解説記事2008年04月21日 【論文】 役員給与課税の本質を衝く!(後)(2008年4月21日号・№255)
論文
役員給与課税の本質を衝く!(後)
早稲田大学大学院教授 品川芳宣
Ⅳ 平成18年改正とその問題点
1 改正の背景
商法又は会社法においては、前記Ⅱで述べたように、会社と取締役等との関係は、委任に関する規定に従うこととされ、民法上の特約として、当該委任契約は有償の下に履行(職務執行)されるものと解されてきた。しかし、その職務執行の対価たる報酬は、取締役らのお手盛り支給を防止するため、定款の定め又は株主総会の決議という株主の監視の下に決定されることとされてきた。
そして、この報酬は、かつては金銭によって定額的に支給されることを想定して旧商法269条等の律するところであったが、平成14年の商法改正により、取締役に対しては、業績連動型報酬制度が導入され、金銭以外の経済的利益の供与による報酬支給についても規制の対象とされた。
その後、平成17年の会社法の制定において、平成14年の商法改正の内容が基本的に引き継がれることになったが、役員賞与が利益処分として支給されるという制度が廃止されたことや、企業会計上役員賞与が費用として処理されるべきとの会計基準が制定されるということで、従前の報酬、賞与等が一括して職務執行の対価たる「報酬等」として株主の監視の対象とされた。
他方、法人税法上の役員に対する報酬、賞与及び退職給与については、前記Ⅲで述べたような法規制が行われ、それぞれ前記Ⅲで指摘したような問題点を有していた。特に、その問題点の中でも、会社法及び企業会計基準において役員賞与が基本的には、「費用」であることが明確にされたことにどう対処するか、また、そのこととの関係で「定期の給与」か「臨時的な給与」かという形式的な報酬(損金)と賞与(非損金)の区分がどのように整理されるか、過大報酬や過大退職給与の判定における類似法人との比較という形式的な横並びによる手法がどのように是正されるかが注目(期待)されていた。
かくして、会社法の制定に対応する形で、平成18年度の税制改正において、役員報酬課税制度が大幅に改正されることになったのであるが、そこには、従前以上の問題を抱えることとなり、実務上の混乱をも招くこととなった。
すなわち、従前の役員報酬課税の規制は、法人税法34条の「役員給与の損金不算入」の中で包括的に規制されることとなり、それとは別に、同法35条の「特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入」の中で新たな損金規制が設けられることになった。そこで、それらの規制ごとに、その内容と問題点について検討することとする。なお、改正内容については、平成19年度改正を織り込んで説明する。
2 役員給与の損金不算入
(1)内 容 イ 概 要
法人税法34条は、「役員給与の損金不算入」と題し、その1項において、内国法人がその役員に対して支給する給与のうち、次のロからニまでに掲げる給与のいずれにも該当しないものは、所得金額の計算上、損金の額に算入しないとしている。すなわち、役員に対して支給する給与については、他に定めるほか、定期同額給与、事前確定届出給与及び利益連動給与に該当するものについてのみ損金性を認めるとしている。
なお、定期同額給与、事前確定届出給与又は利益連動給与の各給与になじまない退職給与、新株予約権によるもの(ストック・オプションの権利行使益)、使用人兼務役員に対する使用人部分に相当する給与及び事実を隠ぺい、仮装することにより支給する給与については、別に定めるところにより損金算入の可否が判断されることになる(法法34①かっこ書)。
ロ 定期同額給与
「定期同額給与」とは、その支給時期が1月以下の一定の期間ごとである給与で、当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるものその他これに準ずるものとして次に定める給与をいう(法法34①一)。
「次に定める給与」とは、一定の事由に基づいて改訂される場合の給与と経済的利益の供与で毎月概ね一定であるものをいう(法令69①)。前者については、定期給与で、次に掲げる改定(以下「給与改定」という。)がされた場合における当該事業年度開始の日又は給与改訂前の最後の支給時期の翌日から給与改定後の最初の支給時期の前日又は当該事業年度終了の日までの間の各支給時期における支給額が同額であるものをいう(法令69①一)。
① 当該事業年度開始の日の属する会計期間から原則として3月を経過する日までにされた定期給与の額の改定
② 当該事業年度において当該内国法人の役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情
③ 当該事業年度において当該内国法人の経営の状況が著しく悪化したことその他これに類する理由
ハ 事前確定届出給与
「事前確定届出給与」とは、その役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する旨の定めに基づいて支給する給与(非同族会社における定期給与を支給しない役員に対して支給する給与以外については、政令で定めるところにより納税地の所轄税務署長に届出ている場合に限る。)をいう(法法34①二)。
この税務署長に対する届出は、株主総会等の決議によって事前確定届出給与の支給を定めた日から1月以内(又は当該事前年度開始の日から4月以内)に財務省令に定めるところによってしなければならない(法令69②)。
ニ 利益連動給与
「利益連動給与」とは、同族会社に該当しない内国法人がその業務執行役員に対して支給する利益に連動する給与で、次に掲げる要件を満たすもの(他の業務執行役員のすべてに対して当該要件を満たすものに限る。)をいう(法法34①三、法令69⑥~⑩)。
① その算定方法が、当該事業年度の利益に関する指標(金融商品取引法24条1項に規定する有価証券報告書に記載されているものに限る。)を基礎として客観的なものであること。この客観的なものとは、(ィ)確定額を限度しているものであり、かつ、他の業務執行役員に対して支給する利益連動給与に係る算定方法と同様のものであること、(ロ)会社法上の報酬委員会が決定していること等の政令で定める手続を経ていること、の要件を満たすものに限られる。
② その他政令で定める要件((イ)利益に関する指標の数値が確定した後1月以内に支払われ、又は支払われる見込みであること、(ロ)損金経理をしていること)
ホ 過大給与等の損金不算入
法人税法34条は、その1項において、前記イからニまでのような役員給与に対する損金規制をするとともに、従前のように、役員に対する給与のうち不相当に高額な部分を損金の額に算入しないこととし、(法法34②)、かつ、事実を隠ぺいし、又は仮装して経理することにより支給する給与についても損金の額に算入しないこととしている(法法34③)。これらの損金規制と問題点は、平成18年改正前と同様である。
(2)問題点 イ 実務上の混乱
以上のような法人税法34条の改正は、後述する同法35条の創設とともに、従前の役員報酬課税を大幅に変更するものであり、かつ、特に、中小企業において役員給与の支給方法が重要なタックス・プランニングであることもあって、どのような方法で支給すれば損金不算入の規制を回避できるかという実務上の問題を惹起した。
そのため、当該改正後、専門雑誌(紙)は数多くの特集記事を組み、解説書も出版され(脚注28)、国税庁及び財務省も、改正税法のための通達改正の前に、再三に渡って質疑応答事例等の公表を余儀無くされた(脚注29)。そして、それらで提起された問題は、一部平成19年度税制改正へと結びついている。
このような実務上の混乱が生じているのは主として、解釈上の問題に起因しているのであるが、制度的にも種々の問題を惹起することになった。そこで、本稿では、制度的な問題に限定して、検討することとする。
ロ 制度上の問題
前述したように、法人税法34条の改正は、実務上、大きな衝撃を与えることになったが、制度上も多くの批判が生じることになった(脚注30)。また、同改正は、前述のような役員報酬課税をめぐる条件変化(特に、役員賞与の費用処理、業績連動型報酬制度の導入)に対処するため、事前確定届出給与や利益連動給与を制度化することにより、それなりの工夫も認められる。
しかしながら、改正法(34条)は、会社法との関係と法人税法の構造(損金性)に関し、次のような問題が存する。まず、会社法との関係においては、役員に対する報酬等の支給における会社自治との関係が問題となる。すなわち、前記Ⅱで述べたように、会社法では、役員に対する報酬等(報酬、賞与その他の職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益)について、定款の定め又は株主総会の決議という株主の監視の下に決定することにしている。
