解説記事2013年12月02日 【税務マエストロ】 多国籍企業の国際的租税回避問題④(2013年12月2日号・№525)

税務マエストロ 税務における第一人者“税務マエストロ”による税実務講座

今週のマエストロ&テーマ
多国籍企業の国際的租税回避問題④
#97 品川克己
日本公認会計士協会租税調査会専門委員(国際租税専門部会)
税理士法人プライスウォーターハウスクーパース(マネージング・ディレクター)

略歴 89年より大蔵省主税局に勤務。90年7月より同国際租税課にて国際課税関係の政策立案・立法及び租税条約交渉等に従事。96年ハーバード・ロースクールにて客員研究員として日米租税条約について研究。97年より00年までOECD租税委員会に主任行政官として出向(在フランス)し、「OECD移転価格ガイドライン」及び「OECDモデル条約」の改定、及び関連会議の運営に従事。01年9月財務省を辞職し現職。

次回のテーマ
#98 経営戦略に応える企業再編成税 税理士 朝長英樹 経営戦略の1つとして組織再編成税制を活用できる方法を、同税制等の創設を主導した筆者が事例形式で解説する。

※取り上げて欲しいテーマを編集部にお寄せください。
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2 BEPS行動計画の個別項目(承前)
(6)租税条約の濫用防止規定(LOB条項)の整備(期限:2014年9月)
 長年問題視されてきている租税条約の濫用防止策を提言するもの。モデル条約の改定及び付随的に必要となる国内法に関する提言も合わせて行う。すでにOECDモデル条約第1条のコメンタリーでは、導管取引等、租税条約の特典を濫用するケースが縷々説明されており、諸外国の締結する租税条約においては、「特典制限条項(LOB:Limitation of Benefits)」が一般的となっている。また、租税条約の特定の規定(たとえばLOB)によらずとも、国内法の一般的租税回避防止規定(GAARs:General anti-abuse rules)によって租税条約の適用を否認する事例も増加してきているようである。こうした動きを強化するために、モデル条約そのものを改定しようとするものと考えられる。
 なお、図1にあるような、オランダを経由した支払いを利用した源泉税軽減スキームは、LOBの導入やGAARsによって効力がなくなるものと考えられる。これは、アメリカの多国籍企業が利用しているといわれている「ダブルアイリッシュ・ダッチサンドウィッチ」と呼ばれるものであるが、アイルランド法人Aからアイルランド法人Bに支払われるロイヤルティは、原則源泉徴収の対象となるところ、オランダとアイルランドの関係では源泉税が免税となるため、オランダ法人を導管としてかませることにより、結果的源泉税が課されずにアイルランド法人Bまでロイヤルティをおくることができるというものである。

(7)PE(恒久的施設)の定義・範囲の再検討(期限:2015年9月)  問屋スキームやPEの例外規定(補助的・準備的な活動のための施設)を利用してPEの認定を受けないようにする租税回避を防止するため、PEの定義を見直すというもの。具体的にはOECDモデル条約第5条の規定が見直されることとなる。
 この問屋スキームとは、図2にあるように、A国のA社商品の販売にあたって、B国の子会社Bは実際の販売活動を行わず、その補助的な業務(たとえば配送)のみを行い、少ない機能に見合う僅少な所得のみを計上しつつ、販売利益はA社で認識するスキームである。こうした問屋スキームでは、実態的にはB社が販売しているのと相違ないような場合もある。そうした場合、B社の機能の一部をA社のPEとみなすことによりA社に対して課税し、A社及びB社全体に対して適正な課税を実現するためにPEの定義を見直そうというものである。

