべきとすることは実際的でないばかりか不可能に近く、相続税の徴収確保という上記督促処分の目的を阻害するおそれがあること、連帯納付義務者は、不服審査や訴訟による事後の救済手続により他の相続人等の固有の納税義務及び自己の連帯納付義務の存否・範囲を争うことが可能であること等を考慮すれば、相続税法に、同法34条1項の連帯納付義務に基づく督促処分を行うに先立ち連帯納付義務者に対し告知等の手続を行うことを定めた規定が存在しないことをもって憲法31条の法意に反するものということはできず、本件各督促処分が憲法31条の法意に反するということもできない。
(2)行政手続法1条は、同条1項において同法の目的を定め、同法が行政手続に関する一般法であることを明らかにするとともに、同条2項において他の法律に特別の定めがある場合はその法律の規定が適用される旨を定めているにすぎず、税務署長に対して、相続税法34条1項に基づき連帯納付義務者に対し督促処分をする際に事前の告知等を行うべき義務を課したものでないことは明らかであるから、本件各督促処分が行政手続法1条に違反するとのXの主張は失当である。
4 争点(4)(徴収権の濫用の有無)
相続税の連帯納付義務には他の相続人等の固有の相続税の納税義務に対して補充性がないから、税務署長は、相続人等の固有の相続税の納税義務が確定した時点で直ちに連帯納付義務者に対して連帯納付義務に基づく徴収手続を行うことも可能である。しかし、争いのない事実等において認定したとおり、Yは、Aに対して本件延納許可を行い、平成11年分までの本件相続に係るA固有の相続税についてはAから徴収していたところ、同人が平成12年分の相続税及び利子税を滞納したことから、平成12年10月4日付けで本件延納許可を取り消した上、本件督促処分を行ったのである。
上記のような本件督促処分に至る経緯にかんがみれば、Yにおいて不当に本件相続に係る相続税の徴収を怠っていたなどの事情は認められないから、Yが本件相続開始後約10年経過した後に本件督促処分を行ったことをもって国税徴収権の濫用と評価することはできない。
5 争点(5)(国税通則法37条2項違反)
国税通則法37条2項は「督促状は、国税に関する法律に別段の定めがあるものを除き、その国税の納期限から50日以内に発するものとする。」と規定しているところ、争いのない事実等において認定したとおり、本件督促処分については、いずれも納期限から50日を経過した後である平成12年10月16日付けで督促状が発せられている。しかし、国税通則法制定前の国税徴収法45条1項が「発しなければならない。」と規定していたのに対し、国税通則法37条2項が「発するものとする。」と規定していることからも明らかなように、国税通則法37条2項は、租税徴収手続を円滑に実施するための訓示規定にすぎないものと解するのが相当である。
よって、国税通則法37条2項に違反して督促状が発せられたとしても、そのことは当該督促処分の効力に影響を及ぼすことはないと解されるから、本件各督促処分は有効である。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却。
(1)当裁判所も、Xの請求はずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2)確かに、事前の告知等の手続を不要とすると、連帯納付義務の範囲である「相続に因り受けた利益の価額」は客観的に明白でなく、連帯納付義務者は滞納処分を受けて初めて具体的租税債務を知ることとなり、不意打ちとなるおそれがあることは否定できない。また、上記のとおり、相続税法34条1項による連帯納付義務について類推適用ができないとはいえ、国税通則法52条2項では保証人に国税を納付させる場合、国税徴収法32条1項では、第二次納税義務者から徴収しようとする場合は、いずれも納付通知書による納税の告知を要するものと規定していることとの均衡上、相続税法34条1項において同種の規定がないことは、立法政策として適切であるか疑問がないわけではない。そして、新設された国税通則法9条2においては、法人の分割により分割をした法人から営業の全部又は一部を承継した法人は、当該分割をした法人の国税について連帯納付の責任を負うが、同連帯納付義務は、補充性がなく、義務の範囲も分割をした法人から承継した財産の価格を限度としている点から見て、相続税法34条1項の連帯納付義務と性格を同一にしていると見られるところ、国税庁長官の法令解釈通達により、国税通則法9条の2の連帯納付義務者から徴収しようとするときには、国税通則法36条1項各号に掲げる国税については納税の告知義務があることが確認されているだけでなく(同条項により当然要求される。)、同条項各号に定める以外の国税についても、連帯納付義務者に対し、連帯納付義務があることや、本税・加算税の額等の義務の内容について通知するものとされており、連帯納付義務者への不意打ち防止などの配慮がなされている。他方、相続税法34条1項の連帯納付義務の場合には、上記最高裁判決の補足意見において、租税の徴収手続においては、納付義務者に不意打ちの感を与えたり、困惑させる事態を生ずることのないように配慮することが望ましいとして、連帯納付義務について納税の告知を要しないとする立法態度は賢明なものとはいえないとしてその問題点が指摘されており、以後本件各督促処分に至るまで20年余が経過しているにもかかわらず、不意打ち防止等に関して立法及び税務行政上何らの手当がなされていない。そして、証拠及び弁論の全趣旨によると、Y税務署における相続税課税件数は、平成5年から同13年まで年間210件から374件の間を推移したこと、連帯納付義務者に対する督促状発送件数は、概ね、平成12年7月から平成13年6月までが120件、同年7月から平成14年6月までが61件、同年7月から平成15年6月までが0件であったことが認められるから、上記のような通知制度を整備しても、それにより相続税の徴収確保を阻害することになるとまでいうのは困難である。
そうすると、相続税法34条1項の連帯納付義務に関して、督促処分に先立つ告知や通知等手続的な整備がされていないこと、特に上記最高裁判決の補足意見においてその問題点が指摘されて以後も、連帯納付義務者の不意打ち防止等のための手続の整備に関して、立法及び国税当局が十分対応してこなかったことが適切であったかについては疑問が残るといわざるを得ない。
しかしながら、相続税法34条1項の連帯納付義務は、その発生要件及び範囲が一義的に明確な形で定められており、連帯納付義務者はこれを免れることができない上、その具体的内容は各相続人固有の相続税の納税義務の確定に伴い、自動的に決せられるもので、このことは法によって予め予告されていること、しかも各相続人は、他の相続人の課税額を知ることや、連帯納付義務額の上限を知ることが具体的な手続の中で困難ではないこと、督促処分は、滞納処分の前提要件であり、滞納処分という連帯納付義務者の不利益な処分に関しては、それを予告する機能があること、連帯納付義務者は、不服審査や訴訟による事後の救済手続により、他の相統人等の固有の納税義務及び自己の連帯納付義務の存否・範囲を争うことが可能であること等を考慮すれば、相続税法に、同法34条1項の連帯納付義務に基づく督促処分を行うに先立ち、連帯納付義務者に対し告知等の手続を行うことを定めた規定に反し、また違法であるということもできない。
(3)Xは、控訴審において、従前の主張のほか、①相続権は憲法上保障されるが(意法29条など)、相続税の徴収確保は憲法上の根拠はなく、相続権を制約する理由とならないこと、②制約ができるとしても、相続税の徴収確保は、他の制度で十分であり、連帯納付義務の規定の必要性を基礎づける客観的な立法事実は存在しないこと、③上記条項による連帯納付義務は「受けた利益を限度」としており、場合によっては相続による財産取得自体を否定することになり、さらに、相続開始時に比べて、相続財産の市場価値が大幅に下落している場合は、相続財産を処分しても相続税に満たないため、相続人の固有の財産から相続税を支払わざるを得ず、これを侵害することになることを挙げている。
しかしながら、国民は憲法上、法律の定めるところに従って納税義務を負っていることは明らかであり、税の徴収確保は、憲法30条、84条等の規定によって憲法上予定されていると言えるとともに、その内容は法律に委ねられているのであるから、前記①の主張はそれ自体根拠はなく、②の主張も要するに相続税に関する立法政策の当否を問題にしているに過ぎず、主張自体失当と言わざるを得ない。また、③についても、相続税の納税義務について相続開始後に相続財産の価格の下落が生じたことを考慮することが不合理であるのは、前記説示のとおりであるだけでなく、同下落は偶然の事情による結果であるから、仮に、相続財産を処分しても連帯納付義務を果たすことができず、相続人の国有財産からこれを支弁したとしても、それは単に相続財産の価格が下落した結果に過ぎず、相続税法34条1項の連帯納付義務があることにより相続人の固有財産を侵害したとはいえないことは明らかである。
