解説記事2015年01月19日 【事例で学ぶ資産税】 「居住用財産の譲渡所得の特例」と「小規模宅地等(特定居住用宅地等)の特例」との接点(2015年1月19日号・№579)
事例で学ぶ資産税
第11回
「居住用財産の譲渡所得の特例」と「小規模宅地等(特定居住用宅地等)の特例」との接点
税理士 塩野入文雄
はじめに
今回は、①譲渡所得の特例である居住用財産の3,000万円控除など(措法35(脚注1)ほか)と、②相続税の小規模宅地等の特例のうち、特定居住用宅地等(措法69の4(脚注2)③二)の適用に関する「接点」をテーマに、「老人ホーム入所等事案」の税務処理の視点に立って、整理・検討を行います。
具体的には、老人ホーム入所等事案について、相続開始前に、従前の自宅を売却するか否かの「選択」が必要となる課税場面(事例)を通じた整理等を行います。
A
1.前提整理(要旨) 両特例ともに、「居住の用」に関する意義は、同義になっています。
居住用財産の譲渡所得の特例(3,000万円控除・軽減税率(脚注4))については、甲が旧自宅から転居後、3年を経過する日の属する年の12月31日までに行われた譲渡が、同特例の対象になり得ます。
一方、小規模宅地等の特例における老人ホーム入所等事案に係る特定居住用宅地等の適用については、一定の要件を充足していれば、甲の旧自宅が、被相続人に係る「居住の用」に含まれる結果、その適用対象となり得ます。この場合、譲渡所得の特例とは異なり、甲の転居後、相続開始までの経過年数は問われません。
ここで、対象地の利用・活用方法、特に、その売却を行う時期を見据えた場合、①甲の生存中、甲が旧自宅を転居した日から(居住の用に供されなくなった日から)上記期間内に(期限までに)、旧自宅を譲渡して居住用財産の譲渡所得の特例の適用を受けることができる点を踏まえ、また、②転居後の経過年数が問われない小規模宅地等の特例の適用を受け(脚注5)(甲の相続開始後に、その対応を先延ばしして)、その処分等を乙(あるいは、丙)に委ねるのかとの選択(意思決定)が必要になってきます。
2.具体的な対応 基本的な対応のパターンは〔表1〕のとおりであり、それぞれの対応に伴う所得税・住民税及び相続税に関する試算税額は〔表2〕のとおりです(復興特別所得税等の計算は省略)。
なお、〔表1〕に関連した他の一般的な対応パターンは、「Ⅳ 実践的な検討に向けて」(23頁)に、試算における前提や計算過程は、「Ⅲ 〔表2〕の試算」(22頁)に記述しています。
解 説(検討)
Ⅰ 前提整理
1.「居住の用」の意義
居住用財産の譲渡所得の特例と、
小規模宅地等(特定居住用宅地等)の特例に共通する適用要件として、「居住の用」があります。
この「居住の用」の意義については、措置法の条文に直接的な規定はなく、個別事案の具体的な処理に当たって、専ら、その解釈等に委ねられており、「居住の用」とは、譲渡者又は被相続人(脚注11)にとって、その対象地が「生活の拠点」であったことと解されています。
(注)両特例とも、その者に2以上の居住地(居住用家屋)があり得ることが織り込まれており、前者(
)については、「……その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋(脚注12)に限るものとする。」(措令20の3③(脚注13))と、後者(
)については、「一 被相続人の居住の用に供されていた宅地等が2以上ある場合(第三号に掲げる場合を除く) 当該被相続人が主としてその居住の用に供していた一の宅地等」(措令40の2⑧)と、両特例ともに、「主な居住用家屋・宅地等」に、それぞれの特例の適用が制限されています(<参考>25頁参照)。
2.通達などによる明確化 「居住の用」の意義に関し、①譲渡所得については、措置法通達31の3-2(脚注14)の定めが設けられ、その判定方法(考え方)が明らかにされていますが(【資料1】24頁参照)、②小規模宅地等の特例関係の措置法通達には、それに相当するような定めはなく、国税庁HPの質疑応答事例に、その判定方法(考え方)に関する事例が掲載され(【資料2】25頁参照)、実務上の対応が行われています。
もっとも、その公表方法の違いなどはありますが、両特例を通じ、「居住の用」の意義は、原則として、同義になっています。
すなわち、①判定対象者等の日常生活の状況、②その家屋への入居目的、③その家屋の構造及び設備の状況、④その他の事情を「総合勘案」して判定するとされています。
Ⅱ 特例適用が可能な範囲(期間)
1.居住用財産の譲渡所得の特例 前述したとおり、対象地(家屋)を転居した日(居住の用に供されなくなった日)から、3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に行われた譲渡について、特例の適用が可能です(措法31の3・35)。
なお、例えば、対象地の上にある家屋が著しく老朽化しているため、その家屋を取り壊し、敷地のみを譲渡する場合、その譲渡契約が、家屋の取壊し後1年以内に締結され、かつ、その譲渡が、転居後3年を経過する日の属する年の12月31日までに行われていることが必要になっています(措通31の3-5・35-2)。
(注)この場合、家屋の取壊し後における空地を駐車場にするなどの用途変更は不可となっており、また、軽減税率の適用(措法31の3)を受けるためには、家屋の取り壊しが行われた日の属する年の1月1日時点で、その家屋と敷地の所有期間が10年超となっていることが必要です(措通31の3-5)(脚注15)。
〇 措置法
(注)下線部等は、筆者が付記した表示です(以下、法令等の引用箇所において同じ)。
2.小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等) 被相続人が相続開始時(直前)に老人ホームに入所等しており、旧自宅に「居住」していない場合であっても、平成25年度改正によって、老人ホーム入所等事案に関する措置が講じられ(平成26年相続開始事案から適用)、特定居住用宅地等の対象とすることが出来ます(措法69の4①)。
