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解説記事2005年04月04日 【編集部解説】 税務訴訟での『信義則違反』、厳格な適用要件の壁がある!(2005年4月4日号・№109)

税務訴訟での『信義則違反』、厳格な適用要件の壁がある!
「ストック・オプション訴訟」での「信義則違反」を検証する


text T&Amaster編集部 佐治俊夫

 ストック・オプション(以下「SO」)訴訟は、SOの権利行使益について、所得税法の定める所得区分が争われたものである。納税者は一時所得に該当するものと主張し、課税庁は給与所得(予備的主張では「雑所得」)に該当するものと主張して争ってきた。
 主としてSOの権利行使益の内容・性質などから所得区分が争われてきたが、納税者は、課税庁の職員自身がSOの権利行使益は一時所得に該当するとして指導を行ってきたとし、「課税処分は、信義則に反して違法であるから、取消されなければならない。」との信義則違反の主張を争点に加えてきた。最高裁判決を受けたAさんのSO訴訟(以下「本件SO訴訟」)から、「信義則違反」についての両当事者の主張と裁判所の判断を検証してみることにする。
 
納税者の主張(H15.8.26 東京地裁 平成13(行ウ)第49号より)

 租税法の領域における信義則の適用については、最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決により、「被告の主張」(下記「課税庁の主張」参照)の①ないし④の厳格な要件が定められているところである。
 しかしながら、本件各更正処分の場合、このような厳格な要件を前提としても、課税庁の職員自身がストック・オプションの権利行使益が一時所得に該当するとして指導していたものであり、原告は、代理人である税理士を通じて、税務署による上記公的見解の表示を受けたものであるから①に該当し、かかる公的見解に従って納税資金を算出して原告自身の事業を行ってきたものであるから②にも該当し、予想外の処分により経済的不利益を受けたことから③にも該当し、これらの点に原告の責めに帰すべき事由もないから④にも該当する。
 したがって、本件各更正処分は、信義則に反して違法であるから、取消されなければならない。
 
課税庁の主張(H15.8.26 東京地裁 平成13(行ウ)第49号より)

 信義則違反により課税処分が取消されるのは、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情がある場合に限られるべきであり、具体的には、①課税庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと、②納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、③課税庁が後に①の表示に反する課税処分を行い、そのために納税者が経済的不利益を受けたこと、④納税者が課税庁による①の表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことが必要である(最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決)。
 しかるに、信義則違反に関する原告の主張は、課税庁の従来の取扱いに従って本件権利行使益を一時所得として申告したというにとどまり、上記②及び③を満たさないことが明らかであって、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情は認められないから、原告の上記主張は理由がない。(編注:下線部は筆者)
 
下級審(東京地裁・東京高裁)の判断

 両当事者の主張に対して、東京地裁(民事2部)は、「本件権利行使益は、一時所得に該当することが認められる。」と判示し、納税者を勝訴させた。判決理由には、「その余の争点については判断するまでもなく」と記述されており、「信義則違反」についての判示はない。
 本件SO訴訟の控訴審である東京高裁(第8民事部)は、「本件権利行使益は給与所得に該当する。」と判示し、課税庁を逆転勝訴させた。判決理由では、信義則違反について、最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決を前提に、次のように判示している。
 
 H16.2.19 東京高裁判決(平成15(行コ)第235号)より
 被控訴人(納税者)は、課税庁の見解を信頼し、公的見解に従って、本件権利行使益を一時所得として申告し、納税資金を算出して事業を行ってきた旨を主張するのみであって、所得税におけるストック・オプションについての過去の取扱いを知っていたが故に本件付与契約を締結したり、本件ストック・オプションを行使するなどの行動に出て所得を得たというような、信頼に基づいて行動したが故に本件の事態に至ったというような特別な事情が存在することはうかがわれない。他方、被控訴人の保護を優先して、本件権利行使益を一時所得として取り扱った場合には、法に従った場合に徴収されるべき多額の所得税を徴収しないこととなる上、平成10年以降正当な取扱いへの統一がされた後に権利行使益を給与所得として申告し、あるいは納税した者との間に法の適用について著しい不平等を生ずることになり、かえって正義に反する自体が生ずるといわざるを得ない。
 そうすると、本件各更正処分については、前記の平等、公平な租税法規の適用の要件を犠牲にしても、なお、被控訴人の信頼利益を保護すべき特段の事情は存しないものというべきである。したがって、被控訴人の主張は、採用することができない。
 
 本件SO訴訟の下級審(地裁・高裁)の審理では、最高裁判所昭和62年10月30日判決にいう「信義則違反」の①の要件「課税庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと」について、課税庁側も裁判所も認めたものとなっていた。(課税庁も①の要件で争う姿勢を見せていない。)。そのために、本件SO訴訟では、「信義則違反」の②~④の要件に該当するか否か(特別の事情の有無)について、争われている。
 上記の東京高裁の判示からは、「信義則違反」となる具体的事情の判断を窺うことができない。東京高裁の判示は、②の要件である「信頼に基づく行動」、③の要件である「経済的不利益」の解釈を「課税庁の主張に沿ったもの」ということができる。
 「信義則違反」については、一審の判断が示されていない。このような場合、高裁がこの争点に判断を示す場合(逆転判決の場合)には、丁寧な事実認定に基づき、説得力のある判示が求められる。本件SO訴訟の控訴審では、2回の口頭弁論が行われたが、「信義則違反」の適用要件について「具体的事情」が審理(主張・求釈明)された形跡は窺えない。
 最高裁が原則的に事実認定を行わないことからすれば、「信義則違反」については、高裁が唯一の判断を示すことになってしまっているが、本件訴訟の経過からすると、東京高裁の審理(事実認定)において、「信義則違反」について十分に審理されたかについては多いに疑問が残る。