五、解説
はじめに
本件は、主として、相続税法34条に定める相続税における連帯納付義務の違憲性が争われたものである。この連帯納付義務制度は、かつては種々の論争(注1)を呼んだが、最高裁昭和55年7月1日第三小法廷判決(民集34巻4号535頁、以下「最高裁昭和55年判決」という。)(注2)が、当該制度の合理性と告知を要しないことの正当性を容認したことにより一応の解決をみた。
しかしながら、地価の下落が長期化し、資産デフレ化が深刻する中で、相続税の延納の承認を受けても、当該分納税額を納付できず、当該延納の許可が取り消されるケースも増加してきた。そうなると、当該納税者にとっては、既に延納税額を納付する資力もなくなり、他の共同相続人に対する連帯納付の義務が問題となる。
この場合、延納が通常20年という長期にわたるため、本件の場合もそうであるが、当該相続が開始されてから相当長期を経た後に、共同相続人に対し、いわば不意打ち的に連帯納付義務の履行について督促が行われることになる。かくして、当該共同相続人にとっても不測な事態を招くことになるのであるが、それが故に、当該連帯納付義務制度に対する問題点が惹起される。
本件においても、Xは、相続開始後10年を経てから、共同相続人の滞納税額について、督促状を受けたというものである。そこで、本訴においては、当該連帯納付義務制度の合憲性が全面的に争われることとなり、次いで、徴収権の濫用の有無、国税通則法37条2項違反等が争われることとなった。
また、当該連帯納付義務制度については、かねてから、特に、近畿税理士会が廃止を要求していたこともあって、本訴控訴審において、十数名の税理士が補佐人となっていたことも、社会的に注目されていた。
1 相続税法34条の連帯納付義務
(1)相続税法34条1項は、「同一の被相続人から相続または遺贈(第21条の6第3項の規定の適用を受ける財産に係る贈与を含む。・・・・)により財産を取得したすべての者は、その相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、互いに連帯納付の責めに任ずる。」と定めている。
また、このような連帯納付義務については、同一の被相続人から相続または遺贈により財産を取得したすべての者に対し、当該被相続人に係る相続税または贈与税につき定められており(相法34②)、相続税又は贈与税の課税価格の基礎となった財産を贈与若しくは遺贈により取得した者又は寄付行為により財産の移転を受けて設立された法人に対し、当該相続税等のうち当該取得部分に対応する税額について定められており(相法34③)、更に、財産を贈与した者に対し、当該贈与により財産を取得した者の贈与税についても定められている(相法34④)。
そして、「国税に関する法律の規定により国税を連帯して納付する義務については、民法第432条から第434条まで、第437条及び第439条から第444条まで(連帯債務の効力等)の規定を準用する。」(通法8)と定められている。
(2)これらの連帯納付義務のうち特に同一の被相続人から相続等により財産を取得した共同相続人の義務については、「同法(編注=相続税法34条1項)が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であって、・・・・」(注3)、「連帯納税義務ではなく、他の相続人の納税義務に対する一種の人的責任であるが、その基礎にある思想は、一の相続によって生じた相続税については、その受益者が共同して責任を負うべきであるという考え方である。」(注4)等と解されている。
また、本件各判決は、「同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であると解するのが相当である。すなわち、相続人等が複数ある場合に各相続人等の納税義務を各相続人等固有の相続税だけに限定すると、相続人等の中に無資力者がいた場合などには相続税債権の満足が得られなくなるおそれがあることから、各相続人等に対し、他の相続人等の固有の相続税の納税義務者について一定の範囲で連帯納付義務を負担させることとしたのであって、その基礎にある思想は、一の相続によって生じた相続税については、その受益者が共同して責任を負うべきであるという考え方であ」ると判示している。
(3)次に、相続税法34条1項又は2項に規定する「相続又は遺贈により受けた利益の価額」とは、「相続又は遺贈(相続時精算課税の適用を受ける財産に係る贈与を含む。・・・・)により取得した財産の価額(法第12条1項各号及び第21条の3台1項各号に掲げる課税価格計算の基礎に算入されない財産の価額を含む。)から法第13条の規定による債務控除の額並びに相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税額及び登録免許税を控除した後の金額をいうものとする。」(相法基通34-1)として取り扱われている。そして、この趣旨については、「その連帯納付の義務に基づく負担額が相続又は遺贈により受けた利益の額を超えないこととするためであり、いいかえれば自己の固有財産を持ち出してまでもこの義務を負担する必要はないことになる。」(注5)と説明されている。
しかしながら、この取扱いにおいては、公益事業団体等に遺贈等した財産がある場合または相続等により取得した財産が値下がりした後に連帯納付義務が生じた場合には、自己の固有の財産を持ち出す場合があり得ることに留意する必要がある。
2 最高裁昭和55年判決の概要
(1)本件各判決の先例としては、本件各判決も引用している最高裁昭和55年判決がある。この事件では、昭和40年4月26日死亡した被相続人を相続した長男(原告、被控訴人、上告人)が、共同相続人2名(被相続人の長女及び養子)が相続税を完納しなかったため、当該滞納税額について、昭和45年9月1日付で納税告知書の送達を受け、同年10月9日付で督促状の送達を受け、同年10月6日付で長男所有の土地が大阪国税局長より差し押さえられたものである(その後、当該納税告知は取り消された。)。
そして、長男は、昭和48年3月19日、当該差押え土地を訴外会社に売却した。訴外会社は、同日、大阪国税局長に対し、長男の連帯納付の義務額を代位弁済し、その代位弁済に基づく求償権をもって、当該差押え土地の売買代金債務と対等額で相殺した。しかしながら、長男は、前記相続税等の連帯納付義務は不存在であったから、代位弁済として納付された金員は過誤納であるとして、国に対しその還付を求めるべく本訴を提起した。
(2)一審の大阪地裁昭和51年10月27日判決(行裁例集29巻4号522頁)は、相続税法34条1項の連帯納付義務も国税通則法15条1項にいう「国税を納付する義務」に当たり、当該義務は、同法15条3項に定める特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものではなく、同法16条1項1号に定める申告納税方式によって確定するものではないから、賦課課税方式によって確定されるべきものであるところ、本件において賦課処分がされていないのであるので、大阪国税局長は当該税額を徴収できないとして、長男の請求を認容した。
これに対し、控訴審の大阪高裁昭和53年4月12日判決(行裁例集29巻4号514頁)は、相続税法34条1項の規定は徴収に関する定めであって、法が連帯納付義務について本来の租税債務と別個に確定手続をとることを予想していない旨判示し、「右連帯納付の義務は法が相続税徴収の確保を図るため、共同相続人中無資力の者があることに備え、他の共同相続人に課した特別の履行責任であって、その義務履行の前提条件をなす租税債権債務関係の確定は、各相続人の本来の納税義務の確定という事実に照応して、その都度法律上当然に生ずるものであり、本来の納税義務につき申告納税の方式により租税債務が確定するときは、その他に何らの確定手続を要するものではないと解するのが相当である。」と判示し、国側の主張を全面的に容認した。
(3)かくして、最高裁昭和55年判決は、「相続税法34条1項は、相続人又は受遺者(以下「相続人等」という。)が2人以上ある場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続又は遺贈に因りうけた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を負担させている。この連帯納付義務は、同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であって、その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は、各相続人等の固有の相続税の納税義務の確定という事実の照応して、法律上当然に生ずるものであるから、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではないと解するのが相当である。それ故、相続人等の固有の相続税の納税義務が確定すれば、国税の徴収にあたる所轄庁は、連帯納付義務者に対して徴収手続を行うことが許されるものといわなければならない。」と判示し、当該上告を棄却し、原判決を支持した。