その適用要件(「居住の用に供することができない事由として政令で定める事由」(脚注16)など)の要点は、次の3点です。
A 相続開始時に、被相続人が介護認定などを受けていたこと(措令40の2②・措通69の4-7の2(脚注17))。
B 被相続人が一定の施設に入所していたこと(措令40の2②)。
C 従前の自宅に関する利用制限(脚注18)に抵触しないこと(措令40の2③)(脚注19)。
なお、旧自宅が、a)相続開始時において、被相続人の居住の用に供されていなかったことが前提となっている点、及び、b)上記措置の対象となる旧自宅は、被相続人が、一定の施設に入所する「直前の居住の用」(直前の旧自宅)に限られている点に注視する必要があります(脚注20)。
〇 措置法
3.まとめ 老人ホーム入所等事案に係る小規模宅地等の特例の適用上、旧自宅から転居後の経過年数に関する制限はなく、その相続開始が何年経過した後であっても、一定の要件を充足してさえいれば、同特例の適用が可能です。
一方、居住用財産の譲渡所得の特例の適用においては、小規模宅地等の特例の上記取扱いとは全く関係なく、甲が老人ホームに入所するために居住の用に供さなくなった日、すなわち、「生活の拠点」を移した日から、3年を経過する日の属する年の12月31日までに、その譲渡を行うことが必要になっています〔無論、対象地を譲渡してしまえば、小規模宅地等の特例の適用場面は生じてきません〕。
4.一歩踏み込んで 老人ホーム入所等事案への小規模宅地等の特例の適用上、上記2・A~Cの3つの要件を充足している限り、
「生活の拠点」及び
「転居の日」に関する判定が問題となるケースが生じてくることは、原則としてありません(脚注21)。
しかしながら、居住用財産の譲渡所得の特例の適用については、上記Qの事例のように、予め、旧自宅の売却時期が検討の俎上に乗っている場合は別として、例えば、次の「想定事例」のようなケースについては、上記
及び
の判定が必要になってきます。
【想定事例】(脚注22)
上記の想定事例において、甲の自宅の売却について譲渡所得の特例の適用を受けるためには、甲の転居の日、すなわち、特例適用が可能な譲渡の時期の終期を画するための「起算日」の判定が必要になってきます。
この点について、当然、上記想定事例に顕われていない他の諸々の事実関係を「総合勘案」する必要がありますが、筆者は、その起算日を、少なくとも、「0年12月」とすることは明らかに失当であると考え、また、想定事例による状況設定の限りにおいては、原則的に、その起算日は「3年12月」とすることを検討する必要があると考えます。けだし、甲の自宅は、少なくとも3年12月までは、通例、甲と生計一である乙の生活の拠点であったところ〔措置法通達31の3-2(1)及び国税庁HP質疑応答事例「入院により空家となっていた建物の敷地についての小規模宅地等の特例」の準用によります〕、甲が老人ホームAに入所した事情にも鑑みれば、乙の他界に伴い、「3年12月」が、甲の自宅が甲に係る生活の拠点としての属性を喪失した時期になるとも捉え得るからです(換言すると、上記経過を総合勘案すると、それまでの間は、甲自身にとっても、自宅が、その生活の拠点であったと捉え得ると考えます)。
しかしながら、実務的には、0年12月から3年余を経過していることなどから、このような捉え方が、事後的に(結果的な視点から)、その判断を行う税務当局から問題視される可能性(懸念)を払拭することができません。
無論、特例適用における「譲渡の時期に係る猶予期間」(3年+α)によって、多くの事案がカバーされると思われ、また、上記のような「限界事例」が実例として生じてくることは稀ではあるとも思われますが、「600万円」(脚注26)の税負担の有無は、当事者にとって、大きな関心事になることは明らかです。
Ⅲ〔表2〕の試算
(前提) a.対象地の時価 1億円(①) 建物0円
b.将来(相続開始時)の対象地の時価 1億円(路線価評価額8,000万円)
c.他の財産(相続財産の金額見込み) 5,000万円
(注)対象地の価額(地価)変動や他の財産の増減見込みを織り込んでいません。
Ⅳ 実践的な検討に向けて
1.対応パターン 前述の〔表1〕(17頁)に記載した対応は、限られた範囲でモデル化したものに留まっています。実際の対応に当たっては、相談者(甲)の意向、実際の資金力(保有財産)をはじめとした諸々の要因を考慮して対応する必要があることは言うまでもありません。
例えば、実践的な対応例として、次に例示したような対応策を講じることも想定されます。
2.試算関連 上記の試算において省略している重要な事項の一つに、旧自宅に係る、今後の地価動向の予測に関する問題があります。
上記の試算では、対象地の時価を固定した前提によっていますが、甲の意向なども踏まえ、実際の報告に際しては、例えば、10%地価が上昇した場合、あるは、下落した場合などという「仮定」も織り込むことが必要になると思われます。
【資料1】措置法通達
【資料2】国税庁HP・質疑応答事例(相続・贈与税)
<参 考> 1 概 要 小規模宅地等(特定居住用宅地等)の特例における「主としてその居住の用」との制限要件は、居住用財産の譲渡所得の特例とは異なり、平成22年度改正の際に、措置法施行令の改正によって措置されたものです。
その改正の契機の一つになったと思われる税務訴訟に、次の判例があります。
・平成20.5.1佐賀地裁判決(納税者側勝訴)(脚注34)
・平成21.2.4福岡高裁判決(国側勝訴)(脚注35)
・平成22.2.5最高裁決定(上告不受理)(脚注36)
当該事案は、対象地が被相続人の居住の用に供されていたか否かとの課税事実(認定)に関しては、結果的に、納税者が敗訴していますが、当時の「居住の用」に係る法解釈に関する争点については(現在では、上記の平成22年度改正により解決済みですが)、裁判所も納税者側の主張を支持しています。
