解説記事2010年11月01日 【論文】 J-REITの内部留保と資金調達方法に係る検討─特に上場J-REITについて─(2010年11月1日号・№376)
論 文
J-REITの内部留保と資金調達方法に係る検討
─特に上場J-REITについて─
前専修大学大学院経済学研究科客員教授 三國仁司
はじめに
2008年10月に上場J-REITの1つが破綻した。物件購入資金の借換不調が原因といわれている。
後講釈になるが、収益金を内部留保していれば、あるいは物件購入に備えて投資口の追加発行によって必要資金を確保していれば、破綻しなかったかもしれない。
そこで、本稿では主に上場J-REITを対象に、収益金の内部留保と、投資口を機動的に追加発行してあらかじめ必要資金を調達・確保する方法とについて、筆者の個人的な見解と提言を述べることとする。
Ⅰ.J-REITの内部留保
1.内部留保に関する問題提起 REIT(Real Estate Investment Trust)の本家本元である米国では、
・REITは、あくまでも一定要件を充足した場合に法人税負担が軽減される「税法上の地位・ステイタス」に過ぎず、
・そのようなステイタスを放棄すれば(具体的には要件の非充足)、通常の不動産業者(主として賃貸業者)になってしまい、
・REITでは内部留保ができない、できてもわずかということを理由に、あえてREITステイタスを放棄して一般の事業者・事業体(通常の法人税負担)に戻る
という事例が発生していたのである。
そして、J-REITを含む運用型証券化でも、証券化主体への資金提供はコーポレートファイナンスであり(脚注1)、破綻リスクを軽減するには、コーポレートとしての内部留保・支払準備金の確保が重要となる。破綻回避の最有効かつ最善の方法は必要資金をすべてエクィティで調達することだが、現に負債での資金調達が行われている以上は、これを踏まえてJ-REITが収益金を有効に内部留保する方法を考えなければならない。
2.配当支払条件の緩和は有効か 運用型証券化主体は、その形態の如何にかかわらず、投資家や資金提供者から資金運用を目的として資金を募り、その資金で運用対象となる各種アセットを取得するのであり、一般の事業者・事業体と同様に「事業」を営んでいる者ということになる。J-REITも運用型証券化主体の1つであり、それが発行した投資口が証券市場に上場されていようと非上場であろうと、何も特別な存在ではなく、本質は、あくまでも不動産賃貸専門業者であり、単に費用の控除枠が通常のものとは別建てで認められているだけということになる。「別建ての費用控除枠」が認められるには条件があり、それをすべて充足しなければ「別枠」が否認され、一般の事業者・事業体と同様の法人税負担が課せられる。
そして、費用控除の別枠(課税対象収益の90%超を投資口配当として支払えば、支払った金額は費用認定される)が認められているために、収益金を内部留保することが極めて難しくなっているといわれている。たしかに、課税対象収益の90%超を配当として支払い、残額に法人税が課せられると、内部留保できる金額は多くても課税対象収益の5%未満になる。そこで、内部留保を行いやすくするために、90%超の配当要件を、たとえば、70%超に緩和するということが出てくるかもしれない。
しかし、このような条件緩和によって内部留保が進むと考えるには無理がある。なぜなら、現状でもわずかとはいえ内部留保は可能だが、課税対象収益のほぼ全額を投資口配当として支払っているとしたら、J-REITには内部留保を行う意思がないと考える方が自然だからである。少額の内部留保では無意味ということかもしれないが、経済状況に関係なく自らの裁量で利用可能な資金であり、累積すれば負債での資金調達額を圧縮できて破綻の可能性を低下させることができるとしたら、内部留保を行わない理由を金額の多寡に求めることは合理性を欠く。
さらなる理由として、J-REITは当期税引前利益を配当することにより高利回りを実現できるという商品性がある。すなわち、高い配当利回りを実現することで、特に上場J-REITでは投資口の価格を維持しようとしているとみなすことができる(非上場でも、投資口の換価・交換価値を配当利回りから算出すれば、配当利回りは重要な要因となる)。それゆえに、収益金を内部留保できるとしても配当利回りの引下げになるとしたら、行われると考えるには無理がある。