なお、この最高裁判決に関しては、伊藤正巳裁判官が、納税の告知がないからといってその徴収手続が違法となるものではないと考えられるとしながらも、「このように連帯納付義務について納税の告知を要しないとする立法態度は、賢明なものとはいえない」とする補足意見を付している(注6)。
以上のように、最高裁昭和55年判決は、相続税法34条に定める連帯納付の義務について、告知等の何らの確定手続を要することなく、直ちに徴収手続に着手できることを明確にしたことに意義がある。
3 本件の特徴の問題点
(1)以上のように、従前の裁判例と学説は、主として、相続税の連帯納付義務の手続において納税の告知又は賦課処分を要するか否かを論争してきたものである。もちろん、本訴においても、そのことは問題とされ、特に、控訴審判決においては、国税各法における、納税の告知制度とのバランスからみても、当該義務における告知を要さないことの不当性も指摘しているのであるが、結局、最高裁昭和55年判決の域を出るものではないとして、そのことにより違法性は否定されている。
ところで、本件においては、Xの共同相続人であるAが、相続開始後約10年経てから分納税額と利子税額を支払えなくなったため、延納の許可が取り消され、多額な滞納税額が発生したというものであり、それにより、Xに連帯納付の責任が生じたというものである。そして、その背景には、長期にわたる地価下落に代表される資産デフレ化があり、その下で、相続税の延納者の多くが分納税額の支払いに苦慮しているという実態がある。そのため、税理士会が組織をあげて、当該義務制度の廃止の必要性を説くことにもなる。
(2)そのため、本訴においては、相続税の連帯納付義務制度それ自体の違憲性が全面的に争われることとなった。その違憲事由としては、憲法13条違反、29条違反及び31条違反が挙げられている。
このうち、31条違反については、前述の納税の告知の要否に関わる問題であるので、本件各判決が判示するように、最高裁昭和55年判決の趣旨に則って、違憲性が否定されるものと考えられる。しかしながら、本件においては、相続開始後約10年を経てからいきなり督促状の送達を受けたというものであるから(最高裁昭和55年判決の事案では、約5年後)、その不意打ち度も強く、その不当性が一層指摘されるであろう。したがって、この不当性については、既に多くの判決、学説において、指摘されている(注7)のであるから、国税通則法36条1項の納税の告知に1項目を加えるか、あるいは国税徴収法32条1項等の例にならい相続税法34条に告知義務を定める方法を早急に検討すべきであろう。また、国税庁は、国税通則法9条の2に関しては明文の規定が存在しないにもかかわらず告知の手続をとることにしている(個別通達平成13年徴徴4-5・徴管2-20)のであるから、相続税法34条についてもそのように取り扱うべきであろう。
また、憲法13条違反については、X側は、相続税法34条1項が旧憲法下の「家制度」に基づくものである旨主張したのであるが、本件各判決では、当該条項の趣旨を判示した上で、当該主張を排斥している。いずれにしても、憲法13条違反については、説得力を欠くことになろう。
(3)問題は、むしろ憲法29条違反である。本件各判決は、「租税法の定立については、財政・経済・社会政策等の国税全般からの総合的な政策判断のみならず極めて専門技術的な判断を必要とし、裁判所は基本的には立法府の裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。」と違憲審査の限界(注8)を示し、相続税法34条1項の立法目的は正当なものであるとし、更に、本件建物の固定資産税評価額が平成2年度の1億167万円余から平成13年には9862万円余にしか下落していないこと(Xの持分の下落は91万円余)を認定した上で、Xが本件相続により受けた利益の価額である1313万円余について本件督促処分を行ったことが著しく不合理であるとはいえず、本件督促処分は憲法29条に違反しない旨判示している。
しかしながら、仮に、Xが土地を相続していた場合には、平成2年から平成12年までの価額の下落率は相当大幅(大阪であれば、7~8割の下落も珍しくないはずである。)なものであったはずであるから、本件各判決のような考え方が成り立つかどうかは疑問である。
このことは、相続税34条1項にいう「・・・・受けた利益の価額」の解釈(相法基通34-1参照)にも関わるが、相続等により取得した財産の価額が大幅に下落しているときは、連帯納付義務者にとって非常に酷な結果を招来することになる。この場合の解決策としては、国税徴収法39条では「・・・・受けた利益が現に存する限度」において第二次納税義務を負わしているわけであるから、その方法にならうことも考えられる。
いずれにしても、本件のように、相続開始後相当長期間を経てから連帯納付義務が発生した場合には、本件各判決が判示する以外の諸問題が生じることが考えられる。
4 本判決の意義と問題点
(1)以上のように、本件は、相続開始約10年後に共同相続人の相続税について相続税34条1項に定める義務が生じた場合に、主として当該義務制度の合憲性が争われたものである。
相続税法34条1項に定める共同相続人間の連帯納付義務については、納税の告知の制度があるわけではなく、税務署長からの不意打ち的な督促状の送達によって開始されることもあって、当該条項の当否について多くの論争がある。
もっとも、最高裁昭和55年判決が当該条項の合理性を容認したこともあって、当該論争にも一応のピリオドが打たれたことも言える。しかしながら、最近のように、地価の下落が長期化し、資産デフレが深刻化すると、相続税の長期の延納許可を受けている場合には、本件のような事態が多く生じることになる。したがって、最高裁昭和55年判決の事案とは別の背景の下で、相続税法34条1項の規定の当否が法廷で争われたことは意義のあることである。
(2)また、このような背景の違いもあって、本訴においては、当該条項の違憲問題が全面的に争われることになったのであるが、憲法各条項の違反問題については、前述したとおりである。
その中でも、憲法29条違反の問題については、種々の点が指摘できることを前述した。その意味では、Xが本件相続により取得した本件建物の下落が低かったこともあって、Xの主張も説得力を欠いたとも言える。しかし、取得財産の価額が大幅に下落している場合には、連帯納付義務を負わせる共同相続人に対して、自己固有の財産についても滞納処分が強行されることになるので、当該条項について考えさせられる点も多い。
いずれにしても、相続税法34条の連帯納付義務制度については、告知制度の創設、「受けた利益の価額に相当する金額を限度」とすることの見直し等について課題が多いものと考えられる。
(注1)後出(注2)のほか、金子宏「租税法 第9版」(弘文堂)439頁、石島弘「相続税法の「連帯納付」責任」甲南法学22巻1~4合併号151頁、飛岡邦夫「相続税連帯納付義務に関する一考察」税務大学校論叢1号264頁、来栖三郎「相続税と相続制度」『公法の理論(田中二郎古稀記念)』749頁等参照
(注2)本判決の評釈等として、新井隆一・別冊ジュリスト「租税判例百選(第三版)」100頁、同「租税判例百選(第二版)」106頁、碓井光明・税務事例11巻2号23頁、牧野正満・税理20巻9号177頁、山田二郎・税法学345号6頁、水野忠恒・判例評論248号14頁(判例時報935号160頁)、石島弘・民商法雑誌84巻3号357頁、高野幸大・税研2002年11月号(租税基本判例80)29頁等参照
(注3)前掲最高裁昭和55年7月1日第三小法廷判決
(注4)前出(注1)金子・438頁
(注5)香取稔編「相続税法基本通達逐条解説 平成15年版」(大蔵財務協会)451頁
(注6)この補足意見のように、相続税法34条の連帯納付義務の履行において納税の告知を要しないことについては、批判も多い(前出(注1)金子・440頁、前出(注2)山田・6頁、同水野・163頁、同石島・364頁本件控訴審判決等参照)。
(注7)前出(注6)参照
(注8)この違憲審査の限界に関する考え方は、最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁)に依拠している。この大法廷判決については、金子宏「租税法律主義の意義」別冊ジュリスト「租税判例百選(第三版)」4頁、中里実「大島訴訟」税務事例400号記念号12頁等参照
品川芳宣 (しながわよしのぶ)
国税庁審理課課長補佐、東京地裁調査官、税務大学校教育二部長、国税庁資産評価企画官、同徴収課長、同管理課長、高松国税局長などを経て、平成7年筑波大学社会科学系教授。
【主要著書】