これは、会社経営における会社と役員との委任契約において、実質的委任者である株主と受任者である役員との間の合意によって、職務執行の対価たる「報酬等の額」が決定されることになる。このことは、会社の費用計上において、仕入先との契約において取引先との間で仕入価額を決定することと本質的な差異はない。そうであれば、仕入価額が虚偽でない限り税務上否認できないはずであり、その仕入方法を税法において逐一規制することは考えられないわけであるから、役員報酬等の税務上の費用計上においても、基本的には、同様に取り扱うべきである。すなわち、会社(株主)と役員との間の対外的取引である役員給与の支給方法についてのみ、法人税法において木目細かい規制方法を定める必要があるかという問題がある。
もっとも、会社法の制定前においては、商法上も役員賞与が利益処分項目として取り扱われており、報酬と賞与の混合によって、課税操作が行われることも想定されたので、平成18年改正前のような法人税法上の規制も首肯できるところでもあった。しかしながら、会社法の制定において、報酬と賞与の区分がなくなり、いずれも、原則として、職務執行の対価として支給されるものであるから、税務上もそれに対応した規制方法が求められることになる。
しかるに、現行法人税法のように、会社法上の役員報酬等に係る自主的な規制をまったく無視し、損金算入の対象となる役員給与を税法の上で定義付け、その支給方法まで細かく規制する方法は、法人税法の課税所得が商事上(会社法上)の利益計算を前提として算定するという基本的な考え方(脚注31)にも反することになる。
次に、法人税法34条のような損金規制は、法人税法の構造(課税所得計算の構造)や租税政策の観点からも、種々の問題が存する。まず、法人税法34条は、「役員給与の損金不算入」と題していて、改正前の「過大な役員報酬等の損金不算入」のような表現を採っていない。
このような条文のタイトルの変更は、改正前は、基本的には、役員報酬の損金性を認めていて、不相当に高額な部分等の不適正な部分の損金性を否定しているものと理解できたが、改正法は、基本的には、役員給与の損金性それ自体を否定しているように解される。この点については、法人税法37条が「寄附金の損金不算入」と題し、同法38条が「法人税額等の損金不算入」と題していること等に対比し、法人税法22条3項にいう「別段の定め」として、どのような規定であっても、正当化し得るとする考え方もあろうが、本質的にその損金性に問題を有している「寄附金」や「法人税額」と本質的に損金性を有している「役員給与」を同様に議論すること自体に問題があるものと考えられる。
また、法人税法における所得概念については、所得税法と同様に包括的所得概念が採用されているものと解され(脚注32)、かつ、伝統的に純資産増加説が支持されているところである(脚注33)。そのため、法人税法22条が「各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする。」と定めているところ、当該「損金の額」は、純資産が減少する一切のものをいうものと解される(脚注34)。
さすれば、「損金の額」に算入すべき金額を定めている法人税法22条3項における「別段の定め」についても、純資産が減少するものであっても、合理的な租税政策の要請によって損金性が否定されるものに限定して定められるものと解すべきこととなる。そうであれば、本質的に損金性を有する「役員報酬等」について、その損金性を原則として否認するような「役員給与の損金不算入」というような別段の定めは、租税政策上合理性を有するとは考えられない。しかも、改正前においては、実質的に利益処分であるということで、役員賞与課税が行われてきたのであるが、そのような大義名分も消失しているのであるからなおさらである。
更に、法人税法34条は、前述のように、損金算入の対象となる役員給与(定期同額給与等)について、その支給手続を詳細に定め、その手続に反したら損金算入を一律に否定しているが、このような規制方法は、実務をいたずらに複雑にするだけであって租税法律主義における課税要件明確主義に反することになるし、明確の原則及び便宜の原則を標榜する租税原則にも反することになる(脚注35)。
それに加え、利益連動給与については、非同族会社に限定して、上場会社でなければ利用できない方法で、会社法上の業績連動型報酬制度を変形する形で導入したが、その是非も問われている。すなわち、業績連動型報酬制度は、元来、経営者の経営手腕の発揮が即企業経営の成果に結び付くような中小企業にこそその必要が求められている(脚注36)にもかかわらず、法人税法上の利益連動給与は、そのことをまったく無視している。しかも、利益連動給与制度の手続上の煩雑さから、ほとんどの上場企業もその採用を見送っている。これでは、単に税制を複雑にしているだけに終わっている。
いずれにしても、法人税法34条のような役員給与の損金不算入の規制方法は、租税法の基本原則(租税法律主義)や租税政策の基礎をなす租税原則の見地から多くの問題が指摘されるところである。
3 特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入
(1)内 容 法人税法35条は、「特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入」と題し、その1項において、内国法人である特殊支配同族会社が当該特殊支配同族会社の業務主宰役員に対して支給する給与(債務の免除による利益その他の経済的な利益を含むものとし、退職給与を除く。)の額のうち当該給与の額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額は、当該特殊支配同族会社の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない、と定めている。
この場合、特殊支配同族会社とは、同族会社の業務主宰役員(法人の業務を主宰している個人役員)及び業務主宰役員関連者(当該業務主宰役員と特殊の関係がある者として政令で定める者)がその同族会社の発行済株式又は出資の総数又は総額の90%以上を支配している同族会社をいう(法法35①)。
また、損金不算入となる金額は、当該業務主宰役員の給与収入に係る所得税法28条3項に定める給与所得控除額相当額である(法令72①)。
要するに、同族会社が業務主宰役員一族によって株式等が90%以上支配されている場合(特殊支配同族会社に該当)には、その業務主宰役員の給与収入に係る給与所得控除額相当額(給与収入1,000万円であれば220万円)が、所得金額の計算上、損金不算入になる、というものである。
また、この場合にも、特殊支配同族会社の基準期間における基準所得金額の多寡によって、当該損金規制が異なることとされ、当該基準所得金額の算定等についても、複雑な規定が設けられている(法法35②~④、法令72、72の2、法規22の4)。
(2)問題点 イ 実務上の混乱
以上のような法人税法35条の制定は、平成17年12月中旬の自民党税制改正大綱において、唐突的に公表されたことと、当該規制内容が我が国の会社の大部分を占める同族会社の大半に影響を及ぼすことが懸念されたこともあって、実務界に大きな混乱をもたらした。同年12月下旬には、日本税理士会連合会の定例の理事会が開催されたが、外部理事として出席した筆者自身当日の理事会が大揉めに揉めたことを実感している(脚注37)。
当時、主税局は、この特例措置の課税対象は5~6万件程度である旨説明していたが、税理士会側の調査では、その10倍を超える旨の反論が出るなど、税理士会及び中小企業団体の反発が強まった。そのため、平成19年度税制改正では、課税の対象となる基準所得金額の最低限度を800万円以上から1,600万円以上の倍に引き上げることになった。
また、法人税法35条の規定については、特殊支配同族会社の意義・判定、業務主宰役員の意義・判定、90%以上の株式支配の判定等の解釈をめぐって、実務上数多くの問題が生じているが、本稿では、それらの詳述を省くこととする。
ロ 制度上の問題
(イ)制度創設の趣旨
前述のような損金規制を創設した趣旨については、立案担当者の説明によると、次のとおりである(脚注38)。
そもそも法人が支給する役員給与について法人段階での損金算入を制限すべき理由については、すでに1(2)で述べました。
そこで指摘された法人段階で役員給与の安易な損金算入を認めた場合の課税上の弊害は、特にオーナー役員(以下「業務主宰役員」といいます)による実質的な支配度合いが強い実質的な一人会社(以下「特殊支配同族会社」といいます)においてより顕著に表れることになります。すなわち、こうした会社においては、①業務主宰役員が自らへの役員給与を法人段階で経費として計上し損金の額に算入する一方で、②その役員給与について個人段階で給与所得控除を受けることが可能となっています。そして、業務主宰役員が事実上自らの役員給与の決定権を有している以上、こうした構造が課税所得の操作に利用される余地は極めて大きいものとなっています。