3.「新株交付」による内部留保の実現 よい方法がある。現金配当の他に、いわゆる「新株交付による配当」をJ-REITでも可能にすることである(J-REITでは「投資口交付配当」になる)。投資口交付配当の経済的価値が「別建ての費用控除枠」を認める現行条件に合致していれば(その他要件の充足は必須)、従来同様の取扱いとするのである。
すなわち、これまでは現金配当だけであり、課税対象収益の全額を投資口配当として支払ってしまえば、収益金を内部留保することができない。しかし、単純化しているが、図のように課税対象収益に見合った経済的価値のある新・投資口をその保有者(一般事業会社の株主)に交付し、それによって課税対象収益の90%超を投資口配当として支払っていると認めることにすれば、課税対象収益の大部分(いくらかの現金配当は不可避)を内部留保することが可能となる。
課税対象収益に見合った新・投資口の発行数の決定は、筆者の私見であるが、概略、次のようになるだろう。
① あるJ-REITで、課税対象収益(A)を発行済投資口数(B)で割り算すれば、1投資口当たりの配当金額(C=A÷B)が判明する。
② 投資口保有者への表面上の配当金額(D)は、1口当たりの配当金額(C)に保有投資口数(E)を掛け算したもの(D=C×E)になる。
③ 税の源泉徴収制度により、投資口保有者が実際に受領できる配当金額(F)は、源泉徴収金額(G)を控除したもの(F=D-G)になる。
④ そして、実際の配当金額として得られたもの(F)を、上場J-REITであれば(非上場J-REITでは少々面倒な作業が必要だが、本稿では省略する)、配当基準日(またはJ-REITの決算が承認された日)における当該J-REITの取引終値(H)で割り算した数量(I=F÷H)を、配当として割り当てられる投資口数とする。
この場合、(I)には1口未満の投資口数が発生し、この分だけは現金での配当となる。また、投資口の価格(H)が高額で、配当金額(F)を大きく上回っていると、多くの投資口保有者に1口未満の投資口数が発生し、現金配当が増えてしまう。これを避けるためには、既存の投資口数をあらかじめ数倍の口数に分割し、現金配当とする金額を抑制する必要がある。
1口以上の投資口が割り当てられる投資口保有者は、現金が必要であれば割当口数を証券市場で売却すればよい(ただし、証券市場での取引単位が1口を超えている場合は取引単位未満の投資口数は売却できないし、売却に伴う手数料負担は不可避となる)。投資口を受領するまでには時間があり、その間に値下がりするかもしれないとしたら、割り当てられる1口以上の投資口(ただし、取引単位以上で、かつその整数倍)をあらかじめ売却しておけばリスクヘッジになる。
また、配当時期前後に投資口の売却が増えて取引価格が下落するとしても、売却時期を投資口保有者が自らの判断で決定すればよいのであって、そもそも、値下がりする可能性のあるものに投資をした以上、あらゆるリスクをヘッジすることはできないということを、投資家は理解する必要がある。
このような方法によってJ-REITの内部留保と財務体質補強ができるとしたら、実現を目指すべきだと筆者は考えている。
Ⅱ.機動的な投資口の追加発行
1.エクィティファイナンスの実行 もう1つJ-REITの破綻回避方法となり得るものに投資口の追加発行、いわゆるエクィティファイナンスの実行がある。この場合、それを機動的に行うことが合理的かどうか、そして、それが投資口上場の主たる狙いと合致しているかについて、考えてみなければならない。
J-REITを含む事業者・事業体がエクィティファイナンスを行うのは、
・なによりも自己資本の増強が目的であり、
・ゴーイングコンサーンとしての存続性をより確実にすることを意図している
ということになろう。自己資本を増強することで負債性資金の調達と金額確保が容易になるとしたら、やはりゴーイングコンサーンとしての存続性が向上する。したがって、エクィティファイナンスを従来よりも柔軟かつ、機動的に行うことにはそれなりの合理性があるということになる。エクィティファイナンスを実行するためには、投資口(事業会社の場合は、株式)の価格が誰の目からも合理的・妥当なものでなければならないが、それが上場されていれば、価格の透明性を含めて合理性・妥当性が確保されやすくなる。