2 法解釈に関する争点(要点) 法解釈に関する争点は、1の者について、2以上の居住用宅地等がある場合、小規模宅地等の特例の対象となるのは、一の宅地等に限られるか否かの点にありましたが(国側は、居住用財産の譲渡所得の特例と同じく、主たる居住用宅地の一に限られるとして、その原処分を行いました)。
判決は、次の理由により一に限られないとしました。
① 居住用財産の譲渡所得の特例規定との比較 譲渡所得の特例条文には一に限るとの規定が設けられているが、(当時の)小規模宅地等の特例に、そのような制限規定が設けられていない(上表参照)。
② 解釈のあり方としての判断 「……1回限りの相続において、面積要件もあることや、居住継続要件もないこと(すなわち売却も可能)からすると(脚注39)、譲渡所得の特例のように、主たるものに制限しなければならない理由に乏しいのであって、……限定する解釈を行う必要性もない。」
措置法は多税目を、その規定対象としているところ、税目間における条文規定の整合性に関連した法解釈のあり方の一つとして、上記判例が示唆しているところは小さくないと思われます〔無論、立法に際しては、この点は十分に意識して立案が行われていると思われます〕。
すなわち、上記①のような「条文解釈」と、上記②のようないわゆる「趣旨解釈」とを併せた法解釈・適用への対応は、税法及び課税事実の複雑化が益々増してきていることもあって、今後の実務においても、応用すべき場面が少なからず生じてくるのではないか、と筆者には思われます。
脚注
1 見出し:居住用財産の譲渡所得の特別控除
2 見出し:小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例
3 措置法施行令40条の2(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)第2項に該当する施設とします。この場合、終身利用権付か否かの点は、問われていません。
4 措置法31条の3(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例)
5 無論、小規模宅地等の適用の可否を検討することが必須です。
6 甲が対象地を取得しても、措置法69の4第3項二号イ~ハのいずれにも該当しません。
7 措置法39条(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)
8 相続開始後、3年10か月以内(原則)の売却であることが前提となります。
9 小規模宅地等の特例(自宅等非居住の別居親族)の適用を受けるためには、旧自宅の遺贈を受けるだけで足りますが、別途、対象地に係る相続税の申告期限までの所有継続要件が付されていることから、納税資金の手当も考慮した対応になっています(その他財産は、その一部の遺贈でも差し支えありませんし、あるいは、「延納申請」を行うことも考慮します)。
10 筆者の造語であり、措置法69条の4第3項二号ロに該当する親族を指しています(いわゆる「家なき子」)。
11 生計一親族などに関しても、その判定が必要になるケースもあります。
12 居住用財産の譲渡所得の特例は、家屋を中心として条文が構成されています(無論、その敷地である土地等に係る譲渡益も特例の対象となっています)。
13 見出し:居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例
14 表題:居住用家屋の範囲
15 居住用財産の譲渡所得の特例に関する具体的な適用要件などについては、拙書・第3版「要点 譲渡所得(第一編)」(法令出版)129~177頁を参照してください。
16 措置法69条の4第1項かっこ書
17 表題:要介護認定等の判定時期
18 仮に、老人ホームに入所後、旧自宅を貸家として利用していた場合は、貸付事業用宅地等(措法69の4③四)の対象になってきます。
19 前述したとおり(上記「Ⅱ・1」(18頁)、居住用財産の譲渡所得の特例の適用においては、家屋を取り壊した場合であっても、一定の条件を充足することにより同特例の適用が可能となっているのに対して、小規模宅地等の特例の適用に当たっては、その対象地が建物等の敷地になっていること、すなわち、「宅地等」であることが求められています。このため、対象地を更地にしたままの状態では、小規模宅地等の特例の対象になってきません。
20 これらの点に関連した事例について、本誌No.536(2014.2.24)の拙稿「特定居住用宅地等の特例(老人ホーム入所等事案)」を参照してください。
21 脚注20参照。
22 上記Qにおける事例は、実際の事案を踏まえて状況設定をしていますが、この事例は、本稿のテーマに関する問題の所在を顕在化させるために、専ら筆者の想定により状況設定を行っています(その意味で、「想定事例」としました。もっとも、類似した実例があることを念のため申し添えておきます)。
23 「生活の拠点」の判定は、客観的事実に基づいて行われることになりますが、その際、本人をはじめとした当事者の意図、認識も織り込んで(重視して)、その「総合勘案」による判定が行われる必要がある、と筆者は考えます。
24 「介護療養型医療施設」は、病院(入院)と同様に扱われます(「平成25年度税制改正の解説」591頁参照)。
25 甲の状況によっては、成年後見制度の手続が必要となり、更に、一定の期間を要するケースも生じてきます。
26 3,000万円×(所得税15%+住民税5%)。別途、復興特別所得税等も加算。
27 1億円×5%(措法31の4:長期譲渡所得の概算取得費控除)
28 端数切捨て
29 平成26年度改正において、平成27年以降の相続開始によって取得した土地等の譲渡には、従来の、いわゆる「土地等に係る総額プール計算」による取得費加算の特例が廃止されています。しかしながら、平成27年以降の譲渡所得に関し、平成26年前の相続開始により取得した土地等については、一定の期間内の譲渡であれば(原則、相続開始後3年10か月以内)、引き続き、当該計算の適用が可能である点に注意が必要です(上記の加算額の計算は、「個別対応方式」によっています)。