『課税所得と企業利益』(税務研究会)、『役員給与税務事例集』(商事法務研究会)、『役員報酬の法律と実務』(同)、『附帯税の事例研究』(財経詳報社)、『法人税の判例』(ぎょうせい)、『相続税財産評価の論点』(同)、『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会)、『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)、『租税法律主義と税務通達』(ぎょうせい)他多数。
共同相続人の連帯納付制度の違憲性
大阪地裁平成13年(行ウ)第80号 平成15年1月24日判決
大阪高裁平成15年(行コ)第15号 平成16年2月20日判決
筑波大学大学院教授 品川 芳宣
一、事実
(1)X(原告、控訴人)は、平成2年9月20日、共同相続人Aらとともに、被相続人Bを相続し(以下「本件相続」という。)、大阪市所在のアパート(以下「本件建物」という。)の共有持分2分の1(相続開始時の価額3050万円余)及び預貯金300万円を取得した。Xは、法定申告期限内である平成3年3月19日、本件相続に係る自己の相続税額を1006万円余とする申告をし、翌日全額納付した(その後、税額を1060万円余とする修正を申告したが、全額納付した。)。
他方、Aは、平成3年3月19日、本件相続に係る自己の相続税の一部について延納の許可申請をし、同年7月8日付で、平成12年分の分納期限を同年3月21日、分納税額2000万円、利子税額1152万円とする延納の許可を受けた(その後、特例物納の適用により、970万円余と871万円余に減額され、修正申告により112万円余と57万円余を追加、以下「本件延納許可」という。)。
しかし、Aは、本件延納許可に係る分納税額及び利子税額を分納期限(平成12年3月21日、同月22日)を経過したにもかかわらず、これらを納付しなかった。これに対し、Y(被告、被控訴人)税務署長は、平成12年10月4日付で、本件延納許可を取り消した(以下「本件取消」という。)。
(2)Yは、平成12年10月16日付で、Xに対し、下記のとおり、相続税法34条1項に基づき、Aに係る本件延納許可に基づく分納税額及び利子税額並びに本件取消により納期限が到来した分納税額及び利子税額について、督促処分をした(以下「本件督促処分」という。)。
納期限 | 本税 | 利子税 |
平12.3.21 | 970万円余 | 871万円余 |
平12.3.22 | 112 〃 | 51 〃 |
平12.10.4 | 2億2000 〃 | 242 〃 |
平12.10.4 | 1210 〃 | 13 〃 |
(3)Xは、不服申立ての前置を経て、①相続税法34条1項は憲法13条及び29条に違反する、②本件督促処分はXが相続により取得した財産の価値を上回る相続税の支払を要求するもので憲法29条に違反する、③YがXに対し事前に連帯納付義務の存在や税額を告知することなく本件督促処分をしたことは憲法31条及び行政手続法1条に違反する、④本件督促処分は相続開始から10年以上経過した後になされており徴収権の濫用に当たる、⑤本件督促処分は納期限を半年以上経過した時点でなされており国税通則法37条2項に違反するなどと主張して、本件督促処分の取消を求めて本訴を提起した。
なお、Xが本件相続により受けた利益の価額は、1313万円余である。
二、争点と当事者の主張
争点
(1)憲法13条違反の有無
(2)憲法29条違反の有無
(3)憲法31条、行政手続法1条違反の有無
(4)徴収権の濫用の有無
(5)国税通則法37条2項違反
Xの主張
(1)相続税の連帯納付義務を定めた相続税法34条1項は、旧憲法下の「家」制度の概念に基づくもので、個人の尊厳と人格尊重の理念を定めた憲法13条に違反する無効な規定であるから、かかる無効な規定に基づいてなされた本件督促処分は違法である。
(2)相続税法34条1項は、個人の財産権を保障した憲法29条に違反する無効な規定であるから、これに基づいてなされた本件督促処分は違法である。
そもそも租税債権について本来の納税義務者たる個人を超えた第三者にまで納税義務を拡大し、連帯性を要求し得ることの根拠は、その者らの間に主観的な強い共同性があるためである。通常、税は権利や収入等の経済的利益の生ずるところに課税されるが、利益を共同する場合には、そこに発生する税もまた共同させ、連帯納付義務を課すのが合理的であるといえる。しかし、相続税の連帯納付義務については、納税義務者たる各相続人は相続財産を共有するのではなく、遺産分割により相続開始時に遡って各人がそれぞれ別個の財産を独立して取得するのである。ある相続人は他の相続人が取得した財産に対しては何らの権利も持たず、そこから利益を得ることもない。つまり、課税根拠となった複数の財産が過去のある時期、同一人に帰属したという事実があるだけで、現在の所有者である相続人らの間に主観的なつながりは全くないのである。そのため、相続税の連帯納付義務の場合は、本来個人ごとに課されるべき納税義務を第三者にまで拡大・連帯させるだけの理論的根拠に欠ける。
したがって、相続税の連帯納付義務は、一方的に課税庁側の徴税を容易にする目的で定められた便宜的な規定としか考えられず、かかる不合理な連帯責任制度は近代法制における個人責任の原則と相容れないものであるから、相続税法34条1項は憲法29条に違反する。
仮に相続税法34条1項が憲法29条に違反しないとしても、本件督促処分は、Xに対し、取得した相続財産の価値を超える多額の税金の支払を請求するもので、Xの財産権ないし相続権を侵害するものであるから、その運用においても憲法29条に違反するというべきである。
(3)Yは、Xに対し事前に告知・聴聞の機会を全く与えることなく滞納処分の一環である本件督促処分を行っているが、このように不意打ち的に不利益処分を行うことは適正手続を保障する憲法31条及び行政手続法1条に違反する。憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続においても当該処分の性質上不可能でない限り同様の保障が及ぼされるべきである。もっとも、行政処分は多種多様であり、その性質上、事前に告知、弁解、防御の機会を与える必要はないとされるものもあるが、租税徴収に関する行政処分は、処分を受ける者にとっては財産権を制限される重大な不利益処分である一方、処分の性質としてはそれほど緊急性は高くなく、事前に防御の機会を与えても行政目的を阻害することはないから、原則どおりに事前の手続が保障されるべきものである。そして、憲法31条を具体化した立法である行政手続法もまた、原則として行政のあらゆる分野に適用されるべきもので、特に、行政手続の意義目的を謳った同法1条は、行政手続に関する総則規定として行政一般に妥当し、適用されるものである。
相続税法には連帯納付義務に関して告知の手続の規定がないが、前記のとおり、個別立法の手続保障が十分でない場合は当然に行政手続法の一般原則が適用されるのであるから、相続税法に明文規定がないからといって、告知の手続を行わなくてよいことにはならない。
(4)本件督促処分は相続開始時から10年以上も経過した後になされているから、徴収権の濫用であり違法である。
(5)本件督促処分は、納期限である平成12年3月21日ないし同月22日から半年以上経過した同年10月16日付けでなされており、督促状は納期限から50日以内に発するものとした国税通則法37条2項に違反する。
Yの主張
(1)相続税法34条1項は、自動車重量税法4条、登録免許税法3条及び印紙税法3条2項等の他の国税と同様に、相続税の徴収確保のために、相続人又は受遺者(以下「相続人等」という。)が二人以上いる場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納付義務について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を課したものであって、明治憲法下の「家」制度の概念に基づき定められたものではない。
(2)前記(1)のとおり、相続税法34条1項が憲法29条に違反するとのXの主張も、相続税の納税義務者に関する立法の当否を争うものにすぎないから、本件督促処分について憲法29条違反の有無が問題になる余地はない。
(3)憲法31条所定の法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであり、行政手続についてこのような事前の告知を要するかどうかは、当該行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずこのような告知を要するものではないと解すべきである。
また、行政手続法1条は、同法に関するいわゆる目的規定にすぎず、税務署長に督促処分をするのに先立って納税者に対して相続税法34条1項所定の連帯納付義務の存在及びその額を教示すべき義務を課した規定であるとは解されないほか、「国税に関する法律に基づき行われる処分その他公権力の行使に当たる行為」については行政手続法の適用が除外されていることからすれば(通法74の2①)、本件督促処分には行政手続法1条に違反する違法があるとのXの主張が失当であることは明らかである。