このような価格の合理性・妥当性を確保することが上場の目的といえなくもないが、むしろ、主たる狙いはエクィティファイナンスの実行にあるというべきであろう。すなわち、J-REITや事業者・事業体が投資口や株式を上場すると、
・既存の投資口保有者・株主以外の投資家は、新たに当該投資口や株式への投資機会を得ることができ、
・既存投資口保有者・株主を含むすべての投資家にとって、当該投資口や株式の流通性と換金性が著しく改善・向上されることになり、
・それに伴って、投資口や株式の取引価格に透明性が確保されるようになって、
・投資家が、新規あるいは既存分への追加的な投資、または既存投資からの部分的もしくは全部の離脱に関する判断を合理的に行うことができる
ということになるが、これらはすべて投資家にとっての利益や利点であり、J-REITを含めた事業者・事業体側の利益や利点とはいいがたい。
そこで、事業者・事業体にとっての、上場の主たる利点や狙いを改めて考えてみると、証券市場を通じた、新たな株式や投資口の発行またはこれらの引受け・購入に伴う権利を利用して行う資金調達、いわゆるエクィティファイナンス実行のため、ということに思い至る。簡単にいうと、J-REITを含む事業者・事業体が自らの投資口や株式を上場し、その費用とこれ以降の上場維持に必要な諸費用を負担し、さらに、IR資料を作成して説明や広報活動を行うのは(これらに伴う費用負担も必要)、今後どこかの時点で、金額の多少にかかわらず、投資口や株式の発行を絡めた新たな資金調達の機動的な実行を意図しているからということである(筆者は、これ以外に事業者・事業体側の利点はないと考えるに至っている)。
社会的な認知度や信用力の向上を狙っての上場ということもあるだろう。しかし、一般の投資家が上場企業・事業者のことをどこまで知っているかとなると、かなり疑わしい。事業者の製品の方がよく知られているとしたら、上場維持費用を負担するよりも、製品の認知度を一段と向上させるために当該資金を宣伝広告費として活用した方が、売上げと営業利益の増大に直結するだろう。また、東京証券取引所の第一部市場を含めて上場会社の破綻が頻発している状況をみれば、株式の上場が信用力向上に直結することはないと考えた方が合理的であろう(脚注2)。
そして、上場の主目的が「今後、エクィティファイナンスを実行するため」であるとすれば、収益金を現金配当する代わりに新たな株式や投資口の交付によって配当を行うのは、収益金の外部流出を防いで内部留保という形で資金の調達・確保を可能にするものであり、広い意味でのエクィティファイナンスといえるし、ゴーイングコンサーンにとっては合理的な行動になる。割当数を決めるためには、現金配当されるはずの金額(源泉徴収後)を当該事業者・事業体の1株または1投資口当たりの価格で割り算しなければならないが、その価格として上場価格を利用するのは、価格の透明性が明らかになるという点で、やはり合理的かつ妥当ということになる。
さらにJ-REITに関しては、「別建ての費用控除枠」の認定により高い配当利回りを実現することができ、上場投資口の価格がこのような高配当利回りによって維持されているとしたら、今後、エクィティファイナンスを実行するという点では、やはり合理的なものとなる。なぜなら、投資口の価格が高いほど、ファイナンス金額に対応した投資口交付数が少なくて済み、今後の「1投資口当たりの収益(=EPS, Earnings Per Share)」の低下を抑制できるからである。
それでも、発行済みの投資口が増えることはEPSが減少するとして投資家は嫌う傾向にあるが、それは自己利益に捕らわれすぎているように筆者には思われる。なぜなら、既述したように、投資口の上場は既存投資口保有者や投資家にとって利益であり、その利益を得るために何か負担が必要になるとしたら、エクィティファイナンス実行への対応がそれに該当すると考えられるからである。その規模と時期・頻度にもよるが、J-REITを含む事業者・事業体が上場に伴う諸費用負担の見返りを求めてきたからといって、それをただ嫌うのでは公平性を欠くことになろう。したがって、投資家は、上場を果たした事業者・事業体は新たなエクィティファイナンスを随時行う可能性ありと考えたうえで株式や投資口投資に臨む必要があろう(エクィティファイナンス実行のニュースによって上場価格が下落すれば、既存投資家にとっては、それも「自己責任」ということになる)。