30 相続税法18条(相続税額の加算)
31 甲の生活資金などの確保も考慮する必要があります。
32 丙による取得(遺贈)でも適用可能。
33 不動産所得に関する税負担などの試算が必要になります。
34 TAINS Z258-10956
35 TAINS Z259-11137
36 TAINS Z260-11374
37 平成22年度改正前の特例
38 平成22年度改正前は、「旧・一棟の建物の敷地」に係る取扱いがあったことから(旧措令40の2②かっこ書)、このような規定になっていました。
39 平成22年度改正前においては、「その他小規模宅地等」の区分があり(旧措法69の4①二)、その減額割合は50%であったものの、継続要件(所有・利用)は付されていませんでした。
第11回
「居住用財産の譲渡所得の特例」と「小規模宅地等(特定居住用宅地等)の特例」との接点
税理士 塩野入文雄
はじめに
今回は、①譲渡所得の特例である居住用財産の3,000万円控除など(措法35(脚注1)ほか)と、②相続税の小規模宅地等の特例のうち、特定居住用宅地等(措法69の4(脚注2)③二)の適用に関する「接点」をテーマに、「老人ホーム入所等事案」の税務処理の視点に立って、整理・検討を行います。
具体的には、老人ホーム入所等事案について、相続開始前に、従前の自宅を売却するか否かの「選択」が必要となる課税場面(事例)を通じた整理等を行います。
Q
税理士Aは、納税者甲から次の案件について相談を受けています。 〔前提事実〕 1 甲は、東京都○○区の自宅(敷地面積330㎡、甲が、土地・建物ともに10年超所有)に独りで居住していた(配偶者は、既に他界している)。 2 甲は、要介護の認定を受けたことを契機として、平成26年11月、所定の老人ホーム(脚注3)に入所した。 3 甲の推定相続人は、子・乙のみである。乙は、○○県にある自宅(自己所有)に居住(生活)しており、乙が上京(転居)する可能性は皆無である。 4 孫・丙(乙の子)は、都内の賃貸マンションに住み、また、都内の会社で働いており、引き続き、東京で居住(生活)することが見込まれている。 (注)甲、乙及び丙は、それぞれ生計を別にしている。 〔相談事項〕 甲の従前の居宅(以下、「旧自宅」とします)について、①この時点で売却してしまうか、それとも、②乙に相続させるなどして、甲の相続開始後に、その処分などを委ねるかの点について悩んでいます。 この両者の「選択」について、専ら、税負担の観点のみで差し支えないので、アドバイスをして頂きたい。 |
A
1.前提整理(要旨) 両特例ともに、「居住の用」に関する意義は、同義になっています。
居住用財産の譲渡所得の特例(3,000万円控除・軽減税率(脚注4))については、甲が旧自宅から転居後、3年を経過する日の属する年の12月31日までに行われた譲渡が、同特例の対象になり得ます。
一方、小規模宅地等の特例における老人ホーム入所等事案に係る特定居住用宅地等の適用については、一定の要件を充足していれば、甲の旧自宅が、被相続人に係る「居住の用」に含まれる結果、その適用対象となり得ます。この場合、譲渡所得の特例とは異なり、甲の転居後、相続開始までの経過年数は問われません。
ここで、対象地の利用・活用方法、特に、その売却を行う時期を見据えた場合、①甲の生存中、甲が旧自宅を転居した日から(居住の用に供されなくなった日から)上記期間内に(期限までに)、旧自宅を譲渡して居住用財産の譲渡所得の特例の適用を受けることができる点を踏まえ、また、②転居後の経過年数が問われない小規模宅地等の特例の適用を受け(脚注5)(甲の相続開始後に、その対応を先延ばしして)、その処分等を乙(あるいは、丙)に委ねるのかとの選択(意思決定)が必要になってきます。
2.具体的な対応 基本的な対応のパターンは〔表1〕のとおりであり、それぞれの対応に伴う所得税・住民税及び相続税に関する試算税額は〔表2〕のとおりです(復興特別所得税等の計算は省略)。


なお、〔表1〕に関連した他の一般的な対応パターンは、「Ⅳ 実践的な検討に向けて」(23頁)に、試算における前提や計算過程は、「Ⅲ 〔表2〕の試算」(22頁)に記述しています。
解 説(検討)
Ⅰ 前提整理
1.「居住の用」の意義


この「居住の用」の意義については、措置法の条文に直接的な規定はなく、個別事案の具体的な処理に当たって、専ら、その解釈等に委ねられており、「居住の用」とは、譲渡者又は被相続人(脚注11)にとって、その対象地が「生活の拠点」であったことと解されています。
(注)両特例とも、その者に2以上の居住地(居住用家屋)があり得ることが織り込まれており、前者(


2.通達などによる明確化 「居住の用」の意義に関し、①譲渡所得については、措置法通達31の3-2(脚注14)の定めが設けられ、その判定方法(考え方)が明らかにされていますが(【資料1】24頁参照)、②小規模宅地等の特例関係の措置法通達には、それに相当するような定めはなく、国税庁HPの質疑応答事例に、その判定方法(考え方)に関する事例が掲載され(【資料2】25頁参照)、実務上の対応が行われています。
もっとも、その公表方法の違いなどはありますが、両特例を通じ、「居住の用」の意義は、原則として、同義になっています。
すなわち、①判定対象者等の日常生活の状況、②その家屋への入居目的、③その家屋の構造及び設備の状況、④その他の事情を「総合勘案」して判定するとされています。
Ⅱ 特例適用が可能な範囲(期間)
1.居住用財産の譲渡所得の特例 前述したとおり、対象地(家屋)を転居した日(居住の用に供されなくなった日)から、3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に行われた譲渡について、特例の適用が可能です(措法31の3・35)。