(4)Xは、相続税法34条1項に基づいて、本件相続により受けた利益の価額(1313万円余)の限度でAの固有の相続税の納付義務について連帯納付義務を負っているところ、Yは、このような相続税について、まず固有の納税義務者であるAに対して本件延納許可をして、平成3年から平成11年までの間、同人からかかる相続税額及び利子税額を徴収していたものの、同人が平成12年分の相続税額及び利子税額を支払わなかったために連帯納付義務を負うXに対して本件督促処分をしたものであり、このような本件督促処分に至る経緯を踏まえるならば、Yにおいて徴収権を濫用したとの事情がないことは明らかである。
(5)本件督促処分は、納期限から50日経過後にされているものの、国税通則法37条2項はいわゆる訓示規定であり。同項に違反して督促処分がされたことは当該処分の効力に影響を来すものではない。このことは、同項が効力規定における「しなければならない。」という表現を用いずに、「(50日以内に発する)ものとする。」という一般的に訓示規定であると解される表現を用いていることからも明らかである。よって、本件督促処分は、国税通則法37条2項に違反していない。
三、一審判決要旨
請求棄却。
1 争点(1)(憲法13条違反の有無)
(1)相続税法34条1項は、相続人等が二人以上ある場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を負担させているところ、これは、同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であると解するのが相当である。すなわち、相続人等が複数ある場合に各相続人等の納税義務を各相続人等固有の相続税だけに限定すると、相続人等の中に無資力者がいた場合などには相続税債権の満足が得られなくなるおそれがあることから各相続人等に対し、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について一定の範囲で連帯納付義務を負担させることとしたのであって、その基礎にある思想は、一の相続によって生じた相続税については、その受益者が共同して責任を負うべきであるという考え方であり、Xの主張するように「家」制度を前提として定められたものと解することはできない。
(2)また、相続税の課税方式は、被相続人の遺産全体を対象として課税する遺産税方式と相続人が相続によって取得した財産を対象として課税する遺産取得税方式とに分類することができ、現行相続税法は基本的に遺産取得税方式によっているが、相続税の徴収確保という連帯納付義務の趣旨は、上記いずれの課税方式においても妥当するものであるから、遺産取得税方式を採用したことから直ちに相続人等に連帯納付義務を課すことが許されないということにはならない。よって、相続税法34条1項の規定が憲法13条に違反するとのXの主張は失当である。
2 争点(2)(憲法29条違反の有無)
(1)Xは、相続税法34条1項が憲法29条に違反すると主張するところ、憲法29条により保障される財産権は政策目的による制限が許容されているものであり、また、租税法の定立については、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断のみならず極めて専門技術的な判断を必要とし、裁判所は基本的には立法府の裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。したがって、当該立法の立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法目的達成のための手段が著しく不合理であることが明らかでない限り、これを憲法29条に違反するものということはできないものと解するのが相当である。
このような見地から相続税法34条1項の規定が憲法29条に違反するか否かを検討すると、前記のとおり、相続税法34条1項の連帯納付義務は、相続税の徴収確保を目的として定められたもので、かかる立法目的が正当なものであることは明らかである。そして、相続税法34条1項は、上記目的の達成手段として、各相続人等に対し他の相続人等の固有の相続税の納税義務について連帯納付義務を負わせることとしたのであるが、相続人等の負担する連帯納付義務の範囲は当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額に限られており、各相続人等の税負担が過大になることのないよう配慮されていること、相続税は本来相続財産を引当てとするものであること、相続人は相続を放棄することも可能であること等に照らせば、本条項による連帯納付義務が相続税の徴収確保という立法目的達成手段として著しく不合理であることが明らかであるとはいえないというべきである。
(2)平成2年度の本件建物の固定資産税評価額が1億0167万円余であったのに対し、平成13年度の評価額が9862万円余であることは当事者間に争いがない。しかし、そもそも相続税の課税標準たる相続等により取得した財産の価額は、当該財産を相続等により取得した時の時価によるものとされ(相続税法22条)、相続税法34条1項の連帯納付義務の限度額も、時価により評価した相続財産の価額を基礎として定められることとされている。相続税は相続等により取得した財産に担税力を認めて課されるものであるから、相続税の課税価格を相続時における時価の合計とすることは最もその趣旨にかなうといえるし、仮に相続開始後に相続財産の価値が下落したことを理由に納税義務の減免を認めるとすると、当該財産の価値の下落前に相続税を納付した相続人等との間で税負担の不公平が生じるなど不合理な結果になる。また、Xは、本件督促処分に従いAの固有の相続税を納付したときは同人に対する納税額相当額の求償権を取得するのであるから、同人に対し自己の負担額を請求することができるし、本件においては、Xの主張を前提としても、Xが取得した本件建物持分の価値の下落は91万円余にとどまっている。
よって、Yが、Xが本件相続により受けた利益の価額である1313万円余について本件督促処分を行ったことが著しく不合理であるとはいえず、本件督促処分は憲法29条に違反しないというべきである。
3 争点(3)(憲法31条、行政手続法違反の有無)
(1)憲法31条の法定手続の保障が行政手続にも及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。
まず、相続税法34条1項の連帯納付義務は、同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であって、その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は、各相続人等の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して、法律上当然に生ずるものであるから、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和55年7月1日第三小法廷判決・民集34巻4号535頁)。したがって、相続人等の固有の相続税の納税義務が確定すれば、国税の徴収にあたる所轄庁は、連帯納付義務者に対して徴収手続を行うことが許されるものというべきであり、連帯納付義務を確定させるために賦課決定通知書を送達するなどの特別の行為を行う必要はない。
また、国税通則法36条1項は徴収手続における納税の告知について定めているが、同条は国税通則法制定前の国税徴収法42条と異なり納税の告知を要する場合を制限的に列挙しているから、相続税法34条1項による連帯納付義務には国税通則法36条1項を適用する余地はなく、相続税法34条1項の連帯納付義務に基づく徴収手続を行うにあたり納税の告知を行うことは法律上要求されていない。
確かに、事前の告知等の手続を不要とすると、連帯納付義務の範囲である「相続に因り受けた利益の価額」は客観的に明白でなく、連帯納付義務者は滞納処分を受けて初めて具体的租税債務を知ることとになり不意打ちとなるおそれがあることは否定できない。しかし、前記のとおり、相続税法34条1項の目的は相続税の徴収確保という租税法の基本原則に関わる重要なものであるのに対し、同条項に基づく督促処分により影響を受ける連帯納付義務者の財産権は本来的に政策目的による制限が許容されているものであること、特に租税法の定立については立法府の政策的・専門的判断を尊重する必要があること、大量かつ反復的に行われる督促処分について常に事前の告知等の手続を保障すべきとすることは実際的でないばかりか不可能に近く、相続税の徴収確保という上記督促処分の目的を阻害するおそれがあること、連帯納付義務者は、不服審査や訴訟による事後の救済手続により他の相続人等の固有の納税義務及び自己の連帯納付義務の存否・範囲を争うことが可能であること等を考慮すれば、相続税法に、同法34条1項の連帯納付義務に基づく督促処分を行うに先立ち連帯納付義務者に対し告知等の手続を行うことを定めた規定が存在しないことをもって憲法31条の法意に反するものということはできず、本件各督促処分が憲法31条の法意に反するということもできない。