また、こうした仕組みは、特殊支配同族会社の実態は個人事業者と実質的に変わらないにもかかわらず、特殊支配同族会社においては稼得した収益に対する経費が法人段階と個人段階の二段階に分けて考慮されていることを意味し(いわゆる「経費の二重控除」)、個人事業者との課税上の不公平が端的に表れることになります。今回の会社法における一人会社の全面的解禁や最低資本金規制の撤廃等により、法人の設立が容易になることを踏まえると、このような状況を放置したままでは、個人事業者が租税回避を目的として法人形態を選択する「法人成り」が増加するなど、法人形態と個人形態との課税上の不公平がさらに増大するおそれがあります。
加えて、業務主宰役員が株主等であること等を踏まえると、こうした会社における業務主宰役員への役員給与の支給は、配当の支払いと実質的な差異を認めがたい面があり、これを役員給与の支給とするか配当の支払いとするかの裁量権が事実上業務主宰役員に与えられている会社において、これを役員給与の支給とすれば直ちに損金算入を認めるということでは、課税上の公平を欠くこととなりかねません。
そこで、今般の措置は、特殊支配同族会社における業務主宰役員への役員給与の支給がこのように経費性の観点から様々な問題を惹起していることを踏まえ、そのうち特に課税上の弊害が大きい部分、すなわち個人事業者との課税上の不公平を惹起している給与所得控除に相当する部分について損金算入を原則として制限することとしたものです。すなわち、今回の措置については、法人が支給する役員給与について、その支給による課税所得の操作が容易であることを踏まえ、課税上の弊害の度合に応じて法人段階で損金算入を制限してきたという法人税の従来からの基本的な考え方の延長線上に措置されたものと位置づけることができます。(注)は掲載略
(ロ)創設趣旨への疑問
前述した制度創設の趣旨説明(以下「説明」という。)については、次のような問題がある。まず、説明では、役員給与(報酬等)が職務執行の対価として支払われることに対して、それが利益操作の手段であるとして、その損金性を原則的に否定していることである。それが故に、法人税法34条のような規制を設けて、その損金性に縛りをかけたものと想定される。しかし、その規制に種々の問題があることを指摘した。
そして、説明では、利益操作の対象となる役員給与については、特殊支配同族会社において顕著であり、業務主宰役員が自らそのような給与の決定権を有しているから、損金算入規制が一層必要になるという。しかも、特殊支配同族会社は、実質的には個人事業者と変りがないから、同会社における経費控除が法人と個人(業務主宰役員の給与所得控除)との段階で二重控除になるという。しかし、この説明は、法人税法において私法上の「法人」に対してあまねく法人税を課税するとして置きながら、その「法人」についてのみ法人格を否認することにつながるものであるから、法人税制の上でも大きな問題を提起することになる。また、このことは、法人間における不平等な扱いを招くことになり、租税法の基本原則である公平の原則又は憲法14条にも反することになりかねない。
次いで、説明は、会社法の制定において1人会社の容認や最低資本金制度の廃止によって法人成りが一層容易となって、経費の二重控除を目的とする租税回避行為が助長されることを挙げている。しかし、我が国の法人税法は、伝統的に、私法上の「法人」に対してすべて法人税課税を行い、かつ、人格のない社団等(法法2・八等)に対しても法人とみなして法人税課税を行ってきた(法法3)わけであるから、会社法の制定によって法人成りが一層容易になったからといって、法人税制の根本を見直す理由にはならないものと考えられる。
更に、説明は、業務主宰役員に対する給与は実質的には配当と同様であるから、損金性を制限しないと課税上の公平を欠くことになると説く。しかし、このような両者の同質論については、会社制度さえ否定することとなりその論拠が余りに乏しいものと考えられる。しかし、仮に、両者が同質であるというのであれば、みなし配当(法法24)として課税すれば足りるところである。もっとも、現行の法人税法24条に規定されているみなし配当とは、余りにも異質であるので、配当と同質に扱うことは困難であろう。
以上のように、法人税法35条の制定の趣旨の説明については、合理的な理由に乏しく、そのことからも当該規定に対する批判も多い(脚注39)。しかしながら、前記説明において指摘する経費の二重控除問題については、以前から指摘されてきたところであるが、それは、法人段階で経費が二重に控除されるわけではないので、むしろ所得税法において規制すべきものと考えられる(脚注40)。
いずれにしても、法人税法35条の規定は、同法34条と同様、租税法の基本原則や租税政策上の見地から再検討を要するものと考えられる。
Ⅴ 役員給与課税のあり方
1 平成18年改正前からの問題点 平成18年改正前の役員報酬課税の問題点については、①報酬と賞与の形式的区分の弊害と賞与の一律損金不算入の不当性、②業績連動型報酬制度の不採用、③役員報酬と役員退職給与における適正額判定における類似法人比準(横並び比準)の弊害、④認定賞与に係る法人税課税と源泉所得課税の困難性等にあることについて、前記Ⅲにおいて述べた。
これらの問題点のうち、①と②については、平成18年の法人税法34条の改正によって、一応の対応規定が設けられることになった。しかし、前記Ⅳで指摘したように、新たな多くの問題を惹起することとなり、当該改正の是非が問われることになった。
また、③と④の問題については、従前の問題がそのまま残されているわけであり、引き続き検討を要する課題でもある。
更に、法人がその役員等に対して付与したストック・オプションをめぐる法人税課税については、従前から設けられていた法人税法施行令136条の4の規定(株式譲渡請求権の行使があった場合の所得の計算)が平成18年に改正され、同年の改正によって、新たに法人税法54条の規定(新株予約権を対価とする費用の帰属事業年度の特例等)が設けられた。
この54条の規定は、企業会計においてストック・オプションの権利行使便益等について費用計上が行われることに対応して設けられたものであるが、企業会計基準との関係、租税特別措置法上のいわゆる適格ストック・オプションとの関係等について今後検討を要する課題が残されている。
2 問題点の解決に向けて
(1)立法政策の合理性の判断 本稿では、主として、平成18年改正以後の法人税法上の役員給与課税の問題点を指摘してきた。その問題点の指摘も、解釈の問題よりも制度面を中心に行ってきた。しかし、成文化した条項の法的批判について、それが法廷において正当化されるのは、当該裁判所が当該条項について違憲判断を下すことが条件となる。それは、解釈上の問題よりもはるかに制限されることになる。
換言すると、税法が国会の審議を経て条文化されると、当該条項が国民からいかに批判されるとしても、裁判所において当該条項の憲法違反が問われない限り、立法当局は、その国民の批判を無視することができる。そのため、国民の方は、当該条項に基づいて課税処分が行われた場合には、当該条項の違憲判決の見通しが立たない限り、単に切歯扼腕するに留まることになる。特に、このことは、租税法において顕著のようであるが、最高裁判所が租税法の違憲審査について厳しい姿勢をとっていることにも起因する。
すなわち、現在、租税法の違憲審査のリーディング・ケースとなっている最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁)(脚注41)は、昭和39年当時の給与所得者に適用される給与所得控除額が不当に低く、必要経費の全額が控除される事業所得者等に対して不当に差別されているか否か(憲法14条に定める平等原則違反の有無)が争われた事案につき、次のとおり判示して、裁判所における違憲審査の限界を示した。
「租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないというべきである。」
この判決は、大法廷で下されたこともあって、その後の違憲審査に係る判決の判断に大きな影響(判例法としての影響)を及ぼしてきた。そのため、現行法令それ自体に不満を持ち、当該法令に基づく課税処分を争う中で当該法令の違憲を違法事由として問題解決を図ろうとする租税専門家にとっては、この大法廷判決が大きな壁となって立ちはだかることになる。