なお、例えば、対象地の上にある家屋が著しく老朽化しているため、その家屋を取り壊し、敷地のみを譲渡する場合、その譲渡契約が、家屋の取壊し後1年以内に締結され、かつ、その譲渡が、転居後3年を経過する日の属する年の12月31日までに行われていることが必要になっています(措通31の3-5・35-2)。
(注)この場合、家屋の取壊し後における空地を駐車場にするなどの用途変更は不可となっており、また、軽減税率の適用(措法31の3)を受けるためには、家屋の取り壊しが行われた日の属する年の1月1日時点で、その家屋と敷地の所有期間が10年超となっていることが必要です(措通31の3-5)(脚注15)。
〇 措置法
第31条の3 …… 2 前項に規定する居住用財産とは、次に掲げる家屋又は土地等をいう。 一 当該個人がその居住の用に供している家屋で政令で定めるもののうち国内にあるもの 二 前号に掲げる家屋で当該個人の居住の用に供されなくなつたもの(当該個人の居住の用に供されなくなつた日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に譲渡されるものに限る。) 三 前二号に掲げる家屋及び当該家屋の敷地の用に供されている土地等 四 当該個人の第一号に掲げる家屋が災害により滅失した場合において、当該個人が当該家屋を引き続き所有していたとしたならば、その年1月1日において第31条第2項に規定する所有期間が10年を超える当該家屋の敷地の用に供されていた土地等(当該災害があつた日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に譲渡されるものに限る。) 第35条 ……これらの家屋が当該個人の居住の用に供されなくなつた日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までの間にした場合には、…… |
2.小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等) 被相続人が相続開始時(直前)に老人ホームに入所等しており、旧自宅に「居住」していない場合であっても、平成25年度改正によって、老人ホーム入所等事案に関する措置が講じられ(平成26年相続開始事案から適用)、特定居住用宅地等の対象とすることが出来ます(措法69の4①)。
その適用要件(「居住の用に供することができない事由として政令で定める事由」(脚注16)など)の要点は、次の3点です。
A 相続開始時に、被相続人が介護認定などを受けていたこと(措令40の2②・措通69の4-7の2(脚注17))。
B 被相続人が一定の施設に入所していたこと(措令40の2②)。
C 従前の自宅に関する利用制限(脚注18)に抵触しないこと(措令40の2③)(脚注19)。
なお、旧自宅が、a)相続開始時において、被相続人の居住の用に供されていなかったことが前提となっている点、及び、b)上記措置の対象となる旧自宅は、被相続人が、一定の施設に入所する「直前の居住の用」(直前の旧自宅)に限られている点に注視する必要があります(脚注20)。
〇 措置法
第69条の4 ……当該相続若しくは遺贈に係る被相続人又は当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族……の……居住の用(居住の用に供することができない事由として政令で定める事由により相続開始の直前において当該被相続人の居住の用に供されていなかった場合(政令で定める用途に供されている場合を除く。)における当該事由により居住の用に供されなくなる直前の当該被相続人の居住の用を含む。同二号において同じ。)に供されていた宅地等…… |
3.まとめ 老人ホーム入所等事案に係る小規模宅地等の特例の適用上、旧自宅から転居後の経過年数に関する制限はなく、その相続開始が何年経過した後であっても、一定の要件を充足してさえいれば、同特例の適用が可能です。
一方、居住用財産の譲渡所得の特例の適用においては、小規模宅地等の特例の上記取扱いとは全く関係なく、甲が老人ホームに入所するために居住の用に供さなくなった日、すなわち、「生活の拠点」を移した日から、3年を経過する日の属する年の12月31日までに、その譲渡を行うことが必要になっています〔無論、対象地を譲渡してしまえば、小規模宅地等の特例の適用場面は生じてきません〕。

4.一歩踏み込んで 老人ホーム入所等事案への小規模宅地等の特例の適用上、上記2・A~Cの3つの要件を充足している限り、


しかしながら、居住用財産の譲渡所得の特例の適用については、上記Qの事例のように、予め、旧自宅の売却時期が検討の俎上に乗っている場合は別として、例えば、次の「想定事例」のようなケースについては、上記


【想定事例】(脚注22)
1 甲(夫)と乙(妻)は、甲が所有する自宅に居住していた。 2 甲は要介護の認定を受けていたが、訪問介護などを受けながら、乙が甲の介護に対応していた。 3 ところが、乙が体調を崩したため、0年12月にX病院に入院した。そのため、自宅で甲の介護に対応できる者がいなかったことから、緊急避難的な一時的入所との計画(意図)(脚注23)の下に、甲も、0年12月所定の老人ホームA(終身利用権なし)に入所した。 4 X病院に入院中であった乙が、1年〇月に他の病気を併発して手術を受ける必要が生じたため、Y病院に転院して手術を受けた。 5 術後の乙の経過が思わしくなく、乙は、2年□月に介護療養型医療施設であるZ(脚注24)に入所(再転院)したが、自宅に戻ることなく、3年12月にZにおいて他界した。 6 乙の他界を契機に、甲の心身の低下が顕著となり、甲は〔実態として、甲の子供達は〕、所定の老人ホームB(終身利用権付)への入所資金を調達するため、甲の自宅を売却することを考えている(脚注25)。 |