(2)行政手続法1条は、同条1項において同法の目的を定め、同法が行政手続に関する一般法であることを明らかにするとともに、同条2項において他の法律に特別の定めがある場合はその法律の規定が適用される旨を定めているにすぎず、税務署長に対して、相続税法34条1項に基づき連帯納付義務者に対し督促処分をする際に事前の告知等を行うべき義務を課したものでないことは明らかであるから、本件各督促処分が行政手続法1条に違反するとのXの主張は失当である。
4 争点(4)(徴収権の濫用の有無)
相続税の連帯納付義務には他の相続人等の固有の相続税の納税義務に対して補充性がないから、税務署長は、相続人等の固有の相続税の納税義務が確定した時点で直ちに連帯納付義務者に対して連帯納付義務に基づく徴収手続を行うことも可能である。しかし、争いのない事実等において認定したとおり、Yは、Aに対して本件延納許可を行い、平成11年分までの本件相続に係るA固有の相続税についてはAから徴収していたところ、同人が平成12年分の相続税及び利子税を滞納したことから、平成12年10月4日付けで本件延納許可を取り消した上、本件督促処分を行ったのである。
上記のような本件督促処分に至る経緯にかんがみれば、Yにおいて不当に本件相続に係る相続税の徴収を怠っていたなどの事情は認められないから、Yが本件相続開始後約10年経過した後に本件督促処分を行ったことをもって国税徴収権の濫用と評価することはできない。
5 争点(5)(国税通則法37条2項違反)
国税通則法37条2項は「督促状は、国税に関する法律に別段の定めがあるものを除き、その国税の納期限から50日以内に発するものとする。」と規定しているところ、争いのない事実等において認定したとおり、本件督促処分については、いずれも納期限から50日を経過した後である平成12年10月16日付けで督促状が発せられている。しかし、国税通則法制定前の国税徴収法45条1項が「発しなければならない。」と規定していたのに対し、国税通則法37条2項が「発するものとする。」と規定していることからも明らかなように、国税通則法37条2項は、租税徴収手続を円滑に実施するための訓示規定にすぎないものと解するのが相当である。
よって、国税通則法37条2項に違反して督促状が発せられたとしても、そのことは当該督促処分の効力に影響を及ぼすことはないと解されるから、本件各督促処分は有効である。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却。
(1)当裁判所も、Xの請求はずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2)確かに、事前の告知等の手続を不要とすると、連帯納付義務の範囲である「相続に因り受けた利益の価額」は客観的に明白でなく、連帯納付義務者は滞納処分を受けて初めて具体的租税債務を知ることとなり、不意打ちとなるおそれがあることは否定できない。また、上記のとおり、相続税法34条1項による連帯納付義務について類推適用ができないとはいえ、国税通則法52条2項では保証人に国税を納付させる場合、国税徴収法32条1項では、第二次納税義務者から徴収しようとする場合は、いずれも納付通知書による納税の告知を要するものと規定していることとの均衡上、相続税法34条1項において同種の規定がないことは、立法政策として適切であるか疑問がないわけではない。そして、新設された国税通則法9条2においては、法人の分割により分割をした法人から営業の全部又は一部を承継した法人は、当該分割をした法人の国税について連帯納付の責任を負うが、同連帯納付義務は、補充性がなく、義務の範囲も分割をした法人から承継した財産の価格を限度としている点から見て、相続税法34条1項の連帯納付義務と性格を同一にしていると見られるところ、国税庁長官の法令解釈通達により、国税通則法9条の2の連帯納付義務者から徴収しようとするときには、国税通則法36条1項各号に掲げる国税については納税の告知義務があることが確認されているだけでなく(同条項により当然要求される。)、同条項各号に定める以外の国税についても、連帯納付義務者に対し、連帯納付義務があることや、本税・加算税の額等の義務の内容について通知するものとされており、連帯納付義務者への不意打ち防止などの配慮がなされている。他方、相続税法34条1項の連帯納付義務の場合には、上記最高裁判決の補足意見において、租税の徴収手続においては、納付義務者に不意打ちの感を与えたり、困惑させる事態を生ずることのないように配慮することが望ましいとして、連帯納付義務について納税の告知を要しないとする立法態度は賢明なものとはいえないとしてその問題点が指摘されており、以後本件各督促処分に至るまで20年余が経過しているにもかかわらず、不意打ち防止等に関して立法及び税務行政上何らの手当がなされていない。そして、証拠及び弁論の全趣旨によると、Y税務署における相続税課税件数は、平成5年から同13年まで年間210件から374件の間を推移したこと、連帯納付義務者に対する督促状発送件数は、概ね、平成12年7月から平成13年6月までが120件、同年7月から平成14年6月までが61件、同年7月から平成15年6月までが0件であったことが認められるから、上記のような通知制度を整備しても、それにより相続税の徴収確保を阻害することになるとまでいうのは困難である。
そうすると、相続税法34条1項の連帯納付義務に関して、督促処分に先立つ告知や通知等手続的な整備がされていないこと、特に上記最高裁判決の補足意見においてその問題点が指摘されて以後も、連帯納付義務者の不意打ち防止等のための手続の整備に関して、立法及び国税当局が十分対応してこなかったことが適切であったかについては疑問が残るといわざるを得ない。
しかしながら、相続税法34条1項の連帯納付義務は、その発生要件及び範囲が一義的に明確な形で定められており、連帯納付義務者はこれを免れることができない上、その具体的内容は各相続人固有の相続税の納税義務の確定に伴い、自動的に決せられるもので、このことは法によって予め予告されていること、しかも各相続人は、他の相続人の課税額を知ることや、連帯納付義務額の上限を知ることが具体的な手続の中で困難ではないこと、督促処分は、滞納処分の前提要件であり、滞納処分という連帯納付義務者の不利益な処分に関しては、それを予告する機能があること、連帯納付義務者は、不服審査や訴訟による事後の救済手続により、他の相統人等の固有の納税義務及び自己の連帯納付義務の存否・範囲を争うことが可能であること等を考慮すれば、相続税法に、同法34条1項の連帯納付義務に基づく督促処分を行うに先立ち、連帯納付義務者に対し告知等の手続を行うことを定めた規定に反し、また違法であるということもできない。
(3)Xは、控訴審において、従前の主張のほか、①相続権は憲法上保障されるが(意法29条など)、相続税の徴収確保は憲法上の根拠はなく、相続権を制約する理由とならないこと、②制約ができるとしても、相続税の徴収確保は、他の制度で十分であり、連帯納付義務の規定の必要性を基礎づける客観的な立法事実は存在しないこと、③上記条項による連帯納付義務は「受けた利益を限度」としており、場合によっては相続による財産取得自体を否定することになり、さらに、相続開始時に比べて、相続財産の市場価値が大幅に下落している場合は、相続財産を処分しても相続税に満たないため、相続人の固有の財産から相続税を支払わざるを得ず、これを侵害することになることを挙げている。
しかしながら、国民は憲法上、法律の定めるところに従って納税義務を負っていることは明らかであり、税の徴収確保は、憲法30条、84条等の規定によって憲法上予定されていると言えるとともに、その内容は法律に委ねられているのであるから、前記①の主張はそれ自体根拠はなく、②の主張も要するに相続税に関する立法政策の当否を問題にしているに過ぎず、主張自体失当と言わざるを得ない。また、③についても、相続税の納税義務について相続開始後に相続財産の価格の下落が生じたことを考慮することが不合理であるのは、前記説示のとおりであるだけでなく、同下落は偶然の事情による結果であるから、仮に、相続財産を処分しても連帯納付義務を果たすことができず、相続人の国有財産からこれを支弁したとしても、それは単に相続財産の価格が下落した結果に過ぎず、相続税法34条1項の連帯納付義務があることにより相続人の固有財産を侵害したとはいえないことは明らかである。
五、解説
はじめに
本件は、主として、相続税法34条に定める相続税における連帯納付義務の違憲性が争われたものである。この連帯納付義務制度は、かつては種々の論争(注1)を呼んだが、最高裁昭和55年7月1日第三小法廷判決(民集34巻4号535頁、以下「最高裁昭和55年判決」という。)(注2)が、当該制度の合理性と告知を要しないことの正当性を容認したことにより一応の解決をみた。