例えば、大阪地裁平成7年10月17日判決(行裁例集46巻10・11号942頁)では、バブル期の土地対策税制として立法化された旧租税特別措置法69条の4の規定(脚注42)が、地価の下落により相続財産の価額(時価)を大幅に上回る相続税の負担を強制することになるから、当該条項が憲法29条(財産権の保障)に違反する旨の主張の当否が争われたところ、同判決は、当該規定がその立法目的との関連で著しく合理性を欠くとはいえないから憲法違反に当たらないとし、しかし、当該規定を適用して相続財産価額(当該事案では、約9億円)を上回る税負担(同約13億円)を強制することは違憲状態になるとし、当該規定に基づく課税処分を取り消している。そして、当該関係条項は翌年3月廃止されたが、このような違憲審査に係る考え方は、上訴審の大阪高裁平成10年4月14日判決(訟務月報45巻6号1112頁)及び最高裁平成11年6月11日第二小法廷判決(税資243号270頁)でも、維持されている。
また、平成16年度税制改正において、平成16年3月26日に成立(同月31日公布、4月1日施行)した租税特別措置法31条1項の規定(土地建物等を譲渡したことに伴う譲渡損失が生じなかったものとみなす規定、すなわち損益通算の禁止規定)が同年1月1日以降の各譲渡に適用されることに対し、福岡地裁平成20年1月29日判決(平成18年(行ウ)第24号)は、当該禁止規定が遡及立法の禁止に抵触し、憲法84条に違反する旨判示したが、東京地裁平成20年2月14日判決(平成18年(行ウ)第603号ほか)は、前掲最高裁大法廷判決等を引用し、遡及立法の禁止には当たらない旨判示している(脚注43)。
以上のような違憲審査をめぐる判例の動向からみて、本稿が問題にしている役員給与課税を定めている法人税法34条及び35条についても、前述のような不合理性は指摘できるところであるが、その不合理性をもって直ちに当該各条項の違憲性が判断されること(法廷で勝訴すること)は、困難であるものと考えられる。しかし、前掲の最高裁大法廷判決が出された後、国税に関して初めて前掲福岡地裁判決のような考え方も出されたのであるから、本稿で問題にしている給与所得課税の非合理性についても引き続き検討を要するものと考えられる。
(2)個別問題の解決方法 前述のように、役員給与課税に関する各条項について違憲性があるほど不合理ではないと判断された場合であっても、各条項の個別規定をより妥当なものに改めて行く必要があるし、それが立法当局の責務でもある。
まず、法人税法34条1項は、損金算入の対象となる役員給与を①定期同額給与、②事前確定届出給与及び③利益連動給与の3つに原則的に限定しているのであるが、それらの手続的規制は、会社法が職務執行の対価を適正に支払われるように規制しているわけであるから、できる限り会社自治を尊重して一層弾力的に是正すべきである。また、利益連動給与については、会社経営の活力を増大させるために、上場会社等に限定せず、すべての会社(法人)に適用できるように改めるべきである。いずれにしても、役員給与それ自体の損金性が認められないような規定(法人税法34条の見出し等)は、早急に見直すべきであろう。
このように、役員給与に対してそれを支給する法人段階で法人税の課税を不当に強化すべきではないとする考え方は、法人税制の基本的な考え方にも共通する。すなわち、現行法人税制の基礎となっているシャウプ税制においては、法人税の存在を個人所得税の代替的課税であるという位置付けをしているわけであるから、役員給与のように、個人(役員)段階で完全に所得税が課税できるような場合には、本来、当該給与の損金性を否定して法人税課税を行う必要がないはずである(脚注44)。
もっとも、このような代替課税説を採用する場合においても、株主等の資本主から役員に対して職務執行の対価とは別に贈与的に多額な給与が支払われる場合もあろうから、それを規制する法人税課税(役員給与の損金不算入)も必要であろう(脚注45)。しかし、その場合にも、現行規定のような原則損金不算入となるような定めにはならないはずである。また、代替課税説を捨象した場合には、職務執行の適正な対価以外についての損金規制(損金不算入措置)を行う必要も考えられる(脚注46)。しかし、これらのいずれの場合の損金規制であっても、現行の法人税法34条のような原則損金不算入とする規制方法は、本来あるべき規制方法から逸脱しているものと考えられる。
次に、法人税法35条に定める特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入については、前記Ⅳで述べたように、当該条項を正当化する論拠は極めて乏しいものと考えられるから、当該条項を廃止すべきである。もっとも、立法担当者が指摘する個人類似会社における経費の二重控除問題については、前述したように、個人所得税の問題として検討すべきである。
最後に、本節の1において指摘したその他の問題点については、それぞれの役員給与の支給実態に応じた適切な事実認定が望まれる。まず、役員給与(退職給与を含む。)の不相当に高額な部分の損金不算入における適正額の判定においては、弊害の多い横並び的な形式的判断(類似法人との比較の重視)を排し、当該役員の職務執行の実態に応じて実質的に判断されるべきである。また、認定給与(認定賞与)の問題については、的確な事実認定によって解決されるべきであろうから、争訟事例の積み重ねの中から帰納的に解決策が見出されるものと考えられる。いずれにしても、これらの実質判断(事実認定)は、人(税務署長)が人(役員)の職務能力を判定するという極めて困難な作業を伴うことになるが、だからと言って、弊害の多い横並び的な形式判断によって法人税課税を強制すべきではない。この場合、役員給与については、同じ所得課税である個人所得課税が課されることにも十分配慮すべきである。
なお、ストック・オプションをめぐる法人税と源泉所得税の問題については、本稿が法人税の問題を中心に検討してきたところであるので、所得税法上のあり方を含めて、別途詳細な検討を試みたいと考えている。
(しながわ・よしのぶ)
脚注 28 白土英成『役員給与の税務』(中央経済社、2007年)、品川芳宣監修・役員給与研究会著『実務家のための役員給与の税務』(ぎょうせい、2007年)、大江晋也『役員給与等の税務』等参照。
29 国税庁「役員給与に関するQ&A」(平成18年6月)、同「役員給与に関する質疑応答事例集」(平成18年12月)、財務省「特殊支配同族会社の業務主宰役員給与の損金不算入制度に関するQ&A」(平成18年12月)等参照。
30 制度的な批判に関しては、山本守之・藤曲武美「「役員給与」問題の本質はどこにあるのか」税務弘報2008年1月号9頁、品川芳宣ほか「新役員給与制度をめぐる実務上の疑問と対応(上)」速報税理2007年12月1日号28頁、品川芳宣ほか「実務の現場からみた役員給与制度への対応」税理51巻4号(2008年3月臨時増刊号)2頁等参照。
31 この考え方は、法人税法が伝統的に採用してきた確定決算基準の基盤となるのであるから、法人税法34条の規定は、確定決算基準自体を揺るがすことになる。この確定決算基準のあり方については、品川芳宣「会社法と確定決算基準」税務会計研究(税務会計研究学会)18号23頁等参照。
32 金子宏『租税法 第12版』243頁(弘文堂、2007年)等参照。
33 吉国二郎・武田昌輔『法人税法〔理論編〕増補改訂版』73頁(財経詳報社、1972年)、品川芳宣『課税所得と企業利益』27頁(税務研究会、1982年)等参照。
34 前出(注33)『課税所得と企業利益』4頁、昭和25年制定の旧法人税基本通達「52」等参照。
35 前出(注33)『課税所得と企業利益』57頁等参照。
36 全国法人会連合会は、平成14年の商法改正の前後から、中小企業において、業績連動型報酬制度の導入を要求していた。
37 品川芳宣「税相を斬る!法人課税の混乱!」速報税理2006年2月1日号14頁参照。
38 佐々木浩ほか「法人税法の改正」『改正税法のすべて 平成18年版』(大蔵財務協会、2006年)332頁
39 前出(注30)の各書のほか、粕谷晴江「特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入制度の問題点」東京税理士界2008年2月1日号4頁等参照。
40 前出(注37)、品川芳宣「「個人所得課税に関する論点整理」の検証」『第57回租税研究大会記録』(日本租税研究協会)7頁等参照。
41 品川芳宣ほか『戦後重要租税判例の再検証―実務に影響を及ぼした重要判例の総点検―税務事例創刊400号記念出版』2頁、12頁(財経詳報社、2003年)等参照。
42 当該規定は、相続開始前3年以内に被相続人が取得した土地等又は家屋等がある場合には、当該土地等又は家屋等は相続税法上の「時価」ではなく、当該取得価額で課税する旨定めていた。当該大阪地裁判決の事案では、約23億円で取得した土地の時価が相続時に約9億円下落したが、約13億円の相続税額が負担させられることになった。
43 これら2つの判決の対比等については、品川芳宣「税相を斬る!遡及立法をめぐる二つの判決」速報税理2008年3月1日号18頁参照。
44 前出(注33)『課税所得と企業利益』98頁等参照。
45 前出(注33)『課税所得と企業利益』99頁等参照。
46 前出(注33)『課税所得と企業利益』118頁等参照。