2.J-REITの場合の具体策 上場J-REITに対し、機動的なエクィティファイナンスの実行を認めることが必要であるとしても、既存の投資口保有者がそれに伴う新・投資口の追加発行を好ましいと思っていないことも確かであり、無秩序・無節制の発行は絶対的に避けなければならない。
では、どうするか。筆者は、前もって運用物件の取得計画(単年度ではなく、3年程度の複数年度にわたる計画の方がベターかもしれない)とそれに対応した資金調達および資金繰り計画を証券取引所へ提出させ、それに基づいて新・投資口の発行枠を認めるようにすればよいし、実際の新・投資口発行は、当該発行枠の範囲内でJ-REITが時期と数量を見定めて行えばよいと考えている。投資家は、投資計画と資金調達計画を評価・査定して新・投資口の発行を引き受ければよく、投資計画が過大だとか、資金調達計画が楽観的だと思われるのであれば、新・投資口の引受けを拒絶すればよい(投資口交付配当の場合、現金配当との選択が必要かもしれない)。リーマンショック以前の、特にJ-REITバブルといわれたものを振り返ってみると、浮かれ熱を冷ますためには、新・投資口の追加発行があった方がよかったのではないかと思われる(脚注3)。少なくとも、資金調達計画の楽観性には注意が向けられたのではないかと、筆者は考えている。
また、新・投資口発行後に経済状況の急変や証券市場の混乱によって投資口価格が暴落したとしても、物件取得を負債性資金に依存する割合が大きくなっていなければ、J-REITが破綻する可能性はそれほど大きくなっていないはずである。この場合も、エクィティファイナンスはゴーイングコンサーンとしての存続性を維持・確保するものとして、評価することができる。少なくとも、上場J-REIT破綻の再現は回避できるだろう。
脚注
1 筆者は、田邊曻・田村幸太郎・杉本茂・中村里佳・田中博・三國仁司『実務・不動産証券化』(商事法務、2003年2月)第7章Ⅳ(615頁~625頁)での記述以降、証券化はコーポレートファイナンスであると主張している。
2 上場することによって、当該事業会社の資金調達力が従前よりも増強されるならば、たしかに信用力は向上する。そのためには、①従来の取引金融機関に加えて、より規模の大きい金融機関や他地域の金融機関との取引が可能となること、②それに伴って、商品や原材料の仕入れと販売先が他地域へ拡大し、③さらに、現金決済ではなく、買掛金や支払手形での商品・原材料の仕入れや購入が可能となることが生じていなければならない。
3 リーマンショック以降、メガバンクや有名大企業が、自己資本比率の低下や今後の資金調達に備えるとして、相次いで大型増資を行った。しかし、それ以前のまだ株価が高かった時期に実施していれば、より多くの資金をより少ない株式発行数で確保することができたはずである。景気が早晩下降に向かうことは経験則から予測できたことであり、それに備えるためには、株式アナリストから将来戦略不明等の嫌味をいわれたとしても、行っておくべきだったといえるだろう。
三國仁司 (みくに・ひとし)
1951年、石川県生まれ。1976年4月、日本長期信用銀行入行。1999年4月、日本格付研究所入社。同社ストラクチャード・ファイナンスアドバイザーを経て2002年4月~2007年3月、中央大学専門職大学院国際会計研究科客員教授。2003年4月~2007年9月、専修大学大学院経済学研究科客員教授。2007年9月、福岡キャピタルパートナーズ入社。著書に本稿脚注1掲記のもののほか、『資産・債権流動化の実務必携』(金融財政事情研究会、1999年)、『不動産投資ファンド』(東洋経済新報社、2001年)、『ABSメザニン投資のすべて』(金融財政事情研究会、2003年)、『証券化キーワード辞典』(共著、日本経済新聞社、2004年)、『証券化のリスクとファイナンス』(東洋経済新報社、2009年)など多数。論文多数。