しかしながら、地価の下落が長期化し、資産デフレ化が深刻する中で、相続税の延納の承認を受けても、当該分納税額を納付できず、当該延納の許可が取り消されるケースも増加してきた。そうなると、当該納税者にとっては、既に延納税額を納付する資力もなくなり、他の共同相続人に対する連帯納付の義務が問題となる。
この場合、延納が通常20年という長期にわたるため、本件の場合もそうであるが、当該相続が開始されてから相当長期を経た後に、共同相続人に対し、いわば不意打ち的に連帯納付義務の履行について督促が行われることになる。かくして、当該共同相続人にとっても不測な事態を招くことになるのであるが、それが故に、当該連帯納付義務制度に対する問題点が惹起される。
本件においても、Xは、相続開始後10年を経てから、共同相続人の滞納税額について、督促状を受けたというものである。そこで、本訴においては、当該連帯納付義務制度の合憲性が全面的に争われることとなり、次いで、徴収権の濫用の有無、国税通則法37条2項違反等が争われることとなった。
また、当該連帯納付義務制度については、かねてから、特に、近畿税理士会が廃止を要求していたこともあって、本訴控訴審において、十数名の税理士が補佐人となっていたことも、社会的に注目されていた。
1 相続税法34条の連帯納付義務
(1)相続税法34条1項は、「同一の被相続人から相続または遺贈(第21条の6第3項の規定の適用を受ける財産に係る贈与を含む。・・・・)により財産を取得したすべての者は、その相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、互いに連帯納付の責めに任ずる。」と定めている。
また、このような連帯納付義務については、同一の被相続人から相続または遺贈により財産を取得したすべての者に対し、当該被相続人に係る相続税または贈与税につき定められており(相法34②)、相続税又は贈与税の課税価格の基礎となった財産を贈与若しくは遺贈により取得した者又は寄付行為により財産の移転を受けて設立された法人に対し、当該相続税等のうち当該取得部分に対応する税額について定められており(相法34③)、更に、財産を贈与した者に対し、当該贈与により財産を取得した者の贈与税についても定められている(相法34④)。
そして、「国税に関する法律の規定により国税を連帯して納付する義務については、民法第432条から第434条まで、第437条及び第439条から第444条まで(連帯債務の効力等)の規定を準用する。」(通法8)と定められている。
(2)これらの連帯納付義務のうち特に同一の被相続人から相続等により財産を取得した共同相続人の義務については、「同法(編注=相続税法34条1項)が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であって、・・・・」(注3)、「連帯納税義務ではなく、他の相続人の納税義務に対する一種の人的責任であるが、その基礎にある思想は、一の相続によって生じた相続税については、その受益者が共同して責任を負うべきであるという考え方である。」(注4)等と解されている。
また、本件各判決は、「同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であると解するのが相当である。すなわち、相続人等が複数ある場合に各相続人等の納税義務を各相続人等固有の相続税だけに限定すると、相続人等の中に無資力者がいた場合などには相続税債権の満足が得られなくなるおそれがあることから、各相続人等に対し、他の相続人等の固有の相続税の納税義務者について一定の範囲で連帯納付義務を負担させることとしたのであって、その基礎にある思想は、一の相続によって生じた相続税については、その受益者が共同して責任を負うべきであるという考え方であ」ると判示している。
(3)次に、相続税法34条1項又は2項に規定する「相続又は遺贈により受けた利益の価額」とは、「相続又は遺贈(相続時精算課税の適用を受ける財産に係る贈与を含む。・・・・)により取得した財産の価額(法第12条1項各号及び第21条の3台1項各号に掲げる課税価格計算の基礎に算入されない財産の価額を含む。)から法第13条の規定による債務控除の額並びに相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税額及び登録免許税を控除した後の金額をいうものとする。」(相法基通34-1)として取り扱われている。そして、この趣旨については、「その連帯納付の義務に基づく負担額が相続又は遺贈により受けた利益の額を超えないこととするためであり、いいかえれば自己の固有財産を持ち出してまでもこの義務を負担する必要はないことになる。」(注5)と説明されている。
しかしながら、この取扱いにおいては、公益事業団体等に遺贈等した財産がある場合または相続等により取得した財産が値下がりした後に連帯納付義務が生じた場合には、自己の固有の財産を持ち出す場合があり得ることに留意する必要がある。
2 最高裁昭和55年判決の概要
(1)本件各判決の先例としては、本件各判決も引用している最高裁昭和55年判決がある。この事件では、昭和40年4月26日死亡した被相続人を相続した長男(原告、被控訴人、上告人)が、共同相続人2名(被相続人の長女及び養子)が相続税を完納しなかったため、当該滞納税額について、昭和45年9月1日付で納税告知書の送達を受け、同年10月9日付で督促状の送達を受け、同年10月6日付で長男所有の土地が大阪国税局長より差し押さえられたものである(その後、当該納税告知は取り消された。)。
そして、長男は、昭和48年3月19日、当該差押え土地を訴外会社に売却した。訴外会社は、同日、大阪国税局長に対し、長男の連帯納付の義務額を代位弁済し、その代位弁済に基づく求償権をもって、当該差押え土地の売買代金債務と対等額で相殺した。しかしながら、長男は、前記相続税等の連帯納付義務は不存在であったから、代位弁済として納付された金員は過誤納であるとして、国に対しその還付を求めるべく本訴を提起した。
(2)一審の大阪地裁昭和51年10月27日判決(行裁例集29巻4号522頁)は、相続税法34条1項の連帯納付義務も国税通則法15条1項にいう「国税を納付する義務」に当たり、当該義務は、同法15条3項に定める特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するものではなく、同法16条1項1号に定める申告納税方式によって確定するものではないから、賦課課税方式によって確定されるべきものであるところ、本件において賦課処分がされていないのであるので、大阪国税局長は当該税額を徴収できないとして、長男の請求を認容した。
これに対し、控訴審の大阪高裁昭和53年4月12日判決(行裁例集29巻4号514頁)は、相続税法34条1項の規定は徴収に関する定めであって、法が連帯納付義務について本来の租税債務と別個に確定手続をとることを予想していない旨判示し、「右連帯納付の義務は法が相続税徴収の確保を図るため、共同相続人中無資力の者があることに備え、他の共同相続人に課した特別の履行責任であって、その義務履行の前提条件をなす租税債権債務関係の確定は、各相続人の本来の納税義務の確定という事実に照応して、その都度法律上当然に生ずるものであり、本来の納税義務につき申告納税の方式により租税債務が確定するときは、その他に何らの確定手続を要するものではないと解するのが相当である。」と判示し、国側の主張を全面的に容認した。
(3)かくして、最高裁昭和55年判決は、「相続税法34条1項は、相続人又は受遺者(以下「相続人等」という。)が2人以上ある場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続又は遺贈に因りうけた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を負担させている。この連帯納付義務は、同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であって、その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は、各相続人等の固有の相続税の納税義務の確定という事実の照応して、法律上当然に生ずるものであるから、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではないと解するのが相当である。それ故、相続人等の固有の相続税の納税義務が確定すれば、国税の徴収にあたる所轄庁は、連帯納付義務者に対して徴収手続を行うことが許されるものといわなければならない。」と判示し、当該上告を棄却し、原判決を支持した。
なお、この最高裁判決に関しては、伊藤正巳裁判官が、納税の告知がないからといってその徴収手続が違法となるものではないと考えられるとしながらも、「このように連帯納付義務について納税の告知を要しないとする立法態度は、賢明なものとはいえない」とする補足意見を付している(注6)。