役員給与課税の本質を衝く!(後)
早稲田大学大学院教授 品川芳宣
Ⅳ 平成18年改正とその問題点
1 改正の背景
商法又は会社法においては、前記Ⅱで述べたように、会社と取締役等との関係は、委任に関する規定に従うこととされ、民法上の特約として、当該委任契約は有償の下に履行(職務執行)されるものと解されてきた。しかし、その職務執行の対価たる報酬は、取締役らのお手盛り支給を防止するため、定款の定め又は株主総会の決議という株主の監視の下に決定されることとされてきた。
そして、この報酬は、かつては金銭によって定額的に支給されることを想定して旧商法269条等の律するところであったが、平成14年の商法改正により、取締役に対しては、業績連動型報酬制度が導入され、金銭以外の経済的利益の供与による報酬支給についても規制の対象とされた。
その後、平成17年の会社法の制定において、平成14年の商法改正の内容が基本的に引き継がれることになったが、役員賞与が利益処分として支給されるという制度が廃止されたことや、企業会計上役員賞与が費用として処理されるべきとの会計基準が制定されるということで、従前の報酬、賞与等が一括して職務執行の対価たる「報酬等」として株主の監視の対象とされた。
他方、法人税法上の役員に対する報酬、賞与及び退職給与については、前記Ⅲで述べたような法規制が行われ、それぞれ前記Ⅲで指摘したような問題点を有していた。特に、その問題点の中でも、会社法及び企業会計基準において役員賞与が基本的には、「費用」であることが明確にされたことにどう対処するか、また、そのこととの関係で「定期の給与」か「臨時的な給与」かという形式的な報酬(損金)と賞与(非損金)の区分がどのように整理されるか、過大報酬や過大退職給与の判定における類似法人との比較という形式的な横並びによる手法がどのように是正されるかが注目(期待)されていた。
かくして、会社法の制定に対応する形で、平成18年度の税制改正において、役員報酬課税制度が大幅に改正されることになったのであるが、そこには、従前以上の問題を抱えることとなり、実務上の混乱をも招くこととなった。
すなわち、従前の役員報酬課税の規制は、法人税法34条の「役員給与の損金不算入」の中で包括的に規制されることとなり、それとは別に、同法35条の「特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入」の中で新たな損金規制が設けられることになった。そこで、それらの規制ごとに、その内容と問題点について検討することとする。なお、改正内容については、平成19年度改正を織り込んで説明する。
2 役員給与の損金不算入
(1)内 容 イ 概 要
法人税法34条は、「役員給与の損金不算入」と題し、その1項において、内国法人がその役員に対して支給する給与のうち、次のロからニまでに掲げる給与のいずれにも該当しないものは、所得金額の計算上、損金の額に算入しないとしている。すなわち、役員に対して支給する給与については、他に定めるほか、定期同額給与、事前確定届出給与及び利益連動給与に該当するものについてのみ損金性を認めるとしている。
なお、定期同額給与、事前確定届出給与又は利益連動給与の各給与になじまない退職給与、新株予約権によるもの(ストック・オプションの権利行使益)、使用人兼務役員に対する使用人部分に相当する給与及び事実を隠ぺい、仮装することにより支給する給与については、別に定めるところにより損金算入の可否が判断されることになる(法法34①かっこ書)。
ロ 定期同額給与
「定期同額給与」とは、その支給時期が1月以下の一定の期間ごとである給与で、当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるものその他これに準ずるものとして次に定める給与をいう(法法34①一)。
「次に定める給与」とは、一定の事由に基づいて改訂される場合の給与と経済的利益の供与で毎月概ね一定であるものをいう(法令69①)。前者については、定期給与で、次に掲げる改定(以下「給与改定」という。)がされた場合における当該事業年度開始の日又は給与改訂前の最後の支給時期の翌日から給与改定後の最初の支給時期の前日又は当該事業年度終了の日までの間の各支給時期における支給額が同額であるものをいう(法令69①一)。
① 当該事業年度開始の日の属する会計期間から原則として3月を経過する日までにされた定期給与の額の改定
② 当該事業年度において当該内国法人の役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更その他これらに類するやむを得ない事情
③ 当該事業年度において当該内国法人の経営の状況が著しく悪化したことその他これに類する理由
ハ 事前確定届出給与
「事前確定届出給与」とは、その役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する旨の定めに基づいて支給する給与(非同族会社における定期給与を支給しない役員に対して支給する給与以外については、政令で定めるところにより納税地の所轄税務署長に届出ている場合に限る。)をいう(法法34①二)。
この税務署長に対する届出は、株主総会等の決議によって事前確定届出給与の支給を定めた日から1月以内(又は当該事前年度開始の日から4月以内)に財務省令に定めるところによってしなければならない(法令69②)。
ニ 利益連動給与
「利益連動給与」とは、同族会社に該当しない内国法人がその業務執行役員に対して支給する利益に連動する給与で、次に掲げる要件を満たすもの(他の業務執行役員のすべてに対して当該要件を満たすものに限る。)をいう(法法34①三、法令69⑥~⑩)。
① その算定方法が、当該事業年度の利益に関する指標(金融商品取引法24条1項に規定する有価証券報告書に記載されているものに限る。)を基礎として客観的なものであること。この客観的なものとは、(ィ)確定額を限度しているものであり、かつ、他の業務執行役員に対して支給する利益連動給与に係る算定方法と同様のものであること、(ロ)会社法上の報酬委員会が決定していること等の政令で定める手続を経ていること、の要件を満たすものに限られる。
② その他政令で定める要件((イ)利益に関する指標の数値が確定した後1月以内に支払われ、又は支払われる見込みであること、(ロ)損金経理をしていること)
ホ 過大給与等の損金不算入
法人税法34条は、その1項において、前記イからニまでのような役員給与に対する損金規制をするとともに、従前のように、役員に対する給与のうち不相当に高額な部分を損金の額に算入しないこととし、(法法34②)、かつ、事実を隠ぺいし、又は仮装して経理することにより支給する給与についても損金の額に算入しないこととしている(法法34③)。これらの損金規制と問題点は、平成18年改正前と同様である。
(2)問題点 イ 実務上の混乱
以上のような法人税法34条の改正は、後述する同法35条の創設とともに、従前の役員報酬課税を大幅に変更するものであり、かつ、特に、中小企業において役員給与の支給方法が重要なタックス・プランニングであることもあって、どのような方法で支給すれば損金不算入の規制を回避できるかという実務上の問題を惹起した。
そのため、当該改正後、専門雑誌(紙)は数多くの特集記事を組み、解説書も出版され(脚注28)、国税庁及び財務省も、改正税法のための通達改正の前に、再三に渡って質疑応答事例等の公表を余儀無くされた(脚注29)。そして、それらで提起された問題は、一部平成19年度税制改正へと結びついている。
このような実務上の混乱が生じているのは主として、解釈上の問題に起因しているのであるが、制度的にも種々の問題を惹起することになった。そこで、本稿では、制度的な問題に限定して、検討することとする。
ロ 制度上の問題
前述したように、法人税法34条の改正は、実務上、大きな衝撃を与えることになったが、制度上も多くの批判が生じることになった(脚注30)。また、同改正は、前述のような役員報酬課税をめぐる条件変化(特に、役員賞与の費用処理、業績連動型報酬制度の導入)に対処するため、事前確定届出給与や利益連動給与を制度化することにより、それなりの工夫も認められる。
しかしながら、改正法(34条)は、会社法との関係と法人税法の構造(損金性)に関し、次のような問題が存する。まず、会社法との関係においては、役員に対する報酬等の支給における会社自治との関係が問題となる。すなわち、前記Ⅱで述べたように、会社法では、役員に対する報酬等(報酬、賞与その他の職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益)について、定款の定め又は株主総会の決議という株主の監視の下に決定することにしている。