J-REITの内部留保と資金調達方法に係る検討
─特に上場J-REITについて─
前専修大学大学院経済学研究科客員教授 三國仁司
はじめに
2008年10月に上場J-REITの1つが破綻した。物件購入資金の借換不調が原因といわれている。
後講釈になるが、収益金を内部留保していれば、あるいは物件購入に備えて投資口の追加発行によって必要資金を確保していれば、破綻しなかったかもしれない。
そこで、本稿では主に上場J-REITを対象に、収益金の内部留保と、投資口を機動的に追加発行してあらかじめ必要資金を調達・確保する方法とについて、筆者の個人的な見解と提言を述べることとする。
Ⅰ.J-REITの内部留保
1.内部留保に関する問題提起 REIT(Real Estate Investment Trust)の本家本元である米国では、
・REITは、あくまでも一定要件を充足した場合に法人税負担が軽減される「税法上の地位・ステイタス」に過ぎず、
・そのようなステイタスを放棄すれば(具体的には要件の非充足)、通常の不動産業者(主として賃貸業者)になってしまい、
・REITでは内部留保ができない、できてもわずかということを理由に、あえてREITステイタスを放棄して一般の事業者・事業体(通常の法人税負担)に戻る
という事例が発生していたのである。
そして、J-REITを含む運用型証券化でも、証券化主体への資金提供はコーポレートファイナンスであり(脚注1)、破綻リスクを軽減するには、コーポレートとしての内部留保・支払準備金の確保が重要となる。破綻回避の最有効かつ最善の方法は必要資金をすべてエクィティで調達することだが、現に負債での資金調達が行われている以上は、これを踏まえてJ-REITが収益金を有効に内部留保する方法を考えなければならない。
2.配当支払条件の緩和は有効か 運用型証券化主体は、その形態の如何にかかわらず、投資家や資金提供者から資金運用を目的として資金を募り、その資金で運用対象となる各種アセットを取得するのであり、一般の事業者・事業体と同様に「事業」を営んでいる者ということになる。J-REITも運用型証券化主体の1つであり、それが発行した投資口が証券市場に上場されていようと非上場であろうと、何も特別な存在ではなく、本質は、あくまでも不動産賃貸専門業者であり、単に費用の控除枠が通常のものとは別建てで認められているだけということになる。「別建ての費用控除枠」が認められるには条件があり、それをすべて充足しなければ「別枠」が否認され、一般の事業者・事業体と同様の法人税負担が課せられる。
そして、費用控除の別枠(課税対象収益の90%超を投資口配当として支払えば、支払った金額は費用認定される)が認められているために、収益金を内部留保することが極めて難しくなっているといわれている。たしかに、課税対象収益の90%超を配当として支払い、残額に法人税が課せられると、内部留保できる金額は多くても課税対象収益の5%未満になる。そこで、内部留保を行いやすくするために、90%超の配当要件を、たとえば、70%超に緩和するということが出てくるかもしれない。
しかし、このような条件緩和によって内部留保が進むと考えるには無理がある。なぜなら、現状でもわずかとはいえ内部留保は可能だが、課税対象収益のほぼ全額を投資口配当として支払っているとしたら、J-REITには内部留保を行う意思がないと考える方が自然だからである。少額の内部留保では無意味ということかもしれないが、経済状況に関係なく自らの裁量で利用可能な資金であり、累積すれば負債での資金調達額を圧縮できて破綻の可能性を低下させることができるとしたら、内部留保を行わない理由を金額の多寡に求めることは合理性を欠く。
さらなる理由として、J-REITは当期税引前利益を配当することにより高利回りを実現できるという商品性がある。すなわち、高い配当利回りを実現することで、特に上場J-REITでは投資口の価格を維持しようとしているとみなすことができる(非上場でも、投資口の換価・交換価値を配当利回りから算出すれば、配当利回りは重要な要因となる)。それゆえに、収益金を内部留保できるとしても配当利回りの引下げになるとしたら、行われると考えるには無理がある。