この点について、当然、上記想定事例に顕われていない他の諸々の事実関係を「総合勘案」する必要がありますが、筆者は、その起算日を、少なくとも、「0年12月」とすることは明らかに失当であると考え、また、想定事例による状況設定の限りにおいては、原則的に、その起算日は「3年12月」とすることを検討する必要があると考えます。けだし、甲の自宅は、少なくとも3年12月までは、通例、甲と生計一である乙の生活の拠点であったところ〔措置法通達31の3-2(1)及び国税庁HP質疑応答事例「入院により空家となっていた建物の敷地についての小規模宅地等の特例」の準用によります〕、甲が老人ホームAに入所した事情にも鑑みれば、乙の他界に伴い、「3年12月」が、甲の自宅が甲に係る生活の拠点としての属性を喪失した時期になるとも捉え得るからです(換言すると、上記経過を総合勘案すると、それまでの間は、甲自身にとっても、自宅が、その生活の拠点であったと捉え得ると考えます)。
しかしながら、実務的には、0年12月から3年余を経過していることなどから、このような捉え方が、事後的に(結果的な視点から)、その判断を行う税務当局から問題視される可能性(懸念)を払拭することができません。
無論、特例適用における「譲渡の時期に係る猶予期間」(3年+α)によって、多くの事案がカバーされると思われ、また、上記のような「限界事例」が実例として生じてくることは稀ではあるとも思われますが、「600万円」(脚注26)の税負担の有無は、当事者にとって、大きな関心事になることは明らかです。
Ⅲ〔表2〕の試算
(前提) a.対象地の時価 1億円(①) 建物0円
b.将来(相続開始時)の対象地の時価 1億円(路線価評価額8,000万円)
c.他の財産(相続財産の金額見込み) 5,000万円
(注)対象地の価額(地価)変動や他の財産の増減見込みを織り込んでいません。
〔対応A〕
a)譲渡所得の計算 1億円①-500万円(概算取得費(脚注27))=9,500万円 ⇒-3,000万円(3,000万円特別控除) =6,500万円(譲渡所得金額)② ②×20%-360万円=940万円③(軽減税率適用による所得税・住民税) (注)仲介料等の譲渡費用の計上及び復興特別所得税等の計算を省略しています。 b)譲渡代金(税支払い後)見合いの預貯金等 ①-③=9,060万円④ c)相続税の計算 相続財産 ④+5,000万円(他の相続財産)=1億4,060万円⑤ ⑤-3,600万円(相続税の基礎控除額)=1億460万円 ⇒×40%-1,700万円=2,484万円 (注)債務控除の金額の計上を省略しています。 |
〔対応B〕
a)相続税の計算 8,000万円(路線価評価額)+5,000万円(他の相続財産)=1億3,000万円⑥ ⑥-3,600万円(相続税の基礎控除額)=9,400万円 ⇒×30%-700万円=2,120万円 (注)乙が対象地を取得した場合、小規模宅地等の特例の適用はありません。また、債務控除の金額の計上を省略しています。 b)譲渡所得の計算 1億円①-〔500万円(概算取得費)+ 1,304万円(脚注28)(取得費加算特例(脚注29))〕=8,196万円⑦ ⑦×20%=1,639万円(脚注28)(原則税率による所得税・住民税) (注)取得費加算の特例が適用可能な期間内に対象地の譲渡が行われたこととし、また、仲介料等の譲渡費用の計上及び復興特別所得税等の計算を省略しています。 |
〔対応C〕
a)小規模宅地等の特例 旧自宅(敷地)については、老人ホーム入所等事案に係る措置の適用が可能であり、かつ、その取得者(受遺者)である孫・丙は、自宅等非居住の別居親族に該当することから、小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)の適用が可能です。よって、相続財産は、 〔8,000万円×(1-0.8)〕+5,000万円(他の相続財産)=6,600万円⑧ になります。 b)相続税の計算 ⑧-3,600万円(相続税基礎控除額)=3,000万円 ⇒×15%-50万円=400万円⑨ ⑨+⑨×20%(相続税額の20%加算(脚注30))=480万円 (注)債務控除の金額の計上を省略しています。 c)譲渡所得の計算 1億円①-〔500万円(概算取得費)+116万円(脚注28)(取得費加算特例)〕=9,384万円⑩ ⑩×20%=1,876万円(脚注28) (注)取得費加算の特例が適用可能な期間内に対象地の譲渡が行われたこととし、また、仲介料等の譲渡費用の計上及び復興特別所得税等の計算を省略しています。 |
Ⅳ 実践的な検討に向けて
1.対応パターン 前述の〔表1〕(17頁)に記載した対応は、限られた範囲でモデル化したものに留まっています。実際の対応に当たっては、相談者(甲)の意向、実際の資金力(保有財産)をはじめとした諸々の要因を考慮して対応する必要があることは言うまでもありません。
例えば、実践的な対応例として、次に例示したような対応策を講じることも想定されます。
〔対応A〕に関連して 甲が受領した売買代金を、乙や丙(あるいは同人らの家族)に対して贈与税の基礎控除額の範囲内で贈与を行うことなどを通じて、甲の相続財産の減少を図る(脚注31)。 〔対応B〕に関連して 甲の生存中に貸屋に用途変更し(自用地評価額から貸家建付地評価額に転換)、乙が相続により対象地を取得することで(脚注32)、貸付事業用宅地等の適用を受ける(脚注33)。 (注)対象地を最終的に売却するのであれば、売却に向けた柔軟性を確保する観点から、丙に対して賃貸することでも貸付事業用宅地等の適用を確保できます(この場合、相続開始後の乙・丙間の賃貸契約を相続税の申告期限まで継続することが必要です)。 〔対応C〕に関連して 相続開始後、丙が対象地に転居し、その後、売却する(措法35・31の3、39適用)。 (注1)甲が老人ホームに入所後、相続開始前に丙が対象地に転居してしまうと、措置法施行令40条の2第3項に基づき、老人ホーム入所等事案に係る措置の適用対象になりません。 (注2)譲渡所得の特例の適用を受けるためのみの目的で入居したとの認定を受けないように対応することも必要です(措通31の3-2(2)・【資料1】(本頁)参照)。 |