これは、会社経営における会社と役員との委任契約において、実質的委任者である株主と受任者である役員との間の合意によって、職務執行の対価たる「報酬等の額」が決定されることになる。このことは、会社の費用計上において、仕入先との契約において取引先との間で仕入価額を決定することと本質的な差異はない。そうであれば、仕入価額が虚偽でない限り税務上否認できないはずであり、その仕入方法を税法において逐一規制することは考えられないわけであるから、役員報酬等の税務上の費用計上においても、基本的には、同様に取り扱うべきである。すなわち、会社(株主)と役員との間の対外的取引である役員給与の支給方法についてのみ、法人税法において木目細かい規制方法を定める必要があるかという問題がある。
もっとも、会社法の制定前においては、商法上も役員賞与が利益処分項目として取り扱われており、報酬と賞与の混合によって、課税操作が行われることも想定されたので、平成18年改正前のような法人税法上の規制も首肯できるところでもあった。しかしながら、会社法の制定において、報酬と賞与の区分がなくなり、いずれも、原則として、職務執行の対価として支給されるものであるから、税務上もそれに対応した規制方法が求められることになる。
しかるに、現行法人税法のように、会社法上の役員報酬等に係る自主的な規制をまったく無視し、損金算入の対象となる役員給与を税法の上で定義付け、その支給方法まで細かく規制する方法は、法人税法の課税所得が商事上(会社法上)の利益計算を前提として算定するという基本的な考え方(脚注31)にも反することになる。
次に、法人税法34条のような損金規制は、法人税法の構造(課税所得計算の構造)や租税政策の観点からも、種々の問題が存する。まず、法人税法34条は、「役員給与の損金不算入」と題していて、改正前の「過大な役員報酬等の損金不算入」のような表現を採っていない。
このような条文のタイトルの変更は、改正前は、基本的には、役員報酬の損金性を認めていて、不相当に高額な部分等の不適正な部分の損金性を否定しているものと理解できたが、改正法は、基本的には、役員給与の損金性それ自体を否定しているように解される。この点については、法人税法37条が「寄附金の損金不算入」と題し、同法38条が「法人税額等の損金不算入」と題していること等に対比し、法人税法22条3項にいう「別段の定め」として、どのような規定であっても、正当化し得るとする考え方もあろうが、本質的にその損金性に問題を有している「寄附金」や「法人税額」と本質的に損金性を有している「役員給与」を同様に議論すること自体に問題があるものと考えられる。
また、法人税法における所得概念については、所得税法と同様に包括的所得概念が採用されているものと解され(脚注32)、かつ、伝統的に純資産増加説が支持されているところである(脚注33)。そのため、法人税法22条が「各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする。」と定めているところ、当該「損金の額」は、純資産が減少する一切のものをいうものと解される(脚注34)。
さすれば、「損金の額」に算入すべき金額を定めている法人税法22条3項における「別段の定め」についても、純資産が減少するものであっても、合理的な租税政策の要請によって損金性が否定されるものに限定して定められるものと解すべきこととなる。そうであれば、本質的に損金性を有する「役員報酬等」について、その損金性を原則として否認するような「役員給与の損金不算入」というような別段の定めは、租税政策上合理性を有するとは考えられない。しかも、改正前においては、実質的に利益処分であるということで、役員賞与課税が行われてきたのであるが、そのような大義名分も消失しているのであるからなおさらである。
更に、法人税法34条は、前述のように、損金算入の対象となる役員給与(定期同額給与等)について、その支給手続を詳細に定め、その手続に反したら損金算入を一律に否定しているが、このような規制方法は、実務をいたずらに複雑にするだけであって租税法律主義における課税要件明確主義に反することになるし、明確の原則及び便宜の原則を標榜する租税原則にも反することになる(脚注35)。
それに加え、利益連動給与については、非同族会社に限定して、上場会社でなければ利用できない方法で、会社法上の業績連動型報酬制度を変形する形で導入したが、その是非も問われている。すなわち、業績連動型報酬制度は、元来、経営者の経営手腕の発揮が即企業経営の成果に結び付くような中小企業にこそその必要が求められている(脚注36)にもかかわらず、法人税法上の利益連動給与は、そのことをまったく無視している。しかも、利益連動給与制度の手続上の煩雑さから、ほとんどの上場企業もその採用を見送っている。これでは、単に税制を複雑にしているだけに終わっている。
いずれにしても、法人税法34条のような役員給与の損金不算入の規制方法は、租税法の基本原則(租税法律主義)や租税政策の基礎をなす租税原則の見地から多くの問題が指摘されるところである。
3 特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入
(1)内 容 法人税法35条は、「特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入」と題し、その1項において、内国法人である特殊支配同族会社が当該特殊支配同族会社の業務主宰役員に対して支給する給与(債務の免除による利益その他の経済的な利益を含むものとし、退職給与を除く。)の額のうち当該給与の額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額は、当該特殊支配同族会社の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない、と定めている。
この場合、特殊支配同族会社とは、同族会社の業務主宰役員(法人の業務を主宰している個人役員)及び業務主宰役員関連者(当該業務主宰役員と特殊の関係がある者として政令で定める者)がその同族会社の発行済株式又は出資の総数又は総額の90%以上を支配している同族会社をいう(法法35①)。
また、損金不算入となる金額は、当該業務主宰役員の給与収入に係る所得税法28条3項に定める給与所得控除額相当額である(法令72①)。
要するに、同族会社が業務主宰役員一族によって株式等が90%以上支配されている場合(特殊支配同族会社に該当)には、その業務主宰役員の給与収入に係る給与所得控除額相当額(給与収入1,000万円であれば220万円)が、所得金額の計算上、損金不算入になる、というものである。
また、この場合にも、特殊支配同族会社の基準期間における基準所得金額の多寡によって、当該損金規制が異なることとされ、当該基準所得金額の算定等についても、複雑な規定が設けられている(法法35②~④、法令72、72の2、法規22の4)。
(2)問題点 イ 実務上の混乱
以上のような法人税法35条の制定は、平成17年12月中旬の自民党税制改正大綱において、唐突的に公表されたことと、当該規制内容が我が国の会社の大部分を占める同族会社の大半に影響を及ぼすことが懸念されたこともあって、実務界に大きな混乱をもたらした。同年12月下旬には、日本税理士会連合会の定例の理事会が開催されたが、外部理事として出席した筆者自身当日の理事会が大揉めに揉めたことを実感している(脚注37)。
当時、主税局は、この特例措置の課税対象は5~6万件程度である旨説明していたが、税理士会側の調査では、その10倍を超える旨の反論が出るなど、税理士会及び中小企業団体の反発が強まった。そのため、平成19年度税制改正では、課税の対象となる基準所得金額の最低限度を800万円以上から1,600万円以上の倍に引き上げることになった。
また、法人税法35条の規定については、特殊支配同族会社の意義・判定、業務主宰役員の意義・判定、90%以上の株式支配の判定等の解釈をめぐって、実務上数多くの問題が生じているが、本稿では、それらの詳述を省くこととする。
ロ 制度上の問題
(イ)制度創設の趣旨
前述のような損金規制を創設した趣旨については、立案担当者の説明によると、次のとおりである(脚注38)。
そもそも法人が支給する役員給与について法人段階での損金算入を制限すべき理由については、すでに1(2)で述べました。
そこで指摘された法人段階で役員給与の安易な損金算入を認めた場合の課税上の弊害は、特にオーナー役員(以下「業務主宰役員」といいます)による実質的な支配度合いが強い実質的な一人会社(以下「特殊支配同族会社」といいます)においてより顕著に表れることになります。すなわち、こうした会社においては、①業務主宰役員が自らへの役員給与を法人段階で経費として計上し損金の額に算入する一方で、②その役員給与について個人段階で給与所得控除を受けることが可能となっています。そして、業務主宰役員が事実上自らの役員給与の決定権を有している以上、こうした構造が課税所得の操作に利用される余地は極めて大きいものとなっています。