3.「新株交付」による内部留保の実現 よい方法がある。現金配当の他に、いわゆる「新株交付による配当」をJ-REITでも可能にすることである(J-REITでは「投資口交付配当」になる)。投資口交付配当の経済的価値が「別建ての費用控除枠」を認める現行条件に合致していれば(その他要件の充足は必須)、従来同様の取扱いとするのである。
すなわち、これまでは現金配当だけであり、課税対象収益の全額を投資口配当として支払ってしまえば、収益金を内部留保することができない。しかし、単純化しているが、図のように課税対象収益に見合った経済的価値のある新・投資口をその保有者(一般事業会社の株主)に交付し、それによって課税対象収益の90%超を投資口配当として支払っていると認めることにすれば、課税対象収益の大部分(いくらかの現金配当は不可避)を内部留保することが可能となる。

課税対象収益に見合った新・投資口の発行数の決定は、筆者の私見であるが、概略、次のようになるだろう。
① あるJ-REITで、課税対象収益(A)を発行済投資口数(B)で割り算すれば、1投資口当たりの配当金額(C=A÷B)が判明する。
② 投資口保有者への表面上の配当金額(D)は、1口当たりの配当金額(C)に保有投資口数(E)を掛け算したもの(D=C×E)になる。
③ 税の源泉徴収制度により、投資口保有者が実際に受領できる配当金額(F)は、源泉徴収金額(G)を控除したもの(F=D-G)になる。
④ そして、実際の配当金額として得られたもの(F)を、上場J-REITであれば(非上場J-REITでは少々面倒な作業が必要だが、本稿では省略する)、配当基準日(またはJ-REITの決算が承認された日)における当該J-REITの取引終値(H)で割り算した数量(I=F÷H)を、配当として割り当てられる投資口数とする。
この場合、(I)には1口未満の投資口数が発生し、この分だけは現金での配当となる。また、投資口の価格(H)が高額で、配当金額(F)を大きく上回っていると、多くの投資口保有者に1口未満の投資口数が発生し、現金配当が増えてしまう。これを避けるためには、既存の投資口数をあらかじめ数倍の口数に分割し、現金配当とする金額を抑制する必要がある。
1口以上の投資口が割り当てられる投資口保有者は、現金が必要であれば割当口数を証券市場で売却すればよい(ただし、証券市場での取引単位が1口を超えている場合は取引単位未満の投資口数は売却できないし、売却に伴う手数料負担は不可避となる)。投資口を受領するまでには時間があり、その間に値下がりするかもしれないとしたら、割り当てられる1口以上の投資口(ただし、取引単位以上で、かつその整数倍)をあらかじめ売却しておけばリスクヘッジになる。
また、配当時期前後に投資口の売却が増えて取引価格が下落するとしても、売却時期を投資口保有者が自らの判断で決定すればよいのであって、そもそも、値下がりする可能性のあるものに投資をした以上、あらゆるリスクをヘッジすることはできないということを、投資家は理解する必要がある。
このような方法によってJ-REITの内部留保と財務体質補強ができるとしたら、実現を目指すべきだと筆者は考えている。
Ⅱ.機動的な投資口の追加発行
1.エクィティファイナンスの実行 もう1つJ-REITの破綻回避方法となり得るものに投資口の追加発行、いわゆるエクィティファイナンスの実行がある。この場合、それを機動的に行うことが合理的かどうか、そして、それが投資口上場の主たる狙いと合致しているかについて、考えてみなければならない。
J-REITを含む事業者・事業体がエクィティファイナンスを行うのは、
・なによりも自己資本の増強が目的であり、
・ゴーイングコンサーンとしての存続性をより確実にすることを意図している
ということになろう。自己資本を増強することで負債性資金の調達と金額確保が容易になるとしたら、やはりゴーイングコンサーンとしての存続性が向上する。したがって、エクィティファイナンスを従来よりも柔軟かつ、機動的に行うことにはそれなりの合理性があるということになる。エクィティファイナンスを実行するためには、投資口(事業会社の場合は、株式)の価格が誰の目からも合理的・妥当なものでなければならないが、それが上場されていれば、価格の透明性を含めて合理性・妥当性が確保されやすくなる。