 また、現在のPEの定義では、準備的、補助的な活動のみを行う施設はPEに該当しないとされている。こうしたPEの例外規定についても見直されるものと考えられる。
(8)無形資産に係る移転価格ルールの確保(期限:2014年9月、2015年9月)  現在の多国籍企業のビジネスモデルにおいては、ブランドや営業ノウハウなどの無形資産の価値を最大化して、グローバルに事業が展開されている。こうした無形資産の移転や使用の対価としてのロイヤルティ支払を利用して租税負担を軽減しているとの前提のもと、これら無形資産に関する取引の適正化を図るため、移転価格ガイドラインを2014年9月までに、OECDモデル条約を2015年9月までに見直すというもの。具体的には、(i)包括的かつ明確な無形資産の定義を導入する、(ii)無形資産の利用及び移転に伴う利益が価値創出に基づいて適切に各国に配分されるようにする、(iii)評価が困難な無形資産の移転に係る移転価格ルールまたは特別規定を策定する、(iv)コストシェアリングに関する指針をアップデートする、ことが主要議題になると考えられる。
 なお無形資産については、「定義」、「帰属」、「評価」の3点で検討する必要があると考えられる。現在、移転価格税制の適用の場面では、無形資産の明確な定義がないまま、多額の課税がなされている。つまり、無形資産の範囲が明確でないにもかかわらず、「何なりかの」無形資産の存在を見立て、そこに対価の支払いを創出して課税するケースである。逆に、企業側も、無形資産の存在を見立て、その使用の対価としてのロイヤルティを支払うことにより所得の移転を行うことができることになる。こうしたことを防止するため、支払の妥当性の根拠となるよう、無形資産の定義を明確にすることが求められている。また、無形資産の定義に合わせて、その帰属も明確にする必要がある。無形資産の創造のためにコスト負担した場合に所有権が得られると考えるのか、法的な所有権を優先させるのか等の問題であるが、無形資産の移転という行為の妥当性も検討する必要があろう。
 また、移転価格ルールの見直しという観点では、無形資産が移転する場合(譲渡される場合)のみならず、ライセンス契約によりロイヤルティが支払われる場合であっても、その金額の妥当性を担保するため無形資産の価値を適正に評価する必要がある。しかしながら、現在のところ、無形資産の評価には明確なガイドラインが存在していない。この点も重要な検討課題となる。
 なお、無形資産に関する現行の移転価格ガイドラインの見直しはすでに進展しており、ディスカッション・ドラフトが公表されている。
(9)リスク及び資本に係る移転価格ルールの確保(期限:2015年9月)  企業グループ内のメンバー会社へのリスクの移転又は過度な資本の配分により所得の移転等(BEPS)を防止するルールを策定する。これには契約上リスクを負担したり、資本を付与するというだけで不適切な利益を生じさせることを防止するため、移転価格ルール及び国内法における特別規定の創設について検討し、移転価格ガイドライン(及びモデル条約)の改定を行う。ただ契約上のリスク負担は真にリスクを負担しているか否かの事実認定の問題でもあり、ルール化は困難なことも否めない。
(10)ハイリスク取引に係る移転価格ルールの確保(期限:2015年9月)  第三者間では起こり得ない、または起こることが極めて稀である取引による所得の移転等(BEPS)を防止するためのルールの策定を行う。この作業では、次のような内容の移転価格ルールや国内法における特別規定の導入を提言することとなるが、同時に移転価格ガイドライン(及びOECDモデル条約)の改定を目指す。
・取引の性質変更を可能とする状況を特定
・グローバルなバリューチェーンという状況下で、移転価格算定方法、特に利益分割法の適用を明確にする
・マネージメント料及び本部経費の支払いのような税源浸食となる可能性のある支払に対する措置を規定
 オーストラリア、フランス、ドイツなどでは、独立企業間では生じないような取引は、独立企業間価格の議論以前の問題として、その取引そのものを否認するアプローチも検討されている。つまり価格設定の妥当性というより、そうした取引そのものが起こり得ないならば、起こり得る取引に作り直すということである。なお無形資産の譲渡も独立企業間では起こり得ないとの考えもある。収益の根幹をなす無形資産を第三者に譲渡することは継続企業としてありえないという発想である。
(11)BEPSに係るデータの収集と分析及びその手法の確立(期限:2015年9月)  特定の多国籍企業の企業行動及びその結果としての「租税回避」行為的な租税スキームをBEPS行動計画の必要性の論拠としているが、そもそもBEPSに関する数値的データがないのが実情である。BEPSがどの程度の規模で起きており、経済にどのような影響が生じているのかという問題は、必ずしも明らかになっていない。
 こうしたことから、現在のタックススキームをさらに分析し、BEPS関連の数値的データの測定方法を開発、モニターしていく方法についての提言を行う。
(12)タックスプランニングに係る報告義務の創設(期限:2015年9月)  多国籍企業を中心とした国際税務プランニングについて、各国税務当局が情報を共有できるようにするためのルールの確立を目指す。そのために、具体的には、アグレッシブな又は濫用的な取引や契約、ストラクチュアについて、納税者企業から強制的に情報を開示させる義務を課す案が浮上している。しかしながら、そもそも「アグレッシブ」とか「濫用的」といった主観性が高い要素をどのように定義するかといった問題があり、行き過ぎた義務を課すことになりかねない点に留意が必要といえる。
(13)移転価格文書化義務の再検討(期限2014年9月)  各国間で、多国籍企業等の所得、経済活動、支払税額のグローバルな配分に関する情報を共有するため、移転価格ガイドラインの改正及び国内ルールの創設に関する提言を行うというもの。具体的には移転価格に関する文書化ルールを策定することとされているが、企業にとってのコンプライアンスコストや税務行政側による執行の透明性や簡便性から、一定のテンプレートによって提出する方法が検討されている。税務行政側の視点での行動計画であり、要求される情報の程度によっては、かなりの負担が企業に課されることになりかねない点に留意が必要といえる。 
(14)相互協議・仲裁手続きの充実(期限:2015年9月)  租税条約に定める相互協議が有効的に機能していないことを問題視し、紛争解決に効果的に取り組むための解決策を策定するというもの。OECD加盟国により報告されている相互協議件数の合計は、2012年度で4,061件(前年対比5.8%増)であるが、より一層の効果を得るため、強制的かつ拘束力のある「仲裁規定」の導入についての検討が進められる。
(15)多国間協定の開発(期限:2014年9月及び2015年12月)  BEPSプロジェクトで提言された様々な施策等及び国際法上の問題点について分析を行い、報告書を策定する。また、いくつかの行動計画で予定されているOECDモデル条約の改定は、各国の税務執行上直接的な影響を与えるものではなく、各国は個別の租税条約を改正する必要がある。しかしながら、このプロセスは非常に時間のかかるものとなるため、多国間条約の締結によって対応することも検討される。

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