解説記事2006年06月12日 【ニュース特集】 年金基金の解散選択一時金は「退職所得」?「一時所得」?(2006年6月12日号・№166)

ニュース特集
控訴審で課税庁が徹底反論
年金基金の解散選択一時金は「退職所得」?「一時所得」?


 厚生年金基金の解散に伴う選択一時金(以下「本件選択一時金」という。)の所得区分を争点とする課税処分取消請求訴訟の控訴審が東京高裁で争われている。6月1日に行われた第1回口頭弁論で課税庁が控訴理由書を陳述して結審し、7月27日の判決言渡しが予定されている。本件選択一時金について「退職所得」と判示して課税処分の一部を取り消した第一審判決を不服とする課税庁は、本件選択一時金は「退職に基因して支払われるもの」に該当しない、退職所得の範囲は安易に拡張解釈されるべきものではない、同一条件下にある納税者間の課税の公平を保つことできない、などとして、多岐にわたる主張を繰り広げたが、本人訴訟の被控訴人からは特段の反論なく、控訴の棄却を求めていた。
 厚生年金基金については、少子高齢化の進展、低成長経済への移行等で大変厳しい環境にあり、制度変更を決議するだけではなく、本件年金基金にみられるように、解散を余儀なくされるところも数多くでている。
 しかしながら、課税庁としても「退職に基因する」という退職所得の大前提は容易に下ろせない。本件選択一時金は、直接的には退職に基因するものではないとはいえ、納税者に責任を求めることが酷な状況(基金の解散)において、受給者に租税負担を求めることになる一時所得での課税処分を行ったものである。東京地裁は一部取消判決で税務行政に一石を投じたが、控訴審で課税庁が主張するように、課税の公平上の問題点もあり、控訴審の判断は予断を許さない。

事案の概要

 本件訴訟については、本誌No.159の税務ニュースで第一審判決を報じており、控訴審口頭弁論終結時においては、税務行政との整合性の観点から当然に予想された課税庁の反論(控訴理由書)が陳述されただけではある。しかし、第一審判決は税務行政に一石を投じるだけでなく、社会経済の構造変化から厚生年金基金の解散が相次ぐ中、本件選択一時金と同種の事案が予想されている。また、「退職に基因して支払われる」とする退職所得の大前提についても、退職金制度の改廃等時に支払われる一時金(「退職金の先取り」)の所得区分について、納税者から優遇課税(「退職所得」)の適用が求められるなど、退職所得の適用は世間の関心も高いものとなっている。
 また、厚生年金基金が解散したときは、厚生年金基金連合会が代行部分に係る年金給付の支給義務を引き継ぐことになるが、本件選択一時金は退職時に退職年金の受給に代えて支給される退職一時金とは異なり、基金の解散に伴うものであるため、年金基金の多寡に応じて金額が計算されることになり、将来の年金給付の総額とは全く異なったものである旨課税庁は主張している。


第一審の判示
◎通達31-1は、退職後の事情の変更によって年金に変わる一時金の支給を受けた者についての過大な税負担が生じる事態を避けることが必要であるとの実質的な配慮の下に、(以下略)
◎本件分配金が通達31-1の「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当する場合には、これを所得税法31条2号の「加入時の退職に基因して支払われるもの」に該当しないもの(退職所得に該当しないもの)として課税処分を行うことは原則として許されない。
◎選択一時金は、通達31-1に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当する。
◎本件分配金のうち、選択一時金の金額に相当する部分については、将来の加算年金の総額に代えて支払われたものと評価することが十分に可能であるし、これを選択一時金に準ずるものとして、通達31-1に定める「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」に該当するものと解するのが相当である。
◎原告にとってみれば、退職に基因して支払を受けていた加算年金の将来にわたる受給を断念する引換えとして、一時金としての本件分配金を選択したものであり、(略)その支払の直接の原因は本件基金の解散にあるとしても、なお、原告の退職に原因を有する一時金としての性格を失うものではない。


控訴審における課税庁の主張(控訴理由書より)