また、こうした仕組みは、特殊支配同族会社の実態は個人事業者と実質的に変わらないにもかかわらず、特殊支配同族会社においては稼得した収益に対する経費が法人段階と個人段階の二段階に分けて考慮されていることを意味し(いわゆる「経費の二重控除」)、個人事業者との課税上の不公平が端的に表れることになります。今回の会社法における一人会社の全面的解禁や最低資本金規制の撤廃等により、法人の設立が容易になることを踏まえると、このような状況を放置したままでは、個人事業者が租税回避を目的として法人形態を選択する「法人成り」が増加するなど、法人形態と個人形態との課税上の不公平がさらに増大するおそれがあります。
加えて、業務主宰役員が株主等であること等を踏まえると、こうした会社における業務主宰役員への役員給与の支給は、配当の支払いと実質的な差異を認めがたい面があり、これを役員給与の支給とするか配当の支払いとするかの裁量権が事実上業務主宰役員に与えられている会社において、これを役員給与の支給とすれば直ちに損金算入を認めるということでは、課税上の公平を欠くこととなりかねません。
そこで、今般の措置は、特殊支配同族会社における業務主宰役員への役員給与の支給がこのように経費性の観点から様々な問題を惹起していることを踏まえ、そのうち特に課税上の弊害が大きい部分、すなわち個人事業者との課税上の不公平を惹起している給与所得控除に相当する部分について損金算入を原則として制限することとしたものです。すなわち、今回の措置については、法人が支給する役員給与について、その支給による課税所得の操作が容易であることを踏まえ、課税上の弊害の度合に応じて法人段階で損金算入を制限してきたという法人税の従来からの基本的な考え方の延長線上に措置されたものと位置づけることができます。(注)は掲載略
(ロ)創設趣旨への疑問
前述した制度創設の趣旨説明(以下「説明」という。)については、次のような問題がある。まず、説明では、役員給与(報酬等)が職務執行の対価として支払われることに対して、それが利益操作の手段であるとして、その損金性を原則的に否定していることである。それが故に、法人税法34条のような規制を設けて、その損金性に縛りをかけたものと想定される。しかし、その規制に種々の問題があることを指摘した。
そして、説明では、利益操作の対象となる役員給与については、特殊支配同族会社において顕著であり、業務主宰役員が自らそのような給与の決定権を有しているから、損金算入規制が一層必要になるという。しかも、特殊支配同族会社は、実質的には個人事業者と変りがないから、同会社における経費控除が法人と個人(業務主宰役員の給与所得控除)との段階で二重控除になるという。しかし、この説明は、法人税法において私法上の「法人」に対してあまねく法人税を課税するとして置きながら、その「法人」についてのみ法人格を否認することにつながるものであるから、法人税制の上でも大きな問題を提起することになる。また、このことは、法人間における不平等な扱いを招くことになり、租税法の基本原則である公平の原則又は憲法14条にも反することになりかねない。
次いで、説明は、会社法の制定において1人会社の容認や最低資本金制度の廃止によって法人成りが一層容易となって、経費の二重控除を目的とする租税回避行為が助長されることを挙げている。しかし、我が国の法人税法は、伝統的に、私法上の「法人」に対してすべて法人税課税を行い、かつ、人格のない社団等(法法2・八等)に対しても法人とみなして法人税課税を行ってきた(法法3)わけであるから、会社法の制定によって法人成りが一層容易になったからといって、法人税制の根本を見直す理由にはならないものと考えられる。
更に、説明は、業務主宰役員に対する給与は実質的には配当と同様であるから、損金性を制限しないと課税上の公平を欠くことになると説く。しかし、このような両者の同質論については、会社制度さえ否定することとなりその論拠が余りに乏しいものと考えられる。しかし、仮に、両者が同質であるというのであれば、みなし配当(法法24)として課税すれば足りるところである。もっとも、現行の法人税法24条に規定されているみなし配当とは、余りにも異質であるので、配当と同質に扱うことは困難であろう。
以上のように、法人税法35条の制定の趣旨の説明については、合理的な理由に乏しく、そのことからも当該規定に対する批判も多い(脚注39)。しかしながら、前記説明において指摘する経費の二重控除問題については、以前から指摘されてきたところであるが、それは、法人段階で経費が二重に控除されるわけではないので、むしろ所得税法において規制すべきものと考えられる(脚注40)。
いずれにしても、法人税法35条の規定は、同法34条と同様、租税法の基本原則や租税政策上の見地から再検討を要するものと考えられる。
Ⅴ 役員給与課税のあり方
1 平成18年改正前からの問題点 平成18年改正前の役員報酬課税の問題点については、①報酬と賞与の形式的区分の弊害と賞与の一律損金不算入の不当性、②業績連動型報酬制度の不採用、③役員報酬と役員退職給与における適正額判定における類似法人比準(横並び比準)の弊害、④認定賞与に係る法人税課税と源泉所得課税の困難性等にあることについて、前記Ⅲにおいて述べた。
これらの問題点のうち、①と②については、平成18年の法人税法34条の改正によって、一応の対応規定が設けられることになった。しかし、前記Ⅳで指摘したように、新たな多くの問題を惹起することとなり、当該改正の是非が問われることになった。
また、③と④の問題については、従前の問題がそのまま残されているわけであり、引き続き検討を要する課題でもある。
更に、法人がその役員等に対して付与したストック・オプションをめぐる法人税課税については、従前から設けられていた法人税法施行令136条の4の規定(株式譲渡請求権の行使があった場合の所得の計算)が平成18年に改正され、同年の改正によって、新たに法人税法54条の規定(新株予約権を対価とする費用の帰属事業年度の特例等)が設けられた。
この54条の規定は、企業会計においてストック・オプションの権利行使便益等について費用計上が行われることに対応して設けられたものであるが、企業会計基準との関係、租税特別措置法上のいわゆる適格ストック・オプションとの関係等について今後検討を要する課題が残されている。
2 問題点の解決に向けて
(1)立法政策の合理性の判断 本稿では、主として、平成18年改正以後の法人税法上の役員給与課税の問題点を指摘してきた。その問題点の指摘も、解釈の問題よりも制度面を中心に行ってきた。しかし、成文化した条項の法的批判について、それが法廷において正当化されるのは、当該裁判所が当該条項について違憲判断を下すことが条件となる。それは、解釈上の問題よりもはるかに制限されることになる。
換言すると、税法が国会の審議を経て条文化されると、当該条項が国民からいかに批判されるとしても、裁判所において当該条項の憲法違反が問われない限り、立法当局は、その国民の批判を無視することができる。そのため、国民の方は、当該条項に基づいて課税処分が行われた場合には、当該条項の違憲判決の見通しが立たない限り、単に切歯扼腕するに留まることになる。特に、このことは、租税法において顕著のようであるが、最高裁判所が租税法の違憲審査について厳しい姿勢をとっていることにも起因する。
すなわち、現在、租税法の違憲審査のリーディング・ケースとなっている最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁)(脚注41)は、昭和39年当時の給与所得者に適用される給与所得控除額が不当に低く、必要経費の全額が控除される事業所得者等に対して不当に差別されているか否か(憲法14条に定める平等原則違反の有無)が争われた事案につき、次のとおり判示して、裁判所における違憲審査の限界を示した。
「租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないというべきである。」
この判決は、大法廷で下されたこともあって、その後の違憲審査に係る判決の判断に大きな影響(判例法としての影響)を及ぼしてきた。そのため、現行法令それ自体に不満を持ち、当該法令に基づく課税処分を争う中で当該法令の違憲を違法事由として問題解決を図ろうとする租税専門家にとっては、この大法廷判決が大きな壁となって立ちはだかることになる。
例えば、大阪地裁平成7年10月17日判決(行裁例集46巻10・11号942頁)では、バブル期の土地対策税制として立法化された旧租税特別措置法69条の4の規定(脚注42)が、地価の下落により相続財産の価額(時価)を大幅に上回る相続税の負担を強制することになるから、当該条項が憲法29条(財産権の保障)に違反する旨の主張の当否が争われたところ、同判決は、当該規定がその立法目的との関連で著しく合理性を欠くとはいえないから憲法違反に当たらないとし、しかし、当該規定を適用して相続財産価額(当該事案では、約9億円)を上回る税負担(同約13億円)を強制することは違憲状態になるとし、当該規定に基づく課税処分を取り消している。そして、当該関係条項は翌年3月廃止されたが、このような違憲審査に係る考え方は、上訴審の大阪高裁平成10年4月14日判決(訟務月報45巻6号1112頁)及び最高裁平成11年6月11日第二小法廷判決(税資243号270頁)でも、維持されている。