上告(受理申立)理由と信義則違反
 
 控訴審で敗れた納税者側は、本件SO訴訟の上告理由書及び上告受理申立理由書において、「租税法律主義違反」・「信義則違反」の主張を強めている。そこで、本件SO訴訟の上告理由書及び上告受理申立理由書から「信義則違反」の主張を検証する。
 上告理由書では、税務当局の見解変更が過去に遡って適用されたとする「本件の本質的な問題点」、「課税庁が「一時所得」という見解から「給与所得」という見解に解釈ないし取扱いを変更し、このような解釈ないし取扱いの変更が租税法律主義を定めた憲法84条に違反すること」、「解釈の変更を過去に遡って課税することも当然違憲であること」などが主張された。
 上告受理申立理由書では、「信義則」ついて次のとおり詳細な主張を行っている。

信義則適用要件②(信頼に基づく行動)について
 申立人(納税者)が公的見解の表示を信頼し、これに基づいて一所得として確定申告をしている以上、信頼に基づく行動があったといえるのは明らかである。

信義則適用要件③(経済的不利益)について
 「経済的不利益」という要件は、元々は厳格に解されていなかったのである。このような解釈こそ、昭和62年最高裁判例の信義則適用要件の素直な解釈である。
 それに、ストック・オプションの権利行使益が一時所得であるか給与所得であるかで税額が約2倍も異なるのである。そうであれば、過去に遡って各年度分について各々約2倍の税額を支払うことになったのに、それが本来支払うべき納税額だったからという事後的な結果論を理由に、申立人には経済的不利益を受けなかったなどといえるわけがない。

昭和62年最高裁判例の意義
 (昭和62年最高裁判例によって租税法律関係に信義則が適用されることが明示されたにもかかわらず、)昭和62年最高裁判例以降の裁判例が昭和62年最高裁判例の信義則適用要件について厳格な解釈をし続けているため、昭和62年最高裁判例は事実上租税法律関係の信義則の適用を否定する見解に等しくなってしまっているのである。昭和62年最高裁判例の意義が多いに没却されているのである。

信義則適用要件についての検討(予備的主張)
 昭和62年最高裁判例における信義則適用要件の全てについては充たされない事案であったとしても、当該事案において信義則を適用しないと法の正義に反すると認められるような場合には、信義側が適用されるというべきである。
 ひとえに租税法律関係といっても、事案は様々であるから、具体的に昭和62年最高裁判例と比較して、問題となっている事案の性質が異なるのであれば、昭和62年最高裁判例の適用要件に必ずしも拘束されるわけではないはずである。
昭和62年最高裁判例の事案は、「信頼の対象となる課税庁の行動形式」・「納税者に帰責事由があるか」・「確立された既存の法制度との衝突が生じるか」という点で本件ストック・オプション訴訟と事案の性質を全く異にするものであった。昭和62年最高裁判例は、信義則を適用すると、青色申告という既存の確立した制度と真っ向から衝突してしまう事案であるが、本件ないし同種ストック・オプション訴訟は、ストック・オプションの行使利益が一時所得か給与所得かという解釈に争いがあった事案であるから、確立した法制度と真っ向から対立するような結果は全く惹き起こされない。

「信義則違反」、最高裁は門前払い

 本件SO訴訟は、1月25日、最高裁第三小法廷が「SOの行使益は給与所得」と判示し、国側が勝訴して確定した。本件SO訴訟における「信義則違反」の争点については、1月18日に上告(憲法論)が棄却され、同日の上告審としての受理決定において、「重要でない」として、争点から排除されていた。
 「信義則違反」の適用要件が判示された最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決は、「原審の確定した事実関係をもってしては、本件更正処分が税務署長が納税者に与えた公的見解の表示に反する処分であるということはできないものというべく、本件更正処分について信義則の法理の適用を考える余地はない。」と判示しており、①の要件で信義則の適用を否認した。この判決の解説(判例時報1262号92頁)には次のような記述があった。「大部分の事件は、公的見解の表示に反する処分かどうかというところで決着がつくように思われるが、この点が肯定されたとき、更にどのような具体的事情が重なることによって右特別の事情が存する場合に当たるということになるのかは、個々のケースごとに判断されるべきものというほかないものと思われる。」
 本件SO訴訟は、個々のケースごとの判断が示されるような裁判所の判示が期待されるべき事案であったと思われる。本件SO訴訟は、「信義則違反」が争われた事案において、「公的見解の表示に反する処分」という要件が肯定された貴重な事案であっただけに、高裁での審理に不満の残ったこと、最高裁が「信義則違反」を門前払いしたことは、残念でならない。これまで、租税法律関係においては、「信義則違反」が容認されて法的に決着した事案はない。租税法における信義則の適用は有名無実、納税者は課税庁が信義に反する処分を行ったとしても、司法に救済を求めることを諦めるしかないということなのだろうか。
 
 

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