控訴審における課税庁の主張(控訴理由書より)
◎通達違反をもって課税処分を違法なものとする誤り
◎本件分配金に通達31-1(1)が適用されると、その一部(選択一時金)が所得税法31条2号の「退職に基因して支払われるもの」に該当するとした誤り
◎(退職所得に課税優遇規定が設けられていることから)その範囲は安易に拡張解釈されるべきものではないこと
◎本件分配金は、その法的性質等からみても選択一時金とは全く異なるものであり、本件分配金について退職基因性を認めることはできないこと
◎本件分配金は通達31-1の「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」とはいえないこと
◎同一条件下にある納税者間の課税の公平を保つことができないこと(現役勤務者等と退職後受給者との課税方法の比較検討)

 第一審で一部敗訴した課税庁は、控訴審で一審判決への全面的な反論を準備した。
 控訴理由書において課税庁は基本的に原審での主張を踏襲しているが、通達31-1ではなく、法令に基づいて判断をすべきものとも主張した。第一審判決が通達31-1(1)の(年金の受給開始日後に支払われる一時金のうち、将来の年金給付の総額に代えて支払われるものを含む)について、納税者に好意的に解釈しているための反論であるが、国税庁長官発遣通達に拘束される課税庁側の主張としては異例の主張ともいえる。

課税庁は「退職を基因として」で徹底抗戦

 本件選択一時金を退職所得と判示した第一審判決について、課税庁が最も反発しているのは、基金解散に伴う選択一時金を通達31-1(1)の「将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの」を援用した上で所得税法31条2号の「退職に基因して支払われるもの」と判示している点であろう。このため、第一審の解釈が誤りであるとして、次のように主張した。
 「本件分配金が所得税法31条2号所定のみなし退職所得に該当するというためには、本件分配金が『加入員の退職に基因して支払われるもの』に該当する必要があるところ、本件分配金は、本件基金の解散に伴い、残余財産の分配として支払われたものであり、みなし退職所得に該当する選択一時金とはその原資、算定方法、支払の法的根拠に至るまですべからく異なるのであるから、退職に基因して支払われるものとは到底認められないものであり、通達31-1(1)は、『将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの』と、『年金の受給資格者に対するもの』であることを前提としているのであるから、原判決が、基金の解散により年金の受給資格者でなくなった被控訴人に対する本件分配金のうち選択一時金相当額をもって、『将来の年金給付の総額に代えて支払われるもの』に該当するとしてなお退職基因性を有する旨判示したのは、所得税法31条2号の解釈・適用を誤っている。」

課税庁は「拡大解釈」に危機感

 第一審判決が、「本件選択一時金の金額に相当する部分については、将来の加算年金の総額に代えて支払われたものと評価することが十分に可能であるし、また、一時金の受領によりいちどきの課税負担を軽減するという通達31-1の趣旨はこの場合にも妥当するものということができる」と判示しているように、納税者に好意的な判示を行っていることにも反論している。
 退職所得課税が一時所得等に対して実質的に優遇課税となっていることから、「その範囲を安易に拡張解釈されるべきものではない。」、「本件分配金については、基金の加入員(現に勤務している「現存者」)、年金受給開始待期者、及び年金受給者(原告はこれに該当)に公平に分配されたものであり、退職に基因して支払われたものではなく、年金受給者に対して退職所得として課税することは、同一の条件下にある納税者間の課税の公平を保つことができない。」などとも反論している。納税者に有利な「退職所得課税」の適用を望む声は強く、退職金制度の改廃に基づく一時金はその一例といえる。課税庁は「退職所得課税」の適用拡大にも敏感な対応を示している。

本人訴訟の困難性を実感

 本件控訴審は課税庁からの控訴であり、納税者は被控訴人として控訴の棄却を主張した。
 第一審とは攻守を交代することになったが、課税庁の控訴理由に対して被控訴人は特段の反論を述べていない。第一審判決に対して、税務行政の危機感を背景として、組織的かつ網羅的な反論が行われた場合に、一定の期間内に本人訴訟(弁護士をたてないでの訴訟)で反論を行うことの困難さを痛感させるものでもあった。争点としては第一審で行われた主張を踏襲したものといえるが、訴訟遂行能力に格段の差が見られる税務訴訟の厳しい側面も窺える控訴審であった。

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