また、平成16年度税制改正において、平成16年3月26日に成立(同月31日公布、4月1日施行)した租税特別措置法31条1項の規定(土地建物等を譲渡したことに伴う譲渡損失が生じなかったものとみなす規定、すなわち損益通算の禁止規定)が同年1月1日以降の各譲渡に適用されることに対し、福岡地裁平成20年1月29日判決(平成18年(行ウ)第24号)は、当該禁止規定が遡及立法の禁止に抵触し、憲法84条に違反する旨判示したが、東京地裁平成20年2月14日判決(平成18年(行ウ)第603号ほか)は、前掲最高裁大法廷判決等を引用し、遡及立法の禁止には当たらない旨判示している(脚注43)。
以上のような違憲審査をめぐる判例の動向からみて、本稿が問題にしている役員給与課税を定めている法人税法34条及び35条についても、前述のような不合理性は指摘できるところであるが、その不合理性をもって直ちに当該各条項の違憲性が判断されること(法廷で勝訴すること)は、困難であるものと考えられる。しかし、前掲の最高裁大法廷判決が出された後、国税に関して初めて前掲福岡地裁判決のような考え方も出されたのであるから、本稿で問題にしている給与所得課税の非合理性についても引き続き検討を要するものと考えられる。
(2)個別問題の解決方法 前述のように、役員給与課税に関する各条項について違憲性があるほど不合理ではないと判断された場合であっても、各条項の個別規定をより妥当なものに改めて行く必要があるし、それが立法当局の責務でもある。
まず、法人税法34条1項は、損金算入の対象となる役員給与を①定期同額給与、②事前確定届出給与及び③利益連動給与の3つに原則的に限定しているのであるが、それらの手続的規制は、会社法が職務執行の対価を適正に支払われるように規制しているわけであるから、できる限り会社自治を尊重して一層弾力的に是正すべきである。また、利益連動給与については、会社経営の活力を増大させるために、上場会社等に限定せず、すべての会社(法人)に適用できるように改めるべきである。いずれにしても、役員給与それ自体の損金性が認められないような規定(法人税法34条の見出し等)は、早急に見直すべきであろう。
このように、役員給与に対してそれを支給する法人段階で法人税の課税を不当に強化すべきではないとする考え方は、法人税制の基本的な考え方にも共通する。すなわち、現行法人税制の基礎となっているシャウプ税制においては、法人税の存在を個人所得税の代替的課税であるという位置付けをしているわけであるから、役員給与のように、個人(役員)段階で完全に所得税が課税できるような場合には、本来、当該給与の損金性を否定して法人税課税を行う必要がないはずである(脚注44)。
もっとも、このような代替課税説を採用する場合においても、株主等の資本主から役員に対して職務執行の対価とは別に贈与的に多額な給与が支払われる場合もあろうから、それを規制する法人税課税(役員給与の損金不算入)も必要であろう(脚注45)。しかし、その場合にも、現行規定のような原則損金不算入となるような定めにはならないはずである。また、代替課税説を捨象した場合には、職務執行の適正な対価以外についての損金規制(損金不算入措置)を行う必要も考えられる(脚注46)。しかし、これらのいずれの場合の損金規制であっても、現行の法人税法34条のような原則損金不算入とする規制方法は、本来あるべき規制方法から逸脱しているものと考えられる。
次に、法人税法35条に定める特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入については、前記Ⅳで述べたように、当該条項を正当化する論拠は極めて乏しいものと考えられるから、当該条項を廃止すべきである。もっとも、立法担当者が指摘する個人類似会社における経費の二重控除問題については、前述したように、個人所得税の問題として検討すべきである。
最後に、本節の1において指摘したその他の問題点については、それぞれの役員給与の支給実態に応じた適切な事実認定が望まれる。まず、役員給与(退職給与を含む。)の不相当に高額な部分の損金不算入における適正額の判定においては、弊害の多い横並び的な形式的判断(類似法人との比較の重視)を排し、当該役員の職務執行の実態に応じて実質的に判断されるべきである。また、認定給与(認定賞与)の問題については、的確な事実認定によって解決されるべきであろうから、争訟事例の積み重ねの中から帰納的に解決策が見出されるものと考えられる。いずれにしても、これらの実質判断(事実認定)は、人(税務署長)が人(役員)の職務能力を判定するという極めて困難な作業を伴うことになるが、だからと言って、弊害の多い横並び的な形式判断によって法人税課税を強制すべきではない。この場合、役員給与については、同じ所得課税である個人所得課税が課されることにも十分配慮すべきである。
なお、ストック・オプションをめぐる法人税と源泉所得税の問題については、本稿が法人税の問題を中心に検討してきたところであるので、所得税法上のあり方を含めて、別途詳細な検討を試みたいと考えている。
(しながわ・よしのぶ)
脚注 28 白土英成『役員給与の税務』(中央経済社、2007年)、品川芳宣監修・役員給与研究会著『実務家のための役員給与の税務』(ぎょうせい、2007年)、大江晋也『役員給与等の税務』等参照。
29 国税庁「役員給与に関するQ&A」(平成18年6月)、同「役員給与に関する質疑応答事例集」(平成18年12月)、財務省「特殊支配同族会社の業務主宰役員給与の損金不算入制度に関するQ&A」(平成18年12月)等参照。
30 制度的な批判に関しては、山本守之・藤曲武美「「役員給与」問題の本質はどこにあるのか」税務弘報2008年1月号9頁、品川芳宣ほか「新役員給与制度をめぐる実務上の疑問と対応(上)」速報税理2007年12月1日号28頁、品川芳宣ほか「実務の現場からみた役員給与制度への対応」税理51巻4号(2008年3月臨時増刊号)2頁等参照。
31 この考え方は、法人税法が伝統的に採用してきた確定決算基準の基盤となるのであるから、法人税法34条の規定は、確定決算基準自体を揺るがすことになる。この確定決算基準のあり方については、品川芳宣「会社法と確定決算基準」税務会計研究(税務会計研究学会)18号23頁等参照。
32 金子宏『租税法 第12版』243頁(弘文堂、2007年)等参照。
33 吉国二郎・武田昌輔『法人税法〔理論編〕増補改訂版』73頁(財経詳報社、1972年)、品川芳宣『課税所得と企業利益』27頁(税務研究会、1982年)等参照。
34 前出(注33)『課税所得と企業利益』4頁、昭和25年制定の旧法人税基本通達「52」等参照。
35 前出(注33)『課税所得と企業利益』57頁等参照。
36 全国法人会連合会は、平成14年の商法改正の前後から、中小企業において、業績連動型報酬制度の導入を要求していた。
37 品川芳宣「税相を斬る!法人課税の混乱!」速報税理2006年2月1日号14頁参照。
38 佐々木浩ほか「法人税法の改正」『改正税法のすべて 平成18年版』(大蔵財務協会、2006年)332頁
39 前出(注30)の各書のほか、粕谷晴江「特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入制度の問題点」東京税理士界2008年2月1日号4頁等参照。
40 前出(注37)、品川芳宣「「個人所得課税に関する論点整理」の検証」『第57回租税研究大会記録』(日本租税研究協会)7頁等参照。
41 品川芳宣ほか『戦後重要租税判例の再検証―実務に影響を及ぼした重要判例の総点検―税務事例創刊400号記念出版』2頁、12頁(財経詳報社、2003年)等参照。
42 当該規定は、相続開始前3年以内に被相続人が取得した土地等又は家屋等がある場合には、当該土地等又は家屋等は相続税法上の「時価」ではなく、当該取得価額で課税する旨定めていた。当該大阪地裁判決の事案では、約23億円で取得した土地の時価が相続時に約9億円下落したが、約13億円の相続税額が負担させられることになった。
43 これら2つの判決の対比等については、品川芳宣「税相を斬る!遡及立法をめぐる二つの判決」速報税理2008年3月1日号18頁参照。
44 前出(注33)『課税所得と企業利益』98頁等参照。
45 前出(注33)『課税所得と企業利益』99頁等参照。
46 前出(注33)『課税所得と企業利益』118頁等参照。
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