以上のように、最高裁昭和55年判決は、相続税法34条に定める連帯納付の義務について、告知等の何らの確定手続を要することなく、直ちに徴収手続に着手できることを明確にしたことに意義がある。
3 本件の特徴の問題点
(1)以上のように、従前の裁判例と学説は、主として、相続税の連帯納付義務の手続において納税の告知又は賦課処分を要するか否かを論争してきたものである。もちろん、本訴においても、そのことは問題とされ、特に、控訴審判決においては、国税各法における、納税の告知制度とのバランスからみても、当該義務における告知を要さないことの不当性も指摘しているのであるが、結局、最高裁昭和55年判決の域を出るものではないとして、そのことにより違法性は否定されている。
ところで、本件においては、Xの共同相続人であるAが、相続開始後約10年経てから分納税額と利子税額を支払えなくなったため、延納の許可が取り消され、多額な滞納税額が発生したというものであり、それにより、Xに連帯納付の責任が生じたというものである。そして、その背景には、長期にわたる地価下落に代表される資産デフレ化があり、その下で、相続税の延納者の多くが分納税額の支払いに苦慮しているという実態がある。そのため、税理士会が組織をあげて、当該義務制度の廃止の必要性を説くことにもなる。
(2)そのため、本訴においては、相続税の連帯納付義務制度それ自体の違憲性が全面的に争われることとなった。その違憲事由としては、憲法13条違反、29条違反及び31条違反が挙げられている。
このうち、31条違反については、前述の納税の告知の要否に関わる問題であるので、本件各判決が判示するように、最高裁昭和55年判決の趣旨に則って、違憲性が否定されるものと考えられる。しかしながら、本件においては、相続開始後約10年を経てからいきなり督促状の送達を受けたというものであるから(最高裁昭和55年判決の事案では、約5年後)、その不意打ち度も強く、その不当性が一層指摘されるであろう。したがって、この不当性については、既に多くの判決、学説において、指摘されている(注7)のであるから、国税通則法36条1項の納税の告知に1項目を加えるか、あるいは国税徴収法32条1項等の例にならい相続税法34条に告知義務を定める方法を早急に検討すべきであろう。また、国税庁は、国税通則法9条の2に関しては明文の規定が存在しないにもかかわらず告知の手続をとることにしている(個別通達平成13年徴徴4-5・徴管2-20)のであるから、相続税法34条についてもそのように取り扱うべきであろう。
また、憲法13条違反については、X側は、相続税法34条1項が旧憲法下の「家制度」に基づくものである旨主張したのであるが、本件各判決では、当該条項の趣旨を判示した上で、当該主張を排斥している。いずれにしても、憲法13条違反については、説得力を欠くことになろう。
(3)問題は、むしろ憲法29条違反である。本件各判決は、「租税法の定立については、財政・経済・社会政策等の国税全般からの総合的な政策判断のみならず極めて専門技術的な判断を必要とし、裁判所は基本的には立法府の裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。」と違憲審査の限界(注8)を示し、相続税法34条1項の立法目的は正当なものであるとし、更に、本件建物の固定資産税評価額が平成2年度の1億167万円余から平成13年には9862万円余にしか下落していないこと(Xの持分の下落は91万円余)を認定した上で、Xが本件相続により受けた利益の価額である1313万円余について本件督促処分を行ったことが著しく不合理であるとはいえず、本件督促処分は憲法29条に違反しない旨判示している。
しかしながら、仮に、Xが土地を相続していた場合には、平成2年から平成12年までの価額の下落率は相当大幅(大阪であれば、7~8割の下落も珍しくないはずである。)なものであったはずであるから、本件各判決のような考え方が成り立つかどうかは疑問である。
このことは、相続税34条1項にいう「・・・・受けた利益の価額」の解釈(相法基通34-1参照)にも関わるが、相続等により取得した財産の価額が大幅に下落しているときは、連帯納付義務者にとって非常に酷な結果を招来することになる。この場合の解決策としては、国税徴収法39条では「・・・・受けた利益が現に存する限度」において第二次納税義務を負わしているわけであるから、その方法にならうことも考えられる。
いずれにしても、本件のように、相続開始後相当長期間を経てから連帯納付義務が発生した場合には、本件各判決が判示する以外の諸問題が生じることが考えられる。
4 本判決の意義と問題点
(1)以上のように、本件は、相続開始約10年後に共同相続人の相続税について相続税34条1項に定める義務が生じた場合に、主として当該義務制度の合憲性が争われたものである。
相続税法34条1項に定める共同相続人間の連帯納付義務については、納税の告知の制度があるわけではなく、税務署長からの不意打ち的な督促状の送達によって開始されることもあって、当該条項の当否について多くの論争がある。
もっとも、最高裁昭和55年判決が当該条項の合理性を容認したこともあって、当該論争にも一応のピリオドが打たれたことも言える。しかしながら、最近のように、地価の下落が長期化し、資産デフレが深刻化すると、相続税の長期の延納許可を受けている場合には、本件のような事態が多く生じることになる。したがって、最高裁昭和55年判決の事案とは別の背景の下で、相続税法34条1項の規定の当否が法廷で争われたことは意義のあることである。
(2)また、このような背景の違いもあって、本訴においては、当該条項の違憲問題が全面的に争われることになったのであるが、憲法各条項の違反問題については、前述したとおりである。
その中でも、憲法29条違反の問題については、種々の点が指摘できることを前述した。その意味では、Xが本件相続により取得した本件建物の下落が低かったこともあって、Xの主張も説得力を欠いたとも言える。しかし、取得財産の価額が大幅に下落している場合には、連帯納付義務を負わせる共同相続人に対して、自己固有の財産についても滞納処分が強行されることになるので、当該条項について考えさせられる点も多い。
いずれにしても、相続税法34条の連帯納付義務制度については、告知制度の創設、「受けた利益の価額に相当する金額を限度」とすることの見直し等について課題が多いものと考えられる。
(注1)後出(注2)のほか、金子宏「租税法 第9版」(弘文堂)439頁、石島弘「相続税法の「連帯納付」責任」甲南法学22巻1~4合併号151頁、飛岡邦夫「相続税連帯納付義務に関する一考察」税務大学校論叢1号264頁、来栖三郎「相続税と相続制度」『公法の理論(田中二郎古稀記念)』749頁等参照
(注2)本判決の評釈等として、新井隆一・別冊ジュリスト「租税判例百選(第三版)」100頁、同「租税判例百選(第二版)」106頁、碓井光明・税務事例11巻2号23頁、牧野正満・税理20巻9号177頁、山田二郎・税法学345号6頁、水野忠恒・判例評論248号14頁(判例時報935号160頁)、石島弘・民商法雑誌84巻3号357頁、高野幸大・税研2002年11月号(租税基本判例80)29頁等参照
(注3)前掲最高裁昭和55年7月1日第三小法廷判決
(注4)前出(注1)金子・438頁
(注5)香取稔編「相続税法基本通達逐条解説 平成15年版」(大蔵財務協会)451頁
(注6)この補足意見のように、相続税法34条の連帯納付義務の履行において納税の告知を要しないことについては、批判も多い(前出(注1)金子・440頁、前出(注2)山田・6頁、同水野・163頁、同石島・364頁本件控訴審判決等参照)。
(注7)前出(注6)参照
(注8)この違憲審査の限界に関する考え方は、最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁)に依拠している。この大法廷判決については、金子宏「租税法律主義の意義」別冊ジュリスト「租税判例百選(第三版)」4頁、中里実「大島訴訟」税務事例400号記念号12頁等参照
品川芳宣 (しながわよしのぶ)
国税庁審理課課長補佐、東京地裁調査官、税務大学校教育二部長、国税庁資産評価企画官、同徴収課長、同管理課長、高松国税局長などを経て、平成7年筑波大学社会科学系教授。
【主要著書】
『課税所得と企業利益』(税務研究会)、『役員給与税務事例集』(商事法務研究会)、『役員報酬の法律と実務』(同)、『附帯税の事例研究』(財経詳報社)、『法人税の判例』(ぎょうせい)、『相続税財産評価の論点』(同)、『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会)、『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)、『租税法律主義と税務通達』(ぎょうせい)他多数。
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