2.試算関連 上記の試算において省略している重要な事項の一つに、旧自宅に係る、今後の地価動向の予測に関する問題があります。
上記の試算では、対象地の時価を固定した前提によっていますが、甲の意向なども踏まえ、実際の報告に際しては、例えば、10%地価が上昇した場合、あるは、下落した場合などという「仮定」も織り込むことが必要になると思われます。
【資料1】措置法通達
(居住用家屋の範囲) 31の3-2 措置法第31条の3第2項に規定する「その居住の用に供している家屋」とは、その者が生活の拠点として利用している家屋(一時的な利用を目的とする家屋を除く。)をいい、これに該当するかどうかは、その者及び配偶者等(社会通念に照らしその者と同居することが通常であると認められる配偶者その他の者をいう。以下この項において同じ。)の日常生活の状況、その家屋への入居目的、その家屋の構造及び設備の状況その他の事情を総合勘案して判定する。この場合、この判定に当たっては、次の点に留意する。 (1)転勤、転地療養等の事情のため、配偶者等と離れ単身で他に起居している場合であっても、当該事情が解消したときは当該配偶者等と起居を共にすることとなると認められるときは、当該配偶者等が居住の用に供している家屋は、その者にとっても、その居住の用に供している家屋に該当する。 (注)これにより、その者が、その居住の用に供している家屋を2以上所有することとなる場合には、措置法令第20条の3第2項の規定により、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋のみが、措置法第31条の3第1項の規定の対象となる家屋に該当することに留意する。 (2)次に掲げるような家屋は、その居住の用に供している家屋には該当しない。 イ 措置法第31条の3第1項の規定の適用を受けるためのみの目的で入居したと認められる家屋、その居住の用に供するための家屋の新築期間中だけの仮住まいである家屋その他一時的な目的で入居したと認められる家屋 (注)譲渡した家屋に居住していた期間が短期間であっても、当該家屋への入居目的が一時的なものでない場合には、当該家屋は上記に掲げる家屋には該当しない。 ロ 主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で有する家屋 |
【資料2】国税庁HP・質疑応答事例(相続・贈与税)
小規模宅地等の特例の対象となる「被相続人等の居住の用に供されていた宅地等」の判定 【照会要旨】 小規模宅地等の特例の対象となる「被相続人等の居住の用に供されていた宅地等」の判定は、どのように行うのですか。 【回答要旨】 被相続人等の居住の用に供されていたかどうかは、基本的には、被相続人等が、その宅地等の上に存する建物に生活の拠点を置いていたかどうかにより判定すべきものと考えられ、その具体的な判定に当たっては、その者の日常生活の状況、その建物への入居目的、その建物の構造及び設備の状況、生活の拠点となるべき他の建物の有無その他の事実を総合勘案して判定することになります。 したがって、例えば、 イ 居住の用に供する建物の建築期間中だけの仮住まいである建物 ロ 他に生活の拠点と認められる建物がありながら、小規模宅地等の特例の適用を受けるためのみの目的その他の一時的な目的で入居した建物 ハ 主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で有する建物 については、被相続人等が居住していた事実があったとしても、被相続人等が生活の拠点を置いていた建物とはいえません。 【関係法令通達】 租税特別措置法第69条の4第1項、3項2号 租税特別措置法施行令第40条の2第6項 注記 平成26年7月1日現在の法令・通達等に基づいて作成しています。(略) |
<参 考> 1 概 要 小規模宅地等(特定居住用宅地等)の特例における「主としてその居住の用」との制限要件は、居住用財産の譲渡所得の特例とは異なり、平成22年度改正の際に、措置法施行令の改正によって措置されたものです。
その改正の契機の一つになったと思われる税務訴訟に、次の判例があります。
・平成20.5.1佐賀地裁判決(納税者側勝訴)(脚注34)
・平成21.2.4福岡高裁判決(国側勝訴)(脚注35)
・平成22.2.5最高裁決定(上告不受理)(脚注36)
当該事案は、対象地が被相続人の居住の用に供されていたか否かとの課税事実(認定)に関しては、結果的に、納税者が敗訴していますが、当時の「居住の用」に係る法解釈に関する争点については(現在では、上記の平成22年度改正により解決済みですが)、裁判所も納税者側の主張を支持しています。
2 法解釈に関する争点(要点) 法解釈に関する争点は、1の者について、2以上の居住用宅地等がある場合、小規模宅地等の特例の対象となるのは、一の宅地等に限られるか否かの点にありましたが(国側は、居住用財産の譲渡所得の特例と同じく、主たる居住用宅地の一に限られるとして、その原処分を行いました)。
判決は、次の理由により一に限られないとしました。
① 居住用財産の譲渡所得の特例規定との比較 譲渡所得の特例条文には一に限るとの規定が設けられているが、(当時の)小規模宅地等の特例に、そのような制限規定が設けられていない(上表参照)。

② 解釈のあり方としての判断 「……1回限りの相続において、面積要件もあることや、居住継続要件もないこと(すなわち売却も可能)からすると(脚注39)、譲渡所得の特例のように、主たるものに制限しなければならない理由に乏しいのであって、……限定する解釈を行う必要性もない。」
措置法は多税目を、その規定対象としているところ、税目間における条文規定の整合性に関連した法解釈のあり方の一つとして、上記判例が示唆しているところは小さくないと思われます〔無論、立法に際しては、この点は十分に意識して立案が行われていると思われます〕。