このような価格の合理性・妥当性を確保することが上場の目的といえなくもないが、むしろ、主たる狙いはエクィティファイナンスの実行にあるというべきであろう。すなわち、J-REITや事業者・事業体が投資口や株式を上場すると、
・既存の投資口保有者・株主以外の投資家は、新たに当該投資口や株式への投資機会を得ることができ、
・既存投資口保有者・株主を含むすべての投資家にとって、当該投資口や株式の流通性と換金性が著しく改善・向上されることになり、
・それに伴って、投資口や株式の取引価格に透明性が確保されるようになって、
・投資家が、新規あるいは既存分への追加的な投資、または既存投資からの部分的もしくは全部の離脱に関する判断を合理的に行うことができる
ということになるが、これらはすべて投資家にとっての利益や利点であり、J-REITを含めた事業者・事業体側の利益や利点とはいいがたい。
そこで、事業者・事業体にとっての、上場の主たる利点や狙いを改めて考えてみると、証券市場を通じた、新たな株式や投資口の発行またはこれらの引受け・購入に伴う権利を利用して行う資金調達、いわゆるエクィティファイナンス実行のため、ということに思い至る。簡単にいうと、J-REITを含む事業者・事業体が自らの投資口や株式を上場し、その費用とこれ以降の上場維持に必要な諸費用を負担し、さらに、IR資料を作成して説明や広報活動を行うのは(これらに伴う費用負担も必要)、今後どこかの時点で、金額の多少にかかわらず、投資口や株式の発行を絡めた新たな資金調達の機動的な実行を意図しているからということである(筆者は、これ以外に事業者・事業体側の利点はないと考えるに至っている)。
社会的な認知度や信用力の向上を狙っての上場ということもあるだろう。しかし、一般の投資家が上場企業・事業者のことをどこまで知っているかとなると、かなり疑わしい。事業者の製品の方がよく知られているとしたら、上場維持費用を負担するよりも、製品の認知度を一段と向上させるために当該資金を宣伝広告費として活用した方が、売上げと営業利益の増大に直結するだろう。また、東京証券取引所の第一部市場を含めて上場会社の破綻が頻発している状況をみれば、株式の上場が信用力向上に直結することはないと考えた方が合理的であろう(脚注2)。
そして、上場の主目的が「今後、エクィティファイナンスを実行するため」であるとすれば、収益金を現金配当する代わりに新たな株式や投資口の交付によって配当を行うのは、収益金の外部流出を防いで内部留保という形で資金の調達・確保を可能にするものであり、広い意味でのエクィティファイナンスといえるし、ゴーイングコンサーンにとっては合理的な行動になる。割当数を決めるためには、現金配当されるはずの金額(源泉徴収後)を当該事業者・事業体の1株または1投資口当たりの価格で割り算しなければならないが、その価格として上場価格を利用するのは、価格の透明性が明らかになるという点で、やはり合理的かつ妥当ということになる。
さらにJ-REITに関しては、「別建ての費用控除枠」の認定により高い配当利回りを実現することができ、上場投資口の価格がこのような高配当利回りによって維持されているとしたら、今後、エクィティファイナンスを実行するという点では、やはり合理的なものとなる。なぜなら、投資口の価格が高いほど、ファイナンス金額に対応した投資口交付数が少なくて済み、今後の「1投資口当たりの収益(=EPS, Earnings Per Share)」の低下を抑制できるからである。
それでも、発行済みの投資口が増えることはEPSが減少するとして投資家は嫌う傾向にあるが、それは自己利益に捕らわれすぎているように筆者には思われる。なぜなら、既述したように、投資口の上場は既存投資口保有者や投資家にとって利益であり、その利益を得るために何か負担が必要になるとしたら、エクィティファイナンス実行への対応がそれに該当すると考えられるからである。その規模と時期・頻度にもよるが、J-REITを含む事業者・事業体が上場に伴う諸費用負担の見返りを求めてきたからといって、それをただ嫌うのでは公平性を欠くことになろう。したがって、投資家は、上場を果たした事業者・事業体は新たなエクィティファイナンスを随時行う可能性ありと考えたうえで株式や投資口投資に臨む必要があろう(エクィティファイナンス実行のニュースによって上場価格が下落すれば、既存投資家にとっては、それも「自己責任」ということになる)。