すなわち、上記①のような「条文解釈」と、上記②のようないわゆる「趣旨解釈」とを併せた法解釈・適用への対応は、税法及び課税事実の複雑化が益々増してきていることもあって、今後の実務においても、応用すべき場面が少なからず生じてくるのではないか、と筆者には思われます。
脚注
1 見出し:居住用財産の譲渡所得の特別控除
2 見出し:小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例
3 措置法施行令40条の2(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)第2項に該当する施設とします。この場合、終身利用権付か否かの点は、問われていません。
4 措置法31条の3(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例)
5 無論、小規模宅地等の適用の可否を検討することが必須です。
6 甲が対象地を取得しても、措置法69の4第3項二号イ~ハのいずれにも該当しません。
7 措置法39条(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)
8 相続開始後、3年10か月以内(原則)の売却であることが前提となります。
9 小規模宅地等の特例(自宅等非居住の別居親族)の適用を受けるためには、旧自宅の遺贈を受けるだけで足りますが、別途、対象地に係る相続税の申告期限までの所有継続要件が付されていることから、納税資金の手当も考慮した対応になっています(その他財産は、その一部の遺贈でも差し支えありませんし、あるいは、「延納申請」を行うことも考慮します)。
10 筆者の造語であり、措置法69条の4第3項二号ロに該当する親族を指しています(いわゆる「家なき子」)。
11 生計一親族などに関しても、その判定が必要になるケースもあります。
12 居住用財産の譲渡所得の特例は、家屋を中心として条文が構成されています(無論、その敷地である土地等に係る譲渡益も特例の対象となっています)。
13 見出し:居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例
14 表題:居住用家屋の範囲
15 居住用財産の譲渡所得の特例に関する具体的な適用要件などについては、拙書・第3版「要点 譲渡所得(第一編)」(法令出版)129~177頁を参照してください。
16 措置法69条の4第1項かっこ書
17 表題:要介護認定等の判定時期
18 仮に、老人ホームに入所後、旧自宅を貸家として利用していた場合は、貸付事業用宅地等(措法69の4③四)の対象になってきます。
19 前述したとおり(上記「Ⅱ・1」(18頁)、居住用財産の譲渡所得の特例の適用においては、家屋を取り壊した場合であっても、一定の条件を充足することにより同特例の適用が可能となっているのに対して、小規模宅地等の特例の適用に当たっては、その対象地が建物等の敷地になっていること、すなわち、「宅地等」であることが求められています。このため、対象地を更地にしたままの状態では、小規模宅地等の特例の対象になってきません。
20 これらの点に関連した事例について、本誌No.536(2014.2.24)の拙稿「特定居住用宅地等の特例(老人ホーム入所等事案)」を参照してください。
21 脚注20参照。
22 上記Qにおける事例は、実際の事案を踏まえて状況設定をしていますが、この事例は、本稿のテーマに関する問題の所在を顕在化させるために、専ら筆者の想定により状況設定を行っています(その意味で、「想定事例」としました。もっとも、類似した実例があることを念のため申し添えておきます)。
23 「生活の拠点」の判定は、客観的事実に基づいて行われることになりますが、その際、本人をはじめとした当事者の意図、認識も織り込んで(重視して)、その「総合勘案」による判定が行われる必要がある、と筆者は考えます。
24 「介護療養型医療施設」は、病院(入院)と同様に扱われます(「平成25年度税制改正の解説」591頁参照)。
25 甲の状況によっては、成年後見制度の手続が必要となり、更に、一定の期間を要するケースも生じてきます。
26 3,000万円×(所得税15%+住民税5%)。別途、復興特別所得税等も加算。
27 1億円×5%(措法31の4:長期譲渡所得の概算取得費控除)
28 端数切捨て
29 平成26年度改正において、平成27年以降の相続開始によって取得した土地等の譲渡には、従来の、いわゆる「土地等に係る総額プール計算」による取得費加算の特例が廃止されています。しかしながら、平成27年以降の譲渡所得に関し、平成26年前の相続開始により取得した土地等については、一定の期間内の譲渡であれば(原則、相続開始後3年10か月以内)、引き続き、当該計算の適用が可能である点に注意が必要です(上記の加算額の計算は、「個別対応方式」によっています)。
30 相続税法18条(相続税額の加算)
31 甲の生活資金などの確保も考慮する必要があります。
32 丙による取得(遺贈)でも適用可能。
33 不動産所得に関する税負担などの試算が必要になります。
34 TAINS Z258-10956
35 TAINS Z259-11137
36 TAINS Z260-11374
37 平成22年度改正前の特例
38 平成22年度改正前は、「旧・一棟の建物の敷地」に係る取扱いがあったことから(旧措令40の2②かっこ書)、このような規定になっていました。
39 平成22年度改正前においては、「その他小規模宅地等」の区分があり(旧措法69の4①二)、その減額割合は50%であったものの、継続要件(所有・利用)は付されていませんでした。
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