2.J-REITの場合の具体策 上場J-REITに対し、機動的なエクィティファイナンスの実行を認めることが必要であるとしても、既存の投資口保有者がそれに伴う新・投資口の追加発行を好ましいと思っていないことも確かであり、無秩序・無節制の発行は絶対的に避けなければならない。
では、どうするか。筆者は、前もって運用物件の取得計画(単年度ではなく、3年程度の複数年度にわたる計画の方がベターかもしれない)とそれに対応した資金調達および資金繰り計画を証券取引所へ提出させ、それに基づいて新・投資口の発行枠を認めるようにすればよいし、実際の新・投資口発行は、当該発行枠の範囲内でJ-REITが時期と数量を見定めて行えばよいと考えている。投資家は、投資計画と資金調達計画を評価・査定して新・投資口の発行を引き受ければよく、投資計画が過大だとか、資金調達計画が楽観的だと思われるのであれば、新・投資口の引受けを拒絶すればよい(投資口交付配当の場合、現金配当との選択が必要かもしれない)。リーマンショック以前の、特にJ-REITバブルといわれたものを振り返ってみると、浮かれ熱を冷ますためには、新・投資口の追加発行があった方がよかったのではないかと思われる(脚注3)。少なくとも、資金調達計画の楽観性には注意が向けられたのではないかと、筆者は考えている。
また、新・投資口発行後に経済状況の急変や証券市場の混乱によって投資口価格が暴落したとしても、物件取得を負債性資金に依存する割合が大きくなっていなければ、J-REITが破綻する可能性はそれほど大きくなっていないはずである。この場合も、エクィティファイナンスはゴーイングコンサーンとしての存続性を維持・確保するものとして、評価することができる。少なくとも、上場J-REIT破綻の再現は回避できるだろう。
脚注
1 筆者は、田邊曻・田村幸太郎・杉本茂・中村里佳・田中博・三國仁司『実務・不動産証券化』(商事法務、2003年2月)第7章Ⅳ(615頁~625頁)での記述以降、証券化はコーポレートファイナンスであると主張している。
2 上場することによって、当該事業会社の資金調達力が従前よりも増強されるならば、たしかに信用力は向上する。そのためには、①従来の取引金融機関に加えて、より規模の大きい金融機関や他地域の金融機関との取引が可能となること、②それに伴って、商品や原材料の仕入れと販売先が他地域へ拡大し、③さらに、現金決済ではなく、買掛金や支払手形での商品・原材料の仕入れや購入が可能となることが生じていなければならない。
3 リーマンショック以降、メガバンクや有名大企業が、自己資本比率の低下や今後の資金調達に備えるとして、相次いで大型増資を行った。しかし、それ以前のまだ株価が高かった時期に実施していれば、より多くの資金をより少ない株式発行数で確保することができたはずである。景気が早晩下降に向かうことは経験則から予測できたことであり、それに備えるためには、株式アナリストから将来戦略不明等の嫌味をいわれたとしても、行っておくべきだったといえるだろう。
三國仁司 (みくに・ひとし)
1951年、石川県生まれ。1976年4月、日本長期信用銀行入行。1999年4月、日本格付研究所入社。同社ストラクチャード・ファイナンスアドバイザーを経て2002年4月~2007年3月、中央大学専門職大学院国際会計研究科客員教授。2003年4月~2007年9月、専修大学大学院経済学研究科客員教授。2007年9月、福岡キャピタルパートナーズ入社。著書に本稿脚注1掲記のもののほか、『資産・債権流動化の実務必携』(金融財政事情研究会、1999年)、『不動産投資ファンド』(東洋経済新報社、2001年)、『ABSメザニン投資のすべて』(金融財政事情研究会、2003年)、『証券化キーワード辞典』(共著、日本経済新聞社、2004年)、『証券化のリスクとファイナンス』(東洋経済新報社、2009年)など多数。論文多数。
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